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なんとかなるさ



 生きていると、いろいろ心配なことはありますねえ。大変なこともありますしねえ。責任もありますしねえ。
 ぼくのようないい加減でテキトーで気楽な日々を過ごしているヤツはそうでもありませんが、世間一般で、働いている人で、ぼくぐらいの年齢で、かなりの責任を負っている人というのは結構いらっしゃるんじゃないでしょうか?
 ぼくは海遊びをやる中で、テキトーだけれでも、生き死にに関わる部分では一応なんとかする、という訓練(自称)を何十年にもわたって続けてきたので、まあよほど「ヤバイ、今回こそは死ぬかも」(自称)みたいな状況になっても「まあなんとかなるさ」と考えられるようになりました。って、「それはお前が元々お気楽な性格だからだよ」という友人もいたりしますけど…
 ぼくが好きな言葉で「この世のことはこの世でなんとかなる」というのがあります。ぼくはこの言葉を、今は亡き政治家の金丸さんが話していらしたの聞いて知りました。
 金丸さんという政界の重鎮みたいな人が、国を左右するような状況に置かれて、その重圧に負けないでいるという背景を知った上でこの言葉を聞いたので、わりとすっと腹落ちしたんだと思います。
 自戒の念を込めて書きますけど、仕事をしていれば、ミスしたりウマくいかなかったり責任を問われたり、いろいろあると思うんですけど、まあそれでどうのこうのということはありません。気にすることもありませんし、それで世の中がどうかなっちゃうということもないと思うんです。国とか自治体とか会社とかいう組織は、結構強いです。特に日本のように、伝統的な経緯を経て、今の組織ができているような国は、ちょっとやそっとのことで組織が崩れたりはしません。なんていったって太平洋戦争で負けたって組織は壊れませんでしたから…
 だから「なんとかなるさ」と思うのがいいじゃないでしょうか。そしてどちらかというと組織に個人が押しつぶされないように注意する方がずっと大切なことじゃないかと思うんです。
 もちろん自分のプライドの問題として、この程度のことをミスして自分が許せないという人もいるかもしれません。ぼくからいわせると、そんな生きるのにたいへんそうなプライドなんて捨てちゃえ、ということになりますけど、きっとそうもいかないんでしょう。できるところまで頑張ってくださいね。
 人の生死に関わることだとなかなかに重大事項ですけど、某電力会社の元責任者で、原発事故で非常に多くの人に迷惑をかけても、(たぶん)平気な顔で生きている人もいる(少なくとも責任を感じて自殺したという話は聞かないので…いやすごいよね…図々しくて…)くらいですから、それくらいの事故までは、(たぶん)okです。それくらい面の皮が厚くないと、世の中渡っていけません。世の中図々しい人は掃いて捨てるほどいるので、マジメすぎる人は、そういう人の存在を考えて、自分のマジメさを中和するといいじゃないでしょうか?

 ぼくが住んでいるあたりは、少し足をのばすと鎌倉があったり、三浦氏の城趾があったりします。鎌倉街道があったり大山街道があったり旧東海道があったりします。
 ウォータースポーツをしながら、1000年くらい前にもこのあたりには人がいて、戦争をしたり、勢力争いをしたりしていたんだなあ、でも人々は日々の暮らしを営んでいたんだろうなあ、そして日々の暮らしの中で、悩んだり苦しんだりしながら、生まれて死んで、そういうのが続いてきたんだろうなあ、なんて思ったりするんです。
 それでも変わらず、多少は地形は変わったかもしれませんが、海はあったでしょうし、三浦半島はあったでしょうし、江ノ島もあったでしょう。
 個人から見れば、心配や不安や責任って事実として感じられることなんでしょうけど、自然や人間の営みから見れば、それは泡沫のようなもののように思えます。
 まあ、なんとかなるし、なんとかならなくても大したことじゃないし…
 
 という具合に、心配や不安や責任という心理的な課題を、社会的・歴史的なことから考えたら少しは楽になるかなーって思って書いてみたんですけど、説得力ありますかね?







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どんな人でもシアワセに暮らせる理想的な海辺の町ってどんなふうなんだろう



 あなたの周りにヘンな人とかちょっと変わった人といわれる人っていませんか?
 今は発達障害ということが一般的になってきて、以前だったらちょっとヘンな人だったのが、今ではナンタラ障害といわれるようになってきました。それがいいのか悪いのかはよくわかりませんが、何かに名前がつくということは、それが認識しやすくなるという面はあるんじゃないでしょうか。
 で、ぼくの周囲の海遊びをする仲間や、海辺に住む仲間というのは、ヘンな人とかちょっと変わった人というのが結構います。よくいえばそういう人達でも暮らしやすい自由で寛容な雰囲気があるといえるかもしれません。
 別な見方をすると、都会とか大きな組織のキッチリしたルールがあるところでは生きにくい人達が、自然に携わる仕事に就いているという面もあるかもしれません。
 ぼくは、ヘンな人とかちょっと変わった人が好きでして、自分もそういう面があると思います。
 ヘンな人とかちょっと変わった人を含めていろいろな人がシアワセに暮らせる世の中というのは、それはかなりいい、理想に近い世の中でしょう。
 ぼくの住む海辺の町が、そんな理想に近い場所になるといいなあと思います。そして日本や、はたまた世界がそうなれば、本当に理想的ですよね。
 ちなみに千葉に鵜原理想郷っていう場所が、たしかあったような気がします。そういう場所を求める気持ちって、いつの時代にもあるんでしょう。
 でも、たぶんそうならない…人は誰でもココロに、清い面と邪悪な面を持っていて、時に邪悪な面が、差別や嫉妬や憎しみといった感情を生み、それが行動に繋がるんじゃないでしょうか。そして一人ひとりの邪悪な面が、社会的な問題を生み出すんじゃないかと、ぼくは思っています。要は、もし今の社会に問題があるとすれば、それは社会の問題でもなく、特定の誰かの問題でもなく、一人ひとりの中の問題が社会に顕在化したんではないか…って考えているんです。
 なので、もし理想郷を造るとしたら、そのコミュニティのルールは、住民は絶えず自分の邪悪な面を見つめ、それを最小限に抑えるように努めること、ということになるんじゃないでしょうか。






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時間と人生とウォータースポーツ



 ウォータースポーツって、海という自然を相手にする遊びです。海は刻々と状況が変わりますし、天気予報や気圧配置をチェックしても、海況の急変は起こりえます。いくらリスクを管理しても想定外のことが起きるのがウォータースポーツ。
 ときどき、知人に「わかっていて、なぜそんな危ないことをするのか?」と訊かれることもあります。
 それはウォータースポーツに限らず、車の運転でも同じで、安全に十分に注意しても、それ以上の危険が起きる可能性は絶対にゼロにはならないんじゃないか、というのが、ぼくの答えですが。ちゃんと理由を話すにはもっと長い言葉が必要です。
 リスクがあっても、リスクがゼロにならなくても海に出ていきます。
 なぜか?
 もちろんウォータースポーツが楽しいから…というのが一番の理由かもしれませんが、でももっと根本には、ぼくの中にある価値観があるからだと思います。その価値観のためにぼくのそうした行動パターンは出てきています。その価値観は若い頃は直感的に身についたものでしたが、いつからかそれを理屈として考えるようになりました。

 で、なぜそんな風な行動パターンなんだろうと考えるんですが、ぼくにとっては日々暮らす=生きること自体がリスクの塊で、何をしても何もしなくても、リスクはなくならない、だったら好きなこと・やりたいことを精一杯やろうという気持ちがココロの奥底に絶えずあり続けているからなんだと思うんです。
 ここでいうリスクというのは、地震とか火事とか病気とか怪我とか失業とか家族の死とか自分の死とか、そういった人生において誰の身にも起こりえるモロモロのことなんですが、そういう大きなリスクって、たぶん誰の身にも確率的には起こり得るんじゃないでしょうか?
 たまたま隣人に起きて自分には起きてないけど、次の瞬間には自分にも起きるかもしれない、起きない理由なんてないし、日々を暮らすということは、そういうリスクに遭遇する確率と共にあることだと思います。
 だからリスクの確率を減らすために、家にじっとしているとか車の運転をしないとか火を使わないとか、そういうのって、ごく限られた範囲では正しいかもしれないんですけど、人生全体で見ると何の解決にもなっていないんじゃない、というのがぼくの考えです。
 というのも、病気になる可能性もあるし、家族が突然死ぬこともあり得るし、生まれてくる赤ちゃんが障害を持っているかもしれないし、地震が起きるかもしれないし、富士山が噴火するかもしれないし、ICBMが飛んでくるかもしれないから…
 心配したら何もできないし、どうせリスクがある人生なら好きなことややりたいことを精一杯やろう、という延長線上にぼくの海遊びはあります。海遊びのリスクなんて、生きる上で抱えているリスクの総量からしたら、たぶんぜんぜん大したことがないとぼくには思えます。
 話が回り道をしてしまいましたが、やれることはやれるうちにやりきってしまいたいとぼくは思っているということです。
 そして人生のリスクで最大のものは何かというと、自分の死だろうと思います。次は家族の死だと思います。家族の死をさらに分解すると、よりリスクが高いのは、子供(次の世代を担う人・自分より若い人)の死だろうと思います。それ2つ以外はどのリスクも似たり寄ったりだとぼくは捉えています。
 そして最大のリスクである自分の死と家族の死は、必ずやってくるということです。このことから、人生の長さは有限であり、個人の持ち時間は有限であり、そこでできることは有限であるという、現時点での真理があります。
 ただ、死というのはいつかは必ずやってくるとはいうもののそれがいつやってくるかはわからないという点が特徴です。
 100年以内に確実に起きることではあるけれど、それが10歳の時に起きるか70歳の時に起きるかで、死の意味は社会通念上大きな違いを持つといえるでしょう。年齢による死の意味の社会通念上の違いをどう評価するかによって、おおよそ、その人の価値観や行動パターンは変わります。60歳で死ぬのと70歳で死ぬその10年の差に大きな違いがあると考える人は、健康に留意して用心深く慎重になるでしょうし、そんなの大きな違いでないと考える人は、積極的にリスクテイクしていくでしょう。
 もうひとつの視点として、10年の差を単に時間の長さの問題として考えるだけでなく、その10年をいかに密度を高く過ごすかという、時間の密度の問題ががあります。長生きしてもそれほど密度の濃くない人生を過ごす人もいるでしょうし、短命でも多くのことを成し遂げたり、自分のやりたいことをかなりやる人もいます。
 つまり人生は有限で、0から約100年の間で可変する、そしてその時間は単に時間の長さだけでなく、その時間をどれだけ充実させるかという時間の密度の2つの軸があるということです。人生の充実度は時間の長さと時間の密度のかけ算だということです。



 別の視点として、人生の長さが0から約100年の間で変化するけれど、死に至らせる出来事が起きるリスクの確率は、自分でコントロールできる要素と自分でコントロールできない要素に分けられます。
 これを詳しく説明します。
 たとえば人はいずれ病気になるものですが、それは日々の生活習慣を整えることで、病気になる確率を下げることができます。
 また、別の例でいえば交通事故に遭うリスクを低下させるために、車に乗らない選択肢をとることはできます。ただ、車に乗って旅行したり、楽しい生活を送ることが、自分の時間の密度に関係するとなると、交通事故に遭うのを減らすために車に乗らない選択肢が自分にとって価値があるのかないのかはよく考えなければなりません。それは時間の長さと密度のかけ算の総量がどうなるかを考えるということだと思います。
 ぼくが危ないとわかっていてもウォータースポーツをするのは、まさにこの基準で判断していることになります。ぼくにとってウォータースポーツをすることはリスクがありますが、そもそもぼくにとって日々の暮らしはウォータースポーツによって充実しているものになっているので、リスクを減らして長生きしたいがためにウォータースポーツをしないという選択肢は本末転倒ということです。



 もうひとつまったく別の視点として、自分個人の時間は有限ですが、自分の意思とかやりたいことを次の世代に引き継ぐことによって、意思自体を延長することができるかもしれないということがあります。
 それは、子供に意思を託したり、弟子をとったり、組織を作ったりと様々な選択肢がありますが、注意すべきは、自分の意思を次の世代に引き継ごうとすることを半ば強制することは、次の世代のある個人の人生の充実度の総量を損なうおそれがある点です。ですから自分の意思を次の世代に引き継ぎたいと考える場合、その意思はかなり公益性の高いことの方が、無難で説得力があることに留意しなければなりません。
 こうした諸条件の中でベストな選択は、時間の密度を上げる、人生の長さを延長するために自分でコントロールできることはできる限り行う(ただし、人生の長さを求めるために時間の密度を下げる選択をするときは時間の長さと密度のかけ算である総量を慎重に検討しなければならない)、自分の意思を次の世代に引き継ぐ体制を作っておく、という3つのことです。
 たかだか海遊びをなぜやるのかということから大げさな話になってしまいましたが、結局ぼくの中の理屈ではそういうことになっています。





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遊びに真剣になれるなんてすごい



 ずっとウォータースポーツをしてきて、いつもすごいなあと思うのは、新しいウォータースポーツってだいたい海外、それも欧米から入って来ることです。
 たとえばカイトサーフィンというのがありますけど、あれってサーフィンとウインドサーフィンとパラセイリングを合わせたようなスポーツです。
 準備もたいへんだし、器材も大仕掛けです。やっている人が少ないから器材も選択肢が少なくて割高です。
 それを大の大人がマジメに一生懸命やっているというのがすごいなあと思うんです。そしてだいたい新しくできたウォータースポーツは、当初はあり合わせの道具を転用していて、使いにくいところを改良しながら専用の道具ができていくんですよね。だから当初は、道具類も手作りだったりすることが多いんです。そういうところもすごいなあと思うんですよね。
 遊ぶためにそこまで労力をかけるか?っていつも思います。それがすごいなあって…
 そしてそれが普及して、みんなが参加するスポーツになって、大会が開かれて、スポンサーがついて、ビジネスになる、文化になるそういうのがすごいと思うんですけど…





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「海歩き」はひとつのアクティビティだ



 海辺に住んで、ウォータースポーツをやる日々を過ごしているお気楽だらだらオジサンです。
 ウォータースポーツといっても、セイリング、スキューバーダイビング、シーカヤック、サーフィンをします。
 そのときの海況によって一番楽しめるウォータースポーツを選んでやってます。
 最初はサーフィンをやっていたんですけど、そのうち波がないときでも海で遊びたいなーと思ってスキューバーダイビングを始めて、そのときどきで楽しめることをやっているうちに増えてしまいました。
 海が穏やかなら、スキューバーダイビングかシーカヤック、風があればセイリング、波があればサーフィンという感じ。
 でも、天気や海況によってはどれもできない日があります。
 そういうときは、たまった雑用をこなすことも多いですが、やっぱりぼくとして外で身体を動かしたいわけで…
 たとえばこんな日があったりします。
 海がしけて、荒れ荒れで、雨が降っていて、ちょっと寒い、みたいな日。
 そういうときぼくは海辺歩きをします。
 まあただ歩くだけです。
 ただ歩くだけと行っても、出発のときから結構歩く気で出かけます。朝5時に家を出て、帰ってくるのは夕方です。
 できる限り海辺を歩きます。砂浜や岩場なんかも歩きますし、海の中に入ることもあります。
 靴は濡れてもいい、しかも歩きやすい靴。なのでリーフランナーとかマリンシューズとか履きます。セイラーがデッキで履く靴が多いですね。今はHELLY HANSENのマリンシューズ?を履いています。
 それからバックパックとザックカバー。
 バックパックはランニングとかファストトレイル用の、容量は少ないですけど身体にフィットして汗が蒸れないのを、わざわざ海歩き用に買いました。
 そして濡れても大丈夫なウィンドブレーカーと撥水加工のしてあるパンツ。インナーも濡れてもすぐ乾くファイントラックのものを使ってます。
 もともと海遊びで濡れてもいいようなウェアや装備は持っていたので、雨の日はそれを使うだけです。
 あとは水、行動食(ピーナッツとかカシューナッツを持っていくことが多いです)、わずかのお金、スマホ、カメラ、タオル…
 海辺を歩いていると、景色が眺められたり、これまで気づかなかった地形に気づいたり、お店を発見したり、いろいろ楽しさがあります。
 あと、シーカヤックもジョギングもサイクリングもそうですが、ひたすら何かをし続けるスポーツというのは、難しいことを考えずただ前進すればいいので、無心になれていいですよね。悩み事を頭から追い出すことができます。
 休日に海に出たい、身体を動かしたい、何か楽しいことをしたい、そんな思いで始めたことなんですが、最近は車で歩きたいフィールドまで出かけてそこから歩くということもしています。
 なので、これはひとつのスポーツということでありなんじゃないかと思っています。
 ぼくの中では「海歩き」ということで、明日は荒れるから「海歩き」の日だという感じになっています。「海歩き」がちょっと語感的にアレなんで、たとえばSeaside WalkingとかTrai WalkingとかBeach Trailとかそんな風に呼んでもいいんじゃないかと思ったりもします。










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のんびり気楽にいこう



 海辺でのんびり気楽に暮らしたいなと思うんです。
 出世とかお金とか、そういうのって、日々暮らせれば、ぼくの場合、まあ、わりとどうでもいいことなのです。
 その日一日、海辺でのんびり暮らせて、夕陽を眺めながらビールが飲めれば、まあそれでシアワセではないかと…
 で、のんびりというのと気楽ということって、自分としてどうしたいのか考えてみたんです。
 のんびりっていうのは、誰かに急き立てられず自分のペースで日々を送りたいということなんだろうと思うんです。人ってそういうところありますよね。誰かに強制されるとイヤだけど、自分で進んでやることはたいへんなことでも苦じゃないっていうこと…
 気楽っていうのは、自分の価値観が何かにがんじがらめに凝り固まっているんじゃなくて、自由で柔軟性がある状態であり、かつ何かに強制されて、何かをしなければいけない状態ではないということなんだろうなあって思います。
 そうやって細かく考えてみると、ぼくは何かに強制されるのがイヤなんだということが見えてきます。
 じゃあまったく強制されず責任もない状態が、本当にハッピーなのかって想像してみると、もしかしたらそういう自分の状態を寂しいと感じるかもしれません。人というのはないものを欲しがるところがありますねえ。







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海ではデジタルデトックスするのもいいかもね



 いろいろハイテクなものが出てきて、スマートウォッチでも防水なものがありますね。ウォータースポーツで十分使えるものもいくつかでてきてるみたいです。ぼくは使ったことありませんけどね。
 ぼくは海ではできる限りスマホを見ないようにしています。一応緊急連絡用に持っていくようにはしてますけど、バッグの中にあるか、車の中にある、みたいな感じです。
 スマホってなんかないと不安になりませんか?
 あと、あるとしょっちゅう見ちゃうんですよね。
 ぼくはわりとそういうデジタルなものに疎いタイプなんで、スマホを持ち始めたのも遅かったんです。そんなぼくでも今ではスマホなしでは居られない身体になっちゃったの。って急にオネエみたいになっちゃいました。
 で、海にいるときくらいスマホを見ないようにしているわけです。
 なければないで、見ないなら見ないでなんとかなるんですけど、頭に何か思い浮かんで、ちょっと調べてみようかな、っていうときに反射的にスマホを探しているんですよね。習慣ってすごいよなあ。
 海にいるときくらい、自然にどっぷり浸かって、五感をフルに使って自然を感じるのがいいんじゃないかって思ったりするんです。







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カーキャリアにカヤックを積むときに便利なアタッチメント~SHERPAK BOAT ROLLER~


(画像はSEATLE SPORTS HPから転載)

 この間、近所のシーカヤック屋さんを覗いたら(海辺に住んでいるとこういうことがわりとあります。近くにコンビニはなくてもシーカヤック屋さんとかダイビング屋さんはあるみたいな…)、カーキャリアにシーカヤックを積むときに便利そうなグッズが置いてありました。
 SEATLE SPORTSのSHERPAK BOAT ROLLERというものです。
 要はローラーです。
 シーカヤックを一人でカートップに積むときに、一気にキャリアに持ち上げるのって結構たいへんだったりしませんか。キャリアにいったん、シーカヤックのどこかを置いて、体勢を整えてエイヤって持ち上げるとだいぶ楽です。それに下手するとシーカヤックが滑って、車にぶつけてしまったりすることもあります。
 SHERPAK BOAT ROLLERは吸盤でローラーを車に取り付けることができるようになっていて、シーカヤックをローラーに載せて押すとキャリアに積みやすいというものです。
 ちなみにぼくはこれを買ってなくて、「いいなあ。こういうのもあるんだなあ」と思っただけです。
 ぼくがいつも使っているのはTHULEのスライドバーというキャリアが横に少し伸びるという代物で、その横に伸びた部分にシーカヤックのバウを引っかけて、後は力でヨイショっと持ち上げます。
 ただそんなスライドバーでもあるのとないのとでは大違いで、ずいぶん楽にシーカヤックが積み込めます。ちなみにスライドバーは、ウェットスーツを引っかけて干したり、キャンプのときにランタンを引っかけたりといった使い方もできてなかなか重宝しています。
 ぼくの周りの友達を見ていてもキャリアは人それぞれ使い方が違っていて、使うアタッチメントも違っています。それぞれが自分の使いやすいように工夫しているようなんです。それでいいんじゃないかなあって思います。で、その選択肢のひとつがSHERPAK BOAT ROLLERでもいいわけで…
 どんどん新しい便利な製品が出てくるので、それを自分のこれまでのやり方に合わせながら、自分のやり方をバージョンアップしていくといいんじゃないか、ってぼくは思います。









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海の一番いいコンディションをつかまえたい。だから海辺に住む…



 海辺に住んでいていつも思うことがあります。
 夏に海水浴に来る人はたくさんいますが、実は夏は暑すぎて蒸して、海辺の気持ちよさを最高に味わえる時期ではないんですね。いえ、ぼくは夏の海も好きですけど…
 それよりも4~6月とか10~11月が気持ちいいんです。
 年に何度かすごく気持ちいい日があります。暑すぎず寒くもなく、空気がカラッとしていて、陽射しもほどよく、空は高く、空気が澄んでいる、そんな日です。そんな日は一日中ビーチでノンビリしていても飽きませんし、心地いいんです。そういう日があるのが、さっきの時期です。
 自然っておもしろいもので、とても厳しい状況のときもあれば、とても穏やかな状況のときもあります。
 ぼくを含め周りの友達がわざわざ海辺の田舎町に住んでいるのは、そんな自然のいい時を逃さず楽しみたいからという人が結構います。それは海でやることよっていろいろで、サーファーなんかはいい波が来たときにそれを逃したくないとか、ウインドならいい風のときを逃したくないとかなんですけど、変化する自然のベストな瞬間を楽しみたいという点で共通しています。
 今、都会に住んでいて、ウォータースポーツが好きで、週末ごとに海に来ているような人であれば、「あぁ海のそばに住んでいいコンディションを逃さず思いっきり楽しみたい」と、きっと思っていることでしょう。
 たぶんそういう人が海辺に移住して満足する人です。
 逆に、海が好きだからとか、海の景色を眺める暮らしがしたいからという人は、たぶんしばらくすると飽きてしまって、海なんか眺めもしないし、ビーチにも行かないということになります。けっこう決めつけていますけど、ぼくの近所にはそういう人も大勢いて、結局、引っ越して行くのを見てきたから、わりと自信があります。






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ステンレスメッシュのコーヒードリッパーで海辺でコーヒーを淹れる



 コーヒが好きです。特に海辺で飲むコーヒーが好きです。うまいですよね?
 って、誰かに共感して欲しいわけですが…
 シーカヤック、スキューバーダイビング、サーフィン…とウォータースポーツをやりつつ、休憩時間にコーヒーを淹れて飲みます。最初は缶コーヒーだったのが、それじゃ満足できなくて、インスタントコーヒーに、簡易ドリッパーのコーヒーに、そしてちゃんとしたドリッパーにと、家で飲むのと同じ味を求めるようになってきました。

 今では、豆とミルとドリッパーと水とバーナーを持って行きます。いつもではないですが…余裕があって、今日はそういう感じでユルめにウォータースポーツを楽しんじゃおっかなーウフフみたいなときです。

 こうして何かにつけこだわっていく性格のぼくを、相方は、ポケモンの名前を何百種類も憶えている8歳児を見るような目で眺めていますが、そんな視線を気にしないで、我が道を行くのが夫婦生活を長続きさせるコツではないかと最近思っているんですが、間違っているでしょうか?神様、教えてください…
 アウトドア用のコーヒーグッズはたくさんあるんですが、ぼくが今はまっているのは、ステンレスメッシュのコーヒードリッパーです。いえいえ、ステンレスメッシュのコーヒードリッパーは別にアウトドア用というわけではなく、普通に家庭用ですが、ぼくがアウトドア用のに使っているだけ。
 あえてペーパードリップではなく、フレンチプレスではなく、ステンレスメッシュのドリップです。
 このよさに気がついたのは最近のことです。それまではなんかそんなものがあるなあ、くらいにしか思っていなかったんですが、たまたまスーパーで安売りしていたので試してみようかなって買ったんです。
 で、これがよかった。
 ペーパードリッパーよりもコーヒーの香りとコクが出ます。たぶん豆の油分がペーパーに吸着されないからじゃないか?って、ぼくは根拠もなく思っています。しかもフレンチプレスのようなえぐみが出ないのです。同じコーヒー豆で淹れてみるとずいぶん味が違います。
 ステンレスメッシュのコーヒードリッパーに合うのは、淡泊な軽めの豆です。コクのある重い苦い豆だと、ちょっと強く出ます。ぼくはそれも好きですけど…
 ステンレスメッシュのコーヒードリッパーで淹れたコーヒーに合うお伴は、甘めのチョコレートや味の濃いクッキーです。
 思いっきりウォータースポーツをやって、昼飯を喰って、丁寧に淹れたコーヒーを飲みながら、潮風を浴び、波の音を聞くのはなんともシアワセなひとときです。

 ただ先日、馴染みのダイビングショップのファンダイブで、みんなで昼メシを食った後に、やおら、コーヒーグッズ一式を出してドリップし始めたら、初対面の人はドン引きしてました。「何?このオジサン…」って視線で見てました。でもそういう視線を気にせず、高田順次的なノリでとーくを続けて、お互いの壁を低くしていくのが、若い人とのコミュニケーションのコツだと信じています。
 これで正しいのでしょうか?神様…










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