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海辺に通う?移住する?その違いって?

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 ぼくは海辺で自然の豊かな場所が好きです。
 たぶん人にはいろいろな好みがあって、六本木ヒルズに住んで夜景を眺めるのが好きという人もいるでしょう。

 ぼくは街に行くとそれだけで疲れちゃうんです。
 人が多いのと人のリズムが速いのが苦手です。
 目の前にビルとか何かしらの建物が建っていて、視線が抜けていない感じも息苦しさを感じます。
 空が狭くしか見えないのも圧迫感があります。

 海辺に暮らし始めて、十数年が経とうとしていますが、それまでは東京に住んでいたのでした。
 基本はさっき書いたような気分だったので、イライラや抑鬱感は、今思い出せば相当なものだったと思います。
 そのウサを晴らすように、毎週末、というか具体的にいうと金曜日の夜から、海遊び道具を車に積んで、伊豆や房総、伊豆七島などへ通っていました。戻ってくるのは日曜の夜か月曜の朝。月曜の早朝に自宅に荷物を置いて、シャワーを浴びて、スーツに着替えていたのを思い出します。

 海、潮風、陽射し、広い視界、自然との近い距離、ゆるい空気、人々のリズム、どれをとっても今の暮らしの方が、ぼくの好みです。気持ちが安らぎますし、毎日その空気の中にいることに意味があります。

 職場は残念ながら街にあるところに通っています。
 本当は、職も自然が多い、家に近いところで得たいのですが、なかなか思ったとおりにはいきません。

 うまい喩えではないかもしれませんが、ぼくは肩こりでして、年に何回かは鍼灸・整体に行って肩こりをほぐしてもらうんです。でも本当は肩こりをしない暮らしをするのがベストなはずです。
 自然に近いところで暮らすのも同じようなものかもしれません。街に住んでいると、知らず知らずのうちにココロに澱のようなものがこびりついていくような気がします。それをレジャーでウサを晴らすのですが、毎日、澱が溜まるような無理をしていることは間違いないわけです。

 よく知り合いに訊かれるんですが、都心に住んで、海辺に別荘を持って、週末はそこで暮らした方が、肉体的にも時間的にもいいんじゃない? と…
 それははっきりと違います。
 毎日海のそばで起きて、その空気を吸って、一旦は出かけますけど、またそこに戻ってくるというのが、すごく大切です。

 先ほどの喩えでいうと、肩こりがひどくなる前に毎日ストレッチして、その都度リセットするのに似ています。

 置いている軸足の位置が基本的に違うということは、表面的には大差がないようですが、気がつかないだけで、それはさまざまなところに現れてくる、ということは一般的によく経験することです。

 さて、もしこれを読んでいる方に、ぼくと同じような状況の方がいたとして、本当は海辺に引っ越したいんだけど、仕事が…家族が…と迷っている方がいるようでしたら、同情します。
 できる範囲で自分の望む生活に近づけていくなんてことでどうでしょうか?

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海辺散歩深呼吸で気分スッキリ

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 空気が澄んで、爽やかで、寒くもなく、暑くもない、そんな気持ちがいい日が年に何回かあります。
 そんな日に海辺を散歩しているとすごく気持ちいいんですね。
 しばらく歩くと目の前が開けて、いい景色が広がる時があります。

 そんなときは少し立ち止まって、深呼吸してみてください。海の空気を体にたっぷり取り込んでください。
 呼吸というのは不思議なもので、深呼吸を繰り返していると気持ちが落ち着いてきます。

 もし詳しい方なら丹田呼吸法とかヨガの呼吸法なんていいかもしれません。

 そして両手を頭の上にあげて背伸びしてみてください。ストレッチの経験がある方は、ストレッチをひととおりこなすのもいいでしょう。
 これだけのことでずいぶん気分が変わります。すっきりします。

 仕事が忙しくて、気分がワサワサしてしまう時がありますが、そういう時に海辺散歩深呼吸はオススメです。

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冬の海だって楽しい


 みなさん冬っていつからですか?
 12月?
 1月?
 11月?
 住んでいる場所にもよりますよね。

 ぼくの住んでいる相模湾の海でいえば、本格的な冬だと感じるのは1月下旬か2月からです。それまでは、寒いながらも空気に緩い感じがあります。真冬のようなピィンと張りつめた冷たさがありません。陽射しがある風のない日は、ぜんぜん海で遊べます。

 たとえ2月に入っても、きちんと防寒すれば海遊びができます。ましてや海辺を散歩する程度であれば、ぜんぜん平気です。
 スキューバーダイビングでいえばドライスーツを着て、ガンガン潜ります。ただ、魚が少なくなるので、そんなに面白くはありませんが…
 水中は冬の海の方が、透明度が高くて、遠くまで見渡せて気持ちいいですね。遠くの方にカメやカツオなどの大物が悠々と泳いでいるのを見つけるとけっこう興奮します。

 シーカヤックやセイリングにしても北風がすごく強い日はキツいですが、でも海に出られます。

 どうしても寒い時は、厚着して、帽子も耳まで覆うヤツをかぶって、手袋をして海岸べりを歩きます。海版のハイキングというかトレッキングですね。丸1日かけて海岸づたいに歩いて行きます。

 陸にいて「海に出たいなー」なんてモヤモヤ海を眺めているよりは、ちょっと寒くても海に出ていく方が、気分がスッキリしていいですね。

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最近イライラしていると思ったら海へ

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 サラリーマンの方で「自分は最近イライラしているなあ」とか「何かに追われて焦っている感じ」って自覚する時ってありませんか?

 ぼくはあります。
 忙しくて、やることが山ほどあって、どれも締切りが近かったりすると…

 ぼくの個人的な話で参考になるかわかりませんが、ぼくの場合そういうときは、休みの日に、まず鍼灸整体に行きます。
 っていうのも、ぼくは昔っからの肩こり。
 イライラしている時はたいてい肩が凝っていて、自分でやるストレッチぐらいでは、とてもほぐれないです。
 鍼とマッサージと整体をやってもらうと、だいぶ楽になります。
 肩が軽い感じです。肩の重荷をおろした感じ。

 それから海に行きます。
 シーカヤックかサーフィンができるといいですが、できない海況でも、砂浜を散歩します。
 そうすると、ノンビリ、タラタラ、以前のペースに戻ります。
 やっと自分のホームポジションに戻ってきたという感じがします。

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海辺の時間の流れ方

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 海辺にはゆったりした時間が流れています。

 風に揺れる林の葉のふれあう音。

 オンショアの潮風に感じる遠い台風の気配。

 ビーチに打ち上げられた外国製のビン。

 季節の移り変わりを表す木々の様子。

 自然は、少しずつですが、休むことなく変化していきます。

 普段の忙しい日々の中で見過ごしがちなことにふと気づくのも、ゆっくり流れる時間おかげかもしれません。

 そして自分も大きな自然の一部として否応なく変化していくのでしょう。

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海でノンビリするといっても、うわてがいるもんですね

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 都会ってみんながやたら忙しそうですね。
 オフィス街なんかだと特にそう。
 仕事の締め切りとかプロジェクトのスケジュールとか相手先との打ち合わせの時間とか、とにかく仕事がらみで時間に追われるのは、仕事をしている人にとっては、当たり前のことですね。
 ぼくの同僚でスケジュール帳が埋まってないと不安だっていう人がいます。次々とやることが押し寄せているようだと充実感があるらしいです…

 なんといえばいいか迷いますが、ぼくからすれば、驚異ですね。すごい、と思う。その性格が少しでもぼくにあれば、もう少し普通な人生を送っていたでしょう。

 ぼくはできる限りノンビリしていたいです。
 力の限りノンビリしていたいです。
 動物のナマケモノが本当に怠け者か知らないけど、あんな感じで日がな一日暮らしたいですね。

 いや、もうちょっと正確にいうと、他人に指示されたり、しょーがなくやらなければいけないことはやりたくないのです。
 自分がやりたいと思ったことだけをやりたい、って、そりゃワガママだろうと思うけど、本心としてそう思います。

 だから休みの日に、海にいると、あまりルールはないし(キャンプをしちゃいけないとか、貝や魚をとっちゃいけないというルールはありますね)、○○しなさいっていう人もいないので、すごくうれしいです。
 ボーッとしたり、本読んだり、気が向いたら海でチャプチャプしたり、そんな1日ってなんてステキなんでしょう、ウフ、です。

 海にいると、ぼくと同じような性格の人をたまに見かけて、中にはぼくよりも激しくその欲望を追求しているようなので、そういう人を尊敬するやら、羨ましいやら…
 だって、ぼくが海にいると、その人もたいてい海にいるんです。デッキチェアに寝っ転がったり、シュノーケリングしたり、サーフィンしたり、カヤックしたり、ビール飲んだりしているんです。
 皮膚なんて年中真っ黒。
 他人事だけど、どうやって生計を立てているんだろう?です。
 そういうのを見ると、自分はまだまだツメが甘いなと思います。
 もっと頑張って、全力を尽くして、海でノンビリしたいと思います。

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海辺では風で季節を感じます

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 海辺にもよるかもしれませんが、ぼくのあたりでは、夏は湿気が多い南風が吹きます。
 9月も下旬になると、そんな夏の風がだんだん少なくなって、湿気が少ない爽やかな風が吹くようになります。
 やがて夕方に西風が吹く日が多くなってきます。
 それがちょうど10月頃。

 そう、西風が吹き始めると、ぼくは秋を感じます。

 風は爽やかで、涼しくて、過ごしやすい季節ですが、夏の終わりと少し冬の気配を含んでいて、ちょっと寂しいような気がするのも、この時期の特徴です。

 もうしばらくすると一日中西風が吹くようになります。
 そして、西風がだんだん北寄りの風に変わっていくと、本格的な冬の訪れです。

 海辺では風向きで季節を感じます。

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だんだん空気が抜けてくる季節ですね

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 海辺に暮らしていると、折々に海を眺めるわけですが、秋から冬にかけて、だんだん空気の透明度がよくなって、空が高く、海も遠くまでくっきり見渡せる日が多くなります。

 たとえば、ぼくの家からは伊豆大島が見えるんですが、冬になると島影がくっきり見えるようになります。
 それ以外にも伊豆の海岸線や遠くの山の稜線、富士山もくっきり見えるのです。
 あそこの山は丹沢だなとか、あそこはちょっと町ぽいなとか、あの白いデカイ建物はなんだろうとか、富士山の白いところが大きくなっているから雪が降ったんだな、などと思いながら眺めています。

 そんな日はたいてい空気もからっとしていて、爽やかです。
 ビーチに座って、そんな風景を眺めていると、あっという間に1時間とか2時間とか経っていて、自分でも自分のことを、若干あきれることがあります。

 たぶん勝間さんとかビジネスバリバリ系の人から見ると「なんて時間を無駄遣いしているんだ」という感じなのかもしれません。
 でも、そういう時間が大好きで、なんか充実して元気になるんですよね。

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自分は自分で自分なんだからしょーがない


 先日、休みの日に1日砂浜にいて、ボッーと考え事をしていました。

 自分は自分で、自分のままでしょうがない。

 なんていうと当たり前のことと思われるかもしれません。
 でも、ぼくちんの場合、どうも周りの期待に応えようとしすぎて無理をするところがあるような気がしないでもないというか、ムニャムニャ…
 早い話、いい子になろうとするんですね。

 その背後には、自分に自信がない、周りの人に高く評価をされないと自分の存在がグラついてしまいそうな気がするという思いがあるんじゃないかって、まあそんな風に思ったわけです。

 人間の根っこに自信がない。こういう生き方はどこかで調整しないと、無理が来るんじゃないかと思いつつここまで生きてきちゃったんどす。

 でも、人って誰でも多少は他人の評価が気になるものじゃないかなと思ったりしてね…
 まったく気にならない人って社会人ではないのではないか?とさえ思います。

 ただ自分の場合、それが過剰に気にしすぎる側にいっているので、もう少しバランスをとってもいいんじゃないかと、そっと海風が教えてくれましたとさ。


 他人にどう思われてもいいじゃないか。
 他人がどう思うと、それが自分なんだからしょうがない。
 ここまでは他人の評価と自分の存在の問題。

って相田みつおがいっていました。
というのはウソです。


 もうひとつの問題は、組織で仕事をするということと自分の存在とのぶつかりあいでございますな。
 組織で仕事をするということは、組織の利益のために働くということで、それが自分の正しいと思っていることとぶつかることもあったりします。こういうときにどう判断するかです。

 アメリカの映画なんかだと主人公がかっこよく会社を辞めちゃって、自分で会社を立ち上げちゃったりしますが、そんなもんそう簡単にいくかよ。

 極端な場合、組織の利益のためにやらなければいけないことが、自分の正しいと思っていることと違うので、やりたくないといったとき、仕事をやめなければならなくなったらどうするかです。

 仕事をやめれば収入が途絶えるわけで、それは困るぞ、家族の生活や子供の学費とかどうすんのってな感じです。

 じゃあ自分の考えを曲げて、組織の命令に従うか?

 おそらくここでの正解は、うまくごまかしてその仕事をやらないで済むように持っていくことでしょう。


 自分のこうした性質は昔からのもので、半ばあきらめているのですが、もう少しマイペースに生きてもいいのかなという気がします。
 といっても古くからの友人なんかは「お前は十分すぎるほどマイペースだよ」っていわれたりしますが、どうすればいいでしょうか? ペンネーム、うさぎは寂しいと死んじゃうのよさんからのお便りです。

 そういう自分の性質を、海辺のノンビリ生活で、かろうじてバランスさせているというのが正直なところです。決して海を愛するさすらいの自由人ではありません。


 ぼくの友人で、ぼくとは正反対のタイプの奴がいます。
 すごくマイペース。
 時には協調性がなさすぎるのではないかと思えるほどです。
 一度はっきり注意した方がいいと思ってるんですが、ヤツのマイペースさに巻き込まれて何十年もいえないでいます。この気持ちどうしたらいいでしょうか? ラジオネーム、ボス、曙町で殺しです。ジーパンちょっと待て。だって山さん…さんからのお便りです。
 でも、ヤツは自分が正しいと思ったことはやるし、周りがなんていおうとへっちゃらです。
 ぼくは彼がすごくうらやましい。人間の根っこが違うと思います。尊敬しちゃいます。

 バカなとりとめのない話になってしまいました。
 読んでしまった人、怒ったりしちゃだめだぞ…



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夜景を眺めながら酒を飲みボーッとする


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夜景というのは綺麗ですね。
都会の夜景も、もちろん美しいんですが、海辺の夜景もいいものです。

海にある灯りをいくつか挙げてみましょう。
灯台、海岸沿いの道を走る車の灯り、漁り火、遠くの島や半島の灯りなどなど。

夜景をしばらく眺めていると、心持ちがある状態になることがあります。その心持ちはなんと表現すればいいんでしょうか。しんみりでもあり、ゆったりでもあり、切なくもあり、暖かくもあります。そしてやがて自分が闇に溶け出していくというか、闇と一体になる感覚になることがあります。その感じを味わいたくて、夜景を眺めたりします。

灯りのある場所には人の暮らしがあるという文章を読んだことがありますが、人々の暮らしの様子を想像しながら灯りを眺めてみると、なかなか感慨深いものがあります。
忙しい日々の中で、灯りをぼんやり眺める時間を作ること自体が、すごく意識的なことです。そういう時間を大切にしたいですね。

ぼくは金曜日の夜、仕事が終わった後、家に帰る途中で、海辺を散歩することがあります。その道すがらに、夜景がキレイに見える場所があるんですよ。
途中で買った缶ビールを飲みながら、防波堤に腰掛けて、ボーッと夜景を眺めています。
仕事からの開放感と土日休みのうれしさの中で、海の夜景を眺めるのは、他では味わえない喜びです。
身体の芯から余計な力みが抜けて、くつろいでいくのが実感できます。

もし今度機会があったら、海辺をドライブした時、海辺のレストランにいる時、散歩している時、しばらくの間夜景を眺めてみてはどうでしょうか?

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