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疲れたときは、一人で海でボーッとしています



 なんとなく疲れていたり、やる気が出ないときってありませんか?
 ぼくはたまにそういうときがあります。たいてい忙しい日々が続いたり、環境が大きく変化したときです。
 そんなときは、家の近くの海に行って、ぼんやり海を眺めます。そこはほとんど人が来ない海なので、一人で静かに海を眺めていられます。
 2時間とか3時間とかボーッと海を眺めています。
 もちろんひたすらボーッとできるわけではなくて、いろいろ考えごとをしてしまいます。本当は無心に海を眺めていられればいいのでしょうが、なかなかそうはいきません…
 目の前の圧倒的に大きな海と広い空を眺めながら、波の音を聞いて、潮風に吹かれて、太陽の光を浴びていると、いくらか気持ちが盛り上がってきて、少し元気になれます。

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軽いレギが欲しいなあー



 ぼくはスキューバーダイビングを二十数年間やっていますが、あまり道具にこだわりません。とりあえず使えるものを、使えなくなるまで、ひたすら使うという感じで今までやってきました。
 ぼくの今の器材はこんな感じです。

→ぼくのダイビング器材
 で、レギュレーターももう5年、いやえーっと10年くらい?使っているでしょうか。あれ?いつ買ったかな?
 別に不満はないんですけど、ぼくもだいぶオジサンになり、重いものは重いと感じるようになるお年頃ですので、今度買うときは、せめて1stステージが軽いのがいいなあと思ったりします。
 軽い1stといえばいろいろな素材の製品が出てきていますが、定番はチタン。そう、器材で重いのって、1stとBCです。特に1stのあの重さはなんとかならないものでしょうか?
 ボートエントリーなら別にいいんですけど、これが器材のセッティング場所からエントリーの場所まで結構歩かなきゃいけないポイントって、たまにあります。以前なら「なんのなんの、重いっていうのは根性がないからだ。いつからそんなだらしなくなったんだ」といいつつ頑張ってましたけど、オジサンとなり「やっぱり重いものは重いかも」と少し弱気なのでした。
 といいつつチタンの1stを探してみると、あら、お高いのねー、ご存知でして?とマダムみたいな口調になってしまうほどでして、1stとレギのセットで10万円超はするんですね。
 んじゃ、今のでいいや。って、いやいや、もう少し詳しくまとめてみたいと思います。
・Atomic T3 35万円って…さすがAtomic
・Bism Rネレウス 10万円
・Bism Ti ネレウス 14万円
・SCUBAPRO MK25 EVO/A700 CARBON BLACK TECH カーボンだけど 14万円
 というわけで、とても高いことがわかりました。
 重くてもいいや、筋トレのつもりで今ので頑張ろう。
 本日は以上です。







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人工物から受けるストレスを海で解消しています



 自然はたいていそうですが、時として、とても美しい風景を見せてくれます。
 海にいると美しい自然の風景に出会うことがあります。
 美しいカーブを描くうねり、様々な物を巻き込んでしまいそうな輪を描く大波、魚のうろこのように太陽の光を受けてキラキラと輝くさざ波、威圧感を持って海の中にそびえ立つ岩礁、海上に突然鮮やかに現れる虹、力強い入道雲、微妙な色に空を染める夕暮れなど、数え上げたらキリがありません。
 自然は時として人間の生活を瞬間的に壊してしまうこともありますが、それを補ってあまりあるほど、その美しさで人の心を癒やします。
 ぼくは休日には、シーカヤックで海に出て、一日中パドリングしていることがあります。いえいえ時には浜でキャンプしながら2、3日パドリングすることもあります。
 そんな海での時間の中で、先ほど書いたような海の美しい風景に出会います。運がいいときには何度も、これまで見たことがないような美しい風景に…
 一日中海の上にいると、たまに漁船とすれ違うくらいで、自分一人と海と空と遠くの陸地が見えるだけという状況がままあります。海と波と岩礁と遠くの陸地と空と太陽と雲と風…
 そんな風に自然に囲まれた日々を送っていると、ココロの奥の方のストレスの塊がほどけて柔らかくなるような感覚があります。町での暮らしの中でココロに溜まった澱のようなものが、すっかり流れ出ていくような感覚ともいえます。よくある言葉を使うのなら、癒されている、のだと思います。その癒しは、他人と接しないということと、自然に囲まれていることからきているんだと推測します。
 シーカヤックでの旅を終えて、町の暮らしに戻ると、他者との距離の近さに違和感があります。特に電車の中とかエレベーターの中での距離感は、すごく抵抗があります。精神的圧迫があります。わかりやすくいうと「いやだな」という感じです。
 もうひとつ違和感があることに、直線や円などの幾何学的な造形に囲まれることで、頭がクラクラします。
 ぼくの個人的なケースだと思いますが、他者との異様に近い距離や幾何学的な造形ー人工的な環境ーに囲まれて過ごすことは、ぼくにとってはストレスなようです。
 町での暮らしが続くとそれが当たり前になって、自覚はなく、ストレスだと感じませんが、それは間違いなくココロに少しずつ溜まっていくような気がしています。
 ぼくの場合少しずつ溜まったストレスは、ある程度のところで、ドッと来る疲れになるのが経験的にわかっているので、溜まる前に海でストレス解消するようにしています。

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ぼくの場合、海辺に住むのが大切でした。旅行ではダメなんです。



 ぼくは海辺に移住して30年くらいになります。
 ときどき知り合いから、海辺に住まなくても、旅行とか長期滞在すればいいんじゃない、といわれることがあるんですが、やっぱりぼくは海辺に住むことが大切だと思うのです。その理由を以下に書いてみたいと思います。
 海辺に移住する前は東京の町に住んでいて、毎週末に伊豆や千葉にスキューバダイビングやサーフィンに行っていたのでした。毎週末といっても細かく記せば、金曜日の夜に会社から帰宅すると、すぐに車を海に走らせて、土・日と海辺で泊まって、月曜日の朝、東京に戻ってきてシャワーを浴びて、スーツに着替えて会社に行くというようなことをやっていました。
 よほどの用事がない限り、そんな週末を過ごしていました。やがてなんとなく物足りなさが出てきたのです。端的にいえば、もっと長く海に接していたかったのです。そして海辺に移住しようと思うようになりました。
 海辺に移住すると、毎日海辺から東京の会社に通う生活に変わりました。海辺に住んで何が変わったかというと、以下の4つです。
・ゆるいのんびりした空気感の中で暮らせる。
・いい瞬間はいつ来るかわからない。それを逃すことが少なくなった。
・海遊び仲間達と一緒にいられる。
・土曜日の朝にゆっくりしていられる。日曜日もゆっくり海にいられる。
 それぞれについて説明したいと思います。
・ゆるいのんびりした空気感の中で暮らせる。
 これが一番の変化でした。東京では日々の暮らしが、混雑と、先に先に急ぐ雰囲気と、他者からの防衛とがつきまとっていました。
 それはスーパーでの買い物だったり、郵便局に行くとかだったり、レストランに行くとかだったり、すべての面で、人が多く、たいてい行列ができていて、道は渋滞していました。人は他人よりも先に行こうとしているようでした。いつも何かに急かされているような気がしていたものです。
 市街地に住んでいる人にとっては当たり前かもしれませんが、家や車に鍵をかけなければなりませんし、道行く人に変なことをされないかも気をつけなければなりません。変な人がいたら、距離をとって警戒したりしていました。
 当時ぼくはすでに結婚していたのですが、妻が、住んでいたマンションのエレベーターで見知らぬ男性にしつこく話しかけられて、自分のフロアに着いても降りられないということがありました。オートロックのマンションですが、多くの世帯が入っていたので、誰が住んでいるかわからず、怖い目に遭ったのです。
 また、マンションの同じフロアの家でDVみたいなことがあったみたいで、そこに警察が来たこともありました。うちにもその家の普段の様子について、警察が聞き込みに来ました。
 誰が住んでいるかわからない匿名性って怖いなと思ったものです。
 今住んでいるのは首都圏の海辺ですが、東京の暮らしで起きたことは、ひとつも起きていません。列に並ぶということはほぼありません(年に1回くらいあるかもしれないけど)し、列ができていたとしても譲り合いますし、車で合流するときもすんなり入れてくれます。常にノンビリした空気感に包まれて生活できています。
 鍵をかけるということも、ぼくの家やぼくの知り合いの家では、あまり行われていません。といっても長時間、家を空けるときは鍵をかけます。本当は田舎だからといって油断してはいけないと思うんですが、ほぼ犯罪は起こりえないので、家にいるときに鍵はかけません。車も家に置いてあるときは鍵をかけません。
 家は奥まったところにあって、数軒の家が集落を形成していますが、その一帯に入ってくる人は、その土地がわかっている人だけです。ほとんど宅配便とか新聞配達とか郵便局の人です。それ以外の人が入ってくると、集落の誰かが見ていて、事によると声をかけたりします。
 集落の誰が何をやっているのかというのもなんとなくわかっている(たとえばぼくの家なら、週末は旦那さんが家にいて、サーフィンやらシーカヤックやらスキューバダイビングやらの道楽をやっている、みたいに…)ので、高齢の方だけの家については、みんなが気をつけている雰囲気があります。何日か姿を見ないと家に訪ねていったりします。
 物をもらったりあげたりというのもよくあります。
 以前あったのは、ある家のお父さんが家のエントランスの階段から滑り落ちて、骨折したようで動けないので、それを発見した近所の人が救急車を呼んだというのがありました。ちょうど奥さんなど家族の方が出かけていて一人で庭の手入れをしていたときの出来事だったようです。
 スーパーもドラッグストアも限られているので、レジの人は顔なじみで会話を交わしたりします。
 ぼくには土地のそういう雰囲気が合っているみたいで、ストレスなく過ごせています。
・いい瞬間はいつ来るかわからない。それを逃すことが少なくなった。
 海が好きな人はご存知だと思いますが、海にいると年に何回か(たぶん一桁)、すごく気持ちのいい日があります。天気が良くて、暑すぎず寒すぎず、湿度が低くて、潮風が心地よく吹いていて、空気の透明度が高い日。ウォータースポーツでいうと、サーフィンに適した絶好の波がある日。今日は絶対いい日だというのがあるのです。
 そういう日があると会社に行く前にビーチを散歩したり、サーフィンしたりすることがあります。気持ちのいい日を逃さなくなったのも、海辺に住んでよかったところです。
・海遊び仲間達と一緒にいられる。
 ぼくは近所のビーチで、シーカヤックやサーフィンやスノーケリングをしたりします。よほどの用事がない限り、週末は海に出ています。そうすると、真夏でない限りビーチにいる人というのは多くありませんから、自然にウォータースポーツをする人同士あいさつをするようになります。いつも顔を合わせる近所の人ならなおさらです。なので、ビーチにいると海遊び仲間に会えて、たわいもないことを話したり、最近の海遊び事情について情報交換したり、海遊びが終わった後に飲んだりといったことになります。そういう地元の海遊び人と接していられるのも、海辺に住んでいるからだと思います。
・土曜日の朝にゆっくりしていられる。日曜日もゆっくり海にいられる。
 これは多分に気分的な問題だと思いますが、東京に住んでいるときは、海に行く時は前のめりというか、ガツガツしていたように思うんです。金曜日の夜は、なるべく早く海に行こうとしていましたし、海にいれば、できる限りウォータースポーツをしようとしていました。
 海辺に住んでからは、そこまでガツガツとしなくなったような気がします。たとえば土曜日の朝、ぼくは5時頃起きますが、そこから朝ごはんを食べて、ゆっくりコーヒーを飲んでから、その日の海のコンディションにあったウォータースポーツをします。日曜日も夕方まで海遊びをして、お風呂に入って、晩酌をして寝ます。
 ウォータースポーツを余裕を持って、ゆったり楽しむことができるようになりました。
 以上が、海辺に住んでよかったことです。つくづく思うのは住環境って大切だなということです。それも建物内部だけではなくて、住む町の雰囲気も含めて大切だと思います。








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海で遊ぶと体調がいい気がします



 ぼくは小さい頃から、中耳炎になったり、すぐに扁桃腺が腫れたりして、耳鼻咽喉系が弱い子供でした。今思えば、当時は花粉症という病名はありませんでしたが、すでに花粉症だったと思います。
 そんなわけで、ずいぶん耳鼻科には通い、煩わしい思いもしました。
 そんなぼくですが、大人になってウォータースポーツをやるようになり、さらに海辺に住むようになって、耳鼻咽喉系の病が軽くなったような気がします。花粉症は相変わらず症状が出るんですが、それ以外は滅多に出なくなりました。
 これが海の効果なのか、大人になったからなのか、あるいはまったく違う原因によるものなのかはわかりませんが、楽になったのは確かです。
 ただ、うちの近所に都会から引っ越してくる方の中には、お子さんがアトピーだとかアレルギーだとかで悩まれていて、空気のキレイなところで子育てしたほうがよいと思ったという方もいらっしゃるので、海辺の効果というのはあるのかもしれません。
 ちなみにぼくは花粉症がひどくなる2月から5月くらいまでは、休みの日はスキューバダイビングかスノーケリングをするようにしています。そうすると海水で鼻の通りがよくなって、花粉症の症状が軽くなります。
 これも海辺で暮らす効用の1つかもしれません。

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ぼくが田舎に住みたいわけ



 以前にもやたら書いていますが、ぼくは海好きが昂じて、海辺の田舎町に住んでいます。それだけでなく、島が好きで、年に1回以上は、島に行くようにしています。特に人口が少ない離島が好きです。
 こうしたぼくの好みには、海が好きという要素と人口が少ないという要素があります。
 今回は、なぜ人口が少ないところが好きかということについて書いてみたいと思います。
 人口の多少によって、人は他者への関心やふるまいを変えるんじゃないかというのがぼくの考えです。
 どういうことかというと、たとえば渋谷を歩いているときに、人はいちいちすれ違う人に関心をはらったりしません。よほど奇抜な格好をしているとか挙動不審であれば注意はするでしょうけど。
 でも、人口が数百人という島へ観光に行って、道を歩いていて、向こうから人が歩いてくれば、挨拶くらいはするでしょう。場合によっては立ち話をするかもしれません。
 これと似たようなことを椎名誠さんがエッセイで書いておられたような気がしますが、ぼくも同感です。
 ちなみにぼくの住んでいるあたりは、夏の土日などのピーク時には観光客が結構来ます。地元の人とわかれば挨拶はしますが、観光客には挨拶しません。でも、冬の閑散期には、道ですれ違う人には、地元民、観光客にかかわらず、挨拶はします。
 人が周囲にいる他者の多少で振る舞いを変えるということの理屈はわからないのですが、実際ぼくはそういう体験を何度もしています。
 ざっくりまとめると、人は他者が多いと他者への扱いをぞんざいにするし、少ないと丁寧にします。より協力的に親切になることだってあります。
 これが、ぼくが住む場所や旅先をできる限り人の少ないところにする理由です。人が少ないところにいると、他者との交流が密になり、それがぼくには心地いいのです。

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世の中のことは、たいてい、なんとかなるようです



 海でウォータースポーツ(マリンスポーツ)をしていると、結構危ない目に遭います。もう30年以上ウォータースポーツをしてきましたが、「今度こそ死ぬかな」と思ったことは10回位あります。
 死なずに陸地に戻ってきて、大きく深呼吸したときの喜びと安心感は、ぼくの五感に染みこんでいます。
 世の中にはいろいろなことがあって、いろいろな仕事があって、それぞれみんながそれをやっているから社会は回っているのでしょう。
 ぼくのような、しがないオジサンでも、仕事があって、家族があって、日々雑事が山積しています。大切なこともあるし、大切じゃないこともあります。
 この大切さの基準を大まかに、本当に大切なことだけにできないかな?というのが、ぼくの思いです。
 もう少し詳しく説明させてください。
 あるとき駅の改札口で、駅員さんに文句をいっている年配の男性を見たことがあります。ぼくはSUICAの設定をリセットして欲しかったので、その男性の話が終わるのを待っているときに話の概要が聞こえてきました。かれこれ5分以上は待っていたのです。
 その男性の不満というのは、ホームのアナウンスの音量が大きいというものでした。まあ、確かに音が大きいなと思うことは時々ありますが、それって5分以上のかけて一駅員の担当者(たぶんその人が大きな音でアナウンスしたわけではないと思うのですが…)にいうことなのかな、というのがぼくとしての感想です。
 こうした、(ぼくからすれば)些末なことにクレームをいうパターン自体は、わりとよくあることじゃないかなって思うのです。
 さて、ここでまた話が変わります。
 故人となった政治家がいったと何かで読んだ記憶があるのですが、「この世のことは、この世でなんとかなる」という言葉があります。
 解釈は人によって違ってくるでしょうが、ぼくは政治家という国家の方向を決めたり、国民の安全(命)を左右するような決定をする重責を担う仕事に就いている人が、どんな大きなことがあってもなんとかなるものだ、だから動じるんじゃない、という意味だと解釈しています。
 そう、どんな仕事もそれぞれ大切ですが、その中でも人の命に関わることが大切なのでしょう。
 海で「今度こそ死ぬかな」と思った恐怖感、パニックにならないように自分をコントロールする力、生きて帰ってきて、息ができて、メシが食えて、ビールが飲めたときの喜び。
 それがあればまあいいかなと思ったりします。それ以外はあまり気にせず生きていこうと思ったりします。







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三浦・長井のテイクアウト専門のおいしいシフォンケーキの店 Kipoint キーポイント


1.ロケーション ☆
2.こだわり ☆☆☆
3.店の雰囲気 ☆
4.味 ☆☆☆
5.値段 ☆☆
6.音楽 
7.手入れ&掃除 ☆☆☆
8.総合評価 ☆
9.コメント
 家の近くのシフォンケーキ屋さんです。ふっくらと程よい甘さで、とにかくおいしいケーキなのです。うちの妻も家でシフォンケーキを焼きますが、絶対にこのようには焼けないと、おいしいシフォンケーキが食べたいときはここに買いに行きます。
「今日はシフォンケーキが食べたいね」というと、買いに行き、生クリームを泡立てて添えて、コーヒーと合わせていただきます。このひとときがとてもシアワセ。
 本店は134号線の荒崎の分岐を超えた少し先にあります。休日は午後になると売り切れていることが多いので要注意です。他にも「すかなっごっそ」「葉山ステーション」「うらり」という道の駅的な店にも卸しているので、見かけたら試しに召し上がってはいかがでしょうか。







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旅先の海辺でスーパーマーケットに行く楽しみ



 みなさんA-COOPってご存知ですか?
 Aコープって書いてあることもあるんですが「えーこーぷ」って読みます。何かというとスーパーマーケットです。
 ぼくが行くような田舎の海辺の町や人口の少ない島でもA-COOPはあるので、昔から馴染んでいて、大好きです。JAがやっているので、品揃えがイオンとかヨーカードーなどのスーパーと少し違っていて、初めてみる商品に出会えたり、A-COOPのPBとか地元の野菜や魚なども並んでいたりして、見ていると楽しくなります。
 ぼくがA-COOPが好きなのは、海への旅へ行く→滞在中の買い出しでA-COOPに行く→楽しいという、よい記憶が定着しているからなのでしょう。

 旅先でゆったり地元のスーパーに行くのって、ぼくは好きです。友達と一緒に海旅をすることが多いんですが、たいてその晩の酒や肴を買いに行くというパターンです。
 ぼくが行くような海辺の町にはコンビニなどなくて、A-COOPしかないというところも結構あります。場所によってはA-COOPすらなくて、よろず何でも売っている商店しかないというところだってあります。
 地元のスーパーや商店へ行って、買い物をしている人がどんな人か、どんな物がどのくらいの値段で売っているかなどを見ながら、買い物をするのって旅の楽しみのひとつです。







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ゆっくり、のんびり、丁寧に、が最近のわが家のテーマになっています



 思えば20代30代40代と仕事で忙しくて、プライベートも子供中心の生活で、日々何かに追われながら暮らしてきたような気がします。土日も遊びの予定をパンパンに詰めて、忙しくしていたような気がします。
 たぶんぼくの性格によるところが大きいと思うんですが、自分で自分を追い立てていたのでしょう。
 最近はもう少し、のんびりと丁寧に日々を過ごしてみたいなあと思うようになりました。
 せっかく海辺に暮らしているんだから、日々の海の様子をよく観察したり、砂浜の散歩を楽しんだり、家の裏山の植物の生長を観察したり、鳥のさえずりに耳を傾けたりしてみようかと思ったりします。
 これまで自分が気がついていないだけで、自分の周囲には、関心を向けさえすれば、興味深い、奥深い世界が広がっていたのでした。
 それらを素通りして、前に進むことばかり考えていたのです。
 日々の食べ物も、できる限り土地の旬のものをおいしく食べるように心掛けています。そうしたことで毎日が楽しく過ごせます。お金を使って贅沢をしなくても楽しく過ごせるんだな、と改めて気づきました。
 毎日をゆっくり、のんびり、丁寧に、が最近のわが家のテーマになっています。

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