海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
ダラダラのんびり過ごしたい
ぼくはいい加減が好きです。ちゃんとするのが苦手です。休みの日もダラダラのんびりしていると、「ああ、充実した日を過ごしたなあ」と感じます。
友人には「そういうのってわからない」っていわれます。「一日がもったいないじゃん」と。彼は朝からいろいろなことをやるのが充実した日なのだそうです。
友人同士でもずいぶん違うもんですねえ。
休みの日といっても、まあ、なんだかんだ、やらなければいけないことはあるもので、完全にやることがない日というのは貴重です。
そんな日にボーッと海を眺めながら一日過ごすのが、ぼくにとってはとても嬉しいのです。
海の色、波のたち方、陽射し、風の向き・強さ、潮の香り、木々の葉音、鳥の鳴き声、そんな周囲の様子をていねいにじっくり感じるのが好きです。
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これまで公開したチェックリストをまとめてみました
自分がウォータースポーツとか海遊びに使うために備忘的な意味で(いやー、最近物忘れが激しくてねー)チェックリストを作っているんですが、それが他の方にも多少は役に立つかも、と思って公開してきました。
いくつかあるので、今回はそれをまとめてみたいと思います。
→スキューバーダイビング持ち物リスト
→潜水前 ダイビング器材安全チェックリスト
→スキューバーダイビング器材安全チェックリスト
→海水浴に持っていくものチェックリスト
→海遊びの時のファーストエイドキットチェックリスト

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海は隠れ家
小さい頃、自分だけの秘密基地を持ってませんでしたか?
ぼくは持っていましたよ。
その癖が大人になった今でも残っているみたいです。そう今のぼくにとって、海は逃げ場、隠れ家。疲れた時、独りになりたい時、海に遊びに行くのです。
相方はそんなぼくを、怪訝な、あるいはいつまでも子供なんだから、というような目で眺めています。
考えるに、ぼくはどこにいてもそこが本来の自分の場所でないように思えるようです。いいかえると本来の自分の場所がどこかにあるんじゃないかと思えるようなのです。それってけっこうヤバイ精神状態かもしれません。
そういうぼくにとって海は格好の隠れ家で、そして、海の向こうには理想郷や桃源郷があるんじゃないかと胸のどこかがウズウズとするんです。
なので、海辺の人が来れないような入江や島に渡り、キャンプしながら、海の向こうの理想郷ってどんな感じかなー、なんて考えたりする独りの時間がとても楽しいんでしょう。なんだか寂しいようで、ホッとする時間、そんな時間がとても貴重なんです。
そしてそんなぼくを受け入れてくれて、何の関心もないような素振りの海というでかい自然がとても好きです。

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今日も笑って過ごそう
世の中、難しく考えようと思えば、難しく考えられますし、仮想敵を作って競争的に考えれば、そのような日々になります。
テレビのニュース番組では、いろいろ込み入った話題が報道され、難しい問題が山積しているように思われます。いえ確かにそうなのでしょう。
そんなときぼくが思い浮かべるのは、沖縄の離島の人々の暮らしです。みなさんすごくお金持ちというわけではありませんが、日々の暮らしを楽しんで、ノンビリ過ごしていらっしゃいます。畑を耕し、あるいは漁をし、家族と食事をし、語らい、お酒を飲んで唄い踊って、眠る。その瞬間瞬間の、人々の笑顔が思い出されます。
ニュースは幾人もの頭脳で作られたショーですが、沖縄の人々の暮らしは現実です。
世の中は、概念的に考えることもできますし、一個人の現実として捉えることもできます。
ぼくが大切にしたいのは、個人としてどう生きるか、どのように日々楽しく生きるかです。
戦争中でも平和時でも人々は生活しているのであり、封建時代でも民主主義の時代でも人々は暮らしているのであり、ロシアでもアメリカでも人々は同じように生きているのです。
人の暮らしは、朝起きて、食事をして、家族や友人と語らい、眠ることから構成されていて、すべての人にとって1日は24時間、これは世界中どこに行ってもさして変わりはありません。
日々を楽しく過ごすことができれば、楽しい人生。それでいいではないかと、ぼくは思うのです。
バカといわれようと、ノンポリ(懐かしい言葉ですね)といわれようと、アハハと笑って、今、このときを過ごせればいいなあと思います。悩んで生きても人生、笑って生きても人生。どうせ何百年もすれば、誰もぼくが存在したことなど知りもしないでしょう。
沖縄の人々の笑顔を思い出して、今日も笑って暮らそうと思うのです。
寒い時期の海遊びの強い味方 高機能ウェア
だいぶ前からですけど、ソフトシェルというのが普及しています。これまでのアウター(ハードシェル)とインナーを合わせたような機能を持ったウェアです。
アウターは通常、防風と撥水の機能が優れていて、インナーは保温と身体から出た湿気を外に逃がす機能が優れています。ソフトシェルというのはこれをまあまあのレベルで実現しているウェアのようです。
実際使ってみると、まあたいていのシーンはソフトシェルでカバーできます。
たとえば春・秋で少し寒いかもしれない時期に、船とかに乗ってスプレーを浴びるかもしれない状況とかトレッキングとかそういうときです。アウターほどかっちり防水ではないんですが、少しくらいの雨なら大丈夫というもの。
しかもフリースほど温かくはないけれどそこそこ温かいわけです。
ソフトシェルの登場でぼくのそれまでのレイヤーのパターンが変わってきました。
寒い時期にシーカヤックで海に出るとき、これまでは温かい下着(よくあるヒートテックみたいな機能のある下着が、必要な保温能力別に、アウトドアブランドからたくさん発売されているのでそれを着ています)、フリース、アウターだったのが、ソフトシェルが出てきたことで、温かい下着、ソフトシェル、アウターになりました。ソフトシェルのいいところは、多機能であることと、フリースほど嵩がないところです。着ても着ぶくれしないので動きやすいところが好きです。
今はどんどん新しい優れた機能を持ったウェアが手頃な値段で発売されるので、アウトドアスポーツをするぼくにとってはとても助かります。同じ防水性・保温性ならば安くて軽くて多機能であればあるほど、総重量が軽くなるし、傷んだら買い換えればいいわけです。外遊びでは少しでも荷物が軽い方がいいんですから…
なので、ぼくは新しい機能を持ったウェアが出たら、けっこうすぐに買うようにしています。ハズレもありますが、まあたいてい従来のウェアよりもいいことが多いので、それで外遊びが楽しめるなら、多少の出費は許容できます。
高機能素材によるウェア革新は、ウォータースポーツでも多く見られて、ウェットスーツの内張りも最近は温かい素材が出ていますし、ラッシュガードも暖かくて撥水効果の高い素材が出ています。そういうウェアを着ると、寒さがだいぶ違ってきますよ。

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薪ストーブが欲しいけど、でも…迷った時の電気ストーブという選択肢
薪ストーブっていいですよね。
暖かいだけではなくて、炎で気持ちが和みます。
高原とか高山に旅行した先で薪ストーブがあるとうれしくなってずっと見ています。
うちも薪ストーブを作ろうかなと検討したことがあります。
わりと真剣だったので近所の薪ストーブがある友人の家にヒアリングにいったこともあります。
設置費用は?
維持費は?
薪代は?
火事の心配は?
手間は?
いろいろ調べたんですう。まあ詳しいことは、多くの人がブログにも書いているし、本や雑誌も出ているから、ここでは省略します。
大雑把にまとめると、うちのような冬でも温暖な地域では、それほど費用をかけるほど寒くないし、維持する手間もかかるし、設置しても使わなくなる可能性がかなり高いから、「要らない」というのが結論でした。
ただ、キャンプでの焚き火をこよなく愛するぼくとしては、火が燃えるのは見ていたいんです。やっぱり気持ちが和むのです。そういうのってありますよね?
そういうのが好きなタイプだから海辺に住んでいるわけで…
結論がでたので、薪ストーブのことは諦めて、そのままにしていたんですが、あるとき泊まったホテルで薪ストーブがあったんです。そうホテルにはありがちなものですもんね。
でもなんか変。
近くに寄ってよーく見るとそれは本物の薪ストーブじゃなくて、薪ストーブを模した電気ストーブだったんです。
炎も揺らめいているし、ストーブの鋳鉄も本物ぽくて、決して安っぽい感じではなかったんです。
別に安っぽいホテルではなかったんですけど、雰囲気にもマッチしてました。
あーこんなのあるんだーと思いました。
そのときはそれだけだったんです。あーなるほどねっと。
で、しばらくしてからYouTubeでその製品の動画を見つけてしまったんです。
メーカーが作っている販促の動画だったんですが、確かによくできていて、炎の揺らめきは本物っぽくて…
それで値段を調べたら、6万円くらい。まあ安くはないけど、変えないほどではない。本物の薪ストーブを設置することを考えたら、2桁くらい安いという考え方もあります。
それでぼくの癖で欲しくなっちゃたんですねえ。
物はDimplexという会社のArkleyというタイプ。だいたい4万円。
買っちゃいました。
なんかこのあたりの文章が宣伝みたいで嫌ですねえ。
なんかこのあたりの文章が宣伝みたいで嫌ですねえ。
それがおととしのこと。
夏でも出し放しで2年経ちました。
昼にウォータースポーツをして、家に戻ってきてシャワーを浴びて、ダイニングテーブルに座って、電気薪ストーブのスイッチを入れて、ジャズを聴きながら晩酌というのが定番コースになりました。
お客さんが来ても、お世辞かもしれませんけど好評です。
変わらない自分と一緒に生きていこう
若い頃から他人と競争して、ガリガリやるのが苦手でした。みんなで群れるのも好きではありませんでした。クラスの優等生が机上の空論を弁舌爽やかに話すことに違和感がありました。
ボーッとしたマイペースな奴というのが、大方のクラスメイトの評価だったんだろうと思います。
そんなぼくですから、なるべくして、海遊びにはまり、独りで海辺の旅をすることに安らぎを感じ、海という自然と向き合って生きるか死ぬか自分次第という環境が好きになったんでしょう。
人口が少ない離島を旅して、人のいない砂浜で日がな一日ボーッとするのが好きです。
ビーチの地形や水中生物を観察しながら、いろいろ考えを巡らせるのが好きです。
人間臭い地元の人と飲み明かすのが好きです。
ハードなダイビングポイントを潜り、冷や冷やしながら無事ダイビングできたりすると喜びを感じます。
結構荒れた海をシーカヤックで目的地まで行くのが好きです。
人は変わることができますが、本質の部分で変わらないところもあります。
ぼくは相変わらずマイペースでのんびりしています。これはよくいえば、ぼくの長所ですし、悪くいえば短所です。でも、まあ、それがぼくなのだからしかたがありません。人は誰でもたいていそういう面を持っているものです。
今日も砂浜で潮風に吹かれながら、海遊びをして暮らします。
海辺の風に吹かれて…
海辺の町の匂いってありますね。ぼくはアレが好きです。
海藻が陽に照らされた匂い。
漁船の匂い。
魚の匂い。
潮の匂い。
海辺にいるとそんな匂いがして、なんだか懐かしいような感じがします。ぼくはそんな匂いを嗅ぐと気持ちが落ち着くようです。ゆったり、ノンビリします。
海の匂いがいっぱいの風に吹かれながら、ぼくはいつからそんなに海が好きになったんだろうと、昔のことを思い出そうとしますが、よくわかりません。
G-SHOCKのGULFMASTERがいいですね
海遊びをする仲間の中には、腕時計に凝る人もいます。特にダイバーは、たいていダイブコンピューターを身につけていて、それが今は腕時計型なのです。
よくある話ですが、毎年各社から新型が発売されて、新しい物が好きな人は買い替えてます。
それはそれで楽しいのならいいんじゃないかと思います。
ぼくは10年以上同じ腕時計、同じダイブコンピューターを使っていますけど…
で、先日、海仲間がG-SHOCKのGULFMASTERというのを着けていて、これはパッと見てカッコイイなと思いました。ネイビーブルーで海っぽいのです。
G-SHOCKの丈夫さは有名ですし、値段もまあまあです。
ぼくはたぶん買いませんが、なかなかいいなあと思いました。
あと、スマートウォッチのアウトドア版を使っている友人もいます。これもやっぱりcasioの製品のようで、Smart Outdoor Watchというみたいです。ぼくは機械に疎いので、何ができるのかわかりませんが、よくある都会的なスマートウォッチよりは、タフな外観で魅力的です。
今や海でも山でもアウトドアをする人は、スマートフォンはみんな持ってきていますし、人によってはタブレットを持っていたりもします。スマホやタブレットを1台持っていれば、カメラも気象情報も地図も音楽も本も全部入るので荷物が軽くなるというメリットがあるのです。ぼくが若い頃のように、音楽はウォークマンで、MDをいくつか、本は文庫を何冊も持って…となると荷物がすごく重くなります。
ナチュラルでアウトドアなライフスタイルだからスマホやタブレットを使うのは邪道というのは、ちょっと単純すぎる考え方でしょう。
海で養われる生きる力
都会に暮らしていると、自然の脅威から、ほぼ隔絶されています。たまに台風や激しい気象などで混乱することがありますが、それで人が死ぬということはほとんどありません。地震などで災害になったりして、想定外の災害なんていいますが、それほど都会の暮らしは整備されている、と思うのです。
ぼくの友人に、住んでいるマンションが駅直結で、職場も地下街からオフィスビルに入れるという人がいますが、この人は雨や台風などの気象を前ほど意識しなくなったといいます。
こういうのって都会で暮らしていることの典型的な例じゃないかなんて思うんですねー。
一方でぼくは離島を旅するのが好きでして、そこで見聞きする島の人の暮らしは、気象を意識しないではいられないものです。島の人は誰でも、風の音や風向き、波の音でだいたいの天気がわかりますし、天気がわかると、その日やる行動が決まります。台風が近づけば、船が欠航するかもしれないので、食料を買いだめしたりします。
人々の暮らしは、自然の大きな力に翻弄される前提で成り立っていて、それをみんなが自覚しています。そこにある共通の前提は、人間の技術や力は限界があり、今の暮らしや人生は、自然の力の前で、かりそめの状態で成り立っているという意識ではないかと思うのです。
そういう暮らしをしていると、生きる、あるいは死なないということが、都会ほど当たり前ではなくなります。
食べる、暑さ寒さをしのぐ、雨風をよける、病気にならない、といった生きるために、最低限のこと~都会では当たり前のこと~が、当たり前でない環境で暮らしているとき、日々の暮らしに生きる力が必要となり、それがやがて生きていることの実感とか、生きていることへの感謝の気持ちに繋がるのかもしれないなーと思ったりするのです。
まあぼくが勝手に思っているだけで全然違うかもしれません。
突然話が飛びますが、青少年で無気力になっている人や非行にはしっている人の中には、ぼくの勝手な想像では、生きるのが当たり前でない環境、先ほどの例でいうところの離島で暮らすと、おそらく無気力や非行といった態度が消える人が多少はいるのではないかなーと思います。そういう実例を見たわけではないので、あくまでも想像です。それに無気力とか非行という状態になっているのもいろいろな理由があると思うので、一概にはいえないでしょう。ただ、そうした状態の中には、自然環境で生きる力を取り戻せるケースもなくはなかろうとぼくは想像しているということをいいたいわけです。それは、自然の状態というのは無気力や非行をやっていると生きていけない、死ぬわけで、その本能的恐怖はなかなか乗り越えられないだろうと思うのです。
また、一方で、無気力とか非行という状態の青少年が都市で暮らすと、社会的なダークサイドの力に引きずり込まれて抜け出すことができなくなるおそれの方が多いわけで、それであれば自然の豊かな環境で自給自足していくというのもひとつの可能性ではないかとも思います。
都会という人が暮らす環境が整備されたところで生きていると、だんだん生きている実感が薄れ、一方で都会という場で、人間のつくる社会の構造は複雑で、弱者や貧困者は何かしら搾取されたりします。そういう都会で暮らすよりは、よりシンプルに生きることに向き合える場所で暮らした方がいいんじゃないかとも考えたりします。
そしてさらに話は飛ぶんですが、食べる、暑さ寒さをしのぐ、雨風をよける、病気にならない、といった生きるために、最低限のことが当たり前でない環境に身を置くということは、アウトドアスポーツやウォータースポーツである程度再現可能ではないかと思うのです。なので、たとえば冬山登山とか太平洋横断とか、そこまでいかなくてもボーイスカウト・ガールスカウトとか、テント暮らしを1週間くらいするとか、そういうことでも、生きる力は湧いてくるのではないかと思うのです。
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