海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
細筍の料理
以前三宅島へ行ったとき、行きつけの民宿の料理で、筍を焼いた料理が出てきました。
筍自体は珍しくもないんですが、その筍は細いヤツ。太めの万年筆くらいの細さです。
「へーこういう筍もあるんだ」と思いました。味は太いよく見る筍よりもあっさりしてえぐみがない感じでした。
調べてみると細筍というんですね。
きっと今までも食べてきたんだと思うんですが、ちゃんと自覚して食べたのは初めてでした。
こういう細い筍なら、家の裏山にもいっぱい生えてるよなと思いあたり、今度の春はそういう筍を採ってみようと思っています。
クックパッドにもいくつかレシピが載ってました。
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就職活動に邁進する学生に海辺のオジサンが思ったこと
ぼくは一応サラリーマンをやっていて、世間的には普通の生活をしていますが、それはなんというか、たまたまそうなってしまったわけです。
ぼく的な憧れとしては、海辺で好きなことをやって、その日暮らしでもいいからなんとか生きていければいいや、という生活です。
実際に海辺に住んでみると、ワリとそれに近い暮らしをしている人は結構いるもので、平日からその辺をブラブラぷらぷらしていて、いったいどうやって生計をたてているんだみたいな成人男子をみかけます。
あるいはたとえばスキューバーダイビングが好きでそれをやっていたら、自然にそれが仕事になっていたという人もいます。
話しは変わりますが、八ヶ岳山麓の原村というところにカナディアンファームという、一応レストランみたいなところがあります。
ここのオッチャンは、若い頃海外を放浪して日本に戻ってきて、原村に居ついて、家やらツリーハウスやらをほとんど自分で作っちゃった人です。
好きなことをやっていたらそうなっちゃた。それで人が集まってくるので、その人達向けに、食事を出すようになって、レストランみたいになっちゃったというところです。
何でこんな話を書いているのかっていうと、最近就職活動のニュースがマスコミで流れます。いわゆる有名企業や安定していそうな企業に学生が殺到して、激しい就職活動が行われているという内容です。
それを見るたびにぼくはなんとなく釈然としないものを感じるんです。
別に就職なんてしなくてもいいんじゃない?っていうことです。
好きなことをやればいいじゃん、っていうことです。
それとは別のカテゴリーで、ニートという人達がいて、一般的に悪くいわれているこの人達は、ぼくとしては、条件付きでそんなに悪くないんじゃないかと思います。
ただ、何をやっているのか他人からは見えにくくて不気味だとは思います。
そうじゃなければ、つまり社会の価値観に合わなくても、自分のやりたいことをガンガンやっていって、それが何らかの形で人の役に立つのであれば、それは「アリ」じゃないでしょうか?
引きこもるんじゃなくて、どんどん外に出ていってはどうでしょうか?
ネットでゲームをしていたり、他人の批判をしてばかりいるんじゃなくて、何か新しい価値を発信してみてはどうでしょうか?
最低限自分が食べていける分が稼げればそれでいいのではないでしょうか?
ぼくは氷河期といわれた時期に就職活動をしました。
大学のサークルの先輩はバブルの時期に就職し、1人で何社も内定をもらい、10月1日には拘束と称して、有名ホテルやリゾートに旅行に行っていました。それが2、3年経っただけで、状況はガラリと変わりました。
その後、長銀とか山一証券とかダイエーとかいわゆる有名企業が、合併したり倒産したりしました。
そういう状況を見てきて、ぼくは世間の通年というものがいかにあてにならないかということを実感しました。
一方で、ぼくは小さい頃は、まだ学生運動の名残があって、テレビをつけると安保反対とか、カウンターカルチャーとかヒッピーとかLOVE & PEACEとか、まあだいたいそういう情報が流れていました。
よくわからないけど、おにいさん、おねえさんは、何かしきりに怒っている、政府とか権威とかいうものに楯突いてもいいんだと感じました。
基本的にできる限り自由であるべきだということを感じました。
ぼくらの世代は、貧しかった日本が成長して、絶頂期を迎え、衰退に入る時期を過ごしてきたんだと思います。
またまた話しが変わりますが、ぼく個人として、日本とか日本の企業には有形無形のルールが多すぎると思います。もっと自由であるべきではないでしょうか?
それで個人や組織がぶつかることは当然あると思いますが、それは健全で正しいことではないでしょうか?
若者が給料というエサのために、有形無形のルールに従属させられるのは、せっかくの可能性の芽を摘んでしまっていると思います。
って、ここまで書いてきて、なんで自分はこんなことを書いているんだと、アホらしくなったので、もうやめます。
とりとめのないことを書いてしまってすみません。
ハハ…
スィートフェンネルを植えました
以前から気になっていたハーブのスィートフェンネル。
近くの花屋に苗が売っていたので、早速買って植えました。
本当は春以降に植えるのがいいらしいんですが、今のところ順調に根付いたみたいです。
スィートフェンネルは小さな細い葉が繁る種で、その様子は線香花火を逆さまにしたみたいな感じです。
魚料理の臭い消しや便秘解消などの効能があるようです。
もう少し育ったら使ってみようと思います。
海辺の冬は底冷えしないような…
海辺に住んでいて、いつも不思議なのは、夏冬の気温です。
夏の場合、日中は暑いんですが、それでも都心のような嫌な蒸し暑さではないんです。そして朝晩は意外に涼しいんです。あと日陰に入れば風のある日は涼しいです。
冬の場合、やはり寒いんですが、都心や内陸のように「キーン」と張りつめたような、刺すような寒さではありません。寒いんですが、どことなくフワッとした寒さです。
もちろん気象的には理由があって、ぼくの住んでるあたりの海の水温は、夏は25℃くらい、冬は15℃くらいです。夏の気温が30℃なら、海から吹いてくる風は少し涼しめですし、冬の気温が8℃だとしたら、海から吹いてくる風は暖かめです。
海が温度の緩衝材的な役割をしているといっても大きな間違いでなはいでしょう。
これは海辺に住んでいるメリットだと思います。もちろん日本国中どこの海も同じではありません。おそらく厳しい海辺もあると思いますし、もっと暖かな海辺もあると思います。
島などで遮るものがないところでは、冬の西風・北風はツラいほどだというのも見聞きしたことがあります。
ぼくの話しは相模湾沿岸のことなのでご了承ください。
カモミールってぼくには合わない
我が家ではいろいろなハーブを植えて楽しんでいます。さすがに今の季節だと、元気なのはミントとレモンバームくらいですが…
いろいろな種類があるハーブの中にカモミールっていうのがありますね。
定番中の定番です。
よくハーブティになっていたりします。
ティーバッグなども出ていて気軽に楽しめるハーブです。
ぼくの家でも庭で育てていて、収穫して干して、お茶にして飲んでいます。
一般的には気分を落ち着ける作用があるとされています。
ただ最近気づいたんですが、ぼくにはカモミールが合わないような気がするんですね。カモミールを飲むと寒くなります。身体が冷えるんですね。
それから少し気分が落ち込みます。
気分が落ち着くというのではなく、落ち込む感じです。
これがラベンダーだと気分が落ち着くんですね。
不思議なものです。
というわけで、カモミールはあまり飲まなくなりました。
逆によく飲むのが、エルダーフラワー、ショウガ(ショウガはハーブじゃないかもしれません)です。これは身体が暖まって元気になります。
人それぞれ相性があるんでしょうね。
チャレンジングでイノベーティブな行為を受け入れるということ
マスコミでは若者の就職先がないというニュースが流れます。就活も激しさを増しているといったニュースが流れます。
ぼくは、海遊びばかりしているオジサンですから、できれば働かずに生きていきたい、自分の好きなことをして生きていきたい、と常々思っています。
海辺に住む周囲の人々を見回せば、なんとなくそんな感じで暮らしている人が結構います。
ウォータースポーツのショップをやっている人、ダイビングのインストラクター、子供向けに海遊びスクールをやっている人、海関係の写真家、ウォータースポーツのグッズを輸入販売している人などなど。
それぞれ自分の好きなことをしていたら、それで食べていけるようになったというような感じです。
「なぜ働くのか?」ということをテーマにした本は多く出版されていますが、現実問題として、大きな会社でいい給料をもらいたいというのが、多くの人の本音でしょう。
これって生活がかかった話しなので、無責任なことはいえませんが、あえてマクロに一般論として、考えたことを書いてみたいと思います。
ぼくはいい歳して海遊びばかりしていて、周囲の「まっとうな」社会人から、しばしば「まったくいい歳して遊んでばかりいて」といわれています。
そのたびに感じていることがありまして、遊びの中から生まれることもあるのではないか?ということです。もうちょっというと、現状で無価値なものを無価値としてみなして、そこから何が生まれるのかということです。
一方で大きな会社である一部の仕事を割り当てられて、それを日々こなすことは、仕事はしているかもしれないけれど、何かを生みだしているのかということを問いかけたいのです。
さて、冒頭の大きな会社へ就職したいために一生懸命になるという話しですが、マクロ的に一般論的にいうと、多くの人がより多くの新しい可能性にチャレンジして、新しい価値を生み、それがビジネスになることが、長期的には社会のためであり、結果的に個人に恩恵がもたらされ、その個人の子供や孫に恩恵が及んでいくんではないかと、ぼくは考えています。
それが特定の大きな会社に優秀な人が集中して、その会社の目標のために努力すると、当面は会社として価値を生むので、社会的にも個人的にもプラスですが、長期的にイノベーティブなことができるかというと、わりと疑問です。もちろん組織の体質にもよりますが、大きな組織ほど、一般的にイノベーションを拒む傾向があると思われるからです。
そのため長期的にイノベーティブなビジネスが生まれなくなり、経済は衰退していくのではないか、そして社会も個人も豊かさを失っていくのではないかという仮説を持っています。
ちょっと違う話になりますが、戦後は多くの夫婦が、5人とか7人とか子供を産んでいました。これは子供に与える教育の水準をを今ほど高く設定していなかったからできたことだと思います。それにみんな今ほど豊かでなくて、それが当たり前だったから、貧しくても子供を産むことに躊躇しなかったんだと思います。
結果的に生産年齢人口は増えて、それが経済成長に繋がりました。おそらく多くの子供の中で激しい競争が起きて、新しいビジネスが生まれたことでしょう。社会も豊かになりました。
現在は、子供を生まない夫婦が多く、日本の人口は減少しています。子供ひとりに与える教育水準は高くなりましたが、一方で子供同士の競争は激しくありません。推測ですが、数十年前、大学受験人口が多かった時代の東大入学者の学力レベルと、現在の東大入学者の学力レベルは、現在の方が落ちているのではないでしょうか?
そして、子供が少なくなったために、親世代は年金の心配をしなくてはなりません。
もちろん子供が欲しいのにできない夫婦もいるでしょうから、そういう方には心から同情しますが、当面自分達の生活水準を維持したいがために子供を産まないとか、子供に一定水準以上の教育を与えたいと考えるあまりに子供を産まないという行為は、結果的に社会を衰退させ、自分達の老後の年金の不安を呼び、子供世代にツケを残してしまいます。
さて、だいぶ話しがまわりくどくなりましたが、短期的に損得を考えるのってどうなんだろうって思うわけです。もちろん個人的には安定した高収入が欲しいわけですが…
みんなが同じような行動をしたときに、社会全体ではよい結果でなく、それが回りまわって個人に戻ってくるということは、経済学の初歩で習った気がします。
だから遊んでいる人を見ても「あの人はイノベーティブなことをしているんだ。すごい人だ」ってあたたかい目で見てください。
強引な終わり方…
いい加減のいい加減さ
海辺に住んで、海遊びをしていると、マイペースでアバウトな人が結構います。いい意味で大らか、冒険的、挑戦的、瑣事にこだわらない人達です。
ぼくもどちらかというと、そっち寄りの人間だと思います。
そういうタイプの人達は、より楽しい海遊びができるかとか命に関わるかということには、とても敏感で、創造力豊かで、慎重です。でも、それに関係ないことには、まったく頓着しないという面もあります。
一方で、どうでもいいことにすごく細かい人もいたりします。わりと仕事がらみで多いですね。こだわりともちょっと違う感じです。
そういうタイプの人を見ていると、いい加減さって大事だなと思います。
何でも完璧にやって失敗しないようにという考え方は、新しい事へ挑戦する機会を奪ってしまいます。
組織の上層部の人が、少しくらい失敗したっていいからガンガン行くぞっていうところと、リスクをできる限り減らして守り重視で行くぞっていうところでは、自ずとその後の成長余力は変わってきます。
で、これはマネジメントサイドの話でして、もう少しミクロなところに視点を移すと、実際の仕事の現場では、10人に1人くらいは、自分の仕事を進めるよりは、他人のミスの批判をすることに熱心な人がいるものです。
こういう人がいると、そのチームはやっぱりミスを意識してしまい、全体の勢いがなくなってしまいます。
ぼくはこういう傾向のことを「重箱病」と呼んでいます。重箱の隅をつついてばかりいるから、そう名付けました。
話がずれますが、最近マスコミがやたらやるのが、内閣の政治家のちょっとしたミスや不祥事をことさらに騒ぎ立てて、野党もそこに加わって、問責決議を出す、辞任に追い込む、みたいなパターンです。
これも構造としては同じだと思います。
些末なミスに目くじらを立てて、もっと大事なこと、将来のことに意識が向かわず、チャレンジする意欲を削ぐ結果になっています。
マスコミは政治に対するチェック機能を持つべきだと思いますが、それはもっと大きなことに対して向けられるべきで、大臣のちょっとした失言を取り上げて辞任に追い込むことではないはずです。
ぼくの勝手な想像ですが、今の日本が元気がないのは、こうした「重箱病」が社会のいたるところにあるからではないでしょうか?
そこから脱するには、いい加減のいい加減さを許容することだと思います。
日本のような成熟した社会においては、現在顕在化している問題点に対して、何の非もない完璧な解決策がある可能生は低いでしょう。もしそんな案があれば、おそらくすでに実施されていたはずです。
それに人々の価値観が多様化しているので、ある人々には良い解決策でも、ある人々には好ましくないということもありえるでしょう。
一長一短がある解決策から何かを選択しないと、現状の問題点は解決できません。
そこではある程度の欠点は許容して、新しい解決策を試してみるという姿勢が大切だと考えます。
ちょっといい加減になることです。いい加減のいい加減さを大切にするといいんではないでしょうか。
人混みや列に並ぶのがちょっと…
歳をとったせいか、渋谷とか新宿とかの人混みが苦手です。そして列に並ぶのも苦手です。
幸い列に並ばなきゃいけない暮らしをしていないので、めったにありませんが…
ただ東日本大震災の際に、一時、スーパーで買いだめ騒ぎになったことがありました。確か数週間で収まったんですが、物資がなくなるというので、食料品を買いだめするためにスーパーに人が殺到するということが、ぼくの住んでいる田舎あたりでも起きました。
このときはいろいろなスーパーを巡り、その都度何時間も駐車場待ちやレジ待ちの列に並びました。
すごくイヤでしたが、とりあえず食べるものを確保しなきゃいけないんで、我慢しました。
そんなことは住み始めてから初めてでしたが…
よくテレビで、名所がオープンしたときとか、デパートの物産展とか、福袋販売とかで前日から並んでいるみたいなニュースが流れますが、あの映像を見るだけでアタマがクラクラしてきます。
すごいですね。ぼくにはとてもできません。
たまに行く沖縄の離島や伊豆七島。雑貨屋のような店が島に1・2軒だけということがよくあります。そんな店ではあまりにもお客がいなさすぎて、店番のオバアさえ奥にひっこんでたりして、大声で呼ばなきゃならないということもままあります。
どうしても店の人が出てこないときには、必要なものを棚から取って、代金をレジに置いていくということもあります。
そんなノンビリした雰囲気を体験してしまうと、街中の買い物の行列というのは耐えがたいものがあります。
ぼくが魚釣りをやめたわけ ~あるいは魚食や水産資源について~
ぼくが小学生の頃、ちょっとした釣りブームがありました。小学生の高学年になるとみんな釣りをやるんです。ぼくもよくやりました。
それからはたまーに釣りに行く日々が続きました。
そんな状況が変わったのは、大学生になってスキューバーダイビング始めたときです。
スキューバーダイビングというのはご存知のとおり、魚を見ることがメインの楽しみなわけですが、水中に入って魚を眺めると「魚というのは有限なんだ」ということが一目でわかるんです。
海の中のどこにでも、やたらめったら魚がいるわけではなくて、岩場や藻場などにかたまって数えられるくらいの魚がいるということです。
そしてそれぞれの魚が生き残りのためにいろいろな工夫をしているということも知りました。
もちろんこれは1990年代前半の伊豆の話しでして、海外などの他の場所に行けばもっと魚がいる場所はあったと思います。
ただ、相模湾とか駿河湾の水深30m程度のところではそんな状況でした。
そんな経験をして、ぼくは魚釣りをきっぱりやめました。
とても釣りをする気にはなれませんでした。
それはたとえば、釣りで70cmくらいの石鯛を釣れば、これは大喜びするような釣果なんでしょうが、石鯛が70cmまで育つのって結構たいへんなことなんだということを知ったからです。
海に潜ると、そのサイズの石鯛をそんなに見ることはあまりありません。
つまりその鯛はかなり貴重で、過酷な生存競争を生き残った鯛なんですね。
それを釣り上げて喜んでいるというのはどういうものなのか?と思いました。
それからおよそ20年くらい経ち、海の中の魚の数は間違いなく減っています。
ぼくはよく伊豆で潜るのですが、昔はけっこう魚がいたポイントであっても、今はかなり少なくなっています。いたとしても型が小さくなっています。
原因はいろいろな説があって、水質汚染だとか、海の環境が荒れているとか(これはダイバーのせい?)、森や川が劣化していて海に養分が注ぎ込まないからだとか、乱獲だとかです。
その中でも最も有力な説が乱獲です。
これは伊豆や日本の海に限ったことではなくて世界的な問題になっているようです。人間が増えすぎて、その食料として魚を獲り過ぎて、魚がいなくなりつつあるということです。
そのためいろいろな団体が、どのような魚を食べるべきで、どのような魚を食べるべきでないかの指針を出しています。
●MSC認証
MSC認証ラベルがついた魚を選ぶと海の環境保全に貢献することができます。
●Seafood WATCH
欧米の情報が中心ですが、どの魚が稀少なのかわかります。iPhoneアプリも出ています。
●おさかなガイドブック
CBD市民ネット 沿岸・海洋作業部会が作成したリーフレットで日本の魚食の現状や問題点がわかりやすくまとめられています。
●魚食スペシャリスト検定
日本人の伝統である魚食と漁業資源のバランスを考える基礎知識を得ることができます。
これらが示しているのは、養殖が可能な魚や比較的数の多い魚を食べるようにして、絶滅危惧のある魚を守ろうということです。
話しは変わりますが、魚の減少は漁業の問題も大きいのです。
日本では水産庁が魚種毎に漁獲量制限を設けています。これをTACといいますが、この制度ではTACの制限値に達したところで捕獲抑制が発動されますが、そうなると漁業に携わる人としては、早いうちにたくさん獲っておこうという動機づけがなされてしまいます。これをオリンピック制度というそうです。
水産庁『我が国における資源管理の現状と課題』
水産庁『TAC制度の現状と課題』
大規模な船で早くたくさん魚を獲ってしまおうという状況が世界的に起きているようです。
また、漁法によっても魚へのダメージが違っていて、たとえばダイナマイト漁、延縄漁、底引き網漁などはダメージが大きいとされています。
おおまかにいえば、増える人口に対して水産資源をどうやって長持ちさせるかが国際的な課題となっているということだと思います。
ぼくは海が好きです。魚を見るのも好きですし、魚を食べるのも好きです。かつては魚釣りも好きでした。
たぶん海や魚に思い入れのある人ほど、これからは海や魚との付合い方を考えなければいけない時代になりつつあると思います。
日経ビジネスが『沖縄経済圏』を取り上げたことについての雑感
以前の日経ビジネスに沖縄経済圏に関する特集記事が掲載されていました。
記事の要旨は、東アジア経済が成長しつつある現在、物流や経済の拠点として沖縄は最前線の絶好の位置にあるという内容です。
また、米軍基地の跡地の再開発で経済が成長し、今後目軍基地の移転があれば、さらに成長が見込めるとのことです。
ANAは那覇をハブと位置づけて、貨物輸送の拠点を設けているそうです。また、ヤマト運輸も同様の方針を打ち出しているそうです。
それによって、アジアの日本の現地工場の部品が翌日には日本の工場に運ばれて、ラインに乗せることができる。あるいは逆もあり得るということです。
以前九州をハブにしてLSIなどを全国に供給しようというプランがありましたが、それを思い出させる記事でした。
中国・韓国・台湾をはじめ東南アジアの国々が経済成長するにつれ、経済の軸足が東京から南東に動いているということでしょう。そのために地の利から沖縄の優位性が高まっているということだと思います。
さて、沖縄に住む人々にとっては経済的に豊かになることはいいことだと思います。
ただ、勝手で申し訳ないんですが、本島に住んでいて、沖縄の自然の豊かさに魅力を感じている者としては、少し寂しい感じがします。
例えばぼくが初めて沖縄の那覇に行ったのは20年前ですが、その頃と今の那覇ではずいぶん違います。
正直なところ、今の那覇に特別魅力を感じません。(すみません)
今の那覇にあるのは、地方都市の県庁所在地の典型的な姿で、沖縄にある那覇らしさが薄れていると感じるからです。
ぼくはダイバーですから、海の中の違いはさらに大きいものがあります。20年前は慶良間あたりで豊かな珊瑚を見ることができましたが、今は無残です。とても行く気がしません。
那覇だけではなく、石垣島も大きく変わりました。
のどかで美しい海の島だった石垣は、白保の空港建設や宅地開発で変わってしまいました。海の中もやはり以前よりは、自然が元気を失っていると感じます。
でも、沖縄を今のようにしたのは、観光客である我々にも責任の一端があるわけで、なんとも勝手で申し訳ないと思います。
おそらく自然の豊かな土地は、本当はリゾート開発をするべきではないのでしょう。世界遺産に登録せず、そっとしておくべきなのです。
本来、自然豊かで美しい町が無残に観光地化・都市化していった例はいくらでもあります。
熱海、軽井沢、八ヶ岳、日光、河口湖、伊豆などなど。
もうそういうのを見るのは嫌だなと思います。
ただ、それは、その土地に住んでいない観光客としての我々の意見であって、住民の人にとっては、生活がかかっていますから、そうはいっていられないわけです。
やはり観光客に来てもらわないといけないし、売れるものはなんでも売ると…
その妥協点を探っていく試みとして、湯布院の町造りや黒川温泉の町造りがあるのかなと感じています。
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