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なんとなくコロナビールを飲んでしまうボク



 うちの近くに海の眺めがいいカフェがあります。そこは酒も出すんですね。
 で、天気のいい日にその店のテラス席で飲むビールってのがなかなかいいんです。

 そういうときは何となく気取ってコロナビールなんかを飲んでしまいます。
 味は日本のビールの方がおいしいのにね。

 陽射しを浴びながら、潮風に吹かれながら飲むビールというのがなんともうまいんですね。そういう状況だとコロナビールのあっさり、サラッとした味がよく合います。

 いいですねえ。やっぱり夏はビールですねえ。




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伊豆の松崎をそぞろ歩き

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 伊豆にスキューバーダイビングに行くことが多いんですが、ダイバーというのは海に潜るのがメインテーマなので、時間が許す限り潜ろうとします。そうすると意外に定番の観光地を知らないということがよくあります。
 たとえばぼくの場合、そのひとつが松崎だったりします。
 とても有名な町で、南伊豆から西伊豆にかけての交通の要衝といえると思います。何度も通っているのにゆっくり観光したことがなかったんですね。

 で、先日南伊豆でダイビングした帰りに、松崎で1泊することにしました。
 宿にチェックインした後、町をブラブラ歩きました。
 知識として知っていましたが、松崎はなまこ壁が有名です。町をそぞろ歩くと、そこかしこに昔ながらのなまこ壁の家があります。昔ながらの風情が感じられてなんともいい感じです。

 南伊豆から西伊豆にかけては入江ごとに小さな町が点在していて、その中で松崎は比較的大きな町です。ここを通るたびに「どうして松崎が発展したんだろう?」と不思議でした。
 海辺の町で栄えているのは、たいてい漁業が盛んであるとか、良い木材が産出されたとか、金山があったとか、交通の要衝であるとか、地政学的に重要であった、などなどの理由があるものです。

 まあ確かに下田から西伊豆へ向かう街道沿いではあります。でもそれ以外にはあまりなさそうだし、それにしては栄えているなと思いました。
 しかもなまこ壁のお屋敷があるということは、明治以降に発展したということです。思い当たるのは「畳おもて」と「製糸」でしょうか。
 なんだかはっきりしたことはわからないんですが、いろいろ考えながら町を歩くのは楽しいものです。

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サーフボード



サーフィンする人にとって、大事なサーフボードはすぐ見えるところに置いておきたいですよね。もちろん劣化を避けるために納戸や屋内の物置しまったりすることもあるんですが、インテリアにしちゃっている人を見かけます。

ドーンとリビングとかに置いてたりしますね。
そういう人はたいてい邪魔にならないように天井や壁や梁にラックを使って置いたりして、工夫しているようです。

他のパターンでよく見かけるのは、折れたりダメになったボードを加工してうまくインテリアやエクステリアのアクセントにしている人。
これもいいアイデアですよね。サーフボードは早い人だと1年くらいでダメになりますから…

すごく気に入っていたボードが折れて、ちょっと捨てられなくて、インテリア・エクステリアにしている気持ちよくわかります。
以前、折れたボードにペイントして表札にしている家を見かけました。なんとも微笑ましい感じがしました。

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「がんばって」ノンビリする

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 ぼくの友達で何かしてないと落ち着かないというか、いつも何かしている人がいます。
 ちょっと時間があると、スマホをみたり、部屋の小物を片付けたり、テレビをつけてみたり、新しいティッシュの箱を出してみたり…といった具合です。ヘタすると一度にふたつのことをしているときもあります。

 というぼくも、その友達ほどではないですが、何もしないでボーッとするのは苦手かもしれません。

 細かいことまで含めると、やろうとすればいくらでもやることがあります。で、意外に大事なことは先延ばしにしてたりして…
 で、セカセカと動き回っているとそのうちくたびれてきて、自分で好んでやっているのに、疲れたーなんてことになってしまいます。


 で、そんな自分に猛省を促すことにしました。

 休日のうち、日を決めて、海に行く以外のことは何もしない日を作ることにしました。
 海には行きますが、ウォータースポーツもしないで、ボーッとするだけです。
 そうするとだいぶ疲れがとれます。
 なんといいますか、身体の芯の疲れがとれるというんでしょうか…

 何もしないでボーッとするのは、意外にけっこうたいへんで、ついつい流木を拾ってみたり、本を読んでみたりしたくなっちゃいますが、そこは「がんばって」何もしないというのがポイントです。

 毎日こまごまと働いていらっしゃる方で、最近疲れ気味な方は、お試しあれ。

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伊豆の良さ-南伊豆-

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 伊豆はやっぱり伊東から先がいいですね。もっというと南伊豆がいいですねえ。南伊豆なんてだいぶ大雑把ですが…

 「何がいいんだろう?」いつもあの辺りに遊びに行くと思うんです。
 比較的観光客が少ないことからくるノンビリさやノホホンさや寂れた感があります。
 それからやっぱり単純に南に行くほど南国感があります。

 伊東から先、熱川を過ぎるとだいぶノンビリしてきます。
 河津を過ぎるともっとノンビリしてきます。
 それで今井浜、白浜とリゾートっぽい場所があって、その先は下田です。下田は大きな街ですが、それでもなんだかノンビリしています。突き当たり、突端、電車の終点の街特有の雰囲気があります。

 一般的には下田から先が南伊豆なんでしょうが、西伊豆の堂ヶ島あたりまでは、ノンビリした雰囲気が続いて、いい感じです。
 弓ヶ浜、石廊崎、…、ぼくが好きなのは石廊崎から少し西に行ったあたり。マーガレットラインと名前が付いていて、このあたりの雰囲気がいいんですよ。
 高台から海を見下ろす立地で、木々が多くて…

 って、ぼくにいわせると、どの海もそれぞれ魅力的で、一度は住んでみたいなあと思ってしまいます。

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海が好きなことはどこにつながっているんだろう

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 ぼくは生まれも育ちも海辺ではありません。葛飾柴又です。ウソです。
 大人になってから海辺に住むようになりました。
 でも、物心ついた頃から海が好きでした。家族旅行で海に行くのは大好きでしたし、テレビで海っぽい番組を見るのも好きでした。
 よく無い物ねだりとか隣の芝は青いとか隣の奥さんはキレイに見えるとかいいますが、海がそばになかったから、よけいに海への憧れみたいなものはあったのかもしれません。

 ときどき、なんで自分はそんなに海が好きなんだろうと思うことがあります。
 よく心理テストでは、海が好きな人は、母性愛に包まれることを望んでいるんだ、などといわれたりしますが(って、テレビ番組でやってました)、本当のところはよくわかりません。

 確かに海にいるとホッとします。身体の芯の力が抜けていくような感じでリラックスできます。海の自由さも好きです。ひらけている景色も好きです。
 海で遊ぶと、仕事で疲れた身体がリフレッシュしている感じが確かにあります。気分もすっきりしています。

 ぼくは何かに突き動かされるように海に行くのです。
 いったいこの感情はどこから来ているんだろうと考えるんですが、よくわかりません。
 それこそ本当に胎内回帰願望かもしれません。

 もしかすると、シャングリラとか桃源郷とか楽園とか、そういう場所を求めているのかもしれません。もちろん現実にはあり得ないとしても、もしかしたら、どこかの海辺には理想郷のような場所があるかもしれないと…

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PFDに何をつけるか考えてみました

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 シーカヤック、セイリングではマストなPFD。ライフジャケットとかライジャケともいったりします。今日はPFDの話しです。

 シーカヤックをするたびに、あるいは他のシーカヤッカーを見るたびに、PFDに何を常備するかということを考えてみたりするわけです。

 ぼくの場合は、まずレスキューホイッスルですね。
 これはスキューバーダイビングをやっていた頃から、BCにはホイッスルを常備するという癖がついていたからだと思います。

 それからレスキューフロートです。これもスキューバーダイビングと同じ発想です。シーカヤックで海況が荒れて、沈して、カヤックを捨てざるを得なくなって、漂流したとして、PFDがあれば浮かんでられるし、レスキューフロートがあれば発見される可能性が高まるという、ぼく流の理屈です。

 それから携帯電話ですね。防水パックに入れてPFDのポケットに入れてあります。
 やっぱり事故に遭ったときのことを考えて、いざとなったら、118か、家の者か、近所の仲間に連絡しようという想定です。
 以前は携帯電話を防水バッグに入れてハッチに収納してましたが、これだと漂流したときに、たぶん取り出せんじゃないか、フフまだまだ甘いな、と反省し、PFDにつけるようになりました。

 海っつうのは、今日は凪で余裕だぜなんて思っていても、急に風が吹いてきて、波があがるということはよくあることです。そんなときシーカヤックというのは、なんとも影響を受けやすい遊びなのでした。
 安全側に考えるに越したことはありません。

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子供を育てる環境としての海辺(田舎)

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 今では当たり前になっちゃって気がつかなかったんですが、改めて海辺というか田舎に住む良さを感じた出来事がありました。

 先日、子供を連れて、都会に住む友人の家に遊びに行ったときのことです。
 友人宅はマンションなので、下の人の迷惑を考えて走り回っちゃいけないとか、エレベーターに乗るにも、背後にアヤシイ人がいないかとか、外で遊ぶにも公園に行かなくちゃいけないとか、公園に行くまでも車や自転車に気をつけなきゃいけないとか、子供が道端の草を抜こうとしたら汚いからダメだとか…
 けっこう気を遣うことがたくさんあるんだなあと思ったわけです。

 ぼくん家は、それらのどれも気にしたことはなかったんですね。
 子供はわりと放ったらかしにしてきまして、まあ、そのあたりの草を引っこ抜いたり、木に登ったり、海に石を投げたり、砂浜でゴロゴロしてたり、家の中では床が抜けるくらい走り回ったりしてました。

 こういう細かい事って、まあいろいろあると思いますし、ひとつひとつは小さな事なんですが、意外にストレスになっているかも…と。
 別のいい方をすれば、いかに日頃、自分が細かいことに気を遣わないでリラックスして過ごしているかということを再認識したんですね。
 少なくともぼくはその友人の住んでいるエリアにはとても住めません。
 うちの子供たちも、戸惑うと思いますし、適応するのに時間がかかると思います。
 もし、うちの子供たちがそういう環境で育ったら、今みたいなワイルドで抜けてるキャラにはならなかったかもしれないなあ、と想像したりします。

 この差は小さいといえば小さいけど、大きいといえば大きいともいえます。
 価値観は人それぞれですし、こうした感覚を測る基準はありません。

 ただ、そういうストレスを嫌いな人が、そういうストレスが多い場所に住むのは明らかに好ましくないことでしょう。
 その人にとってより幸せな人生ってどういうものかを自覚して、自分に好ましい選択をするというのは、やはり大切なことのような気がします。

 特に子供を育てるという観点では、より重要なことのような気がします。
 誰もが住む場所を自由に選べるわけではないということは、もちろんありますが…




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テキトーですがもっともっと

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テキトーなわたくしの車の停め方



 ぼくは大雑把でテキトーな性分ですが、まだまだだな、と思います。

 なにせぼくの住んでいる海辺のあたりは、おおらかでマイペースで濃い人が多いんです。そんな人に囲まれていると「なんて自分はマジメで平凡でこぢんまりした人間なんだろう」って思っちゃいます。
 そんなおおらかでマイペースな人と接していると、なんだか居心地がいいんですね。いつも笑っていられます。

 そして自分ももっと大雑把でテキトーでおおらかになりたいなと思っているんですね。

 逆なこともあります。仕事かなんかで、すごくマジメで、謹厳で、細かい人といると、なんとなくケツのあたりがムズムズするというか、居心地が悪いんですね。

 それからできればゴーイング・マイ・ウェイな性格になってみたいですね。他人の話なんか聴かないで、自分のことばっか話す人、いますよねー。
 傍から見るとこういう人達って迷惑なんですけど、たぶん本人は幸せなんだろうなあって、羨ましくなります。

 結局他人に何をいわれようと、自分が幸せなんだったら、人生、まあいいんじゃないんでしょうか。

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ジジババのウォーキングの一団について

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 ぼくの近所では休日になると独特の一団を、やたら見かけるようになります。

 その人達はリュックを背負いトレッキングシューズを履いていて、山登りよりも軽装ですが、でもちょっとそっち方面のスタイルなので、海辺の町では浮いています。

 年の頃は、おじさん、おばさんと呼ぶには抵抗があって、やっぱりおじいさん、おばあさんというくらいです。
 10人から20人で縦列に並んで歩いています。多い集団だと30人規模だったりします。先頭にはリーダーっぽいおじいさんが、わけ知り顔で準備運動の仕方とか「はいもっと右に寄ってー」などとコーチしています。
 そう、この人達はウォーキングというかハイキングというかトレッキングの人達なんです。
 だいたい春から秋にかけての気候のいい日に出現します。

 あのですね、海辺を歩くのって気持ちいいんです。それだけで気分が変わりますし、適度な運動になりますし、それはそれでいいんです。
 その気持ちよさ、ぼくはよくわかります。
 仲間と歩く楽しさ、よーくわかります。

 でも、海辺を歩きたきゃ独りとか、せいぜい仲のいい2、3人で歩けばいいじゃないですか?
 なんでそんなに群れる?
 エベレストの登山隊か?
 ベースキャンプとか作るのか?
 そのあたりがよくわかりません。

 その20人の中には、たぶんリーダーとか仲間に誘われて「ちょっと歩いてみようかしら」みたいな人がいると思うんですが、「オレはその主体性のなさが気に入らないね」と思うわけです。やりたいことは自分で決めろ、やりたきゃ自分独りでもやれ、と思うわけです。
「○○さんに誘われたからちょっとやってみる」というフラつき加減が気に入りません。

で、これだけ:大人数ですとどうしても歩道をふさぐわけです。ぼくら大人はまだいいとしても、ベビーカーを押している人とか、自転車に乗った小学生とか、やっぱり危ないんですよね。

 って、なんでぼくはそこまでムキになっているんでしょうか? 幼児期のトラウマでもあるんでしょうか?

 で、よく考えてみますと、いろいろな心理状況が、ワタクシのなかで渦巻いているようなのです。

 老人が元気なのはいいことですし、ぼくも自分の両親には長生きして欲しいですし、一般的にみんな長生きで幸せなのはいいことだと思います。

 でも、一方でココロの中の「黒いボク」が、「このひとたちの年金、俺たち現役世代が2、3人で支えているんだよな」とか「あんまり長生きしないでぽっくりいっちゃっってくんないかな」とか、「あんまりでかいツラして、公道を塞がないで欲しいよな。立場わきまえろよ」とか、つぶやいちゃっているんです。

 今日はぜんたいにダーティーなトーンの記事になってしまいました。
 これまで日本を支えてくださった年輩のみなさま、ご健康で長生きなさってください。いや本当に…

 


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