海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
毎日楽しく過ごす、そのメカニズムについて考えてみたりしたりして…
海遊びが好きで、海辺に住んで、暇さえあればウォータースポーツをしています。
こんなぼくですから、毎日楽しく過ごしたいと考えていて、楽しくなるためにあれやこれや考えていたりします。
あれをやったらもっと楽しいんじゃないかとか、あいつとこれをやったら面白そうだとか、まあだいたいそんなことばかり考えています。一例としては、スキューバーダイビングの昼ご飯のときに、自分でコーヒー豆とミルとお湯を持って行って、その場でドリップコーヒーを淹れたら、もっとおいしいコーヒーが飲めるんじゃないか、で、それを同じチームのみんなと飲めたら盛り上がるんじゃないか…みたいなことを考えているわけです。
毎日楽しく過ごすためのちょっとした工夫を考えていると、基本的にネガティブなことを考える時間がなくなるので、そういう面でも楽しくなります。
一日一日を楽しく過ごしたいと考えているときに、ちょっと思ったのは、楽しく過ごすこと自体は、自分の頭の中の問題ではないか、ということです。実際スキューバーダイビングでコーヒーを淹れるという行為自体はもちろん楽しいんですが、それを考えることが日々を楽しくしているわけです。
楽しいことを考えるか、面白くないことやイヤなことを考えるかで日々の楽しさは変わります。
なので、逆にぼくが日々つまらなく過ごしたければ、仕事でたいへんなことやこじれていることを考えればいいわけです。
事実としての行為は変わっていないのに、頭の中で考えることが楽しいことであるというだけで、日々が楽しくなるのではないか…それがぼくがたどり着いた現時点での暫定楽しさのメカニズムです。

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趣味のときは、自分と合わない人と遊ばない
ぼくは自他共に認めるアバウトな性格でして、そんなヤツだから海遊びみたいなことが性に合っているのかもしれません。
具体的にいうと、ぼくはシーカヤックで海を漕ぐのが好きですが、一方で、陸上の道路を車で走る(って当たり前ですね。車を運転するってフツーの人はいいますね)のが苦手です。
左側を走りなさい。センターラインを越えてはいけません。赤信号で停まりなさい。青信号で走りなさい。車が停まっていて追い越すときはウインカーを出しなさい。駐車場では白線の中に駐車しなさい。美人が歩いていてもよそ見してはいけません…
ルールがいっぱいありすぎて、全部守るのはぼくには無理です。たぶんルールに共通する趣旨としては、人や車や物にぶつからないように運転しなさい、ということなのだろうと推測するわけですが…
話が横道にそれっぱなしになりそうなのでちょいと戻すと、細かいことまでちゃんとしなければ気が済まない人と一緒にいるのが割りと苦手です。
細かいことっていっても、人によってこだわりポイントが違いますし、同じ人でもこだわるところとこだわらないところの濃淡はあります。
そのことはうすうす気がついてはいましたが、ぼくの行動に影響を及ぼしたのは、結婚生活でした。今でこそ、相方のこだわりポイントや全然こだわらないポイントはだいたい把握していて、ある基準を越えないようにうまいことやっていますが、それを把握するまでは、なかなか大変でした。というか多分相方の方が大変だったのは間違いありません。お互いにお互いの基準を理解するまではいろいろとあるわけです。
そういうのって時間が解決してくれるんですが、全面的にかなり細かい人と仕事をするのも結構しんどいわけですが、全面的にかなり細かい人とウォータースポーツをするのはもっとしんどいです。
仕事ならお金が絡みますし、求められる結果を出さなければならないので、こだわるべき一定の基準がある程度明確になっていますからまだいいんです。仕事だからしょーがないと割り切れますから…
ウォータースポーツのときは、やっぱり楽しみとしてレジャーとしてやっているわけで、仕事ではないわけです。もちろん海遊びは危険を伴いますので、注意深くすべきところはあります。でも、それはそれで全面的にかなり細かくする必要はないわけです。いや、どちらかというと余暇を楽しむためにやってるんだからもっと楽しくやろうよということなんだと思うんです。
しかもたいていの場合、全面的にかなり細かい人は自分の基準を、他人に守ることを求めてくるんです。それはまあそうで、自分だけが細かくこだわってやっていてもチームのみんながその基準に達していないと結果はでないことが多いですからね。
あとは、全面的に細かい人というのは自分の細かさに誇りを持っている感じがします。そういうことに気がつく自分を繊細で感受性が強く違いのわかる人間である、なので、周囲の人は、より優れた自分をお手本とすべきであると思っている様子が、表情とか言葉の端々に表れているようにぼくには思えるのです。
現実的な対策として、ぼくはウォータースポーツのときは、そういう全面的にかなり細かい人と一緒に遊ばないようにしていますし、こちらからは近づかないようにしていますし、仮に少し親しくなったとしても全面的にかなり細かい人だとわかった時点で、ソーッと離れていくようにしています。
こんなことを書くと、ぼくは狭量な偏屈な人だと思われるかもしれませんが、どう思われてもいいので、ウォータースポーツのときくらいは、自分の好きなように楽しみたいので、ご了承ください、ということなのです。
そしてこれは概ねすべてのことにいえると思いますが、趣味を楽しむときくらいは、自分と合わない人と無理に合わせようとしない方がいいのではないでしょうか?

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ネット通販で田舎暮らしが変わるかも…
ぼくは海辺の田舎暮らしをしています。
でも、それほど田舎でもないんです。
チャンスがあればもう少し田舎に住みたいなあと思っています。
なので海遊び仲間で、海辺に住んでいる人は何人かいて、そういう人達の暮らしぶりを、今後の自分の参考として、なんとなく観察している今日この頃だったりします。
田舎暮らしが不便なのでは?と思っていたんですが、どうもそうでもないようです。
特に毎日使う日用品については、だいぶ状況が変わってきているみたい。
ここ10年くらいで、ネット通販が当たり前になって、田舎暮らしでも、ゆうパックとか宅急便が来てくれるところなら、どこもそれほど不便ではなくなりつつあります。島嶼部はさすがに送料が高くなるし、特に船や飛行機の定期便が週に何回かという島だと、届くのに時間がかかります。ただ、そうでなければ、まあ日本中の多くの場所は、不便ではなくなっているといえるでしょう。
都会の便利なところに住んでいる人でもネット通販で物を買うことが多いと思いますので、その暮らしぶりはさほど違わないでしょう。
生鮮食料品ですが、これはやはり毎日とか週に何日かスーパーに買い物に行くことになると思います。田舎というか、日本の郊外のよくあるモデルとして、車で何十分か走ると、イオンとかがあってそこで何日分かの生鮮食料品を買うというのがあります。海辺の田舎暮らしでも、だいたいこの日本のよくあるパターンに当てはまるようです。
ただ生鮮食料品といっても、実際にスーパーで定期的に買わなければならないのは、すごく絞り込むと野菜・卵・牛乳くらいでしょう。
ぼくの知り合いで田舎暮らしをしている人は、冷蔵庫とは別に冷凍庫を持っていて、肉は(魚は海辺だとすぐに手に入ることが多いので)まとめ買いして冷凍していたりします。調味料や酒もまとめ買いしてストックしてます。野菜などは自分の家で栽培して、あとは近所の農家に分けてもらったりしているので、そうすると卵と牛乳だけはスーパーに行かなくてはならないという状況です。
ただこれだって、たとえば静岡とか千葉あたりで、生協とか大地を守る会とかの食材を配達してくれるサービスがあれば、スーパーに行かなくても済むわけです。それに生鮮食料品であったも、クール宅急便でお取り寄せしたりすることはよくあるので、コストさえ割高にならなければ、日常使いの生鮮食料品を通販で買ってもいいじゃんということかもしれません。
ぼくの知り合いの場合、ワインを通販でチリとかフランスから箱単位で買ったりしていて、その方が安くておいしいらしいので、保管するスペースが気になる以外は、とても魅力的な暮らしぶりなのでした。
ちなみにその人は、DIYたいていのことはやってしまう人ですが、ホームセンターに行かずモノタロウで通販してしまうそうです。
たいていのものが通販で入手できるので、田舎暮らしであってもそれほど不便ではないのかもしれないと思えてきます。
もちろん今回は日用品のことだけ考えていて、その他の病院とか学校とか銀行とかそういったこともちゃんと考えないといけませんけど…
何もない大海原を突き進む爽快感
船に乗って海を走ると爽快な気分になります。
加山雄三さんみたいなことをいってますけど、確かに航海するのは独特の楽しさがあります。
といってもぼくが船に乗るのって、島に行く船とか釣り船とかダイビングボートとかシーカヤックですから、クルーザーとか豪華客船とかそういうゴージャスなヤツではありません。
道も信号もない大海原を自分の目指す方向へ舵を切る。水面をかき分けて走って行く。
船の舳先に立って、遠くを見ていると、「ハハハ」と高笑いしたくなります。
航海していると、日常の社会生活の細々したことが面倒くさくなります。
世の中には、そうした細かいことにこだわったり、キッチリやったりすることが好きな人もいますが、そういう人の価値観って、残念ながらぼくにはわかりません。たいていのことは理解しようと努力してますけど…人の考えというのはずいぶん違うものです。
航海するのは、気象や海況や地形など気をつけなければいけないことはありますが、基本は安全に目的地に到着するということだけです。とても単純。わかりやすい。目的が明確である。そこんところが関八州で一番大雑把ともっぱら評判のぼくの性格にフィットしています。
あぁ、なんて爽快なんでしょう。
つくづく思うんですが、大航海時代に生まれたかった。
未踏の地を目指して航海して、そこを自分の領地にするなんて、乱暴ですが、わかりやすくて、やりがいがあります。細かいルールがなくて、力と知恵の勝負。いいですねえ。
いったいいつから社会はこれほど複雑に洗練されてしまったんでしょう。そしてこの先どこまで複雑さは増すのでしょう。
ハイビスカスやブーゲンビリアみたいな雰囲気がいいですね
なんてことないんですが、沖縄とか八丈島とかを訪れて、そこらへんにハイビスカスとかブーゲンビリアが咲いていると「あぁ南の方に来たんだなあ。うれしいなあ」と思っちゃいます。
子供の頃、憧れていた南の島のリゾートのイメージそのまま…
なぜかなー。ぼくにはずっと南への憧れがあるような…
ハイビスカスもブーゲンビリアも鮮やかな明るい色。この派手なわかりやすさがさらに南国感を出しています。
他にもレモンとかパイナップルとかケンチャやしとかサトウキビとか、南国っぽい植物は多いんですが、彩りが明るいという点では、ハイビスカスもブーゲンビリアが目を惹きます。
他にもレモンとかパイナップルとかケンチャやしとかサトウキビとか、南国っぽい植物は多いんですが、彩りが明るいという点では、ハイビスカスもブーゲンビリアが目を惹きます。
侘び寂び、ではなく、オープンで直射日光当たりまくりな感じが、ぼくは好きなんでしょう。
そういえば、ぼくは思春期の頃から体育会系。同級生で文学とか映画とか音楽とか好きなヤツとかいて、なんかこだわったり、少し病弱だったりしつつも自分の世界をアピールしてたりするのが好きじゃありませんでした。
あくまで強く、明るく、裏表なく、元気いっぱい。
ぼくの生き方のイメージとハイビスカス・ブーゲンビリアのイメージはとても近いのでした。
伊豆諸島の地物の食材はいいなあー
八丈や三宅にお邪魔することがあります。
スキューバーダイビングをすることが多いんですが、美しい海、島という適度な閉鎖感、山や森の独特な植生、南国っぽい雰囲気、などなども併せて楽しんでいます。
もうひとつ楽しみなのが、その宿のご飯です。もう10年以上同じ宿に通っているので、その季節ごとにいろいろおいしいメニューを出してくれます。
宿の人に教わって知った食材もあります。
島オクラ、明日葉、島らっきょう、細筍、芋餅、くさや、アカモク…
だいたい宿の畑で採れたものだったり、漁港であがったばかりのものだったりするので、新鮮でおいしいんです。
初めて食べたときにびっくりしたのは、島オクラです。すごくでかくて、味が濃くて、それまで食べてたオクラと全然違っていました。土や水や陽射しが違うから味も違うんでしょう。
そういう食材を食べると、ぼくは気のせいか体調がいいようなのです。
都会生活の海、田舎暮らしの海
以前、東京湾沿岸の町に住んでいたことがありました。
職場にある程度近くて、できる限り海のそばで暮らしたい思いとの妥協案でした。
自分は「湾」とか「港」というのは好きではないんだな、とそのときはっきりわかりました。
コンクリートで固められて、機械類があって、たいてい埋立地でノペーとした平面的な土地で、碁盤の目のように太い道が通っていて、そういう人工的な環境に馴染めませんでした。
先日、東京湾岸のタワーマンションに住む友人の家に招かれて、以前の自分のストレスフルな気持ちを思いだしたのでした。
それでぼくは「湾」とか「港」ではない相模湾沿岸の土地に引っ越しました。そこは比較的自然が残っていて、田舎の海辺の漁村の雰囲気が残っているところで、ぼくはそこの土地は気に入ったのです。
都会での仕事を終えて、自宅に帰ってきて自然を眺めるとホッとするからでしょう。
同じ海でもずいぶん違うんですよね。
よく行く八丈や三宅から船で帰ってくるとき、房総半島や三浦半島が見えてきて、やがて東京湾に入るわけですが、それまでの紺碧の海から黒く濁った海に変わります。そして沿岸の風景はコンクリートで固められたグレーになります。
楽しい旅行から帰ってきて、明日から仕事ということと、東京湾の薄暗い風景があいまって、なんとかく下向きな気分になるのです。
でも、自分も首都圏に生活する身として、東京湾の港に陸揚げされる物資を消費し、コンビナートで作られた素材でできた製品を使い、電気やガスの恩恵を受けて暮らしているわけなので、東京湾が汚くて暗いと一方的に非難するのもどうかな、と思ったりします。
ぼくなどは、海を汚して得た快適な現代生活と、住む場所は比較的自然が残された海という両方のいいところを利用させてもらっているわけで、ある意味、いいとこ取りをしているともいえます。
人が暮らすうえで現実的に工業化が必要なのだとしたら、そうした設備が集積する場所と、人が暮らしやすい場所は分けた方がいいかもしれないと思ったりするのです。
たとえばですが、東京湾のあるエリアには港や工場群が集積していて、それ以外の場所は自然を残し住居として快適な街造りをするというようにしたらどうでしょう。
今の東京湾は千葉から神奈川までほとんど工業地帯になっていて、あまりにも暮らしにくいと思うのですが…
それは太平洋ベルト地帯全般にいえることですが、たとえば静岡県なんて、太平洋に面している沿岸の距離は長いわけですが、工業エリアと自然保護エリアと分けたら、ずいぶん魅力的な海辺に変わると思います。
高度成長期に工業化を進めたことは日本にとって大切なことだったのでしょうが、時代が変わって、人々が工業地帯が続く風景を味気ないものと感じ、もっと自然を大切にしたいという機運が強くなっている時代に、街造りはついていっていないような気がするのです。

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伊豆でおいしいオサカナを食べたくなるワタクシ
自分でもよくわからないんですが、伊豆が好きで月に何度か行きます。
たぶん大学生の頃からスキューバーダイビングで、毎週のように伊豆に行っていて、それが今まで続いてきたんだと思います。
だから伊豆に行かないと、あの風景を見ないとなんとなく寂しくて、そろそろ行こうかーという感じになります。
ぼくにとっては大学生の頃からおじさんになる今まで伊豆通いが習慣になっているんです。
で、伊豆に行くと海遊びとセットなのが、温泉と地物の魚を楽しむこと。
そう、伊豆の温泉は肩こりのぼくにはとても合っているみたいです。
そして、おいしい地先の魚を食べると身体が喜びます。
なんかそういうことってありませんか? おいしい魚が食べたいなあという時…ぼくはけっこうあります。
煮物も焼き物もいいんですが、やっぱり刺し身が好き。
だからおいしい刺身が出る店はけっこうチェックしてます。
以前は魚磯の向かいの海女屋に行ってましたが、ある頃から魚磯に行くようになりました。
もっとノンビリ暮らそう
ぼくは幼い頃から、ボーッとしていて、マイペースな劣等生タイプです。
なので、周りを仕切ったり、オラオラという感じでお山の大将のように振る舞わないと気が済まないという生き方とは無縁でした。
それから、優等生でバリバリガリガリ勉強も運動もできます、仕事もすごくできます、切れ者です、というような生き方とも無縁でした。
あと、アメリカと中国とロシアのパワーバランスが崩れると、原油価格が不安定になるため、我が国のエネルギー安全保障のためになんちゃらかんちゃらというような、世界とか国という抽象的なものに対して議論したり考えたりすることとも無縁でした。
そういう人が周囲にいても、まあそういう人はそういう人なんだな、ぼくはそういうふうにはできないので、おにぎりください、という感じで生きてきたのです。
そういうタイプだから、海辺の田舎暮らしが性に合っているんでしょう。
そういうタイプだから、海辺の田舎暮らしが性に合っているんでしょう。
ぼくはノンビリ・マイペースで、あぁ今日の海はいいなあとか、庭のブルーベリーが実をつけたなあ、などとつぶやきつつ、自分の身の回りのことだけ考えて、とりあえず今日一日が楽しければいいやあ、なんて感じで生きてきたし、これからもそんな感じで生きていきたいと思っているのです。
これはぼくの欠点でもあり、長所でもあります。でもそういう風にしか生きられないんだからしょーがありません。
自分のペースを乱さず、ノンビリ、ゆっくり過ごす暮らしを大切にしたいのです。
いえいえ、もしかしたらぼくはまだまだ急いで暮らしているかもしれません。もっとノンビリするために改善できることがあるかもしれません。
もう少し歩くスピードを遅くしたり、何時間も窓の外の海を眺めていたり、「あぁ気がつくと夕方だ、晩ご飯の支度しなきゃ」なんていいつつビールを飲んで寝ちゃう、みたいな暮らしにしなければいけない、人は日々目標を持って生きなければいけないのだ、と本田宗一郎さんやドラッカーさんも言っていたような気がするのですが、まあそれはおいといて、今日は昨日よりもノンビリ暮らしたいと思っているのです。

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過疎化とコンパクトシティと海辺の田舎暮らし
田舎暮らしに憧れているぼくです。人が多いところが苦手です。
コンパクトシティという発想がありますね。
コンパクトシティって、ドーナツ化現象による弊害への対処のため、都市中心部に職住を集めて活性化しようということだと思います。
日本では地方都市でシャッター通りのような象徴的な現象が起きていますが、高齢化する社会、行政の赤字が問題となる社会では、コンパクトシティというのはその解決方法として有効だといわれています。
高度成長期の日本のように人が多くて、過密な人口集中が問題となっている時代ならいざしらず、現代のように人口が少なく、高齢化し、過疎化する地域が多く、限界集落が社会問題になる時代では、人はできる限り集まって暮らして、行政サービスやインフラ整備を効率的に行った方がいいというのは、まあ正論なのでしょう。
電気や水道を引くのだって、5世帯しかいない地域に引くのと、100世帯がまとまって住んでいる地域に引くのとではコストパフォーマンスが違いますもんね。そういうインフラってメンテが重要ですから、メンテ費用についてもコストパフォーマンスという視点を忘れてはいけません。
なんか概念的な話題を書いてしまって、お尻のあたりが痒くなっちゃうんですが、ぼくのように田舎に住みたい人間にとっては、コンパクトシティというのはあんまり推奨して欲しくないわけです。
どちらかというと行政サービスとか医療とかは整備しないで、どんどん削減していただいて、ヨボヨボの老人になったときには都市部に引っ越すし、大病したときだけ病院の近くに住もうかと思っています。
インフラも、自家発電・プロパンガス・井戸水・雨水利用・浄化槽で、●●電力とか××ガスのお世話にならないように生きていきたいと考えているのです。できれば自分で漁をして、家庭菜園をやって食べ物も自給できたらなあと思っています。
だいたい日本ではお役所とか大企業は、やらなくてもいいのに自組織の保全のために仕事を作るところがあって、そして組織の階層も多層に及んでいて、こうした組織のお世話になると結果として割高な支払いをしなければいけないのです。農協も医師会も銀行も、日本を支えている多くの業種で非効率が起きていて、それを効率化して欲しいという市民の意見が反映されないため、社会全体が非効率・高コストになっています。また、そうした産業に就いている人も消費者・生活者であるわけで、その人達は自分の仕事の安定性を考えるでしょうから、進んで非効率を解消しようとはしないでしょう。
過去に行政改革とか規制緩和とかの取組みがありましたが、効果が上がっていない経緯を見てきたぼくとしては、そういう日本の体質には期待していません。
それよりも数戸単位で田舎に住んで、自給自足ができる環境配慮型の持続可能な小規模コミュニティを作って、さまざまな政治的意思決定や議会代表者の選出はそうした単位でやってしまったらいいんじゃないかと思うんです。
そして全体に権限委譲して、中央政府は小さく、県はなくして、今の市区町村が行政単位でいいんじゃないでしょうか。
なんて実現性のないことをいっていますが、ぼくとしては顔の見えるコミュニティで持続可能な生活を送りたい、そういう選択肢を持つ自由が欲しいということです。望んでもないのに、電気やガスや光ファイバーを選択肢のない会社から買いたくない、のです。ぼくは関東圏に住んでいて電気は選択肢もなく○○電力ですが、原発の件やこれまで様々な横暴な権勢をふるっていたのを見ていて、その会社から電気を買いたくないということは、将来もしかしたら考えるかもしれません。
きれいでいつでも泳げる海、そこから獲れる海の幸、そうした豊かな自然が将来いつまでも保てるといいなあと思います。また、高齢化・人口減社会であるからこそ無駄のない、必要なところに必要なお金が配分される社会であったらいいなあと思います。そしてそのためにぼくはやれることがいろいろあるんだと思います。

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