海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
海辺の町に住むことの良さのひとつは、だらしない格好で出歩けること…ぼくの場合
ぼくは家にいるときは、短パン・Tシャツ・ビーサンです。
買い物もそんな感じです。近所の人はだいたい顔見知りですし、まあ田舎の漁師町なので、気取っているわけでも、華やかな感じでもありません。
ぼくは昔から短パン・Tシャツ・ビーサンが好きで、できる限りその格好でいるようにしてます。さすがに冬は暖かい格好をしますけど、でも下は短パンだったりします。裸足だし…
そういう点では、ぼくのような格好をしているオジサンは結構見かけますから、今の土地に引っ越してきてよかったなと思います。さすがに東京の街中だとこうはいかないでしょう。
若い頃、最初にぼくのこの短パン・Tシャツ・ビーサン的生態を知った相方は、唖然としていました。
「なぜ?」「寒くない?」といわれても、ぼくとしては「ズボンが足にまとわりつくのうっとおしくない?」って疑問形で返すわけですが、「えっ…ぜんぜん…」と若干引き気味の答え。だいぶすれ違ってますね。思えば、よくこれまで離婚もせず、もったものです。夫婦というか共同生活というのは、こうした価値観の違いを理解しながら進んでいくんでしょう。
ちなみにその後、我が家の息子も大きくなり、ぼくと同じことをいっていたと相方はため息交じりにぼくに教えてくれました。長ズボンはうっとおしいと…遺伝でしょうか、生活習慣でしょうか?
最近ミニマムに暮らすとか断捨離とか余計な物を持たない暮らし方という言葉を目にしますが、年中、短パン・Tシャツ・ビーサンで暮らすぼくもミニマムなライフスタイルといってもいいんじゃないでしょうか? ミニマリストと呼んでくださっても苦しゅうない、です。
それからこれは以前からサラリーマンのみなさんと共に闘いたいと強く思っているんですが、ビジネスで履く革靴というかビジネスシューズ、あれ、みんなでやめにしませんか?
不自然でしょ。無理があるでしょ。せめてスニーカーでしょ。
できるならビーサンか、百歩譲って(誰に?)クロックスみたいなサンダルでokにしませんか?
湿気の多い夏とか梅雨時とかの日本で革靴ってどう考えても無理してませんか?
お得意様に営業に行くときもビーサンでokにしましょう。もちろん受ける側もビーサン。
来年の春闘はぜひメインの要求項目にしていただきたいと思うのです。
えーっとなんだっけ、だから家では、人類としてギリギリレベルのだらしない格好をしています。
夏なんか、できればスッポンポンでいたいわけですけど、そうするとスーパーとかに買い物に行くときに何かはかなきゃいけないわけで、それがもう我慢できなくなる自分が怖くて、一応かろうじてユルユルの短パンをはいています。最近は短パンのゴムの締め付けがうっとおしいんで、タイパンツというブカっとしたヤツを穿いてます。短パンの下は下着は穿いてません。イヤ~ン、ノーパンなの…
で、夏になると一応観光客の方が来るわけです。で、海に近いスーパーなんかだと、観光客の人もいるわけ。タイパンツにTシャツ・ビーサンなオジサンは、なんとなく浮いちゃうわけですね。あれ、なんとかなんないかな? 地元の人ばかりだと全然違和感ないんだけどな。

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ちょっとしたゆとりで暮らしやすくなるのかな?
海辺の田舎町のユルーい暮らしが性に合ってます。
ぼくのウォータースポーツ友達はわりといい加減なヤツが多いです。いや、ちゃんとしてるんですけど、あれ?ちゃんとしてたかな?、いや、そんなにメチャクチャじゃないだけで、フツーですよ。なにがいいたいかというとそんなに堅くない人が多いっていうことです。
海辺に住んでいる人がみんなそうではないですが…
わかりやすくするために例をあげてみます。
ぼくの相方の実家は東京の区内にあります。年に何回か泊まりに行くんですが、ある日の早朝、家のピンポンが鳴って、近所のオジサンが、義理のお母さんにすごい剣幕で文句をいいに来たことがありました。内容はゴミを出す時間が早かったということなのです。いや、一瞬何か事件が起きたのかと思って緊張しましたよ。
たとえばですけど、ぼくの住んでいるところにこういうオジサンはいません。同じことがうちの町内で起きたら、あるとき家の前でたまたまあったときに「あっ、そうそう。ちょっと気をつけてね」みたいな感じでいわれるだけでしょう。
こういうヘンな堅さ・マジメさ・神経質さって、人が大勢暮らしているところだから起きるのか、たまたまあのオジサンがヘンだったのかわかりませんけど、何だか余裕がない感じは確かです。
そう、余裕とかゆとりとかアソビとか、そんな言葉がしっくりきます。
海辺の田舎町にはそんな余裕とかゆとりとかアソビがあって、そんなユルさが暮らしやすいんじゃないかなあって思います。
一口にゆとりっていっても別にたいしたことがないようですけど、町内の人みんなが少しずつゆとりがあって、そのゆとりで、他人や町のことに少しずつ気配りできるとそれはだいぶ暮らしやすさに差が出てくるんではないでしょうか?
東京の暮らしにくさって、ギスギスした感じとか、他者に無関心な感じとか、常に他人を追い抜こうとしている感じとか、他人に負けまいとしている感じから来ているんじゃないでしょうか。
ぼくは小さな島を旅するのが好きですが、そのよさって、島の人のノンビリした暮らしに接することだったりするんですけど、ぼくの東京嫌いはそこからも来てるかもしれません。いやー早めに海辺の田舎に引っ越してよかったなあと思います。
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波とうねりについて、アレコレ思うこと…
海で遊んでいるといろいろなことに敏感になるわけで、それはいくらいろいろといっても最近流行のスイーツとか奥渋谷のお店情報とか…ではなくて、風とか波とか雲とかそういうことに敏感になるわけです。
今回は波について書いてみたいような気がしてきました。できれば日頃感じていることを、ダラダラと先々を考えず行き当たりばったりに書いてみたい、そんな気持ちです。
サーファーであり、ダイバーであり、シーカヤッカーであり、セイラーであるぼくとしては、これまでの海遊び経験は波とのお付き合いの歴史といっても過言ではないでしょう。海といえば波…といってもいいんじゃないでしょうか。そして波が立つのは風のせいで、波といえば風…といってもいいでしょう。
ぼくの方で波といい関係を築きたい、穏やかで大人な関係を維持したいと思っても、波の方は気ままです。ときに荒く、ときに穏やかです。そんな気ままな波の様子に合わせて、海遊びをしてきました。
波というのは、じっくりお付き合いしてみるとなかなかいいヤツでして、ぼくは割りと好きです。
今のところおおざっぱに波といっていますが、波にはうねりと波があります。気象用語では、波のことを風浪といい、風浪とうねりをまとめて波浪といいます。
小難しいことは、気象庁のこちらのホームページに詳しいのでご覧くださいませ。いやあ気象庁ってすごいなあ。こういうのを利用して少しは税金の元をとりましょう。
まず、海に出る前に、波や風や潮汐をチェックするわけですが、波というのは、ぼくの場合次のような感じで判断しているみたいです。
波
↓
ベタ
↓no
うねり
↓yes ↓no
高さ・波長がどうか? 波
↓
高さ・波長・波の形・頭がどうか?
うねりと波の判断はどちらが先でもいいんですが、ぼくの場合うねりの方が遊びの選択肢が増えるので、うねりかどうかの方が大切です。
うねりがあるときにできるウォータースポーツは、サーフィン、シーカヤック、スキューバーダイビング、SUPが主なものでしょう。一方、波があるときにできるのは、セイリング、ウインドサーフィン、サーフィンという感じでしょうか? 波というよりは風によっているわけです。
うねりにも大小と波長がありまして、うねりの高さが高いか低いかと波長が長いか短いかによってコンディションが違います。高さが低くて波長が長いとかなりベタに近くなりますし、高さが高くて波長が短いとほとんど波っぽくなります。
うねりの違いでウォータースポーツのときどういう影響があるかというと、たとえばスキューバーダイビングでいうと、高くて長いうねりでは、水中でユラユラ揺れるようになります。うねりに押されるときにフィンキックをして距離を延ばすというようなコツを知っていると体力を消耗せずダイビングできます。
他の例では、シーカヤックをやる際に、うねりの高さがわりとあって、波長が長いと、一見それほど荒れていないように見えるんですが、実際は岩や浜に叩きつける波しぶきは結構強かったりして、出航や上陸のとき、あるいは岸近くを漕ぐときは要注意だったりします。
これはうねりというものが(波もですけど)、水深が浅くなると極端にそのパワーが目に見えるようになるためです。水深が深い海で、高くて波長が長いうねりだと、一見穏やかそうに見えるんですが、水深の浅いところだとかなり高い波になっていて、そういうときにブーマーと呼ばれる現象が表れます。ぼくがシーカヤックをやるときに一番嫌いなヤツです。
ちなみに漁船のような小さめの船に乗っていると、うねりの強さは変わっていないのに妙に突き上げられるような感じがするときがありますが、それはそのあたりの水深が浅くなっていることが多いのです。
これは一般に水面下に根(岩礁)があることが多くて、いわゆる隠れ根と呼ばれるヤツです。
根には、魚がついていることが多いので、釣りのポイントの候補になります。
うねりの見極めは、こだわると難しいので、その日ウォータースポーツをするかどうか迷ったりして、いっそ高い波で荒れていたら諦めもつくのになあと思うこともしばしばです。
サーフィンをするときも波とうねりとどちらがいいかといわれれば、多くのサーファーがうねりと答えると思います。波はたいてい風を伴うので、波の頭が潰れたりして乗りにくいのです。ちなみにサーフィンに向いている波というのは、うねりの強さにもよりますし、ビーチの水底の地形にもよります。ビーチの地形によって乗りやすい波になったり、(崩れるのが)速すぎる波になったり、ダンパーといってバシャンと一気に崩れる波になったりします。水底の地形というのは同じポイントでも台風などが来ると変わってしまうことがあるので、サーフィンで気持ちよくいい波に乗ろうとするのはなかなかたいへんなのです。
ちなみに、ぼくが波を喩えるのにいつも使うんですが、いいうねりというのは、その曲線が、とても美しくて、美しい女性の体のラインのように美しいのです。
ウォータースポーツをやる友達には「いや、オレ、その喩えよくわかんないけど」って引かれてますけど…

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ちなみに、ぼくが波を喩えるのにいつも使うんですが、いいうねりというのは、その曲線が、とても美しくて、美しい女性の体のラインのように美しいのです。
ウォータースポーツをやる友達には「いや、オレ、その喩えよくわかんないけど」って引かれてますけど…
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変えられない状況で楽しく過ごすぼくの方法
ずっとウォータースポーツをしてきました。
サーフィンにしろ、スキューバーダイビングにしろ、セイリングにしろ、海のコンディションが整わないと遊べません。
一方でベストなコンディションでなくても、うまくやると楽しく遊べます。
もともとぼくのウォータースポーツ遍歴は、お手軽体験コースみたいなのでサーフィンをやり、その後スキューバーダイビングでCカードをとり、その後自分のボードを買って本格的にサーフィンをするようになり、次にセイリングとシーカヤックをやるようになりました。
それはスキューバーダイビングができないような波があるときはサーフィンをすればいいし、風が強い海がバシャバシャのときはセイリングをすれば楽しめる…みたいな感じで、その時その時の海のコンディションで楽しめるウォータースポーツをやってきたんです。で、だんだん嗜むウォータースポーツが増えてきたんです。
そのベースにあるのは、とりあえず海の状況が変えられないから、その時に楽しめることをやればいいや、という考えです。
さて、ここから話は人生訓っぽくなるんですが、ぼくは仕事で会社で働いて、その時々でなんとなく楽しくやればいいやって考えてるんですけど、そういう考えは、ウォータースポーツの経験から来ているような気がします。
ご存知のように組織で働くと自分の思うようにならないことばかりです。もちろん頑張れば、ある程度自分の思いを反映することもできますが、それはごくごく一部のことです。他人の考えは変えられないし、組織の方針はトップダウンだし、上司も部下も自分の思うとおりになんてなりません。
それでいちいち悩んでいてもしょうがないわけで、そんなこと考えるより、その日一日を楽しく過ごした方がいいや、っていうのがぼくの基本方針です。
短期的にはその状況を楽しみながら、ジワジワと自分のやりたいことをやっていく感じ…それはセイリングで風上に上っていくのに似ています。
あるいは向かい潮のときは無理せず岩の陰にじっとして、潮が止まったり、追い潮になったときにサッと移動するスキューバーダイビングの状況にも似ています。
"I can't change the direction of the wind, but I can adjust my sails to always reach my destination."という諺がありますが、まさにそんな感じの心持ちをぼくはウォータースポーツで身につけたように気がします。
それが正しいのかどうかなんてわかりませんが、無理せず楽しくジワジワと自分の行きたい方向に行くという面では、なかなかいい方法だと自分では思っています。
海にいるとわりと漠然としたことを考えてしまうワタクシ…
あー、海は広いな大きいな…
今日も海や空を眺めながら一日ボーッとしていました(いつもたいていボーッとしてるんだな、ボク…)。
そういうときに、人の一生ってなんて儚いんだろうと思ってしまいます。
家のそばの海からは、鎌倉の稲村ヶ崎が遠くに見えますが、それで思い出すのは新田義貞であり源頼朝であり鎌倉幕府でありその後の日本の歴史です(オレってヘンですかね?)。
ざっくり1000年くらい前には、事実としてここにそうした人々がいて、斬ったり斬られたりをしていたんですもんね。そうした人々の喜びや悲しみは、今はどこにも存在していません。いくら頑張っても、いくらその時代に栄華を極めても、死んでしまえばすべては無かったかのようです。
ちなみに稲村ヶ崎の岸壁は、崖崩れ防止工事でコンクリートで固められているので、一面白く見えます。なので、ボートなどで海を走っているときの目標にすることが多いんですね。
話はさらに変わりますけど、会社や組織で上の人に尻尾振って出世する人もいますし、力ずくで他人を押さえ込む人もいます。頭はいいんだけどなんとなく他人から信用されていないとか、人望がないという人もいます。別に出世なんかしたくないんだけど、人柄や能力で大きな責任を担うことを求められる人もいます。得意なこと、長所短所、能力、個性は人それぞれですね。同じ人って一人もいませんもんね。なんとなくその人の持っている器に合わせた役割が来るように思えます。総理大臣とか社長とかやって、すぐ代わっちゃう人がいますけど、それは器じゃないのに役割が来てしまったのかもしれません。
もちろん成長することにより、人はどんどん変わっていけるわけですけど、その人の地みたいなものはありますね。それはやっぱり個性とか器みたいなもんだと思います。その地がもとにあって、志や信念があれば、成長によっていい方向に伸びるということはあるかもしれません。
一方で、人は多かれ少なかれ競争心やプライドがあります。欲もあるし、他人を妬む心や嫉む心もあります。それが志や信念を邪魔しちゃうというのもよく見かけますね。
なかなか正しい道を歩むのは難しい感じがします。
でも、正しかろうと正しくなかろうと人生は人生。すべては100年もすれば、この世に存在せず、誰も憶えてはいないでしょう。
何はともあれ家ではのんびりしています
平日は町へ通勤し、土日は海辺の我が家で過ごす日々をおくっています。
若い頃は町で暮らし、金曜の夜に海に行き、土日に海で遊んで月曜日の朝、仕事に直行するということをやっていましたが、いろいろ考えて海辺に住むことにしました。
そうすると違ってくることが多々あります。
毎日海を見られるのがいいですね。
ぼくのように海遊びが趣味なタイプにとっては海況を目で見られるというのは、たとえ週末しか時間がとれなくても、その週末にどんなウォータースポーツができるのか予定できるだけでもずいぶん違います。週末するのが、サーフィンなのかスキューバーダイビングなのかシーカヤックなのか、だいたい予定が立つのです。
もちろんサーフィンなんかだったら朝早く起きて1時間くらい乗って仕事に行くこともできます。
それになにより、毎日少しでも海を眺められて、潮風にあたり、波の音を聞きながら晩酌できるというのは、海好きにとっては最上のことでしょう。
週末のんびりできるのもいいですね。
金土日と海に遊びに行く状態は旅行ですけど、今は我が家の暮らしです。何時に起きてもいいし、何かしてもいいし、海を眺めながらボーッとしてもいいといった具合に、旅先のように制約されることがありません。もちろん旅行に出てもいいわけです。行きたい海はたくさんあるので…
この自由な感じは完全にオフになった気持ちがベースにあるから出てくるのかなあって思うんです。
金曜日の夜は、シャワーを浴びた後、デッキで海を眺めながら、潮風を浴びながら、波の音を聞きながらビールを飲みます。明日は何をしようかなあなんて思いながら…
土曜日は5時か6時くらいに起きます。で、海の様子をチェックして今日やることをだいたい決めます。海に出られるか、サーフィンかスキューバーダイビングかシーカヤックかセイリングか…
朝ごはんを食べて、コーヒーを淹れて、ゆっくりします。
それから支度をして海に出るのがだいたい8時くらい。夕方までたっぷり遊べます。
夕方帰ってきたら、後は金曜日の夜と同じです。
日曜日も同じです。海で遊べれば遊びますし、海に出られなければ家のことをやります。
とにかく家では海のことを考えていますし、海でどれほど楽しく遊べるかを考えていますし、のんびりしています。慌てず、○○をやらなきゃいけないと思わないようにしています。
慌てないというと少しニュアンスが違うので、正確に書きます。家では努めて今やっていることに集中するようにしています。コーヒーを淹れているときに掃除のことを考えず、パソコンをやっているときに洗濯物のことは考えないようにしているということです。意識を目の前のことに集中することで、のんびり感はすごく増します。
逆にいうと、いろいろやらなければいけないと焦って気もそぞろだと、気持ちも疲れるし、一日が終わったところで振り返っても忙しかったけど何をやったか覚えていないということになるんだと、気がつきました。それでそういうの、やめることにしました。少なくとも家では…
気分が切り替わるのもいいですね。
会社から我が家までは電車で1時間30分以上かかります。我が家に近づくにつれ、電車の窓の外の景色がビルとネオンばかりだったのが、だんだん低層住宅が多くなり、山々が見えるようになり、なんとなく海の雰囲気が感じられるようになってきます。この電車に乗っている間にぼくの気持ちは、仕事からプライベートに完全に切り替わります。ぼくは電車の中でときどき瞑想をしたりしますから、ぼくにとって電車は移動する機械というよりも気持ちを切り替える機械のような感じです。というかぼくとしては「こっちの楽園の世界にワープ」している感覚です。
同僚の中には家でも仕事をするとか、メールを処理するとか、仕事のことを考えるという人がいますが、ぼくの場合、電車の中で「こっちの楽園の世界にワープ」してしまったので、仕事のことは考えません。
その切り替えをスムーズにやるのにちょっとしたコツがありまして、金曜日の夜、会社を出る1時間くらい前に、来週やることの見通しをだいたいつけてしまうんです。月曜日はこれをやって、火曜日はこれをやって、みたいな感じです。そうすることで月曜日に頑張ればいいから今週の仕事はおしまい、シャッターガラガラピシャリと、気持ちが仕事を離れやすくなります。
海辺の駅に着くと、海こそ見えませんが空気は潮の香りがしますし、風は潮っぽいんです。時間はどことなくゆっくり流れている気がします。すぐにでも短パン・Tシャツ・ビーサンに着替えたくなります。あぁ自分は自由なんだと感じる瞬間です。
通勤時間の1時間30分以上を無駄と考えるかどうかは、その人の価値観によると思うんですが、海辺で楽しく暮らすことがぼくの人生の目的なので、無駄だとは思っていません。むしろ海辺の家の近くに職を得るにはどうしたらいいかを考えています。
こんな自分の生活について、自分では満足しています。それをわざわざ世間様に公開する必要があるかということなんですが、ぼくは仕事のために仕事をしている人や、金や世間体や自分のプライドのために仕事をしている人の生き方に賛成していません。はっきりいうと軽蔑しています。サラリーマン向けの自己啓発本にはそういう価値観の著作が多いので、若い人や真に受けやすい人に、そうじゃない人もいるということを知ってもらってもいいんじゃないかと思います。

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もうシットオンでいいんじゃないか…
この項でいいたいことはシーカヤックはシットオンでいいんじゃないか、今のシットオンならかなり荷物も詰めるし、スピードも出るし、長距離も漕げるし、ということです。
もう20年くらい前に近所に住む海仲間がシーカヤックを始めました。それを見ていて、ぼくもやろうと思い、シーカヤックを始めたのです。1990年代の中頃のことです。
その頃はいわゆるシーカヤックに乗っていました。キャビンの中に下半身を入れて、スプレースカートでカバーをするヤツです。この文章ではそれをシーカヤックと表現します。
で、なんだかんだ紆余曲折を経て、ぼくもだんだん面倒くさがりになって(体力が落ちるといろいろ面倒くさくなるんだなーって、自分が歳をとってよくわかりました)、家の前の海でパドリングするときは、シットオンタイプのシーカヤックに乗ることが多くなったのです。ここではそれをシットオンと表現します。
シットオンというのは、リゾートによくあるカヤックデッキ部分の上に乗るタイプですね。
スプレースカートやビルジポンプといった小道具が要らないのと、ぼくは海の上で気になった場所があると、ドボンとスキンダイビングを始めてしまうので、シットオンがシーカヤックよりもはるかに便利なんです。
ただ、ぼくがシーカヤックを始めた20年前は、シットオンはマリブオーシャンカヤックという製品がメジャーで30kg以上の重さがありました。形状も安定性を重視した横広でした。長距離を漕ぐとかスピードを出すということは想定されていなくて、安定性や耐久性を重視して作られていたんじゃないかと思います。その頃のシットオンは、ちょっとしたお遊びとか釣りを想定して作られていたのです。
一方、シーカヤックは20kgくらい。形状はさまざまなタイプがありましたが、総じてシットオンよりもスピードが出る形状でした。
それが、ここ十年くらいで、ハリケーンカヤックスから20kg台のシットオンが発売されました、形状もスピードがある程度出るものです。また、国産メーカーのロックンロールカヤックスからデスペラードというシットオンが発売されました。これも20kg台です。
このあたりからシットオンのデメリットであった、重いとかスピードが出ないという点はかなり改良されたといえるでしょう。
そんなシットオンで海に出るうちにぼくはだんだんとシーカヤックに乗らなくなってしまいました。理由は先ほど書いたとおり、ぼくのシュノーケリングしたりするという使い方だとシットオンの方が便利だということと、軽くてスピードも出るようになったので一日程度のパドリングならシットオンでも別に不都合はなくなったということと、いろいろな装備や気を遣うことが少なくなったためです。
さらにシットオンを乗りたくなる理由があって、シーカヤックだと荒れているときとか、うねりがあって海岸近くを漕ぐときにブーマーにヤラれる可能性があるときは、沈をしないように気を遣います。沈をしてロールで起き上がればいいんですが、予期しないブーマーでヤラれるとき、とっさにロールできるか、ぼくには自身がありません。そうすると沈脱して再乗挺してビルジングするということになります。その面倒くささを考えると、さらにシットオンでいいんじゃないかと思ってしまうんです。
こうしてみるとシットオンは気室が必ず確保されていて、ビルジングしなくてもいいというのが、何よりもメリットなんだなあと思います。この特徴は荒れた海を漕いでいるとかなりの安心感です。沈しようが何しようがシットオンが浮力になるので、シットオンから離れさえしなければ、万が一のことがあっても溺れ死ぬことはないわけですから…
で、再乗挺して落ち着いたところで118とかで救難要請すれば、おそらく見つけてもらえるんではないかと思います。PFDだけで浮かんでいるよりはずっと発見されやすいでしょう。
こういう感覚はぼくがスキューバーダイビングをしていて何度か流されたことがあるからかもしれません。スキューバーダイビングでもBCという浮力体は付けていますが、体ひとつで海を漂う心細さと恐怖感は、今でも夢に見るほどです。
その点、内部に水が入ってしまうと浮力体としても使えない可能性が高いシーカヤックは、万が一のときのことを考えると不安です。
少し前は、ちょっと遠出するときはシーカヤックに乗っていましたが、最近は、いろいろ考えるのが面倒くさいて迷わずシットオンを選ぶようになりました。もうぼくの中では、シットオンでいいじゃないかということになっています。

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通販で田舎暮らしはずいぶん便利になりました
海辺の田舎町に住んでるんですが、ってそのことは何度も書いていますけど、ぼくとしてはもっと田舎に住みたいと思っています。そのときに医者と郵便局とホームセンターは、車でせめて1時間以内の場所にないと困るよなと思っていました。
そのことをふと口にしたとき、相方の「えっ」という声質が今でも忘れられません。おそらくその「えっ」は「5分とか15分じゃなくて1時間以内かよ!」の「えっ」だと想像するのです。夫婦生活というのは、何十年一緒に居てもなかなか分かり尽くすことのできない深い部分があるものですね。
そのことは置いといて、医者と郵便局の必要性は多くの方にわかっていただけるんじゃないかと思いますが、ホームセンターには引っかかる方もいるかもしれません。ホームセンターってそんなに必要なの?と…
ぼくの中には、田舎暮らし→DIY→ホームセンターという理屈がありまして、今住んでいるところでもDIYとホームセンターなしでは、生活が困ることが多いんです。というのも、ぼくは自分でできることはたいてい自分でやってしまいます。たぶん家も、基礎のコンクリート打ちだけ専門業者にやってもらえば、後は自分でできるんかないかと、根拠のない自信を持っています。あえて根拠があるとしたら、人間ができることなら、たぶん自分でもできるはず…という信念です。
ぼくのような種類の人間にとってホームセンターはないと困るんです。
ただ最近はAmazonとか楽天などの通販がすごく便利で、たいていのものはネットで手に入ります。北海道と沖縄と島嶼部は送料が高くて大変そうですが、少なくとも郵便局の人かクロネコヤマトさんか佐川急便さんが配達に来てくれる所に住んでいれば、暮らしはなんとかなりそうです。
しかも最近さらに重宝しているのがMonotaRO(モノタロウ)で、ホームセンターで手に入るDIY用品はもちろん、ホームセンターに置いていないようなプロ仕様の物まで通販で手に入るようになりました。今ではぼくはMonotaROを結構利用していますし、一生あなたに付いていきますので、MonotaROさん、きび団子ください。
しかししかし、MonotaROを利用しているぼくとして、それでもホームセンターは近くにあって欲しいんです。というのも、DIY関連の物というのは現物を見ないとなんとも判断がつかないことがあるのです。ボルトの大きさとか長さとか材質とか、まあ細かいこというとキリがないのですが、そういうことです。webページに書いてあっても、やっぱりに見ないとわかんないよなあということが多々あります。
そんなわけで今より田舎に引っ越しても、ホームセンターがどのくらいの距離にあるかは、気にすると思います。間をとって車で30分以内のところにあるといいなあ…

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マジメにやるの、やめよう
自分でいうのもなんですけど、わりとマジメな性格だったんじゃないかと思うんです。いや、マジメというのとは違うかな…他人に嫌われたくないから、自分の居場所が欲しいから、一応ちゃんとしようとしてきたのかなーって思います。
で、ご想像がつくと思いますが、そういう性格だと、ときに気を使いすぎたり自分を抑えたりして疲れます。って、自分でいうのもなんですけど…
ぼくは海が好きで、自然の中にいると心が安まるんですが、それって、この他人に嫌われたくないことから解放されるからかもしれないって、いつの頃からか、そう考えるようになりました。
もちろん社会の煩わしいルールに従いたくないけど従わなければならない状況から、しばし逃げられるということも、海に出る理由ではあります。
で、そういうのってよくないんじゃないかと思いたち、他人に好かれようとか、いい人に思われようとしないように心掛けています。
たまにすごくマイペースで自分のことばかりいう人がいますが、そういう人にあったら爪の垢でもいただきたいくらいにマネするポイントをチェックしています。
友人にそのことを話すと「お前さあ、頑張る方向まちがってんじゃない?」といわれます。確かに社会の常識的にはそうかもしれませんね。でも、ぼく的には、鈍感で、マイペースで、自分勝手で、マジメじゃなくて、不義理で、頼りにならない、だらしない、ダメな人になりたいんです。もちろん法律には従わなければなりませんけど…
その方が、自分は楽だし、シアワセです。他人がどうだろうと、自分がよければいいじゃないか…って最近はすごくそう思うんです。
って、そういう人が増えると他の人は迷惑でしょうねえ。
それは裏返すと、日本では、法律には書いてない、他人に迷惑をかけない気遣いとかマナーがいっぱいあって、それをちゃんとやる人は「大人」「いい人」「素敵な人」「頼りになる人」っていわれますけど、それをやり過ぎると結構疲れますよね。いやーそこまでやらなくてもいいんじゃないの?法律守るので十分じゃないの?って思うんです。
ちゃんと毎日働いて、税金も払って、子供も育てて、親の通院にも付き添って、家の前の道も掃き掃除してって、もう十分でしょう…
ぼくの考えの向いている方向を堕落と呼ぶか、個人の自由を最大化するよい行為だとするかは、多くの社会構成員の思いなのでアレなんですけど、どちらと考えるかで10年もすると社会自体はずいぶん変わってくると思います。

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ありがたい海の幸をいただく
ときどき特定のものがすごく食べたくなりませんか?
ぼくの場合は、刺身が食べたくなります。別ないい方をすると生魚。こうやって書くと、なんか残酷な感じ…
海で遊び、スキューバーダイビングなどで、魚が元気に泳いでいるのを見ると、なんだか刺身が食べたくなるんです。それってすごく悪趣味な気がするんですが…でも、なんだかそうなんです。
たぶんずっと以前からスキューバーダイビングに行ったら、立ち寄り湯→海鮮居酒屋→宿に戻って宴会というパターンをずっとやっていて、そこでおいしい刺身を堪能したからかもしれません。条件反射的に刺身が食べたくなるのかなあ。
もうひとつこれもちょっと悪趣味ですが、自分が疲れている時とか元気がない時に、刺身をいただくことで元気をいただくという面があります。ぼくの場合それはかなりの場合、疲れてくると刺身が食べたくなります。特にイカ。特にコウイカとかアオリイカとか…
本当にイカ一族はじめ魚類一族には申し訳ない思いでいっぱいです。
いやー本当に…もし宇宙人がいて、その宇宙人の食事のメニューのひとつに人間の刺身とかがあって、ぼくがその刺身として食べられたらすごくいやですから…そういう死に方だけはしたくないです。それと同じことをぼくは魚にやっているわけで…でも、生きるということは所詮自分以外の者を損ないながら自分だけは生き延びるということなんだろうと思います。
話が逸れましたけど、ぼくの近所に海鮮丼とか刺身定食を1300円くらいで食べられる定食屋があるんですが、そこに行くのも好きです。できるだけ地魚を盛ってくれるし、いろいろな種類の魚を盛り込んでくれる(だいたい10種類くらい)ので飽きないし新たな発見があります。この店で始めて食べた刺身というのも結構あります。1300円という値段は、その内容からすればとてもお得な気がします。
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