海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
海辺の暮らしとペンキとわたし
海辺の暮らしをしていて感じるのは、ぼくはやたらとペンキを塗るようになったなーということです。
なぜかなーと考えてみたんですが、やっぱり海辺の家は木造がいいし、木造だとどうしても木材を長持ちさせるために、ペンキ塗りが必要だし、海辺だからこそ、夏のギラギラした陽射し、潮風、台風などにさらされてペンキの持ちが悪いからだと思い当たりました。
なんとなくそれが頭にあったせいでしょうか、そういえば周りの人もペンキを塗っている人が多いのですね。気候の穏やかな晴れが続く季節は、そこここでペンキを塗っている姿を目にします。
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放浪したい欲求と人生の不思議…
これまで何度も海旅をしてきました。恋人と妻と家族と、そして仲間と…
ぼくは海が好きで、海旅というだけでゴキゲンなんですが、それぞれに楽しい思い出があります。
やはり誰かと一緒に行く旅というのは楽しいものです。
中でもぼくと同じくらい海が好きで、ウォータースポーツができる仲間と一緒に行く海旅は格別です。ウォータースポーツを通じてある程度共通認識がありますから、余計なことを話さなくても気持ちややりたいことが通じるのがいいですね。
でも、それでもぼくは独りの海旅の楽しさについても大切にしたいと思うのです。
独り海旅の楽しさは、誰かと行く海旅とは違った楽しさがあります。
自分の好きなようにできます。
好きなところへ行けます。そこにずっと居続けることもできます。
好きなように時間を使えます。
話さなくてもいいです。
いくら考えごとをしていてもいいのです。
計画を勝手に変えることができます。
というわけで、ときどき無性に独りで海旅に行きたくなるぼくです。できれば1週間とか1ヶ月とか半年とかそういう長さで、海辺を旅したいと思います。行きたいところへ、計画もなしに旅したいのです。
世に放浪癖という言葉がありますが、ぼくの中にはそういう性向が多少はあるような気がします。寅さんほど強くはないにせよ、時折何かのタイミングで、海辺を放浪したいという気持ちが顔をのぞかせます。そういう気持ちが一旦表面化するとその衝動というのは強くて、抑えるのに苦労します。独りで好きなように好きなところを旅し続けたくてどうしようもなくなるほどです。
海が好きだという気持ちと旅をしたいという気持ちと放浪したいという気持ちが必ずセットで存在するのかわかりません。ぼくの海遊び仲間を見ていると、どうやらそれは別物のようです。ただぼくの中には、海が好きだという気持ちと放浪したいという気持ちはセットで存在しています。そして旅をしたいという気持ちは放浪したいという気持ちと同じなのです。そして旅をしたい=放浪したいだからこそ、独りで旅をしたいという欲求になるようなのです。
こんな自分が、なんとか人並みに働き、家族もいるわけですが、これは本当は自分の人生ではないんじゃないかとときどき思います。本当の自分は今頃、ミクロネシアの小島を旅しているのではないかと思います。夜、Suzanne VegaのCDを聴きながらウイスキーを飲んでいるときによくそういうことを考えます。
海好きな放浪癖を抑えて、よくぞ普通の暮らしをしているものだと、自分のこれまでを振り返ったりします。なぜぼくは、強い放浪衝動を抑えて、いわゆる人並みといわれるような暮らしをし続けられるのでしょうか?
答えはでません。
そして、ぼくはこの先、どこへ行くのだろうか、どんな人生を過ごすのだろうか考えたりします。
海バカ・海道楽を続けていきたい
人からもいわれ、自分でもつくづく思いますが、自分は海バカだな、道楽者だなと感じる今日この頃です。
物心つく頃から海が好きで、中学くらいには独りで電車に乗って、海に遊びに行っていました。音楽も好きでしたが、海っぽい音楽をなんとなくいつも探しているようなところがありました。NHKの番組で海中の映像を見て、スキューバーダイビングというものの存在を知り、いつかやってみたい、自分で海中を動き回って魚を観察したいと思いました。
大学生になってからは、レンタルボード・レンタルウェットスーツでサーフィンを始め、そして念願のスキューバーダイビングの講習を受けたのです。そしてセイリングをやっている同級生からクルーを探しているといわれ、セイリングを始めたのも大学生の頃でした。
社会人となり独身のうちは、仕事が休みの時はたいてい前日夜から海に遊びに行き、月曜の朝、海からそのまま出勤するということ何年も続けていました。給料の多くを海遊びに消費し、貯金はほとんどありませんでした。でも、お金よりもやりたいことを優先するという自分の直感的な信念は今でも正しかったと思っています。
結婚してからも海遊びの頻度は減りましたが、それでも月の休みの半分以上は海にいたと思います。
子供が生まれてからはさすがに、子育てを優先していました。ただそれも子供の手が離れてしまってからは、昔のように休みの多くを海遊びして過ごしています。
これを道楽といわずしてなんといいましょうか。道楽というと日本人としてはマイナスなイメージを感じますので、自分としては、レトリックを駆使して、道楽といわずにライフワークというようにしています。
何といおうと、何といわれようと、好きなことはなかなかやめられるものではありません。そしてもうだいぶ歳をとってきましたので、たぶんこのまま海バカを続けていくのだと思います。
波と風は日々違い、同じコンディションはありません。そんな違いを楽しみながらウォータースポーツをしていきたいのです。世界にも日本にも行きたい海、潜りたい海は無数にあり、死ぬまでに全部行きたいものだなあと漠然と考えています。

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PLBって何? それでウォータースポーツの安全が高まるなら買ってもいいかも…
(写真はKAZIシープラザHPから転載させていただきました)
先日セイリングの大会の手伝いをしていて、そこで持っている人がいて、それでPLBというものの存在を知りました。PLB?なんじゃそりゃと思いつつ、PLB とはPersonal Locator Beaconというものだそうで、人工衛星を使った個人用遭難信号発信機だそうです。へえー。まだ、よくわからないので検索してみました。
船舶がトラブったときに救難信号を出しますが、あれと似たような機能が日本でも個人で使えるようになったそうです。
ACR ResQLink+(レスキューリンクプラス)という製品です。
船舶の無線場合、電波で、受信側も電波を受ける距離にいないといけませんが、これは人工衛星が電波を受信し、そこから日本の海上保安庁に送られるそうです。GPSが内蔵されていて位置情報も送られるので、それを手掛かりに救助が開始されるようです。
無線の免許申請が必要で、申請時に4,250 円が必要なのと、年600 円の電波利用料が必要とのことです。
機械本体の値段が税込みで50,000円弱です。
水深120mまで対応できる防水のキャニスターもあるようです。
さてここまでが機械の説明です。
これを買ったものかどうか?
シーカヤック・セイリング・スキューバーダイビング・サーフィンをやるぼくとしては、ほとんどの休日を海で過ごしています。しかもちょっと無理目なことに挑戦したがりなお年頃のオジサンときています。
これまでヤバイと思ったことは数知れず、スキューバーダイビングで漂流したこともありましたし、シーカヤックしてる途中で天候が荒れて、ビバークしたこともあった、あぁ目を閉じれば思い浮かぶ、早や幾星霜。
なので、安全や命のことを考えれば値段は高いとはいえないでしょう。いやむしろ安いといってもいいかもしれません。
ただこのような物体を持って海に出るのか?
ただでさえ器材関係で荷物は多いのです。そしてぼくはめんどくさがりなのです。
いいのか、どうするんだ?
続きはwebで…ってこれはwebのブログだ。
来週に続く…いやいや続きません。
自分のペースって
時間があると海にでている今日この頃です。
大きなカイシャとかで、すごくマジメに働いている人いますね。お疲れ様です。頑張ってください。
といいつつぼくはそういうことしないんですね。
別に悪いことをしようとかサボってやろうとかそういうことを思っているわけじゃないんですけど。
ぼくは自分のペースでやりますから、よろしく!ということです。あるいはそこんとこよろしく!といってもいいし、よろしく哀愁!といってもいいわけです。
自分のペースって難しいですね。会社とかだと、ちょっと頑張ると、「お、A君やるじゃないか」なんていわれて褒められたり、周りから認めてもらえます。そうするとやっぱり嬉しいですもんね。人間が不思議なのは、この頑張るA君って、それが普通になってしまうわけで、しばらくすると周囲はなんとも思っちゃいません。
で、会社って年々成長しなければいけないことになっているらしく、そうするとA君はもっと頑張って欲しいといわれるわけです。
で、A君は周囲に褒められたいから、またちょっと頑張っちゃう。そうすると「やっぱりA君すごいね。さすがだね。」ってなって、次ももう少し高い目標、さらに次もという感じになっていくわけです。
で、お読みの方はだいたい想像がつくと思うんですが、A君は疲れてしまってメンタルの病になって、しばらくお休みするというわけです。
自分のペース…
周りに褒められようとしない。格好つけない。周りの評価によって自分を変えない。
ぼくが組織で働いていて驚くのは、在職中すごく尊敬されていた人とかすごく影響力があった人が亡くなったときです。そのときは全社に衝撃が走るわけです。で、告別式に社内外から多くの人が参列します。で、で、それで2週間とか1ヶ月もすると何もなかったかのように組織は動いていて、その亡くなった人のことは、もしかしたらたまに思い出すかもしれませんが、みんな忘れているわけです。
それが組織のいいところでもあり、怖いところでもあります。
組織の側から見れば、組織の継続性の担保ですし、個人の側から見れば、組織のために個人が歯車~交換可能な部品~になるという風にいえるかもしれません。
最初の話に戻ると大きなカイシャというのはたいてい長く続いていて伝統があったりするわけです。そうすると社員も「我が社の伝統を継承するため」なんつって頑張っちゃうんですが、そういうのってすごく崇高な精神のようですけど、個人を犠牲にしかねないので、あんまり近寄らない方がいい気がしています。
海辺で暮らして、日々海を眺めていると、目の前の島は何万年前の噴火でできたんだとか、伊豆半島は200万年前くらいに本州にぶつかったんだよな、それまでは島だったのかなとか、このあたりの地形が隆起したのはいつなんだろうとか、そんなことを考えるわけで、せいぜい100年とか300年とかで伝統なんていって青筋立てているオッサンの顔を思い浮かべると笑っちゃいます。それ自体が人間の物差しで、しかもちっぽけ。中国が4000年の歴史といわれますが、自然とか地球の物差しで見れば、数万年単位ですもん。
そんな時間の中で、多くの人が生まれては死に、生まれては死んで、今の自分が存在しているんですが、そんなちっぽけな自分だからこそ何も気にしないで精一杯やりたいように生きればいいんだなあ、なんて思います。周りに褒められようとか、周囲の人がああしてるから、自分だけ浮かないように同じようにしようとか、格好つけようとか、歴史に名を残そうとか、そんなこと気にすることはないんじゃないかなあ、なんて思います。あと100年もすれば誰も憶えちゃいません。

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CRC556のPBがカインズで売っている
海辺の暮らしでよく使うものはCRC556です。いわずとしれた呉工業が作っている潤滑剤。同じ会社からでているCRC666というのもあります。
これについては以前記事を書きました。
ぼくがセイリングやシーカヤックやスキューバーダイビングをやることもあるでしょうが、我が家ではCRC556をよく使います。海辺の暮らしは錆との闘い、そして可動部を滑らかに動かすのはCRC556というわけですね。
海遊び器材を使った後、水洗いして、可動部にCRC556。自転車のチェーンにCRC556。門や玄関の蝶番にCRC556。
と、なんだか呉工業の回し者みたいになっていますが、宣伝する気はありません。ただ使っているというだけです。
そんなCRC556を消費する我が家ならではの朗報がありました。
カインズでCRC556のPBが売っているんですね。本当にCRC556かどうか知りませんが、似たような用途、似たような成分です。
内容量も多くて値段はかなり安いです。
ビーサンと長靴のある暮らし
うちの近所の人は、たいていビーサンと長靴を持っています。
それはもちろん砂浜を歩くためです。
暖かい時期はビーサン、水に濡れると寒い季節は長靴です。crocsみたいなサンダルは、買い物なんかの普段履きには向いてますが、砂浜を歩くのには向きません。 砂や水が足の裏とサンダルの間に挟まって、うっとうしいですね。
ぼくは革靴が嫌いで、仕事でしょーがないときは履きますが、できるだけビーサンで過ごしています。話が横道に逸れますが、革靴のような窮屈なものをなぜ西洋人はずっと履いているんでしょうか?昔ならともかく、今はスニーカーでもサンダルでもいろいろあるのにねえ。
で、海辺に住んでいいなあと感じるのは、周りにも似たような人がいて、ほとんどビーサンで暮らしているという人が多いことです。
年がら年中ビーサン。寒くてもビーサン。スーパーもコンビニもレストランもビーサン。子供も大人もビーサン。それでも何もいわれない暮らし。いいですねえ。ドレスコードなんてクソくらえですねえ。
一方、長靴も暮らしの中でしばしば登場します。砂浜を歩くとき、海藻や貝を採るとき、釣りのとき、あとは別に海辺とは関係ないけど雨のとき、ガーデニングのとき、DIYのとき、洗車のとき。まあ、無いと結構困ります。
ぼくはヨット用のマリンブーツを愛用してますが、妻は外国製のガーデニング用のを使っています。
そして長靴がある暮らしっていいなあと思います。
長靴がないと困る暮らしっていいなあと思います。
からっぽの時間って大切ですね
毎日忙しくすごしていらっしゃる方が多いんではないかなーと思います。
特に大きな用事がなくても、細々したことをやっているうちに一日が過ぎてしまった、なんていう経験は誰しもお持ちのことでしょう。
ああなんだか忙しいですね、というのはもう日常会話の時候のあいさつみたいな感じです。
そう、やることというのは、際限がないですね。さらに家事などの細部にこだわっていくと、やることは尽きません。
休日に、今日はちょっとノンビリしようかなと思っていて、掃除を始めたら、結構大掃除になってしまって、一日が終わってしまったなんてこともあります。
そうなんです、何かをやるとキリがないんです。
それはそれでいいんですけど、それだけだと疲れてしまうこともあります。
そういう日々からエスケープするために、ぼくは海で遊ぶ時間は、それしかやらないことにしてます。
たとえばビーチでお茶するとき、海辺を散歩するとき、スキューバーダイビングをするとき、シーカヤックをするとき、セイリングをするときは、ぼくはそれだけしかしないようにして、頭の中も他のことは考えないようにしています。そういう風に努力しているといえるかもしれません。海にいるときに、ぼくは、意識のある回路のスイッチをオフにしてしまうのです。
というわけで、ぼくが海にいるときは基本的にからっぽの時間なんです。もちろん何かをやっているんですが、それだけに集中しているので、頭は結構休んでいる気がします。シーカヤックなんていい例ですが、ひたすらパドリングをするわけです。自分のペースを守って、自分の身体の使い方に集中してパドリングします。そうすると頭の中がからっぽになります。
この感覚は、座禅をしているときと似ている感じです。そう、ぼくは年に何回か建長寺で座禅を体験します。そのときの感覚に似ているのです。
そして座禅や瞑想の効用としていわれることですが、頭をからっぽにすると、気持ちがとてもラクになりますし、頭からくる疲れ(自律神経系のなどの疲れ)がとれるような気がします。
自然に囲まれた暮らしを丁寧に楽しみたい
ずいぶん前のことですが、伊豆を旅行したときのことです。こぢんまりとした旅館に泊まったのですが、山の斜面にあり、宿全体が緑に囲まれて、でも高台にあるので海が望めるという宿でした。当時東京の街中のビルに囲まれたマンションに暮らしていたので、緑に囲まれた安らぎ、海が目の前に開けている解放感が印象的でした。夜には虫の声を聴きながら眠りにつき、朝は鳥の声で目が覚めます。朝、カーテンを開けると海の青と森の緑が朝陽に照らされて目に飛び込んできました。そのとき自然に囲まれて過ごす素晴らしさを実感したのでした。それ以来、緑に囲まれて、かつ海を眺めながら暮らすことに憧れていました。
ぼくが今の家を探すまで、いろいろな土地や家を見て回ったのですが、求めていたイメージは、このときの伊豆の宿の立地でした。森の中にあって、海が望めるという条件です。
幸い巡り合わせがあって、イメージどおりの土地に出会いました。
夏は蝉の声がうるさいくらいに聞こえ、夏が終わりに近づくにつれ、夜には虫の声が混じるようになります。朝もいろいろな鳥の声が聞こえます。ぼくは虫や鳥の種類がわからないので、そういう点ではすごくもったいない暮らしをしていると思います。
夜、目をとじると虫の声と波の音が聞こえます。それを聞きながら眠りにつくのはとても幸せなことだと思っています。
ときどき出張で街中のホテルに泊まることがありますが、ビルに囲まれて全体に灰色の閉塞感のある空間にいると、ちょっと息苦しささえ感じます。早く家に帰りたいなと思います。
いつの頃から自分がこんなに自然を求めるようになったのかわかりません。もしかしたら年齢を重ねるごとに、自分の嗜好も都会的なものからナチュラルなものへと変化したのかもしれません。
よくテレビや雑誌などで定年後に田舎暮らしをする人の事例が出てきますが、あの気持ちはよくわかります。人の加齢による変化というのは不思議ですね。
桃源郷と竜宮城への憧れ
桃源郷の物語を知ったのはたぶん小学生の頃でした。
頭の中に浮かんだその風景にぼくはすごく惹かれたのです。
隠れ里で、食べるものに困らずみんなが幸せに暮らしている楽園を想像すると、なんだかワクワクしてきました。
当然ながら、それ以前に浦島太郎の昔話は知っていたわけですが、浦島太郎の物語はハッピーエンドではないので、その当時のぼくにとってはあまりいい印象でなく、桃源郷の物語と結びつかなかったのです。
でも、今なら、竜宮城だってすごくいいんじゃないか、綺麗な乙姫様がいて、おいしい酒と食べ物があれば、それで年月が経っても別にいいじゃん、ハッピーじゃん、贅沢いうなよ、と思えるわけです。
なので、いい歳してもぼくの中では桃源郷と竜宮城は憧れの地なのでした。ウォータースポーツをしているときに、亀が来ないかなあ、竜宮城に連れて行ってくれないかなあ、なんて思うわけです。ホイチョイプロの方に「わたしを竜宮城につれてって」という映画を作って欲しいと思います。
空想の楽園に憧れる気持ちは誰しもあると思いますが、ぼくの場合はその憧れが海好きという嗜好になって、今も続いている気がします。
キーワードは…
知る人のみが辿り着ける
人里離れて隠れている
みんないい人、いい人しか住めない
みんながハッピー
衣食住に困らない
ということです。
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