海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
海辺では風で季節を感じます
海辺にもよるかもしれませんが、ぼくのあたりでは、夏は湿気が多い南風が吹きます。
9月も下旬になると、そんな夏の風がだんだん少なくなって、湿気が少ない爽やかな風が吹くようになります。
やがて夕方に西風が吹く日が多くなってきます。
それがちょうど10月頃。
そう、西風が吹き始めると、ぼくは秋を感じます。
風は爽やかで、涼しくて、過ごしやすい季節ですが、夏の終わりと少し冬の気配を含んでいて、ちょっと寂しいような気がするのも、この時期の特徴です。
もうしばらくすると一日中西風が吹くようになります。
そして、西風がだんだん北寄りの風に変わっていくと、本格的な冬の訪れです。
海辺では風向きで季節を感じます。
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だんだん空気が抜けてくる季節ですね
海辺に暮らしていると、折々に海を眺めるわけですが、秋から冬にかけて、だんだん空気の透明度がよくなって、空が高く、海も遠くまでくっきり見渡せる日が多くなります。
たとえば、ぼくの家からは伊豆大島が見えるんですが、冬になると島影がくっきり見えるようになります。
それ以外にも伊豆の海岸線や遠くの山の稜線、富士山もくっきり見えるのです。
あそこの山は丹沢だなとか、あそこはちょっと町ぽいなとか、あの白いデカイ建物はなんだろうとか、富士山の白いところが大きくなっているから雪が降ったんだな、などと思いながら眺めています。
そんな日はたいてい空気もからっとしていて、爽やかです。
ビーチに座って、そんな風景を眺めていると、あっという間に1時間とか2時間とか経っていて、自分でも自分のことを、若干あきれることがあります。
たぶん勝間さんとかビジネスバリバリ系の人から見ると「なんて時間を無駄遣いしているんだ」という感じなのかもしれません。
でも、そういう時間が大好きで、なんか充実して元気になるんですよね。
自分は自分で自分なんだからしょーがない
先日、休みの日に1日砂浜にいて、ボッーと考え事をしていました。
自分は自分で、自分のままでしょうがない。
なんていうと当たり前のことと思われるかもしれません。
でも、ぼくちんの場合、どうも周りの期待に応えようとしすぎて無理をするところがあるような気がしないでもないというか、ムニャムニャ…
早い話、いい子になろうとするんですね。
その背後には、自分に自信がない、周りの人に高く評価をされないと自分の存在がグラついてしまいそうな気がするという思いがあるんじゃないかって、まあそんな風に思ったわけです。
人間の根っこに自信がない。こういう生き方はどこかで調整しないと、無理が来るんじゃないかと思いつつここまで生きてきちゃったんどす。
でも、人って誰でも多少は他人の評価が気になるものじゃないかなと思ったりしてね…
まったく気にならない人って社会人ではないのではないか?とさえ思います。
ただ自分の場合、それが過剰に気にしすぎる側にいっているので、もう少しバランスをとってもいいんじゃないかと、そっと海風が教えてくれましたとさ。
他人にどう思われてもいいじゃないか。
他人がどう思うと、それが自分なんだからしょうがない。
ここまでは他人の評価と自分の存在の問題。
って相田みつおがいっていました。
というのはウソです。
もうひとつの問題は、組織で仕事をするということと自分の存在とのぶつかりあいでございますな。
組織で仕事をするということは、組織の利益のために働くということで、それが自分の正しいと思っていることとぶつかることもあったりします。こういうときにどう判断するかです。
アメリカの映画なんかだと主人公がかっこよく会社を辞めちゃって、自分で会社を立ち上げちゃったりしますが、そんなもんそう簡単にいくかよ。
極端な場合、組織の利益のためにやらなければいけないことが、自分の正しいと思っていることと違うので、やりたくないといったとき、仕事をやめなければならなくなったらどうするかです。
仕事をやめれば収入が途絶えるわけで、それは困るぞ、家族の生活や子供の学費とかどうすんのってな感じです。
じゃあ自分の考えを曲げて、組織の命令に従うか?
おそらくここでの正解は、うまくごまかしてその仕事をやらないで済むように持っていくことでしょう。
自分のこうした性質は昔からのもので、半ばあきらめているのですが、もう少しマイペースに生きてもいいのかなという気がします。
といっても古くからの友人なんかは「お前は十分すぎるほどマイペースだよ」っていわれたりしますが、どうすればいいでしょうか? ペンネーム、うさぎは寂しいと死んじゃうのよさんからのお便りです。
そういう自分の性質を、海辺のノンビリ生活で、かろうじてバランスさせているというのが正直なところです。決して海を愛するさすらいの自由人ではありません。
ぼくの友人で、ぼくとは正反対のタイプの奴がいます。
すごくマイペース。
時には協調性がなさすぎるのではないかと思えるほどです。
一度はっきり注意した方がいいと思ってるんですが、ヤツのマイペースさに巻き込まれて何十年もいえないでいます。この気持ちどうしたらいいでしょうか? ラジオネーム、ボス、曙町で殺しです。ジーパンちょっと待て。だって山さん…さんからのお便りです。
でも、ヤツは自分が正しいと思ったことはやるし、周りがなんていおうとへっちゃらです。
ぼくは彼がすごくうらやましい。人間の根っこが違うと思います。尊敬しちゃいます。
バカなとりとめのない話になってしまいました。
読んでしまった人、怒ったりしちゃだめだぞ…
夜景を眺めながら酒を飲みボーッとする
夜景というのは綺麗ですね。
都会の夜景も、もちろん美しいんですが、海辺の夜景もいいものです。
海にある灯りをいくつか挙げてみましょう。
灯台、海岸沿いの道を走る車の灯り、漁り火、遠くの島や半島の灯りなどなど。
夜景をしばらく眺めていると、心持ちがある状態になることがあります。その心持ちはなんと表現すればいいんでしょうか。しんみりでもあり、ゆったりでもあり、切なくもあり、暖かくもあります。そしてやがて自分が闇に溶け出していくというか、闇と一体になる感覚になることがあります。その感じを味わいたくて、夜景を眺めたりします。
灯りのある場所には人の暮らしがあるという文章を読んだことがありますが、人々の暮らしの様子を想像しながら灯りを眺めてみると、なかなか感慨深いものがあります。
忙しい日々の中で、灯りをぼんやり眺める時間を作ること自体が、すごく意識的なことです。そういう時間を大切にしたいですね。
ぼくは金曜日の夜、仕事が終わった後、家に帰る途中で、海辺を散歩することがあります。その道すがらに、夜景がキレイに見える場所があるんですよ。
途中で買った缶ビールを飲みながら、防波堤に腰掛けて、ボーッと夜景を眺めています。
仕事からの開放感と土日休みのうれしさの中で、海の夜景を眺めるのは、他では味わえない喜びです。
身体の芯から余計な力みが抜けて、くつろいでいくのが実感できます。
もし今度機会があったら、海辺をドライブした時、海辺のレストランにいる時、散歩している時、しばらくの間夜景を眺めてみてはどうでしょうか?
高田純次さんっぽい海辺の友達
いつから親しくなったのか忘れちゃったんですけど、ぼくんちの近所の友達で、いつも飄々と、ブラブラしている人がいるんです。
サーフィンかシーカヤックの時、つまり海で遊んでいる時に、やたら会うんで、話すようになって、飲むようになったんですね。
こういう出会いって、海辺に住んでいるとわりとあります。
そんでその人が、なんとなく雰囲気が高田純次さんっぽい、テキトーな感じなんですよね。高田さんほど歳ではないですが、オジサンです。
何をして食べているのかイマイチよくわからないんですが、海の家をやったり、シーカヤック教室をしたり、海外にマリングッズを買い付けに行ったり、NPOで子供相手に自然教室をしていたりと、その話も型にはまっていなくてオモシロイんですね。
その話がウソかホントかよくわからないのも、悪くないテキトーさが醸し出されていい感じです。
その人と話をすると、なんとなく雰囲気がユルくて、そのユルさが、ぼくにいい具合に影響を与えてくれるようです。
なんだか話した後に、和むというか、ノンビリするというか、細かいことがどうでもよくなるというか、癒されるというか、まあそんな感じになるんです。
ただ難点なのは、自分がセコセコとサラリーマン生活をしているのがバカらしくなってしまうということでしょうか…
星空と波の音
夏はエアコンをつけることがほとんどありません。
家族のみんながエアコンが好きでないのが一番の理由ですが、午後の2、3時間をやり過ごせば、それほど暑くはないからというのも理由のひとつです。
陽が傾くと海からの風で過ごしやすくなります。夜も窓を開けて扇風機をつければ、なんとか眠れます。
朝だって陽が昇る前は少し肌寒いくらいなんです。
そんな夏の夜、ベッドに横になっていると波の音が聞こえてきます。
波の音の大きさや周期で海の様子がだいたいわかります。台風などで海が荒れていると、波の音は大きく低く響きますし、べた凪の日は、波の音が聞こえないこともあります。
波の音を聞きながらウトウトと眠りにつき始める時というのは、なんともいい気持ちです。
たいしたことではないんですが、こんな小さな楽しみが海辺の暮らしにはあります。わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないです、ね。
家族のみんながエアコンが好きでないのが一番の理由ですが、午後の2、3時間をやり過ごせば、それほど暑くはないからというのも理由のひとつです。
陽が傾くと海からの風で過ごしやすくなります。夜も窓を開けて扇風機をつければ、なんとか眠れます。
朝だって陽が昇る前は少し肌寒いくらいなんです。
そんな夏の夜、ベッドに横になっていると波の音が聞こえてきます。
波の音の大きさや周期で海の様子がだいたいわかります。台風などで海が荒れていると、波の音は大きく低く響きますし、べた凪の日は、波の音が聞こえないこともあります。
波の音を聞きながらウトウトと眠りにつき始める時というのは、なんともいい気持ちです。
たいしたことではないんですが、こんな小さな楽しみが海辺の暮らしにはあります。わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないです、ね。
ニワトリや山羊を飼いたい
庭でニワトリを二羽飼いたいと思っています。
というのは少し冗談ですが、本当にニワトリを飼いたいと思っている今日この頃です。
ただ、今住んでいるところは隣家が近いので、ニワトリの鳴き声が迷惑かなーと思い、遠慮しています。
ぼくの母方の祖父母は、晩年田舎暮らしをしました。
子供の頃、そんな祖父母の家によく遊びにいって、楽しかったのを覚えています。
祖父母の家では、ニワトリと山羊を飼っていました。
だから毎朝、卵と山羊のミルクが出てきて、それがおいしかったんですね。
ぼくもだいぶ歳をとってきたせいか、そういう暮らしに憧れるようになりました。
ニワトリがいて、畑をやって、できれば山羊なんかも飼って、みたいな…
ちょっと「田舎暮らし憧れ症候群」でしょうか?
海が好きでしょうがない人達
世の中にはいろいろな趣味があるもので、車が好きでしょうがないとか、ゴルフが好きでしょうがないとか、盆栽が好きでしょうがない、というのは普通の趣味の部類に入ると思うんです。
世の中には、海が好きでしょうがないという人がいます。
海辺に住んでいると、そういう人って結構いるんだなと実感します。
もちろんぼくも海が好きです。
例えば、知り合いのサラリーマンは土日はたいてい海にいます。それも朝から暗くなるまで。 やっていることはいろいろなんです。
シーカヤックだったり、ディンギーだったり、釣りだったり、時にはただボーッと海を見ているだけだったりするんですが、とにかくこの人は海にいるのが好きらしいんです。
もう一人は海辺で喫茶店といいますかカフェをやっている人で、この人はスキューバーダイビングのインストラクターをやったり、フリーターをやったり、海の家をやったりしてたんですが、ついにとうとう海の見えるカフェを始めてしまいました。
もちろんコーヒーを淹れながら海が眺められます。
もう一人はもう60歳近いオッサンです。
今は役場のアルバイトみたいなことをやっているんですが、何年か前は大企業のサラリーマンでした。希望退職制度に応募してリタイアして、海辺の町に家を建てました。
年金がまだもらえないので働かなきゃいけないらしいんですが、なかなかいい職がないそうです。
みなさん境遇はいろいろですが、海が好きでどうしようもない人たちです。
海の何がいいんでしょうか?
たとえば、初夏の頃、気温はちょうどよくて、陽射しがまぶしく水面に反射しています。潮風が気持ちがいい感じ。波の音が繰り返しています。
そんな中でボーッとしているとなんとも幸せな気分になります。
のんびりして、心の真ん中あたりがほぐれてくる感じです。
肩の辺りの力がスーッと抜けていきます。
「ああ、今自分は幸せだな」と感じます。
世の中のすべてが輝いています。
そういう瞬間が年に何回かあります。それを一度体験してしまうと、海にハマります。
一言でいえば癒されるとかリラックスできるということだと思いますが、実際に体と心に及ぼす作用はもっと大きく深く、ある意味で重いものです。
一方でサーフィンなどのウォータースポーツの楽しみももちろんあります。
ウォータースポーツそれぞれに魅力があります。
これは上達したり、新しい場面に遭遇したり、冒険っぽい体験をすることを通して楽しみが得られます。
やはり年に数回ですが、ウォータースポーツしている時に、先ほどのすごくいい状況に出くわすことがあります。
そのときの幸福感というのはまた格別です。
ぼくの場合、意識を集中すれば、過去のそういった場面や自分の気持ちをかなりリアルに想い出すことができます。
そういう経験をすると、ウォータースポーツは海と接する方便という気がしてきます。いろいろな人を見ていると、たまたまそのウォータースポーツをしているだけで、結局は海で遊びたいだけなじゃないかと思うのです。
海に接して、海のパワーをもらっている、それ自体が好きなんだと思うのです。
でも、そういう海との付き合い方ってアリだなって思います。
なんとかなるだろうと考えることの効用
海辺の時間の流れ方
海が好きで、海外も含めていろんな海辺に行ってきました。
気がついたことのひとつに、そこで暮らしている人のノンビリした暮らし方があります。
たとえば沖縄の島々では、農作業などをしている人は、昼は暑いので2、3時間は休憩していたりする光景を見ました。
町の商店に行っても、店主はどこかに行っていていないということも結構ありました。店は開けっ放しなんですけどね。
別に沖縄まで行かなくても、伊豆あたりでも、みなさん、わりとノンビリ仕事をしているような感じです。もちろんぼくは旅行者として、その人達の一面しか見ていないのかもしれませんけど…
ただ東京のオフィス街にいる人のリズムと明らかに違います。
ぼく的な感覚でいわせてもらうならば、大企業のお偉いさんや中間管理職の方々は、一度沖縄の離島あたりに1週間くらい行ってみたらどうでしょうか?
普段の異常に忙しく、異常に細かく、異常に何かに追われているような自分の生活を、ちょっと引いて眺めることができるかもしれません。
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