海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
自然の様子に少し意識を向ける時間を大切にしたいな
古今東西、自然に寄り添って暮らすことを選ぶ人達がいました。
ぼくも都会はダメで、周囲が自然で囲まれたところで暮らすのが好きです。
いえいえ、都会だって、多くの家に庭があり、街路樹があり、公園があります。東京の自然が豊かな公園で癒されている人もいるんじゃないでしょうか?
自然に近いところで暮らすって、人にとってどんな意味があるんでしょうか?
なぜ自然は人に癒やしを与えてくれるんでしょう?
そしてその癒やしとはどのようなものなんでしょう?
ぼくの場合、それは些細なことです。
たとえば朝、鳥の声で目を覚まし、窓の向こうに木々の緑が見えると、なんだか柔らかい気持ちになります。
庭の手入れをしているときに、潮の香りがして、波音が聞こえてくると、なんとなく微笑んでしまいます。
木漏れ日の中、緑の道を散歩しているときに、深呼吸すると、ふんわりした気持ちになります。
理由はわからないんですが、気持ちが変わるのは間違いありません。
落ち着いたり、和んだり、満たされたり、ホッとしたり、余計な力が抜けたり、ペースがゆっくりになったり…そんな気持ちになります。
一つひとつは些細なことですが、それが一日に何度かある生活としばらくない生活では、心の状態はだいぶ違ってくるんじゃないでしょうか?
特に、ツラいことがあったとき、自分の心が弱っているときなどは、ちょっと心を満たしてくれる瞬間があるだけで、気持ちが楽になります。
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うれしいときも悲しいときも海と共に…
ぼくは、妻があきれるほど、暇があれば海に出ています。
やることはそのときの海況によって違うんですが、スキューバーダイビング、シーカヤック、サーフィン、セイリングが多いのです。
よほど海が荒れていない限り、雨でも寒くても海に出ます。
それはそれだけの効用があるからで、身体を動かすと気持ちがスッキリしますし、海にいるといろいろなことを考えるし、一方でいろいろなことを忘れられるからです。
何十年も生きていれば、そのときどきで、うれしいこと・楽しいこと・悲しいこと・腹立たしいことなどがあります。
それらの感情が、海に出ている間にサッパリ流れていくのです。
こうした日々の感情は、後から振り返ってみればどれも取るに足りないことです。どちらかというとその瞬間の感情に振りまわされて、自分が自分らしくないことをしがちで、瞬間的にはマイナスなことの方が多いような気がします。もちろん自己嫌悪に陥ることも多々あります。
海に出ると、不思議なんですが、そういう瞬間的な感情がどうでもよくなるんです、ぼくの場合…
ぼくがこだわったり怒ったり悲しんでいたりすることは、コップの中の嵐でもなくコップの中のさざ波のように思えてくるんです。
そしてそれは経験的に正しいことが多かった。そんな感情は一時的なさざ波でしかなかったのです。
一時的にやり過ごしてしまえばなんてことないことです。
もし感情に捕らわれて、自暴自棄になったり他人に当たり散らしたりしたら、事態はもっと悪くなっていたでしょう。
想像するに多くの人が、様々な感情を抱きながら生き死んでいったのでしょう。でも、それは現実としては何も残っていないし、世の中はたぶん何も変わっていないのです。
ならばそんな感情に捕らわれず、淡々と日々過ごしていけばいいのです。
このように海で遊ぶことは、ぼくの感情的なブレを抑制してくれるスタビライザーのような役割を果たしています。
これからも身体の動く限り海に出ていくのだろうと思います。
そのときどきの感情を海に流すために…

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海辺のおいしいビールの思い出
ぼくはウォータースポーツをした後に、シャワーを浴びてさっぱりしてから、海を眺めながらビールを飲むのが、とても好きです。
今までも多くのおいしい海辺ビールを飲んできました。
一番よかったのは、母島でスキューバーダイビングをした後、ペンションでシャワーを浴びて、港の防波堤で缶ビールを飲んだときです。
あれはノンビリした時間の流れと、かなり南国の空気感がビールをおいしくしていたんだろうと思います。
2番目はモルジブのリゾートアイランドで、やっぱりスキューバーダイビングした後、シャワーを浴びて、水上コテージのデッキでビールを飲んだときです。
海はキレイだし、自分はほとんど海の上にいるような状態だし、潮風は心地いいし、リゾートだし、やっぱりモルジブだし…
3番目は、先島諸島の多良間島で、やっぱりスキューバーダイビングをした後に、宿でシャワーを浴びて、浜辺まで行って缶ビールを飲んだときです。
時間がゆっくり流れていて、人はそんなにいないし、沖縄の潮風はなんだかやっぱり独特のよさがるような気がするし…
4番目はよく行く三宅島で、やっぱりスキューバーダイビングした後、島の温泉に入って、温泉に併設された店のテラス席(そんなオシャレじゃないけど)で海を眺めながら生ビールを飲んだときです。
温泉だし、生ビールだし…
5番目は、年に何度かやるカヤック&キャンプで、カヤックで漕ぎついた入江にテントを張って、焚き火をしながら、缶ビールを飲んだときです。
シャワーは浴びられなかったけど、キャンプだし、焚き火だし…
いつもそうなんですけど、今度はいつ海遊びに行こうか考えていて、そこでいかに旨いビールを飲むかを考えていて、ちょっとあまりにはしたないんじゃないかと思わないでもないけど、まあ、そんなの気にしてないで、楽しい方がいいわけです。
月の道、光の中に佇む…
伊豆の北川は月の道をウリにしている観光地です。ムーンロードといってPRしています。
月がある方向に沈むときに、海に月明かりが映って光の道のようになるのです。
あなたがご想像のとおりきれいです。
月の道がきれいなのは北川に限ったことではありませんけど…
ただ、海に面した温泉宿では、もともと海の水面と温泉の水面が面一になるように作ってあるところがあって、その温泉に入ると月の道があたかも自分に向かって延びているように見えるそうです。
それは確かにいい眺めでしょう。
そんな温泉ならいつもより長めに浸かっていたいような気がします。
ぼくの家の前の海でもときどき月の道ができます。
海が銀色に輝いて、神秘的な感じがします。もともと月明かりというのはそういうものかもしれません。なんだか胸がザワつく感じがします。月の道ができるということは海が穏やかな日なわけで、ですからあたりは静かです。いつもならする波の音が小さかったりします。
シンとした海、夜、月明かりに青白く光る海、そこに延びる月の道、月の道を横切る漁船…
そんな風景を小一時間も眺めていると、自分が風景の一部になってしまったように錯覚します。自分が海の上にいるんじゃないかって思えてきます。あぁずっとこうして海の上に浮かんでいられたらいいなぁ、なんて思います。
海遊びにはこのビーサン!
ビーチといえばやっぱりビーサン。
ぼくの住んでる辺りの人は、ほとんど1年中ビーサン履いてることも多いです。
近所のスーパーマーケットで、いい年したオッサンがビーサン履いてるのを見た、大学の同級生の女性(文京区在住、教育ママ、久しぶりに遊びに来た)は、眉間に深い縦シワを寄せていました。
いいじゃん!ラクなんだもーん。ビーサンで往復ビンタしたろか。
オヤジなのにショーネンのココロを忘れない、そんな人は、スニーカーを選ぶくらいこだわって、ビーサンを選びます。
海で気持ちよく遊ぶには、どんなビーサンがいいのでしょうか?
ウォータースポーツをする人向けのビーサンについて書いてみたいと思います。
(つーことは、おしゃれで革のビーサンとか履いている人は、以後、読まない方がいいです)
ビーチサンダルは本当に便利です。最初にこれを作った人はスゴイ!
心からお礼をいいたいです。
【ビーサンを選ぶとき、やってはいけない禁止4か条はこれだ!】
1.壊れやすい
2.乾きにくい素材でできている
3.鼻緒がペタッと足の触れる部分についちゃって、足がいれにくい
4.値段が高い
そのココロは…
1.壊れやすい
当たり前ですね。でも、ブランド物の高いビーサン買っちゃうと意外に壊れやすかったりするんだ、これが。
2.乾きにくい素材でできている
海に浸かって、砂浜を歩いて、また海に浸かってっていうときに、乾きやすくて水切れがいいのじゃないと、気持ち悪いし、砂が付いてぜんぜん落ちないし、そうすると砂でこすれて足が痛いちゅうわけです。
3.鼻緒がペタッと足の触れる部分についちゃって、足がいれにくい
鼻緒が柔らかい素材や布でできていると、鼻緒がビーサンの本体にひっついちゃう。そうするとねえ、履くとき足が入れにくいんです。足の指で鼻緒をこじ開けなきゃいけない。それが面倒くさいんだ。
4.値段が高い
サーフで、波にビーサンが流されるということはよくあることですね。流されても惜しくないというのが、大切なポイント!
例えばレインボー(RAINBOW SANDALS)のビーサンとか、結構高いですから…
「わたくしは5万円のビーサンが流されてもぜんぜん惜しくないです」という方は、どうぞ気にせず、オノレの人生を歩んでください。
【おすすめのビーサンはこれ!】
■葉山げんべいのビーサン
葉山にあるげんべいという雑貨屋さん。湘南の人は知っている人が多いですね。もう定番です。
ここのポイントは、使いやすい、丈夫、サイズが0.5cmきざみであるし、値段は1000円でまあ妥当、というところです。
あと、ビーサン色も数十色あり、鼻緒の色も同じくらいあり、両方の組み合わせもやたらめったらあります。
今度は何色にしようかな?みたいな楽しみがあります。
ぼくは3月から12月までビーサンですが、3年くらいは余裕で履けます。
履きやすさ、値段、ちょっとしたシャレッ気、このひねりのないオーソッドックスなビーサンのフォルムが、ざっくりとした海辺の暮らしにジャストフィット。
わが第5代げんべいのビーサン
■SENSIのビーサン
SENSIというのはちょっと前に流行りました。イタリアのビーサンです。なんかビーサンでイタリア製ちゅうのもすごいですね。
でも、履きやすいし、ちょっとシャレた感じもあっていいです。
でも、値段がねえ、3000円くらいするんです。そこが玉に瑕。
ちなみに写真はMONTECARLOというタイプです。これで定価が3300円。
ビーサンの足があたるところにポツポツがあって、足の裏がマッサージされて気持ちいいです。Bubbles Massage Systemとメーカーはいっています。
あと、細かい穴があいていて、排水されやすいようにできていいます。Drainage Systemとメーカーはいっています。
すごいですね。ビーサンでシステムですよ。
あと、足をのせる面と、ビーサンの底の面の間に、何だか空間があって、ここがクッションの役目をしているようで、長く歩いていても(ビーサンで散歩とか買い物とか行きますよね?ねっ?)快適です。
SENSIのモンテカルロ カラーはIRIS
このポツポツが感じちゃう。細かい穴もあります。
何か空間があるでしょう。
ここから水が流れ出てきます。
クッションの役割もあるみたいです。
■無印良品のビーサン
ビーサンのために葉山やイタリアを持ち出さなくても、もっと身近にあるものはないの?
そうですね。別にそんなにこだわらないのなら、無印のビーサンもいいですよ。
最近も売ってるんでしょうか?
夏になると並ぶのかな?
すごいコストパフォーマンス
■漁サン ギョサン ダイバーズビーサン
やっぱりこれですね。ギョサン。ぼくはベンジョサンダルと呼んでます。
ダイブサービスに1個や2個は必ず転がってます。
とにかく丈夫。そいでもって安い。最近はいくらか知らないけど600円くらい。
げんべいのビーサンは、日なたにずっと置いとくと、鼻緒のプラスティックが劣化して、たまに切れることがありますが(それでも5年とかは大丈夫だけど)、これはそれもないです。
普通に使っていたら、10年以上は使えます。
裏もデコボコしていてすべらないので、ボートのデッキでも安心。
ぼくの一番のオススメ。
やっぱり実力一番
■crocs クロックス
これまで海遊びに合ったビーサンをいろいろご紹介してきました。でもcrocsについては、ビーサンじゃないし特に紹介しなかったんですが、海で履いている人がやたら多いし、定番化しそうなので取り上げることにします。
2008年頃から流行始めたcrocsですが、その魅力は何でしょう?
ぼくが最初にcrocsを見たのは、ヨット乗りがデッキシューズの代わりに履いているところでした。確かに滑りにくくて、軽い、水も乾きやすいので、海っぽいシーンに合うのでしょう。
それ以降、ぼくの住む海辺の町では、オジサン、オバサンから子供までcrocsが流行し、今では定着しています。
エスカレーターで子供の巻き込まれ事故がありましたが、それ以降も流行は衰える気配がありません。
では、海遊びでcrocsの使い勝手はどんなものでしょう?
crocsにもいろいろなタイプがありますが、ここではケイマンについて触れてみます。
まず欠点から…
ダイビングやシーカヤックをやるとき、重い荷物を持って足を踏ん張らなければいけないときがあります。ビーサンだと鼻緒があるため踏ん張りが利く(特に漁サンだといい)のですが、crocsだとイマイチです。本当だとマリンシューズやダイビングブーツが一番いいんです。
あと、足が触れる部分が緩やかにカーブしていて履き心地がよくなっているのですが、ここに水が溜まるのです。その分だけ乾燥するのが遅い気がします。
良い点としては、滑りにくいところです。例えば、海で一番滑りやすい港のコンクリートスロープでも割と滑りません。さすがに苔というか海草が生えているところでは滑りますが…
それから軽いこと。あれだけしっかりした作りであの軽さというのは、なかなかです。
それから足にフィットすること。ゴムが柔らかくて、足を入れると足の形に馴染むのがわかります。足が包み込まれる感じは心地好いものです。
ただcrocsにもいろいろなタイプが出ていますので、もしかしたらビーサンタイプだとちょっと違うかもしれません。
もう少し値段が下がると何気なく使えるんですけどね。
普段履きにはいいんだけど、海だとちょっと…
海辺暮らしの良いところ
以前「海辺の暮らしの良し悪し」という記事を書きました。
その際、ぼくの住んでいるところは、海辺というよりも海山辺だと書きました。それを「海山辺暮らし」と呼びたいと思います。
今回は「海山辺暮らし」の良いところをご紹介したいと思います。
【気軽にウォータースポーツが楽しめる】
ぼくはサーフィン、スキューバーダイビング、シーカヤックをやりますので、海まですぐの立地はありがたいです。
窓から海のコンディションをチェックしてすぐに行動を起こせます。
例えば金曜の夜飲んで遅く帰って、土曜の昼近くまで寝ていたとします。そんなときでも昼メシを食ってから、海に遊びに出られる、そんな気軽さがあります。
もしこれから海辺に住もうと考えていて、ウォータースポーツをする方は、立地には気をつけたほうがいいでしょう。
特に器材が重い、ウインドサーフィンやボート、シーカヤックをやる方は、以前の記事の分類でいうA-2やB-2にあたるところに住むと、あまりメリットがありません。
加えてカートなどで器材を運ばなければならない場合、家から海までの経路に階段などがないかも重要です。ぼくは家を選ぶ際、そのことは注意しましたので、家から海までの最短距離がすべてスロープです。
【自然に囲まれてる安堵感】
「海山辺暮らし」に暮らしてみて、 波の音、森の葉のこすれる音、リスの鳴き声、鳥のさえずり、風の匂い、潮の香り、そうしたいろいろな要素が人の心には知らず知らずに影響してくるということが、住み始めて良くわかりました。
そういえば都心に住んでいた頃は、割と気持ちがいらだったりして細かいことで腹を立てていました。 今はそんなことはありません。週末家にいると気持ちの奥のほうがほぐれていく感じが確かにあります。
そんな安らぎを手に入れたい方にオススメな立地は、道のどん詰まりで、奥に家がなく、自分の家が山際で、隣の家と距離があるところです。
プライベート感が高ければ高いほど、のんびりゆったり感が増します。少し高台になっていると海も眺められます。 「限られた人しか付近にいない」というのはなんとも安心できるものです。
ただこのような自然がたくさんある感じというのは、都心へ通えるエリア、例えば湘南エリアでは藤沢、辻堂、茅ヶ崎あたりでは味わえなくなりつつあります。 あのあたりはもう町でして、自然に接したい方は別なエリアを探した方がいいでしょう。
【アレルギー症状などの病気が和らいだ】
家族の一人がアレルギーの気があったんですが、それが和らぎました。
知り合いでも、子供のアトピーやぜんそくが軽くなったという人は結構います。
ただ夏の昼のような陽射しが強いときは要注意です。かえって症状が悪くなることもあります。穏やかな気候の日に適度に潮風を浴びるのが良いと思います。
海まで行かなくても、家の空気自体が湿気を含んでマイルドになっている気がします。それは特に冬に感じます。
【周りの人のゆるさ 】
ぼくの住んでいるあたりの人は、みんなノンビリしていて、極端にいやな人や変な人はいません。
以前都心に住んでいるときは、細かいことにうるさいとか嫌味な人がいましたが、そういう意味で暮らしやすいです。
それから、まわりにウォータースポーツをやる人が多いので、趣味の話で盛り上がれるのもいいですね。
例えばシーカヤックでちょっと離れたところまで行って帰ってきた話しをしますね。今だと「すごいね。やるね。海の状況はどうだった?」みたいな反応ですが、これがウォータースポーツをやらない人だと「えっ、いい年してそんな危ないことすんの?」というリアクションです。
そりゃ危ないけどさあ…
あとちょっとしたことですが、ラフな服でぜんぜん気兼ねないです。相手もダラっとした服装ですから…。
服装に構わなくてもいいのは、ぼくのようなズボラでファッションに興味のない人種にとっては、ありがたいことです。
些細なことですがラクです。
【空いている】
基本的に田舎でして、人口密度が低いせいか、郵便局、図書館、役場、病院、スーパーなどなど、そういう生活上のサービスがどこも空いています。
しかもどこも駐車場がたっぷりあって、車で行けます。
空いていて待たなくていいので、その点もストレスが少ないといえます。
まだまだ「海山辺暮らし」のいいところはあるような気がしますが、とりあえず今回はこのあたりまで。思い出したらまた書きます。
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波の背に夕陽が当たる美しさ
海辺で夕陽を見るの好きですか?っていきなり訊いてますけど…
ぼくは好きです。
まぁ簡単な言葉でいうとキラキラしてきれいだから好きなんですよね。
「あぁなんだ、そんなのよく知ってる。みんな知ってるよ。夕陽ときれいだよね」と思った方もいるでしょう。ただ、もう少しいわせて欲しいわけです。
それはたとえばシーカヤックをしているとき。
海岸沿いに今日の目標地点を目指しパドリングしていると、日が傾いてきて、波立つ水面に当たって、万華鏡のようなんです。そんな光の乱反射の中を進んでいく気持ちよさ。
シーカヤックは水面と目線がとても近いんです。
その美しさがハンパじゃないことをぼくはいいたい。
あるいはスキューバーダイビングをしているとき。
潜っていて、そろそろ浮上だという頃。水面に頭を出すと、そこは夕陽にきらめく水面です。まばゆいばかりの光の中に自分がいます。海という大きな自然、そして世界に満ちる光。
一瞬自分が違う世界に行ってしまって、元の世界には戻れないのかと思うくらいです。
ビーチでノンビリしているとき。
ひとしきり海遊びをした後、ビーチで身体を休める時間があると思います。身体は疲れと日焼けでぐったりしています。
ビーチから海を見ると、打ち寄せる波の向こうの水面に夕陽が当たっています。日によっては夕陽の道ができていることもあったりします。
疲れが癒えるまで、いつまでもその光を見ていたいと思いますが、それが束の間の時間であることもよくわかっています。
やがてあたりは闇になるでしょう。
海辺でキャンプしているとき
シーカヤックでひとしきり漕いできて、今日の目的地に着きます。今日はここで一夜を過ごすのです。そんな風に海辺でキャンプするのが好きです。
テントを張って、焚き火をおこし、夕飯の準備をします。チェアを出して、ビールを飲みます。岩場の向こうの海には夕陽が沈もうとしています。
波の背にあたる光がきらめいています。そして近くには焚き火の日が揺らめいています。
酒はビールからウイスキーに代わり、身体を酔いが包みます。
日は岬の向こうに沈んだようです。空には、わずかに太陽の光が残って、一面、紫から青のグラデーションになっています。
何十年も海遊びをしてきて、とても美しい夕陽に何度か出逢ってきました。
こういう美しい瞬間を体験できることも自然と接する遊びの醍醐味のひとつ。そういう瞬間に遭遇する感動はやっている人にしか味わえないし、スマホの画面からは伝わらないものです。

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自分の力だけで進む…あるいは把握可能な大きさの物と自分の関係…
ぼくはたまたまシーカヤックもやるし、小型2級船舶免許も持っているので、レンタルボートに乗ったりもします。それからちょっとワケあって、セイリングのレースのテンダーも操縦したりします。
テンダーというのは、ヨットに何かあったら助けるためのもので、通常エンジン付きのゴムボートを使うことが多いんです。なので、テンダーのことをゴムボっていったり、ゴムっていったりします。
で、あるときテンダーのエンジンが故障してしまったんですね。
エンジンをかけようとしてもかからないわけです。
そうなるとテンダーってただのゴムボートなわけで、風や潮に流されるし、オールで漕ぐんですけどなかなか進まなかったりします。
大きめのボートだと、こういうトラブルに備えてサブエンジンを付けているんですが、小さなゴムボにサブエンジンを付けたりはしません。
こういうトラブルに遭うと、風の力だけで進むセイリングの方がずっと身軽だったりします。
もっといえばシーカヤックなんてもっと身軽です。
シーカヤックは自分がエンジンで、自分の力だけで進みますから、壊れるか疲れるか事前にある程度予想がついて、ぼくは気楽だったりします。
気楽というのは、いくつかの意味を含んでいるんですが、人や物をあてにしていないから気楽だという意味と自分だけが頼りでいっそ清々しいという意味と自分のことは他人のことよりもわかるので安心だという意味です。
気楽というのは、いくつかの意味を含んでいるんですが、人や物をあてにしていないから気楽だという意味と自分だけが頼りでいっそ清々しいという意味と自分のことは他人のことよりもわかるので安心だという意味です。
機械があることで、普通の人間の力では到底行けないような距離を楽に進めたりしますが、一方で機械が故障したときの反動が大きいですね。
飛行機なんて最悪の場合、大事故ですもんね。
その点、シンプルな道具~シーカヤックとかヨットとか自転車とかですけど~って、機械に何かあっても、まあそんなに大惨事になることは少ないといえるかもしれません。ヤバいとわかっていることは基本しないし、するときはわかってするわけですから…
自分の身体が把握できる範囲の道具を使って何かするって、道具が身体の一部になったみたいで、心地いいものです。
のんびりした暮らしの作り方
日々雑事に追われてバタバタしています。
街に出るとみんなセカセカしていて、そんな人の流れに圧倒されてしまいます。
自分としては、もう少しゆっくり、のんびり過ごしたいと思うんですが、気がつくとどこかしら焦っている自分がいます。
何かをもっと速くやらなければとか、同じ時間なら多くのことをやった方がいいとか、ボーッとしているくらいなら何かやった方がいいとか、あれもやった方がいいしこれもやった方がいいとか…たぶんそういう考え方や価値観がぼくの中にあるんだと思うんです。
そういう自分がイヤで、海辺に引っ越して、努めてのんびり暮らそうとしているんですが、なかなかうまくいきません。
あるいはこういう考え方もできるかもしれません…
ぼくは、人並みに暮らしたくて、でものんびり過ごす時間も欲しくて、だから人並みに暮らすためにやらなければならないことを速くこなそうとして慌ただしいんだと…
そうかもしれないと思います。
じゃあ、人並みに暮らしたいというのは正しいのか?と自分に問いかけてみるんです。
いやいやさすがにそこのラインを外してしまうと、浮世離れした変人か、あるいは汚部屋の住人か、ゴミ屋敷で有名な迷惑な人などになってしまうんじゃないかという恐怖感があります。
もしかしたら、うまくやれば適度にだらしないギリギリ普通の人の暮らしもできるかもしれませんが、自分がその微妙な立ち位置をキープできるか自信がありません。
だったら、今よりも、もう少し暮らしのスピードを緩めてみようかなって思います。たとえば歩くスピードを遅くするとか、海を眺める時間を今よりも長くするとか、テレビを見ないで、ボーッとするとか…
ビーチで夕陽を眺めながらビールが飲める、そんな日々が続けばいいな…
ニュースを見れば悲しい事件が起き、海外を取り巻く情勢は変化し、政治は先行きが見通せません。
会社に行けば、いつでも課題は山積し、ややっこしくもつれた問題が持ち上がっています。出世はしたいし、ライバルは憎らしい。
家族の健康に気遣い、老後の家計の不安を考えたりします。
って、こんなふうにぼくは時間があると必ず心配ごとを考えるんです。
いくら状況がよくなっても100%ってことはありませんから、なにかしら考えてしまいます。
今だって、すごく困ったり、不幸なわけではないのに…
そんなときぼくは海に行きます。これまでの習慣でそうしてしまいます。っていうか毎日海には散歩に行くんですが…
そのたびに思い出すのです。
「そうだ。ぼくは、仲間と海で遊んで、一日の終わりにビールを飲めればそれでいいんだった」ということを…
大学生の頃はとても貧乏で、日々食べるのもたいへんでした。バイトをして一週間なんとか食べていけることを考えていました。働くようになってからは、とりあえず生きていく上で最低限食べていけるようになりました。そして晩酌でビールが飲めるようになったんです。
そのとき、これでいいよな、と思ったんです。特に贅沢をするわけでなく、豪邸に住むわけでもなく、会社で出世するでもなくて…
健康で、仲間と楽しく海遊びができて、その後シャワーを浴びて、ビーチで夕陽を眺めながらビールが飲めれば、それで十分なんだよな、って…
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