海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
通勤の行き帰りに海を眺める
干満の大きさで春を感じたり…
立春を過ぎると、まだまだ寒いんですが、すこーし春の気配が感じられるようになります。
ぼくは海を眺めていて、潮の干満で春を感じます。
ご存知のように、干潮と満潮があるわけですが、この干満の度合いというのは、春と秋に大きくなります。特に春の差が激しいです。
で、干潮時に海辺を散歩していると、春先というのは、今まで見えなかった岩が見えるんですね。潮の引き方が明らかに大きくなってるんです。これを見るとぼくは春だなあって思いますね。ええ。
海辺に住んでいて楽しいなって感じるのは、こうしたちょっとした自然の表情ですね。こうしたことも日々見ているから気がつくのでしょう。たぶん旅行としてたまたま行った海では感じることはできないんじゃないかな?
休日の早朝、ビーチを散歩すると気持ちいいですよ
おじさんになって民宿が好きになりました
以前、オジサンになって離島や海辺の民宿に行くのが好きになったっていう話しを書きました。
今日はもう少し詳しく…
まあ、だからといってすごく大切なことが書かれているわけでもないので、忙しい人は読まなくていいと思います。そんなこといっちゃうと身も蓋もないけどよ。
ぼくの小さい頃は、旅行といえば民宿か旅館(家が貧しかったんだよなあ)、たまに観光ホテルみたいなところに泊まれると大喜びでした。で、その頃のぼくの民宿観というのは、なんかもうちょっと豪華なところがいいなあというものでした。
時代的にも国内リゾート旅行で、豪華な宿といえばかんぽの宿とか国民宿舎とか、あとはハトヤみたいな観光ホテルというパターンでした。まだまだ海外旅行は今ほど当たり前のものにはなっていませんでした。
その後、時代が変わり、リゾートにオシャレなホテルが多く建つようになりました。
それから海外旅行も一般的になってきました。
ぼくもちょうど青春といわれる時期でしたので、西洋っぽいホテルに泊まるのが嬉しかったのです。逆にペンションとかに泊まって、宿の人にいろいろいわれるのが「うっとおしい」と感じました。
このあたりは、自分がそういう「お年頃」だったんだと思います。
さらに大人になると海外のリゾートホテルに泊まって、プールサイドで本なんか読んだり、カクテルを飲みながら、海に沈む夕陽を眺めたり、ハンモックに揺られたり、という昔憧れた海外リゾート典型的滞在というものを味わってしまいました。
その感想は、楽しいけど何回もやっていると飽きるというもの。
う~ん。
最近は自分がオジサンになったせいか、気心の知れた民宿でノンビリ過ごすのが好きです。
宿のオーナーとダベッたり、泊まり合わせた見知らぬ人と会話をしたり、その土地の素材を使った家庭料理に舌鼓を打つのが楽しいのです。逆に今、ホテルとかに泊まっちゃうと、あまりにも人との接点がなさ過ぎて物足りないくらいです。仮にホテルのコンシェルジュやフロントの人とやりとりがあっても、ちょっと表面的というか業務的サービスだもんね、みたいなのが透けて見えて、さらに心は東京砂漠、という感じになるのです。
オジサンになると、自分の面の皮も厚くなるし、相手も一応それなりに敬意をもって接してくれるので、居心地が良くなったのかなあ。
少し春の気配が…
隠れ家が好き
「隠れ家」
なんて魅力的な言葉でしょう。
概して男は隠れ家という言葉に惹かれますね。
幼い頃は山や工事現場や川原などにこっそり自分の秘密基地みたいな場所を作って、そこに収集物を隠していました。
独り暮らしするようになると、自分の部屋がそのまま隠れ家になっていたわけですが、そこに女性が出入りするようになると、また隠れ家が欲しくなりました。不思議なものです。
ぼくの場合は、それが車だったんですが…
そう男性が車をすごく大事に手入れするのは、ちょっと隠れ家的要素が入っていると、ぼくは思っています。
家族などができてしまうと、隠れ家というのはなくてはならないものでして、今のところそれは書斎なんですが、できれば海辺の、海のキワキワの所に小さな小屋を自分で建ててみたくてたまりません。
こうして書いていると、もう我慢できなくなってきました。ネットで材木とか発注しそうです。
この心理というのはなんなんでしょうか?
いったいどこからくるんでしょう。
女性はこの心理を理解できるのでしょうか? あるいは女性の中にもそういう願望はあるのでしょうか? よくわかりません。
宮田珠己さんの会社に対する考え方が好き
宮田珠己さんという作家の方がいて、ぼくはこの人の本が好きです。
わりとゆるくてノンビリしている雰囲気が好きです。海外紀行文を中心に読んでいましたが、先日『なみのひとなみのいとなみ』という本を読みました。これはいわゆるエッセイ集です。
この本を読んで、なんとなく好きだった理由がわかりました。
会社とか人生に対する宮田さんの考え方にとても共感しているからなんだと…
多くの人が学校を出て会社勤めをするわけです。で、この会社勤めというのは、自分が好きな仕事ができることは可能性としてはすごく低いわけです。で、まあみんな暮らしていくために仕方なく働くわけですが、宮田さんは、好きでもない仕事なのに一生懸命バリバリ働く人がいる、そしてそういう人はたぶん少数派ではない、というようなことを、まあだいたいいっているわけです。そしてそれに違和感を覚えると…宮田さんは同期や周囲の人が好きでもない仕事に打ち込んでいく様子を、ひいて見ていて、そうはできない自分も冷静に見ています。
そこが共感できます。
もうちょっと詳しくいうと、宮田さんは、好きな仕事にバリバリ打ち込む人、好きでもない仕事をテキトーにやる人、そして先述の人の3タイプに分けています。
宮田さん的には、好きでもない仕事をバリバリやる人がワケがわからんといっています。
ぼくは海辺に住んで、ウォータースポーツを長いことやってきました。その中で見かける人は、海なり、あるウォータースポーツがすごく好きで、それに関わる仕事をしている人が多かったんです。そういう人をぼくは羨ましく思っていました。
一方でぼくは会社勤めをしているわけですが、宮田さんのように、いまいち仕事にのめり込むことができずにいました。その狭間でずーっと生きてきたんです。
思い切って海関係の仕事に転職しようと考えたこともありましたが、今思えば、そうしなくて良かったかもとも思います。
というのも根が怠け者なので、好きな仕事についてもバリバリ頑張らないんじゃないか?オレは…とかなり強く思うからなのであります。仕事の合間に趣味として海に接していた方が、海が好きでいられるような気がしなくもありません。
一方で一度の人生なんだから好きなことを思う存分やったらいいんじゃないかとも思います。
これは全部仮定の話なので本当はどうなるのかわかりませんが…
綺麗な憧れの女性を口説いて、なんとかうまくいって付き合ったり、結婚したりしたけど、いざ日常生活を共にするようになると、以前の憧れは忘れてしまっているという話しを聞いたりしますが、それに似ていなくもありません。
でもまあ、こうやって選択肢についてあれこれ悩めるだけでも幸せなのかもしれませんね。
あんまり頑張らない
あんまり頑張らないようにしています。
って、ぼく自身、もともとそんなに頑張るタイプじゃないのに、さらに頑張らないように意識するというのは、いったいぜんたいどういうことなのか?という、周囲、主に配偶者方面からの指摘・批判・糾弾などは当然あります。
でも、頑張らないんです。
ちょっと前、もう少し景気が良かった時期メディアなどで、日本人は働き過ぎだというような論調が聞かれました。欧米人は残業もそんなにしないし、プライベートを大切にしている。日本は遅れていると…
最近は日本人はもっと頑張らなければ、という論調を耳にするようになりました。欧米でも働く人は日本人よりもハードワーカーだと…
なんかいってることが正反対ですが、メディアなんてそんなものです。
そういう周囲のことにまともにとりあっていると、2、3年ごとに自分の価値観が180度変わってきてしまうので、要注意です。
ぼくは昔から、そしてこれからも頑張らないのであります。
よくいつもせわしなく何かやっている人や、何をやるにしても急いでいる人がいますが、ぼくはそういう人のそばにいることが苦痛です。
で、そういう人が急いでいるようだから何から重大なことがあるのかな、なんて見ていると大したことはなかったりします。
たとえば駅で、エレベーターの右車線を急いで駆け上がっていく人がいますが、こういう人がその先何をしているかというと、意外にホームで、ボーッとしていたりします。別に電車が行ってしまったわけでもないの…
いったいさっきまでの急ぎは何だったのか…
せわしない人や急いでいる人のそばにいるだけで苦痛なのは、その人が発しているリズムが自分にうつりそうになるからなのだなーと最近気がつきました。
不思議なもので人というのは、周囲の人の気分に影響されるようなところがあります。サッカー観戦なんかで、みんなが興奮していると、普段冷静な人でも興奮したりします。
そういう感じで周囲に影響を受けるのはイヤだなと思っています。
特にせわしなくなったり、急いだりするのは避けたいなーと思います。そんな気分になりそうなときは、海を眺めながら、深呼吸をして、丹田呼吸法をして、自分自身のことに意識を集中します。そうするとだいぶ普段の自分のペースに戻ります。
今思い出したんですけど、頑張らないというテーマでした。
そうそう、頑張るというのは、普通の自分以上のアウトプットを出そうとすることだといいかえてもいいかもしれません。それは自分で自分を追い込むという時もあるでしょうし、周囲から促されて、頑張らざるを得なくなるという時もあるでしょう。
そういう普段の自分と違うことをあんまりやらないほうがいいじゃないの?というのがぼくの基本スタンスです。
特に周囲の期待に応えようとして頑張るというのは、ぼくからすればもってのほかというか、愚の骨頂というか、なんちゅうか、まあそういう感じなんです。
そんな時は自分に「そんなに他人に好かれたいのか?」「そんなにいい子になりたいのか?」とツッコむようにしています。
自分が頑張ろうと頑張るまいと、海は相変わらず、潮は満ち引き、波は寄せています。
楽園そしてユートピアへの憧れ
楽園、ユートピアに憧れます。
たとえそれが決して手に入らないものだとわかっていても…
古典といわれる文学にも、ユートピアをテーマにした作品があるので、そういう楽園やユートピアを求める人の気持ちというのは、いつの時代も多少なりともあるのでしょう。
ぼくはゴーギャンの絵やトムソーヤの物語やヘミングウェイの小説や高砂淳二さんの写真に楽園を感じます。
常々、もっと暖かく穏やかで人の少ない海辺に住みたいと思っているんですが、それも楽園・ユートピア志向のひとつかもしれません。
でも、今でも十分楽しいし、毎日、海を眺められて本望です。
どこか別の場所を求めるのではなくて、今を大切に、今の状況を味わって楽しむ、そして無事を感謝するのが、楽園・ユートピアへの一番の近道かもしれないな、と考えたりします。
海辺の橋を渡るときが、少し好きです
海辺をドライブしているといくつも橋を渡ります。
当たり前なんですが、川が何本も流れていて、それが海にそそぐわけで、海辺に道を通そうとすれば、当然橋をかけなければなりません。
で、ぼくは海辺の橋を渡るときというのが、ちょっと好きです。
たいてい橋は少し高くなっていて、そこから海が見えます。「ああ海だなー」なんて思うわけですね。
反対側を見ると川です。海に注ぐ水が流れている川。
そういう風景がパア-っと広がっていて、一望できるのがいいですね。
で、あっという間に通り過ぎてしまいます。
なんかうれしいような切ないような感じがします。
まあ、なんていうこともないことですが、海辺に住んでいて、日常のちょっとした喜びというのは、そんなところにあるのかなーなんて思ったりします。
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