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海でココロを洗浄する



 毎日なんだかんだとやらなければならないことがありますね。心配事や不安もあります。嫌なこともあります。ストレスを感じることもあります。普通に生きているだけなのに、たいへんですよね。
 ぼくは海が好きでして、休日はできる限り海に出るようにしています。海に出るというのは、シーカヤックしたり、スキューバダイビングしたり、サーフィンしたりするんですね。
 どこまでも広がる海と、どこまでも広がる空を眺めながら、潮の香りがする海風を浴びながら、太陽の光に包まれていると、ホッとします。
 ぼくにとって海にいる時間は、本当にホッとできる時間です。
 何時間か海にいると、ココロの奥の方に凝り固まった、疲れとかストレスとかわだかまりのような負のものが、ほぐれて解けていくような感じがします。
 肩や腰の凝りは、マッサージでほぐれますが、ココロの凝りは、ぼくの場合、海でほぐれるのです。
 海にいると、日々の暮らしの由無し事、嫌なこと、悩み事、心配事を忘れることができます。小さなことに悩んでいた自分がバカらしく感じ、大らかな気持ちになって、明るい明日をイメージできるようになります。肩の力が抜けて、呼吸は深く大きくなり、体に余計な力が入っていない感じになります。
 よくある言葉を使えばストレス解消とか癒されているということなのでしょう。ただそれを感じているぼく本人としては、ココロを洗浄されているような言葉の方がしっくりきます。
 さあ今日も海でココロを洗おうかな…

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海に癒されて暮らしてきました



 ぼくは海が好きです。
 海にいると癒されます。たぶん癒されているんだと思います。心の深いところまで、ほぐれて柔らかくなるような感じです。安らげて、ホッとできます。穏やかな気持ちになります。
 これまで生きている中でいろいろありましたが、何かあると海に行って、海を眺めていました。海で過ごすときが、いわゆる癒しの時間というか、ストレス解消の時間というか、心を休める時間になっていたのです。
 そんな海好きが昂じて、海辺に引っ越してしまいました。もう20年以上前のことになります。
 日頃のストレスを、毎日、海を眺めることで解消できるわけで、ぼくとしては健康に暮らすための当然の選択だったんだろうと思います。
 日々、デッキで海を眺めながら、朝はコーヒーを飲み、夜はビールを飲む時間が、そして休日は海に出てウォータースポーツをする時間が、ホッとできる時間です。
 自分には海という場があって幸せだなと思います。もし海で安らげることを知らずにいたら、ぼくの人生はだいぶ変わっていたんじゃないかと想像します。ストレスの解消方法をどうしていたんだろうと思うのです。 

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海での時間は、日々を乗り切るための大切な時間



 みなさんいかがお過ごしでしょうか?
 ごくごく普通に、一般市民として暮らしていても、仕事でアレやコレやあり、結婚もし、子供をもうけ、育て、親の介護をし、持病のため定期的に通院し、家事のあれやこれやをこなし、友人とは定期的に飲みに行き、冠婚葬祭に出席し、町内会の役割も回ってきたりして、生活するということはなかなかにやることの多いものですね。
 やることが多いということは、単にそれをやるための時間が必要というだけではなくて、それをやるために判断する時間が必要ということになります。ただでさえ優柔不断はぼくは、あれはどうしようかな、それはどうしようかな、なんて考えていると、意外に時間がかかります。ましてや判断に迷う微妙な、あるいは重大な問題だと、時間だけではなくて、心理的な負担もかかります。しかも自分が進んでやりたいことではなくて、生きるために仕方なくやらなければならないという後ろ向きの動機です。
 生きるということは、雑用をすることなんじゃないかとさえ思ったりします。
 そんな日々の中で、唯一ホッとできるのが海遊びの時間です。
 スキューバダイビング・シーカヤック・サーフィン・セイリングをするときは、数少ない自分が進んで、好んで行うことでして、これが砂漠の中のオアシス的に、あるいは溺れかけているときの浮き輪的に、日々の暮らしの中で一息つける時間になっています。
 おそらく趣味を持つのが大切といわれるのは、いろいろな理由があると思いますが、重要な理由として、日々の暮らしのよしなし事から抜け出して、人間らしく生きる時間を与えてくれるからなのではないかと思うのです。
 ヨハン・ホイジンガが書いたように、人間は、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)であって、遊びこそが人間活動の本質であるというのは、自ら進んで行う、人間らしく生きる時間だからかな?ってぼくは解釈したりします。
 ビジネスの上では、よく効率的に時間を使うとか、生産性を向上させるということが大切だといわれますが、それを会社でやった場合、効率的になった分、他の仕事が回ってくるわけで、いやいやそれを休みとか自由時間にしろやと、行き場のない不満を抱えています。
 せめて日常生活の雑事を効率化して、生み出された時間は遊びの時間にしたいものです。
 以前にもこのブログで書いていますが、ぼくの海好きは30年以上にわたるものでして、海での時間がなかったら、ぼくはどこかで破綻していたのではないかとさえ思います。好きという言葉では足りなくて、癒しの場、生きる上でなくてはならないものというのが、ぼくにとっての海の位置づけです。
 だからこそ、慌ただしく、時には嫌なことも起きる日常を、なんとかやり過ごすために、海で遊ぶ時間は、なくてはならないないものになっています。先に書いた、砂漠の中のオアシス的に、あるいは溺れかけているときの浮き輪的に、という比喩は大げさな表現ではないのです。
 これからもぼくは海遊びを続けていくでしょうし、願わくば海遊びをしながら死んでいけたら幸せだとさえ思います。








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やっぱり海が好き…



 何度も書いていますが、やっぱり海が好き…です。
 大きく広がった海、青い空、打ち寄せる波、潮の香りのする風…そういった環境に身を置くことで気分がスッキリします。
 たぶん海という自然に癒されているんでしょう。
 自然の中に身を置くことでリフレッシュしたり癒されたりする人は割りと多いと推測しますが、ぼくはその自然が海なんだと思います。
 自然に癒されるとか、自然のパワーとかいうとちょっとオカルトっぽい雰囲気もありますが、ぼくは実感として、海で遊ぶと気分がスッキリしてリフレッシュできているので、それでいいんじゃないかと思うのです。
 思い出せば、大学生の頃から、疲れたり気分がモヤモヤしたら、海に行っていました。そのうちサーフィンやスキューバダイビングをするようになって、毎週のように海に出て、気分転換していました。それが習慣になったのか、自分に合っていたのか、海に出ないとなんとなく気持ちが悪いというか、スッキリしないようになりました。悪天候など何かの事情で海に出られないと、ウズウズ、モヤモヤしてしまいます。
 海には春夏秋冬、それぞれの季節ならではの良さがあります。季節の移ろいを感じながら海遊びをするのもいいものです。
 年に何度か、空気が抜けていて、温度もちょうどよく、潮風も爽やかで、空もスコーンと抜けて、そこにいるだけで気持ちいい日があります。そんな日に出会えると、1週間くらいその気持ちよさを反芻しながらニヤニヤしてしまいます。
 なんだか自分で書いていて、海を、ちょっと偏愛しているというか、オタク的というか、危ない感じがしなくもないですが、まあ誰にも迷惑をかけていないようだし、自分がシアワセなんだからそれでいいかなって思います。








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海にいる時間は、ホッとできる時間…



 ぼくにとって海にいるときは、日々の暮らしの中で唯一ホッとできる時間です。
 日々の暮らしといえば、仕事では、もちろんいろいろあって、家のことでも、細かいことがいろいろあります。将来のことを考えれば、不安なこともありますし、ふとしたときに過去の嫌なことを思い出したりもします。おそらく生きるということは、そうした雑事をこなしながら、日々の暮らしに喜び、悲しみながら過ごすということなのでしょう。
 海でウォータースポーツをしているときは、それらのよしなし事から解放されて、自分の時間というか、ちょっと大げさですけど、自分の人生を生きている感覚があります。
 どうしてそんな風に感じるのか考えたんですが、一つは、ウォータースポーツをするということは、自分が望んで、選んで、やっていることだからなのでしょう。
 もう一つは、海という自然に接すること自体が好きで、好きな場にいるから充実感があるのでしょう。
 もう一つは、大学生の頃からサーフィンやスキューバダイビングなどのウォータースポーツをやり続けていて、ウォータースポーツは、楽しかった青春を思い出させるということもあります。
 もう一つは、海という自然と接しているときは、実は自分と向き合っていて、自分のことを内省しているからという面もあります。
 そんなわけで海にいると、ホッとできて、安らかで、気持ちが晴れて、大らかになれます。こんな時間を持ちながら暮らせてシアワセだなっと思います。








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ビーチにいるだけで幸せな日ーあるいはお金で買えないものについてー










 海辺に住んでいると、年に何日かすごく気持ちいい日を経験することがあります。
 本当はもっとあると思うんですが、仕事などの用事がない日に遭遇するいい日っつうのは、だいたい一桁台のような気がします。というわけでそういう日は貴重です。

 サーフィンの場合などは、すごくいい波にあたる日はもっと貴重だと思うんです。だから本気のサーファーは、好きな時に休みが取れるような仕事を選んだりして、ポイントに近いところに住んでますよね。
 その気持ちすごくわかります。
 すごくいい波の日に次にいつ巡り会うかわかりませんから…
 いい波の日の価値というのは、職業選択の重要なポイントっつうことですね。

 で、サーファーは波中心で海を見ますが、海好きにとっては、普通に気持ちいい日も貴重です。
 普通に気持ちいい日ってなんなのか? そんな漠然とした企画が通ると思ってるのか? データの裏付けをつけて、今週中に再提案しろ! とかって会社だといわれそうですけど、それは総合的に気持ちいいわけで、暑すぎず寒すぎず、風もほどよく、海も穏やか、空気は乾いていて爽やかなどなどの自然条件を兼ね備えた日のことなのです。

 そんな日というのは海好きな人はわかっていて、ビーチに出てくるのです。そんな日は家の用事も後回しにして、海に出てくるのです。で、だいたい同じような顔ぶれが出てきているのです。
 うちの辺りだとご近所さんはだいたい顔がわかっているわけですが、さらに海で会う人というのは、もっと限られていて、もう定番なんですね。んで、ビーチであいさつしたり、持ってきた弁当を交換したりして、ミニパーティーみたいになったりするわけです。

 そういう日って、お金には換算できないけど、すごく大切です。




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疲れたときは、一人で海でボーッとしています



 なんとなく疲れていたり、やる気が出ないときってありませんか?
 ぼくはたまにそういうときがあります。たいてい忙しい日々が続いたり、環境が大きく変化したときです。
 そんなときは、家の近くの海に行って、ぼんやり海を眺めます。そこはほとんど人が来ない海なので、一人で静かに海を眺めていられます。
 2時間とか3時間とかボーッと海を眺めています。
 もちろんひたすらボーッとできるわけではなくて、いろいろ考えごとをしてしまいます。本当は無心に海を眺めていられればいいのでしょうが、なかなかそうはいきません…
 目の前の圧倒的に大きな海と広い空を眺めながら、波の音を聞いて、潮風に吹かれて、太陽の光を浴びていると、いくらか気持ちが盛り上がってきて、少し元気になれます。

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人工物から受けるストレスを海で解消しています



 自然はたいていそうですが、時として、とても美しい風景を見せてくれます。
 海にいると美しい自然の風景に出会うことがあります。
 美しいカーブを描くうねり、様々な物を巻き込んでしまいそうな輪を描く大波、魚のうろこのように太陽の光を受けてキラキラと輝くさざ波、威圧感を持って海の中にそびえ立つ岩礁、海上に突然鮮やかに現れる虹、力強い入道雲、微妙な色に空を染める夕暮れなど、数え上げたらキリがありません。
 自然は時として人間の生活を瞬間的に壊してしまうこともありますが、それを補ってあまりあるほど、その美しさで人の心を癒やします。
 ぼくは休日には、シーカヤックで海に出て、一日中パドリングしていることがあります。いえいえ時には浜でキャンプしながら2、3日パドリングすることもあります。
 そんな海での時間の中で、先ほど書いたような海の美しい風景に出会います。運がいいときには何度も、これまで見たことがないような美しい風景に…
 一日中海の上にいると、たまに漁船とすれ違うくらいで、自分一人と海と空と遠くの陸地が見えるだけという状況がままあります。海と波と岩礁と遠くの陸地と空と太陽と雲と風…
 そんな風に自然に囲まれた日々を送っていると、ココロの奥の方のストレスの塊がほどけて柔らかくなるような感覚があります。町での暮らしの中でココロに溜まった澱のようなものが、すっかり流れ出ていくような感覚ともいえます。よくある言葉を使うのなら、癒されている、のだと思います。その癒しは、他人と接しないということと、自然に囲まれていることからきているんだと推測します。
 シーカヤックでの旅を終えて、町の暮らしに戻ると、他者との距離の近さに違和感があります。特に電車の中とかエレベーターの中での距離感は、すごく抵抗があります。精神的圧迫があります。わかりやすくいうと「いやだな」という感じです。
 もうひとつ違和感があることに、直線や円などの幾何学的な造形に囲まれることで、頭がクラクラします。
 ぼくの個人的なケースだと思いますが、他者との異様に近い距離や幾何学的な造形ー人工的な環境ーに囲まれて過ごすことは、ぼくにとってはストレスなようです。
 町での暮らしが続くとそれが当たり前になって、自覚はなく、ストレスだと感じませんが、それは間違いなくココロに少しずつ溜まっていくような気がしています。
 ぼくの場合少しずつ溜まったストレスは、ある程度のところで、ドッと来る疲れになるのが経験的にわかっているので、溜まる前に海でストレス解消するようにしています。

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海で遊ぶと体調がいい気がします



 ぼくは小さい頃から、中耳炎になったり、すぐに扁桃腺が腫れたりして、耳鼻咽喉系が弱い子供でした。今思えば、当時は花粉症という病名はありませんでしたが、すでに花粉症だったと思います。
 そんなわけで、ずいぶん耳鼻科には通い、煩わしい思いもしました。
 そんなぼくですが、大人になってウォータースポーツをやるようになり、さらに海辺に住むようになって、耳鼻咽喉系の病が軽くなったような気がします。花粉症は相変わらず症状が出るんですが、それ以外は滅多に出なくなりました。
 これが海の効果なのか、大人になったからなのか、あるいはまったく違う原因によるものなのかはわかりませんが、楽になったのは確かです。
 ただ、うちの近所に都会から引っ越してくる方の中には、お子さんがアトピーだとかアレルギーだとかで悩まれていて、空気のキレイなところで子育てしたほうがよいと思ったという方もいらっしゃるので、海辺の効果というのはあるのかもしれません。
 ちなみにぼくは花粉症がひどくなる2月から5月くらいまでは、休みの日はスキューバダイビングかスノーケリングをするようにしています。そうすると海水で鼻の通りがよくなって、花粉症の症状が軽くなります。
 これも海辺で暮らす効用の1つかもしれません。

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窓から海を眺める時間の幸せ



 普段、隙があれば海に出て遊ぼうとして、妻に呆れられています。
 よほど海が荒れていない限り、海に出て、スキューバダイビング・シーカヤック・サーフィン・セイリングなどをします。
 海が荒れていて出られないときも、雨が降っていなければ、海辺を散歩したり、ジョギングしたり、サイクリングしたりします(ちょっとの雨なら外に出ます)。
 屋外にいるのが好きなので、どうしてもそんな日々になります。

 海が荒れていて、大雨の時にはさすがに家にいますが、音楽を聴きつつ、コーヒーなどを飲みつつ、窓から海を眺めています。
 結構な時間眺めていられまして、1時間は短い方で、2時間くらいボーッと海を眺めていられます。普段家からゆっくり海を眺めることはそんなにないので、それはそれでホッとできる時間です。
 窓には雨が叩きつけていて、その向こうには霞んだ鈍色の海が見えます。海はうさぎが跳ねていて、波の方向で風向きがわかります。
 あぁ、もし自分がこの海を航海しなければならないとしたらかなりしんどいなあ、でも大型の定期船や連絡船などは動いているだろうから、そういう人達はたいへんだよな、なんて考えたりしながら、海を眺めています。
 海は凪だと本当に楽しいんだけど、一旦荒れると本当に怖いよなぁ、なんて思いながら、海を眺めています。
 今日もこうして健康で、おいしくコーヒーが飲めて、海が眺めていられて幸せだなあと思うのです。

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