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海辺の田舎の「虫」について

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 これは海辺暮らしというよりも田舎暮らし全般にいえることかもしれませんが、都会から離れて海辺で暮らすようになってから、虫や動物が身近になりました。

 クモ、ゴキブリ、蚊、蟻は当たり前ですが、ヤモリ、バッタ、コオロギ、カマキリ、カナブン、ゲジゲジ、ムカデ、蛇、リス、タヌキ、モグラがでます。蛇、リス、タヌキ、モグラ以外は普通に家の中に入ってきます。
 移り住んで最初の1、2年、虫が嫌いだったつれあいは、よくキャーキャーいっていました。今はもう慣れていますが…
 なので、都会から田舎に引っ越そうとしている虫が苦手な方は、ある程度覚悟したほうがいいでしょう。おそらくその苦手さは、ダイバーで耳抜きが苦手なのと同じくらいの重荷になります。
 せっかく海辺に引っ越してきて家も建てたのに、奥さんが虫に慣れないために都会に戻っていった人を知っています。

 家の中に虫が入ることは、家の造りを高床にするとか、床下の換気を確保しながら虫が入りにくくするとか、網戸をきちんと整備するなどの対策で軽減はできると思いますので、家を建てる時は設計の時に相談した方がいいと思います。
 それから家の立地によってもずいぶん違いがあります。森や池や海のそばはやはり多いですし、逆に住宅地であれば、それほど多くはないと思います。

 虫はたいして苦手でもないぼくですが、蚊の多さにはうんざりしています。
 家の立地が森のそばだから特に蚊が多いということはありますが、夏の夕方に草花に水をやっていると片腕くらいの面積に2、3匹くらいの割合で蚊が刺してきます。多い日には身体の周りにワァンワァンまとわりついてくることがあります。
 これは蚊取り線香や蚊よけの器具とか薬を使うことで追い払うことができますので、長時間屋外にいることがわかっているときは、万全の準備で蚊と対決します。
 あと注意しているのはムカデです。何気なく座ったソファにいたり、ベッドの中にいたりするので、使う前によく点検する癖がつきました。
 他の虫は直接人間に悪さをするわけではないので、家の外へ追い出すようにしています。

 もうひとつ都会から田舎へ引っ越して感じたのは、ネズミとカラスと鳩が少ないことです。
 推測ですが、自然の生態系の中である程度淘汰されて、数のバランスがとれているのかもしれません。あるいは自然が残っていて、それらの動物の居場所が豊富にあるので、人間に近づく必要がないのかもしれません。

 虫が多いのも慣れてしまえばなんてことないですし、逆に虫がいない都会というのも異常といえば、異常なのかもしれません。

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自然が好きな人の抱える矛盾

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 NHKの朝の連ドラ『淳と愛』の初回は宮古島が舞台でした。池間大橋を渡るシーンがありましたから、オジイの作ったホテルは池間島にあるんですね。
 宮古島はまだまだ珊瑚が残る美しい島ですね。

 沖縄は、本島の中心部はすっかり町になっていまい、ノンビリ気分を味わうためには、車で北の方へ行かなくてはなりませんし、石垣島もずいぶん開発されてしまいました。
 白保の珊瑚がずいぶんヤラれてしまったのは有名な話しですね。

 いわゆる離島フリークは、よりノンビリした島に好んでいきますから、このふたつの島はちょっと対象外になりつつあるんではないでしょうか。石垣島なんて、スーパーからホームセンターまで揃っていて、ぼくの家のあたりより便利です。
 宮古島もずいぶん町(人口がたしか3万人くらい)ですが、まだノンビリしたところがあります。あとは多良間島とか石垣島から船で行ける離島ですね。そのあたりはまだまだノンビリしていて、昔からの沖縄のリズムで地元の人が暮らしているような気がします。

 離島好きな旅行者というのは勝手なもので、旅行者が行くから、ノンビリした島が観光化して開発が進むわけですが、開発されてしまうと、魅力がなくなって、旅行者は新たな未開発の場所を探します。
 自然が好きな人も似たような構図ですね。自然が好きで、手つかずの森に入っていくと、それが自然環境の破壊につながってしまう面があります。
 その行動自体が矛盾を伴うというわけで、皮肉なものです。
 そのうち本当の自然愛好家は都市に住むのが本道という時代が来るかもしれません。

 ぼくも気をつけないといけないですね。


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公共シャワーのあるビーチ

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 いわゆる年に1、2回海水浴来るような人達は、ビーチにシャワーがあることが前提なんだっていうことに気がついて愕然とした、今日この頃です。

 というのも都会に住んでいる友達と、ちょっと遠くの海に車で遊びに行ったんです。
 で、彼は、そこにシャワーがないことが不満だったみたいです。
 彼はそれまでの海体験で、海の家か公共のシャワーがある場所でしか海水浴をしたことがなかったそうです。
 海で遊んだ後、砂や潮を落としたくてしようがないとのこと。
 うーん。そういうナイーブな人は海遊びしないほうがいいんじゃないかな?

 残念ながら、海の家は夏の間しかありませんし、公共シャワーがあるビーチというのもまだまだ限られています。ぼくにいわせれば公共シャワーがあるような海は、人に荒らされて面白くないですけど…

 ぼくは、地元じゃない海に行くとき(そういうときのことを、ぼくは勝手に「今日はアウェーだ」と称しています)は車に水のタンク積んでまして、海からあがるとこの水でジャバジャバって軽く潮を流すんですが、その粗雑なやり方は彼の気に入らないようでした。シャワーのように暖かくないし、せっけんでちゃんと洗いたかったようです。もしかしたらボディソープじゃなきゃダメだったかもしれません。

 さて、公共シャワーですが、一般的に観光客を誘致することに積極的な場所には整備されています。ご丁寧なところでは、トイレとバーベキュー場とキャンプ場のセットだったりします。
 湘南ですと辻堂海浜公園とか江ノ島西浜あたりは、トイレの横にシャワーがついています。温水が出たかは覚えていません。ぼくはそういう「○○場」みたいな人工的なところが嫌いですから、あまり行きません。
 あと、八丈島や三宅島は大きな浜にトイレとシャワーがあります。伊豆の弓ヶ浜にもあったような気がします。千葉の外房にも何ヶ所かあったような気がしますが、忘れちゃいました。蓮沼海浜公園だったかな?

 そんなわけでぼくの知る限り、公共シャワーがあるビーチというのは少数派です。
 でもそれでいいんです。
 そんなものに税金を使わないでください。ただ、自然のままの砂浜をそのままにしておいて欲しいです。
 公共シャワーときれいなトイレがなきゃイヤだという人は、海に来なきゃいいし、そういう人に来て欲しくないです。偏屈ですが…

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ビーチは海水浴場と違うか? ビーチは文化の孵卵器か?

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 フリーペーパー『湘南ビーチFMマガジン』木村太郎さんが記事を書いていました。
 概要を要約すると次のようになります。

日経電子版の記事で、海水浴場とビーチは違いがあるとあった。ビーチはただの行楽地ではない。開放的な空気と地元同士のつながりの中で、音楽やファッションと融合し、新しい文化や消費の形、規範、さらにはビジネスまで生み出す。で、湘南からいろいろな文化が発信されて、日本を席巻するかもしれないが、木村さんは、それが日本に広まることで希薄化することに危惧している。


だそうです。


 ぼくはビーチにそんなイメージがあるとは思いません。
 確かに湘南からは、過去に石原兄弟の太陽族やサザンなどの文化が生まれましたが、これは、どこの地方にもある文化の一形態だと思います。湘南はたまたま都心に近く、富裕層が多いという事情があって、それが独特の魅力を持ち、広まりやすかったんだと思います。
 似たようなことは、軽井沢や八ヶ岳などでも見られると思います。
 もっといえば日本中の海辺にはそれぞれの文化があると思います。
 それに文化ということでいえば、沖縄の文化だって日本に広まっているわけですし…

 それから木村さんの湘南発の文化が広まることで希薄化するのではなく、それを保つ方がいいと書いていますが、それもどうでしょう。別にどっちでもいいじゃないかと思うんですが…
 だいたい木村さんの言説はいちいち狭量で偏屈です。それ自体湘南らしくないと思います。


 日経の記事とそれを受けた木村さんの記事、どちらも違和感があります。
 海辺に住む者としては、海が好きで、海と共に生活を楽しんでいるという現実だけがあります。
 それがたまたま余所の人には魅力的に映り、広まっていく。住民はその部分は関知しないというのが実際なのではないかなと思います。
 

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自然の圧倒的な力にはかなわない

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 昨日はすごい台風でしたね。ちょうど満潮と重なったので、波がヤバかったです。

 さてさて、ぼくはわりと長年海遊びをしてます。
 その間には「ヤバいな」「今度こそ死ぬかな」という思いを何度もしました。そういう経験を経るごとに、慎重になってきたような気がします。つくづく感じるのは、自然の圧倒的な力の前では、人なんてちっぽけで無力な存在なんだということです。

 自然の力ということでいえば、台風で、近くの防波堤が崩れたことも何回かありました。
 朝起きて海に行ってみると、昨日まであった、巨大なコンクリートの固まりがないんです。他にも西湘バイパスの基礎部分のコンクリートが、波でえぐられてしばらく通行止になったこともありました。

 海に限らず、自然の中に入ること全般がそうかもしれませんが、自然というのは状況が良いときはすごく魅力的なんです。海でいえば、穏やかで、暖かで、爽やかな日が、年に何度かあります。
 その一方で、一度荒れてしまうと、どうしようもありません。
 いかに人間があらゆる道具を駆使して、それを制御しようとしても無理です。よく遭難事故の際、海上保安庁が捜索を打ち切ることがあるのは、自分達も危ないからです。海上保安庁の器材や装備をもってしても、荒れた海では安全を確保できません。

 ぼくの海に関する経験はたかだか20年ですから、これが数百年というスパンで考えると、もっと荒れることがあり得るし、実際過去の郷土史を読むと、犠牲者が出ている自然災害が何度もありました。

 ちょっと話しが変わりますが、最近、近所に都会から引っ越してきたという人と話す機会がありました。
 その人が新しく家を建てた場所は、数年前の台風で崖崩れがあった場所なんです。その山は地盤がもろくて有名な場所なんですね。
 そのことについて知っているのか、その人に訊いてみました。そしたら確かに不動産屋からは、そのことを知らされたそうです。でも今は県が斜面の崖崩れ防止工事をしたから大丈夫だと思うということでした。

 都会暮らしの人と話していると、こうした文脈の話しになることが多いですね。どういう文脈かというと、自然は人間の力でコントロールできるという前提です。で、他人が大丈夫っていうから大丈夫だろうっていうことです。
 確かに都会で大雨や台風で命の危険を感じることは少ないかもしれません。そうした環境に慣れきってしまっているのかなと想像します。
 でも、それって東日本大震災から何も学んでないぜ、ってぼくなんかは思うわけです。

 ぼくらの経験って長くて百年弱ですし、歴史から教訓を学んだとしても、キチンと記録が残っているのは、せいぜい数百年でしょう。それ以外にもぼくらが知らないことはたくさん起きていたはずです。
 たとえばぼくはよく伊豆七島に行きます。ご存知のようにいくつかの島では定期的に噴火が起きています。
 でも、伊豆七島自体が噴火でできた島なはずで、これは日本の歴史には、ぼくの知る限り記録がないと思います。さぞこれらの島ができたときはたいへんなことだったでしょう。

 えーっとだいぶ話しがそれましたが、よく想定外とかっていいますが、そんなもの当たり前です。人間が想定できるという前提がおかしいんじゃないかな、と思うわけです。
 自然の圧倒的な力の前では、人間がいかに技術と資金を注ぎ込んでも、制御できないことは多々あります。
 もっと謙虚になるべきです。

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女性が海辺で着替えるときのノウハウ


 海に遊びに行ったときに、水着に着替えるとか普段着に着替えるということは必ずありますね。
 ぼくは男ですから、困ったこともないですし、あまり深く考えたことはありません。でも女性はそうはいかないみたいです。

 スキューバーダイビングの場合は更衣室があり、シャワールームがあることがほとんどですから、女性でもokです。

 地元の海で遊ぶ場合は、家族のものは家で着替えて海に行き、海から帰ってきてそのまま風呂に直行するので、この場合もokですね。

 ちょっと遠くの海に遊びに行くときはどうしているかというと、ぼくのような変人が好んでいくような場所は、周りに人気がない海が多いですし、車で行きますので、家の者も車の中で、着替え用ラップタオルを巻いて着替えています。



 だいたいウォータースポーツをする女性はわりとそのあたり気にしない人が多いようで、男から見られなきゃいいや的な、サバサバ感があるような気がします。

 どうしても個室じゃなきゃイヤという女性らしい方には、車につけるテントみたいなのがあります。



「わたし車じゃなくて電車なの。そういうときはどうするの?」という人の場合、着替え用テントがあります。多少荷物になりますが、持てない物でもないのでがんばりましょう。



 というか、ここまで自分なりに一生懸命書いてきて、ちょっとバカバカしくなってましたが、そこまで気にする方は、その先にトイレ問題が控えており、いろいろ困難が予想されますので、ウォータースポーツ分野にはあまり進出されず、自由が丘あたりでショッピングなどを楽しまれたほうが、よりベターライフを満喫できると思うんですが、そのあたりどうでしょうか?

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定年後に海辺の田舎暮らしをすることについてリアルに検討してみる

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 団塊の世代の方々で定年後に田舎暮らしをする方が多くて、有名別荘地の売れ行きが好調だという話を聞いたことがあります。
 海辺もやっぱりそういう面があるらしいッス。

 ぼくは田舎好きなので、周囲5km以内に人家のない広々としたところに住みたいなあ、なんて夢想します。
 ただ現実的に老後にそんな辺鄙な場所に住むことは考えられないでしょう。
 やっぱり病院が近くにないと不安ですし、スーパーだってあんまり遠いと困ります。
 それでも車を運転できるうちはいいですが、それだって65歳くらいが限度かなあって気がします。
 以前、西伊豆の南寄りに住んでいる方のお話を聞いたことがあるんですが、急病で救急車を呼んだものの、下田や松崎の病院では受け入れてもらえず、沼津まで2時間くらい搬送されたそうです。無事助かったそうですが…

 テレビなんかで、たとえば北海道などの、かなり田舎に住んでいる人の暮らしぶりをやっていたりしますが、元気なうちは暮らせると思うんですが、何かあったらどうするんだろうと、いつも疑問に思いながら観ています。
 いや暮らせるなら、ぼくもそうしたいんですけど…

 で、もうひとつ脱サラして田舎暮らしという話しもよく聞きますね。でも、実際は生計を立てるのがたいへんで、また都会に戻ってくるパターンがあるようです。
 そりゃそうですよね。
 田舎で過疎化しているところは、仕事がなくて若い人が都会に出ていって過疎化しているわけですから…

 ぼくが友達と話しているのは、やっぱり田舎暮らしはしてみたい。でも、それってやっぱり定年後だろうと…
 田舎といっても中途半端な田舎だとぼくらは満足できないから、すごく田舎に住みたい。そうすると老後、田舎にずーっと暮らすのは現実的でないかもしれないから、65歳とか70歳で、そこそこ便利な田舎に引っ越そうと…
 名付けて2ステージ田舎暮らし。

 どうでしょうかね?


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海辺の田舎の産業構造について考えてみました

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 海辺に暮らしていて思うんですが、ぼくの住んでいる自治体というのは財政的に厳しいんですね。
 だって田舎町で大きな産業なんてないし、漁業も農業も衰退してるし、人口だって多くないし、あるのは小さな小売店だけで、たぶんそんな雑貨屋とか定食屋みたいなところが、多額の税金払ってるとは思えないんですよね。

 じゃあ財政的に厳しいから町の予算が緊縮型で無駄がないかっていうと、たぶん企業の人から見れば笑っちゃうくらい隙だらけ、無駄だらけなわけです。
 それは平日の昼間に役場に行ってみると露骨にわかるんですが、役場の職員って実にヒマそうにしてるわけ。本当は忙しいかもしれないけど、ヒマそうに見えるっていうだけでも隙でしょ。
 それから、農協とか漁港とか港湾事務所に行っても、やっぱりヒマそうにしてるわけです。

 そんな町の無駄な支出の最たるものは、いわゆる土建系への支出なんです。
 たぶん日本の地方自治体全般にそういう傾向はあるのかなと推測します。
 たとえば防波堤をなおしたり、港の浚渫をしてみたり、護岸工事をしてみたり、道路を舗装しなおしたり、そういうことをしょっちゅうやっているわけです。
 それで孫請け、ひ孫請けの土建屋が食べているというわけですね。
 一方で小学校の体育の授業で使う備品がなかなか買えないなんていう状況です。

 これはもう日本の地方の典型的な症状で、土建、漁協、農協などはどこでも保守の圧力団体を構成しているわけです。
 若い人もわかってて、地方で安定的に暮らそうとすれば、就職口は公務員か地銀かインフラかJAくらいで、そこに就職できなければ都会に出ていくというのが多数派でしょう。

 で、地方の保守な人達を食わせるために、競争力のある企業や一生懸命働いた労働者の税金が使われているというのが、世界で最も成功した社会主義国と揶揄される日本の実態なんじゃないかと思うんですね。
 日本の生産性が先進国中でかなり低いのは、もしかしたらこのあたりに原因があるかもしれません。

 一方で、都会で、たとえばぼくの周囲の友人は多くが企業に勤めていまして、夜遅くまで残業、土日も出勤、出張みたいな状況です。
 働き過ぎで身体を悪くしたり、ノルマやプレッシャーで精神的に病んだりする人もいます。で、法人税はもちろん個人もばっちり税金は取られるわけです。

 そういう状況を見たりしていると、わりとヒマそうにして、5時には家に帰って、プロ野球見ながら晩酌して、さして経営努力もしないで、選挙のたびに要求ばかりしている保守系の方々にはいい思いを持っていません。
 だからぼくはTPPに賛成で、どんどん外国と競争したらいいと思うんです。そうするとその産業は強くなるし、生産性があがるし、それが長期的には子供や孫のための日本をつくることです。

 というのも現状では日本全体でいえば、明らかに不効率なわけですから。
 ある産業で食べていけないなら、食べていける産業に移っていくのが、結果として長い目で見てみんなのためじゃないかと…

  こういうことって田舎に住んでいると見えてくることなんですが、どっぷり田舎で暮らしちゃうと、当然ぼくも保守になると思うんです。
 たまたま、ぼくは田舎に住んで、出稼ぎをして生計を立てているから、見えてくることだと思うんですね。ぼくのような立場の人しかいえないことかなと思って、ちょっとグチャグチャした話しを書きました。

 一応誤解のないように書きますが、ぼくは数年に一度は伊勢神宮に参拝しますし、伝統的な日本が好きです。好きであるからこそ、子孫のためにちゃんとした国にしていかなければならないと思います。
 ただ、今の田舎の保守の人達は、自分たちの当面の暮らしのために、国に泣きついている人もいるわけです。そしていかに税金を納めないか苦心している人もいます。もちろんきちんと頑張っている人もいると思いますが…
 これは国を愛し、子孫のことを考えている行為でしょうか?

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木をくりぬいたかわいい植木鉢にグッときました



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木をくりぬいたかわいい植木鉢を見かけました。

ぼくの家でも以前枕木をくりぬいた植木鉢を自作しましたが、見かけたのは、枕木ではなくて普通の木のようです。
これもなかなか味があっていいですね。

しかも苔をうまく使っています。

普通の市販の植木鉢よりも、こういう手作り感のあるものの方が雰囲気がありますね。




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浄化槽やプロパンガスは当たり前



 最近、近所に都会から引っ越して来た方がいらっしゃいまして、雑談しているうちにわかったんですが、その人は、その土地一帯が浄化槽やプロパンガスであることに不満を持っていることがわかりました。理由はわかりませんけど…

 海辺の別荘を買おうとか、海辺に移住しようとか考えていらっしゃる方で、もしかしたらちゃんと認識されていないかもしれないので、書いておきます。

 よほど大きな別荘地は別でしょうが、田舎の海辺ってたいてい浄化槽でプロパンガスです。もしかすると水道も通っていなくて井戸水というところもあります。
 で、それって暮らしていく上で何の不便もありません。

 もともと上下水道や都市ガスというのは、人口密集地で効率良くサービスを供給しようという発想でしょうから、人口が密集していない地域ではかえって効率が悪いというか、コストがかさむという面があります。
 それよりも個別に処理した方がいいよ、ということですね。

 浄化槽についていえば、浄化槽(合併処理浄化槽)は性能が良くなっていまして、臭いもしないし、排水のきれいさもそんなに悪くありません。
 ただ欠点としては、浄化槽に流れ込まない汚水、いわゆる雨水などは浄化されません。
 排水者の環境への意識が高いかがポイントです。
 もちろん下水道の配管が来ているのなら、つないだほうがいいでしょう。

 プロパンガスについては、地震に強いという面があります。

 井戸水については、その土地や周囲の環境に注意が必要ですが、まあ、影響を受けるとするとそのあたり一帯が影響を受けるので、そうなるともっと大きな問題になります。
 コストも上下水道や都市ガスと変わらないか、逆に安かったりします。厳密に計算するなら設置費用や建設コストやや耐用年数や住民税などいろいろ計算したうえで秤にかける必要があるでしょう。

 少なくとも住んでいて不便を感じたことはありません。

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