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里山の風景を眺めながらしっかりおいしい蕎麦 和か菜 葉山

1.ロケーション 
2.こだわり ☆☆
3.店の雰囲気 ☆☆
4.味 ☆☆
5.値段 ☆☆
6.音楽 
7.手入れ&掃除 ☆☆
8.総合評価 ☆
9.コメント
 葉山でも海の方と山の方があります。山の方は横須賀市と接しています。この店は、山の方にあります。なので、葉山の店といってオーシャンビューを期待してはいけません。
 立地自体はとりたててすごいというわけでもありません。国道から少し奥まっていて、里山の風景はのんびりした感じです。
 このお店はお蕎麦屋です。
 お蕎麦屋らしい和風の店作りで清潔感のあるお店です。
 そばはおいしいです。ぼくが食べた中では、「スゴクおいしい」のワンランク下くらいです。
 それに加えて、天ぷらがおいしいです。
 アットホームな雰囲気で地元の人が「今日は外で食べようか…」というノリで来るお店です。
 ぼくもいい歳になり、夕飯は軽く済ませたいときがありますが、そういうときにこの店が思い浮かびます。










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夏の海辺の朝の匂いが好きです



 海の匂いっていわれてイメージ湧きますか?
 潮の香りを思い浮かべる人がいるかもしれません。

 では、夏の海辺の朝の匂いってどうですか?
 ぼくは、その匂いがとても好きです。

 あれは何の匂いなんだろう?
 いろいろ入り混じった匂いです。

 潮の匂い、磯の匂い、森の匂い、朝の空気の匂い、霧の匂い…

 何が混ざるとあんな匂いになるのかわかりませんが、ワクワクして、清々しくて、懐かしくて、気持ちいい匂いです。
 夏休みの匂いに近い気がします。

 ぼくはそんな朝が好きで、5時頃にはビーチを散歩しています。

 まだ新品の空気の中を歩いていると、幸せな気持ちになれて、それだけで、海辺に住んでよかったなと思えるのです。

 今日も一日、平和で穏やかだといいですね。









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高度文化病をアウトドアスポーツで克服しよう



 以前から漠然と感じているんですが、今の日本にはある種の人達が多いんじゃないかと思うんです。
 それはぼくにいわせれば「高度な文化病」とか「都会病」ですね。
 すごく限定されたことの細部にこだわったりすることです。
 たとえば昔、オタクがやっていた特定のキャラのフィギュア収集なんかがそうでした。もっと昔はトムソン物体というのもありました。
 そうしたこだわりが特定の人ではなく多くの人がそうなっていて、かつ、こだわりが細分化しているのが最近の特徴なのかなーって思います。
 鉄ちゃんも乗り鉄とか細分化していますしね。
 工場の夜景にこだわる人がいたり、マンホールにこだわる人がいたり、あらゆる物事にこだわることが可能です。
 海遊びでいうと、サーフィンでは、サーフボードのフィンだけ集める人もいますし、サーフボードを作ることに夢中になる人もいます。
 スキューバーダイビングでは、ウミウシとかハゼとか特定の種にこだわりがある人もいますし、器材集めに走る人もいます。
 シーカヤックでいうと、シーカヤックのフォルムの美しさに惹かれて、シーカヤックを集めるだけの人がいます。
 楽しみ方は人それぞれなのでそれはいいんですが、共通点は本来のその主目的から外れていることです。

 こういうことってそのこだわりが細部に及ぶほど起きるような気がします。

 そんな風潮を見ていると、日本の家電メーカーがケータイでガラパゴス化してスマホ時代に乗り遅れたことを思い出しちゃいます。
 あのときメーカーは、細かな機能の追求に走っていて、モバイル機器の本来の目的と大きな流れを見ていなかったから、ああいうことが起きたんじゃないかって、ぼくは勝手に想像しちゃいます。
 日本ってこういうことがとこどき起きるんじゃないかな?
 たとえば江戸時代末期に幕府は細かな国内政策ばかりに目を向けていて、諸外国の攻勢に対応できなかったですよね。
 ぼくは構造として似たものを感じてしまいます。キーワードは微視的。本来の目的から外れて細部にこだわりすぎて、生き残るために大切なことを忘れてしまう状態です。
 日本でこういうことが起きるときって、平和が続いて、文化的に成熟する時代がおおいんじゃないかなって思います。
 ここまでかなり強引で根拠のない理屈づけですが、まあ、ぼくはそう思っているということです。

 そんな微視的状況を抜け出すのって、生きるとか生き残ることの本質に立ち返ることじゃないでしょうか?
 実際それを体験できる選択肢として、アウトドアスポーツで限界に挑む(グランピングとかじゃなくて)こともありうるんじゃないかな…
 って、これもかなり強引な展開だけど…
 ぼくは最低限の物で暮らしていく、アウトドアスポーツやキャンプやサバイバルというのは、人を生き延びることに目を向けさせると考えているので…








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自然に癒されるタイプってどんな人だろう?

 ぼくは海のそばに住んでいます。家の前が海で、裏が小高い山になっています。
 なので、日常的に自然に囲まれて暮らしているといってもいいんじゃないかと思います。
 神奈川県で相模湾沿岸の比較的市街化されたエリアですが、場所によっては自然がまだ残っています。
 …でも、ぼくの今の願いは、もう少し田舎に引っ越すこと…

 都会に住む友人は、ぼくの暮らし方を「理解できない」「もっと便利なところに住めばいいのに」といいます。基本的に大きなお世話だと思うんですが、それよりも自然に囲まれたところが心地いいんだからしかたがありません。

 その友人とのお決まりのやりとりは…

友人「もっと便利なところに住めばいいのに、よくそんな田舎に住むなあ」

ぼく「自然がないところに住んでいて、よく頭、おかしくならないなあ」

です。

 友人のもうひとつの決まり文句に「自然って癒される?ストレスじゃん」というのがあります。その友人は昔から、虫や小動物や木や土が嫌いなんです。そういう感覚の人にとっては、自然は確かにストレスかもしれません。

 一方で、本屋には自然やアウトドアや田舎暮らしの本が並んでいて、webを検索すればナチュラルなライフスタイルを賞賛する情報はたくさん出てきます。

 自然に癒される人は、確かに存在するし、別に少数派というわけではないようです。

 ぼくの場合はどうなんだろうと振り返ってみました。

 やはり海のような視界が開けた場所だと、気分が明るく軽くなります。ひらけた風景でも海が好きです。理由はよくわかりません。青いから?

 木々の緑がある方が、コンクリートよりは好きです。癒されているのかどうかわかりませんが、気持ちが落ち着く実感はあります。

 人工音よりも自然音の方が好きです。

 六本木とか渋谷に行く用があって、一日中あれこれやったりすると、気持ちの芯からぐったりしてしまい、自分がイライラ殺伐としているのに気がつきます。

 自然に囲まれたところで忙しく働いていても、身体は疲れますが、気持ちの芯がぐったりすることはありません。おそらく自然が豊かなところの方がストレスを感じていないんでしょう。

 よく考えてみれば、都会は人も車も多く、電車もやたら走っているし、人も多いし、知らない人ばかりだし、ヘンな人もいそうだから、防衛本能が働くのかもしれません。自然だって危険が多いですけど、さすがに都会ほどの刺激量ではありませんし、だいたい推定できることですから…

 ぼくが勝手に想像するだけですけど、都会の刺激というものに生物としての人間が慣れていないのかもしれません。
 ぼくにとって、都会での疲れというのは、あまり気持ちがいいものではないのです。

 友人とのやりとりでもわかるように、人には好みや向き不向きがありまして、それぞれに適した環境で暮らすのがいいんだろうなということです。

 それが自由に選択できる人ばかりではないかもしれないんですけど…

 そしてぼくはどうやら自然の気配が常にある方が、ラクに暮らせるようです。

 もしこの駄文を読んでいるあなたが、都会の暮らしになんとなく合っていないものを感じていたり、ストレスが溜まると感じていたら、できるのであれば自然がある暮らしを選択してみるのもいいかもしれません。








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海辺暮らしで人生は変わるのか?



 海辺の暮らしで何が変わるのか?
 何も変わらないんだろうと思う方もいらっしゃるでしょう。
 たしかにどうせ同じ人間ですから、基本同じです。人はそんなに簡単に変わりませんもんね。
 ただ住む環境によって、少しは変わる部分もあるかもしれません。
 そして人によっては大きく変わる可能性もあります。

 特に海辺の暮らしでは…

 おそらくナチュラルな生き方を指向する素地がある人、ストイックな傾向がある人、自然が好きな人、都会が嫌いな人などは、よりその傾向が強まるかもしれません。
 少なくともぼくがそうでした。

 それまでは都内の職場に近い街に住んでいました。
 マンションに住んでいましたが、マンションよりも高いビルが建て込んでいて、陽が当たらず、窓を開けてもビルが見えるだけでした。車も多く歩道が狭い町でした。公園も近くにはなくて、広々とした空間というのがない暮らしでした。もちろん通勤時の地下鉄は満員で、1つか2つ見送ってやっと乗れるという感じ。

 そんな暮らしの中で、週末はスキューバーダイビングやサーフィンに行っていました。そのときに空があんなに広いことに感動しました。広々とした空間に身を置くことの快適さにも気づきました。自然がそばにあることでどれほど癒されるかにも気づきました。

 このままこの街で暮らし続けていたら、ぼくも妻も体調を崩してしまうんじゃないかって、本気で心配するようになったのです。

 ぼくの経験に似た日々を、似たような気持ちで過ごしている人は、海辺に暮らすことで、日々が変わるかもしれません。それに伴って、気持ちや健康面で変わることがあるかもしれません。

 なんといっても毎日、窓からビルの壁を見て過ごすのと、海を眺めて過ごすのでは、気持ちに与える影響が違います。車の音やクラクションの音を聞いて過ごすのと、鳥のさえずりや波の音を聞いて過ごすのとでは、だいぶ違います。

 それが喜びであり、その価値が感じられる人は、海辺に引っ越すことで何かが変わる可能性があります。

 もちろんいろいろな事情で簡単に引っ越すことができないこともあるでしょう。

 一度の人生、それを作っているのは一日一日、その一日を気持ちよく過ごす、ぼくにできることはそれしかないだろうって思のです。










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離島を旅して思うこと



 離島が好きで旅をします。伊豆七島は若い頃からよく行きました。
 これまでの離島旅で、一番印象的だったのは、やはり小笠原の母島でしょうか。
 離島を旅していつも思うのは、こんな絶海の孤島で暮らすってどんな気持ちなんだろう?ということです。
 今は定期船が就航していたり、航空便があったりするので、まだわかりますが、50年とか100年前は、いったいどんな日常生活を送っていたんだろうって思います。
 ぼくの子どもの頃、昭和60年代だと、ちょっとした離島に行くと、少し雨が降らないと断水になったり、台風が来ると停電になったりしました。台風が続くと、露骨に宿のメシが質素になっていったのを覚えています。
 離島の旅がフツーに快適になったのは、この20?30年じゃないでしょうか。
 っていうか、そもそもよくこんな絶海の孤島に人類は辿り着いたなあって思います。
 古代の人類の移動についてまとめている書物はいくつもあって、それらを読むと、かなり昔から(たぶん紀元前数千年という感じ…)、人類はポリネシア?ミクロネシア?東南アジアを意図的に行き来していて、地理的にも把握していたそうです。
 いやはや人間ってすごい。
 ぼくなんかは、シーカヤックで、現代の装備で、伊豆大島に行くのにもかなり勇気を振り絞るのに、昔の人は、丸木舟とかサバニみたいなもので、よく船出したよなあと思のです。
 人間っていろいろなことができるし、ぼくもまだまだ何かできるんじゃないか、自分の能力を全部使い切っていないんじゃないかって反省したり、励まされたりもします。
 そんなフシギやギモンが頭の中に渦巻いて、知的にワクワクしてしまうのも、離島旅のおもしろさです。
 ぼくは離島に渡る船のデッキで、夕陽を眺めながら、そんなことを考える時間がとても好きです。









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まあ、テキトーにノンビリやろう



 世の中いろいろな人がいて、いろいろな事が起きてますが、ぼくはといえば、何かすごいことができるとか、すごい能力があるというわけでもなく、一応法律を犯さず、平凡な小市民として暮らしています。
 そんなぼくに過度な期待をする人が、極たまにですが、いまして、そういう人に遭遇すると、全力でその期待を打ち壊すようにしています。
 もともとそんな大した人間ではないので、その日一日がテキトーに、ノンビリ、楽しく過ぎればいいと思っています。
 今日は波が高いなあとか、南風が強いねーとか、庭のコスモスが咲いたよとか、今度買ったコーヒー豆は値段の割りにおいしくてアタリだとか、そんなことを考えているうちに、おっそろそろ風呂入ってビール飲も、って寝ちゃう、今日もそんな日だったらいいなあというわけです。
 それでも一応仕事をし、税金も払い、家族も養い、冠婚葬祭には出、町内会の役割も担当していますが、まあそれでいっぱいです。世の中にはなぜこんなにやることがあるんでしょうか?教えてオジイサン…
 そんな日常の中では、世界平和とか経済成長とか外交問題とか営業利益とか中計とか部の目標とか、そういう小難しいことは脇に置いときたい気持ち200%で生きています。そんなぼくをけしからんとか、もっとちゃんとしろという人もいますが、それは人を見ていって欲しいわけです。そういうすごいことはもっと優秀で余裕がある人に考えて欲しいわけで、ぼくは自分の半径5m以内のことをなんとかこなしていくだけで、精一杯です。
 だからまあいいじゃないか、ぼくはそういう人なんだし、一応ギリギリ社会人やってるし、あとは毎日ビールをおいしく飲めれば、それでいいじゃないか、放っておいてくれないか…って思います。











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インド洋ダイポールモード現象について調べてみました



 本を読んでいて、ぼくが知らなかったことがありましたので、ちょっとまとめて見ようかなと思いました。
 今回は「インド洋ダイポールモード現象」です。
 エルニーニョとラニーニャが発生すると、気候に影響しますよね。ぼくは毎年一応チェックしています。エルニーニョが発生すると冷夏になると、ぼくは単純に覚えています。複雑だと覚えていられないんですう、フニャフニャ…
 本当はもっと複雑な影響があると思いますけど…
 ちなみに気象庁の見解によると2019年夏はエルニーニョ現象が続く可能性が高いそうです。
 で、インド洋ダイポールモード現象です。
 この項は、主にJAMSTECのHPを参考にさせていただきました。
 インド洋ダイポールモード現象は「インド洋で起こるエルニーニョ現象」といわれているそうです。
 インド洋ダイポールモード現象はdipoleということで正と負があるそうです。
 それで、正の方は、熱帯インド洋西部(アフリカ側)で海面水温が高くなるヤツで、負の方は南東部(アジア側)で海面水温が平年より高くなるヤツです。正と負が数年周期で起きるようです。
 正のイベントが発生すると、日本は暑く乾燥した夏になりやすい傾向があるとのことです。
 ウォータースポーツをする我が身としては、「今年の夏の傾向はどうかな?」ということを考える上で、エルニーニョ現象と並んでインド洋ダイポールモード現象も押さえておくといい情報のようです。

 ちなみに黒潮の動きも気候に影響しますが、それに関しては以下の記事を読んでみていただけるとうれしいな…

→今年も継続中! 黒潮大蛇行についてまとめてみました









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海では心をここにおくこと



 ぼくは海が好きで、時間があるとウォータースポーツをしたり、ビーチでボーッとしたりします。
 相方にも訊かれるし、自分でもそう思うんですが、「なぜなんだろう?」と…
 それは、広いところがいいし、気持ちいいし、人がいないし、自由だからです。
 でも実はもうひとつ意識していることがあって、海にいるときは、海のことしか考えないようにしていて、気持ちが楽になるからです。
 仕事のことや家族のことや雑用のことは考えない。海のこと、目の前の海や自然の状態、自分の体調のことだけ考えるようにしています。それはすごく気をつけています。
 そうするようになった理由…
 ぼくは20代の頃からスキューバーダイビングにハマっていました。金曜日の夜、仕事が終わったら、伊豆か伊豆諸島に向かい、土日に海で遊び、日曜日の夜に東京に戻ってくるということをやっていました。次の日からは仕事です。
 そんなことをしていると、ときどき海で、月曜からの仕事のことを考えてしまうことがありました。まあ、そりゃありますよね。で、せっかく海に遊びに来ているのに、何だか暗い気持ちになるんです。それをなんとかしたい。
 そんな思いからです。
 今は海にいて楽しいんだから、それだけを楽しめばいいわけで、それに集中するように心掛けてきたんです。心を、今、ここにおくことを心掛けてきました。
 そんな習慣は、今考えると、とてもいいものだったと思います。将来のことを考えて不安になる自分がいたら、とりあえず今は楽しいんだからそれでいいや、って条件反射的に思えるようになったからです。










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嵐で波がグチャグチャの時に必死でパドリングするのが好きです



 自分でもどうなってるんだろうと思うんですが、無理目のヤバ目の海況のとき、シーカヤックで海に出るのが好きです。
 三度の飯よりは好きじゃないし、ビールの方が好きだけど、Hよりは好きかもしれません。
 そんな状況で海に出ても、結局後悔することが多いんですが、それでもついつい海に出てしまいます。学習しないというか、懲りないというか、バカというか…
 なぜシーカヤックかというと、セイリングはハーバーで止められるし、ダイビングはサービスがクローズするから…
 シーカヤックってかなり自分だけで完結するウォータースポーツなんですよね。
 嵐の中、うねりでシーカヤックはもみくちゃ、雨が叩きつけ顔が痛い、沈したら死ぬかもな、強風で寒い…なんて思いながら、ただただ、今、自分ができるのはパドリングすることだけなんだと、腕に意識を集中して他のことを考えないようにします。
 ツラくて怖くて後悔するんですが、それでも頑張っている自分が好きだったりします。
 変ですよね…いろんな人にいわれてますから…
 ギリギリまで自分を追い詰めて、自分に向き合って、死ぬ恐怖にさらして、それでも心を動かさない、そんな自分になりたい、自分がどこまでできるか試したい…
 ナルシストで気持ち悪いですよね…わかってますよ…
 海道楽で、海バカで、ナルシスト…最悪…

 ちなみに海が荒れているときにレスキューダイバーのトレーニングするのも好きです。










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