海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
夏の夜の海辺の散歩
夏の夜、夕食を食べた後、ふと散歩に出たくなります。
海辺の田舎町の夏の夜は、車どおりも少なく、静かで人の気配がありません。
空気は湿っているものの、日中のムシ暑さはなくて、海風が吹くと少し涼しく感じます。風には夏の海辺の夜の匂いがします。
そんな空気感の中を、ノンビリ、海辺を散歩します。
そうすると気持ちがシーンとして、なんだか妙に落ち着いてきます。
こうして夏の夜をゆっくり過ごせるのは、あと何回くらいだろう、なんて考えてしまいます。ぼくは50代半ばで、長く生きたとしても80歳くらいまでかなーなんて思っているので、夏を過ごせるのはあと20数回です。1回1回の夏が貴重な気がして、今年の夏も、思う存分堪能してやろうと考えるのです。
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与論島のお土産には、モリンガ麺がオススメです
以前、与論島を旅したときのお土産で「モリンガ麺」というのを買いました。
モリンガ麺とはなにかというと、モリンガを練り込んだ麺のことです。
モリンガというのは、北インド原産ワサビ科の植物だそうで、成長が早く、ビタミンやミネラルが豊富に含まれているとのことで、一説にはミラクルツリーと呼ばれているそうです。
ぼくが買ったのは与論島のメインストリートのお土産屋さんで、やたらモリンガ麺を押していて、試食もさせてくれました。それがシコシコしておいしかったので、家で食べるようのお土産としたんです。
1000円で5人前の生麺が入っていました。
味はクセがなく、特にモリンガが入っているといわれなければ、普通の麺とさほど変わらない味です。香りは少し野菜っぽい香りがします。何よりもシコシコしたコシがあって喉ごしが良く、トータルでみてもおいしかったです。
モリンガ関連の商品は他にもモリンガ飴とかモリンガクッキーとかいろいろあって、いわゆる町おこしの名産品として位置づけられているようでした。
ぼくはその土地の名産というのが好きで、なるべく買うようにして、少しでも町おこしに協力したいと思っています。たまにはハズレもあるんですが、モリンガ麺はアタリの方だと思います。
ぼくが移住を諦めたわけ
ぼくは三浦半島の海辺の田舎町に住んでいます。
ですが、ずっと以前から、もっと田舎の海辺に移住したいなぁと思っていました。
できれば宮古島、それが無理なら三重県の志摩のどこか、それも無理なら静岡県の南伊豆という具合に候補地もイメージしていたのです。
実際に現地に行って不動産屋にしばしば通って物件を探しました。
で、わかったのは、ぼくが希望しているような物件は、ぼくが買える値段では、ほとんど出てこないということ。しかもいい物件は、不動産屋に仲介を依頼するまでもなく、地元の住民の間で直で売買されているんだそうです。
それではぼくが希望する物件を手に入れるためには、まずその地に賃貸で物件を借りて移り住まなければならず、それでも確実に希望の物件が手に入る保証はないということになります。
いろいろ考えた末、移住を諦めました。
ぼくの今住んでいる家の方が、海に近いし、家から海が見えるし、買い物も便利で、大きな病院もいくつかあるし、という理由で諦めたわけです。
もともと妻は移住に反対でした。それは老後に買い物や病院が不便だとたいへんだし、今住んでいるところには友達も大勢いるからという理由でした。それはもっともな理由なわけですが、ぼくはもう少し田舎のノンビリした海辺に住みたいと思い、妻を説得して物件探しを始めました。
しかし移住したくても物件自体が出ないので、妻の意見を尊重することにしたわけです。
今となっては、その決断の方がよかったな、と思っています。
まあ、この種の話しは、縁がないと上手く進みません。それを強引にやってしまうと、どこかに無理が生じるものです。周囲の流れの中で自分の理想に近い選択をしていくのがいい方法だということを、ぼくはこれまで生きてきた中で学んできました。
そんなわけで、ぼくは長年住み慣れた海辺の町で、暇があれば海に出て、海辺の暮らしを満喫しています。
人口1000人台の島の暮らしに憧れます
ぼくは海辺の田舎町で暮らしていますが、実はもっと田舎の海辺で暮らしたいと思っています。できれば離島で人口が1000人以下というのが理想です。
なぜそういうことにこだわるかというと、海辺の田舎町でも人口が多いとそれなりに町でして、住民同士の顔が見えにくいんです。
人口が1000人台のコミュニティだと暮らしている人の顔が見えます。
たとえば旅行者としてそんな小さな島に1週間もいると、地元の人もぼくの顔を覚えてくれて、道ですれ違うと挨拶してくれたりします。スーパー(というか雑貨屋)でも知り合いにあったりして雑談をします。そんな人間関係の距離感がぼくは好きみたいです。というか若い頃はそうでもなかったんですが、歳をとって好きになりました。
その分、各家庭のプライバシーは都会ほど守られていなくて、○○さん家のおばあちゃんを今日はまだ見かけないとか、●●さんの家はそんなに収入がないはずなのにいい車を買ったとか、そんな風になんとなく誰が何をしているかわかる状態です。
でもぼくはそういう環境も悪くないなあと思っています。ぼく自身が自分のプライバシーをそんなに守りたいと思わないというのが理由かもしれません。
今のような人口がわりと多い海辺の田舎町の暮らしでも、ぼくは自分の身の上話を自分でオープンにして、それをネタにしながら、相手との距離を縮めて仲良くなるということをしています。というかそういう生き方をしてきたので、それ以外できないんですけどね…
そんなぼくにとっては、人口の少ない集落での生活って、なんだか楽しそうで憧れます。
ただ人口が1000人台の離島って、他の問題(町の財政とか、高齢化とか…)が山積してそうで、別な意味で大変そうですけど…

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◆小笠原旅行の本をピックアップしてみました
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人口密度の違いによる人の振る舞いの違いについての疑問
ぼくは離島が好きです。それもできるだけ人口の少ない離島が好きです。
以前、小笠原諸島の母島に1週間くらいダイビング旅行で滞在しましたが、なんともくつろいだ時間を過ごすことができました。母島の人口は500人以下です。集落はひとつしかなくて、港のそばにほとんどの人が暮らしています。スーパー(というか雑貨屋ですね、あれは…)は1軒、漁協がやっている店が1軒あります。そんな島に1週間も居ると、島の人もぼくの顔を覚えてくれて、あいさつしたり、話しかけてくれたりしました。なんだか故郷に帰ってきたような居心地のよさを味わったのでした。
ぼくは以前から不思議に思っていることがありまして、人は他人が少ないところでは、その人に厚く接するのに、他人が多いところでは、ほぼ人として認識していないくらい軽く捉えているなあということです。
それはたとえば母島の通りで人とすれ違うと、あいさつしたり、会釈したり、時には立ち話したりしますが、澁谷のセンター街を歩いていたりすると「人が多いなあー、うっとーしいんだよ」と、愚痴ったり、ときには肩がぶつかったりして、喧嘩になったりします。
一体この差はなんなのか? 長年疑問だったんです。
同じ人間がすれ違うだけなのに、どうしてこんなに態度が違うんでしょうか?
ぼくが自分で勝手に考えた理屈はこういうものです。
「人はなんでもそうですが、たくさんあるものは軽視し、少ないものを珍重する習性があるのではないか。」
「人は人口密度が高いと、他者に対して、無関心になるか、あるいは状況によっては攻撃的になるのではないか。」
この理屈は当然ですが科学的なものではないですし、ぼく個人が勝手に思っているだけなんですが、ちゃんとした理屈をご存知の方は教えてください。
ぼくとしては断然人口密度が低いコミュニティの方が好きですし、生きやすいと感じます。そんなぼくが東京の会社に勤めているのは、なんとも皮肉なことですが、なんとなくそうなってしまって、家族ができてからは安易に生き方を変えることもできなくて、結果的に現在にいたる、という感じです。
おそらく生きやすいコミュニティの規模というのは、人によって違うんでしょうね。
若い頃の夢
若い頃に「こんな生き方ができたらいいな」と憧れていたことがあります。それは世界中の海をスキューバダイビングをしながら転々と旅して生きていきたいというものです。
それから30余年、ぼくは普通の家庭を持つ普通のサラリーマンのオジサンになっていました。海辺に住み、スキューバダイビングは続けていますから、ほんの少し若い頃の夢は実現しているんですが、何ものにもとらわれず、自由に海のことだけを考えて生きるという、いかにも若さ故の純粋な夢からは遠く離れてしまいました。
でも、まあそれはそれでいいのかな…と、今では思っています。
若い頃の夢は、現実との折り合いというものがわかっていなかったですし、その代わりというわけではありませんが、家庭を持つという大きな喜びを得ることができました。健康に人並みの生活を送り、日々海の気配を感じながら暮らし、大好きなスキューバダイビングを続けられただけでも、ぼくのような凡庸な人間にしてみれば御の字の人生です。
こんな風に考えるのも、ぼくが歳をとってしまったせいかもしれませんが…
スキューバダイビングで、たまに海外や日本の離島に行くことがあります。現地のダイブサービスにはたいてい日本人の20代の若いバイトのガイドがいて、彼ら彼女らの話しを聞くのが好きです。
彼らは若いうちは、ガイドをしながら、いろいろなダイブスポットを転々としていて、お金を貯めて、いずれ独立して自分のダイビングショップを持ちたいという人達です。そういう層がダイビングの業界には一定数いるのです。
彼らの話を聞く度に、ぼくは自分の若い頃の夢を思い出すのです。そして彼らの将来の姿を想像します。
海辺の土地の見極め方・分類方法について~海辺に住みたいと考えている方へ~
この文章を読んでいる方の中には、「これから海辺に引っ越したいな!」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。
でも、一口に海辺といってもいろんな土地があります。「どこを選んだらいいの?」と思っている方に参考になればと思い、この記事を書きました。
以前にも海辺に住みたい人にとってどのような立地を選ぶかについていくつか記事を書いていますので、もしよければご覧ください。
その際参考にさせていただいていたのが『いつかは海辺の家で暮らす』という本です。著者である加藤さん・植村さんは、海辺の家のロケーションをA-1・A-2・B-1・B-2の4パターンに分けています。
Aは海岸線に建つ場合で、Bは海岸線ではないが海まで徒歩圏内と大きく分かれます。
A-1は平地にあって目の前が海の家
A-2は崖っぷちなどの高台にある家
B-1海辺から内陸に少し入った家
B-2海辺から内陸に少し入った高台の家
これは画期的で合理的な分類ですね。自分が住みたい土地のイメージを明確にするのと、実際物件を探す際に、不動産屋さんに伝えやすいというメリットがあります。
で、ぼくは自分の好みの立地を考えていくうちに、もう少し他の要素があるんじゃないかと思いました。
加藤さん、植村さんのアイデアをパクったとか剽窃したとか、そういうことではありません。
アイデアを発展させた!という感じで受けとっていただきたいと、かように考えるわけであります。
あるいはお二人にインスパイアされた!と意味なくカタカナなど使ってオシャレなイメージにしちゃいましょう。
a:海岸からの距離
b:高さ(標高)
c:陸の地形(平野か山が迫っているか)
d:海の地形(砂浜か磯かなど)
e:土地の用途(宅地か山林か農地かなど)
f:町からの距離(市街地か田舎か)
g:その他
これらの要素があるとぼくの住みたい立地がある程度表現できるのです。
そしてaからfそれぞれにさらに要素があります。
それを1から順に番号を振ってみます。
ちなみにぼくの好みの立地を表現してみると…
a1:b2:c2:d2:e2:f2
ということになります。
ぼくは海に近くて、標高が20m~30mくらいの斜面か丘で、山地かリアス式の土地で(平野はあまり好きではありません)、小さな砂浜と磯があって(そういう砂浜はたいてい両端に磯や岬があるので)で、山も近くて、あまり建て込んでいない田舎が好きです。
その他の好みとして、海から家までの間に道路が通っていないところが好きです。湘南の134号線のような大きな道が通っているような土地は好きではありません。海と隔てられている感じがしますし、海に行くのにいちいち信号とか横断歩道とか面倒くさいじゃん。
また、家から海まで階段がない場所が好きです。スロープになっていると、海遊び道具をカートに載せて運べるからです。
それから(まだあるんですよ)家が道路のどん詰まりになっているところが好きです。なぜならその道を通る人が必ず自分の家に用があるからで、通過するためだけの人が通りません。そういう土地ってすごく安心感があるし、プライバシーが保てるんですよね。
さて、それでは各要素の長所・短所について、ぼくの考えをまとめます。
a:海岸からの距離
この項目は海好きな人でも、ウォータースポーツをやる人か、海を眺めるのが好きな人かによって好みが出ます。
ウォータースポーツが好きな人なら、海に近い方がいいでしょう。ちなみにぼくの経験では、徒歩5分以内でないと、サーフボードやシーカヤックなどを運ぶのが億劫になります。
ただし、海から近いと塩害、砂の害、津波など心配なことも増えます。ぼくの知り合いで海岸べりの防波堤のギリギリのところに家を建てた人がいますが、ちょっと海が荒れると家全体が潮をかぶってしまうそうです。この人なんかは海辺に住んでいるというより、もはや海に住んでいるといっても過言ではない、苦しゅうない、近こうよれ、よっしゃよっしゃ、あっぱれあっぱれ…
一方、海からあまり離れてしまうと、それってもう海辺じゃないじゃんということになり、何のために海辺に移住したのかわからなくなります。なので離れるといっても徒歩で20分以内じゃないの?というのが、ぼく的な目安です。
b:高さ(標高)
これはイメージしやすい項目ではないでしょうか?
海辺の高台に住むと眺めがいいもんねー、てなことです。
ただ注意が必要なのは、ウォータースポーツをする人で大きな道具を運ばなければならないような場合、たとえばシーカヤックとかウインドサーフィンとかセイリングとかですけど、そういう場合はあまり急で標高の高いところに住むと、海に行くのが億劫になります。いえいえ、海に行く時は下りだからまだいいんですが、海で遊んで家に戻るときに坂道を登らななくてはならず、立地によってはたいへんなことになります。
熱海はずーっと上の方まで別荘地が続いていますが、あまり上の方は海辺という感じがしませんもんね。
ぼくが海辺で土地を探すとしたら、aとbのバランスに一番こだわると思います。
ぼく的にはウォータースポーツをしますので、海辺に近い方がいいなあと…
一方、家にいるときも海を眺めたいので、ある程度高台に住みたいのです。なので、ウォータースポーツの器材を運ぶのに苦にならない程度の高台(標高20mとか30mで緩やかな坂道って好みがいちいちうるさいでしょう)で、海まで徒歩3分以内という立地が理想です。

c:陸の地形(平野か山が迫っているか)
地形ってけっこう大事です。タモリさんほどじゃないですが、ぼくも結構地形好きです。
茅ヶ崎とか九十九里みたいな土地って、海からほとんど標高が上がらず、平野がズーッと内陸まで続いています。そういう土地が好きな人もいます。
平野のいい点は、家が建てやすく、移動が自転車とか徒歩でラクラク・ランランというところ。悪い点は津波が来たとき、逃げる場所がないということです。あと、たいていそういうところって家が建てやすいので、建て込んでいるんですよねー。それに竜巻が起きやすい場所ってたいてい平野です。
ぼくは海が好きですが、山や森も好きで、見た目に変化のある地形が好きです。そういう点で平野は好きではありません。
一方、熱海とか熱川とかって山が海に迫っている地形で、平野がほとんどありません。ぼくはこういう土地の方が好きです。
山が迫っている土地のいい点は、眺めの良さが期待できるということ、森になっていることも多いので緑が豊かで鳥なども多く、田舎暮らしをしている感が満載です。悪い点は坂道が多いので移動がたいへん、平地が少なく住む場所が少ない、崖崩れがあるかもしれない、地形によっては風や雨が多いかもしれないということです。
そしてリアス式の海岸というのは、志摩とか有名ですね。油壺なんかはリアス式海岸ではないかもしれませんけど、そういう雰囲気を醸し出していますが、入り江がたくさんあって、丘から海までドロップオフ的にストンと下がっている立地です。陸地は山というより丘というのが相応しい高さだといえます。
リアス式の海岸のいい点は入江がたくさんあり、水深も深くなっているので、天然の良港になりうること、変化に富んだ地形が楽しめることです。悪い点は平地が少なく住む場所が少ないこと、坂が急なことでしょう。
また、島もこの項目に含めてもいいでしょう。ぼくも島好きですが、島は島ならではのよさがあります。一方陸続きではないので、交通の不便さはあります。
d:海の地形(港か砂浜か磯かなど)
サーフィンをする人は海が砂浜になっている方がいいですよね。一方スキューバーダイビングやスノーケリングをする人は、磯や珊瑚礁になっている方がいいでしょう。また釣りやボートやセイリングをする人は港があった方がいいかもしれません。また複数の要素が近接している立地もあるかもしれません。
珊瑚礁なんて憧れますが、沖縄とか小笠原とか海外が選択肢に入ってきて、ぼくはちょっとそこまでは…という感じです。
ちなみにぼくはそんなに長くない砂浜が好きです。そういう砂浜はたいてい両端が磯か岬になっているので、砂浜と磯両方を備えていて、ぼくのようにサーフィンもするダイビングもするという人にはピッタリの地形です。
e:土地の用途(宅地か山林か農地かなど)
いわゆる不動産関係の人が地目と呼ぶ項目です。不動産を買う場合、気になる項目ですが、ここではその土地周辺の雰囲気も指します。地目が宅地ならばだいたい一帯が住宅地で、家が建て込んでいたりします。上下水・電気などのライフラインはキチンと整備されていたりします。暮らしやすいですよね。
山林や農地だと、周囲に家のない土地かもしれません。また、場所によっては水道と電気を引かないといけないかもしれません。
家を建てるときも宅地なら問題なさそうですが、別に山林でもその分安くていいという方はそれでもいいでしょう。一方、農地だと家を建てる際に制限がありますから、そこは要チェックでしょう。
f:町からの距離(市街地か田舎か)
田舎暮らしをしたい方は、あまり建て込んだ市街地を好まないかもしれません。一方、生活の利便性を考えると、スーパーや病院などが近い方が便利です。自分の好みをはっきりさせるか、あるいはバランスをとるか、自分の考えを整理した方がいいのではないでしょうか?
ぼくは今近くのコンビニまで車で10分、スーパーまで15分程度のところに住んでいますが、別に不便ということはありません。好みとしてはもう少し不便なところでもいいかなーと思っています。スーパーまで車で20~30分くらいならぜんぜん許容できます。
今は、宅急便や郵便の配達がしてもらえるところなら、かなりの生活必需品がネットで注文できるので、その辺は思い切って田舎に住むという選択もありですね。

g:その他
これについては、先ほど書きましたが、海から家までの間に道路が通っていないところ、とか、家から海まで階段がなくてスロープになっている、とか、家が道路(できれば私道)のどん詰まりになっているところ、といった好みがあります。
おそらくこれは人それぞれいろいろあるんだと思います。
四角い土地がいいとか、南向きじゃなきゃだめとか…
さてさていろいろ長く書いてしまいました。
これらの分類は、細かくて面倒くさそうですが、自分の理想の海辺の立地を明確にできるというメリットがあります。
もしあなたが海辺への移住を考えていらっしゃるなら、そして自分の理想の立地がイマイチはっきりしていないなら、上の分類を参考にご自身の希望を明確にしてはどうでしょうか?
海の風っておもしろいなあと思います
当たり前ですが、海遊びをするときには気象条件に注意を払うことがとても大切です。波の高さ、風の強さ、風向き、潮汐などなど、常に注意を払うことが、安全にウォータースポーツをする前提です。
そんなわけでウォータースポーツ歴が、35年を超えてしまったぼくとしては、海にいると、自動的に五感を働かせて、海況を察知するようになりました。
海況を変化させるいろいろな自然の要素があるわけですが、今回は風について、ぼくの思っていることを書いてみたいと思います。
海の風というのはおもしろい、というのがぼくの感想です。
何がおもしろいかというと、たぶんその複雑さや千変万化する様子がおもしろいと思うんです。
すごく大雑把に単純化していうと日本の太平洋側の相模湾近辺では、夏は南風、秋は西風、冬は北風が多く吹きます。
相模湾に面したぼくの家では、一日のうち、午前中はオフショアの風(陸から海に向けて吹く風)ですが、午後になるとオンショアの風(海から陸に向けて吹く風)が吹きます。
海を船やシーカヤックなどで走っていると、風の通り道があるのがわかります。陸を見ると山と山の間の谷になっているところや岬の突端や岬の向こう側が風が強く吹きます。そういうところはほぼ常に一定の風が吹いていたりします。
セイリングの人がよく使う言葉にブローという語がありますが、これは一時的に強く吹く風のことで、同じ海でも、時々、ある場所で風が強く吹くことがあります。セイラー達はブローを上手く見つけて、レースで優位にたとうとするわけです。
一方でブローの反対の現象で、風がピタリと止まってしまうことがあります。さっきまで風が吹いていたのに急に空気が動かなくなってしまうんです。
風っておもしろいなあと思うんですよね。
そんな風のことを考えながら、海を眺めて潮風に吹かれている時間というのは、ぼくにとってはシアワセな時間だったりします。

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◆マリンスポーツをする人向けの海の気象について書かれた本をピックアップしてみました
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空気が動いているところが好きです
ぼくの楽しみは、休日に、デッキで海を眺めながらコーヒーを飲んだり、ビールを飲んだり、本を読んだりすることです。夏の時期、蚊がすごいとき以外は、わりとデッキのチェアとテーブルにいることが多いんです。自宅でのぼくの定位置といったところでしょうか。家の中に居場所がないからというわけではないです。本当です!
デッキが好きな理由は太陽の光を浴びながら、風に吹かれながら過ごすのが気持ちいいから。
以前から感じていたことなんですが、ぼくは空気が動いているところが好きみたいです。なので、たとえばオフィスビルとか現代的なビルで窓が開かなくて、全館空調みたいな場所は苦手です。いつも窓が開いていて、外気が通っていて、空気が動いているところが好きです。
そういう点では、ぼくにとってデッキは最高な居場所なのです。
ぼくが友人などにそのことをいうと、アウトドアスポーツなどが趣味な人はすごく共感してくれるんですが、インドア派の人は???という感じで、なかなか気持ちが伝わらないようです。まあ、人それぞれ好みはあるし、快適さの基準も違うのでしかたないですね。

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暮らしに役立つ、村上春樹さんの「そういうものだ」と「それがどうした」、そして自分で加えたプラスアルファ
もともとぼくが海が好きなのは、暮らしの中で受ける様々なストレスが、海で癒されるからという面が大きいんです。もちろんウォータースポーツも好きですが、なによりも海で過ごすことが精神の安定に欠かせないことの方が大きいんです。
なのでたとえウォータースポーツができない海況の日であっても海を散歩したり、ビーチでお茶をしたりします。そんなときは本も読んだりします。
海で本を読むと、同じ本でも自分の気持ちが動く箇所が違って、ちょっとおもしろいんです。また、本を読んで自分の中で考えが巡ったり、深まったりすることがあると思うんですが、海だとその動きが違ったりすることが多いような気がします。
先日も海で本を読んでいたら、ふと昔に読んだ本のことを思い出してそのことについてあれやこれやと考えたのでした。
それは村上春樹さんのだいぶ前のエッセイのことで、うろ覚えなんですけど、人生は、「そういうものだ」と「それがどうした」の2つの言葉でなんとかなる、というような趣旨のことが書かれていた部分のことです。
それを読んだ当初は、なるほどと膝を打ったし、実際自分の暮らしの中で役に立ったし、勇気づけられたりしたわけですが、その後自分もだいぶ歳をとって、自分なりに「そういうものだ」と「それがどうした」が発酵され補強されてきたんだなと思うんです。それを今回はまとめてみたいと思います。もしかしたら誰かの役に立つかもしれません。
・「よくあることだ」
これは「そういうものだ」の類似型ですね。何かが起きたときに「よくあることだ」と頭の中でいうと、たいていの物事に動じなくなります。物事に動じないというのは、最近気がついたんですが、生きていく上でけっこう大切なことだと思うんです。
動じないということは慌てないとか平常心であるということとほぼ同義なんだと思うんですけど、それによってその後の対応が冷静にできるようになります。
また「よくあることだ」というの言葉に中には、自分が遭遇したよくないことに対して、ことさら自分だけ不幸だと考えないニュアンスが含まれています。いろいろなことが起きても、それはたまたま今回自分の身の上に起きたけれど、他の人にも起きるかもしれない。運不運ではなく確率的なことだと考えるきっかけになります。
・「それで?」
これも「それがどうした」の類似型です。使い方としては、職場で同僚から軽く責められたときに「それで?」といって開き直るときに使います。
「それで?」というのは、他者から責められたときとか他者に対して自分が十分なことができなかったときに開き直るニュアンスがあります。「それがどうした」と併用するといいと思います。また、「それで?」の変形で「それが何か?」というものもあります。
・「だってぼくはそういう人だもん」
いろいろな人がいて、ときに何事も完璧でなければいけないと考えている人もいます。そしてそうした人がぼくにもそれを求めてくるときに使います。あなたが当たり前と思っている前提は、わたくしとは違います、わたくしはこういう考え方の人間ですと開き直るときに使います。
・「なんとかなるさ」
これはぼくがわりと心配性なところがあると思うので、自分の気持ちがそっち方面に落ちていかないようにするために使います。実際、人生というのはなんとかなります。
・「運が悪けりゃ死ぬだけさ」
これはぼくが大好きな往年のテレビドラマ『俺たちは天使だ』のキメの台詞です。
この言葉には、運はどうにもならないという気持ちと、だけどやってやるというふたつの意味が含まれています。
ぼくは、自分が将来を心配しすぎたり、リスクをとることを躊躇したときに使います。世の中にはいろいろな人がいますが、ぼくは未来は誰にもわからない、自分の未来は自分で変えられる、完璧なんて存在しないという信念を持っているんですけど、その一方で人はいずれ死ぬし、その時期を選ぶことは難しいとも思っています。その自己効力感と無力感、しっかりしている感じとなげやりな感じが混ざっているこの言葉が好きです。
・「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか…」
敦盛の一節で織田信長が好んで舞ったといわれています。流転するこの世の儚さを思いつつ、それを元にすごく積極的に行動した信長。この世のことは儚いけど、だからやりたいことをやってやるという感覚でしょうかね? その積極的さが「運が悪けりゃ死ぬだけさ」と似たニュアンスがあって好きです。歴史小説などを読んで、ぼくは、信長は思慮深い武将だったと思うんですが、思慮深さはときにタイミングを逸する面もあったわけで、戦国の世では、タイミングを逃すことは自分の死や自軍の滅亡にも繋がっていたんでしょう。その慎重さと思い切りのよさのバランスには学ばなければならないと常々思っています。
・「この世のことはこの世でなんとかなる」
若い頃、ノートにメモしてそれをずっと諳んじているんですが、今となっては誰の言葉かはっきりしません。確か政治家の故金丸信さんではなかったかと思います。厳密な言葉も実は違うかもしれません。ただ、大意はあっていると思います。まあなんとかなるからビビルったり一喜一憂するなということだと思います。ぼくはあまり政治家という職業の人が好きではありませんが、魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界を処世していくそのあり様には学ぶところがあるとも思います。
言葉というのは大切です。何か起きた時に頭の中で、あるいは胸の内でつぶやく言葉で、自分の気持ちが変わることってけっこうあります。というかぼくにいわせると日々そうした言葉の積み重ねで、気分って作られていきます。気分で日々は変わっていくし、日々の積み重ねで人生って作られます。
ぼくはどちらかというとメンタルが弱いタイプだと思うので、余計に言葉を気をつけなければいけないなと、注意するようにしています。
ぼくはどちらかというとメンタルが弱いタイプだと思うので、余計に言葉を気をつけなければいけないなと、注意するようにしています。
海に出るというのは、多かれ少なかれ危険なわけで、死ぬ可能性が0ではない行為です(死ぬ可能性が0の行為ってないと思いますけど…)。で、海に出てしまえば、天気や海況が急変することもよくあります。そんなときに頼りになるのは、自分の頭と身体だけ。危ない海況でパニクるのは最悪で、文字どおり自殺行為です。パニクらないで冷静で淡々としてさえいれば無事に帰れるのに、パニクっただけで死ぬことって事故事例の典型です。ぼくは冷静でいるために、先ほど書いた言葉を頭の中で繰り返したりしています。海の上でも、ついでに陸でも…
以下は関連記事です。こちらもご覧ください。
→世の中のことはたいていなんとかなる
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→気楽にやろう

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