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気持ちが乱れた時は海に行く



 このブログには、ぼくが海が好きだとか、海に行こうとか、そういうことしか書いていないんですが、今回もそんなお話しです。
 ぼくはスキューバダイビングやシーカヤックたサーフィンといったウォータースポーツがやりたいから海が好きだということもありますが、単に海にいると癒されるから海が好きというのもあります。
 イライラしたり、落ち込んだり、寂しくなったり…気持ちが乱れてしまうときって、きっと誰でもあるんじゃないでしょうか?(ない人もいるんでしょうね…)
 ぼくの場合、家庭や仕事の状況で、イライラしたり、焦ったり、不安になったり、落ち込んだりすることが時々あります。しばしばというほどでもありませんし、ごくたまにというほどでもありません。
 メンタルが強いか弱いかで分類すれば、弱い方になると思います。
 ぼくはそんなときに海に行きます。
 というか、海辺に住んでいて、たいてい海で遊んでいるのですが、気持ちが乱れたときは意識的に海に行くようにしています。
 ぼくの場合は、人のいない静かな入江に行きます。
 手ぶらでチャリで行くときもありますし、シーカヤックで行くときもあります。チェアとテーブルとバーナーとコッヘルを持って、コーヒーを飲んだり、軽い食事をすることもあります。テントを持って行くこともあります。
 ポイントとしては、一人で行く、何か用事を作らない(スキューバダイビングのために行くとか、夕方から用事があるからそれまでに帰らなきゃとか…)、計画を決めないということでしょうか。
 気が向いたら泊まることもあるかもしれないし、すぐに帰ってくるかもしれない。そんな感じです。
 その自由感とか、解放感がいいんだと思います。
 人が来ない入江に座って、ボーッと海を眺めたり、波を見たり、雲の流れを追ったり、潮騒に耳を傾けたり、潮風を感じたり、太陽の光を浴びたり…そんなことをしながら何時間も過ごします。
 そんな時間を過ごすと、ココロの奥の固まりがほぐれていくような感じがします。イライラや、焦りなどが和らぐ気がします。のんびりとできます。
 肩や腰が凝っているときにマッサージに行ったときのような、ほぐれ感があります。
 気持ちを解きほぐすために、定期的に海に行って、自然の中に身を置き、のんびりします。ときどき面倒くさいなーと思うときもありますが、やっぱり海に行くと気分が楽になります。海に出てよかったなあと思えます。
 僕の気持ちの中がどうなっているのか、よくわかりません。









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癒しの場としての海



 ぼくは海でウォータースポーツをして遊びますが、一番安らげるのは、人のいない海でのんびりしている時間です。その時間が作りたいがために、海のそばに引っ越しました。
 なぜそうなのかはよくわかりません。
 開けている空間・青い海と空・打ち寄せる波・潮風…そういう要素が心地いいんだと思います。そういう空間に身を置くことで「今、自分は自由だな」「今、自分は安らげているな」「今、自分は幸せだな」って実感できます。
 たぶん多くの方が気分転換のための趣味などをお持ちでしょうが、ぼくの場合それが海で遊ぶとか、海で過ごすということです。
 もうかれこれ30年以上もそんなことを続けていて、でも飽きないので、本当に好きなんでしょう。
 海を眺めながら、ボーッとしたり考えごとをしたりするわけですが、これまでの人生とか、これからどう生きていこうか、なんてことも考えたりします。
 気持ちがゆったり落ち着いているせいか、わりと中長期的なことを考えたりできます。
 ぼくはだいぶオジサンですが、将来への心配とか不安とか日々起きるイヤなことや腹立たしいことなどはたくさんあって、それはなくならないことがやっとわかってきました。それらを感じているのは、ぼくの脳なので、ぼくが生きている以上なくならないんじゃないかと思います。
 一方で、日々楽しく過ごしたいわけですが、その楽しい方向に気持ちを切り替えるきっかけが、海なのです。そうやって気持ちを切り替えると、中長期的で大きなことに思考が向かうのかもしれません。
 逆の書き方をすると、海という気分切り替え装置がなければ、ぼくは、ストレスでずいぶん悩んでいたんじゃないかなあと思うのです。
 人それぞれ、気分転換の方法やストレス解消法をお持ちだと思いますが、もし、そういうのがないとか、海が好きという方は、ぼくのようなタイプがいるということも、多少は参考になるかもしれません。







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海を眺めながら、心配や不安について思うこと…



 海にいることが好きで、休みの日に特に用がなければ、海で遊んでいます。
 広く青い海、流れる雲、吹き抜ける潮風、まぶしい太陽、潮の香りに包まれながら過ごす時間がとても好きなんです。
 海を眺めながら、昔のことや将来のことを考えます。
 アラフィフのオジサンとしては、これまでなんとかやってきたじゃないかという自信というか実績に対する思いと、一方で、これから先、体力も落ちるし、健康も心配だし、老後も含めて大丈夫かなあという心配とか不安のことを考えます。
 先のことは考えたってわからないし、どうしようもないんだよなあーなんて思ったりします。まあ、これまでもやってこれたし、なんとかなるさ、などとも考えます。
 ぼくの家の近くの海からは、海岸線がずっと見渡せて、江の島や富士山が見えます。海岸線には家やマンションが建て込んでいて、結構な町が続いているのが見えます。夜になるとそれらが街明かりとなって、海沿いをなぞるように続くのです。
 そうした家々を眺めながら、それぞれの家に人がいて、暮らしがあって、喜びや悲しみや希望や悩みがあるんだろうなあ、などと思ったりします。
 そして、それらの人々は生まれては死んでいくわけで、それはもう自然なことで、過去に生きた人もいろいろな喜びや悲しみや希望や悩みの中で、人生を過ごしたんだろうなと想像したりするんです。
 たぶん人というのは、というかぼくは、どんな環境にいても、悩んだり心配したりするんだろうなあと思うのです。
 そんなことを考えながら、砂浜に座って海を何時間も眺めていたりします。でも、この海も富士山も江の島も潮風も波も、何千年何百年とほぼ変わらず、今のような形であり続けているんだよなと思うと、人のはかなさや、自分のちっぽけさを改めて認識してしまいます。








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海辺で、のんびり、マイペースに過ごす時間の大切さ



 海辺でのんびり一日を過ごすのが好きです。
 自分が心地よく感じることとか、求めている環境というのは、「のんびり」と「マイペース」がキーワードなのかな?と最近思うようになりました。
 休みの日などはのんびり過ごしたいなーと思うのです。
 のんびり過ごしたいというと、一日中テレビを見ながらゴロゴロしているようなイメージがあるかもしれません。ぼくが望んでいるのはそういうんじゃなくて、スキューバダイビングをしたり、ガーデニングをしたり、海辺を散歩したり、読書をしたりしながら、予定を詰め込みすぎず自分のペースで一日を過ごしたいということです。
 親しい友人と一緒に過ごしたいときもありますし、家族と一緒に何かをすることもありますし、自分独りでいることもあります。ただ完全に自分のペースで過ごせるのって、やはり独りの時なので、単独行動が多いかもしれません。
 なので、正反対の状態というのは、誰かから与えられた目標に対して、急かされたり、達成のプレッシャーを受けたりすることです。会社勤めでは必ずこうした場面があると思いますが、ぼくは会社勤めに向いていないのかもしれません。あるいは会社勤めを長年続けるうちにそういう環境がイヤになっちゃったのかもしれません。あるいはみんなそうなのかもしれません。
 のんびり・マイペースといっても、自分が一番ホッとできる環境がありまして、それは海辺で、人が少ないところです。というかぼくしかいない海辺がとても好きです。読書も海辺の人が来ないビーチで、タープとチェアとテーブルをセットして、ゆっくり読書するのが好きです。
 いつからそんな風になったんだろうと思うんですが、大学生として上京して一人暮らしを始めた頃からときどきそんな感じで休みの日を過ごしていました。その頃はなんとなく人付き合いに疲れると、小田急線に乗って、鵠沼海岸あたりに行って一日ボーッとするという感じでした。小田急線を使うのはJRよりも乗車賃が安いから…
 でも今思えば、それが出発点ではあるけれど、自分のやりたいことはそれであって、今も基本的には変わっていないのです。
 ぼくは他者と一緒に何かをすると気疲れするということがあります。
 幼稚園にも行きたくなかったし、小学生の時も新しいクラスに馴染むのに時間がかかりました。たぶんその集団のルールがどういうもので、自分がそれに反しないか見極めて、自分を抑えていたんじゃないかって思います。
 一例では、みんなでお遊戯をするから、あなたもみんなと同じようにしなさいって急かされたり、強制されたりする場面です。本当はそんなことしたくないけど、しないと変な人だし、みんなにも迷惑をかけるからやらなきゃ、みたいな状況です。
 その頃から集団で何かをすることと、個人の自由というか個人のその人らしさをどこまで損なわずにいられるのかということについて、考えるようになりました。というかぼくの生きる上のでのテーマといっていいと思います。まあ、多くの人がそれを難なくやって社会に適応しているんでしょうが、ぼくにとっては、どこまで自分を抑制しなければならないかがわりと大切なことだったのです。
 そうしたことを悶々とした気持ちを抱えながらアラフィフになりました。平日は集団の中での自分らしさをバランスをなんとかとりながら過ごし、休日は海辺で、自分らしい時間を過ごすことにできる限り時間をとる、というのはもう何十年も変わっていません。
 今度の週末はどこの海で、どんな風に遊んで、のんびり過ごそうかな…







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時間の節目節目を、大切に味わいながら過ごす休日



 休日はのんびり過ごすのが好きです。
 知り合いに、休みの日もレジャーの予定をぎっちり入れて、旅行も分刻みのスケジュールを立てたりする人がいますが、ぼくにはとてもそんなことできません。
 ぼくの場合は、地元の海でウォータースポーツをしたり、散歩したり、庭の手入れをしたり、そんな感じで過ごすのが好きです。
 特に休日の朝、デッキで海を眺めながら、コーヒーを飲むのが大切な時間です。
 丁寧に淹れたコーヒーをゆっくり味わいながら、海の様子を眺め、陽射しを浴びながら、潮風を感じ、今日何をしようか考えたりします。たいしたことではないですが、幸せを実感できます。
 コーヒーを飲み終わると、ウォータースポーツの支度をして海に出ます。最近多いのは、シーカヤックで海に出て、そのときの気分のままに海を漕ぐというパターン。ひとしきりパドリングをして、お昼になると人のこなさそうな浜に上陸します。
 昼メシは、カップラーメンとかアウトドア用のアルファ米の食事(五目飯とかリゾットとかいろいろあります。結構うまいですよ。)とかを食べます。コッヘルとバーナーでお湯を沸かして、メシを喰います。メシの後は、またコーヒーを飲みます。コーヒーのお茶請けにクッキーやチョコレートなども持って行きます。海を眺めながら屋外で食べる、昼メシやコーヒーというのはなぜだかうまいんですよね。
 海から上がったら、マリングッズの後片付けをして、お風呂にゆっくり入ります。運動で疲れた身体がほぐれていくような感じがして、結構長風呂してしまいます。
 風呂の後はお待ちかねのビールです。ビールもやっぱりデッキで飲みます。デッキから海を眺めるわけですが、一番いいのはマジックアワーの空と海の色が微妙に移りか合っていく時間。
 空と海の色の移り変わりを眺めながら、ビールを飲みます。
 そんな一日、なんてことない一日がぼくはとても好きです。ありきたりの言葉を使えば癒されるということなんでしょうが、別な表現をするなら、時間の節目節目を大切に味わいながら過ごす充実感といえます。









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ぼくにとって海は癒される以上の存在…



 海で遊ぶのが好きです。
 スキューバダイビングやシーカヤックやサーフィンをするわけですが、海というのは広くて自由でいいものです。
 もちろん他の海遊び人もいますし、船もあります。そして海には海のルールがありますが、それでも陸上よりは自由です。
 日常生活でのルールの多さに比べたら、かなり自由な気がします。
 完全な自由なんてこの世にあり得ないと思いますが、わりと自由とか比較的自由というのは現実感があるのではないでしょうか。
 日常生活よりはちょっとだけ自由な海の上で、少し解放された時間を過ごせるのが、ぼくが海に惹かれる理由です。そしてそこでリラックスできるので、煮詰まったときや悩んでいるときもなんとかなっているんだと思うのです。
 このことはブログに何度も書いているんですが、ぼくにとってとても大切なことなので何度も書いてしまいます。
 人それぞれ気分転換やリフレッシュする方法というのはいろいろあると思うのですが、ぼくにとっては、それが海で過ごすことです。そしてそれがあったからこそ、ぼくは今までなんとかやってこれたように思います。
 ぼくとしては、気分転換とかリフレッシュという言葉よりも、「気持ちを整える」とか「生きる元気をもらう」という言葉の方がしっくりきます。








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海にいるとたいていのことがどうでもよくなってきます



 ずっと前に何かのエッセイで、人生は「なんとかなるさ」「大したことがない」「それがどうした」で乗り切れるというような主旨の文章を読んだことがあります。

 つくづくそのとおりだなと思います。

 ところで、ぼくは三浦半島の田舎町に住んでいます。そして朝に晩に、海を眺めたり、海で遊んだりしています。ぼくの場合、大きな海を眺めていると細かいことはどうでもよくなります。

 さらにぼくは日本の歴史が好きだったりするので、近くの三浦氏や源氏の史跡を訪れたりもします。いやはや日本の歴史に名前を残すような人物や出来事であっても、今は記念物が朽ち果てていたり、跡形もなくなっています。

 海や山や谷は、おそらく何百年も前の形跡をとどめていると思いますが、人のやったことというのは余程のことであっても歴史の教科書に半ページ割かれる程度なんだなあと思うのです。そしてほとんどの人や物事は忘れ去られていくんですよね。

 話しが元に戻るのですが、まったく人生というのはなんとかなるものです。そして最後はみんな死ぬんですが、それまでの間はなんとかなるんですね。

 たいていのことは大したことがないし、本人が大変だと思っていてもそれは人の記憶にすら残りません。すべては忘れ去られていきます。もしそこに痕跡があるとすれば、後の世界に生きる誰かの人の中に存在する自分の遺伝子のわずかな痕跡でしょう。人類が滅亡しない限り、多少は痕跡が残る可能性があるかもしれません。

 起きることすべては大したことがないし、なんとかなるものだ、そう考えることで、ぼくは自分の気持ちを支えてきた面があります。そう考えると少し楽になるんです。

 人それぞれ、自分を律するための言葉や座右の銘や格言などは違うと思いますが、なにかしらそういった言葉がある人が多いような気がします。

 ぼくの場合は「なんとかなるさ」「大したことがない」「それがどうした」です。

 それがどうしたについては、他人から批判されたりするときに使います。どうせ世の中正しいことは時代によって変わるし、人によっても自分を評価してくれる人もいるし、悪くいう人もいます。いちいち期にしていたら何もできません。

 結局、自分のことを守るのも肯定するのも自分しかいないわけで、誰が何をいおうと「それがどうした」なんだと思います。

 そして何をいわれても放っておけばいいんですが、時に闘うことも必要です。

 海を眺め、ウォータースポーツをしていると、自然の大きさや力強さを感じます。どんなに辛いことや悲しいことがあっても、四季は巡ってきますし、陽は昇り、また沈みます。人間が一生懸命造った防波堤も台風で破壊され流されます。何万年も生きる人はいませんが、海や陸地は多少形をを変えてもそこにあり続けます。

 そんなことを考えていると、たいていのことがどうでもよくなってきます。良し悪しがあると思いますけど…






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海に癒されながら、今までやってこれたような気がします



 休みの日はできる限り海にいます。
 ウォータースポーツをすることもありますし、砂浜でボーッとしていることもありますし、海岸線をジョギングしたり散歩することもあります。
 休みの日も、平日と同じような時間に起きて、屋外で陽射しを浴びながら、身体を動かすと体調がいいので、そうしています。もう習慣になっていて、20年以上はそんな週末を過ごしています。
 真冬でなければ、雨の日もそうしています。
 自然の中で過ごしていると気持ちが安らぎます。高原や里山なども好きですが、やはり海の方が好きです。
 仕事は都会まで通勤しています。なので平日は都会にいる時間が長くて、家に帰ってきて海を見るとホッとします。本当は海に関係する仕事をすれば良かったのかもしれません。20代の頃は、職業について迷いましたが、もはやアラフィフのおじさんになってしまうと、今さらという感じです。
 なので、休日の海と接する時間は、ぼくにはとても大切です。その時間がなくなってしまうと、ぼくとしてはストレスが溜まるというか、元気がなくなります。
 以前、今は亡き父が闘病していた頃、土日ごとに病院に行く日々が続いて、何ヶ月も海に出られなかったときは、かなりヤラレてしまいました。もちろん看病や心配事などで疲れていたこともあると思いますが、それでも海と接する時間がないことは大きかったと思います。
 海にという自然に接することで、自分の気持ちの奥の方が和らいで癒やされていく実感があります。
 海と空の広がり、潮風、波の音、磯の匂い、鳥のさえずり…五感を刺激するすべてが、ぼくにとっては心地いいものです。というわけで、用事がなければ、朝から晩まで海にいます。
 海といっても人がいない海に行きます。おそらく他人のことを気にしないということも、ぼくを心地よくする要素なのでしょう。
 人が嫌いというよりも、人がいるとその人に気を遣ってしまって疲れるという気持ちのメカニズムです。
 人がいない海で日がな一日、シュノーケリングをしたり、シーカヤックをしたり、ボーッとしたり、うたた寝をしたり、コーヒーを飲んだりしています。
 飽きもせず。
 雨の日も海にいます。冬は濡れるとさすがに寒いので、雨の日は、海が見えるカフェなどに行って、海を眺めながら過ごします。
 海にいて、海で遊ぶことが、ぼくのストレス解消や気分転換の方法だといえばそうかもしれませんが、ぼくにとっては、気分転換以上の、気持ちを整える欠くべからざる時間といった方が適切です。
 もし、この文章を読んでいる人の中に、自分の気持ちを整える趣味や時間がない方は、そういうものを速く見つけることをオススメします。







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楽園ってどこにあるんだろう…



 旅行といえば、ついつい南の海があるところに行ってしまいます。海が好きだし、スキューバダイビングがしたいから…そして旅の間だけでも楽園を感じていたいから…
 楽園…
 この世にそんな場所がないことはわかっています。でもいつか楽園で暮らしたいっていう願いがぼくの中にはあります。
 ぼくの中の楽園のイメージは、美しい海と山があり、暖かく、食べ物に困らず、人々は皆仲良く幸せに暮らしている、というベタなもの。このイメージはたぶん幼少期に読んだ本やテレビに影響されているんじゃないかと思うのです。
 ぼくは小さな頃から、大して勉強もできないし、運動もそこそこの普通以下の子でした。人見知りで、人が大勢いると気後れしてしまうような子供でした。クラスでも隅っこの方でおとなしくしていました。
自分に自信がなくて、他人ができるのに自分はどうしてうまくできないんだろうと思っていました。
 物心ついてきて、ぼくがいつも違和感を感じていたのは、仲間とかチームで何かやるときに、多少なりとも自分を抑えなければならないということ。
 仲間やチームにいることが嫌というわけではないけど、チームの目標のために自分も頑張らなければならない。自分の希望を多少は我慢しなければならない。それが当たり前のことだと頭ではわかっているし、チームを離れて独りで生きていくことはできないこともわかっているのです。そして能力のない自分がチームに所属し続けるためには、多少無理してでも、自分を抑えてでもチームのために頑張らなければならいないと思っていたのです。
 そして、その状態にずっと違和感を感じていました。そしてそれは今でも続いています。たぶんこれから先死ぬまでぼくのこういう基本的な心持ちは変わらないんじゃないかな、って想像します。
 大学を卒業して会社勤めをするようになると、ぼくの抱えている違和感は、より先鋭的に感じられることになります。会社のために貢献しなければ給与はもらえない。給与をもらえなければ、家族が困る。自分としてやりたくないことも、生きるため、他人に迷惑をかけないため、責任を果たすためにやらなければならない。
 ただ人間というのは不思議なもので、どのような状況にも慣れることができるようです。
 ぼくは自分を抑えることに慣れてしまったのです。
 本当なら会社の中で、自分を抑えずに、自分らしさを発揮しながら楽しく過ごせるようになることがいいのでしょう。
 ぼくはなかなかそうはできませんでした。
 さて、楽園の話し。この世界のどこかに楽園はあるのでしょうか?
 複数の人間が共に暮らす状況の中で、すべての一人ひとりが自分らしく幸せに暮らすことができる、そんな楽園は存在するのでしょうか?
 ぼくは海が好きで、海で楽しむウォータースポーツをやってきました。1人でやるサーフィンやシーカヤックもやりますし、何人かでやるセイリングやスキューバダイビングもやります。
 ぼくが心の底から自分を解放でき、安心できるのは、海で1人でいるときです。気心の知れた仲間と楽しくスキューバダイビングをするのは楽しいものですが、気を遣ったり、行動を合わせたりしなければなりません。
 1人で海を眺めながら、太陽の光を浴び、波を感じ、風を感じ、潮の匂いを吸い込むこと。そうしていると心の奥の方にある固まりが少しずつほぐれていくような感じがします。身体の力が抜けて、リラックスできます。
 たぶんぼくにとっての楽園というのは、地理的なことや環境のことだけではなくて、周囲の人達に対して自分がどのように振る舞って、それをどう自分が考えるかという自分自身の心の持ち方にあるような気がするのです。









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ぼくにとっての海は、不安や焦りやいらだちから開放される場所



 ぼくは海が好きです。
 広くて、大らかで、自由です。
 海にいると身体の力が抜けて、リラックスできて、安らぎを感じます。
 
 いちおう普通に生きていると、いろいろ心配なことや面倒くさいこと、嫌なことは当然あるわけで、それはそれで仕方がないことです。そんなときでも、ぼくとしては海にいると、しばしそこから解放されます。それってぼくにとってはとても大切なことです。
 ぼくの中では、義務とか抑圧などから一番遠い場所が海です。
 広い海、青い空、白い砂浜、きらめく太陽、肌をなでる潮風。
 海辺でボーッとしているだけで、癒されます。不安や焦りやいらだちを忘れていられます。
 海では、何かから追い立てられるでもなく、マイペースで、ゆったり、のんびりしていられます。
 自分が自分らしくいられる場所です。










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