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船で島から帰るときはなんだか寂しい

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 今まで何度も船で島へ行きました。
 遠距離の旅行では飛行機が当たり前ですけど、そこは離島、唯一の交通手段は船というところがけっこうあります。
 特にぼくの場合、滑走路さえ作れない小さな離島が好きなんで、やっぱり船が多くなるわけです。

 で、毎度毎度感じるんですが、離島で遊んで帰るときは、なんだかミョーに寂しいですね。

 これは休みが終わって旅先から帰るのが寂しいのもあるわけですが、それが船だと、なお一層寂しいわけです。
 よく昔のテレビドラマで、恋人が旅立って別れ別れになるときに、船が桟橋から離れて、紙テープで別れを惜しむというシーンがありましたが、まさにあの世界。

 船に乗り込んで荷物を置いて、デッキに出る。そうすると島の人が手を振っています。こちらも手を振ります。
 船が動き始めて、だんだん島が遠くなっていくわけですね。このだんだん、ゆっくり遠くなるというところが、どうも船で旅立つときに寂しくなる原因のような気がしてしょーがありません。

 あんなに楽しいオフを過ごした島が小さくなっていく。

 明日からは仕事で忙しい日々がまた始まる。

 てなわけで、ヘンに感傷的になるのであります。

 離島フリークというのは、こういうのも含めて離島が好きなんでしょうね。きっと…


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海に惹かれてここまで来ました

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 海が好きで、海が好きで、何十年も経ってしまいました。

 海辺にいるとそれだけでココロが穏やかになります。

 海辺のゆったりとした時間の流れが好きです。

 潮風が好きです。

 波が好きです。

 波音が好きです。

 陽射しが好きです。

 砂浜が好きです。

 なぜだかはわかりません。

 しようがないんです。


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いろいろな海を訪れる喜び

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 ぼくは海辺に住んでいまして、暇があれば海に出ています。
 それなのにまとまった休みがあると、沖縄の離島や海外の海へ出かけていきます。
 そんなに遠出しなくても、車で海に出かけたりします。

 海辺に住んでいるのに、なぜ他の海に行くのか?

 近しい人は「なんでそんなに海ばっか行くの? 海バカじゃないの?」とクールミントな視線を浴びせかけてきます。あるいはこの文章を読んでいるあなたもそう思っているかもしれません。

 えっと話しが飛ぶんですが、男が女性と付き合うと、男の目線としては、一人として同じ女性はいませんね。(女性もたぶん同じように考えているでしょうけど…)
 当たり前ですけど。
 性格も違うし、顔も違うし、モニョモニョのときの感覚も違います。
 その人ごとに魅力があります。
 すごくキレイな人でも、ぼく的にはあまり好きじゃないということもありますし、背筋をズーンと走るようほど衝撃的に好きになることもあります。
 

 海というのは、ひとつとして同じではなくて、それぞれに雰囲気が違います。もう少しいうと土地が持っている気が違うと感じます。
 もちろんぼくにも好きなタイプの海がありまして、そんな海に巡りあった時というのは、なんとも表現できないほど強烈な喜びです。
 一度それを経験してしまうと、またその喜びを求めて海へ出かけてしまうのです。
 もしかしてこの世界には、ぼくの知らない素晴らしい海があるんじゃないかと…
 一種の中毒かもしれません。

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街から海へ帰るときホッとする

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 たまに東京や横浜に買い物に行くことがあります。
 車で家族で…
 車なのは帰りの荷物が多いのが確実だからです。

 ぼくは人混みが苦手なので、あまり乗り気ではないんですが、諸般の事情により、やむなくそのような状況となるのであります。

 で、買い物を終えて帰ってくるとき、だいたい首都高の湾岸線→横横というルートを通るんですが、やっぱり鎌倉あたりから雰囲気が変わってくるんですね。それまでは横浜の工業地帯の風景だったのが、森などの緑に包まれた風景に変わってくるんです。
 少し大げさですが、空気自体が変わってくる感じがします。
 このあたりに差しかかかると、気持ちがホッと和むんですね。
 で、高速を下りて、一般道をしばらく走ると、今度は海が見えてきます。この瞬間もなんとも嬉しいときです。

 サザンの『海』という曲で「海辺へ通う道」というくだりがありますが、あの感じに共感します。
「ああ帰ってきたなあ」「やっぱりホッとするなあ」「海はいいなあ」と、若かりし頃の加山雄三のようになってしまいます。

 こういう小さな喜びというのは、海辺に暮らしているからこそ味わえることで、なかなかいいものですね。

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ふと海を眺めるひとときの幸せ

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 家の窓から海が見えます。
 雑用をしているときに、ふと窓の外の海を眺めることがあります。そうするとぼくの場合、平気で10分くらい眺めてしまいます。
 家族の者はぼくのそんな挙動が不審らしく、そんな長い間いったい何を見ているのか?と尋ねてきます。
 うーん。改めてそう訊かれてもー。ずーっとオレってそうじゃん。

 波とか。
 海の色とか。
 潮目とか。
 風向きとか。
 ブローとか。
 船の様子とか。
 空気のぬけている度合いとか。
 向こうの方の陸の様子とか。
 大島の見え具合とか。

 まあいろいろ眺めているうちに時間が経ってしまうんですね。
 でもまあそういう時間が、ぼくにとってはすごく大切でして、チェンジ オブ ペース的な役を果たしています。


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珠玉のような日

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 日々海辺で暮らし、海で遊んでいると、海も穏やかで、風も心地よく、気温も陽射しもちょうどいい、そして空気が肌に馴染んでくる、そんな日があるんです。
 海辺にいるだけで幸せな気分になれる日。

 たまにですけど。

 そう、1年に何度か。

 たまたまそんな日に巡り合うと、すごく得した気分になります。海で過ごした1日が終わると身体がシャンとして、気持ちのすみずみまで元気がしみこんだ感じがするんです。

 1年に何度かしかない、そんな日をいかに逃さないか?

 答えは海のそばに住んで、毎日海の様子に注意を払うこと。
 で、今日はその日だなと思ったら迷わず海に行くんです。たとえ他の用があっても後回しです。
 そしてそういう日は海から帰りたくなくなるので、結局ずっと海にいることになります。

 そのためだけに海の近くに住むのって効率が悪いって思われる方もいらっしゃるでしょう。でも似たような事って他にもありますよね。
 例えば本。すごく感動する本に巡り会うのは何十冊に1冊か。
 音楽もそうですね。コンサートやライブに行って、たまにすごく感動する演奏に出会うことがあります。

 海での最高の1日もそうです。
 何度も海に行っていると、たまにすごく当たりの日に出会います。
 そして一度でもその素晴らしさを体験すると、その記憶が蘇ってきて、また海に行きたくなります。

 こうして海バカの一丁上がりです。

 そんな日は海好きなご近所さんはたいていビーチにいます。で、顔を見合わせて「今日はいい日だよね」って嬉しそうです。
 海辺に住んでいても海に興味がない人もいて(いるんですよー)、「今日はすごくいい日ですね」って挨拶しても、「はあ?」って顔されたりします。
 うーん、人の感性っていろいろで、幅広いですね。

 気持ちいい日の気持ちのいい空気を、いっぱい身体に取り込んで、元気!元気!


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休日は海でグタグタなオジサン

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 休日は、朝早く起きてしまいます。
 歳をとってあんまり長く眠れなくなっちゃったんですよね。ジジイっぽいですねー、ヤダヤダ…

 そいで朝飯の前に、ビーチに散歩に出ます。波のある時はサーフィンをします。朝一ってやつですね。
 文字通り「おれにとっちゃあ、海に行くのなんて朝飯前だぜ」ですが、ところで何を書いてるんでしょうか、オレっていうアーリーバードは。

 それで朝飯を軽めに食べて、コーヒーを飲みます。
 スペシャルティコーヒー豆の通販でいろいろ取り寄せて、それを愉しむのが、最近お気に入りです。
 コーヒーを飲みながら「海辺の朝は早い」って、自己満足たっぷりにつぶやくのがポイントです。

 それから後は、その日の海況によってサーフィンをしたりシーカヤックをしたりします。スキューバーダイビングは、やっぱりさすがに前日から準備していないとツライですね。もうちょっと気軽に楽しめるといいんですけど。

 一度海に出ちゃうと、昼飯も食わず、夕方まで海にいます。どうしても腹が減ったときは、濡れていても入れてくれる、テラス席のある店で昼飯を食います。プラージュスッドとかマリーナ笠島なんかですね。

 夕方になって家に帰ると、風呂に入ります。
 そいで風呂から上がったら、デッキで海を見ながらビールです。
 ビールだけで終わるわけもなく、ワイン→ウイスキー→泡盛みたいに、続いていって、グタグタしてます。
 もう腹も酒でいっぱいになっちゃって、夕飯を食う気にもなりません。

 こんなグダグダな休日を飽きもせず、毎週繰り返しています。

 自分で書いてて、あまりのグダグダさに呆れてしまいました。


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悩みを忘れるための海

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 誰でも悩みがあるし、時には落ち込んだりすることもありますよね。
 それはしかたがないことなんですけど、いつまでも悩んでいる気持ちを切り替えられない時って、なんだか自分が嫌になります。

 そんな時、「オレ流」の脱出方法なんですが、海を散歩することです。
「なんだ、それだけか」というくらい単純なことですけど、それだけで気持ちが晴れます。(できれば走るともっとさっぱりします)
 海には不思議な効果が(たぶん)あるんだと思います。すべての人に効くかどうかわかりませんが。

 ぼくが海辺に引っ越したのはいくつか理由がありますが、すぐに海に行って気持ちを切り替えられるというのも、その理由のひとつでした。

 たぶん誰でも嫌なことや落ち込んだりすることがあると思います。でも、そういう時に「忘れるのが上手」な人っていいですよね。

 あと、気持ちを切り替えるというか、前向きに保つ時に読み返す本があります。D・カーネギーの『道は開ける』です。すごくド定番の本です。

 海を散歩して、この本を読めば、けっこー落ち込んでる時でも、回復します。
 いくつか好きなフレーズを引用してみましょう。

 誰かを恨みたくなった時どうするか?ローレンス・ジョーンズの言葉。
「自分のことより大きな問題に無我夢中で、憎んでいる暇などなかった」

 幸福は気持ちの持ち方で訪れることについてのフレーズ。
「私たちが日常生活で得られる心の安らぎや喜びは、自分の居場所や持ち物や、身分によって左右されるのではなく、気持ちの持ちよう一つで決まる」

 強い人は、こんなこと必要ないのでしょう。でもぼくは弱い人間なので…
 だからといって、がさつで弱い人の気持ちがわからない人間にはなりたくないので、ショーガないですね。




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潮風に吹かれているだけで幸せ

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 海辺に住んでいて、町まで働きに行っています。
 仕事が終わって、家に帰るとふと幸せな瞬間があります。

 それは潮風に吹かれること。
 風に海藻の匂いがして、肌にあたる風も町とは違います。
 遠くに灯台や漁り火が見えます。
 波の音がします。

 本当にちょっとしたことなんですが、表情がほころんでニマニマしてしまいます。

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さらに田舎でオープンに暮らしたい

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 ぼくが今住んでいる土地も、まあ町とはいえない田舎ですが、家が建て込んでいます。漁村にはありがちな風景です。
 住みやすい限られた土地にギュッと密集して家が建っているんですね。

 ぼく的にはもう少し広々とした田舎に住みたいんですねー。
 いやはや、それがなかなかままならないわけでして…

 こういう気持ちは歳をとってきてから強くなってきたんですが、ある種の人というのは、なんというかだんだん人間嫌いというか、孤立して独りで生きてみたいと思うんでしょうか?
 本能的というか、自分の死に場所でも見つけようとしているのか、動機はわかりませんが、静かなところでノンビリ暮らしたいと思うんです。
 でも、実際年老いてから暮らすとしたら町の方が便利で暮らしやすいわけで、そのへんがわかっているのに、願望はなくならないというのが不思議です。


 できれば隣の家との距離が何キロも離れているようなところがいいですね。
 目の前が海で、そこがプライベートビーチで、水着も着けずに泳げたり、サンドバギーで走り回れたり…なんていいですねー。
 庭が広くて、バーベキューができたり、ハンモックで昼寝ができたりなんていうのもいいですねー。

 って、日本でなかなかそんな場所を見つけるのは至難の業ですね。

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