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海と身体にやさしい料理 アーセンプレイス


【アーセンプレイス】

神奈川県横須賀市 秋谷



1.ロケーション ☆

2.こだわり ☆☆

3.店の雰囲気 ☆☆

4.味 ☆ 

5.値段 ☆☆

6.音楽 

7.手入れ&掃除 ☆☆

8.総合評価 ☆

9.コメント
 秋谷の海沿いに立つこのお店のアピールポイントは、三浦のおいしい野菜を中心としたヘルシーな食事でしょう。
 たしかに野菜はおいしくて、それらを使った総菜の味付けもおいしいです。ご飯は16(だったかな?)穀米です。

 内外装は手作りな感じで、お店の人の思い入れが感じられますし、なんとなく落ち着く空間になっています。
 秋谷の海を眺めながらノンビリ食事をするのはなんとも幸せな時間です。

 あえて難をいえばいつも混んでいて、なんとなく急かされている感じがするところと、目の前が国道134号線で車の音がうるさいことでしょうか。

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島へ移住したくなっちゃう 『自休自足 VOL.37』 




『自休自足 2012年 04月号 VOL.37』  (第一プログレス)


 以前にもご紹介した『自給自足』。
 この本が好きな方は、もうだいたい常連さんが多いですよね。
 自然が好きで、どちらかというと山方面が好きな方が多いような気がします。
 でも、たまーに海の特集記事があります。

 さて、今回は島暮らしが特集されています。

 日本の北から南まで、結構多くの島暮らしの様子や移住した人の感想が載っています。
 海好きな人、島好きな人、ノンビリ暮らしたい人、移住を考えている人には参考になるのではないかと思います。


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救急車のサイレン

kyukyusya.jpg


 夏、日中にやたら救急車のサイレンが鳴っていることがあります。
 こういうときはたいてい海の事故です。

 ぼくの家は海水浴場からわりと近いので、ライフセーバーの注意放送がモロに聞こえますし、海水浴客の声も聞こえます。
 そんな感じで、家にいてもなんとなく海の気配がわかるんですね。

 それでやっぱり事故のときって、雰囲気がちょっとヘンなんですね。そこへ救急車のサイレン。
 「あっ」と思います。

 昔は引っ越したばかりの頃はいちいち見に行っていましたが、慣れというのは恐ろしいもので「またか」という感じに…
 そのうち友達からのメールで、事故の詳細を知るというパターンが最近多いです。

 海の事故といってもいろいろです。重大なものは死亡事故ですし、意識不明、骨折、打撲、切り傷、熱中症、酒の飲み過ぎなどなど…
 ぼくだっていつ事故に遭うかわからないと、海に出るときはいつもそう思いながらでていますし、本当に無事か事故かは紙一重という気がします。これはぼくが何年も海遊びをしてきて、そう実感するようになったことですが、年に1、2度海水浴に来るような方には、なかなか実感をもってもらえないだろうと想像します。

 だからといって海の怖い面ばかりをいうのも興ざめですし、やたら「危ない危ない」と風紀委員みたいにいうのも、うんざりです。

 ただ、海の事故というのは珍しいことではなくて、日常的なことです。テレビのニュースで目にするのは、よほど大事故かニュース性のある事故。もっと小さな事故は、かなり数が多いんです。

 海遊びをする人が、すごくヤバイ海況で、知ってて海に出るのは、まあ仕方がないかなと思います。周囲の人はたいへんですし、迷惑ですが、冒険したい気持ちには共感する部分もあります。
 でも、普通に楽しむために海水浴に来た人が事故るのは、なんとも気の毒です。
 どうか気をつけて遊んでください。


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真夏のシーカヤックは砂漠を行くのに似ています

natsuhasabaku.jpg


 暦の上では秋といっても、まだまだ暑いですね。

 夏。
 ウォータースポーツをされない方は、真夏といえば、シーズン真っ直中だと思われるかもしれません。
 でも、少しでもウォータースポーツをやった方なら、わかってもらえると思いますが、本当の真夏にウォータースポーツをするのは、けっこうツライんですよね。

 サーフィンみたいにずっと海に入っているのはまだいいんですが、ヨット、ウインド、シーカヤック、ダイビングは暑すぎます。目の前が海なんですから、いざとなれば飛び込んで涼めばいいんですが、それも状況によってできるときとできないときがあります。

 真夏にシーカヤックで何キロも漕ぐというのは、砂漠を歩くのに近いんじゃないかと想像します。砂漠を歩いたことがないからわからないけど…
 シーカヤックというのはいったん乗り込んでしまうと、上陸するまであの体勢なんですよね。もちろん海水を頭からかけたりして涼をとることはできますが、それでも暑いです。
 同じようにヨットも大型のものだと、気軽に海に飛び込むわけにはいきません。スクリューが危ないですし、船に上がるのもラダーを使わなければならないでしょう。
 デッキの上で真夏の陽射しに長時間曝されるのは、ツライものです。
 
 というわけで、ウォータースポーツのベストシーズンは初夏や秋だったりするんですね。

 これからがベストシーズン。
 どんどん海に行きたいですね。

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海で世の流れを想ったりする

yononagare.jpg


 天気がいいのにどんな海遊びもできない日というのがあります。
 たとえば風が強く波がバシャバシャな日なんてそうですね。

 こんな日はビーチに折りたたみ椅子を出して、日がな一日ボーッとしています。
 まあただボーッとしているんではなくて、考えごとをします。
 よく考えるのは…


 家族の今後の方向性やそれに関して打つべき大切な手を忘れていないか?
 仕事の大きな目標で外していることがないか?
 仕事の段取りで落としていることがないか?
 仕事の人間関係で見落としていることがないか?
 自分の人生で筋の違ったことをしていないか?
 先祖代々の思いと自分の考えで筋の違っていることがないか?
 政治・経済の10年後20年後のこと。そしてそれが筋に合っているかということ。


 などです。

 妙にまじめっぽい話しになっちゃいますが…

 考えるというよりも頭の中にフッと浮かんできては、それに思いを巡らして、将棋の手を読むように先のことを順番に考えていくという感じです。
 それで「ああ、あれはどうしてもやっておかないといけないな」とか「あのことが考えから抜け落ちていたな」なんて思ったりします。

 概していえることは、海辺では大きな物事の流れや時代の流れなどを考えます。そして、その状況に自分というポツンとした小さな個をどう位置づけるか、を考えることが多いです。
 海という場所は不思議なもので、ぼくは海にいると、わりとそういう物事のとらえかたができるようになります。


 ぼくは青春時代(って、今いわないかな?)にバブルの形成と崩壊を過ごしてきました。
 それから、米ソあるいはアメリカの戦争を何度か見てきました。
 阪神淡路大震災が起きました。
 地下鉄サリン事件が起きました。
 ホリエモンや村上ファンドがバッシングされてました。


 そこから学んだのは…
 一寸先は闇であること、将来のことは誰にもわからないということ
 筋というか自然の流れに逆らった人間の行為は、後日たいてい反動が来るということ
 人情に沿わない物事はいずれ修正を余儀なくされること
 などです。
 そういう価値観に照らして、今や今後の世の中や自分のことを考えていきます。



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珊瑚礁のよさ

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 これまでぼくは、やれ「伊豆の和風っぽい海が好きだ」だの「伊豆七島はいいね」なんて書いてきましたが、やっぱり珊瑚礁の海もいいわけです。やっぱり。基本的に。

 若い頃は南の珊瑚礁の島に憧れたものです。青い海、白い砂の写真を見てはため息をつく、ピュアな青春時代を過ごしてきたのです。
 そして大人になり、金銭的にも肉体的にも、実際に行けるようになると、国内・国外の珊瑚礁の島に行きました。

 そんな経緯があって、わりと歳をとってきて、落ち着いて酒を飲めるようになった今日この頃に、わざとらしく「やっぱり日本の海もいいなあ」などとつぶやいているわけです。

 これはなんかに似ているなあと考えてみると、男子の女性に対する外見的な好みの変遷とよく似ているではないですか。ああ、びっくり。

 若い頃は、単にカワイイ子が好き。そしてやっぱりオッパイが大きい子がいいなあとなり、後ろから見たお尻の感じがいい子が好きとなり、すっとした長い首からアゴのラインに惹かれ、足のふくらはぎの太すぎず細すぎない様子に見とれてしまう…などと、個人的にはいろいろ違うでしょうが、だいたいのオトコというのは、女性の外見で注目してしまうポイントが、年齢や経験によってだんだん変わってくるわけです。

 話しがそれ、はたまた、話しも卑近になりましたが、何がいいたいかというと、海もそうじゃないか!といいたのであります。

 珊瑚礁の澄んだ海の青さに驚き、真っ白な砂浜に心奪われ、海に沈むキッパリとしたオレンジ色の夕陽に見とれました。
 珊瑚礁の砂のサラサラした感触。
 リーフの内側の穏やかさと、外側のドロップオフの荒々しさ。
 夕方になると毎日降るスコール。
 そして雲ひとつない夜空には南十字星。

 そういうことを経験しちゃうと、なんとなく中毒気味になるというか、目を閉じるとそんな風景が浮かぶようになり、またしばらくすると成田から飛行機に乗ってしまう、という海好きな人を何人も知っています。

 それぞれの海のよさがあるわけですが、珊瑚礁の海というのは、よいものですねえ。

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海辺の食べられるものはいっぱいある  『山菜+海菜のフィールドノート』 





『日曜日の遊び方 山菜+海菜のフィールドノート』 宮手健雄 (雄鶏社)


 てみやんという人は湘南地域では割と有名な人みたいで、本業はミュージシャンみたいです。

 この本は、湘南のような海辺でも、誰でもとることができる草花や海草などの食べ方を解説したものです。

 よく、食べられる山野草みたいな本がありますが、それの海辺版です。

 湘南に限らず、だいたいの本州の海べりでも状況は似ていると思います。といいますか、ずっと海辺で暮らしてきた方には、当たり前すぎて役に立たない内容かもしれません。

 我が家でも普通に、波葉、ワカメ、テングサ、ヒジキ、イガイ、イソガニ、フジツボなどを採って食べております。

 そういえば漁師さん家がやっている民宿に泊まったりすると、何かの折にそういう話が出て、あれはおいしいとかこれからの季節はどこどこで何が採れるというようなことを聞きます。
 この本はそういう海辺に住んでいる人が当たり前にやっていることで、素人でもできそうなことをまとめた本ようなものです。

 無農薬とか有機栽培とかフードマイレージとかいいますが、昔からちょっとした田舎では、おじいちゃん、おばあちゃんが家の周りをうろうろして、ヨモギとかゼンマイとかツクシなんかの食べられるものを採ってきてました。
 街の真ん中ではそういう自然がほとんどなくなりましたが、街の中心から少し離れれば、まだまだ自然が残っていたりするんですね。
 ただぼくがそれを知らないだけだったんですね。

 そんな自然に目を向けて自分の暮らしに取り入れていくと、自分の生活に愛着が湧いてきます。




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歴代のフィンが捨てられません

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「桃子先生、ちょっと相談があるんです」
「なんなの?タカシ君。どうしたの?」
「ぼく、ぼく、先生のことが…」
「ああ、ダメ」
「ぼく、実は、スキューバーダイビングのフィンが捨てられないんです」

 …

 ということで今回はスキューバーダイビングのフィンの話しです。
 ぼくはスキューバーダイビングを始めて十数年になります。
 で、今使っているフィンは4代目ですね。
 プラスチック製のフィンって、使っているとだんだんヘタってきまして、推進力がなくなるんですね。まあ消耗品です。

 で、これまで使ってきた3つのフィンなんですけど、これらが捨てられないんですね。
 邪魔で場所をとるんで捨てろという圧力が、当局から、かかるわけですけど、捨てられません。
 それぞれに思い出があるんですよね。
 ああこれはダイブマスターをとったときに使ったヤツだ。これはモルディブで使ったヤツだ。これは八丈島で流されそうになったときのヤツだ。
 という具合にそれぞれに思い入れがあります。
 なので、それぞれに使った西暦を書いて飾ってあります。

 休日の夜なんかに、酒を飲みながら、そのフィンを眺めてニヤニヤしています。
 あやしいオヤジ。





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海の楽しい記憶への鍵 『RAKUEN』



『RAKUEN』 三好和義 (小学館)



 ウォータースポーツをする人なら、普段の生活でキレイな海の写真があれば、そちらに目がむくことでしょう。
「ああキレイだな」とか「いい波だな」とか…
 もっと好きな人になると「ここは○○の××海岸の夏の午後3時頃だな」とわかるようになってしまいます。

 そんな心当たりがある方なら一度は三好和義さんの写真を見たことがあるはずです。

 ぼくはダイバーとして珊瑚礁の海に憧れを持ち続けてきましたので、わりと以前から三好和義さんや高砂淳二さんの写真を意識して見ていました。

 そしていまだに何かのタイミングで写真集を取り出しては、パラパラ眺めます。
 たとえば仕事で忙しい日が続いたとき。
 しばらく海に行けないとき。
 海から帰ってきたとき。

 写真を眺めることで、自分が海で過ごした幸せな時間の記憶が蘇ります。風とか、湿気とか、太陽のまぶしさとか、空気の匂いとか、裸足で歩いた砂の感触とか…いろいろな記憶が頭に浮かんでくるのです。

 海好きな人にとって、こういう記憶の鍵になるような写真集を1冊でも持っているのといないのとでは、結構大きな違いなのかもしれません。





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海辺を移住しながら暮らしたいですね

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 ぼくの友人は、やっぱりといいますかなんといいますか、その、あの、海好きな人が多いわけです。
 で、そういう人の中にはいろいろな海辺を転々としている人がいます。
 たとえば、湘南の七里ケ浜→外房の東浪見→パラオ→オアフ→ミコノス→石垣→和歌山の串本、みたいな感じです。

 その気持ちはすごくよくわかりまして、ぼくだってできるならやりたいんですが、いろいろなしがらみがあってできないわけです。まあフツーの社会人はそうでしょうね。

 なんといっても海はそれぞれ性格(海にも性格がある、とぼくは思っています)が違いますし、風景も違いますし、気候も違います。そして住んでいる人も違います。
 そういう違いを2~3年かけて味わいながら次の海辺へ移り住んでいく…
 なんとも羨ましいことです。

 できれば一生をそうして転々と過ごせたらいいですね。
 転がる石のように…
 吹き抜ける風のように…

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