海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
目的地も定めずさすらう海旅が好き
目的地を定めて、予約して旅するのが、やはり多くなってしまいますよね。
期間が決まっていて、行きたい場所に行くための足を確保して、ちゃんと泊まれるようにすることを考えればしかたありません。
でも、目的地も決めずズルズルと行きたいように旅するのもいいものです。
そうですねえ、3日か4日くらい連続した休みが取れれば、さすらう旅ができます。
20代の頃、金曜日か月曜日に休みが取れれば、車でそそくさと海に出かけていました。
まず初日は行きつけのダイビングサイトで潜って、泊まることが多かったですね。何泊もするのももったいないので、次は知り合いのシーカヤックガイドさんのところに行きます。
たいていシーカヤックツアーには参加できるものの宿が取れなかったりするので、そうしたら車中泊かテント泊をします。
そうそう車での海旅には、スキューバーダイビング器材一式、シーカヤック、サーフボード、テントや自炊道具一式を積み込んでいるんです。
なので、食べたり寝たりに困ることはありません。
ちょうど寝るのに良さそうな場所を通りかかれば、車を停めてテントを張ります。近所のスーパーや魚屋に行って、地魚や地野菜を買って、刺身や鍋物をします。もちろん酒もたんまり買い込んであります。
焚き火をしながら、波の音を聞きながら、一人でチビチビ酒を飲み、肴をつまみます。
テレビも見ず、ラジオも聞きません。
眠くなったら寝袋に入ります。
予約もチェックインもチェックアウトもありません。
計画も予定もありません。
連れに気づかうこともありません。
すべて自分の好きなように、好きなところで、好きなことをして、好きなものを食べます。
なんて気楽なんでしょう。なんて自由なんでしょう。
暗い海に向かって「オレは自由だー」と叫んでしまいます。
そんな旅がすんごく楽しいんです。
暗い海に向かって「オレは自由だー」と叫んでしまいます。
そんな旅がすんごく楽しいんです。
PR
アットホームってよくいうけどこういうことかな…ほっこりノンビリMiki's Tea Room 横須賀久留和
1.ロケーション ☆
2.こだわり ☆
3.店の雰囲気 ☆☆☆
4.味 ☆
5.値段 ☆☆
6.音楽
7.手入れ&掃除 ☆☆
8.総合評価 ☆
9.コメント
わが家のお散歩コースにある店です。この店の2階は南葉亭というスープカレー屋さんなのですが、こちらはわりと観光客が来るお店。
今回紹介するMiki's Tea Room ミキズティールームは同じ建物の1階で、地元の人の溜まり場です。
今回紹介するMiki's Tea Room ミキズティールームは同じ建物の1階で、地元の人の溜まり場です。
まあとにかくアットホームで居心地がいいです。
オーナーのMikiさんの人柄によるところが多いのでしょう。
特にお勧めなのがモーニングセット。
500円で、ブレドールのパンとサラダともう一品と紅茶がセットになっています。パンは他のものとの組み合わせもあって、そちらは600円。まあ、いずれにしてもお得。
窓からはかすかに海が望めます。
ノンビリと紅茶をすすりながら、海を眺めながら、Mikiさんとのおしゃべりを楽しむ。慌ただしい毎日だから、何もせずゆっくりする時間を持ちたいものです。
(このお店は2019年8月現在閉店しています。)

ランキングに参加しています。クリックお願いします!

(このお店は2019年8月現在閉店しています。)
ランキングに参加しています。クリックお願いします!
自然の中に身を置くことの大切さ
先日読んだ『最高の体調』という本に、ダーウィン医学とか進化医学について書かれている箇所がありました。進化医学って、やたら何万年も前に人間はこんな暮らしをしていて、それが急速に現代のような社会になったのだから、人間の身体や脳が適応していない、だからいろんな病気が起きるっていうことだと書いてあるんですが、それって根拠あんの?って疑問に思うことが、ぼくとしてはよくあります。
ただぼくの場合、これまで生きてきた経験で、家の中に閉じこもっていると体調が悪くなるとか、人混みとか人口密度が高いところにいるとイライラするとか、自分のそういう傾向はわかっています。反対に、自然の中、特に海のそばにいると体調がよいというのは実感しています。
こういった実感レベルの体験について、そのメカニズムを、人間というのが元々自然の中で暮らしている時代が何万年もあって、それに身体や脳が適応しているからだ、って理屈を付けられちゃうと、「あぁそうですか」としかいえません。理屈の形式としては、すべて遺伝子のせいだとか、すべて守護霊のせいだというのと、大差ないんじゃないでしょうか?
ちなみに同じ『最高の体調』という本に引用されていたのですが、ダービー大学の研究で「自然とのふれ合いはどれだけ体にいいのか?」を調べたもので「自然とのふれ合いにより、確実に人体の副交感神経は活性化する」という結果だそうです。
まあ、そういう理論は専門家にまかせておいて、こちらはそれを楽しむのに専念しましょう。
ぼくが好きなのは、誰もいない海、できればそんなに広くない入江で、一人ボーッとすることです。
気が向いたら素潜りし、疲れたらアウトドアチェアでまどろみ、バーナーでお湯を沸かしてコーヒーを淹れ、日がな一日過ごすと、自覚できるくらい癒やされます。もっといいのはそこでテントを張ってキャンプすることでして、そうすると次の日は別の自分になっているような気がするくらいです。なんというか自分が野生化したような感じというんでしょうか?
ぼくのようなだらしない人間の場合、このままずっとここで寝泊まりして家に帰らず仕事にも行かなくなりそうなので、自制しています。
休みがとれれば、沖縄の離島や母島などに1週間以上旅行するようにしています。
1週間、ずーっと海のそばで過ごし、ゆったりした島時間の中で暮らし、島の食べ物を摂り、人口密度の低いところでノンビリしていると、心の垢が落ちていくような気がします。ぼくは普段海辺の田舎町で暮らしていますが、それでもどこか自覚していないところで都会的な暮らしにヤラれちゃっているんだなって思います。
この「自覚していない」というのが曲者でして、都会で見かける病んでいる人とか、せっかちな人とか、高飛車な人というのは、元はいい人だったのかもしれませんが、本人が自覚しないうちに、都会のギスギスした環境の中で、そんな風になってしまったんじゃないかな?
環境というのはあなどれないものかもしれません。
昔、外国のビールがかっこいいときがありました
ビールが好きです。
海遊びをした後、シャワーを浴びてからの、潮風を浴びながらのビール、というのを無上の喜びとして生きてきました。
海辺でキャンプをしながら、仲間と酌み交わすビールが、飲み物の中で一番うまいと信じて生きてきました。
海辺でキャンプをしながら、仲間と酌み交わすビールが、飲み物の中で一番うまいと信じて生きてきました。
ぼくの20数年の海辺のビール人生熱く語ってやろうじゃないかーというのが今日のテーマです。
そう、思えばぼくが酒を飲み始めた頃は、まだ発泡酒というものは発売されていませんでした。
なので、その頃はちゃんとビールを飲んでたんです。好みはドライからのラガー経由の黒ラベルといった変遷をたどっていきました。
ちょうどその頃やたら円高になり、それまで高くてカッコイイ感じだったバドワイザーとかハイネケンが結構安く買えるようになったんです。
書いていて思い出したんですが、ぼくの大学時代は円高が進んだ頃でした。それまで高級っぽい洋物のウイスキーとかワインが国産のお酒と同じか少し安い感じで売られていたんです。
で、輸入品を扱っている酒屋に行くと、シメイとかギネスとかヒューガルデンとかプリモとか青島ビールといった世界各国のビールが割りと身近な値段で買えたのです。いやーシアワセな時代でした。海外旅行も安く行けたしね。
話を戻すと海で飲んで旨いというか、運動した後に飲んで旨いビールというのは、割りとサラッとしたヤツでして、銘柄でいうとバドワイザー、ハイネケン、コロナ、オリオンといったあたりなのです。
そういう点では、ぼくの海遊びとセットで楽しんできたのは、やっぱり一番は生ですが、缶ビールでいうとサラッとしたのを好んできたのです。
サーフィンをした後、スキューバーダイビングをした後、シーカヤックをした後、セイリングをした後、温泉に入って、仲間とデッキで飲むビール。その一瞬のためにウォータースポーツをやっているんじゃないかさえ思うときがあります。
海辺で温かい飲み物を飲むヨロコビ
寒い冬、海に出たり、海辺を散歩したりしています。
寒いし、乾燥しているので、温かい飲み物を飲むことが増えます。
よくやるのは、アウトドア用のバーナーで湯を沸かし、コーヒーや紅茶やチャイを淹れるというもの。熱々が飲めて、身体が温まってホッとします。
いつも思うんですが、火があるとそれだけで温かくて安心できてホッとします。あれは不思議ですね。バーナーとガスボンベと鍋が荷物になるのに、それを補ってあまりある効果です。
次は真空保温ボトルにコーヒーや紅茶を入れておくというもの。これはみなさんやってますよね。温かい物が手軽に飲めていいものです。ただ、時間が経つにつれ風味が落ちるのはしかたないでしょうね。
何を飲むかによっても人それぞれです。
ぼくがウォータースポーツをするときの仲間は、オジサンが多いので、そういう人達は圧倒的にコーヒー派が多いです。あとは紅茶とか、ジンジャーやルイボスといった身体が温まるハーブティー、そしてチャイでしょうか。中にはホットウィスキーやホットワインを飲む人もいます。アルコールも身体が温まっていいんですが、ぼくの場合、少しでは済まないところが難点です。
ぼくが相方と同行するときは、相方がコーヒーが苦手なので、紅茶かチャイを淹れます。
ちなみにぼくの場合、100均のタッパーに、お茶グッズ一式を入れてすぐに持ち出せるようにしてあります。中身は、バーナー、ガスカートリッジ、鍋、カップ、簡易ドリップのコーヒー、紅茶・チャイ・ジンジャールイボスティーのティーバッグです。
いつも持ち歩くわけではなくて、シーカヤックのときはハッチに入れておくし、ダイビングに行くときは車に積んでおきます。散歩の時は、長めに歩くつもりのときはバックパックに入れます。
自覚できない通奏低音のようなストレス…それこそ気をつけるべきもの?
寒くても暑くてもちょうどよくても、海に出るのが好きです。
海が荒れてどうにも海に出られないときも、海辺を散歩したり、砂浜でボーッとしたりしています。
一応ぼくも働いていたりして、日頃は忙しくしています。休日でもやることはたくさんありますが、それでも海に出るのは、それが心地いいから、楽しいから、癒されるからです。
おそらく都会に住んでいる方もたまに海に行くことはあるでしょう。広い海が目の前に開けたときの解放感や喜びや安らぎという気持ちは、多くの方が共有していることではないでしょうか。
ぼくの海に感じる気持ちも、基本的にはそれと変わりません。それを飽きずに続けています。ただ続けているうちにもっといろいろな心地よさや楽しさを発見して、ますます海が好きになったということはあります。
思い返せば、これまでときどき海に出られない時期がありましたが、そうすると体調が悪くなったのです。あるいは体調が悪かったから海に出られなかったのかもしれません。どちらにせよ、今となっては、ぼくにとって海に出ることは体調を整えることとイコールになっています。適度に運動することがいいのかもしれませんし、ストレス解消になっているのがいいのかもしれません…
さらに昔のことを思い出せば、ぼくが東京に住んでいたときは、ビルの谷間と行き交う車と大勢の人の中で、気持ちがクサクサしていたのでした。どこに行っても建物ばかりで空が狭くて視界が開けていないのが、イヤでした。いえ、それがイヤだと認識したのは後からのことで、そのときはそれが当たり前だと思っていたのです。そういうイヤなことというのは、自覚がなく、まるで通奏低音のように常に気持ちに働きかけていて、少しずつ少しずつ気持ちを荒ませていくんじゃないでしょうか?
なので、海辺に引っ越したときには、何かから解放されたような晴れやかな心地よさを感じたのを覚えています。それまで自覚していなかったんですが、ぼくは重い荷物を背負いながら暮らしていたんでしょう。
よく田舎暮らしのよさを語るときに、キレイな空気やおいしい食材をあげたりしますが、それはあくまで自覚できるものであって、実は、その土地に流れる時間の流れだったり、空間の持つ雰囲気だったり、一見自覚できなもので、気持ちよさのベースが作られているんじゃないでしょうか…
でも、それって毎日のことなので、自覚してなくても、体調や気持ちに影響はしている…ってことはあり得ると思うのです。
無自覚なストレスが、病気として表れることもあれば、人間関係のギクシャクさとして表れることもあったり、あるいは全然予期していない表れ方をすることもあるかもしれないので、実はとても重要なことなんだと、ぼくは思います。
どうせ生きるなら、心地よく過ごしたい、それが結果的にいろいろな災いを未然に防いでいることになっているかもしれないと、すべて推測ですが、そう思うのです。

ランキングに参加しています。クリックお願いします!

ランキングに参加しています。クリックお願いします!
ぼく、非常識らしいです…
この間LIFE SHIFTって本を読んだんです。人生100年時代だそうです。
これまでの時代のように、勉強する時期、働く時期、リタイアする時期の3パターンではなくなるそうです。
そして65歳以上でも働き続けないと、金銭的にショートしてしまうそうです。
うん、まさに日本でもよくいわれていることですね。
できれば一生海辺で遊んで暮らしたいと思っているぼくとしては、なんとも耳の痛い話です。65歳まで働けなんて、聞いただけで気が遠くなります。
で、会社の上司がそういうタイプなんですが、こういう本を読んでそのまんま受け入れるんですよ。そのときどきのベストセラーのビジネス本の内容を…
ここ最近でも、ピケティ、AIで仕事がなくなる、ひとつのことに集中しなければダメ、やり抜く力…
アンタはどんだけ素直なんだという話ですよ。
で、その都度部署の方針が変わるの…ブレブレ…
アンタはどんだけバカなんだという話ですよ。
これからの社会がこうなるといわれても、全体としてはそうなんでしょうけど、それがぼくにまで及ぶかどうかはわからないわけでして、うちの家族くらいは海辺の田舎町でこっそりささやかにうまいこと生きていけるんじゃないかなって、期待したりするわけです。
数人くらいなんとかなるでしょ。
アンタはどんだけバカなんだという話ですよ。
これからの社会がこうなるといわれても、全体としてはそうなんでしょうけど、それがぼくにまで及ぶかどうかはわからないわけでして、うちの家族くらいは海辺の田舎町でこっそりささやかにうまいこと生きていけるんじゃないかなって、期待したりするわけです。
数人くらいなんとかなるでしょ。
社会全体と個人の話は直結しないと思うんですけどねえ。
ちなみにぼくの家系は父方も母方も、男はガンでだいたい70くらいで死んでますんで、その可能性は高いんじゃないかな?
そっちの方が実現可能性高いよね。
なので、まあ相方のことはどうするか考えるとして、自分としては70くらいまで海辺で遊べるくらいならいいんじゃないかなあ、なんて話を同僚と飲みながら話してたら、「あんたは非常識」っていわれました。
佐島でおいしい魚が食べたいなというときに行く店
1.ロケーション ☆
2.こだわり ☆
3.店の雰囲気 ☆☆
4.味 ☆
5.値段 ☆☆
6.音楽
7.手入れ&掃除 ☆☆
8.総合評価 ☆
9.コメント
佐島といえば「海辺」が人気がありましたが、そこにMARINE & FARMができて、このあたりではわりと東京から人が来るエリアになりました。
そして「海辺」が閉店した今となっては、ちょっと和食が食べたいというときには、どうしようかと思う今日この頃です。少し足をのばして、長井とか初声あたりまで行くか…いやそれは遠すぎる。
そんなわけで最近よく行くようになったのは佐島かねきというお寿司屋さんです。
値段と魚のバランスがいいと思います。
この店のいいのは、窓から望める芝生と佐島港…
自然・生物・人間・社会・正しさ
これまでもなんとかなるさというテーマで文章を書いてきました。
でもまだそのテーマで書いてみたいのです。
ぼくはスキューバーダイビングやシーカヤックやサーフィンで何度も死にそうになりました。それ自体は怖いけど、実はそんなに怖くはないんです。いくらかの確率で死ぬかもしれないってわかっていて海に出るからです。
ぼくにとっては、別なことの方が怖いです。
それはたとえば仕事上で誰かに悪意を持たれて罠にはめられるとか、知り合いに恨まれて嫌がらせをされるとか、近所の人に憎まれているとか、別に身に覚えはないけど何か攻撃されるとか、そういうことです。
友達に「海に出て怖くないの?」って訊かれたりしますが、いやいや、社会の人間関係のドロドロの方がはるかに怖いし、それって見えないことも多そうだし、どう対処したらいいかもわからないから、ずっと大変だって思います。
父親がよく「誠実に勝る良策はない」といっていましたが、周囲の人から悪意や恨みを抱かれてしまうことを念頭に置くと、その言葉は確かにそうだと思います。誠実さというのは、数少ない防御策のひとつのように思えます。
自然の脅威や力のすごさは、初めからわかっていてどうしようもないことですが、他人からの悪意や恨みというのは、自分の行いのせいかもしれないので、そっちは気になります。なんとか防げたかもしれないから…
それでもなお、人の悪意や恨みや攻撃というのも、まあたいしたことがないと思うんです。
完璧な人っていないでしょ。誰でもミスや過ちはありますし…それを理由に悪意を抱かれても、「すみません」と謝るしかないですね。それでも恨んでいたら、まあ、どうしようもないですね。
それに、所詮、人の世の中は生き残りをかけての生存競争です。自分が生き残ろうとするのは、当然のことです。それで恨まれても「だからどうした」「しょうがない」わけです。
この理屈をやり過ぎると他者に迷惑をかけますので、あくまでもバランスが大切だとは思いますけどね。
いいたいのは、極度にナーバスになってもしょうがないし、完璧にいい人でいようと思っても、それは土台、無理な話だということです。
いいたいのは、極度にナーバスになってもしょうがないし、完璧にいい人でいようと思っても、それは土台、無理な話だということです。
世の中は基本的に混沌としていて、理路整然としている部分はごく一部だと思うから…
自然は自然の摂理の中で混沌としていますし、その中で生きる一生物である人間も社会も混沌としています。人間が作った正義や倫理って、地球全体で見ればすごくちっぽけなものだと思うんです。そんな正義や倫理の中で絶対に正しくても、生物として正しいかなんてわからないんじゃないかな…
もちろん他者に迷惑をかけるのはよくないし、様々な宗教が唱える善をぼくは尊重したいけれども、ざっくりした感想だけど、そうした善は、大筋生物としての人間を生かすような主張になっている気がします。
話が長くなりましたが、生きているのが善で、いろいろ過ちがあるかもしれないけど、それはしょうがないということだということ。だから気にしないし、死んでしまえば何だって同じです。
机上の理屈で正しいとかなんとかいってばかりいる人は、一度荒れた海に出てみるといいです。自然の力は圧倒的で、その前では人間の考える理屈なんて塵みたいなもので、しかも人は自分が生きるためになんでもするってわかりますから…
ランキングに参加しています。クリックお願いします!
東伊豆のスキューバーダイビングの後で寄る和食の店 萬望亭
1.ロケーション ☆
2.こだわり ☆
3.店の雰囲気 ☆
4.味 ☆
5.値段 ☆
6.音楽
7.手入れ&掃除 ☆☆
8.総合評価 ☆
9.コメント
このブログには何度も書いていますが、ぼくは毎週くらいのペースで伊豆にダイビングに行っています。そんなことを大学生の頃から何十年も続けてきました。
最近では日帰りの場合は、
ダイビング→温泉→魚のおいしい店で晩メシ
というのが定番コースになっています。
東伊豆エリアで晩メシを喰う店はたくさんありますが、入る店というのは、まあ偏ってきます。
それはダイビングの終わり時間が3時か4時頃で、温泉をあがるのが6時頃で、ご飯屋さんが閉店する前に入るとなると、熱海や小田原だともうだいぶ店が閉まっちゃうし、駐車場がある方がラクだし、やっぱり和食で地物の魚が喰いたいなどなどといった理由によるものです。
本当はもっといろいろあるんだろうなあと思いつつ、魚のおいしい和食の店だと選択肢は10店ほどでしょうか…
この店は伊豆高原にあるので、東伊豆で潜って、温泉に入って、余裕をもって店でゆっくり食事ができるのです。
値段は観光地値段なのですが、量と魚からいってまあまあいいんじゃないかなあと思います。
カテゴリー
最新記事
(07/15)
(07/12)
(07/09)
(07/08)
(07/06)
(07/05)
(07/01)
(06/30)
(06/28)
(06/24)
(06/21)
(06/20)
(06/17)
(06/16)
(06/14)
(06/07)
(06/06)
(06/02)
(05/31)
(05/30)
(05/27)
(05/24)
(05/23)
(05/19)
(05/17)
最古記事
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
アーカイブ
ブログ内検索
PR
カレンダー
PR
google


