海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
イライラしたときはピースオブマインド
□ 最近イライラしている
□ お酒の量が増えている
□ 些細なことで腹を立てる
というような、ストレスチェックの項目にすべてyesで答えてしまいそうな日々を最近過ごしています。
休日ともなれば海遊びをし、ビールを飲んで浮かれているぼくのことですから、他の人と比べれば、相当のんびりマイペースな人生を送っていると思いますが、そんなぼくでも、瑣事雑事が続き、コロナ禍で友人と酒を飲んだりもできず、海遊びをする時間もなくなったりすると、イライラしてしまいます。
いつもなら海に出て、スキューバダイビングとかシーカヤックなどをやれば気分がスッキリするんですが、そんな時間もとれません。
そんなときは、友人からもらったオリジンズのピースオブマインドというアロマを、うなじやこめかみに塗って丹田呼吸法を10分ほどすると、いくらか気分がスッキリします。
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防水じゃないモノを持たなくなる弊害について
なんだかんだやっているうちに歳をとってしまい、気がつけばウォータースポーツを始めて30年以上経ってしまいました。
スキューバダイビング・シーカヤック・サーフィン・セイリングと時間さえあれば海に出ています。
普段使うもの、時計はもちろん、スマホやカメラもバッグも服も防水のモノを選ぶのが当たり前になっています。ちなみにkindleもpaperwhiteという防水のを使ってお風呂で本を読んでいます。
そのせいか日常生活の些細な場面で、モノが水に濡れるということを気にしなくなってしまいました。
手を洗うときとか、風呂に入るときとか、雨のときとか、もちろん海に出るときとか、そういう状況で、持っているモノは濡れても大丈夫だと思ってしまうというか、水に濡れないようにすることを忘れてしまいがちなのです。
ぼくはipadを使っているんですが、家のデッキでipadで雑誌を読んだり動画を見ながら、コーヒーを飲んだり、ビールを飲んだりしています。潮風に吹かれながら海を眺めながらリラックスできる時間が好きなのです。
ただ、生来おおざっぱなせいか、ipadをデッキのテーブルに置いたまま、トイレに行ったり、ちょっと他のことをしたりします。
先日、急に雨が降ってきて、気がついたらデッキのテーブルの上のipadがけっこう濡れてしまって壊れてしまいました。そういえばipadは防水じゃないんですよね。
いや、頭では理解しているんですが、普段モノを水に濡らさないように気をつけていないので、そういうことが起きてしまうんでしょう。
ウォータースポーツをする人が、楽観的・楽天的であることと慎重かつ綿密であることについて
ウォータースポーツを30年以上やっていて、時には危ない目に遭ったりします。死にそうになったこともあります。
なぜそんなことをするのかということは以前に何度か書いたのですが、まあざっくり早い話、それが魅力的だからです。
じゃあウォータースポーツをやる人が、リスク選好型の無謀な人が多いかというと、そうとはいえない気がします。
もしかしたら山登りをする人や冒険家も同じかもしれません。
そう、今回は自然を相手にする人の気質について書いてみたいと思うのです。
ぼくの周囲のウォータースポーツをする人を見てみると、無謀というよりもどちらかというと慎重で、事前準備を細かくきちんとする人が多いような気がします。
ただ、楽観的・楽天的な人が多いようにも思えます。自分がやりたいことがはっきりしていて、それが実現すると信じているところがあります。
それから、自然の脅威に対しては、事前に対策ができるのでそれほど怖くない、それよりの人間の振る舞いの方が怖いと思っているフシもあります。
自然を相手にしているからそういう性格的な傾向が身についたのか、それとも元々そういう性格のタイプの人が、ウォータースポーツをしたがる傾向にあるのかはわかりません。
でも、一面で楽観的・楽天的な人が、一面で慎重かつ綿密であるというのは、すごくおもしろいと、ぼくは思うのです。
踏み込んでいえば、充実した人生を送る上で、大切な素養だよなあ、と思うのです。
防波堤でビールを飲む夕べ
以前からよく書いていることですが、ぼくは海辺に住んでいて、休日ともなれば朝からウォータースポーツをして、夕方帰ってきて風呂に入って、デッキで海を眺めながらビールを飲むというのが、とても好きなんです。平日の仕事で溜まったストレスが解消されてすっきりする感じがします。
で、次によくやるのが、朝からウォータースポーツをして、夕方帰ってきて風呂に入るまでは同じなんですが、その後、近所の防波堤まで行って、そこでビールを飲むということです。
身体を動かしたあとに飲むビールはうまいわけですが、潮風を浴びながら飲むビールもうまいものです。
夏の夕方、昼間の暑さが収まり、西からの潮風が吹いてきて、少し高くなった波が防波堤にぶつかる音が響いてきます。
陽がだんだん傾いてきて、伊豆の山に近づいていきます。刻々と空の色が、青、オレンジ、紫色、墨色と変わっていきます。それにつれて山の陰の色と海の色もだんだん変わっていきます。よく黄昏の時間をマジックアワーといいますが、本当に不思議な美しさだと思のです。
そんな中でビールのプルトップをプシュっと開けて、ゴクゴクゴクと飲むビールのうまいこと…
現実逃避としての海
ぼくは若い頃から海が好きでした。
広くて、明るくて、楽しくて、自由で、ノビノビゆったりできるところ、それがぼくの海のイメージです。
ぼくが小さい頃は、若いお姉さん達が、南の島のリゾートに旅行に行くのが流行っていて、CMで流れている珊瑚礁の白い砂と、透明度の高い海と、白亜の豪華なホテルというステレオタイプなイメージが、夢の国のように思えました。
それが理由かわかりませんが、夢の国・楽園という言葉から、ぼくが連想するのは南の島の海辺です。
海好きが昂じて、海辺の田舎町に引っ越してしまいました。休みの日には、スキューバダイビング・シーカヤック・サーフィンなどを楽しんでいます。
そんなぼくですから、ときどき「なぜここまで海が好きなのか」って考えたりします。
理由は先ほどのように、海が楽しくて居心地がいいからですが、もっと先の理由を考えると、「現実逃避」「人嫌い」という言葉が頭をよぎるのです。
楽園の話しを先に書きましたが、古来、人は楽園の存在を夢見ていたようです。中国からは桃源郷のイメージが伝わってきましたし、昔話では竜宮城が出てきますし、沖縄ではニライカナイのイメージが共有されていますし、日本の仏教では補陀落渡海が行われていました。
これらの背後に感じられるのは、海の向こうに(あるいはどこか遠くに)、この場所の辛い暮らしとは違った、とても楽しく暮らせる場所があるのではないか?というメタファーです。
これって今の辛い暮らしを乗り切るための現実逃避、あるいは気休めなんじゃないのかなあ、とぼくは思うのです。ぼくがそう思うのは、ぼくが海に居たいのは、日々の責任や雑務や人付き合いからしばし開放される場所だからです。ぼくが海を現実逃避の場所としているから、楽園的なイメージをそのように解釈してしまうのかもしれません。
ぼくは大学生の頃に湘南でサーフィンを始め、東伊豆でスキューバダイビングを始めました。以後、今まで続いています。
大学卒業後サラリーマンになって、平日に忙しく辛い仕事をこなし、土日は、海でやっと自分らしくいられるという日々を送ってきました。
やがて結婚し、子供が生まれました。それは幸せなことでありながら、責任を負うことでもあります。人生のそんな時期にも、ときどき1人で海に行くことは、ぼくにとって大切な時間でした。
ぼくは自分の中で、社会人の大人としての役割を果たす一方で、そこから離れた本来の自分に戻る場所として海を希求していたのです。海にいる時間がなければ、ぼくはどこかで破綻していたんじゃないかと思うのです。ぼくが「海が好き」というときには、自分の存在のバランスを保つためになくてはならないものという意味が含まれています。
そういう自分らしくなれる趣味や場所や時間みたいなものを、誰でも持っているのかもしれません。
ちなみにぼくは山本周五郎の『樅ノ木は残った』が好きで何度も読み返してしまいます。主人公の原田は、普段は家老としての務めを果たし、自分の秘めた志を隠して、信頼されるバランスのとれた人を演じます。その原田が、ときどき山小屋に籠もって狩りに没頭するのですが、その2面性に共感してしまいます。
ここまでの話しには、社会で生きる上での役割を務めなければいけないということと、自分らしさをどこかで実現するという構造があるわけですが、仮にぼくに海という場がなければ、ぼくも楽園を日々夢見ていたかもしれません。あるいは今の解放される場所としての海以上に幸せに居られる場所としての楽園としての海が、もしかしたらあるかもしれない、いつかはそこに行けるかもしれない。そんな風にも思ったりします。
サーフィンとシーカヤックの瞑想時間が癒しをもたらす
ぼくはウォータースポーツをいくつかやります。大学時代にサーフィンを始め、やはり大学時代にスキューバダイビングを始め、30代の頃にシーカヤックとセイリングを始めました。どれもいまだに続けています。
ぼくの特徴として、新しいことを始めて、それが自分に合わないとわかるのは、すぐです。
なので、続けられないことはまったく続けられないし、2回、3回とやることはその後ずっと続けます。他のことも似たような経緯をたどることが多い~それはたとえば女の子と付き合うとか、バイトを始めるとかでも同じ~ので、これはぼくの特性なのかもしれません。
サーフィンとスキューバダイビングとシーカヤックとセイリングではそれぞれ面白さが違いますが、最も大きな違いだとぼくが考えるのは、サーフィンとシーカヤックは一人でできることで、スキューバダイビングとセイリングは仲間と一緒にやるという点です。
そしてどちらにもそれぞれの面白さがあります。ぼくは自分の気分と海況によって、それら4つのウォータースポーツを選んで楽しんでいるわけです。
一人でできるサーフィンとシーカヤックのよさは、思いついたときにすぐできるし、ずっと一人の時間を過ごせるし、やっている過程のすべてを自分の判断でできるところです。
そしてそれらは、ぼくの性格に合っていると思います。
サーフィンで波待ちをする、シーカヤックでパドリングをする時というのは、何だか大げさな物言いになりますが、瞑想に近いと感じます。これはぼくがそう感じているだけかもしれません。
何かを考えることもありますが、何も考えていない時もあります。歌を口ずさんでいることもありますし、独り言をいっている時もあります。無心になっている時もあります。その時間がぼくは好きです。
ぼくは軽くジョギングをすることもあります。それは適当・不定期な運動不足解消のためのジョギングなので、本格的なランナーではありません。でもジョギングのときの何かを考えているような考えていないような時間と、サーフィンとシーカヤックの瞑想時間とは似ていると思います。
日々の生活の中でまとまって何も考えない、あるいは何を考えてもいい時間をとることは難しいので、サーフィンとシーカヤックの瞑想時間がより貴重に感じられるという面はあるかもしれません。
サーフィンで波に乗る、シーカヤックで海を旅する、その二つはそれぞれに面白いし、海に出ること自体が気持ちいいんですが、とりわけ瞑想的な時間を過ごせるのも、ぼくにとっては、結構重要度の高い面白さです。時々波もないのに波待ちをしているサーファーを見かけることがあると思いますが、あれはあれで、やっている本人は楽しいし気持ちいいのです。
小雨が降って、太陽の光が届かず、海は暗く鈍色の日、海に出てもあまり爽快ではない日であっても、あえて海に出てサーフィンとシーカヤックをするのは、瞑想的な時間を過ごせるのが気持ちいいからです。
いささかストイックで偏屈な面白味かもしれませんが、ぼくという人間はそういうのが好きだし、そういう面白味に癒されていると思います。
海水浴に来る方にお願いしたいこと
今回はあまり書きたくないことなのですが、地元のウォータースポーツ(ぼくはマリンスポーツのことをウォータースポーツというようにしています)をする友人達とよく話題になることなので、ちょっと書いてみようかと思います。
コロナの状況で例年と違うこともありますが、海水浴に来る観光客の方に対して、一人の海辺に住む地元民・ウォータースポーツをする者としてお願いがあります。
観光客向けの注意事項は、たいてい海岸入口に掲示してありますし、ライフセーバーが定期的に放送するので、それを見たり聞いたりして守ってください。
全国どこでもよくある注意事項は…
・適度に休憩・水分をとって熱中症にならないように注意する。
・酒を飲んで海に入らない。
・ゴミは持ち帰る。
・防波堤から飛び込まない。
・子供から目を離さない。
・海水浴エリア内で泳ぐ。
・あまり沖に行かないなど注意して泳ぐ(特に黄色い旗(遊泳注意)の時)。
・夜遅くに花火をしない。
というようなことでしょうか。
特にぼくがお願いしたいのは、「海水浴エリア内で泳ぐ」ということです。観光客の中には、海水浴エリアを、泳ぎに自信がない、ライフセーバーの監視が必要な人が遊ぶエリアだと勘違いしている人がいます。
それは誤解です。海水浴エリアは、ウォータースポーツや漁業をする人と海水浴客を分けるためにあります。海岸すべてが海水浴客になると、ウォータースポーツのボードやボートなどや、漁業関係者の船が出入りできないからです。
ウォータースポーツをしない方はご存知ないかもしれませんが、海の事故で一定数あるのが、サーフィンやSUPやシーカヤックなどがぶつかっての怪我です。サーフボードに触るとわかりますが、あれは結構固いものでして、当たり所が悪いと脳しんとうや失明になったりします。最悪、死んでしまうこともあります。
ウォータースポーツをする側としては、ぶつからないようにいつも気をつけていますが、波が高いときなどは微妙なコントロールができないこともあります。
海水浴客とウォータースポーツをする人が多い、鎌倉の由比ヶ浜などのエリアでは、細かく海水浴客のエリアとウォータースポーツをする人のエリアが決められているところもありますが、そのルールがあるのは先述の理由のためです。海水浴客にエリアを守ってもらわないと、ウォータースポーツをする側としては、気をつけていても事故を防げないのです。
ちなみに海辺に住む、ウォータースポーツを嗜む、地元民としての感覚としては、海水浴場ができる7月~8月までは、ちょっとうんざりする時期です。
それは、今まで自由に全面的に使えていた海岸が、海水浴場の設置で、限られたエリアしか使えなくて不便だということもあります。
他にも観光客で道が混む、駐車禁止のエリアに路上駐車をして危険、ゴミをポイ捨てしていく片づけをしなければならない、夜遅くまで花火や音楽がうるさいなどと、いつもの自分たちの穏やかな暮らしが邪魔されるからです。
観光客の立場からすれば、遊びに来てやって、金を落としているんだという気持ちもあるでしょう。自治体としても海水浴の観光客を歓迎しているところもあります。
ただ、湘南あたり(首都圏に近い住宅地の海辺もたぶん同じ)というのは、環境客向けの商売で生計を立てている人は一部で、東京や横浜などの市街地に働きに行くサラリーマンが多いのです。自治体の税収としても小売店の納税額よりも住民税の方が多いのです。嫌な言い方ですが、海の家やコンビニや駐車場に落としていく数千円の金(人によってはコンビニくらいしか行かない人もいるでしょう)ぐらいで環境客ヅラされて自分たちの生活を乱されたくないと、ぼくは思っています。たぶん、おそらくそう考えている地元民は他にもいるでしょう。
なので、湘南のような市民構成のエリア(東京近郊の市街化された海はたいてい似たような市民構成だと思いますが)に海水浴に行く場合は、観光客は地元のすべての人に歓迎されているわけではないことを知っていただきたいと思います。歓迎されたいのであれば、観光でもっているような、観光客歓迎のエリア(比較的田舎が多いと思います)に行くといいと気持ちよく遊べると思います。
窓から海を眺める時間の幸せ
普段、隙があれば海に出て遊ぼうとして、妻に呆れられています。
よほど海が荒れていない限り、海に出て、スキューバダイビング・シーカヤック・サーフィン・セイリングなどをします。
海が荒れていて出られないときも、雨が降っていなければ、海辺を散歩したり、ジョギングしたり、サイクリングしたりします(ちょっとの雨なら外に出ます)。
屋外にいるのが好きなので、どうしてもそんな日々になります。
海が荒れていて、大雨の時にはさすがに家にいますが、音楽を聴きつつ、コーヒーなどを飲みつつ、窓から海を眺めています。
結構な時間眺めていられまして、1時間は短い方で、2時間くらいボーッと海を眺めていられます。普段家からゆっくり海を眺めることはそんなにないので、それはそれでホッとできる時間です。
窓には雨が叩きつけていて、その向こうには霞んだ鈍色の海が見えます。海はうさぎが跳ねていて、波の方向で風向きがわかります。
あぁ、もし自分がこの海を航海しなければならないとしたらかなりしんどいなあ、でも大型の定期船や連絡船などは動いているだろうから、そういう人達はたいへんだよな、なんて考えたりしながら、海を眺めています。
海は凪だと本当に楽しいんだけど、一旦荒れると本当に怖いよなぁ、なんて思いながら、海を眺めています。
海は凪だと本当に楽しいんだけど、一旦荒れると本当に怖いよなぁ、なんて思いながら、海を眺めています。
今日もこうして健康で、おいしくコーヒーが飲めて、海が眺めていられて幸せだなあと思うのです。
おいしい金目鯛を食べたくなったら行く店 伊豆稲取 きんめ処なぶらとと
1.ロケーション ☆☆
2.こだわり ☆☆
3.店の雰囲気 ☆☆
4.味 ☆☆
5.値段 ☆☆
6.音楽
7.手入れ&掃除 ☆☆
8.総合評価 ☆☆
9.コメント
伊豆といえば金目というほどに地元の名産品として定着しています。脂がのった旬の金目は確かにおいしいですよね。ぼくも大好物です。
しかも金目といえば稲取というイメージがあります。
伊豆の海鮮系のお店ならたいてい金目の煮付けやお刺身を出すものですが、やはりおいしいところとそこそこなところがあります。
ぼくはおいしい金目が食べたいときは、本場稲取まで足を運ぶことにしています。特にスキューバダイビングでひと潜りした後に無性に金目が食べたくなるときがあります(海中で魚を見て脳内で何かが起きているんでしょうか?)。こういうときは労をいとわず稲取へGO!
稲取にも何軒かお店がありますが、一番大きいのは徳三丸ですね。
今回ご紹介するのは稲取漁港近くの、きんめ処なぶらととというお店です。金目の煮付けも金目の刺身もおいしいですし、お値段も2500円くらいで、まあ相場どおり。
海辺はパーソナルスペースが広いから居心地がいい
パーソナルスペースという言葉がありますね。人が他者との間にとる物理的距離のことをいうようです。ぼくは他人にあまり近くによって欲しくないので、パーソナルスペースが広いタイプなのでしょう。
ぼくは平日は町に仕事に行って、それ以外は海辺の田舎町で過ごしていますが、都会と田舎だと周囲の人の標準的なパーソナルスペースが違うなと感じます。当たり前ですが、都会の方が人と人との距離が近いと思います。
というわけで、ぼくとしては町での仕事の際に、ストレスを感じてしまうわけです。というか働くのも好きではないし、町も好きではないので、パーソナルスペースが狭いからストレスというわけではないかもしれません。平日がとにかくストレスフルです。
とはいえ一方で、電車の中や混雑した市街地の歩道などは、人との距離が近くて嫌だなと感じますし、海辺にいるとそういう嫌な感覚がないので、やっぱり自分にとってパーソナルスペースって大事なんだなと思います。
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