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伊豆に移住したいなあ…



【海辺に住んでいるのに伊豆に移住したい】

 ぼくは神奈川県の相模湾に面した町に住んでいて、東京の職場まで通っています。今住んでいる家も海まで徒歩3分、家の裏は森になっていて、自然に囲まれた、ぼくの望みを満たしてくれる場所です。
 週末には、長年続けているスキューバダイビングやシーカヤックやサーフィンを楽しんでいます。
 緑が豊かで、朝は鳥の声で目が覚めるような暮らしです。
 不満という不満はないんですが、それでも移住したいなとずっと思って暮らしてきました。
 移住したい先は伊豆です。


【伊豆に移住したい1つめの理由】
 なぜ移住したいかというと、第一にぼくが伊豆が好きだからです。大学時代に東伊豆でスキューバダイビングの講習を受けてから、月に何度も伊豆に通ってダイビングをする暮らしを続けてきました。それは今も続いています。
 伊豆という場所は、ぼくのスキューバダイビング歴と分かちがたくつながっていて、それは青春時代から中年になって今に至る思い出の詰まった場所なのです。
 20代の後半の頃に、行きつけのダイビングサービスのオーナーにガイドとして一緒に働かないか?と誘われたことがあります。そのときは好きなスキューバダイビングが仕事にできることが嬉しくて、本当に迷いました。でも家族のことを考えて、ガイドの仕事を断り、今の仕事を続ける選択をしました。
 その頃からいつかは伊豆に住んで、海に関する仕事をしたいなあと思うようになったんです。


【伊豆に移住したい2つめの理由】
 移住したい2つめの理由は、海辺の田舎に住みたいからです。
 葉山というところはいいところですが、ぼくにとってはオシャレで人が住んでい過ぎると感じているからです。23区や横浜などの都会に住んでいる人にはわかってもらえないと思いますが、ぼくが好きな海というのは、鄙びた漁村のようなところなんです。
 葉山は、いわゆる湘南と呼ばれる茅ヶ崎・藤沢・鎌倉に比べれば、のんびりした、よい意味での田舎っぽさをまだ残しているところですが、海側は住宅は建て込んでいるし、マンションもかなりあります。休日には観光客も結構来ます。人口も少ないわけではありません。
 もう少し田舎で、自然が豊かで、人口密度が少ないといいのになーと思います。
 人口密度が低いといっても、過疎地域や限界集落にポツンと一軒家的に住みたいわけではありません。車で30分以内にはスーパーやドラッグストアやホームセンターがあって欲しいし、総合病院もあって欲しいのです。
 贅沢かもしれませんが、ぼくのイメージする海辺の田舎暮らしはそんな感じです。


【伊豆に移住したい3つめの理由】
 移住したい3つめの理由は、今住んでいる家に少し不満があるからです。
 今の家は海まで3分で、一応1階からも2階からも海がわずかに望めます。その立地という点では満足しているのですがやはり不満もあります。
・隣と接しすぎている
 元々保養所だったところを、数件の建売にした物件を買ったため、隣とはかなり接しています。窮屈で、もう少し開けていたらいいのになと思います。
・海がもう少し見えたらいいのに
 海が見えるのですが、建て込んでいる隣の家や屋根越しに見える程度です。もう少し見えて欲しいなあと思います。
・間取りが使いにくい
 建て売りを買ったので、間取りなどは自分たちの希望は希望どおりではありません。特に妻はキッチンや浴室について不満があります。仮に今の土地に住み続けるとしても、だいぶ古くなっているので、いつか改築か建て替えがしたいところです。


【物件募集中!】
 さてそんな移住希望者のぼくですが、なかなか自分の気に入る物件に出会えません。家から海が見えて、海まで近くて、家の背後は森、田舎で周囲に家がない、土地はある程度の広さが合って欲しい…
 ぼくのこだわりが多いのは承知していますが、今も海辺に住んでいて、さらにそれを超えるくらいの希望の条件が叶ったところでないと、ぼくにとっては移住する意味がないのです。
 こんな希望に沿った物件をご存知の方、ぜひご連絡ください。









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あぁ、離島に行きたい、でもコロナだし…



 ぼくには年に1回くらいの頻度で、無性に離島に行きたくなる癖があります。
 できれば小笠原の母島、それが無理なら宮古島か石垣島周辺の離島、それが無理なら八丈島という感じで、「あぁ、離島でスキューバダイビングしながら、1週間くらいノンビリしたい」とムラムラしてしまいます。
 コロナ禍の中、医療体制が強くない離島に行くのははばかられるので我慢しています。でもその我慢ももう3年くらい経ったわけで、コロナ感染対策もたいへんですが、離島に行きたい病を抑えるのもたいへんです。
 不要不急の外出自粛が求められる中、小笠原の海を収録したDVDを見ては、母島の強い太陽の光、ボニンブルーの海、潮の香りの強い海風、海中に群生する珊瑚などを思い浮かべながら、以前行った旅の思い出を反芻して、離島に行きたい思いを慰めています。
 ぼくは主に海旅ですが、おそらく旅を趣味にしている人は大勢いるでしょう。そういう人達もきっと旅行を自粛しているはずなので、解消されないストレスが溜まってたいへんだろうな、と想像します。
 やがて薬も開発されて、コロナが普通の病気と同じようになる日も来ると思うので、それまでどこに旅に行きたいか考えることにします。







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冬の海、陽だまりの中で



 冬の海というと、寒いというイメージがあると思います。確かに寒いですよね。特に北風が強く吹く日で、曇りで、2月頃の最高気温が10度に達しない日は寒いですね。
 そんな日はたいてい海が荒れていますから、さすがにぼくも海遊びはしません。
 でも、風がなくて、太陽が照っていれば、それほどでもないんですよ。
 海辺にいても風の陰になるような場所で、陽射しに照らされていれば、案外長い時間、外にいられます。
 ウェアを冬用の物でバッチリ装備すれば、海遊びだってできます。身体を動かすうちに温まって汗ばむほどです。
 海遊びだけじゃなくて、砂浜をジョギングしたり、散歩したりするだけでも、身体が温まります。
 逆に寒いからといって、家の中にずっと居て身体を動かさないと、いくら暖房が効いた部屋でも、身体の芯や手足の末端は冷えたままで、暖かく感じないような気がするんです。エクササイズしたり、掃除したり、身体を動かす作業をした方が、身体全体が温まるような気がします。ぼくが運動したい体質なので、よけいに、そう感じるのかもしれません。
 わが家で冬の海でよくやるのは、バックパックにバーナーとコーヒードリップセットとお茶請けのクッキーを入れて散歩に出ます。小一時間、海辺を散歩をした後、風の来ない陽だまりを見つけて、そこでコーヒーを飲むというもの。なんてことないのですが、冬の太陽にあたりながら、海を眺めて、温かいコーヒーを飲んでいると、小確幸(小さいけれど確かな幸せ)を感じられます。







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コーヒーの時間はマインドフルネスの時間



 コーヒーが好きです。一日に3杯くらい飲むでしょうか…本当はもっと飲みたいんですが、夕方に飲むと夜眠れなくなるので、控えています。
 コーヒーの味も好きなんですが、それにも増してコーヒーを飲む時間が好きです。
 ぼくはせっかちで、いろいろやりたがりな性格なので、休日、家に居るときも、なんだかんだ細々したことやってしまいます。リモコンの電池を替えるとか、ちょっとしたところを掃除するとか、ゆるんでいるネジを締めるとか、そういう細かいことをチョコチョコやってしまうんです。
 何かやらなければと追い立てられるような感じ…
 なんとなくいつも焦っている感じ…
 落ち着いていられない感じ…
 先日、『日日是好日』の本を読んで、「あぁそうか、お茶の時間ってマインドフルネスの時間なのかもしれない」と思いました。コーヒーの時間をマインドフルネス的につかえば、焦っているような感覚から離れられるかもしれないとインスピレーションが湧いたのです。
 そんな経緯で、ホッとできる時間が欲しくて、コーヒーを飲むときは、それ以外のことはしないことにしました。といっても音楽は聴くんですが…でもテレビやスマホは見ません。
 カップを選び、お茶請けを選び(クッキーとかチョコレートが多いです)、お湯を沸かし、豆を挽き、コーヒーをドリップする。すべての作業について、その作業自体に集中します。
 淹れたてのコーヒーをデッキに持っていって、海を眺めながらゆっくり味わいます。コーヒーの味、香り、後味、温かさを味わいます。そして海の色、波の音、鳥のさえずり、庭の木々などをじっくり見たり、聴いたりします。
 この時間が、一日の中の句読点のような働きをするようになりました。コーヒーの時間だけは、焦っている感覚から離れることができるようになってきました。

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都会化した海辺の町を、旅の目的地とすることについて



 ぼくの中で、長年なんとなく引っかかっていることがあります。
 それは、東京などの都会の人が、ぼくからすると町としかいえない場所へ旅することです。都会から旅行に来て、似たような町を目指してどないすんねん、って、突然関西弁が出ちゃいますが、そういうことに引っかかりがあったのです。
 まあ、元々、他人がどこに旅行に行こうとその人の好き好きなので、どうでもいいんですが…
 具体的には、たとえば湘南といわれる茅ヶ崎や藤沢なんて海はありますが、住宅地です。沖縄も本島の那覇の周辺は、ぼくからすれば大都会です。熱海なんかも温泉はありますが、海も山側もけっこうな町です。東京近郊などの都市部に住んでいる人が、観光でそういったところに旅行に行くのって、ぼくにとっては動機がよくわかりません。普段の暮らしと同じじゃん。
 ぼくがひっかかるのは、ぼく自身が旅先として選ぶのが、たいてい海でしかも田舎、できれば人口3000人以下の離島だからでしょう。その島での居心地が、普段の自分の暮らしと違うから、そのギャップに感心したり、癒されたりするのです。
 ギャップというのはたとえば、溢れかえるような緑、群青色の海、サンゴ礁、抜けるような空といった自分の日々の暮らしではお目にかかれないほどの豊かな自然に接することができること。コンビニがなくて、島に2、3軒しかない商店で、1週間遅れの新聞を買うこと。島の人達が、とても優しく親切だったりすること。時間がゆったり流れているような感じがすること。そういったギャップを体験するから「あぁ自分は、今、旅をしてるんだ」と思えるのです。
 でも、それって自分が当たり前と思っているだけで、他の人は旅にそんなギャップを求めていないのかもしれませんね。
 そういえば以前スキューバダイビングで伊豆大島に行ったとき、たまたま同じチームになった東京からのダイバーが、島にコンビニがないことを知って「コンビニがないなんて信じられない。生きていけない。」といっていたことに、ぼくの引っかかりを解くヒントがあるかもしれません。そういう人にとっては、都会での暮らしにあるものがそのままあることが、いい旅であり、いい旅先なのでしょう。
 旅に求めるものって人によって、様々なんだなあと改めて思うのです。







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ウインドブレーカーの捨て時がわかりません



 ぼくは海遊びをするので、ウインドブレーカーを何着か持っています。というか、ウインドブレーカーが好きなので、ついつい買ってしまいます。
 シーカヤックでスキューバダイビングでセイリングで、なくてはならないウェアです。
 日常生活でも、ぼくは傘をさすのが嫌いなので、たいていウインドブレーカーで済ませてしまいます。
 そんなわけで、ウインドブレーカーの使用頻度は高いんですが、それにしても何着も持っています。ざっくり10着はあるでしょう。
 いくら断捨離しても、ウインドブレーカーだけは捨てられません。
 ウインドブレーカーというのはたいてい撥水加工がしてあって、ちょっとした雨や波しぶきなら、内部まで水が浸透しないようになっています。
 でも、この撥水機能は、使っているうちにだんだん弱くなってしまうんです。それでぼくが悩むのは、どのくらい撥水しなくなったら捨て時なのかということ。この判断がつきにくいんです。
「このウインドブレーカーはずいぶん着ているけど、まだまだ水をはじくしなぁ。まだまだ使えるかなぁ」と、こんな感じで、捨て時がわからないんです。
 ぼくと同じようにウインドブレーカーを愛用している方に、捨て時をどう判断しているか、ぜひ教えていただきたいと思います。







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日々を慌ただしくしないために



 ぼくは休日はノンビリとビーチを散歩したり、海を眺めながらコーヒーを飲んだりしながらゆったり過ごすのが好きです。
 慌ただしく、忙しく、次から次へとやらなければいけないことが続くのが苦手です。
 あるとき、どうして慌ただしくなるのか理由を考えてみたら、やらなければいけないことが多過ぎるんですよね。当たり前といえば当たり前ですが…
 あとね、気になることをすぐやっちゃおうとするのも、忙しくなる原因ですね。たとえばちょっとしたところの掃除とか、棚の整理とか…
 だから、なるべく一日にやらなければいけないことを詰めすぎないようにして、一旦一日にやることを決めたら追加でやることを加えないように意識しています。
 それから、コーヒーを飲む時間は、他のことはしないということもやっています。テレビも見ないし、本も読まないようにしています。海は眺めますけどね。その時間は、コーヒーを飲むことと海眺めることにやることが限定されるので、慌ただしさからエスケープすることができます。
 しかし、周囲の知り合いを見ていると、ノンビリと飄々としている人は、特になにか工夫をしてそうしているわけではなさそうで、自然にそういう暮らし方ができているんだろうな、と推測します。それに比べて、ぼくは努力して、やっとノンビリできているわけです。これって「そんなに努力してまでノンビシしたいのか」とか「ノンビリしないで、もっと一生懸命社会に貢献しろ」とか「忙しく立ち働くのが、あなたらしい生き方なんだから、無理にノンビリしなくてもいいんじゃない」という批判がありそうな気もします。







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洗濯の代わりにぼくが洗うようになったもの










 洗濯好きですか?
 って突然訊かれても困るでしょうけど…
 ぼくは独り暮らしの頃、掃除洗濯など家事ひととおりしていましたが、掃除よりは洗濯が好きでした。なんでかな?よくわかりません。

 最近は自分で洗濯することはたまにしかありませんが、そのかわり別なものを洗うようになりました。
 それは家。
 そうなんです。家の外壁を洗うんです。

 海辺に住んでいて、オンショアの強い日には潮で外壁や窓が潮でベトベトになります。窓なんて曇りガラスのようになります。
 潮が付いたままだと、電線や電話線などの引き込みとか、エアコンとか、雨戸とか、その他金属っぽいものがすぐに錆びてしまうので、いつの頃からか定期的に外壁を丸洗いするようになりました。
 屋外散水用の蛇口から水をとって、30mくらいあるホースで外壁4面にぐるりと水をかけるのです。いろいろ試しましたが、これが一番手っ取り早いようなのです。
 そうすると網戸と窓の掃除も少し楽になります。

 そのついでというか、定番コースとして、庭木に水をやるというか、この場合、葉や枝についた潮を洗い流すという感じなんですが、そんなこともやります。
 そして車を水で洗うというのもやります。洗車すると時間がかかるので、応急措置的に、車のボディと車体の下やタイヤ周りに水をかけて潮を流します。
 そんなわけで水道代はかかります。っていうか、ぼくはウォータースポーツをやるので、海遊びの度に器材を洗うので、まあもともと水道代は一般の家よりもかかってると思いますけど…
 ちなみに散水ヘッドは、握ってなくても水が出続ける機能が付いているものを選ぶとラクです。意外に散水ヘッドを握り続けるのは面倒だったりするので…

 海辺の海に近いところのお宅はだいたい同じようなことをしているんではないでしょうか?

 海辺の本当に海に近いところに家を建てようとしている方のご参考になればいいなあと思います。





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ぼくは自由に生きたい、のだろうか?



 自由っていいですね。自由に世界中の海を巡ってみたいなあ、なんてときどき夢想します。
 もともとぼくが海が好きなのも、海という場が自由だからなのです。
 ぼくと同じように、自由に生きたい、自由でいたいと考えている人は、一定数いるんじゃないでしょうか?
 たとえば就活間近の大学生の場合「あぁ、企業に就職せずに、自由に働きたいなー」とか…
 たとえば会社員の場合、「あぁ、宝くじでも当てて、会社辞めて、遊んで暮らしたいなー」とかね。
 自由っていいですよね。で、ぼくらの生きている社会は、お金があれば、わりと自由が手に入りますよね。
 ところで急に話が変わるんですが、ぼくの妻の友人で、家が都内のいい場所の土地持ちで、マンションをいくつか持っていて、その賃貸料で余裕で暮らせるという人がいます。ときどき家にも遊びに来るんですが、その人は、ときどきパートタイムの仕事をやるんだそうです。すぐ辞めちゃうらしいんですけどね。
 あるとき「なんで?」って訊いたんです。だって働かなくても暮らせるんだから…
 そうしたら「ずっと自分のやりたいことだけやっていると、ダメになりそうなの。何か縛りがある場にいないと気持ちがおかしくなるというか、バランス感覚が普通じゃなくなるのよ。あとね、時間がありすぎて困る…」とのことでした。なるほどと思いました。
 世のお金持ちがみんな彼女のような考えだとは思いませんが、そう考える人もいるんだなぁと思いました。
 そういわれてみれば、ぼくも会社は好きじゃありませんが、働くのは嫌いではありません。働いて、人が喜んでくれたり、世の中に貢献できていると感じられるのは嬉しいのです。毎日何もせずブラブラしているのは苦痛です。ぼくの場合は、組織の都合で自分の好きじゃないことをやらされるのが嫌なんだと思うんです。
 ぼくが仮に明日から生活の心配がないから自由にしていいよっていわれたら、海に関する何か仕事的なことをやると思います。具体的にはイメージできていないんですが、たとえば、海の環境教育ボランティアとか…海の楽しさを伝える遊びサークルとか…艇庫とか…ウォータースポーツのガイドとか…
 何かサービスを提供すれば、それにつれて責任が生ずると思うのですが、それを負うこと自体も嫌じゃないと思うのです。おそらくその責任はやりがいとセットだと思うから…
 って書いてきて、我ながら思ったんですが、これって贅沢な悩みですね。健康で、仕事があって、日々暮らしていければ十分幸せですよね。
 まあ夢を書いてみただけとご理解ください。







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内と外との中間点としてのウッドデッキ



 海辺にはデッキのある家が多いんです。
 友人宅にはたいていデッキがあります。
 あとはダイビングサービスなどにいってもデッキがあるところがありますね。
 我が家にも狭いながらも自作デッキがあります。
 デッキはいろいろな面で便利です。

 デッキの特徴は家の内側と外側の中間的な場所だということではないでしょうか。
 で、そういう場所でしかできないことが、結構あるということです。
 特にウォータースポーツをする人にとっては、デッキでやると便利なことがあります。

 たとえば、ウェットスーツ。海に入った後ウェットスーツを洗いますが、それを干すのにデッキは便利です。それ以外にもウォータースポーツで使った器材を洗って干すのにデッキは重宝するんですね。デッキがちょうどスノコのような役割を果たしてくれて、水が下に落ちて、乾燥が速いんです。
 それから、器材のメンテナンスです。グリスやCRCや防水スプレーなんかを使う時、家の中ではできないので、デッキでやるといいんですね。
 あとテントを乾かしたりなんてこともデッキでやります。
 ぼくはなんとなくモロモロのちょっとした作業をデッキでやる癖がついてしまったので、デッキがない生活というのは考えられません。

 ウォータースポーツ以外の一般的な用途でも便利です。たとえばバーベキューなんてそうですね。
 でもそんな大袈裟なことでなくても、朝食や昼食をとったり、コーヒーを飲んだり、読書したり、爪切りをしたり、耳かきをしたり、ストレッチをしたり、寝転んだりと、ぼくはやたらデッキを使います。
 特に楽しいのは、夜、風呂上がりに、デッキにロウソクを灯して、ビールを飲むことです。潮風と波の音と月明かりと星空…そんな中で飲むビールは、家の中で飲むよりうまく感じます。

 自分を振り返ってみると、ぼくは屋内よりも外が好きなんですね。
 空気が動いていて、陽射しがあって、鳥や虫の声が聞こえる、そんな状況が好きです。
 だから屋内でやっていることでデッキでできることがあれば、どうせならデッキでやりたいぜ、って考えてしまいます。
 
 屋外でありながら屋内のようなことができる場所、家の内と外を繋ぐ場所、内と外が曖昧な場所、それがぼくにとってのデッキです。




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