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海辺をのんびり歩くだけ

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 初秋の休日の早朝。昨日の暑い海の空気が山に当たって、少し靄がかかっているような日。日が出たばかりでまだ暑くない時間。

 たとえば、つれあいや家族で、砂浜を歩いてみてはどうでしょうか?

 どこに行くというわけでもなく、のんびり歩くだけです。
 波は穏やかで、砂浜には犬の散歩させる人がチラホラというるだけです。
 靄がかかった空にはトンビが飛んでいます。
 夏ならば蝉が鳴き始める時間ですが、今の季節は静かなものです。
 時折海から吹いてくる風に松の枝や浜ダイコンが揺れています。

 最近起きたことや話し忘れていたことを、ポツポツと話しながら、砂浜の端をなんとなく目指して歩いていきます。

 これまでいろいろなことがあったし、これからもいろいろあるでしょう。どうしたらいいかわからないことも山積みだし、将来の不安は相変わらずなくなりそうもありません。

 それでも、まあこうして、みんなで気持ちのいい時間を過ごせることは、間違いなく幸せなことです。それでいいんじゃないか、それだけで十分ありがたいことではないか、と思いながら、少しずつ歩いていく。

 そんな時間を過ごしてみませんか?

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海辺の暮らしは自由への入口


 今は世界的な不況で、食べていくのに精一杯、仕事を見つけるのがたいへんなご時世です。そんなときに何をいっているのかと顰蹙をかってしまうかもしれませんが、あえていいましょう。

 どうせ一度の人生なら気楽に楽しく自分のやりたいことを精一杯やりたい。

 それが世の中の間尺に合わなかったり、ちょっと非常識だったりすることはあるかもしれません。でも常識に合わせようとして汲々とするのも、自分として生まれてきた甲斐がないじゃないですか?(もちろん法律違反はいけませんよ)
 ぼくにとって、そういう生き方の象徴というかフィールドが海辺の暮らしなんです。
 多数を頼むわけじゃないんですが、海辺に住んでいると似たような考えの人が結構いるんです。
 いわゆる良い大学出て、大企業に勤めて、あるいは起業して、金儲けて、外車に乗ってみたいな人の反対側の人です。世間の価値観で自分の人生を計ろうとする人の反対側の人です。企業で出世するために、本当は納得いってない上司のいうことをハイハイってきいている人の反対側の人です。そういう人が少なからずいるんですね。

 自分の価値観に忠実にやりたいことをやっている人。見ていて気持ちいいというか、清々しいというか、応援したくなります。憧れます。
 海辺の暮らしをとおして、自由を手に入れたい、そんなことを思う今日この頃です。

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今日1日が楽しければいいや

 いい歳をした大人のみなさん、いかがお過ごしでしょうか?
 きっと毎日いろいろなゴタゴタと格闘しながら、忙しい日々を送っていらっしゃる方は多いんじゃないでしょうか?
 ときどきイヤになっちゃうこともあるんじゃないでしょうか?

 ぼくはそんなとき、週末に海遊びするのを楽しみにして乗り切っていますが、ぼくの知り合いでもっとすごい人がいるんです。
 その人は仕事がかなりできて、バリバリ働いているタイプです。
 彼はテンパりそうになったときは、今日のことだけしか考えないんだそうです。今日1日を楽しくなんとか過ごせればいいや、って考えているそうです。

 なるほどと思って、それからは真似させてもらってます。

 ところで、世間のよしなしごとが、めんどくせーなーなんて思っている時は、たぶんちょっと疲れ気味なんじゃないかと思うんです。
 そういう時は、ぼくの場合は思いっきり海遊びですね。

 海のいいところは、海自体のスケールが大きいので、細かいことがどうでもよく感じちゃうことです。ぼくの場合「まあ細かいことがうまくいかなくたって死ぬわけじゃないよな」って思えます。
 その海の効能に助けれて、日々ノンビリ生きてます。
 

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日々の暮らしへの愛着


 自分の暮らしに愛着を持つ、なんて変ないい方ですね。自分の生活に愛着がない人なんているのか?という疑問が湧いてきます。

 どういうことかというと、毎日忙しくてやらなければいけないことに追われていたりすると、一つひとつのことをじっくりできなかったり、次のことを考えながら流すようにやってしまったり、お金を出して人に頼んだり、そういうことがよくあるわけです。
 そういうのをできる限りやめて、ゆっくりと日々の生活を味わうように過ごしてみたらどうかな?と思うのです。
 そうすると自分の暮らしに愛着や思い入れが生まれるんじゃないでしょうか。

 例えば食事だって、自分の畑や近所で採れた食材を料理して作るのと、ファーストフードを食べるのとでは、一食に対する思い入れ、愛着というのが違ってくるだろうと思うのです。

 家に飾る花にしても、花屋で買ってきてももちろんいいわけですが、近所の山々から採ってきて活けると、その花の命に対して感謝とか愛着が湧きます。

 そういう一つひとつのことを大切にしていくことは、結構大切なのではないかと思います。日々の暮らしを「自分のものにする」ことの充実感は、ひたひたと自分の気持ちや日常に染み通ってきて、時間が経つと人生に大きな差が出てくるのではないかと思います。

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海辺への移住の意味ってなんだろう



たぶん人にはいろいろな好みがあって、六本木ヒルズに住んで夜景を眺めるのが好きという人もいるでしょう。

ぼくは街に行くとそれだけで疲れちゃうんです。
人が多いのと人のリズムが速いのが苦手です。
目の前にビルとか何かしらの建物が建っていて、視線が抜けていない感じも息苦しさを感じます。
空が狭くしか見えないのも圧迫感があります。


海辺に暮らし始めて、十数年が経とうとしていますが、それまでは東京に住んでいたのでした。
基本はさっき書いたような気分だったので、イライラや抑鬱感は、今思い出せば相当なものだったと思います。

そのウサを晴らすように、週末毎に、というか具体的にいうと金曜日の夜から、海遊び道具を持って、伊豆や房総、伊豆七島などへ通っていました。戻ってくるのは日曜の夜か月曜の朝。月曜の早朝に自宅に荷物を置いて、シャワーを浴びて、スーツに着替えていたのを思い出します。

海、潮風、陽射し、広い視界、自然との近い距離、ゆるい空気、人々のリズム、どれをとっても今の暮らしの方が、ぼくの好みです。
気持ちが安らぎますし、毎日その空気の中にいることに意味があります。
職場は残念ながらまだ都心にあるところに通い続けています。本当は、職も自然に近いところで得たいのですが、なかなか思ったとおりにはいきません。


うまい喩えではないかもしれませんが、ぼくは肩こりでして、年に何回かは鍼灸・整体に行って肩こりをほぐしてもらうんです。でも本当は肩こりをしない暮らしをするのがベストなはずです。

自然に近いところで暮らすのも似たようなものかもしれません。街に住んでいると、知らず知らずのうちにココロに澱のようなものがこびりついていくような気がします。それをレジャーでウサを晴らすのですが、毎日、澱が溜まるような無理をしていることは間違いないわけです。


よく知り合いに訊かれるんですが、都心に住んで、海辺に別荘を持って、週末はそこで暮らした方が、肉体的にも時間的にもいいんじゃない? と…
それははっきりと違います。
毎日海のそばで起きて、その空気を吸って、一旦は出かけますけど、またそこに戻ってくるというのが、すごく大切です。

先ほどの喩えでいうと、肩こりがひどくなる前に、毎日ストレッチして、その都度リセットするのに似ています。


置いている軸足の位置が基本的に違うということは、表面的には大差がないようですが、気がつかないだけで、それはさまざまなところに現れてくる、ということは一般的によく経験することです。


さて、もしこれを読んでいる方に、ぼくと同じような状況の方がいたとして、本当は海辺に引っ越したいんだけど、仕事が…家族が…と迷っている方がいるようでしたら、同情します。
できる範囲で自分の望む生活に近づけていきましょう。


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いい歳をしたオトコが昼間からブラブラしていることについて


 ぼくの住んでいるあたりでは、いい歳をしたオトコが昼間からブラブラしている光景をよく見ます。

 たぶん都市郊外の住宅街なんかだとあまりみない光景ではないかなと思います。(そうでもないかも…)
 ぼくの幼い頃は働き盛りのオトコが自営業でもないのに、家にいると、「○○さん家の旦那さんは何してるのかしら?」みたいに奥さん方のうわさ話になっていました。

 で、いい歳をしたオトコがブラブラしているのは、たぶん自由業の人や自営業の人が多いせいかなと思うんです。
 で、それならそれでいいんですが、ぼくの知り合いのいい歳したオトコなんかは、奥さんが大黒柱で、旦那さんが家事担当なんですね。
 こういう状況を見ると、「だらしない」って思う人と「うらやましい」って思う人に分かれることが多いと思うんですけど、みなさんどちらですか?

 ぼくは「うらやましい」派ですねえ。わりと家事とか好きなんですよね。

 もうひとつ良いなと思うのは、住んでいる人がそれを気にしていないことですね。普通に、いい歳をしたオトコと奥さんが世間話してたり、幼稚園バスのお迎えをしていたり、PTAの集まりに混じっていたり、そういうのが違和感がないんです。
 いやあー、おおらかで自由でいいですな。

 って、ぼくがそう考える感覚がおかしいのかな?

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タラタラするのが好きでございます


 ぼくは学生時代、体育会系の部活に入っていましたので、学生時代は部活でよく監督や先輩に「オラ!タラタラすんな!」と怒鳴られていました。
 というような青春時代をおくってしまった反動で、今はタラタラするのが大好きです。できる限りタラタラしたい、力の限りタラタラしたいと思っています。

 ビーチでデッキチェアに座って、日がな一日タラタラしてるのは最高ですね。

 タラタラしながらも、一応、波の音をきいたり、潮風を感じたり、遠くの船を見たり、鳥を見てその種類を考えたりして、本人としては、わりと忙しくしているんですが、どうも周りの人は理解してくれません。わたしはどうしたらいいでしょうか? いいアドバイスをお願いします。ペンネーム「渚のシンドバッド」より。

 というようなことはどうでもいいんですが、タラタラしていると、普段考えない、いろいろなことを考えて、時にはこれまでいい解決策が見つからなかったことでも、いいアイデアが浮かんだりすることもあります。それから、何十年も先のことを考えて、お墓をどうしようとか戒名はやっぱり居士だよなとか、まあサラリーマン的にいうと長期計画とか事業見通しについて思いを巡らしてしまったりして、それがいいんだか悪いんだかよくわかりません。

 ただ何もしていなくてタラタラしているからといって、無駄というわけではないんだよ、ということでしょうか…たぶんそういうことです。

 もし「タラタラ愛好者全国会」みたいな会があったらぜひ入会したいです。
 やっぱりそういう会は、みんなめんどくさがりなので、会合とかやらず会報とかは出さないでしょうね。

 どうでもいいことを長々と書いてしまいました。
 本日の企画グループからの報告は以上です。

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海に沈む夕陽

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西側に開いた海辺に住んでいる楽しみは、海に沈む夕陽です。


こんなある日を想像してみてください。

夏の暑い日、1日海で遊んで身体には心地いい疲れがあって、シャワーを浴びてすっきりしたところです。
冷蔵庫でキンキンに冷えた缶ビールを持って、海の見えるリビングへ行きます。缶ビールはこの間通販で買ったオリオンビール。
窓からは、海とだいぶ西に傾いてきた太陽が見えます。今日は西風が強いので、部屋の中に潮の香りが抜けていきます。
缶ビールをグラスに注いで、ゴクゴク、プハー。
すぐに2杯目を注いで、ゴクゴク。
「西風か、もう夏も終わりだな」なんて独り言をいいつつ、3杯目のビール。
そうこうしているうちに、薄暗くなってきて、オレンジ色の太陽が海に落ちていきます。

こんな1日があると幸せだなと感じます。
明日からも頑張ろうって思います。

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タラタラするのが好きでございます

 ぼくは学生時代、体育会系の部活に入っていましたので、学生時代は部活でよく監督や先輩に「オラ!タラタラすんな!」と怒鳴られていました。
 というような青春時代をおくってしまった反動で、今はタラタラするのが大好きです。できる限りタラタラしたい、力の限りタラタラしたいと思っています。

 ビーチでデッキチェアに座って日がな一日タラタラしてるのは最高ですね。

 タラタラしながらも、一応、波の音をきいたり、潮風を感じたり、遠くの船を見たり、鳥を見てその種類を考えたりして、本人としては、わりと忙しくしているんですが、どうも周りの人は理解してくれません。わたしはどうしたらいいでしょうか? いいアドバイスをお願いします。ペンネーム「渚のシンドバッド」より。

 というようなことはどうでもいいんですが、タラタラしていると、普段考えない、いろいろなことを考えて、時にはこれまでいい解決策が見つからなかったことでも、いいアイデアが浮かんだりすることもあります。それから、何十年も先のことを考えて、お墓をどうしようとか戒名はやっぱり居士だよなとか、まあサラリーマン的にいうと長期計画とか事業見通しについて思いを巡らしてしまったりして、それがいいんだか悪いんだかよくわかりません。

 ただ何もしていなくてタラタラしているからといって、無駄というわけではないんだよ、ということでしょうか…たぶんそういうことです。

 もし「タラタラ愛好者全国会」みたいな会があったらぜひ入会したいです。やっぱりそういう会は、めんどくさいので会合とかやらないし、会報とかは出さないでしょうね。

 どうでもいいことを長々と書いてしまいました。本日の企画グループからの報告は以上です。

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緑と青のコントラストの中で


 ぼくの住んでいる場所の裏は小高い山というか丘になっていて、その斜面は手の入っていない林です。まあ鬱蒼とした手入れされていない林といっていいんじゃないかと思います。

 その林はもちろんぼくのものじゃないのですが、地主さんに話して、ぼくの好きなように手入れさせてもらっています。
 地主さんに文句いって、地主さん側で手入れしてもらってもいいんでしょうけど、ぼくは木々をいじるのが好きなので、休日の暇つぶしという感じで、ルンルンしながら、間伐したり下草刈りをしたりしています。

 一方で、山の反対側は一応オーシャンビューです。
 っていってもそんなに見晴らしがいいわけではありません。もう少し海から離れてもいいから高台の家もありましたが、やはりウォータースポーツがしやすいようにやや低めの海に近い場所を選びました。
 そのせいで見晴らしはそれほどでもないんですね。家々の屋根とか電線とかが視界にはいっちゃいます。

 この山と海に囲まれた環境が、ぼくが長い間、望んでいたことです。
 以前から海と同じくらい山も好きでした。四季の木々の変化やそこに住む動物たちをみるのが好きでした。雑木林の中にいるとなんとも落ち着いた気分になりました。
 一方で、海辺で海を見て暮らしたいというのも長年の希望でした。もう20年近くダイビングやサーフィンなどなどひととおりのウォータースポーツを楽しんできたので、海の近くに住みたいというのは、もう大前提でした。

 緑に囲まれて、緑の懐に抱かれつつ、海を眺めて暮らしたい、というふたつを満たす土地をずいぶん探しました。もちろん仕事の都合もあるので、どこでもいいというわけにはいきません。
 そのあたりの土地探しのことを書き出すときりがないし、住宅情報誌みたいになっちゃうので、やめときましょう。

 今は緑に囲まれながら海を眺めて暮らせています。
 ただ、人の望みにきりはないとはよくいったもので、やはり本当は、もっと山奥で、海を一望できる場所がいいんです。
 海に旅行したり、海遊びをしていると、無意識にそういう場所を探しています。

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