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車を手に入れたことで、海遊びの自由度が高まった思い出



 ぼくは20代の頃、スキューバダイビングとサーフィンにハマっていました。東京の街中に住んでいて、平日は会社と自分の部屋との往復でした。その反動というかストレス解消のためというか、休日はスキューバダイビングやサーフィンに没頭していました。
 そんなぼくが社会人になって、結構早い時期に手に入れたのが車です。中古の安い小型車でした。なぜ車が必要だったかというと、自分が好きなタイミングで海に行けるからです。
 車を手に入れてからのぼくの週末の過ごし方はというと、スキューバダイビングの場合、金曜日の夜、仕事から帰ってきたら、着替えてすぐに車に乗り込んで(スキューバダイビングの器材などの荷物は、前の日に車に積み込んであるので)伊豆に向けて出発します。
 途中、海老名のサービスエリアとか小田原あたりで夕食を食べて、伊豆に向かいます。
 ぼくがよく利用していた東伊豆のスキューバダイビングサービスは、民宿もやっていたので、夜の10時とか11時頃到着して、その日は寝るだけです。
 で、土曜日は朝からダイビング。だいたい3本潜って、宿で夕飯を食って、その後は飲み会で、さんざん酔っぱらって寝ます。
 で、日曜日も朝から潜って、潜り終わると、その日のうちに自宅に向けて帰ることもありましたが、日曜日の夜も宿に泊まって、月曜日の早朝に東伊豆を出発して、月曜日の朝に自宅に着いて、そこで着替えて会社に行くというパターンもありました。
 車を手に入れるまでは、スキューバダイビングサービスの東京のお店に金曜日の夜に集合して、ショップの車で東伊豆に行き、日曜日の午後にショップの車で東伊豆を出て、東京に夜着くという感じでした。道が渋滞して東京着が遅れると地下鉄の終電に間に合わず、ダイブサービスから自宅までタクシーで帰らなければならないこともありました。
 サーフィンの場合も似ているんですが、当時はよく外房とか茨城のあたりに行っていました。やはり金曜日の夜に車で自宅を出発して、途中のファミレスとか焼き肉屋で夕食をとり、コンビニやスーパーで、飲み物や明日の朝と昼の食事を買い込んで、目的の海の駐車場に到着します。
 それからは砂浜にアウトドアチェアを出して、焚き火をしながら軽く晩酌をして、車中泊をして、土曜日の朝からサーフィンをします。
 夕方には海から上がって近くの立ち寄り湯に行って、さっぱりした後、自宅に帰ることもありましたし、もう1泊車中泊をして、日曜日もサーフィンをすることもありました。
 車を手に入れる前は、電車で行ける鵠沼ばかりに通っていました。しかもたいてい日帰りでした。土曜日の電車に大きなサーフボードを持ち込んで、海まで2時間くらいかかったことを考えると、車があることでずいぶん楽に、自由になりました。
 こんな感じで、車を手に入れることによって、ぼくの海での遊び方は、より自由度が高くなり、遊べる時間が増えたのです。特に車中泊をするようになってから、宿泊施設に泊まらなければならないという制限からも解放されたので、より自由になりました。
 こんなことを書いていると自動車会社の宣伝みたいですが、当時のぼくにとって、車が遊びの、いやそれだけでなく暮らしの自由度を高めてくれたのは間違いないのです。







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ウォータースポーツの醍醐味のひとつは、頭と身体をフルに使うこと



 このブログにはやたら書いていますが、もうかれこれ30年以上ウォータースポーツを飽きずに続けています。
 ぼくがやっているウォータースポーツは、スキューバダイビング、シーカヤック、サーフィン、セイリングです。
 ウォータースポーツの面白さというか醍醐味のひとつは、自然を相手に楽しんで、しかも自分の頭と身体を使って、死なないで戻ってくることにあると、ぼくは考えています。
 荒れた海況や難しい海域で、自分の限界まで、考え抜いて、肉体を酷使するというのが、ぼくとしては快感なのです。ちょっと変なのかもしれませんけど…
 仕事などでも、難しい課題に挑戦して、それが成功したときというのは、やりがいもあるし嬉しいものですが、たいていがチームワークですし、ほとんどの場合、所詮死にはしません。
 自分だけの力で自分の命をかけて、自然という、圧倒的な力を持つ、予測できない、同じ状況が二度とない、そんな対象に対峙するという点で、ウォータースポーツはぼくを惹きつけて止みません。
 もちろんすごく荒れた海況で、無謀に海に入っていくというのはいいことだとは思いませんが、自分の力量の範囲ギリギリのところにチャレンジしていくときに見えてくる、自分の弱さとか自分らしさを知るのが面白いのです。
 つまるところぼくは、海という自然に、自分らしさを投影して、それを見つめているような気がします。
 抽象的な話しばかりでは、わかりにくいかもしれませんね。
 具体的な一例を挙げると、スキューバダイビングをしていて、途中で予想よりも流れが速い海域があったとします。そこで引き返してもいいし、予定どおりのコースへ進んでいくのもいい状況です。
 そこで自分のこれまでの経験を思い浮かべ、似たようなケースがあったかを思い出し、海の様子を克明にチェックし、行った場合、その先で見えるかもしれない魚や風景の魅力を見積もり、現在の深度と潜水時間と残圧とを考慮し、自分の体力がその流れを乗り越えられるかを考え、流れに対する自分の恐怖心を見つめ、戻るか行くか判断するのです。判断に時間がかかってはいけません。できる限り早く判断しなければなりません。やってはいけないのは死ぬこと、ゴールは無事に戻ることです。
 こういうときにぼくは、自分の頭がフルに働いていることを実感します。普段使っていない脳さえも総動員して考えているのがわかります。そして自分の体力を冷静に見つめていることもわかります。
 これまで海で数々のギリギリの状況を経験してきました。結果的にぼくは今無事に生きているんですが、少し間違えば死んでいたかもしれません。事実としてぼくはギリギリ状況を乗り越えて、今ここにいるのです。それ自体が誇りであり、海という自然がそれを与えてくれたのです。
 ぼくが飽きもせずウォータースポーツを続けるのは、そんな理由があるのです。






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歳を取るごとに、ウォータースポーツで心配することが増えてきました



 最近思うのは、歳を取るほどに、自分がだんだん心配性になってきたなということです。若い頃よりもいろいろ心配なことが増えてきたような気がします。
 年を経るごとに、経験を積んで、危ないことや注意しなければならないことがわかってきたせいでしょうか?
 あるいは、自分の体力的・知的な衰えを感じて、それを不安に感じているんでしょうか?
 そのあたりの理由というか原因は、自分でもよくわかっていないんです。
 これと同じ構造のことが、ぼくがやっているウォータースポーツでも起きていまして、歳を取るごとに、危険に敏感になっています。
 スキューバダイビングなどは30年以上やっているんですが、その間に数多くの危ない目に遭っているので、それを防ぐためにいろいろ注意しています。
 若いときには怖くなかった状況や心配もしなかったことが、今では怖いと感じたり、心配になって事前準備したりします。チェックする項目も増えていますね。
 歳を取ったら経験を積んで、もっと楽々とスキューバダイビングできるんだろうと予想していたんですが、まさか心配性になるとは思ってもいませんでした。
 そんな風に心配しながらもウォータースポーツをやめようとしないのは、自分でも不思議です。今度こそは死ぬかもと心配しながらも海に出ていくんです。
 そのあたりの理由というか原因も、自分ではよくわかっていないんです。
 たぶん海に出ることが、心配や不安以上に、喜びやメリットが多いからなのかなと考えたり、あるいは心のどこかで、死ぬときは死ぬし、まあ、いろいろあるだろうけど、なんとかなるよな、なんて思っている自分がいます。そんな気持ちを抱えながら、今日もBCを背負い、レギュレーターを加え、海の中に沈んでいくのです。

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酒の席の話題としての半島はどこからか問題



 海遊び仲間と酒を飲んでいるときのよくある話題に「半島はどこからか」という話題があります。
 たとえば泊まりがけでスキューバダイビング旅に行ったとき、一日目が終わってダイブサービスで泊まるようなパターンがあるのですが、夕飯のときはみんなで酒になるわけです。だいぶ酒が回ってきた頃にその話題になりがちです。
 それは「伊豆半島はどこからが伊豆半島なのか」と誰かがいいだして、「小田原と沼津から先が半島の始まりだ」「いやいや根府川と戸田でしょう」「いやいや熱海と内浦」「じゃあ陸側は三島からか?」などと、みんながいいたいことをいいだして、結論など出ないわけで(正解は国土地理院の『標準地名集』でわかるらしい)、結論がでないからこそ酒の席の話題にぴったりなのです。ひととおり伊豆半島の話しをしたら次は「三浦半島はどこからか」「房総半島はどこからか」などとずっと続けていけるのも酒の席向きなのです。
 もし酒の席で話題に困ったらオススメです。







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海遊びをする人にもいろいろいます



 長年ウォータースポーツをしていて思うんですが、海遊びをする人もいろいろな人がいます。
 冒険心に溢れていて、リスクを取ることに躊躇がない、勇気がある人もいます。一方、慎重で、警戒心が強い人もいます。後者の場合で、すごく慎重な人は、いずれウォータースポーツをやめていく人が多いような気がします。
 ぼくは、まあ、真ん中より少し慎重派かなと、自分では思っています。なんとかやめずに30年くらいウォータースポーツを続けてこれました。
 ちなみに車の運転も仕事もウォータースポーツも、経験を積めば積むほど、怖い思いをしたデータが蓄積されていくので、だんだん慎重になる傾向があるのではないでしょうか?
 ぼくの場合、以前はなにも考えずにやっていたことなのに、最近はとても注意深くなったり、慎重になることがあります。
 冒険心に溢れていて、勇気がある人を見ていると、すごいなーと思います。ぼくにはとてもできないと…
 ぼくは、安全に、太陽と海の中で海遊びをして、ノンビリ楽しく過ごしたいという軟弱お気楽海遊び人だからなあー。
 まあそれでも楽しんでいるんだからいいかな…

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危ない目に遭っても海遊びを続けている理由



 30年くらいウォータースポーツをしてきて、何度も死にそうな危ない目に遭ったりしましたが、懲りずに続けています。
 どうせ一度しかない人生ですし、事故や天災や病気などでいつ死ぬかもわかりません。だったら好きなウォータースポーツで死んだ方がましだし、何よりも日々を楽しんで過ごしたい…そんな気持ちがあったから、危ない目に遭ってもウォータースポーツを続けてきたんだと思います。
 ぼくはどちらかというと慎重で奥手な性格です。そのせいか、若い頃やりたいと思ったことを、あれこれ考え過ぎてやらなかったことがあります。それで後悔したので、それからは迷ったらやることにしています。それがたとえ危険であっても…
 もうひとつの思いとして、どうせ人は死んでしまうんだし、寝たきりになって長生きするよりは、短命であっても、好きなことをしながら死んでいく方が、自分としては幸せだ、という気持ちもあります。
 もうひとつ別の思いとして、人生を生きるのは時として辛く悲しいこともあるし、重荷を負って生き続けなければならないわけですが、海で好きなことをしながら死んでいけたら、それはそれでハッピーだよなという気持ちもあります。
 慎重なぼくが普段から自分にいい聞かせている言葉に、なんとかなるさ、運が悪けりゃ死ぬだけさ、それがどうした、この世のことはこの世でなんとかなる、自分なんて世界でちっぽけな存在、というものがあります。そんな言葉を頭に浮かべているうちに、危険な状況でもパニックにならずにウォータースポーツをすることができるようになりました。
 たとえばそれは、シーカヤックで海に出て、しばらくしてから急に海が荒れてきて、グシャグシャの大きな波の中をなんとか陸まで辿り着くとか、スキューバダイビングですごく流れの速い海域に入ってしまい、海上に浮上して、ダイビングボートに見つけてもらうまで、30分くらい海の上を流されたときとか、今までトライしたことがない1.5m〜2mくらいの波でサーフィンしたときとか、そういういくつかの危ない状況のことです。
 そういう状況で意外に冷静でいられたのは、頭のどこかしらで、いつか海で死ぬかもしれないことを覚悟していたからかもしれません。







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ウォータースポーツをする人が、楽観的・楽天的であることと慎重かつ綿密であることについて



 ウォータースポーツを30年以上やっていて、時には危ない目に遭ったりします。死にそうになったこともあります。
 なぜそんなことをするのかということは以前に何度か書いたのですが、まあざっくり早い話、それが魅力的だからです。
 じゃあウォータースポーツをやる人が、リスク選好型の無謀な人が多いかというと、そうとはいえない気がします。
 もしかしたら山登りをする人や冒険家も同じかもしれません。
 そう、今回は自然を相手にする人の気質について書いてみたいと思うのです。
 ぼくの周囲のウォータースポーツをする人を見てみると、無謀というよりもどちらかというと慎重で、事前準備を細かくきちんとする人が多いような気がします。
 ただ、楽観的・楽天的な人が多いようにも思えます。自分がやりたいことがはっきりしていて、それが実現すると信じているところがあります。
 それから、自然の脅威に対しては、事前に対策ができるのでそれほど怖くない、それよりの人間の振る舞いの方が怖いと思っているフシもあります。
 自然を相手にしているからそういう性格的な傾向が身についたのか、それとも元々そういう性格のタイプの人が、ウォータースポーツをしたがる傾向にあるのかはわかりません。
 でも、一面で楽観的・楽天的な人が、一面で慎重かつ綿密であるというのは、すごくおもしろいと、ぼくは思うのです。
 踏み込んでいえば、充実した人生を送る上で、大切な素養だよなあ、と思うのです。
 ぼくもそういう素養を身につけたいものです。







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サーフィンとシーカヤックの瞑想時間が癒しをもたらす



 ぼくはウォータースポーツをいくつかやります。大学時代にサーフィンを始め、やはり大学時代にスキューバダイビングを始め、30代の頃にシーカヤックとセイリングを始めました。どれもいまだに続けています。
 ぼくの特徴として、新しいことを始めて、それが自分に合わないとわかるのは、すぐです。
 なので、続けられないことはまったく続けられないし、2回、3回とやることはその後ずっと続けます。他のことも似たような経緯をたどることが多い~それはたとえば女の子と付き合うとか、バイトを始めるとかでも同じ~ので、これはぼくの特性なのかもしれません。
 サーフィンとスキューバダイビングとシーカヤックとセイリングではそれぞれ面白さが違いますが、最も大きな違いだとぼくが考えるのは、サーフィンとシーカヤックは一人でできることで、スキューバダイビングとセイリングは仲間と一緒にやるという点です。
 そしてどちらにもそれぞれの面白さがあります。ぼくは自分の気分と海況によって、それら4つのウォータースポーツを選んで楽しんでいるわけです。
 一人でできるサーフィンとシーカヤックのよさは、思いついたときにすぐできるし、ずっと一人の時間を過ごせるし、やっている過程のすべてを自分の判断でできるところです。
 そしてそれらは、ぼくの性格に合っていると思います。
 サーフィンで波待ちをする、シーカヤックでパドリングをする時というのは、何だか大げさな物言いになりますが、瞑想に近いと感じます。これはぼくがそう感じているだけかもしれません。
 何かを考えることもありますが、何も考えていない時もあります。歌を口ずさんでいることもありますし、独り言をいっている時もあります。無心になっている時もあります。その時間がぼくは好きです。
 ぼくは軽くジョギングをすることもあります。それは適当・不定期な運動不足解消のためのジョギングなので、本格的なランナーではありません。でもジョギングのときの何かを考えているような考えていないような時間と、サーフィンとシーカヤックの瞑想時間とは似ていると思います。
 日々の生活の中でまとまって何も考えない、あるいは何を考えてもいい時間をとることは難しいので、サーフィンとシーカヤックの瞑想時間がより貴重に感じられるという面はあるかもしれません。
 サーフィンで波に乗る、シーカヤックで海を旅する、その二つはそれぞれに面白いし、海に出ること自体が気持ちいいんですが、とりわけ瞑想的な時間を過ごせるのも、ぼくにとっては、結構重要度の高い面白さです。時々波もないのに波待ちをしているサーファーを見かけることがあると思いますが、あれはあれで、やっている本人は楽しいし気持ちいいのです。
 小雨が降って、太陽の光が届かず、海は暗く鈍色の日、海に出てもあまり爽快ではない日であっても、あえて海に出てサーフィンとシーカヤックをするのは、瞑想的な時間を過ごせるのが気持ちいいからです。
 いささかストイックで偏屈な面白味かもしれませんが、ぼくという人間はそういうのが好きだし、そういう面白味に癒されていると思います。

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海遊び界あたりのマイペースな人達



 ダイバー、サーファー、セイラー、パドラー。
 そんなぼくの周りの海遊び人というのは、割りとマイペースな人が多いんです。いい意味でも悪い意味でもマイペースです。
 そういうマイペースな人達を見ていると、羨ましいなと思うのです。ぼくには、なかなかできないし、その人達自身はとてもシアワセそうだから…
 たとえば企業など勤め先の組織によっては、自分の個性を抑えて機械の歯車のように働かなければならないところもあるでしょう。
 ぼくの周囲のマイペースな人達は、そういう組織ではたぶんうまくやっていけないだろうと思います。でもそれはそれでいいんじゃないかなあ。無理してもどうせ本人も周囲も組織もシアワセではないでしょうから…
 人はその個性に合った居場所というのがあるような気がして、それをうまく見つけられるか、周囲の環境を自分が居心地がいいように変えていけるかというのは、シアワセな人生を送る上でけっこう大切な能力?技術?な気がします。自分に合った場所で、なんとか食べていけるだけの収入を得ていくというのは、そんなに簡単なことではないし、学校では教えてくれませんけど…







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パドリングとマインドフルネス



 ウォータースポーツを30年以上やってきました。
 最初はサーフィン、そしてスキューバダイビング、シーカヤック、セイリング。こうして書くとまったく道楽者だなと思います。
 それぞれに楽しみがあるんですが、シーカヤックというのはつくづく楽しいなあと思うのです。何が楽しいかというと、パドリングです。他にももちろん楽しい面はあるんですが、今回はパドリングの楽しさについて書いてみます。
 シーカヤックのパドリングはマインドフルネスになっているんじゃないかなって、最近思うんです。
 パドリングをしているときは、コース取り、波、風、潮流、周りの景色、近くの船舶などに注意しているわけですが、ぼくの場合、そんな注意をしつつ、好きな歌を口ずさみながらパドリングをします。
 それにも飽きてしまうと、一漕ぎ一漕ぎに意識を向けながら自分の使っている筋肉や波の手応えなどを感じながらパドリングします。
 そのときの感覚がマインドフルネスとか瞑想に近いように感じるのです。無心になれるというか、気分がスッキリします。
 もちろん大海原を自分の力だけで漕いでいくのも楽しいですし、筋力トレーニングもできます。それにマインドフルネスもできるわけですから、なんというかお得というか、メリットの多いスポーツだと思います。別にメリットでウォータースポーツをしているわけではありませんけど…







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