海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
枕木で植木鉢を作ってみました
枕木が、ひょんなことで余ってしまいました。それも半分だけ。だいたい70~80cmくらいでしょうか。
「だいたいなんで枕木が余るんだ?」と根本的に理解いただけない方もいらしゃるでしょうが、「うん、それわかる」という方もいらっしゃると思います。
せっかくの枕木なので(枕木って買うとけっこう高い)、何かに使えないかなーなんて思いつつ、半年くらい放置していました。
先日、相方が、ちょっとした花を植える植木鉢が欲しいといっていたので、キラリ~ンとひらめきました。
枕木を削って、というか掘って、いわゆる木彫りの器の巨大版を作ったらどうかと…
そんでDIYグッズを持ち出して、電動ドライバーのアタッチメントを錐に替えて、器の縁にあたる部分が5cmくらい残るように、穴を開けていきました。
もうこの作業が結構大変で、途中でイヤになったので、巨大な穴を掘るのは諦めて、小さめの穴を3つ掘ることにしました。
錐でだいたいの穴の形になるように連続して小さな穴をあけておいて、後はノミでその穴を繋げるように削っていきました。
深さも下に突き抜けないように適度に加減して…
で、底のあたりに水抜き穴をあけました。
これでだいたい一日がかり。
まあ一応それらしくなったかなと思います。
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シーカヤックは肩こり解消に役立つ?
これから書くのは超個人的な意見です。
といってもこのブログに書いているのはどれも個人的な意見ですけど…
ぼくはもうかれこれ20年くらい肩こりに悩まされています。ひどくなると頭痛や喉の痛みになってしまうこともあります。
そうした現状を打開するため「肩こり解消対策本部」を個人的に立ち上げ、鋭意様々な対策を講じて参りました。
っていっても、アンメルツを塗る、肩こり解消トントンマシンを買う、肩周辺のストレッチ、姿勢をよくする、温泉に入る、マッサージに通うなどなどです。
今のところ、月2回のマッサージ・鍼灸・整体がセットになったところに通っているのと、毎日30分程度のストレッチ&筋トレが日課です。
さらにひどいときは、温泉に行き、マッサージ・鍼灸・整体に通う頻度をあげています。
だいたいここまでやると肩こりはリセットされます。
最近気がついたんですが、シーカヤックをやると肩こりが少しほぐれるような気がするんです。気のせいかもしれませんが、個人的には実感があります。
ぼくの知っている範囲のアバウトな理屈ですが、肩こりの原因は、(同じ姿勢を続けることなどで)筋肉に疲労の原因となる物質(乳酸だったかな?)が溜まり、それが凝り感や痛みの原因だと聞いたことがあります。
で、ストレッチやマッサージで、血行を良くして、乳酸を流してやれば、凝り感や痛みは和らぐらしいと…
であれば、シーカヤックはパドリングでかなり肩の筋肉を使いますから、たぶん血行も良くなって、ストレッチやマッサージと同じ効果があってもおかしくはないかな?と思っています。
あくまでもぼくの個人的な感想で、理屈もあやふやですので、あんまり信じちゃだめだぞ。
バシャバシャで風が強い日には…
ぼくはスキューバーダイビングとサーフィンとシーカヤックと少しだけディンギー(OPです)をやったりするというウワサがあります。
だからといって、イケダンということでモテモテということもなく、マリンなオジサンということで、若い娘さんから好意を寄せられるわけでもなく、なんとなく地味に海にでている今日この頃です。
休日の朝、ムクッと起きる、あるいはダラーっと起きると、窓から海の様子を見るのが、日課です。そのとき「う~む、海辺の朝は早いぜ」なんてカッコつけたりはしません。パジャマのままケツのあたりをボリボリかいたりしています。
海の様子によって、穏やかな日にはダイビングかシーカヤックをやり、波があるときにはサーフィンをやり、風の強い日はディンギーをやります。
そんなわけでたいていのコンディションなら海に出られるわけですが、そんなぼくでも海に出られないコンディションがあります。
もちろん台風級の低気圧が来ているときは無理です。
こういうときは、もうどう考えても海にでるのは危険で無謀でアホウなので、諦めもつきます。
そうじゃなくて、メチャメチャ荒れていなくて、でも風が強くて、バシャバシャの波のときも海に出られません。バシャバシャの波というのはたいてい強い風で起きるのですが、波の高さでは1m~2mという感じ。
う~ん微妙。
バシャバシャの波の時は、いくら波があるといったってサーフィンはできません。たとえ無理してやっても乗りにくいし、おもしろくありません。
サーフィンをやったことのない人への解説ですが、サーフィンで乗りやすい波というのがありまして、ある程度サイズがあって、うねりで、規則正しいセット(大きな波と小さな波のまとまりのこと)で、風で波の頭が潰れていない、そういう波です。
そういう条件がすべてそろった波というのは、そんなにやたら来ないんですが、それはそれは美しく、サーファーのココロをそそるんですねえ。
話しがサーフィンで長くなりましたが、風が強いのでシーカヤックはNGです。漕いでも漕いでも流されちゃいます。横波をくらって沈するかもしれません。トレーニングだと思って出ていくというのはアリですが、そこまでは…
スキューバーダイビングもやれなくはないですが、水中が濁ってる可能性ありありです。
というわけでこういうコンディションのときは、ぼくは海に出ないで、ビーチで海を眺めているんですが、ウインドの人は出ています。しかもすごくスピードに乗って、波をバンバン乗り越えて…
絶対あれは爽快に違いないです。すごくうらやましい。
ぼくもウインドやろうかなと思っちゃいます。いやいやこれ以上道楽を増やすと、家庭方面がたいへんなことになってしまいます。
伊東ですごいダイバーを見ました
ぼくは東伊豆でスキューバーダイビングをやることが多いんですが、先日、伊東のボートダイブですごい方とご一緒しました。
ダイビングの経験のない方への説明なんですが、伊豆あたりにはたくさんのダイブサービスがあります。ぼくがダイビングしたいなと思うと、そうしたサービスに予約を入れて、当日サービスに集合するんですね。その時々で初対面の人がグループになるわけです。で、サービスのガイドがとりまとめ役をして、そのグループを引率してダイビングをするという具合です。
で、ぼくがご一緒することになった方というのは、そういうダイブサーブスでのグループでの話しです。
何がすごいかというと、まず年齢ですね。ご夫婦で来ていらしたんですが、お二人とも60歳は過ぎていたと思います。まあ潜れなくはない年齢ですが、普段から鍛えていないと、体力的に厳しい年齢です。
それからすごいのは、現代のダイビングでは当たり前のBCを使わないんですね。
ぼくも年配の先輩の話しで聞いたことがあるんですが、昔はBCを使わない時代があったそうです。深度は肺の空気の浮力とフィンキックで調整するというわけです。ハーネスと呼ばれるいわゆる背負子のようなものにタンクをくくりつけていてそこからレギュレーターが伸びているだけだそうです。
でも、それってずいぶん前の話です。歴史的な話しです。たぶん1970年代じゃないかと思います。(違っているかもしれません)
日本にPADIのようなレクリエーショナルダイビングが入ってきた頃は、すでにBCというものは存在してたのではないかと思います。(違っているかもしれません。正しい歴史を知っている方がいらしたら教えてください)
以前、先輩がコレクションしている初期の首かけ式のBCというのを見たことがありますが、それが出る前のことですね。
まさか今の時代にそういう現場に立ち会うとは思いませんでした。
もうびっくりするやら嬉しいやらで、そのご夫婦にいろいろお話しを訊いてしまいました。
慣れればBCなんて要らないそうです。かえって邪魔なんだそうです。
でも、うねりのある日の水面移動なんてたいへんそうだなと思ってしまいます。
よくよく器材を観察するとレギュレーターは現代式のもの、しかも最新式のものでした。そしてさすがに残圧計は付いていました。昔は残圧計もなかったんですよね。
体験してないけど…
Jバルブというのがついている時代ですね。残圧が少なくなってレギュレーターからの給気が渋くなってきたら、そのバルブを解放するとあといくらかはエアが供給されるというものだそうです。
話しがそれますが、ぼくがPADIでダイブマスターの認定を受けたとき(10年以上前です)は、限定水域でマスク、スノーケル、ウエイト、フィンだけつけて一定時間、フィンキックをしながら水面にとどまるメニューがありました。
これもおそらくスキューバーダイビングの成り立ちからすると、あってしかるべきメニューなのかな?と後になって気がつきました。当時は何の意味があるんだろうと疑問でしたが…
いや、昔の人はすごいなあって、最後は当たり前のまとめになってしまいました。
西伊豆の沢田温泉っていいですねえ
西伊豆の堂ヶ島近くに沢田温泉というところがあります。
温泉といっても小さな共同浴場のような風情。
入場料金も500円ですから、設備の整った立ち寄り温泉とはだいぶ雰囲気が違います。地元の人のための共同浴場といった方が近いかもしれません。
ただ、この沢田温泉、ただの温泉ではありません。海辺の崖の上にあって、浴槽からは海が眺められます。立ち上がって乗り出してみれば、眼下には海。
しかも堂ヶ島からの遊覧船がひっきりなしに通るので、湯船から上がって立って海を眺めていたりすると、遊覧船から丸見えです。
人に見られるのが好きだという趣味をお持ちの方には、たまらない温泉です。
ぜひ温泉女子で取材して欲しいところです。もちろん温泉から2人の女子が手を振っていて、それを遊覧船から撮っている映像が観てみたいんですが…
ここが気にいって、西伊豆でスキューバーダイビングをした後は、わざわざ立ち寄ることが多いです。
ダイビング後に入る温泉はなんともいいものです。
このあとビールが飲めるといいんですが、たいてい車なので、ノンアルコールビールで我慢、です。
夏はなんだか町がワサワサしているような…
海辺に住んでいると、夏は嬉しい季節でもあり、ちょっとうっとうしい季節でもあります。
学校が夏休みに入ると、町の雰囲気がなんとなくワサワサするんです。
もちろん車が多いせいもありますし、観光客が来るということもあります。いつもは閑散としている行きつけの喫茶店やコンビニやガソリンスタンドが混んでいます。なんかそれら全体が合わさって、ワサワサ落ち着かない雰囲気が醸し出されます。
賑わって嬉しいな、夏だなという気持ちと、いつも暮らしている静かな町がよそ者に荒らされているような気持ちがします。
そのあたりが微妙なところです。
もしかして観光地といわれる場所に住んでいらっしゃる方は、似たような感覚をお持ちなのかな?と想像します。
まあ、そんなこといっても、短い期間だけのことでして、お盆も過ぎると、元のひっそりした海辺の町に戻るんです。それはそれで夏の終わりのようで少し寂しいんですよね。
ぼくの好きな海
ひとくちに海辺に住むといってもいろいろな海辺があるわけです。
たとえばぼくは以前、藤沢や茅ヶ崎に住んでいましたが、あの辺りは海から平地が続いている場所で、ひらけた感じはありますが、のっぺりしているともいえます。
坂がないので、自転車での移動などが楽で、暮らしの面では便利ではあります。
海外の珊瑚礁の島々にも行きましたが、のぺっと平らで開放感があるんで嫌いではないんですが、いまいち、海オタクのぼくの心の奥にグッとくるものがありません。島独特のノンビリ感はすごく好きなんですけどね。
八丈島や三宅島のような火山でできた島の方がどちらかというと好きかもしれません。
いろいろな海を見てきて、今思うのは、やっぱり海のそばまで山が迫っている、純和風な土地がいいなということです。
たとえば伊豆などでしょうか…
景色に変化があって、山があって、緑があって、海がある、そんな土地が好きなんだなと自覚し始めました。
ワイルドな先輩のお言葉
すごく寒くさえなければ雨の日に海にでることは、まあ普通のことだと思います。
ですよね?
話しが飛ぶんですが、先日、大学時代の先輩と久しぶりに軽い山歩きをしました。その先輩は大学時代から山岳部で、今でもバリバリ山登りをしています。
そんなわけで、いちおうぼくも体力に自信はあるんですが、そんな山男のペースについていくのに必死でした。
山ではありがちなことですが、途中から、モヤってきたなと思ったら、小雨が降り出し、あっという間にどしゃ降り。
ぼくはバックパックから防水ジャケットとズボンを出し、雨仕様に着替えましたが、その先輩は、バックパックにカバーをかけるだけなんですね。薄い長袖シャツに長ズボンのまま。
「濡れちゃうじゃないですか」ってぼくがツッコんだところ、その先輩は「いいんだよ。山では雨とかそういうのは自然現象なんだから。濡れるとか、そういうの当たり前のことなんだよ。海だってそうだろ?」とこたえるわけです。
おー、そういえば海では雨が降ろうと槍が降ろうと関係なく、当たり前のこととして過ごしていたんでした。でも海は濡れるの前提で、寒くない格好してるからいいけど、山は違うじゃん。
「寒くないんですか?」とぼくは訊きました。
「ぜんぜん。冬山じゃあるまいし」
おー、いいなあ、ワイルドだな、オレはまだまだだなと思いました。
でも、この先輩はその辺の野草を引っこ抜いて生でバリバリ食べちゃうし、肉も生肉を平気で喰らう、かなり野獣なヒト(たぶん、いや、もしかしたらヒトでない別種のほ乳類かもしれない)なので、良い子はマネしないでね!
まあいいやのラインはどこだ?
周囲の人から「Mr.アバウト」「お前のような大雑把なヤツは見たことない」などと、過大な賞賛を浴びて、ついつい控え目な性分が出て、照れてしまうわたくしでございます。
というのも、ぼくにとってたいていのことは「まあいいや」なんです。
ときどきというか、しばしば近しい人に呆れられますが…
で、このあいだ、どこまでが自分の「まあいいや」のラインなのかなと考えてみたんですが、それは「死なないこと」だと思い当たりました。
でもそれも少しあやしいです。あまり自信を持って言い切ることができません。
場合によっては死んでも、「まあいいや」かもしれません。
ぼくは常々、海で冒険中に死にたいと思っていますから、そういう状況だったら「まあいいや」というか「本望である」ということになります。
逆に道を歩いていて、ビルの工事現場か何かの前を通り過ぎようとしていたときに、上から物が落ちてきて、それが当たって死んだら、ちょっと心残りかもしれません。
でもまあそれも寿命だったということでしょう。
別に好んで死にたいわけじゃないんですが…
でもですねー、それぐらいじゃないと、スキューバーダイビングで難しいポイントにトライしたり、独りで荒れた海にシーカヤックで出ていったり、大波の中へサーフボードで突っ込んでいったりなんて、とてもできません。
慎重な人で、「もし怪我したら」とか「事故を起こしたら」と想定して、その後に起きることをつらつら考えてしまうようなリスクマネジメントができてしまう人は、海遊びはできないでしょう。
そうやって考えてみると、ぼくにとって、たいていのことは「まあいいや」です。
さすが「Mr.アバウト」!
いやいやそれほどでもー
視界の広がりの大切さ
ずーっと以前のことですが、街に住んでいたことがあります。その頃のことで今でも忘れられない、ちょっとした出来事があります。
遅くまで仕事に追われる日々で、ある週末、ふとしたことで多摩川の川原を散歩したときのことです。目の前に広がった川原。向こう岸の街。広い空。あのときの開放感や気持ち良さは、今でも思い出すことができます。
そしてそのとき感じたのは、自分が毎日、視界のふさがった空間で暮らしているかということです。
建物が密集し、ビルで空は小さくしか見えない。そんな風景が当たり前になっていました。
毎日が、都心にある会社と周囲に建物が密集した自宅のマンションとの往復。
たぶんそうした日々の中で、当たり前になっていた閉塞的な生活の異常さに対して、ぼくの心の奥のアラームが「警告」を発したんだと思います。
これはヤバいんじゃないか?と自覚したので、それからというもの週末は朝4時頃に起きて、伊豆にダイビングに行ったり、外房にサーフィンに行ったりすることを、なかば義務のようにしました。
そこには広い空と海が広がっていて、いるだけでココロの奥のコリみたいなものがほぐれていく実感がありました。肩こりが慢性化すると、肩がこっていることにすら気がつかないで、マッサージに行ってこりがほぐれると、その時初めてどれほど肩がこっていたのかわかる、っていうのと似ているかもしれません。
週末にココロの奥のコリをほぐす時間を持つことで、ぼくのぼくらしさは、かろうじて保てていたんだと思います。
その頃から、いつかは海辺に住みたいと自覚するようになったんですね。
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