海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
海辺で穏やかに暮らしたい
ぼくは海が好きで、三浦半島の海辺の田舎町に移り住みました。
子育ての環境を考えたり、仕事一辺倒で一生過ごしていいのかなという思いがあったりして、移住に踏み切りました。
本当はもっとノンビリした場所、というか率直にいうと田舎、を選びたい気持ちもありましたが、家族や仕事のことが制約になりました。
同じ首都圏近郊の海辺でも、茅ヶ崎とか藤沢とか鎌倉とか勝浦とか鴨川に引っ越さなかったのは、ノンビリ穏やかに暮らしたかったからです。海が好きでしたから、首都圏近郊の海はだいたい何度も訪れていて、しかも藤沢や大磯には何年か暮らしていましたから、土地勘みたいなのはありました。
ぼくの理想のイメージは、(夏でも)人がいないビーチでウォータースポーツしたり散歩したり、近所の人と親しくお付き合いするというものだったんですが、先ほど書いた町は、文字どおり町で、ビーチは人が多く、道も慢性的な渋滞で、休日は観光客でワサワサしていました。まあ大雑把にいうと東京近郊の住宅地と日々の暮らし自体はさほど変わらないと思いました。
ぼくが海辺に引っ越したかったのは、穏やかに暮らしたかったからなのです。
静かな環境と豊かな自然とノンビリした人々との暮らしの中で、家族を中心にして、ウォータースポーツなどで海と接する日々を送りたい。そんな暮らしが、ぼくにとってはとても価値の高いものなのです。
仕事もおもしろいですし、町で付き合う友人との時間も楽しいです。しかしそれはぼくにとっては最優先の事柄ではありません。やはり海にからんだ時間が大切です。
ただ海に関係していればいいのかというとそうでもありません。
それから海関係の友人をやたら増やしたり、人脈を構築してどうのこうのというのにも関心がありません。
以前、スキューバーダイビングで知り合った人と、ダイブトリップに行ったことがありますが、この人がせっかちで、旅先で何かやっていないと気が済まないという人でした。次から次へとアクティビティのスケジュールが入って、一緒に旅行していて疲れてしまいました。
ぼくはノンビリ穏やかに海辺での時間を過ごしたいんです。
そんなぼくとペースが合う人と付き合えればいいやと思っています。
偏屈かもしれませんが、今さら自分の好みを抑制してまで友人を増やそうとは思いません。今付き合っている友人達だって、スケジュール調整して年に数回遊ぶのがやっとなんですから…
季節によって少しずつ変わっていく雑木や草花の様子を眺めたり、そこにやってくる鳥の種類を調べたり、海で季節の魚や海藻をとって料理をしたり、日々変わる海の様子を感じたり、野菜を直売所で買って旬の味を楽しんだり、そういうひとつひとつのことを、丁寧に慌てないで行いながら、過ごしたいなあと思います。

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海に接することは心身共に健康になること~ブルー・エクササイズのエッセンス~
「海に接し、海で遊ぶことで心身共に健康になる」「海という自然に対し仲間と力を合わせて、ウォータースポーツなどをやることで、社会で生き抜く力が身につく」というのがぼくの経験に基づく個人的な意見です。
これをぼくはブルー・エクササイズと勝手に命名しています。
科学的に証明したいなと思うこともありますが、そんなことをしていると海で遊ぶ時間がなくなるので、研究したい人に任せることにします。
こんな風に書くとアヤシイ民間療法みたいですね。いや実はおばあちゃん、この海で獲れた海藻を床の間に飾っておくと家の気が浄化されて、お孫さんの持病が治りますよ、なんて冗談はともかく、ぼくが個人としてやっていることなので、無理に他の人に押しつけたりはしません。ただ、なぜそんな考えが醸成されてきたのかはまとめてみたいと思います。
ぼくが海遊びを始めたのは大学生の頃でした1990年代の前半ですね。貧乏学生だったので派手な遊びはやれませんでした。本当はヨット部に入りたかったんですが、お金がかかるのとバイトができなくなるので諦めました。
その代わりというか、先輩からもらったお古のサーフボードでサーフィンをしていました。それからバイトをして、スキューバダイビングのCカードを取りました。
ぼくは上京して東京の大学に通っていたのですが、東京のビルばかりの風景に馴染めず、街遊びが好きな友達と一応遊んでましたけど、あまり楽しくありませんでした。
なので、何ヶ月かに1度、小田急線(乗車賃が安い)で鵠沼海岸まで行ってサーフィンをすると、とてもとても気分がすっきりするのです。
広い空と青い海中で身体を思いっきり動かすのが良かったんだと思います。
この頃から、「海みたいなひらけた風景の中で、潮風を浴びながら過ごすとリフレッシュする」「穏やかに気持ちになる」というブルー・エクササイズの効果その1をはっきり認識しました。
なので、落ち込んだり、行き詰まったりすると、主にスキューバダイビングやサーフィンをするために海に行くようになりました。
やがて社会人として会社勤めをするようになるんですが、忙しさやストレスは日常的なものでした。その頃は会社から電車で10分ほどのところに住んでいたんですが、そうすると終電くらいまで残業してしまったり、タクシーでも千円くらいで帰れるので、終電過ぎても仕事をしていました。
土日は海に通っていましたが、それだけではなんとなく満たされなかったんです。
だいたい毎日終電まで仕事の生活では、いずれ身体が悪くなるだろうなあと感じていました。
それから都会の雑然とした環境での暮らしに閉塞感を持っていました。
で、思い切って海辺に引っ越すことにしました。これは自分としてはすごく思い切った決断でした。
まあ家族もでき、子供も生まれたので、自然の豊かなノビノビできる環境で育てたいと考えたのです。都内のチマチマした公園で子供を遊ばせるイメージがぼくには受け入れられませんでした。
で、海辺で暮らすようになったわけですが、そこでぼくの体調面で変化がありました。ぼくはアレルギーっぽい体質なようでして、別に重度ではないんですが、季節の変わり目、特に冬になり空気が乾燥してくると、肌が痒くなったり、喉が痛くなったりしていました。それが海辺で暮らすようになってだいぶ緩和されました。
ちなみに妻も乾燥肌で、特に手荒れがひどいのですが、冬にどこかに旅行に行くと、それがてきめんに悪化するのです。海辺の我が家に帰ってくると、それが治ります。
何がいいたいかというと、海辺の空気は、特に冬場は内陸に比べて湿度が高いので、乾燥が原因のいろいろな症状は緩和されるような気がするということです。
逆に夏は暑くて汗をかいて汗疹になるんじゃないかと思われる方もいらっしゃるでしょう。うちの子供が小さい頃確かに汗疹になりましたが、夏の暑い日中は、海に入るのです。そうすると肌が強くなるのか、汗疹にならなくなりました。
次に耳鼻咽喉系の症状も緩和されました。
ぼくは幼い頃から耳鼻咽喉系と頭だけは弱かったのです。しょっちゅう中耳炎になっていました。大人になると、多少はよくなりましたが、風邪はだいたい喉からきます。
ウォータースポーツで海に入るようになって、鼻や喉の症状は緩和されました。これはぼく的には鼻うがいと同じ効果なんじゃないかと勝手に考えています。
つまり「潮風を浴びたり、海水につかることで、症状が改善することがある」というブルー・エクササイズの効果その2をはっきり認識しました。
さてさて、次は精神的な部分です。
ぼくはスキューバダイビング、シーカヤック、サーフィン、セイリングをやります。どれも海の懐に飛び込んで、自分の力で行って還ってくるスポーツです。
海というのは、優しくぼくらを癒してくれるときもありますが、たいていは厳しくぼくらを痛めつけます。
その中に丸腰で(エンジンなどの動力を持たないで)入っていくというのは、冷静に考えるとけっこう危険なことです。
それでも荒々しい自然の中に入って、命からがら還ってくるという行為の中で、生きていくために大切な要素のいくつかを学べます。その要素というのはいろいろありますが、いくつか例を出すとすれば、「生きることは基本的にツライこと」「暑いときもあれば寒いときもある」「ツライときでもパニクってはいけない。常に冷静であるように己を律しなければならない」「最後まで油断してはいけない」「ツライなかでも本当にツライ時間というのはそれほど長くない。それをやり過ごせば耐えられないほどではない」「逃げてはいけない」などです。
とても大げさな物言いで恥ずかしいのですが、生きていくために必要な多くのことをウォータースポーツから学べます。それがブルー・エクササイズの効果その3だといえるでしょう。
もし、これを読んでいる方で、最近仕事で心の芯まで疲れているとか、人生のとても大きな転機を迎えて戸惑っているとか、なぜだか心が晴れ晴れしないとか、生きていく気力が湧かないという方で、海が嫌いでなく、海辺に移住ができる方なら、ぼくは海辺へ移り住むことをオススメします。
もし、移住は無理だとしても、気晴らしに海辺に旅行に行くことをオススメします。
冬の海遊びもまた楽し
よくある会話で、ウォータースポーツをしない人に「冬でもスキューバダイビングやるんですかあ?」と訊かれることがあります。そうすると「それがやるんですよ。ぼくは海バカだから」と答えるという、とてもベタな会話です。
そう、ウォータースポーツをやる人にとっては当たり前のことですが、冬でもセイリングもシーカヤックもスキューバダイビングもサーフィンもやります。
だいたい大学の頃からウォータースポーツをやっていた人にとって、2月3月は春休みで、合宿で、一番練習する季節なんです。だから冬だろうがなんだろうが海に出ます。
それが当たり前になっているような気がします。
もちろん寒いです。
寒いですけど、家でじっとしているよりも海に出た方が気分がスッキリするんですよね。
相方などは冬でも嬉々として早起きして海に行くぼくを、宇宙人か何かのように見ていますが、だいたい結婚する前からそうだったじゃないかといいたいね。
寒いですけどね、近年防寒ウェアや防寒グッズが進化しているので、そういう装備をきちんとすれば大丈夫です。もちろん寒いものはどうしたって寒いです。そういう装備を充実させても、決して夏のようになるわけではありません、もちろんですが…
たとえばスキューバダイビングですと、ドライスーツというのがあります。これを着ると中に水が入ってこないんですね。そして、よくあるヒートなんちゃらとかいう服をインナーとして着ると、暖かいんです。もっと寒い時はフリースとか、山用のインナーをレイヤードすることもあります。頭はフードをかぶります。グローブも冬用の分厚いヤツがあります。
服装や道具は確実に進歩していて、以前よりはずっと快適になっています。
夏のダイビングのように快適ではないかもしれませんが、まあ楽しく潜れます。
今どきはどこのダイビングサービスに行っても、施設内は暖房が効いてますし、風呂やシャワーもいつも温かいです。温泉掛け流しがウリのダイブサービスもあります。
暖かい部屋で着替えて、海に潜って、温かいシャワーを浴びて、着替えて、暖かい部屋でコーヒーなどを飲むというのが、よくある冬のスキューバダイビングです。
というような具合で、冬のウォータースポーツは、ふさわしい服装、ふさわしい道具、整った拠点があれば、それほどツライというものではありません。
ただ、一方で海況が崩れそうなときは、安全側に振った判断をした方がいいです。
寒いというだけで体力を消耗しますし、万一海の中でトラブルがあった場合、夏なら海面に浮かんで救助されるのを何時間か待てますが、冬だとそうはいかないでしょう。おそらく判断ミスから死に至る可能性は夏よりも冬の方が高いのではないでしょうか?
歳をとると海遊びをするにも体調を整えるのが大切だなあと思う今日この頃です
季節の変わり目、特に寒くなるこの時期、ぼくにとって大切な習慣があります。
寒くても海に出たいわけで、そのためには体調維持が大切です。
それでぼくは自分の体質に合わせて、生姜湯と葛根湯とエキナセアとエルダーフラワーをよく飲みます。
生姜湯と葛根湯は身体を温める効果があるようです。
身体を温めて、鼻水が出ないようにします。そうすると喉の痛みが起きにくくなります。
鼻水が出ないようにするというのは、ただかっこ悪いからという理由ではなくて、スキューバダイビングのときに鼻水が出ている状態の時は耳抜きがしにくいからです。
身体を温めることで、海でも冷えにくいということもメリットです。血の巡りがよくなるので肩こりや筋肉痛になりにくいということもあります。
もうひとつはエキナセアとエルダーフラワーというハーブをブレンドして煮出したお茶を飲みます。
これもたぶん身体を温める効果があると思いますが、他にも内臓を癒す効果があるような気がします。疲れていたり、胃がむかつくとき、酒を飲みすぎたときには、ずいぶん身体がラクになります。
また、身体全体の調子を整える効果があるような気がします。
疲れているときやなんとなく風邪引きそうだなというときに飲むとなんとか持ちこたえるということが、過去に何度もありました。
すごく強く効いている感覚はないんですが、ジワッと優しく効いている実感はあります。
ちなみにぼくは喉が弱くて、喉が痛くなる前に手を打つようにしています。手を打つといってもどうするのかというと漢方を飲むんですが、銀翹散と響声破笛丸が効くような気がします。
ちなみにぼくは喉が弱くて、喉が痛くなる前に手を打つようにしています。手を打つといってもどうするのかというと漢方を飲むんですが、銀翹散と響声破笛丸が効くような気がします。
若い頃は自分の体調に気を遣うこともなく、ガンガン海遊びをすればよかったわけですが、もうそんな歳ではありません。自分の体調に注意しながら、うまく調子を整えながら、無理せず、これからも長く海遊びを楽しんでいきたいと思います。

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海好きは今日もまた海へ出ていく
ぼくはオジサンでして、海遊びをする仲間の多くは同年代の人が多いです。もちろんおじいさんもいますし、若者もいますが…
同年代の仲間のその人生的な状況というのは、奥さんがいて子供がいて、職場でも相応の地位だったりします。それなのにまだ海遊びをしているというのは、やはりどこかしら海が好きでしょうがないような人ばかりといっていいでしょう。
だいたい家族ができて仕事が忙しくなるあたりで、趣味はそこそこにしてしまう人が割合としては多いんじゃないでしょうか。それはぼくのようなタイプの人からは「歳をとった」「魂を会社に売った」「自分らしさをなくした」とケーベツの気持ちを含むあからさまな視線を注がれるわけですね。
でも世間の常識からすれば「仕事を一生懸命やっている」「家族思いの人」「常識をわきまえた人」と評価されるだろうと思います。
ぼくは相方と結婚する前からずっと海遊びをしてきました。
それこそ有給休暇を使いまくり、上司や同僚の冷たい視線を軽いジョークでかわしつつ国内海外の海へ行っていました。そのころはスキューバダイビングとサーフィンがメインでした。
若さ故に無理目のダインビングをしたり、かなり高いうねりの中でサーフィンをしたりしました。今思えばよく死ななかったなと思います。
そして相方と結婚し、子供もでき、いわゆる普通の家庭を築いてきたわけですが、それでもよく海遊びに行きます。(子供が小さい頃は一応子供の世話をしてましたよ!)
相方はそんなぼくに対して不満があるかというとそうではないといいます。まあ本心はどうか知りませんけど…
たとえば女や博打にはまるよりいいとか、いってもどうせ聞かないしとか、海遊びをやめさせてストレスが溜まってもいけないとか、そういう打算的なことを考えているかもしれません。
でも、ぼくは20代からずっと海遊びをしてきましたし、他の趣味をするわけでもなく(実際ぼくはどんなに誘われてもゴルフやスキーはやらないことにしています)、ずっとそれを続けてきました。それに対し相方は相方なりに、ぼくのそういうこだわりを尊重しているように感じます。そしてそれがぼくという人間であり、それをとったらぼくはぼくでなくなるということを理解しているようにも思えます。
そして子供達もぼくがそういう海遊びで、かなりハードな状況でも海に出て無事に帰ってきたり、あるいは世界のかなり辺境の島に行ったりすることに対して、「かっこいい」と思っているような気がします、たぶん… もしかしたら内心は「しょーがねえオヤジ」と思っているかもしれません。
自分でこんな事を書くのは恥ずかしいですけど…だいたい自己評価というのは甘いものです。
海遊びはぼくにとって、直らない習慣であり、青年時代からぼくをぼくたらしめてきた要素であり、ストレス解消法であり、人生を過ごしていくうえでの学びの場なのです。
島の人達の暮らしから生きることの原点を思う
ぼくは離島が好きです。それもできる限り人口が少ない観光客があまり来ない離島が好きです。
離島が好きな理由はいろいろあるので別な機会に書くことにします。
離島に行くたびに感じるのは、島の人の暮らしというのは非常にわかりやすいなということです。
まず、人口が少ないのでサービス業のような第三次産業はあまり盛んではないです。
商店が1軒か2軒。飲み屋も1軒か2軒。自動車整備工場が1軒。ガソリンスタンドも1軒。役場、小中学校。あとは漁業か農業です。
で、島の人と話すと、だいたい今日食べるものが獲れればまあいいんでないの、みたいな考えでいらっしゃるわけですね。
このあたりがすごくわかりやすいなあと思うわけです。
ぼくは東京に働きに出ていて、オフィスワークをします。そして給料をもらって生計をたてています。やっぱり仕事ですからキツいなとか、大変だなという時期もありました。そのたびに思い浮かべていたのは島の人の暮らしです。
いざとなれば人というのは、その日食べるものを収穫して暮らしていけるのだということを、知っているのと知らないのとでは、これはずいぶん気持ちというか世界観として違うと思うような気がします。
ワタクシは一応家庭がありまして、子供がいます。
子供は勉強して、学校に行って、会社に入ろうなんて、よくあるイメージを持っているようですが、子供にはときどき離島に連れて行って、島の人達の暮らしを見せるようにしています。
90~95%の安全を計算して海に出る
海遊びは危険なものです。
ハハ、海遊びに限りませんね。山登りもボルダリングも危険です。
ぼくにいわせれば、車の運転の方が危険だと思いますけどね。
これまでン十年海遊びをしてきて、「今度は死ぬかな」と走馬燈が頭の中を回ったことがありましたが、なんとか今こうしてくだらないことを書いていられてシアワセです。
で、海に出るときに初めから危険なことをしようと思って出るわけではないんです。
「そんなん当たり前だろう」と思われるかもしれません。
そうなんです。海に出るときは十分安全を確認したつもりで海に出ているんです。
というか、ぼくは海遊び仲間ではどちらかというと慎重な方でして、海に出る前にはおよそ2000の安全確認項目をすべて指差し確認している(ウソです)ほどです。
というほどではないですが、安全確認のチェックリストを作っているのは本当です。もちろんそんなの頭の中に入っているので、チェックリストを見ながら確認したりはしません。
それだけ安全確認しても海では危ない目に遭います。それは車でいえば、自分はすごく安全に配慮して運転していても、危険な運転をする車が追突してきたらどうしようもないのに似ています。
海遊びの場合は、安全を見込んでも危険になる状況というのは、ぼくの経験では、一番が自然の状況です。海況の変化とか、自分が知らない特異な(その場所や時に限られた)自然の状況です。二番目は、人の側の不注意やアクシデントです。
これもある程度事前に情報を集めることでほぼ回避できます。自然の変化も天候に関することであれば、天気予報・天気図、海況状況を確認することである程度予想できます。
天候が崩れそうであれば、それがどれくらい危険なのかを評価し、海に出るのをやめるか、天気が崩れてもいい服装などの準備をしていきます。
特異な海況というのは、たとえば八丈島にナズマドというダイブポイントがあります。ここは八丈島と八丈小島の海峡に面したポイントでして、潮汐の関係で強い流れになることがあります。こうしたことも事前に地元の人に聞いたり、ダイブショップにガイドをお願いしたりすることで、チェックすることができます。
村上春樹さんが小説で書いていたように「世の中のたいていの情報は時間をかければ調べることができる」(表現は正確ではありません。だいたいそういう主旨の記述でした。)のです。
それでもなお、ぼくらが予想できない自然の変化は起こりえます。
それさえもぼくらが注意深く周囲の状況を観察していれば気づけることが多いように思えます。注意不足やわかったつもりで、自然の変化の兆候を見逃していることも多々あります。
ですが、やはり100%安全を保障することはできません。
感覚的には90~95%くらいまでは、なんとか安全度を高めることはできると思います。つまり100回に5回は安全ではない状況に遭遇するということです。
ぼくの経験からいって、この95%という数字について考えてみますと、スキューバダイビングとシーカヤックでは少し状況が違いますので、まずスキューバダイビングについて考えてみることにします。
100回というのは、1日だいたい2本潜りますから、50日分です。50日というとぼくの場合、だいたい1年から1年半くらいで潜る感じです。
直近の50日を振り返ってみましょう。
50日潜っていると、だいたい器材関係のトラブルが1回くらい起きます。それも自分の事前のチェックが甘い、不注意が原因のトラブルです。それも慣れからくる慢心が根っこにあります。
ですが命に関わるほどシリアスではないことが多かったです。たまたまですが…
たとえばレギュレーターのマウスピースがちぎれかけていたとか、ダイブライトが水没して点かなくなっていたとか、そんなようなことです。
このトラブルを回避することは、理屈ではできます。おそらく設備や自動車のメンテと同じで、部品の耐用年数は製造者によって想定されているので、その年数に従って器材をメンテしていけばいいわけです。ただ実際そんな几帳面なことをぼくがやれるかというと、実際は難しいです。
たとえば、BCやレギは年に一度はオーバーホールに出すとか(これはやっています)、HPホースの交換を何年かおきにやるとか、マウスピースやフィンのストラップやマスクのストラップ交換を何年かに1度やるとか、そういうことですが、わかってはいるものの、実際はダイビングに行ってみて、器材を着けてみて、「ありゃ。ちぎれかけているなあ」ということが多いのです。
なので、理論上は限りなくゼロに近づけられますが、実際のダイビングではこの種のトラブルはあり得るということになります。
それから身体面でのトラブルがあります。まあ、これも1~2回程度です。これは事前の準備運動などで軽減できますし、体調の悪いときは潜らなければいいので回避できます。
足がつるとか耳抜きがしにくいとかそういうトラブルです。
ぼくもだいぶ歳ですからこのトラブルの可能性は年々高まるでしょう。
あとは自然状況についてのトラブルです。まあ、これも1~2回程度です。
たとえば、直近であったことといえば、予想よりも潮の流れが強かったとか、すごく濁っていて、ツアーのメンバーがバラバラになりそうだったというようなことです。
これもある程度は避けることができることもあり、避けられないこともあるといった感じでしょうか。
ただし経験豊富になるにつれて、海況を読む力や予測する力やそういう状況に遭遇した場合の対処法などが身についているので、どちらかといえばこのリスクは減らせる方向にあります。
ただ他のリスクとの違いはどうしてもゼロにはできないだろうということです。
こうしてみると、安全を90~95%程度確保するというのは、まあ妥当なところだと思います。
それでも残る5%程度のリスクを受け入れられるかどうかというのは、その人の感覚でしょう。
ぼくの友人でとても心配性なヤツがいますが、彼はスキューバダイビングのCカードを取っただけで、その後ダイビングをやらなくなりました。その理由は危ないからだそうです。ちなみに彼は、ぼくが誘ってサーフィンもやりましたが、1回でやめてしまいました。
最近会ったので休みの日に何をやっているかと訊いたら、家で映画やドラマのDVDを見ているそうです。
なるほどですね。
自然の中での自分、そして生き方
海を眺めながらボーッと考えることがあります。
生きるときに辛いとか苦しいことは多々あります。それは誰もがそうなわけです。ただどの程度辛いと感じるかはその人の考え方次第だったりします。
客観的な状況が大変だとしても、―例えば自分が重病であるとかが、肉親が重病であるとか、勤務先が倒産して収入がなくなるとか―それをどの程度辛いと受けとめるかはその人次第です。
そのあたりは様々な先達が心の持ち方を書いておられます。中村天風、山岡荘八、松下幸之助…
先達は立派な方ばかりですが、一般人のぼくらでもちょっとした心掛けで幸せになることができます。
例えばこんな人と一緒に仕事をしたことがあります。
職場で自分は普通くらいに頑張って、ミスもしていないし、業績も上げている。上司へのゴマすりもばっちり。なのにイマイチぱっとしない。部下がついてこない。周りの評価が高くない。そんな人が職場に一人くらいいますよね?
こういう人は自分の持つ世界観が周囲とズレているんですよね。もう少しいうと、周りの人は、経験によって多面的な物の見方や価値観を身につけて、いろいろな立場の人の気持ちを推察できるようになっているのに、この人の場合は、精神的な成長が周囲の人に追い付いていないんですね。
精神的な成長という視点で、いろいろな人を見ていると能力や年齢とはあまり比例しないみたいですね。
こういう人が近くにいた場合の対処法は、敬して遠ざけるのが一番です。近づくと中身が子供なので、ろくな目に遭いません。
ではどうしたらそういう人にならないでいられるか?
これは苦労すれば大丈夫。苦労人にそういう人はまずいません。それから体育会に入ると先輩、同僚、後輩に揉まれますから、そういう人になる可能性は低くなると思います。
海とか自然とかそういう命がかかっている場所で、チームワークで行動するスポーツをやるのも効果的です。
海などの自然は、刻一刻と状況が変わり、それらに注意を払いつつ、瞬時に判断をくださなければなりません。また、メンバーの体力、性格、癖などを頭に入れて、こういう状況ではあいつはたぶんこのように行動するはずだ、みたいなことを考えなければならないので、先ほど書いたような人になることは少ないと思います。
そして自然を相手にするというのも大切だと思います。
とにかく自然の力はときに圧倒的ですから、その強さを目の当たりにすると、人間の力の限界や弱さを感じずにはいられません。そうすると自然と謙虚になります。
自然の恩恵を受けながらそこで生かしてもらっているという感覚です。
それに自然の変化は人間にはどうしようもありません。こちらの都合とは関係なく変わります。それに合わせて生きていくしかありません。
共通しているのは自分がどれほど努力しても、どうしようもない状況があって、そこでなんとか生きていくしかないという点です。周りを自分に合わせるのではなく、自分が生き延びるために周りの状勢に合わせる。そして気長にいつか自分のやりたいことができる方向に持っていくということです。
ただ、己を殺して、忍従し、卑屈になれといっているのはありません。
自分のやりたいことができるような時期を待つのだと思います。
楽園という夢
ぼくが中学生の頃でしょうか。
やたら南の島に憧れたことがありました。
それは当時、1980年代だったかな、海外旅行がブームで、雑誌やテレビで見たような南の島のリゾートに行くということが現実的になってきたことと少し関係しています。
珊瑚礁、白い砂、青い海、青い空、ヤシの木…というお決まりのイメージです。
そこはもしかしたら楽園かもしれない。
日本のようなギスギスした競争ばかりで、なんでも金のような社会ではない、かなり楽園に近いところかもしれない。
そんな風に思いました。
もちろんその後、海外旅行もし、いろいろな島やリゾートに行き、世の中のことが少しわかるようになって、楽園というのは幻想だということは理解できるようになりました。
どちらかというと島の暮らしというのは、自然環境という面でも、経済的な面でも厳しいことも知りました。
それでもなお、ぼくの中には南の島は楽園に近いのではないかという思いがあります。
それは昔のような単純な楽園のイメージではなくなりましたが…
たとえば日本や欧米の経済的に豊かな国というのは、民主主義、資本主義、法治国家、競争社会、効率重視、成長重視という概念を共有していて、それが良いとされていて、それに対立する概念として共産主義や社会主義のような考え、あるいは最近ではイスラム原理主義的な考えを仮想敵と見なしています。
世界にはいくつかの対立軸しか、存在のあり方がないかのように思わせられていますが、実際に世界を旅してみれば、そうしたイデオロギーとは関係なく日々を暮らしている人々の方が圧倒的に多いように感じます。
つまりなんとか主義とか、競争とか効率とか成長とは関係なく、日々の暮らしや人間関係でコミュニティが成り立っているのではないかと思います。コミュニティの集積が国であったとしても、個人が暮らすうえで直接関係するのは家族だったりコミュニティだったりするわけで、国とかイデオロギーってそんなに大事ではないかもしれない。でも宗教は大切ですけど…
南の島が楽園に近いと思う理由は、以下のとおりです。
・暖かい。暖かいと人は寒さで死ぬことはない。作物も育ちやすい。住居や服も簡素で住む。暖房のための燃料やそのための費用が要らない。暖かさは人類が生きることを容易にする。
四季があり(つまり冬があり)プロテスタントである国で資本主義が発達したと社会学の古典でいわれているように、寒いことで人は、何かを保存したり、貯蓄したりすることの必要性に迫られる。そこから貧富の差や競争や効率という考え方が育つ。
暖かいとだいたい人はリラックスして、オープンに、おおらかになる傾向がある。
・海がある。海産物を獲ることで食べていける。
・島というのは、たいてい人口が少なく、海で隔てられているため外からの敵が襲って来にくかった。競争や戦争からは比較的遠い風土があった。仮にどこかの大国の属国になってもそれはあくまで遠隔地としての属国である。これはヨーロッパや中東のように、競合する隣国と接している地域とは状況が違う。
理屈をツラツラと書きましたが、その元になっているのは、これはもう実感レベルのことでして、南の島に何週間か滞在して、東京に戻ってくると、その時間の流れの速さや人口密度やギスギス度合いなどの違和感で頭がクラクラしてしまいます。
なぜ、ぼくは東京(というか関東ですけど)では、すごく緊張して暮らしているのに、南の島に滞在している間は、あんなにリラックスして、ゆったり、のんびり過ごしていたのだろう?ということが、南の島楽園説の始まりです。
地理、地点間の移動は大きな意味を持つのではないかとの思い
ぼくはン十年前に都心から郊外の海辺の田舎町に移り住みました。
これはいろいろ迷いや思い切りが必要でした。
一番の問題は通勤時間でした。
片道2時間弱の通勤時間をどう考えるか…
それまでの生活は週末は早起きして道路が混む前に海辺に移動して、ウォータースポーツを楽しんで、宿で1泊して日曜日の夜遅く、渋滞が解消してから自宅に帰って、翌朝出勤するというものでした。
自宅から職場までは地下鉄で20分ほどでしたが、すごく混雑していて、乗れないで何本かやり過ごすような生活でした。
郊外に住めば、通勤時間は2時間ですが、満員電車とは関係ありません。始発で必ず座れるとわかっていましたから…
そして毎日海を感じられる、あるいはアサイチ(早朝にサーフィンすること)だってできる。
そのどちらを選択するかです。
おそらくぼくのような海バカは、いずれ海辺に移住したのだと思います。だから結果は、「移住に満足している」というものになるのは初めから決まっていたのでした。
ただ移住してみて、当初予想していなかった良いことがありました。
いろいろありますが、一番大きいのは、職場と物理的に距離が離れることで、気持ちが切り替わる効果です。
これはどなたでも経験されていることではないかと思います。
たとえば旅行はその最たるものではないでしょうか。
移動すること、日常の暮らしから距離的に離れることで、気持ちが切り替わる。あるいは日常の暮らしとまったく違う土地に移ることで気持ちが切り替わる。そういったことは経験的にあるのではないでしょうか。
ぼくが海辺の町に移住して感じたのはこのことです。
職場の近くに住んでいた頃は、終電までに帰ればいいやとか、いざとなればタクシーで帰ればいいや、あるいは仕事で何か起きれば夜中でも駆けつけなければならないとか、仕事がすごく立て込めば休日に出勤すればいいや、みたいな気持ちが心の奥にあったんじゃないかと思います。それが心理的には仕事からずっと離れられないような状況を作っていたんではないでしょうか。
こんな心理的な作用はかなりぼくの個人的な性格によるものかもしれません。そんな心理になるのは、ぼくが、仕事も好きで一生懸命やりたいという気持ちもありつつ、学生時代からずっと海が好きで、ウォータースポーツを続けてきて、もし仮にウォータースポーツで食べていければ、それもいいなあと思った若い頃もあったという両面が、ぼくの気持ちの中に確かにあるからかもしれません。
ただ、今思えばン十年前に郊外に移り住むという決断をしていなかったら、ぼくは過労でココロが病んでいたかもしれないなあと、たまに思います。
そんなわけで今は、職場から電車に乗って、あるエリアを過ぎると気持ちが完全にプライベートモードに切り替わります。
スイッチがパチンとオフになります。
もう職場から緊急の電話がかかってきても、もういけないもんね、と思います。
ここからは海の男の自分だもんね、と思います。
職場の○○さんじゃなくて、海辺の○○さんであり、父や夫としての○○さんだもんね、と思うのです。
ぼくは自分の気持ちの中にある、仕事も大事、海辺の暮らしも大事、という2つの気持ちを、距離の移動によって切り替えているのかもしれません。
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