海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
海好きは、海に近づく途中も楽しいのです
海が好きでなんとなくン十年も経ってしまいました。
初めての海に行く時など、今でもわくわくします。
自分なりのわくわくポイントというか、わくわくするツボみたいなのを考えるんですが、いくつかあるような気がします。
まず、海辺に近づいていく時の独特の地形ですね。「ああもうすぐ海がありそうだな」という地形の雰囲気が伝わってきて、それがわくわくします。
これは海好きな人にはわかってもらえると思いますが、経験を積んで、いろいろな海を見ていると、頭の中にデータが蓄積されているらしいんです。で、海っぽい地形がなんとなくわかるんです。
なので国道を走っていて、脇道にそれたりするわけですが、海が見える場所とか海に近づいてくると、頭のデータベースが反応して、わくわくエキスが分泌されるというような、エセ脳科学的分析を個人的にはしているんですが…
それから海っぽい看板や建物があるのもわくわくします。
たとえば「なんちゃらseaside」とか「ほにゃほにゃmarine」なんていう看板をみたり、艇庫のような建物が散見されてくると、「おお、もうすぐ海だ、海だ」と頭の中の小学3年生が騒ぎ始めます。
あと好きなのは、国道みたいなメインの通りから外れて、海に向かうであろう細い、曲がりくねった、急な坂道を下っていく時ですね。あのわくわく感はなんなんでしょう。そんなん感じるのは、ぼくだけですかね?
そんな感じで海好きは、海に着く前からそわそわしているという小話でした。チャンチャン。
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早朝のビーチを散歩
ぼくはわりと、というかけっこう早起きで、だいたい4時半くらいに起きます。
会社の同僚などに話すと、かなり唖然とされますが、ご近所でもそれくらいに起きている人は結構います。都会の人と田舎の人の生活時間の違いなんだと、自分を納得させています。
冬じゃなければ、外は明るくなっているので、ビーチを散歩します。
まだ誰もいない静かなビーチを、ポツリポツリとゆっくり歩くだけです。今日の潮まわりは何かな?とか、風はどっち向きかな?とか、波があるなとか、漁船がだいぶ岸に寄ってるなとか、まあそんなことを考えながら散歩します。
潮風を深呼吸して、まだ出たての太陽を浴びます。
それがすごく気持ちいいんです。
散歩の時間はたかだか数十分だと思いますが、気分がぜんぜん違ってきます。
健康で毎日散歩できるというのは、なんと幸せなことでしょうか…
家に帰るとシャワーを浴びて、仕事に行く身支度をします。
今日も1日始まるなって思いながら…
西伊豆フェチ
相変わらずの海バカぶりを、フルスイング気味に書いてみたいと思います。
伊豆が好きでダイビングに行ったりシーカヤックに行ったりします。しばらく行かないと、そわそわして伊豆の景色が浮かんで一睡もできません。うそです。
でも、月に最低1回くらいのペースでは行っているので、しばらく行っていないと「行きたい!もう辛抱堪らん」ってな感じになります。こういう情熱が夫婦の性生活にもあれば…いやいや、まあまあ…
そして東伊豆・南伊豆・西伊豆のどこもそれぞれの魅力があって好きです。海がないけど中伊豆も好きです。
今回は西伊豆について、海オタクぶりを発揮してみたいと思います。
西伊豆のよさはノンビリした雰囲気です。そして西向きの海岸線ということで、夕陽がきれいなこと、富士山が見えることです。さらにいえば複雑で荒々しい火山島の面影を残した地形です。
堂ヶ島→松崎→雲見→伊浜あたりの海岸線は、何度行っても飽きません。
もともと伊豆諸島は火山島なのでしょう。その荒々しくて複雑な地形が、西に開いているため、西風や西からの波をガンガン受けて、崩れたり削れたりして「闘って傷ついた男」的な雰囲気を醸し出しているところが、なんとも愛しいです。
植生はいわゆる伊豆っぽい感じで、これが八丈島になると熱帯系の植生になるわけですが、荒々しい地形はところどころ似ているような気がします。
あの土地の感じにひかれて、無性に西伊豆を訪れたくなります。
観光客が東伊豆ほど来ないせいか、土地の人もノンビリして商売っ気がないのも好きです。仲良くなるととてもよくしてくれます。立ち寄り温泉も東伊豆ほど高くありません。
首都圏に近いのにあのノンビリした感じ、うーむ貴重です。
海あるいは自然は人を矯正してくれるか?
ぼくが若い頃、なのでずいぶんむかーし昔、戸塚ヨットスクール事件というのがありました。
知らないーそんなのーなにそれーっていう若い人のために大雑把に説明しますと、グレたり、ワルだったり、引きこもりな青少年で、もう親もどうしようもないっていう子達を受け入れて、合宿生活をさせ、ヨットを通して更正させるというようなことを、戸塚ヨットスクールというところがやっていました。で、ヨットのトレーニング中などに子供達が亡くなったんですね。
それについては当時いろいろな議論がありました。
まあそれは置いといて、今でもたまにウォータースポーツは若者を矯正させる力があるというような話を聞いたりします。
ウーム。
そうでしょうか?
よくわかりません。ぼくなんかにわかるわけがない。
ただ、ぼく自身の経験からいうと、ウォータースポーツに限らず、自然の中で何かするというのは、頭を使うし、命がかかっているし、人が最低限生きるために必要なことがわかるということはあったりするかもしれまへんな。そやろ、健ちゃん、あんさんもそう思うやろ。
カナダの太平洋側を旅した際、大自然の中、自給自足で、何もかも自分達で作ってみたいな生活をしている人達を見ましたが、生きるとか、自由とか、知恵とか、自然との対し方ということの基本的な意味を初めて気づかされました。
これは日本の町中で生まれ育った人には、たぶんわからない、想像もつかない感覚だと思います。町の生活は、インフラが整備され、欲しい物は店にあるし、自分の生活はそういう複雑なプロセスの土台の上に成り立っていて、生活するということの実感が得にくいんではないかいな、と思うとります。
その点、自然の中で暮らすと、必要な物は自分で作るとか、食べるものは獲ってくるとか、育てるとか、すごくわかりやすいし、そういうことをやらないとすぐに生命の危機が実感できる面があると思います。
そういう感覚を知るとか身につけるということは、もしかしたら引きこもりみたいな状態に効果があるかもしれません。
わかりまへんけどな、そんなん知らんがな、実際、ホンマ。
ただ気持ちいいから
リアルに自然の中に身を置くことでしか感じることができないこと
webで情報収集するのが当たり前で、何かする時に検索するのが、無意識な行動になってしまいそうな今日この頃です。
海に行く前もwebで情報収集するのも定番の行動です。天気・波・風・天気図・潮汐などなど…
ただウォータースポーツというアウトドアスポーツをするものとして、いつも感じるのはリアルのすごさです。webでどれだけ情報収集しても、疑似体験しても、リアルにはかないません。
実際に海に入って過ごす時間。その間に感じるさまざまなことは、たぶんすごい情報量なんだと思います。
視野に入るものすべて、波や木々の音、潮風の匂い、肌にあたる風、呼吸する空気…とても言葉ですべてを語れないような気がします。
そのすべてを感じ、そこに素晴らしさがあるからこそアウトドアに行きたくなるのでしょう。
雨の日や寒い日に「海に出るのかったるいな」と思う時があります。それでもぼくは意図的に、そういうときこそ海に出るようにしています。海に出れば必ず「ああ、海に出てよかった」と感じるからです。
自然の中で五感を総動員して、自然を感じるということに、すごく大切なことがあるような気がします。
「うねり」フェチなワタクシ
よく「フェチ」な話がでたりします。
男同士で飲んだりすると、女性のふくらはぎが好きだとか、お尻が堪らんなどと、それぞれプチフェチな思いが多少はあるようです。
で、ぼくの場合、女性よりも海方面に、フェチ的感性が発揮されるらしく、同じ海好きな仲間から唖然とされるほどです。
たとえば「うねりフェチ」です。
ぼくは海のうねりが大好きで、少し沖に出て、台風がフィリピンあたりにある時に相模湾に入ってくる、くらいのうねりが割といいことが多いんです。
どんなうねりがステキなのか?
ぼくにとっては、うねりのカーブが大切です。波長が長く、緩やかで、しかも上下の幅が大きいうねりが好きです。堪りません。女性の美しいボディラインに似て、ステキ。
シーカヤックやサーフィンでなどで、ちょっと沖に出て、大きくて緩やかな極上のうねりを乗り越える時、なんともいえない心地よさを感じます。マイルドなジェットコースターに乗っているというか、ハンモックに寝転んで揺られているというか、なんだか幼い頃揺りかごで揺られている時ってこんな感じだったんじゃないか、と思うほどです。
そういううねりが入ってきそうな海況というのは限られていて、そういう気配があるときは、ぼくは嬉々として海に出ます。そういうときはシーカヤックがいいですね。
それでちょうどほどよいところまで沖に出て、うねりを眺めたり、うねりに身を任せたりします。もうウットリ。
なんかすごく特異な話を書いて、読んでる方がひいてる気もするんですが、まあ、そういう人も世の中にはいるんだということで、よろしく。
大洋にポツンと立つ岩礁に見入ってしまうワタクシ
シーカヤックやボートで沖へ出て、岩礁のそばを通ることがあります。
もちろん陸地づたいに岬や岩場に行ける場合もあるんですが、海の真ん中に突きだしている根や岩礁は独特の迫力があるなあ、ああ、いとおかし、というわけですね。
んで、波やうねりがある時に、そういった岩礁を見ると、ゾクゾクするんです。
波が岩礁にぶつかって砕けてるし、岩礁の周りには、きっと隠れ根があるんでしょう、妙に渦巻いてたり、変な流れがあったりして、見えないだけに不気味な感じです。
しかもかなり強い波やうねりがガンガンぶつかっても、岩礁はびくともしません。
スゲー、ツェー、かっけーと思っちゃうわけです。
男らしい。
惚れ惚れしちゃう。
大洋の中にポツンと立つ岩礁。
風雨や波浪にもびくともしない岩礁。
そんな男にワタクシはなりたい。
自由
メディアなどでは、世間が保守化、右傾化してきているといわれています。本当かどうか知りませんし、メディア自体が煽っているかもしれませんが…
時代の雰囲気というのは、その時々でびっくりするほど変わります。(バブルの頃って凄かったですね。テレビで全共闘の映像が流れても意味分かりませんね)
で、そんな変化する時代の空気がどうであろうと、ぼくは可能な範囲でより自由であるべきだと思っています。
可能な範囲というのは、社会に迷惑をかけないとか、まあそういう制約の中でということです。おそらく100%の自由ってないかなーって直感があるので…
そして、自由であることと、独立していること(経済的にも思想的にも精神的にも、いろいろな意味で…)はセットだとも思っています。
その自由への身近な入口が、ぼくにとっては海だったりウォータースポーツだったりします。
海にもルールや制約はありますが、街中に比べればずいぶん少ないんです。
ただただ目の前に広がる海。
海自体は、ぼくにルールを押しつけてくることはありません。
そこで生き残っていけるかは自分次第。どこまで行くか、どこまでやるか、やり過ぎて死ぬのも自分次第。
自由。
ぼくは原則として、基本的に自由。
サンゴが豊かな海であること・あるいは人の暮らし方について
ダイバーの端くれとして気になるのがサンゴの状態です。
サンゴが元気な海というのは、さまざまな面で健全で、その他の海洋生物も豊かであろう事が推測されます。
サンゴが傷んでくるということは、その地域の海洋状態がなにかしら異変が起きていると、個人的には考えています。
20年以上前から定期的に沖縄へ潜りにいってますが、昔は慶良間諸島に行けばサンゴがありました。生い茂るというほどではありませんが…
石垣や宮古やその周辺の離島に行くと、生い茂るといってもいいほど一面がサンゴでした。
サンゴが元気な海というのはなんともいえない美しさです。海が生き生きとしている感じがします。こちらまで元気になるような気がします。自然が豊かであることが、ぼくに与える喜びというのは、とても大きいものなんですね。
それから年々、沖縄では死んだサンゴが目に付くようになり、90年代後半の白化現象、オニヒトデの食害、土地開発などいろいろな理由により、サンゴが激減しました。
サンゴが死んだ海中の風景というのは、白い砂漠のような、殺伐とした印象です。骨を砕いて敷き詰めたような、寂しい-あえていえば不吉な-風景だと、ぼくは感じました。
サンゴが減少した理由はいろいろいわれています。それに対し、オニヒトデの駆除やサンゴの養殖(というのかな?)など様々な対策がなされているようです。
サンゴマップ実行委員会による「みんなでつくるサンゴマップ」という取り組みもなされています。
ここ数年は以前よりも持ち直している印象がありますが、20年以上前まで戻っているとはとてもいえません。
原因が様々で、特定されていないものもあり、あるいは地球規模で起きていることもあるかもしれず、決め手となる有効な対策というのは難しいかもしれません。
でも、なんらかの取り組みが必要であろうという直感はあります。
サンゴが元気な海が存在し続けるということは、単にそれが大切だというより、おそらく人間が地球で長く暮らしていけることと密接に関係がありそうで、そういう意味で、人間の暮らし方の見直しを含めた取り組みが必要なのかなと思います。
もしかして将来「なぜ昔の人は自然を損なってまで、開発とか経済成長ばかりいっていたの?」なんていう時代が来るかもしれません。
ご参考ホームページ
○WWFサンゴ礁保護研究センター
○CORAL NETWORK
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