海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
夏の夜の海辺の散歩
夏の夜、夕食を食べた後、ふと散歩に出たくなります。
海辺の田舎町の夏の夜は、車どおりも少なく、静かで人の気配がありません。
空気は湿っているものの、日中のムシ暑さはなくて、海風が吹くと少し涼しく感じます。風には夏の海辺の夜の匂いがします。
そんな空気感の中を、ノンビリ、海辺を散歩します。
そうすると気持ちがシーンとして、なんだか妙に落ち着いてきます。
こうして夏の夜をゆっくり過ごせるのは、あと何回くらいだろう、なんて考えてしまいます。ぼくは50代半ばで、長く生きたとしても80歳くらいまでかなーなんて思っているので、夏を過ごせるのはあと20数回です。1回1回の夏が貴重な気がして、今年の夏も、思う存分堪能してやろうと考えるのです。
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沖縄や小笠原の人はアメリカの気象情報を使っているみたいです
ぼくは南方系の離島旅が好きですが、南方系の離島旅で注意しなければいけないのは台風です。台風によって旅程が大幅に変わってくることがありますからね…
かつて台風のために、宮古島と小笠原の父島で停滞しなければならない状況を経験しました。
その際、ぼくにとって有益な情報を聞いたのですが、それは沖縄の先島諸島や小笠原の人は、台風情報については、アメリカの台風情報を見ているとのことでした。アメリカにはグアムやハワイも網羅する台風情報を提供している政府系のサイトがあって、その情報を見た方が、台風情報が早く手に入るそうです。そのサイトは以下のものです。
赤道付近で熱帯低気圧の塊がありそうなときは、このサイトを見るとそれが日本に近づいて来そうか、わかります。もう少し日本に近づくと、気象庁の台風情報の方が、正確できめ細かな情報が流れるので役に立つのですが、それまでの間は、このサイトを見ていた方が情報が手に入りやすいのです。ぼくは9月頃にスキューバダイビングやシーカヤックをやるときは、このサイトを見ています。
U.S. Tsunami Warning Systemは津波の情報ですので、地震があったときなどに見ます。
→iPhoneアプリ
スマホ用のアプリも出ています。おそらくセイリングやウインドサーフィンをやる人がよく見ていると思います。どのように計算しているのかわかりませんが、2、3日先の情報だとかなり正確です。
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与論島のお土産には、モリンガ麺がオススメです
以前、与論島を旅したときのお土産で「モリンガ麺」というのを買いました。
モリンガ麺とはなにかというと、モリンガを練り込んだ麺のことです。
モリンガというのは、北インド原産ワサビ科の植物だそうで、成長が早く、ビタミンやミネラルが豊富に含まれているとのことで、一説にはミラクルツリーと呼ばれているそうです。
ぼくが買ったのは与論島のメインストリートのお土産屋さんで、やたらモリンガ麺を押していて、試食もさせてくれました。それがシコシコしておいしかったので、家で食べるようのお土産としたんです。
1000円で5人前の生麺が入っていました。
味はクセがなく、特にモリンガが入っているといわれなければ、普通の麺とさほど変わらない味です。香りは少し野菜っぽい香りがします。何よりもシコシコしたコシがあって喉ごしが良く、トータルでみてもおいしかったです。
モリンガ関連の商品は他にもモリンガ飴とかモリンガクッキーとかいろいろあって、いわゆる町おこしの名産品として位置づけられているようでした。
ぼくはその土地の名産というのが好きで、なるべく買うようにして、少しでも町おこしに協力したいと思っています。たまにはハズレもあるんですが、モリンガ麺はアタリの方だと思います。
ぼくが移住を諦めたわけ
ぼくは三浦半島の海辺の田舎町に住んでいます。
ですが、ずっと以前から、もっと田舎の海辺に移住したいなぁと思っていました。
できれば宮古島、それが無理なら三重県の志摩のどこか、それも無理なら静岡県の南伊豆という具合に候補地もイメージしていたのです。
実際に現地に行って不動産屋にしばしば通って物件を探しました。
で、わかったのは、ぼくが希望しているような物件は、ぼくが買える値段では、ほとんど出てこないということ。しかもいい物件は、不動産屋に仲介を依頼するまでもなく、地元の住民の間で直で売買されているんだそうです。
それではぼくが希望する物件を手に入れるためには、まずその地に賃貸で物件を借りて移り住まなければならず、それでも確実に希望の物件が手に入る保証はないということになります。
いろいろ考えた末、移住を諦めました。
ぼくの今住んでいる家の方が、海に近いし、家から海が見えるし、買い物も便利で、大きな病院もいくつかあるし、という理由で諦めたわけです。
もともと妻は移住に反対でした。それは老後に買い物や病院が不便だとたいへんだし、今住んでいるところには友達も大勢いるからという理由でした。それはもっともな理由なわけですが、ぼくはもう少し田舎のノンビリした海辺に住みたいと思い、妻を説得して物件探しを始めました。
しかし移住したくても物件自体が出ないので、妻の意見を尊重することにしたわけです。
今となっては、その決断の方がよかったな、と思っています。
まあ、この種の話しは、縁がないと上手く進みません。それを強引にやってしまうと、どこかに無理が生じるものです。周囲の流れの中で自分の理想に近い選択をしていくのがいい方法だということを、ぼくはこれまで生きてきた中で学んできました。
そんなわけで、ぼくは長年住み慣れた海辺の町で、暇があれば海に出て、海辺の暮らしを満喫しています。
ぼくがシーカヤックを始めたきっかけ・そしてその魅力
ぼくがシーカヤックを始めたのは1990年代の後半のことでした。それまではスキューバダイビングとサーフィンをやっていました。
で、あるとき海でシーカヤックをやっている人を見かけて、面白そうだなと思って、すぐに家の近くのシーカヤックアウトフィッター(シーカヤック業界ではシーカヤックのスクールやガイドをしている店をアウトフィッターと呼びます)でシーカヤックをレンタルで貸してもらって、1日体験しました。このあたりの海遊びに関するぼくの行動力は、我ながら驚くほど迅速です。
シーカヤックを体験した感想は「これは面白い」「かっこいい」「シーカヤックの船体は造形的に美しい」「とても自由」というものでした。
というわけで、これも早速、シーカヤックを一艇買いました。30万円くらいして、ぼくの買い物としては高かったわけですが、そこは思い切って買ってしまいました。
都合のいいことにぼくの家は海まで徒歩3分で、海まで階段も大きな段差もなく、シーカヤック運搬用のカートにシーカヤックを積んで、コロコロ引っ張りながらビーチまで行けたのです。
シーカヤックを保管する場所もガレージの隅が空いていたので、そこに置くことができました。
そんなわけで、休日の海が穏やかな日はシーカヤックをすることが多くなりました。たいていのことがそうだと思うんですが、慣れて上達して要領がよくなるほど、楽しくなってハマっていくものです。
ぼくはシーカヤックの自由さに魅了されました。セイリングほど艤装に時間がかからず、モーターボートのように水深や機器のことに気を使わずに使えます。
とにかく身軽で自由にいろいろなところへ行けます。
特にぼくがハマったのは、海からしかアクセスできない砂浜や岩場にシーカヤックで行って、キャンプをするということです。ぼくだけしかいないビーチにテントを張って、ノンビリ1泊2日の一人旅を楽しむ行為は「自由」という言葉がピッタリです。
キャンプは以前からやっていたんですが、ぼくはキャンプ場というのが嫌いなんです。シャワーがあって温水暖房便座付きの水洗トイレがあって、決まった区画で、お隣さんに迷惑をかけないように静かにキャンプするというのがなんとも息苦しくて、まったく自然な感じがしなくて苦手だったんです。でも今の日本でキャンプしようとすると、キャンプ場へ行くしかありません。それ以外の場所でキャンプしていると、近所の人や警察や自治体の人から注意されます。
自然の中で屋外で寝泊まりはしたいし、焚き火もしたいというぼくは嫌々ながらキャンプ場へ行っていたんです。
そんな悶々としたぼくのキャンプ生活を、シーカヤックは変えてくれたんです。
シーカヤックに乗るようになってからは、腕の筋肉はもちろん、背筋や腹筋や足の筋肉も付き、身体が締まった気がします。シーカヤックは腕だけで漕ぐと思っていたんですが、全身の筋肉を使うんですね。
そして何より広大な海の上を、ポツンと自分の力だけで移動していく爽快感はたまりません。ときには朝日を、ときには夕陽を眺めながら、青い海の上を漕いでいくんです。それは気持ちいいものです。
シーカヤックを始めてからは、ぼくのウォータースポーツライフは、海況がよくて魚が見られる頃にはスキューバダイビングを中心にやります。それ以外の休日で、海が穏やかならばシーカヤック、いい波があればサーフィンをします。海が荒れ荒れでどうしようもないときは、海辺を散歩、という感じの組み立てになりました。
休日で何も用事が入っていない日というのは、実はそれほど多くないわけですが、何も用事がない日は全力で海遊びをします。そうすると平日の仕事で溜まったストレスが、スッと身体から抜けていく感じがします。
ぼくは今50代ですので、体力を維持しながら、できる限り長く、ウォータースポーツを楽しみたいなと思っています。
海を眺めながらボーッとする時間
ぼくには習慣になっていることがあります。それはルーフバルコニーの椅子に座って、海を眺めながらコーヒーを飲んだり、ビールを飲んだりすることです。
休日は朝食や昼食をとったりもしますし、平日も帰宅して風呂に入った後、ビールを飲んだりもします。
さすがに雨の日はやりませんけど…
海を眺められるのが一番の魅力ですが、我が家は三浦半島の西海岸に建っているので、夕陽とそれに伴うマジックアワーを楽しむことができます。それ以外にも波のある日は、波音を聞くことができます。
また、我が家の裏側は山になっていて、木々の緑が楽しめます。木々の緑だけでなく、そこに集まる鳥のさえずりも聞くことができます。
ぼくは今の家を買う際、この立地のために5年くらい様々な物件を探しました。そしてやっと自分の望む立地を見つけたのでした。
コーヒーを丁寧に淹れて、ボーッと海を眺めながら、コーヒーを飲む時間を取ることが、ぼくにとってはストレス解消といいますか、ある種、マインドフルネスというか、瞑想のような時間になっています。一日のうちで、スマホやテレビを見ず、仕事のことも考えず、ボーッとする時間を確保することで、ぼくは気持ちのバランスを取っているような気がします。
人口1000人台の島の暮らしに憧れます
ぼくは海辺の田舎町で暮らしていますが、実はもっと田舎の海辺で暮らしたいと思っています。できれば離島で人口が1000人以下というのが理想です。
なぜそういうことにこだわるかというと、海辺の田舎町でも人口が多いとそれなりに町でして、住民同士の顔が見えにくいんです。
人口が1000人台のコミュニティだと暮らしている人の顔が見えます。
たとえば旅行者としてそんな小さな島に1週間もいると、地元の人もぼくの顔を覚えてくれて、道ですれ違うと挨拶してくれたりします。スーパー(というか雑貨屋)でも知り合いにあったりして雑談をします。そんな人間関係の距離感がぼくは好きみたいです。というか若い頃はそうでもなかったんですが、歳をとって好きになりました。
その分、各家庭のプライバシーは都会ほど守られていなくて、○○さん家のおばあちゃんを今日はまだ見かけないとか、●●さんの家はそんなに収入がないはずなのにいい車を買ったとか、そんな風になんとなく誰が何をしているかわかる状態です。
でもぼくはそういう環境も悪くないなあと思っています。ぼく自身が自分のプライバシーをそんなに守りたいと思わないというのが理由かもしれません。
今のような人口がわりと多い海辺の田舎町の暮らしでも、ぼくは自分の身の上話を自分でオープンにして、それをネタにしながら、相手との距離を縮めて仲良くなるということをしています。というかそういう生き方をしてきたので、それ以外できないんですけどね…
そんなぼくにとっては、人口の少ない集落での生活って、なんだか楽しそうで憧れます。
ただ人口が1000人台の離島って、他の問題(町の財政とか、高齢化とか…)が山積してそうで、別な意味で大変そうですけど…

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スキューバダイビングの器材にこだわる楽しみ
スキューバダイビングでは潜るために使う器材が重要な役割を果たします。空気を吸うためのレギュレーターとファーストステージ、浮力調節をするためのBCD、ダイブコンピューター、マスク、スノーケル、フィンと、どれも大切な道具です。
これらに異常があると、最悪、死につながることもあります。
こうした器材をメンテナンスするために、レギュレーターとファーストステージとBCDを、ぼくは3年に1度くらいオーバーホールに出します。推奨されているのは年に1度ですが、1年なんてあっという間に過ぎてしまって、そろそろオーバーホールに出さなきゃって気がついたら3年くらい経っているというわけです。
オーバーホール以外にも、ぼくは器材を触ったり、目で見て楽しんだりします。ダイビングに行く日じゃないのに…
自分がダイビングを楽しむ道具を、丁寧に扱って、愛でるのは、独特の喜びがあります。ぼくはとりわけメカメカした物が好きなので、重器材を触るのは楽しい時間です。
こういうタイプの人は、ともするとコレクション趣味の方が多いようにお見受けしますが、ぼくの場合、最低限必要な道具を買って、それを手入れしながら大切に使うのが好きです。その延長線上に、暇な時間に道具を磨いたり、眺めたりして、ダイビングに行った時のことを想像しながら、独り悦に入っているというわけです。
逆に余計な道具があったり、ある道具と別の道具の機能が重なっていると、必要十分であるならどちらかの道具を、人にあげたり、捨てたりします。必要最低限の、優れた、耐久性のある道具が、重複なくキチンと機能するというのが、ぼくが好む状態のようです。どうしてそんな性格になったのか自分でもよく分かりません。余計な物があると置き場所やメンテナンスに手がかかって嫌だというのが一番近い理由のような気がします。耐久性の低い道具は、スキューバダイビングのように命に関わるスポーツの場合、とても大切な事なので重視するのは当然でしょう。
スキューバダイビングの道具ということでいうと、ぼくのこだわりとしては、どの道具も目で見なくてもすぐに手が届く状態にあるということがあります。
何かあったときに反射的にその道具に手が届き、すぐに対応できる必要があるわけで、それがスムーズにできるように道具を選び、配置されていることでストレスが低くなります。
ぼくが道具の機能の重複をあまり好まないのは、このあたりにも理由があるのかもしれません。
伊豆 赤沢、スキューバダイビングの思い出
ぼくがスキューバダイビングを始めたのは大学生の頃でした。
たぶん中学生くらいの頃からスキューバダイビングというものをやってみたいと思い始め、貧乏学生だったぼくは、大学時代にやたらバイトを入れまくって、やっとスキューバダイビングのオープンウォーターのコースを受講したのでした。
ショップはいろいろ調べた結果、東京ダイバーズ(残念ながら今は閉店してしまいました)というところで講習を受けることにしました。理由は、お店の人の雰囲気がいいのと、その頃スキューバダイビングの講習を受けるためには、軽器材とウェットスーツとブーツは絶対買わなければならなくて、店によっては重器材もマストで購入しなければ講習が受けられないような、売り手市場だったのです。東京ダイバーズは、軽器材を買わなくても講習を受けさせてくれる店だったので、決めました。
そう、ぼくが講習を受けようとする何年か前に「彼女が水着にきがえたら」という映画がヒットしていて、OLや女子大生の間でスキューバダイビングがブームになっていたんです。そのためダイビングショップ側もずいぶん強気な商売をしていました。
今はフルレンタルで講習可能な店も多い状況ですから、思えば、あの頃のダイビング業界は異常な時代だったかもしれません。
ぼくの場合は大学の友人が、やはりスキューバダイビングのCカードを持っていて、流行に乗ってCカードをとったけれどあまり面白くなくてもう潜らないというので、軽器材とウェットスーツとブーツをただで譲ってくれたんです。そんなぼくにとって、東京ダイバーズの営業姿勢というのは、ぴったりでした。他の店で「軽器材は持ってるんだけど、講習だけ受けたい」といったら、たいてい断られましたから…
東京ダイバーズは、東伊豆の赤沢という港をダイビングスポットにしていました。その頃赤沢には東京ダイバーズしかショップがなかったので、赤沢は貸切状態でした。
そして民宿も東京ダイバーズと提携していたのでほぼ貸切。というわけで赤沢自体が東京ダイバーズの占有みたいな状況でした。
東京ダイバーズでオープンウォーターのCカードを取るわけですが、ぼくはその後もダイビングにハマリ続け、なんだかんだいって、ほぼ毎週のように赤沢に行っていました。大学4年生から社会人になってしばらくするまで、そんな週末を過ごしていました。
東京ダイバーズの東京のショップは高円寺にあって、金曜日の夜7時にショップに集合して、店のハイエースに乗って、赤沢に連れて行ってもらいました。夕飯はたいてい東名の海老名のサービスエリアでとることが多かったです。で、金曜日の夜は赤沢の民宿に着くとそのまま寝るという感じでした。そして土曜日は3本潜って、民宿で食事をして、夜はみんなで宴会をして寝ます。日曜日は早めに起きて、やはり3本潜って、夕方東京に向けてハイエースで出発し、高円寺で解散でした。
金曜日の夜に東京から赤沢に向かう時に、小田原あたりから海が見えるんですが、そうすると照れくさい言い方ですが「胸が高鳴り」ました。
そんな風にしてスキューバダイビングにどっぷり浸かる週末生活を何年か過ごしているうちに、ぼくは伊豆に対して、第2の故郷のような感覚を持つようになりました。
ダイビングが上手くなるうちに赤沢以外でも潜りたくなって、他の店を利用したり、現地のダイブサービスを使ってビジターで潜ったりして、伊豆のいろいろなダイビングポイントを潜りました。そういう状態は今でも続いていて、月に2回以上は伊豆のどこかに行っています。
よく考えたらぼくは、青春時代ともいえる大学生の頃から、赤沢に通い、その後社会人となってから現在まで、30年以上、伊豆に通っていることになります。
こうしたことを考えると、先ほど伊豆はぼくにとって第2の故郷のような場所だと書きましたが、多くの方がそれに同意していただけるのではないでしょうか?
実際、何かの用事ができて、長い間伊豆に行けないと、なんだか寂しいというか、体がウズウズしてくる感じでして、あの火山がベースになってできた地形や、太平洋に洗われる海の風景がとても懐かしく感じられるのです。
人口密度の違いによる人の振る舞いの違いについての疑問
ぼくは離島が好きです。それもできるだけ人口の少ない離島が好きです。
以前、小笠原諸島の母島に1週間くらいダイビング旅行で滞在しましたが、なんともくつろいだ時間を過ごすことができました。母島の人口は500人以下です。集落はひとつしかなくて、港のそばにほとんどの人が暮らしています。スーパー(というか雑貨屋ですね、あれは…)は1軒、漁協がやっている店が1軒あります。そんな島に1週間も居ると、島の人もぼくの顔を覚えてくれて、あいさつしたり、話しかけてくれたりしました。なんだか故郷に帰ってきたような居心地のよさを味わったのでした。
ぼくは以前から不思議に思っていることがありまして、人は他人が少ないところでは、その人に厚く接するのに、他人が多いところでは、ほぼ人として認識していないくらい軽く捉えているなあということです。
それはたとえば母島の通りで人とすれ違うと、あいさつしたり、会釈したり、時には立ち話したりしますが、澁谷のセンター街を歩いていたりすると「人が多いなあー、うっとーしいんだよ」と、愚痴ったり、ときには肩がぶつかったりして、喧嘩になったりします。
一体この差はなんなのか? 長年疑問だったんです。
同じ人間がすれ違うだけなのに、どうしてこんなに態度が違うんでしょうか?
ぼくが自分で勝手に考えた理屈はこういうものです。
「人はなんでもそうですが、たくさんあるものは軽視し、少ないものを珍重する習性があるのではないか。」
「人は人口密度が高いと、他者に対して、無関心になるか、あるいは状況によっては攻撃的になるのではないか。」
この理屈は当然ですが科学的なものではないですし、ぼく個人が勝手に思っているだけなんですが、ちゃんとした理屈をご存知の方は教えてください。
ぼくとしては断然人口密度が低いコミュニティの方が好きですし、生きやすいと感じます。そんなぼくが東京の会社に勤めているのは、なんとも皮肉なことですが、なんとなくそうなってしまって、家族ができてからは安易に生き方を変えることもできなくて、結果的に現在にいたる、という感じです。
おそらく生きやすいコミュニティの規模というのは、人によって違うんでしょうね。
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