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海遊びの危険とかリスクについて思うこと…



 海遊び、最近はスキューバーダイビングとシーカヤックをすることが多いです。
 ぼくにとって海遊びのおもしろさは、自分ではどうしようもない状況の中で、なんとかする、どうにか生き延びることにあります。そしてその状況は刻々と変わります。
 そうしたことを観察し、判断し、対応する、そしてその結果無事帰ってくることができる、そのことが自分自身の判断や行動の正しさの証明になります。
 たとえば海況が急に変化して荒れそうなときがあります。経験的にはこうした海況がすぐに好転する可能性は低いことがわかっているんです。でも目の前の状況は、まだそれほど深刻にはなっていません。そんなとき、まだ大丈夫じゃないか、まだまだ行けるんじゃないか、今その判断をするのは性急なんじゃないかと迷ったりすることがあります。でも、もし海況がさらに悪くなるとしたら、今がその判断のとき…
 そんな状況では、自分との闘いです。判断のミスは自分の命に関わってくるのです。そういうシビアさがとわかりやすさがぼくは好きなんだと思います。
 これが組織の場合、誰の力がどう働いてどんな結果が出たのかわかりにくい状況が多いと思うんですが、それに比べて、全部自分の判断、自分の力、自分の責任です。
 友人にそのことを話してもたいてい「わかんない」といいます。海好きな友人に話せばわかってもらえます。登山好きな友人に話してもわかってもらえます。そのあたりのことがわかるかどうかは、ぼくが人を見るときのひとつの尺度になっています。
「わかんない」という人は、なぜわざわざ自分から進んで危険があるとわかっているところへ出ていくのかわからないといいます。別にそんなことしなくても、砂浜で遊んでいればいいし、海の見えるレストランでおいしいものを食べてもいいし、映画を見てもいいし、ショッピングをしてもいいじゃないかと…わざわざ危ないとわかっていることをするなと…
 確かにね。ごもっともですね。
 それに対するぼくの考えは、こうです。
 まず、海遊びの楽しさというのはやってみるとわかるものです。そしてスキューバーダイビングやシーカヤックをはじめとする海遊びの楽しさは、その危険を見込んでも十分やるに値します。
 それから、すべてを自分で判断し行動し結果が出るという全体をコントロールしている実感は、なかなか日常生活にはないんです。それを体験することが、自分を取り戻すいい機会になっています。それは誰かが与えてくれる娯楽では味わえません。
 最後に、ぼくからすれば、暮らしの中で危険がないことなんてないと思えます。車でドライブするのも交通事故の可能性がありますし、事故の確率でいえば、スキューバーダイビングで死ぬのと車の運転で自分や誰かを死なせる確率は、たぶん後者の方が高いんではないかと思います。人々はリスクがあるからといって車の運転をやめたりはしません。
 それから映画を見るのも、ショッピングをするのも、火事や地震やテロや流行の病気への感染や頭のおかしな人いきなり襲われるといったような危険があります。それは確率が低そうですが、自分が何かをコントロールしようとしていない分、ぼくにとっては怖いです。不意打ちされるような怖さがあります。極端な例を出すと、ぼくにとっては荒れた海に出るよりも、池袋の町を歩く方が怖いです。
 だいたい安全で安定した人生なんて、どこにも存在しないでしょう。
 なんだかめんどくさい話になってしまいました。そんな文章にお付き合いくださってありがとうございます。 



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海辺のひなびた喫茶店が好きですが、何か?



 ぼくの大好物に海辺の定食屋とひなびた喫茶店があります。
 これらを見ると立ち寄らずにはいられません。
 特にひなびた喫茶店(カフェではなく)は大好きで、地元はもちろん旅先でも見かけると入ってしまいます。
 たいてい偏屈そうなオジイサンとかオジサンがマスターで、無愛想で、めんどくさそうに注文をとりにきます。
 黄ばんだ壁紙や雑然としたインテリアやクッションがへたったソファなんかがあったりすると、ぼくはすごく居心地がいいのです。
 地元にもそういう店で行きつけの店が2軒ほどあります。
 最近は小洒落たカフェとか、わざと昭和感をだしたカフェとかがありますが、そういうところだとなんとなく落ち着きません。
 そんな喫茶店のソファに座って、海を眺めながら、気だるい午後を過ごすのって、なんだかとても安らぐんですが、そういうのって共感してもらえないんですよね。別にいいけど…



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「どうでもいいや」と「なんとかなるさ」



 ぼくは人からよく「おおらかだね」といわれます。あるときはもっと率直に「大雑把だね」といわれることもあります。
 そうなんです。自分でもそう思います。
 たいていのことはどうでもいいよなあと考えてしまいます。
「今日一日楽しけりゃ、あとはどうでもいいや、なんとかなるさ」という感じで日々生きているのです。
 そういうタイプだからこそ、海辺の暮らしに安らぎを感じるのかもしれません。

 一応ぼくにも考えがありまして、それは「こだわりだすとキリがない」というものです。
 考えといってもとても単純なことなのでした。
 人って、食べることに困らず、文化的な暮らしをして、時間があれば、自分の興味のあることにどんどんこだわっていこうとします。持っているリソースをすべて使えるまで使ってしまうと思うんじゃないかなって思うんです。
 そのことを実感するのが不便な土地への旅行です。ぼくは海辺の旅が好きで、それも辺境の土地が好きだったりします。
 日本で暮らしていて、たまたま暇だったりすると、ハブラシはサンスターで、歯磨きペーストは花王で、一日2回はサプリを飲んで、腕時計はG-shockで、靴はなんとかのブランド、パソコンはmac bookじゃなきゃだめ、みたいなことをやっているわけですが、水も電気も十分でない土地に行くととりあえず食べるものがあって、暑さ寒さがしのげればいいという状態なわけですよね。でも、それでも1週間もすればそうした生活に慣れて「自分って、思ったよりどこでも生活していける人間だったんだ」と気づかされて、そういう暮らしが妙に心地よかったりします。
 それからぼくの海好きで、ウォータースポーツ好きなのもこうした考えに影響しているかもしれません。
 なにせ海遊びは、ちょっと間違ったら死にますから…
 ただ重要なことをキチンとして、あとの生き死にと関係ないことはこだわらないというのが、海遊びを安全に楽しむために大切なことです。
 こうした考えを支えているのは、人は生きていればいい、あとはどうでもいいという姿勢です。そしてそれとセットの考えは、生きるくらいならなんとかなるさというものです。「どうでもいいや」と「なんとかなるさ」がぼくの2大骨太方針です。
 ぼくはこれをけっこう本気で考えています。一日に1回というのは大げさにしても、ことあるごとにそう考えます。「どうでもいいや」と「なんとかなるさ」と…
 こんなぼくの考え方について批判する人もいます。批判は批判でいいと思います。ぼくは別に気にしてませんから…
 で、そうした批判の要点は「あまりに大雑把すぎる」「なげやりだ」「人は可能限り最善を尽くすべきである」ということです。
 そういう批判をする人の多くはマジメでちゃんとした人です。ちゃんと仕事をし、ちゃんと家族を養い、ちゃんと税金を納め、ギャンブルをせず、趣味もない、ちゃんとちゃんとな人、全日本ちゃんとした人代表みたいな人がそういう批判をします。オリンピックに行けそうな感じです。
 ちゃんと行動し、いっていることが正しいだけに、ぼくとしてはなんともいえません。そして批判する人が自分は正しいと何の疑いもなく考えているのが、少しシャクに障ります。
 マジメな人だけにけっこう向きになって批判してくるわけですが、大雑把なぼくには、なぜ他人のことにそこまでマジメに怒るのかよくわかりませんし、ぼくとしては面倒くさいので、ハイハイすみませんって聞いてます。
 ぼくが学生の頃付き合った彼女がまさにそういう人でした。
 とてもマジメでキチンとした人でした。なのでぼくの大雑把な、こだわりのない態度が「なげやり」に見えたようです。そして許せなかったようです。
 ぼくとしては、ぼくのことを許せないほどに真剣に思ってくださってありがたい限りなんですが、許せなくて、怒らせてしまって、疲れさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした、全社で再発防止に努めてまいります…
 人はなかなか自分の考え方の癖から抜け出せないものです。ぼくは相変わらず「どうでもいいや」と「なんとかなるさ」という方針で生きていますし、たぶんこれからも変われないでしょう。誠に遺憾でございます。
 ちなみにオジサンになって、「それがどうした」という方針が加わりました。「どうでもいいや」と「なんとかなるさ」と「それがどうした」の3大方針でふてぶてしいオジサンのできあがりです。





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通勤時間と海辺の暮らしのほど良い関係って…



 テレビで遠距離通勤者の一日みたいなことやる番組がありますね。ぼくはその手の番組を見ると、自分のことと比較して考えちゃいます。
 ぼくも遠距離通勤者だと思うから。
 といっても首都圏で働いている人の通勤事情は時代と共に少しずつ変わっていて、バブルの頃は地価が上がって、遠距離通勤者は増えたんですよね、たしか…その後日本経済の長い停滞期があって、地価がどんどん下がると、わりと都心寄りに家を買う人が増えました。で、また最近、地価が上がっているので、テレビなんかで遠距離通勤の話題などを見かけるようになったんでしょう。
 そこには2つのタイプが見られるワケで、ひとつは本当は都心に住みたいけど価格との折り合いで遠距離通勤をしている人と、住環境などを重視して好んで遠距離通勤している人です。
 この2タイプの違いは、けっこう大切だとぼくは思います。
 投資家でもない限り、一軒家やマンションを買う時期というのは、だいたい自分の家族構成が大きく変わる時期です。よくあるのが結婚して子供ができるあたりで家を買うというパターンかなと思うのです。一生のうちで、必要に迫られて家を買う時期というのがあって、なにも経済状況で買ったり買わなかったりするわけではないのです。なので、バブルのピークの頃がそういう家を買う時期にあたっていた人は、とても気の毒だといえるでしょう。
 ぼくの場合は、マンションが嫌だということと、子供を自然がある場所でノビノビ育てたかったということと、相方の実家から遠くに離れられない事情があったので、遠距離通勤になったのでした。
 遠距離通勤の場合、他人からも訊かれるし、自問自答するのが、毎日往復何時間もかけて移動して、その時間と遠距離に住む価値のバランスの問題です。
 ぼくの場合海が好きで、毎日海を少しでも眺められるなら移動時間は気にならないので、迷うことなく遠距離通勤をしています。後悔もしていません。なんなら海辺に住むために転職してもいいと思います。
 それは、ぼくが大学生の頃からウォータースポーツを続けていて、社会人になってからも毎週金曜日の夜に海に行って、月曜日の朝に海から職場に直行するという暮らしをしていて、週7日のうち3日とか4日とか海にいるなら海辺に住んじゃった方がいいなというくらいの海バカだからです。
 毎日10分でも海を眺めたり、ビーチを散歩したりできると、とてもハッピーなので、長い時間かけて海辺に帰ってきても、ああよかったなあと思えます。
 それから電車で都会から自宅に戻るときに、車窓の風景に緑が増えてきて、車内の乗客の雰囲気も田舎っぽくなってくると、気持ちがフッと楽になる、スイッチがオフになるというのも好きです。
 そんなぼくの例は一般の方の参考にはならないかもしれませんが、だいたいそれくらい何かが好きならば遠距離通勤は苦にならないという目安にはなるかもしれません。
 それが海ではなくて、山だったり高原だったり豊かな自然だったり温泉だったりと、人それぞれ興味の対象は違うかもしれませんが、自分のこだわりを大切にする人が、ぼくと同程度重症?であれば、たぶん遠距離通勤はよい選択だと思います。
 何年も海辺に住んでいると、毎年都会から移住してくる人がいて、定着する人もいるし、また都会に戻る人もいて、その割合は2:8とか3:7くらい。
 周囲を見回して、自分の趣味やこだわりをずっとライフワーク的に続けられる人の割合とだいたい一致しているような気もします。すごく直感的で大雑把ですけど…
 ぼくの超個人的な思い込みですが、世の中の大半の人は自分の「これ」というものがなくて、その時の流行や周囲の人の動きに流されて、日々の選択の意思決定をしているのではないのかなあという気がしています。その割合がだいたい8割とか7割。
 ここに書かれたことに共感した方は、おそらく遠距離通勤しても後悔しないでしょう。もし自分が8割とか7割に入るかもと感じた方は、遠距離通勤はできるなら避けた方がいいんじゃないでしょうか?





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自然と街のちょうどいい距離とは?



 ぼくは神奈川県の三浦半島というところに住んでいます。
 三浦半島もとてもいい土地ですが、できればもっと自然が豊かなところに住みたいなあと思って、今に至りました。
 こういうぼくの願望については、海仲間でも考えが分かれます。
 三浦半島のいいところは、適度に便利で、適度に自然があるところだという人もいます。
 実際、生活するとなると、ドラッグストアやDIYの店や100均などがあった方が便利です。少し足を伸ばせば、横浜や東京に買い物に行けます。大きな総合病院もいくつかありますし、小学校から大学まであります。
 そう、今回は、自然が豊かな住環境と便利な街との距離をどうとるかということについて考えてみたいのです。
 これは自然が好きな人であっても、人により考えに違いが出ると予想されます。
 このブログを読む方は、自然が好き、海が好き、ということが大前提で話が進みます。
 自然が好きで、海が好きだけど、最寄りのスーパーまで車で片道1時間以上かかるようなところを好むのかどうか?ということです。ぼくはそれくらい町との距離が離れているところに住みたいなあと思っているわけですが…
 逆の例を出すと、熱海みたいな町があるわけで、あそこは観光地とかリゾートとして認識されています。いくら温泉があっても、海の幸が豊富でも、熱海の町中には、ぼくは住みたくないわけで…
 やはりこれは意見の分かれるところでしょうね。
 自然は好きだけど、なかなかそこまでは…という人も多いのではないでしょうか。
 じゃあ、街との望ましい距離感はどの程度なんでしょう。
 ぼくとしては、生活に不便じゃないギリギリのところまで自然の豊かな土地に住みたいので、その境界が望ましい距離感ということになります。
 ここからは具体例で考えてみましょう。
 古くからの友人で蓼科の山奥に住んでいるヤツがいます。そいつの家は、最寄りのJAのスーパーまで車で30~40分。茅野市街まで1時間くらい。まあなんとかなっているようです。ぼくが彼の立場になっても全然アリな選択です。
 ぼくが20年くらい通っている三宅島のダイビングサービスは、最寄りの雑貨屋さん(オシャレな雑貨屋さんじゃなくて、なんでも扱っている何でも屋さん)まで車で10分くらい。もともと三宅島にスーパーなどありません。郵便局もガソリンスタンドも10分とか20分くらいです。何かあれば飛行機か船で東京へ行くという暮らしです。これもアリでしょう。
 でも八丈島の方が暖かくていいかも…とは思いますけど。
 よく行く南伊豆のダイビングサービスは、下田まで車で30分、松崎までもそのくらいかなー。最寄りのコンビニまで車で20分くらい。下田はひととおり何でもある町ですから生活で不便なことはないでしょう。どうしても必要であれば、沼津か横浜か東京に出られます。これもアリです。
 こうして考えてみると、食料品やガソリンを手に入れるのに車で片道1時間というのは、ぼくにとってギリギリな気がします。歳をとったらなおさらかったるくなるでしょう。まあ、30~40分というのが現実的な選択といえるかもしれません。
 今はアマゾンとか通販でたいていのものが手に入りますし、だいたい田舎暮らしの人は、自宅に普通の冷蔵庫の他に、冷凍専用の冷凍庫を持っていたりして、そこに肉やら野菜やら冷凍食品などをストックしているので、いきなり生活に困るようなことはないでしょう。
 不便であるといっても、たいていのところで人間は暮らしていますし、海外に行くと地の果てのようなところでも、人は暮らしていますから、できなくはないんです、きっと。
 じゃあぼくは何に引っかかっているんでしょうか?
 やはりどこかで町の便利さを求めているんでしょうか?
 それとも重病になったときのことを心配しているんでしょうか?
 あるいは子供が家族を持ったときに遊びに来て欲しいとか、孤独死が怖いとか心配しているんでしょうか?
 そういうことを気にし出すようなタイプの人間なら、たぶん街に住んだ方がいいんでしょう。





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田舎の海辺暮らしの自給自足の気風



 ぼくの住んでいるところの男衆は、たいていDIYをします。暮らしに必要なものがあったら、まず自分で作ったり修理したりできないか考えます。
 それが当たり前になっているので気にもしませんでしたが、1年くらい前に同じ町内に東京から引っ越してきた家族がいまして、そこの旦那さんがびっくりしていました。みんなDIYするんですね、と。
 で、その旦那さんもだんだんDIYするようになってきたんですが、庭で何かやっていると、通りがかった近所のオッサンがいろいろアドバイスをするんですね。木材には必ずペンキを塗れとか、廃材はどこどこでただでもらえるとか、ネジを打つ向きはそっちじゃないとか、いろいろと。
 おせっかいな気もしますが、ぼくはそういうのに慣れてしまったのでなんとも思いませんし、そんな押しつけがましい好意もあたたかさだなあなどとポジティブに受けとめています。
 それがきっかけで気づいたんですが、ぼくの住んでいる田舎の海辺で、少なくともぼくの知り合いは、暮らしで何か足りないものや壊れたものがあったら、買うとかプロに修理を頼むことが頭に浮かぶんではなくて、まず自分でなんとかならないか考えるようなんですねえ。しかもなるべく安くあげようとする感じです。
 で、どうしてもプロに頼まなきゃいけない、家の基礎とか、ガスの配管とか、そういうのも知り合いのツテをたどって、自分も手伝うから安くやってもらうということが多いんです。
 もちろんぼくの知り合いがあまり裕福でないのもあるかもしれませんが、というより、やはり自分の身の回りのことは自分でやるという意思が強いのと、自分の住んでいる家の構造とかは自分で知っておきたいという気持ちが強いような気がするんです。
 そういう目で見てみると、自分ちで食べる野菜を自分の庭で育てるのも、なるべく医者にかからないように食生活に気をつけるのも、同じ心持ちから出た行為といえるかもしれません。
 海辺の田舎がどこもそうだとはいえませんが、田舎暮らしには往々にしてそういう気風があるのかもしれないので、移住を考えている方で、DIYが苦手だとか、人付き合いがイヤだとか、そういう人は移住先を選ぶときに注意した方がいいんじゃないでしょうか。







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俗っぽい人に近寄らないようにします



 海辺の小さな田舎町で暮らしています。
 近所の人や海遊び仲間は気のいい人が多くて、毎日楽しく暮らしています。
 そんな海辺の田舎が暮らしで脅威といっていいことを発見しました。
 それは何か?
 津波。それはそうです。
 塩害。それもそうです。
 今回発見した脅威は俗っぽい人です。
 俗っぽい人はどこにでもいて、どんなことも世俗的な利害に引き寄せて考える人です。俗っぽい人との距離は、かなり遠くて埋めようとしても時間の無駄です。お互いに違うのはしょうがないので、適当な距離を保つに限ります。といってもわかりにくいでしょうから、ぼくと海仲間の会話と俗っぽい人との会話を再現して、その違いを具体的にできればいいなあと思います。
 海仲間との会話
ぼく>今度さあ、知床半島をシーカヤックで回るツアーに行きたいと思ってるんだ。
海仲間>あっ、いいね。すごくいいらしいね。
ぼく>そうらしいね。野生生物がまだまだ多いらしいから、今のうちに行ってこようかなと思ってね。
海仲間>そうだね。だいぶ観光地化してるらしいから、今のうちに行っといた方がいいかも…。エゾシカとかヒグマとか見たいよね。行くなら夏かな?
ぼく>うん。やっぱりベストシーズンは夏みたい…
 俗っぽい人との会話
ぼく>今度さあ、知床半島をシーカヤックで回るツアーに行きたいと思ってるんだ。
俗っぽい人>シーカヤックって?いくらかかるの?
ぼく>シーカヤックって自分で漕ぐ小さい船だよ。だいたいツアー費だけで13万円くらいらしいよ。
俗っぽい人>えー。自分で漕いで疲れるじゃん。それに高いわ。それだったらいい宿に泊まっておいしいもの食べられるよ。ていうかアウトレットでブランド物買った方がいいなあ。
ぼく>でも、野生動物が間近で見られるし、知床の自然の中にずっといられるんだぜ。
俗っぽい人>野生動物みたってしょーがないし、危ないじゃん。
 俗っぽい人とどんな会話をしてもロマンティックにならないし、ワクワクした楽しさにつながりません。
 ぼくのようなタイプの人間は近寄らない方がいいです。それが今回学んだことです。







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ダラダラ・グズグズ・フニャフニャと過ごしていきたいですう



 ぼくは小さい頃から性格がダラダラ・グズグズ・フニャフニャしていると、ご近所でも評判だったそうです。自分でもそう思いますし、成長しても人の性格ってそんなに変わらないものです。
 いい歳したオッサンになっても、基本、ダラダラ・グズグズ・フニャフニャなわけです。
 そんなぼくでも一応生きていて、税金を納めたり、家族がいたりしているわけで、世の中なんとかなるものというか、頑張った自分にご褒美をあげたいというか、えーっとなんでしたっけ?
 それで一応社会人として働いているワケですが、すごくキレッキレのビジネスマンなんかと接すると、ワリとひいちゃいます。
 ひくというか、見ていて小っ恥ずかしくなるという方が近いですかねえ。
 いや、もう、そういう人って優秀で仕事ができて、日本経済とか引っ張ったり、グローバルに活躍したりしてるんでしょうけど、そんなもん全面に出されたら、フツーひくっつーの。
 ぼくはできればダラダラ・グズグズ・フニャフニャと日々を過ごしたいんです。
 というわけで、そういうキレッキレのビジネスマンが近くにいると、何か無理な仕事を振られるんじゃないかと警戒して、できれば近寄らないようにして、これまで過ごしてきました。
 これからも海に出て遊んだり、ビーチを散歩したり、ビールを飲んだり、カトレアの鉢に水をやったり、アフタヌーンティを楽しんだり、ちょっとアンニュイにため息ついたりして、それから少し仕事をしてもいいかなという感じで、日々乗り切っていきたいですねえ。






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海辺に移住したい人に役に立つかな?と思われる情報提供みたいなこと



 海辺の小さな田舎町に引っ越してもう20年くらいたとうとしています。それ以前も海辺の町を転々としていました。その経験を書いてみたいと思います。海辺の町に住みたいと思っている方に参考になるかなあと…
 以前に似たような記事を書いたことがあるのでそちらもご参考まで…
 海辺に住む際の土地探しでポイントになるのが、海が見える眺めを重視した立地を選ぶか、海に行きやすい立地を選ぶかということです。この2つを満たす土地もあり得ます。
 詳しく説明しますと、たとえばセイリングやシーカヤックやウインドサーフィンといったウォータースポーツをする方の場合、海が自分のやりたいウォータースポーツに適しているか、海まで近いか、階段などの段差なしで海まで行けるルートがあるか、砂浜などの海へ入りやすい場所があるかがとても大切です。なのでウォータースポーツのやりやすさを重視する方は、このあたりにとてもこだわります。そうした場合、たいてい海の眺めは優先順位が下がるので、往々にして自宅からの眺めはたいしたことないことが多いんです。
 一方、ウォータースポーツをしなくて、たまに砂浜を散歩するというような方の場合、海がいかに美しく見えるかにこだわります。住宅雑誌によく出てくるような、リビングの大きなガラス越しに全面ガラス張りで、その向こうに海ということにこだわるわけです。そうした方の場合、海の眺め、灯台があるかどうか、富士山や大島や江ノ島といったアクセントになる風景があるか、窓からの海の眺めに電線や道路が入らないか、リビングからもダイニングからも寝室からも浴室からも海が見えるかといったことにこだわります。
 この2点は両立もできますが、どちらかへのこだわりが強ければ強いほど両立しづらくなります。どちらを選ぶかはとても大切です。
 ぼくの経験では、海までの距離が歩いて3分より遠くなると、ボードやシーカヤックを運ぶのが結構しんどいです。
 また、海に近すぎると風や潮や砂の影響を受けて、日々の暮らしに影響があるので、できれば防風林などがあった方がいいです。
 そして海からの眺めを重視して納得した立地を得ても、日頃の暮らしの中で、いつも海を眺めているかというとそうでもありません。海の眺めが当たり前になってしまって、5年もすれば海なんて見もしなくなるということはよくあります。
 海を見ておもしろいとか海を見て飽きない人というのは、潮目がわかるとか、海に出られるか海況が気になるとか、気象や海況に関心が高い人で、そういう人は、たいていウォータースポーツをやるわけで、そうするとそういう人は海の眺めよりは海へのアクセスのよさを選ぶのです。
 というわけで眺めだけがウリの立地というのは、意外に住人の移り変わりが激しくて、つまり眺めがよくて引っ越して来たけど、飽きてまた引っ越して行ったということが繰り返されているのです。もう少しいうと、そんなに海が好きでもなくて、たまのドライブで海に来て「ああー海。やっぱりいいね」なんていいつつ、なんとなく海の眺めがいいところでの生活に憧れていた程度の人が、眺めがいいだけの立地を選ぶ傾向があるわけです。
 このあたり少し悪意のあるような表現になっているかもしれませんが、悪意はありません。ぼくの近所でもそうやって短い期間で引っ越して行く人を結構見てきたので、結構そういう人っているんだなー、割りと深く考えないで行動する層もいるんだなーということを感じたのです。
 ぼくの海関係の知り合いはほとんど海好きで、海遊びがライフワークになっているような人とか海のある部分にこだわりがある人ばかりなので、そういうぼくらから見れば、海の眺めが好き=移住ってよくわからないのです。旅行とか別荘でいいんじゃないかと思えるわけです。
 あくまでも海で暮らしている者からの経験に基づく情報提供がしたかったのでした。






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海辺の暮らしとペンキとわたし



 海辺の暮らしをしていて感じるのは、ぼくはやたらとペンキを塗るようになったなーということです。
 なぜかなーと考えてみたんですが、やっぱり海辺の家は木造がいいし、木造だとどうしても木材を長持ちさせるために、ペンキ塗りが必要だし、海辺だからこそ、夏のギラギラした陽射し、潮風、台風などにさらされてペンキの持ちが悪いからだと思い当たりました。
 なんとなくそれが頭にあったせいでしょうか、そういえば周りの人もペンキを塗っている人が多いのですね。気候の穏やかな晴れが続く季節は、そこここでペンキを塗っている姿を目にします。
 晴れた日の休日に、芝生をはった庭を挟んで、オジサンがペンキをペタペタ塗っている姿は、なかなか微笑ましくて、平和で、ぼくは好きです。







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