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海を眺めていると、自分のちっぽけさを痛感します



 会社の上司で、社内のライバルを敵視する人がいました。飲みに行っても、ライバルの悪口ばかり。
 ぼくはそういう感情を強く持ったりしないタイプなので、その人の執拗さに驚いたものでした。世の中には、いろいろな人がいるんだなって思いました。
 だいたい人の嫉妬心を感じながら酒を飲むのは旨くないので、うんざりでした。
 そこまでいかなくても、誰でも他人のことが気になったり、人が自分のことを悪く言っているんじゃないかと疑心暗鬼になったり、気に入らないヤツがいたりといったことはありますよね。
 ぼくはそんなとき、海のことを考えるようにしています。そして家に帰るとすぐに海辺を散歩します。
「海は何百年も何千年もそこに広がっていて、その間に陸地の地形は変わったり、人の世は移り変わったりしてるんだな。以前、このあたりに暮らしていた人も、やっぱり喜んだり、悲しんだり、怒ったり、泣いたりしたんだろうな、いや絶対そうして人は生きてきたはずだ」なんて、想像を巡らしたりします。
 そんなことを考えているとたいていのことはどうでもよくなってきます。人のことなんて、どうでもいいし、それに対して怒る自分も、イライラする自分も、ちっぽけな者に感じてしまいます。というか、そんな細かいことをいろいろ考えることさえもくだらないことのように思えてきます。
「目の前には圧倒的に大きな自然が広がっていて、自分はちっぽけな存在、さらに日々の瑣事にばかり頭をいっぱいにしている自分、なんてバカバカしいことをしてるんだろう」と、そんな風に思えるんです。
 せっかくこの世に生まれてきて、こうして生きているんだから、つまらないことに時間を使うのはやめようって思えるんです。








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ワサワサしない暮らしの作り方



 ノンビリした暮らしがしたくて、海辺の田舎町に引っ越したのでした。
 以前よりはノンビリ、ゆったりした日々を送っているんですが、それでもときどき忙しいなあと思うことがあります。それで、なぜなんだろうって考えたんです。
 環境のせいもあるかもしれませんが、やっぱり自分がいろいろやってしまう性格で、かつちゃんとやらなきゃと考える性格だからなんだって、最近やっと気がつきました。
 あれもやらなきゃ、これもやらなきゃって考えるタイプの人は、やっぱり忙しくなりがちなんでしょう。しかもやるならちゃんとやらなきゃと考えるので、なおさら忙しくなってしまうんでしょう。
 なぜ忙しくなるのがイヤかというと、ワサワサするからです。慌ただしくなるからです。それが自分のペースを乱してイヤなんだと思います。
 ぼくはスマホのアプリでToDoリストを作成するヤツを使っているんです。それでやらなきゃいけないことを忘れないようにするわけですが、そのリストの中には、やらなきゃいけないことと、まあ、やっておいた方がいいことと、できればやった方がいいことが混ざっています。早い話、やらなきゃいけない度合いが違うものが混ざっているわけですね。
 しかもそういうアプリって便利なので、ちょっとでもやらなきゃいけないことをどんどん追加していってしまいます。
 その結果やらなければいけない(かのように見えること)が山のようになっているんです。それが忙しさの原因じゃないかと思い、最近はそのリストから、「やらなくてもいいじゃん」みたいなことを削除しています。
 これは表面的なやらければならないことを減らしていく作業ですが、そもそもの原因は自分の性格にありそうなので、そちらの方の対策として、あまりいろいろのことに気づかないようにしています。あるいは気づいてもまあいいかとか、まだいいかとか、考えるようにしています。
 それから最近流行のミニマリストの方達のやり方も参考にしています。そもそも持ち物が少なかったり家が狭かったら、それらをメンテする手間は少なくなるはずだというのは、なんとなく正しい気がするから、試しにやってみています。
 ノンビリゆったり穏やかに暮らしたいというぼくの思いは変わりません。すぐにでもノンビリしたいときは、何もしない時間を作るようにしています。何もしないというのはけっこう難しいので、あることだけしかしない時間を作るようにしています。といっても簡単なことで、コーヒーを飲むときはコーヒーを飲むことしかしないようにしています。テレビも音楽も聴かず、デッキでコーヒーを飲むことだけしています。そうすると気持ちがゆったり穏やかになるようです。ぼくにとっては、マルチタスクというのはよくないみたいです。
 デッキでコーヒーだけを飲んでいると、いつもより五感が鋭敏になるようです。波の音がハッキリ聞こえますし、鳥の声も聞こえてきます。木々の葉の擦れ合う音も聞こえてきます。雲の流れにも気づくようになりますし、海の波の様子にも気づくことができます。これほど豊かな環境に、普段は自分が気づかないだけだったんだと思うのです。








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田舎と都会での人の距離感の違い



 休みの日に時間があると、海辺を散歩して、ときどき海を眺めながらボーッとするということをします。そういう時間がとても好きなのです。
 そんな時間が取りたくて、都会から海辺の田舎町に引っ越しました。
 海といっても、ぼくが住んでいるのは、湘南のようなオシャレな海ではなく、熱海のような観光地の海でもありません。地元の漁師のおっちゃんが歩いているような静かな、少し寂れているといってもいい漁村です。
 ぼくは好んでそういう漁村に引っ越しました。
 もう何百年も前から人々がそのように暮らしている、人の暮らしがむき出しの土地が好きなのです。
 そんな海辺の田舎町では、通りで見かける人やすれ違う人の顔を必ず見ます。そして知っている人なら挨拶はもちろん、たいてい立ち話をします。話すことはちょっとしたことです。
 都会でそんなことをしていたら頭がクラクラしちゃうでしょうけど…
 町の人はなんとなくおおよそその人の暮らしぶりを知っています。たとえば誰々の家に子どもが生まれたとか、どこそこの子どもは大学進学で大阪で独り暮らししているとか、どこそこの娘が離婚して戻ってきているとか、誰々さんの病気が重いなどなど、ぼくはあまりそういうことに興味はないのですが、そんなぼくの耳にも入ってくるのです。それ以外にも、あの人は気さくでいい人だとか、気難しい人だとか、怒りっぽいとかそういうこともなんとなくわかっています。
 そんな状況が息苦しい、嫌だと思う人もいると思います。ぼくも若い頃はそう思ったかもしれません。
 でも、今は別になんとも思いません。
 逆に人の顔が見えて、その人がどういう人かもわかっているので、わきまえて付き合えば暮らしやすいともいえます。少なくともマンションの隣の住人がどんな人かわからないとか、同じフロアの人と会ったことがないみたいな状態の方が、ぼくには怖く感じられます。
 小さな田舎町だと、見知らぬヘンな人が入って来るとわかりますし、みんななんとなく警戒します。子ども達は、町の大人を把握しているので、見知らぬ人には近づきません。
 以前ぼくの妻が入院したことがありました。そんなに重い病気ではなかったのですが、退院後は近所の人やママ友がお見舞いに来てくれたり、何かと気にかけてくれました。
 ぼくからすれば、老人が独り衰弱死するような、そんな都会の匿名性の高い暮らしの方が、普通ではないように思えます。
 ぼくは町の人から、普通のサラリーマンで、海遊びが好きで移り住んだオジサンだと、たぶん思われているでしょう。
 海辺を散歩して、ボーッと海を眺めていると、通りかかった人が声をかけてきます。「今日は仕事が休みなの?」とか「カサゴ釣りをしたらいい。誰々さんが昨日大きなカサゴを釣ってた。」とか「今日の夜空いてる?●●(飲み屋の名前)で飲もうよ。」とか…
 そんな感じで日々が過ぎていく暮らしが、ぼくはわりと好きです。









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海を眺めながらデッキでビールを飲むのが好きです…



 海を眺めながら、ビールを飲む気持ちよさは、わりといろいろな人に共感してもらえます。
「あぁ、いいよねー」っていう感じです。
 海辺に住んでいるとこれが毎日できます。
 というか、それがしたいために海辺に住んでいるといってもいいくらいです。
 これだけじゃあつまらないので、ぼくはもっとこだわるようにしています。
 まず身体を動かします。
 ぼくはサーフィンとかスキューバーダイビングとかシーカヤックをします。
 海を存分に楽しんだら、次は潮を流してさっぱりしたいですね。どうせ流すなら温泉の方がうれしいです。
 どうせ温泉に入るなら海が眺められる温泉がいいですよね。そこにゆっくりつかります。温泉に入ると筋肉がほぐれてフニャフニャになって、それもいいですね。
 それで、もう後は寝るだけにしておいて、いよいよビールです。
 海が見えるデッキがいいですね。やっぱり外がいいんです。
 潮風が当たって、波の音が近くに聞こえて、夕陽を浴びる、そんな中で飲むビールがうまいんです。
 海を眺めると、夕陽が山の端にかかろうとしています。海には少し波が立っていて、赤・黄・オレンジにきらめいています。
 そんなビールが飲める日々ってシアワセですね。








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旅先での友人との距離感



 ぼくはいろいろ海遊びをするのですが、多いのはスキューバーダイビングとシーカヤックです。
 その二つにはそれぞれおもしろいことがありまして、スキューバーダイビングは、チームで潜ることが多いので、みんなで行動する楽しさがあります。もちろん他の楽しさもありますけど…
 シーカヤックは、ぼくは独りで乗ることが多いのです。なので、自由にできる楽しさ、独りで自分に向き合うおもしろさがあります。
 ぼくは欲張りなのか、独りでいると仲間に会いたくなるし、仲間とずっといると独りでいたくなります。
 仲間と語り合い笑い合う楽しさというのも確かにありますし、独りで自由に行動し、自分に深く向き合う魅力もあります。
 長年、いろいろな仲間と海旅をしてきましたが、どのくらい一緒にいるのが適しているかというのは、人によって違うように思います。
 四六時中ベッタリ一緒にいたがる人もいますし、飯の時だけしか一緒にいなくて、あとは銘々勝手に行動したがる人もいます。
 ぼくは明らかに後者です。
 まあ、いい歳したオジサンが夫婦でも家族でもないのに、四六時中ベッタリいられる方が珍しいんじゃないでしょうか?
 旅行中の喧嘩というのは結構あるみたいですしね。
 これまでで一番快適だったのは、現地集合で、スキューバーダイビングの時と晩メシの時だけ一緒で、後は自由行動という旅でした。ぼくにはそのくらい距離感が快適なようです。
 なぜ、そうなのかという理由を考えてみると、ぼくは自分が話す方ではなくて、人の話を聞くことが多いタイプです。人の話を聞くというのはけっこう注意力とかエネルギーが必要でして、特に相手がおしゃべりな人だと、のべつ幕なしにエネルギーを奪い続けられる感じがします。感覚としては言葉の銃弾を浴びせられる感じに近いかもしれません。それで疲れてしまうんだと思います。
 もう少し正確に書いてみると、人の話を聴いて、相づちをうったり、リアクションしたりするのは、いったん人の話を理解して、自分の中に受け容れて、それでも自分が傷つかないように気をつけて、相手の気持ちを考えながら反応することなので、ちゃんとやろうとすると、けっこうたいへんなのです。
 なので、少し無口なくらいの人と旅をして、お互いがたまにポツリポツリと話すくらいがちょうどいいようです。
 ぼくが自然が好きなのも、そういうところがあるのかもしれません。自然はぼくに話しかけてきませんから…
 基本的に独りでいるのが好きなのかもしれませんね。








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海辺の男の生き方…こんな風になりたい



 ぼくの海遊び仲間は、無骨で、ぶっきらぼうで、タフな奴が多いです。
 もともとの性格は違っていたんでしょうが、海というフィールドで生き残るために必要な特性が身についていったのでしょう。
 慎重に考え、素早く行動する人が多いのです。理屈よりも結果、楽しんで生き残ることが善、自分の判断力と体力がすべて…
 そんな仲間に囲まれて過ごすことが多いので、仕事などで東京の大企業とか官庁とかの理屈っぽくて、細かくて、人のミスを誘い、自身の出世を考える、ヒョロッとした青白いヤツとやりとりするとストレスが溜まります。
 ぼくが仲良くなる男の友達というのは、小さい頃から一貫しているので、たぶんぼくの中にそういう特徴があるのか、育った環境によるものなのでしょう。
 そんなぼくが好きな男性像がそのまま出てくるのが、山本周五郎の『樅の木は残った』です。
 主人公である原田の意思が強くて、自分の使命や役割を全うしようと、価値観や好き嫌いや憎しみや苦しみを表に出しません。そのストイックさは痛々しいくらいです。
 自分の家柄が家老であり、自分がその家の主であり、主家を守るために果たさなければならない役割を果たすため、日々の言動、人付き合い、家族との接し方などすべての行動を制御していきます。そしてとうとう主家のため、自分の命を投げ出してしまいます。
 孤独な原田は樅の木を愛します。春夏秋冬、何年経っても、そこに凜として静かに立っている樅の木を愛します。そして自身も樅の木のように生きたいと考えます。
 原田は幼い頃に体験した自然の中の暮らしを愛します。山の中にこもり、猟をする生活は、武家に生まれ、家を担わなければならない義務から解放される場所なのでしょう。
『樅の木は残った』を読むたびに、人の一生とは何なんだろうと考えてしまいます。自分らしさとか、自分の意思とか、自由とかって何なんだろうと考えてしまうのです。それって究極の理想で、現実に存在しないものなのじゃないかなって思うのです。
 ぼくはといえば、現代に生まれ、普通の家に育ったので、江戸時代の武家の長男ほど重荷を負ってはいません。それでも男として生まれ、資本主義社会で競争し生き残るために、いつも他者に負けないようにしてきました。学校での勉強、スポーツ、受験…その競争は、終わりがありません。
 オジサンになった今も、職場でお荷物にならないように、社会人として恥ずかしくないように、家族に迷惑をかけないように、日々油断はできません。
 人は社会で生きるために、その社会のルールから逸脱しないよう、何かしら自制しないといけないのでしょう。完全に自由な人などおそらくいないはずです。
 ぼくは海遊びをしますが、それは社会的なルールや責任から一時的に解放される場所だからです。自然に安らぎを求めるところも『樅の木は残った』の原田に共感するところです。
 ぼくが『樅の木は残った』が好きなのは、男が生きる上での不自由さを、武家の男の心情に反映させているように読み取るからかもしれません。
 そして自然の中での時間を、一時の安らぎの場所としてする様子に共感するからかもしれません。
 男の負っている責任と誰にも本心を打ち明けられない孤独さと逃げ場のないプレッシャー。それと対比される自然の中での安らぎ。
 人というのは時代や場所が変わっても、生きていく大変さは変わらないのかもしれません。











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忙しいのは自分のせい



 何だか毎日忙しいですね。みなさんそんなことはないですか?
 大したことをやってるわけではなくて、コマゴマしたことでワサワサしているんです。
 もともとぼくはノンビリした時間を過ごしたくて、海辺に引っ越したのでした。
 で、引っ越してみると、家をいじってみたり、近くの店を片っ端から訪れたり、暇さえあればウォータースポーツをしていたりして、ぜんぜんノンビリしないのでした。
 今日もゆっくりコーヒーでも飲んだ後、海遊びする予定でしたが、シーカヤックの修理を始めてしまい、ついでにサーフボードも直しておこうとか、ロープの整理を始めたり、海の小物の断捨離をしてしまいました。
 オレってなんでこうなんだろう…
 これは自分の性格なんだなと思いました。
 ただ、都会の暮らしと違うのは、自分で忙しがっているところです。体調が悪かったり、ゆっくりしたければいつでもノンビリできるのです。
 都会の暮らしで覚えているのは、土日の大型スーパーは駐車場渋滞があるから、早起きして行かなきゃとか、駅が混むから早く行かなきゃとか、油断していると横入りされるから前の火とくっついてなきゃとか、なんだかそういう大勢の人がいる中で、自分が割を食わないように焦らされたり、急かされたりする状況が多くて、ぼくにとってはそれがイヤでした。
 今住んでいるあたりでは、何かを待つとか行列を作るという場面はあまりありません。電車に乗るとかバスに乗るとかは列はできますが、まあそれも列というほどではありません。ATMとか郵便局とか役所とかスーパーとかレストランとか、いろいろな生活の場面で列を作るとか待つという場面は、ほぼありません。焦らせられ系のストレスは激減しました。
 その代わりに目立ってきたのが、自分の性格としての「ボーッとしてられなくて何かしちゃう」という側面です。こればかりは自分を変えなきゃいけないのでたいへんです。
 ただ、なんとなく自分で編み出したのは、何かをしているときに他の何かをしない、つまり、今やっていることに集中していると、あまりワサワサしないという技(?)です。
 たとえばコーヒーを淹れて飲むときはそれだけをすると、ワサワサ感がなくなり、コーヒーを飲む時間が充実します。食事をするときもテレビなど見ないで食べるとその時間が充実するようです。
 一日の中にその行為に集中する時間をいくつか作ると、どうもワサワサ感が薄らぐようです。
 いい歳になって、やっとそのことに気づいたのでした。










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平凡ななんてことない毎日ですが…



 平凡な、なんてことない、月並みな、小市民的な日々を送っています。
 平日は普通に会社で働いて、週末は海で遊んでいます。
 平凡ですが、それでも毎週の休日が楽しみなのです。
 遠出をしない休日は、朝、5時頃起きて、妻と砂浜を散歩します。朝の砂浜は、まだ人もまばらで(うちの近所の人は、砂浜を散歩する人が多いので…)、空気も澄んでいるような気がします。
 歩きながら、海況のチェックとストレッチをします。そして今日は何をしようかな?って考えます。スノーケリング、スキューバーダイビング、シーカヤック、セイリング、サーフィン…
 散歩から帰ると、近所のパン屋で朝食を買います。近所といっても車で5分くらいかかります。
 パンを選ぶのが、また楽しいのです。家に戻ってコーヒーを淹れて、パンを食べます。平日は慌ただしく朝ごはんを済ましてしまうので、休日の朝食は、音楽を聴きながら、海を眺めながら、ゆっくり味わって食べます。これがなんてことないけど、けっこう嬉しいです。
 食事をとると海に出ます。
 海遊び道具はすぐに出せるようになっているので、ウェットスーツを着て、たとえばシーカヤックを用意して艤装して海に出るのに10分くらいでしょうか。
 なんでもそうですが、やっているうちに要領がよくなって、どんどん負担が減っていくものですね。
 ときどき人に訊かれることがあります。それは、海遊びをしていて、飽き足り、面倒くさくなったりしないかということ。
 自分でも不思議ですが、飽きませんし、面倒くさくもありません。海に出るのが気持ちいいし、身体を動かすとスッキリします。ぼくは海に出ることで頭の中のモヤモヤがリセットされるみたいです。なのでストレス解消にもなっています。
 大学生の頃からかれこれ30年も海遊びをしているので、自分でも本当に好きなんだなと思います。もしかしたら、ただ習慣になっているだけかもしれません。
 日中、海で過ごして、家に戻るとお風呂に入ります。
 風呂で小物の器材を洗って、水着を洗っちゃいます。風呂に入ると、固まった筋肉がほぐれて気持ちいいですね。温泉だったらもっといいのになあと思う今日この頃です。
 さてさて、いよいよ、とうとうお楽しみのビールです。
 海遊びをして、お風呂に入った後のビール。これがいいですね。
 ぼくの場合、デッキで海を眺めながら、潮風に吹かれながらビールを飲むのが大好きです。
 屋外で飲むのがうまいのです。
 平凡でなんてことなくても、海のそばで自然を感じながら、毎日元気に、おいしくご飯を食べられて、お酒を飲んで、一日を過ごすことができれば、それで幸せです。








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海旅をしてみて、地方の暮らしを取り巻く環境について考えてみました



 最近わけあって、海のある地方都市に行くことが多くなりました。地方都市でも県庁所在地とか、人口で2番目、3番目くらいの市です。

 もともと海が好きで、海辺の町や離島を旅することはずっと続けていましたが、最近、わりと大きな町にも行くようになりました。

 旅して思うのは、人の暮らしはどこも同じだなということです。

 常々「海が好きで、海辺に住むことで人生が変わる」ということをいい続けているぼくとしては、矛盾しているようでもありますし、もちろんその土地の風土や文化が違うので、暮らしがまったく同じということではありません。寒く雪深い地域は暮らしそのものが大変でしょうし、天災が多い地域もたいへんだと思います。

 とはいえ、人は、家族がいて、家があって、学校へ行って、働いて、(なぜか)男女が惹かれ合って結婚して、子どもを産んで、育てて、というのは、日本では、まあ同じです。そんなの当たり前かもしれません。

 旅の途中、見知らぬ町の目抜き通りに佇んで、人はどこでもそんな風に、生まれて、生きて、死んでいくんだな〜と考えたりします

 ポツンと一軒家とか離島などに住んでいるともう少し違った暮らしかもしれませんが、日本の大きな地方都市では暮らしぶりがそんなに違うようには思えないのです。

 そんな根本的なところは世界中どこでも同じかもしれませんが、もう少し細かいレベルのことでも似ていますね。

 電車が走っていて、車が走っていて、駅ビルがあって、駅前にはロータリーがあって、商店が並んでいます。道行く人は、ユニクロみたいな服を着ています。女性は喫茶店でおしゃべりをしています。メインの国道のロードサイドには、チェーン店が建ち並んでいて、それもどこも似ています。ガスト、マック、マックスバリュー、ユニクロ、眼鏡市場、オートバックス、ガソリンスタンド、ラーメン屋、医者…

 似ていることが悪いことではないと思いますし、暮らしの環境が似ているから不幸だとも思いません。気候や風土や文化や歴史はそれぞれ違いますし、県民性もあると思います。そして人の人生はすべて違うので、環境が同じだからといって、そこに住む人の人生までが同じだなんて考えていません。

 ただ日常の多くの部分を占める衣食住の店は似ているので、より一層自分らしく暮らしていくことが大事なんじゃないかな、と思うようになりました。その土地での暮らしをどう楽しむかとか、どんなふうに時間を過ごすかが大事だと思うようになりました。






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今度の休みは何をしよう?



 ぼくは働くのが嫌いでなんです。
 正確には、他人に小突き回されたり、あれこれ指示されて働かされるのが嫌いです。
 みんなそうかもしれませんが…
 朝の大手町とか新宿とかにいると、みなさん、ちゃんとバリバリ働いていてすごいですよね。尊敬しちゃいます。
 一応ぼくも働いていますけど…そんなにバリバリとか積極的とかではないんです。ぼくと似たような気持ちで働いている人も実はけっこういらっしゃるのかもね…
 そんなぼくは、次の休みは何しようかな?とか、今度はどこの海に行こうかな?とか、まあそんなことを考えつつ平日を乗り切っているのです。
 天気予報を見て、風と波と潮回りをチェックして、スキューバーダイビングにするか、シーカヤックにするか、セイリングにするか、サーフィンにするか考えて、じゃあどこ行こうかって迷ったりして、そういうのって楽しいですね。
 仮に海が荒れ荒れでも、海辺を散歩したり、サイクリングしたり、海を眺めながら庭の手入れをしたり、それだけでもとても楽しいのです。
 自分のペースで、自分のやりたいことができるシアワセを休みの日には、いっぱい味わうことにしています。
 あなたは次の休みは何をしますか?
 楽しみなことってありますか?








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