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瑣事にこだわりすぎることの危うさについて










 自分が特別大雑把なせいかもしれませんが、細かいことにこだわる人っていますね。その人がそのことにこだわるには、性格上のこととか、これまでの経験とかいろいろな経緯があると思うのでとやかくいうことでもないですし、多かれ少なかれ人それぞれ何かしらこだわりはあると思うんですね。
 ただ、状況にかかわらず、異常的、非常識的にこだわって執着している人がいて、そう人を見ると、すごいなと思います。

 海遊びをしていると、あまり瑣事にこだわっているとヤバいときがあって、ぼくとして意識的に細かいことにこだわらないようにしています。「AがBでなければならない」と思い込んで、それを固定化してしまうと、柔軟な判断ができなくなることがあるからです。

 たとえば先日スキューバーダイビングでボートダイブをしたときです。違う2つのグループがひとつの船に乗り合わせていました。そのポイントは流れが速く上級者向き。しかもうねりがありました。ガイドからはブリーフィングで、「流れが速いのでエントリーしたらすぐに船首まで泳いでブイのロープに掴まるように」という指示がありました。
 順番にエントリーしたんですが、別のグループのオジサンがトラブりました。その人はカメラを持ってきてました。カメラを持ってきている場合、船からドボンとエントリーして、海の上に顔を出した時点で、船の上の人からカメラを受け取るのが一般的な手順なのです。
 そのオジサンはエントリーして、カメラを受け取ろうとしたんですが、うねりで船が上下して、一発で手渡しできなかったんです。で、そのオジサンは「カメラ、カメラ」といいつつ潮に流されて数十秒後には船の後ろ10mくらいまで流されました。
 こういうときはまず流された人を拾うのが一般的でしょう。別のグループのガイド(そのオジサンの属するグループのガイド)が急いでエントリーして、そのオジサンに追いつきました。2人は徐々に船から離れていきます。ぼくらのグループは全員ブイに掴まって浮いていましたが、別のグループの人が2名混じっていました。ぼくらのグループのガイドは迷ったようですが、別のグループの2名にブイに掴まっているように指示し、2名を残して、ぼくらのグループだけ当初の計画どおり潜ることにしたのです。
 その後のことはダイビング後に聞いたんですが、船はブイの2人を引き上げてから、一旦係留を解いて、流された2人を拾いに行って、再びブイに戻ってきたそうです。

 さて、だいぶ話が長くなりましたが、ダイビングではちょくちょくある話です。

 ここから学ぶ教訓は何か?

 ぼくはこう思います。
 ひとつは、流されたオジサンは1回でカメラをキャッチできない時点で、カメラを持って潜ることを諦めて、すぐに船首に向かうべきだった。そのぐらいの海況だった。状況によってこだわりを捨てて臨機応変に行動すべきである。

 もうひとつは、ぼくらのグループのガイドは、微妙な判断だった。2名をブイに残したのは良かったのか?まったく関係のないグループですし、ぼくらのグループが彼にとってのお客さんなので、彼の判断は概ね正しかった。でも、もしブイに残した2名に何かあったらどうするのか。 

 もうひとつは、いくら上級者ばかりとはいえ、海況が厳しすぎたんじゃないか?ダイビングを中止するか、ポイントを変えるべきではなかったか?

 自分はこのオジサンのようにならず、いつまでも柔軟で臨機応変でいられるでしょうか?
 日頃から気をつけたいと思います。



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みんながレポーター、みんなが他人事




 先日、町を歩いていてびっくりしたことがあったんですよ。

 巨大なスーパーマンが通りを歩きながらビルの窓ガラスを割って…

 いやいや、まあまあ。

 2台の車が追突したらしく、車道の左に寄せてあって、パトカーと救急車が来ていました。たぶん追突なんでしょう。後ろの車の前部がつぶれていましたし、フロントガラスも割れていました。前の車のトランクも潰れて、リアウインドウも割れていました。怪我人がいないといいんですが、そこまではわかりませんでした。

 びっくりしたのは、事故の様子をスマホとかipadなどで撮影している人が10人近くいたこと。
 それぞれがSNSなどに投稿するんでしょうか?

 この光景を見ていて思い出したのは、事件・事故の現場でレポートや撮影ばかりしているマスコミの人達です。結構な人数がいて、みんなで協力すれば、その事件・事故が解決するんでじゃないか、解決までいかなくても、少しは被害者の手助けができるんじゃないのって思うんだけど、マスコミの人はそういうことしないですよね。
 基本的に他人事。
 もともと新聞屋は野次馬だったわけで、いまだに政治家や経済人からは軽んじられていますから…


 そういえば、ぼくの知り合いや職場などで若い人は、ランチや飲み会の時に、料理の写真を撮る人が結構います。これもいわゆるライフログというヤツですかね?

 ぼくは海辺に住んでいて、海遊びが好きで、たまに都会の友人が遊びに来ると、ちょっとした海遊びやシーカヤックなどやるんですが、そういう人の中にも写真を撮ることに重点がある人がいますね。せっかくいい景色やいい海況でも、写真ばかり撮って、それをじっくり味わってくれないのは、ホストとしては少し寂しいです。

 芋づる式にダラダラ思い出しちゃいますが、そういえば昨年東伊豆にダイビングに行ったとき、ボートダイブで、ボートの中にipadを持ち込んでいたダイバーがいました。

 今やそんなこと当たり前で、違和感を持っているぼくが古い人間なのかもしれませんね。

 クラウドとかSNSとかがすごく広まって、ライフログが一般的になって、それをwebに残そうというのは、悪いことではないと思います。
 一方で、その瞬間瞬間を五感をフルに使って経験することも大切じゃないかなーって気がします。
 目前の事柄を、記録し誰かに伝えようとした時点で、さっきのマスコミの人達と同じようなスタンスになってしまうんじゃないか…ということを心配しています。
 撮影している時間があったら、被害者を助ける人でありたいと個人的に反省しました。




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ダラクはラクなのだ












 休日は朝から海で遊び、海から帰ると酒を飲んだくれているわけですが、自分でも「オレは少々ダラクしているんじゃないか?」と10年に一度くらい思ったりします。

 大学時代の友人で年に1回くらい会うヤツがいるんですが、そいつは夜遅くまで仕事、休日も接待ゴルフと仕事漬け。80年代なサラリーマンをやっていますが、そいつを見るにつけ「なぜそんなに働くのか?それともやはりオレはダラクしているのか?」と思ったり思わなかったりする今日この頃、アアお茶がおいしいどすなあ、という感じなのですね。

「でも楽しいからいいじゃん」と危ういところを思いとどまり、特に生活を改めるわけでもなく、ダラダラと日々過ごし続けています。継続は力なりですからね。
 何を残すでもなく、飄々と、海で遊び続けたいなと思います。

 このようなわたくしを家族あるいは会社の後輩諸君の教育的側面にどのような影響があるのか、そんなことは知ったことではありません。オレはやりたいことをやるもんね、という感じで、このまま突っ走ろうと思います。




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知識があるってスゴイ










 先日、我が家に友人が遊びに来て、窓から海や森を眺めていたんです。
 そしたらそいつが、森の木々の名前や特徴を話してくれたんですね。

 ぼくは草木とか鳥とかに疎くて、見分けたいなとは思うんですけど、なかなか覚えられません。
 その友人とぼくでは同じ景色を見ていても、ずいぶん違ったものとして認識されているんだろうなって想像するわけです。

 よく知識だけではダメで、知恵が大切だっていいますが、知識があるというのも大切なことだなーって思いました。

 ぼくはぼくで、海の様子とか波とか風とか潮の流れとか魚とか、まあそういうことに関心がありますので、そういう海の関係に疎い人とは、同じ海を見ていても違って見えているんだと思います。

 知識があると認識が深まり、より豊かに世の中を理解できるようになるのかもしれないなあって思ったり思わんかったり、どっちでもええかな。



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海あるいは自然は人を矯正してくれるか?










 ぼくが若い頃、なのでずいぶんむかーし昔、戸塚ヨットスクール事件というのがありました。

 知らないーそんなのーなにそれーっていう若い人のために大雑把に説明しますと、グレたり、ワルだったり、引きこもりな青少年で、もう親もどうしようもないっていう子達を受け入れて、合宿生活をさせ、ヨットを通して更正させるというようなことを、戸塚ヨットスクールというところがやっていました。で、ヨットのトレーニング中などに子供達が亡くなったんですね。

 それについては当時いろいろな議論がありました。

 まあそれは置いといて、今でもたまにウォータースポーツは若者を矯正させる力があるというような話を聞いたりします。
 ウーム。
 そうでしょうか?
 よくわかりません。ぼくなんかにわかるわけがない。

 ただ、ぼく自身の経験からいうと、ウォータースポーツに限らず、自然の中で何かするというのは、頭を使うし、命がかかっているし、人が最低限生きるために必要なことがわかるということはあったりするかもしれまへんな。そやろ、健ちゃん、あんさんもそう思うやろ。

 カナダの太平洋側を旅した際、大自然の中、自給自足で、何もかも自分達で作ってみたいな生活をしている人達を見ましたが、生きるとか、自由とか、知恵とか、自然との対し方ということの基本的な意味を初めて気づかされました。
 これは日本の町中で生まれ育った人には、たぶんわからない、想像もつかない感覚だと思います。町の生活は、インフラが整備され、欲しい物は店にあるし、自分の生活はそういう複雑なプロセスの土台の上に成り立っていて、生活するということの実感が得にくいんではないかいな、と思うとります。
 その点、自然の中で暮らすと、必要な物は自分で作るとか、食べるものは獲ってくるとか、育てるとか、すごくわかりやすいし、そういうことをやらないとすぐに生命の危機が実感できる面があると思います。
 そういう感覚を知るとか身につけるということは、もしかしたら引きこもりみたいな状態に効果があるかもしれません。
 わかりまへんけどな、そんなん知らんがな、実際、ホンマ。


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暑さと台風で打撃を受けた鉢に花を…








 今年の8月の猛暑はすごかったですね。うちの近所に通りがかる人にやたら吠えまくるバカ犬がいるんですが、そやつもグッタリして、若干ざまーみろなのでした。
 で、あまりの暑さと先日の台風で、花壇や鉢植えの草木が半分くらい枯れてしまいました。あの生命力の強いミントさえ立ち枯れてしまったので、よほどだったんでしょう。
 夕方たっぷり水やりしてたんだけどなあ。

 で、9月の上旬くらいから朝晩の風が少し秋の気配。西風はまだ吹いていませんが、真夏のピークから稜線を伝って晩夏の8合目まで降りてきたという感じでしょうか。

 そんなわけで無残な花壇に花を植えることにしました。
 そろそろ植えてもいきなりかれてしまうことはないだろう…との期待を込めて。
 うちは相方が派手じゃない多年草を好むし、ぼくも同じく、ちょっと無愛想なくらいのが好きなのですが、さすがに無残な花壇に彩りを取り戻そうと、いつになく華やかな花を選んでみました。

 やっぱり草花が元気な様子を眺めるのはいいものですね。気持ちが和みます。



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またインターホン君が…お亡くなりに…ウウッ




 海辺に住んでいるメリットとデメリットについては以前いくつか記事を書きました。

○海辺の暮らしの良し悪し


○海辺暮らしの良いところ


○海辺暮らしの悪いところ


 今回はそれに追加っちゅーことで…
 インターホンの屋外機が壊れやすいというのをデメリットに加えたいと思います。

 うちの門にインターホンが付いているんですが、この門は海に向かっています。潮風を受けて、雨も受けて、暑い夏の陽射しも受けて、冬には雪なんかも積もっちゃったりして…ってキリがないので、もうこのへんで勘弁しておいてやることにしますが、まあ、とにかく、そういうインターホンです。


 で、最初についていたのがカメラ付きのパナソニックのヤツだったんですが、それが約5年で使えなくなりました。屋内の受話器は生きていたので、屋外機だけパナソニックのカメラのない一番安いヤツをホームセンターで買って、取り付けました。どうせ潮でやられちゃうんだから安いのにしたのです。そうしたらその2代目のカメラのないヤツもおよそ5年で故障しました。
 ムムム。でも、面倒だし、屋内の受話器は相変わらず使える感じなので、同じ型のを再度購入し、3代目に就任しました。
 その3代目が先日故障しました。
 やはり5年ほどの寿命でお亡くなりになりました。

 教訓。
「海辺の家のインターホンは消耗品である」

 と共に、海辺のインターホンは結構過酷な環境に置かれていることに、改めて思いをいたしたのでした。
 普段気にもせずに頑張ってくれていたインターホン君。雨に打たれても、潮風を浴びても、文句もいわず、ひたすら門柱に佇んでいたインターホン君にココロから感謝申し上げたい。

 と共にぜひメーカーの方には、海辺仕様のタフな体育会系ヨット部のようなインターホンを開発いただきたい、とかように考える次第です。



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西伊豆でシーカヤックしてきました









 先日、西伊豆コースタルカヤックスの1dayツアーに参加しました。
 村田泰裕さんは一度お会いしてみたかった方。
 村田さんとお会いしたいがためにツアーに参加したといってもいいでしょう。だって漕ぐだけなら自分で行けばいいんですから。

 この日の海はベタ凪。風も北東で、あまり影響はありませんでした。水温は28度から30度。富士山は望めませんでしたが、天気も良く、しかも暑すぎずという感じで、ぼく的には5点満点の★5つという海況。

 松崎のビーチから出艇して、波勝崎で昼飯、そしてUターン。
 雲見はスキューバーダイビングで潜ったことがありました。付近の地形の面白さは知っていたので、シーカヤックで海岸線を眺めるのを楽しみにしていました。
 西伊豆は荒々しさと複雑な地形で見応え十分でした。
 村田さんとのトークも弾んで、あっという間の1日でした。



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三浦半島の海辺を歩いてみると楽しいです










 海辺を歩くのは楽しいものです。
 砂浜や磯伝いに歩いているうちに遠くまで行ってしまったことが何度もあります。
 地形を眺めたり、岬を越えるごとに見える景色が違ったりして飽きません。ってそれは自分だけでしょうか?

 ちなみに三浦半島は海伝いに歩ける道がついていて、「関東ふれあいの道」という名前だそうですが、歩きやすさとか途中海から離れてしまうことを棚上げにすれば、鎌倉から横須賀までというか、三浦半島の海沿いを一周できてしまいます。

 そのなかでも面白い道というのはやはりあって、荒崎から和田浜、小網代の葦原、油壷から諸磯、宮川湾沿いというところでしょうか。ところによっては、これが三浦半島?というくらい人気がなく、自然が残っているところがあって、なかなかです。

 潮風を浴びながら、波の音を聞きながら歩く。
 海気浴っていうかー、なんか自然から元気をもらうっていう感じっていうかあー、自分にご褒美をあげないとー、ちゅうんですか?なんだかよくわからないけど…

 海に出るのももちろん楽しいですが、海況によって海に出られない時は、海辺を歩くだけでも十分楽しいです。



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三宅島の地震・東海地震・東南海地震・南海トラフ地震って…




 だいぶ以前になりますが、三宅島で地震がありましたね。2013年の4月から6月にかけて群発していました。
 東北地方でも時々地震がありますし、来るぞ来るぞといわれ続けている東海地震に加えて、東南海地震も危ない、南海トラフ地震も危ないっていう話を聞くようになって、なんだか日本中が揺れている、みたいな感じがします。

 行きつけのダイブサービスの方からメールが来てて、結構揺れたみたいですね。
 住人の方は心配だと思います。以前の噴火のこともありますし…未だに火山ガス警報が出ない日はない状態ですし。

 伊豆諸島はもともと火山の噴火でできた島々ですから、火山の噴火や地震はつきものといえばそのとおりです。ただそのスパンが人間の生活よりもはるかに長いので、われわれとしては突如来たような印象になってしまうのでしょう。

 東日本大震災の時に「想定外の揺れや津波で…」というフレーズをやたら耳にしましたが、そもそもぼくらは自然の力を想定できるのでしょうか?たとえ100年とか500年とかのデータの蓄積があっても、地球の歴史からすれば誤差みたいな気もしますが…
 それを基に「想定外」って結構面白いボケですね。


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