海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
熟年世代の休日の大切さ
我が家では、子供達も成長し、それぞれ部活なんかもあったりして、土日に家族旅行に行くことがめっきり減りました。なので妻と二人で旅行することもありますし、妻とぼくがそれぞれの友人達と別々に旅行に行くこともあります。それに加えて、ぼくの場合、独りで行動することも多いんです。
だいたい土曜日の早朝に、ダイビング器材とシーカヤック器材を車に積んで、予約してあったダイビングショップに向かうというパターン。ダイビングの後は、気分と海況次第で、土曜日どこかに泊まって、日曜日にシーカヤックをしたり、ダイビングをしたりします。土曜日だけダイビングして帰ってくることもあります。土曜日の夜に車中泊することもあります。
そのあたりの自由さや気ままに動ける感じ、同行者に気遣いをしないでいいところが気に入っています。
ぼくは50代で、まだ老人というには早い年代です。体力的にも、ちょっと無理目なアクティビティもできますから、今のうちにできることはやっておきたいと思うのです。そういう点で休日は値千金の貴重さです。よほど天気が荒れない限り、海遊びの予定を入れてしまいます。

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海の環境を保全する取り組みの盛衰
ぼくがスキューバダイビングを始めて、かれこれ30年以上経ちますが、定期的に海関係の環境保全の取り組みがクローズアップされます。今だとSDGsですね。10年くらい前は地球温暖化防止でした。その前は廃棄物の削減、その前はサンゴを守れという取り組みがありました。
ぼくも海遊びをする者として、海はきれいであって欲しいし、人間の活動が自然環境に与える影響が少ない暮らしをすべきだと思っています。
でも、正直になってみると、環境保全のために、今の便利な暮らしを諦めることは、ぼくとしてはどこまでできるんだろうと思います。できる範囲からやりましょう、でいいならやれそうなんですけど…
今、ダイバーに関係するSDGsの取り組みは、海岸や海中のクリーンアップやGreen Fins(グリーン・フィンズ)やPeak Performance Buoyancy(ピーク・パフォーマンス・ボイヤンシー)でしょう。
海中のクリーンアップはダイバーにしかできないことですし、場所によっては、海面以上に海中にはゴミが多かったりします。
Green FinsとはUNEP(国連環境計画)とイギリスのReef World財団によるサンゴ礁保全の取組み。環境に配慮したダイビングやシュノーケリングのガイドラインの作成と、それを遵守しているダイビングショップの評価・認定を行なっています。
確かにあまりスキルの上手くないダイバーのフィンが、サンゴを傷つけているという事実はあると思います。
Peak Performance Buoyancyは、ダイバーが適切に中性浮力をとれるようにして、快適なダイビングをすることがメインの目的ですが、器材の引きずりなどによってサンゴなどの水中生物を傷つけないという効果もあります。
ぼくが何十年かの単位で環境保全の取り組みを見ていると、その取り組みのテーマも移り変わるし、社会的盛り上がりには波があるということです。すごく盛り上がる時期もあれば、低調になる時期もあります。ただ人類の人口が増加傾向にあって、それに伴って、環境負荷が増え、また、社会が文化的に成熟していくことが不可逆的なことだとすれば、それに伴って、なんらかの環境負荷が増える可能性(減る可能性もありますが)があります。そういう大きな流れの中では、環境保全をしていこうという声は、高まることはあるでしょうが、低まることはないでしょう。
海遊び仲間と楽しく過ごすひととき
ぼくは友達が多くはいませんが、一度友達になると長く付き合う傾向があります。
海遊び仲間も同じでして、常時遊ぶ友達は3人しかいませんが、その3人とはかれこれ20年以上の付き合いになります。
そのうち2人は共通の友人で、1人は別の友人です。
何か海遊びのイベント的なことをやるときは、ぼくも他の友人を誘ったり、3人の友人が彼らの友人を誘ったりして、10人以上になることもありますが、ぼくにとってコアな海遊び仲間は3人から増えていません。やはり気が合う人と一緒に海で遊ぶというのが、ぼくにとっては心地いいんだと思います。
海遊びというのは、独りでやっても楽しいものですが、友人とやるのも楽しいものです。それぞれに楽しみが違います。
独りでやる楽しみは、自分のペースでやりたいことができますし、海遊びの間ずっと、自分と向き合っている感覚があります。
友人とやる楽しみは、気心の知れた仲間とワイワイやりながら、楽しい時間を共有できるところでしょう。
どちらもそれぞれに魅力的です。
遊ぶ内容は、3人とも似たようなもので、中心となる活動はスキューバダイビングです。
年に何度か、一緒に沖縄の離島や伊豆七島や伊豆半島などのあちこちに、スキューバダイビングをしに行きます。
スキューバダイビングだけでなく、スノーケリングや海辺をひたすら歩く会や海辺キャンプなどもします。
そんな感じで20年以上も海に関わる外遊びを一緒に楽しんでいます。
男同士でスキューバダイビングや海辺キャンプなどしていると、会話の内容や気持ちは子供の頃と変わっていないよなと思います。普段、企業や社会で役職がついてたりして、責任を持った発言や行動をしている友人達も、海辺で酒を酌み交わせば、根っこの部分はガキだった頃と変わらない気がします。

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海上でシーカヤックやSUPの人とすれ違うときの挨拶について
ぼくの住んでいる三浦半島の相模湾に面したあたりでは、シーカヤックをしていると、海上でシーカヤックをやっている人やSUPをやっている人とよくすれ違います。よくといっても基準がわからないでしょうが、1日漕いでいると10人〜20人くらいとすれ違います。
その都度ぼくは挨拶するようにしているんですが、挨拶を返してくれる率は半々くらいです。シーカヤックをしている人は、ほぼ9割くらいは挨拶を返してくれるんですが、SUPの人にはかなり無視されます。
これが西伊豆や南伊豆でシーカヤックをしていると、ほぼ全員挨拶を返してくれるんです。挨拶だけでなくて、どこから来たのかとか、どこまで行くのかとか、そんな軽い話もしたりします。おそらくもっと人のいない海に行ったら「おお、人だ!」と驚くんじゃないでしょうか?
人の心理って不思議なものです。
ぼくはこれを「人口密度によって態度が変わる法則」と勝手に命名しています。
渋谷の道玄坂を歩いていて、すれ違う人、全員に挨拶していたら、挨拶する方が変な人だと思われますが、小笠原の母島で人とすれ違ったら、挨拶しない方が変です。この現象については、以前から面白いなと思っていました。やはり希少価値というか、数が多すぎると有り難みがなくなるというか、うざったくなるのか、匿名性が高まるのか、たぶんそんな心理が働いているんじゃないかと推測します。
ちなみにぼくがシーカヤックをしているときは、すれ違う人にはもれなく挨拶するようにしています。その都度挨拶するかどうか迷っているのが面倒くさいので、もう挨拶するって決めたのです。
海という自然を相手にするウォータースポーツが飽きない理由って…
ぼくはかれこれ30年以上ウォータースポーツ(マリンスポーツ)を続けてきました。スキューバダイビング、サーフィン、シーカヤック、セイリングです。
どのウォータースポーツにもそれぞれに楽しみがあって飽きません。
それらに共通点があるとすれば、海という場で遊ぶスポーツであるということと、海という自然を相手にするスポーツであるということでしょう。
この海という自然を相手にするスポーツであるというところが、飽きずに30年以上も続けてこられた理由のひとつのような気がします。
自然の状況というのは、海の場合、波であり、潮流であり,海底の地形であり、風であり、陽射しであり、季節などです。どの要素もいつも違います。なので、組み合わせからすると、同じ自然環境であることは、ほぼありません。いつも違う環境でウォータースポーツができるというのが、ぼくの場合、飽きない理由です。
海は、いえ自然は、人に対して、時に穏やかな面を見せることがありますが、時にとても荒々しく破壊的であったりします。穏やかなときには、心の底から癒されますし、荒々しいときは、闘志が湧いたり、くじけたり、恐れたりします。
振幅を伴って変化する自然に接するとき、ぼくは自分自身の心を自然に投影しているような気がします。自然への接し方で、ぼく自身の気持ちに気づかされるといってもいいでしょう。
たとえば、荒れた海に臨むときに、やる気に満ちて挑戦的なときは、自分自身がハイテンションで強気なときですし、恐れて腰が引けているときは、弱気なときです。
海を相手にするウォータースポーツを何十年も続けて飽きずにいられるのは、実は、自然に自分自身を投影して、自分を見つめられるから、というのが、本当の理由かもしれません。

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独りで楽しむ海、友と楽しむ海
海で遊ぶというのは、大勢でワイワイやるのも楽しいですし、独りでマイペースに気ままにやるのも楽しいものです。
ぼくはスキューバダイビングやシーカヤックやサーフィンをします。
スキューバダイビングは、バディといって2人一組で潜らなければなりませんし、ガイドがついている場合はが多いので、そういうときは4、5名のグループで潜ります。海から上がると、ログブックというダイビング日誌みたいなものを書くんですが、みんなで今日見た魚を、あれこれわいわい言いながら書いていくのも楽しい時間です。さらに楽しいのは、泊まりがけのダイビングのときで、宿で夕飯を食べ終わった後、飲み会をするのも楽しいものです。
シーカヤックは独りでもグループでもできるウォータースポーツです。
独りで漕ぐときは、その日の目的地・スケジュール・ルートなどを、自分で適当に決めたり、変えたりできるのがいいですね。上陸するのによさそうなところを見つけたら、当初の予定を変更して、そこに上陸して昼メシにする、なんてこともできます。漕いでいて、いつもよりも疲れるのが早ければ、予定を変えて、帰ることもできます。
グループで漕ぐときは、ワイワイ話しながら漕ぐのが楽しいですね。みんながいると何かトラブルがあったときに、安心ということもあります。昼メシや休憩のときも、みんなで話しをしながら、これまでの行程の中で起きたことなどを振り返るのが楽しかったりします。
サーフィンは独りで行くことが多いですね。行くといってもぼくの場合、自分の家のそばのビーチで乗ることが多いので、「今日は波がいいな」と思ったらボードを抱えて海に行くという感じです。それで海に行くとお馴染みの顔ぶれがいるので、彼らと波待ちの時に話したりすることはあります。
古くからのサーフィン仲間とサーフトリップに行くときもあります。そうしたときは、朝から波に乗って、夕方頃に宿へ戻って、風呂に入って、酒と食事という魅惑の定番オヤジ旅が展開されます。
独りで勝手気ままにやりたいことができる楽しさと、旧知の友と同じ趣味で楽しみ、酒を酌み交わす楽しみと、どちらもぼくにとっては大切な気分転換の機会になっています。できればこのまま歳をとってもこの楽しみをつづけていきたいなあと思っています。

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海遊びは危ないけど…それが何か?
むかーし、昔、ぼくが小学生の頃にテレビドラマで「俺たちは天使だ!」という探偵モノをやっていました。
これが好きで毎週欠かさず見ていました。
ドラマの中で出てくる決め台詞が「運が悪けりゃ死ぬだけさ」。
この言葉も大好きです。
海遊びをする時は、事前準備と計画を立てて慎重にやることが鉄則ですが、それよりももっと前提にあるのは、もともと危険なことをしてるわけですから、「運が悪けりゃ死ぬだけさ」っていう気持ちじゃないかな、と最近思いました。
そんなことを思ったのも、親戚がぼくの家に来た時、家にあるシーカヤックを見て、「お前これ海で乗るの? 危ないじゃないか」っていったからです。眉をひそめて…
そりゃ危ないよ。
でも危なくないことって世の中にどれだけあんのよ。
それに楽しいんだから、多少危なくたっていいじゃん。
なんて、そんなことは口にはだしませんでした。
そういう事をいう人とぼくの間には、埋めがたい広く深い溝が、マリアナ海溝のように広がっているから…
つうか生きてること自体が危険じゃん。
ぼくは今日も「運が悪けりゃ死ぬだけさ」の気分でガンガンいきます。
ちなみに「俺たちは天使だ!」の主題歌SHOGUNが歌う「男達のメロディー」 も好きです。
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車を手に入れたことで、海遊びの自由度が高まった思い出
ぼくは20代の頃、スキューバダイビングとサーフィンにハマっていました。東京の街中に住んでいて、平日は会社と自分の部屋との往復でした。その反動というかストレス解消のためというか、休日はスキューバダイビングやサーフィンに没頭していました。
そんなぼくが社会人になって、結構早い時期に手に入れたのが車です。中古の安い小型車でした。なぜ車が必要だったかというと、自分が好きなタイミングで海に行けるからです。
車を手に入れてからのぼくの週末の過ごし方はというと、スキューバダイビングの場合、金曜日の夜、仕事から帰ってきたら、着替えてすぐに車に乗り込んで(スキューバダイビングの器材などの荷物は、前の日に車に積み込んであるので)伊豆に向けて出発します。
途中、海老名のサービスエリアとか小田原あたりで夕食を食べて、伊豆に向かいます。
ぼくがよく利用していた東伊豆のスキューバダイビングサービスは、民宿もやっていたので、夜の10時とか11時頃到着して、その日は寝るだけです。
で、土曜日は朝からダイビング。だいたい3本潜って、宿で夕飯を食って、その後は飲み会で、さんざん酔っぱらって寝ます。
で、日曜日も朝から潜って、潜り終わると、その日のうちに自宅に向けて帰ることもありましたが、日曜日の夜も宿に泊まって、月曜日の早朝に東伊豆を出発して、月曜日の朝に自宅に着いて、そこで着替えて会社に行くというパターンもありました。
車を手に入れるまでは、スキューバダイビングサービスの東京のお店に金曜日の夜に集合して、ショップの車で東伊豆に行き、日曜日の午後にショップの車で東伊豆を出て、東京に夜着くという感じでした。道が渋滞して東京着が遅れると地下鉄の終電に間に合わず、ダイブサービスから自宅までタクシーで帰らなければならないこともありました。
サーフィンの場合も似ているんですが、当時はよく外房とか茨城のあたりに行っていました。やはり金曜日の夜に車で自宅を出発して、途中のファミレスとか焼き肉屋で夕食をとり、コンビニやスーパーで、飲み物や明日の朝と昼の食事を買い込んで、目的の海の駐車場に到着します。
それからは砂浜にアウトドアチェアを出して、焚き火をしながら軽く晩酌をして、車中泊をして、土曜日の朝からサーフィンをします。
夕方には海から上がって近くの立ち寄り湯に行って、さっぱりした後、自宅に帰ることもありましたし、もう1泊車中泊をして、日曜日もサーフィンをすることもありました。
車を手に入れる前は、電車で行ける鵠沼ばかりに通っていました。しかもたいてい日帰りでした。土曜日の電車に大きなサーフボードを持ち込んで、海まで2時間くらいかかったことを考えると、車があることでずいぶん楽に、自由になりました。
こんな感じで、車を手に入れることによって、ぼくの海での遊び方は、より自由度が高くなり、遊べる時間が増えたのです。特に車中泊をするようになってから、宿泊施設に泊まらなければならないという制限からも解放されたので、より自由になりました。
こんなことを書いていると自動車会社の宣伝みたいですが、当時のぼくにとって、車が遊びの、いやそれだけでなく暮らしの自由度を高めてくれたのは間違いないのです。

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ウォータースポーツの醍醐味のひとつは、頭と身体をフルに使うこと
このブログにはやたら書いていますが、もうかれこれ30年以上ウォータースポーツを飽きずに続けています。
ぼくがやっているウォータースポーツは、スキューバダイビング、シーカヤック、サーフィン、セイリングです。
ウォータースポーツの面白さというか醍醐味のひとつは、自然を相手に楽しんで、しかも自分の頭と身体を使って、死なないで戻ってくることにあると、ぼくは考えています。
荒れた海況や難しい海域で、自分の限界まで、考え抜いて、肉体を酷使するというのが、ぼくとしては快感なのです。ちょっと変なのかもしれませんけど…
仕事などでも、難しい課題に挑戦して、それが成功したときというのは、やりがいもあるし嬉しいものですが、たいていがチームワークですし、ほとんどの場合、所詮死にはしません。
自分だけの力で自分の命をかけて、自然という、圧倒的な力を持つ、予測できない、同じ状況が二度とない、そんな対象に対峙するという点で、ウォータースポーツはぼくを惹きつけて止みません。
もちろんすごく荒れた海況で、無謀に海に入っていくというのはいいことだとは思いませんが、自分の力量の範囲ギリギリのところにチャレンジしていくときに見えてくる、自分の弱さとか自分らしさを知るのが面白いのです。
つまるところぼくは、海という自然に、自分らしさを投影して、それを見つめているような気がします。
抽象的な話しばかりでは、わかりにくいかもしれませんね。
具体的な一例を挙げると、スキューバダイビングをしていて、途中で予想よりも流れが速い海域があったとします。そこで引き返してもいいし、予定どおりのコースへ進んでいくのもいい状況です。
そこで自分のこれまでの経験を思い浮かべ、似たようなケースがあったかを思い出し、海の様子を克明にチェックし、行った場合、その先で見えるかもしれない魚や風景の魅力を見積もり、現在の深度と潜水時間と残圧とを考慮し、自分の体力がその流れを乗り越えられるかを考え、流れに対する自分の恐怖心を見つめ、戻るか行くか判断するのです。判断に時間がかかってはいけません。できる限り早く判断しなければなりません。やってはいけないのは死ぬこと、ゴールは無事に戻ることです。
こういうときにぼくは、自分の頭がフルに働いていることを実感します。普段使っていない脳さえも総動員して考えているのがわかります。そして自分の体力を冷静に見つめていることもわかります。
これまで海で数々のギリギリの状況を経験してきました。結果的にぼくは今無事に生きているんですが、少し間違えば死んでいたかもしれません。事実としてぼくはギリギリ状況を乗り越えて、今ここにいるのです。それ自体が誇りであり、海という自然がそれを与えてくれたのです。
歳を取るごとに、ウォータースポーツで心配することが増えてきました
最近思うのは、歳を取るほどに、自分がだんだん心配性になってきたなということです。若い頃よりもいろいろ心配なことが増えてきたような気がします。
年を経るごとに、経験を積んで、危ないことや注意しなければならないことがわかってきたせいでしょうか?
あるいは、自分の体力的・知的な衰えを感じて、それを不安に感じているんでしょうか?
そのあたりの理由というか原因は、自分でもよくわかっていないんです。
これと同じ構造のことが、ぼくがやっているウォータースポーツでも起きていまして、歳を取るごとに、危険に敏感になっています。
スキューバダイビングなどは30年以上やっているんですが、その間に数多くの危ない目に遭っているので、それを防ぐためにいろいろ注意しています。
若いときには怖くなかった状況や心配もしなかったことが、今では怖いと感じたり、心配になって事前準備したりします。チェックする項目も増えていますね。
歳を取ったら経験を積んで、もっと楽々とスキューバダイビングできるんだろうと予想していたんですが、まさか心配性になるとは思ってもいませんでした。
そんな風に心配しながらもウォータースポーツをやめようとしないのは、自分でも不思議です。今度こそは死ぬかもと心配しながらも海に出ていくんです。
そのあたりの理由というか原因も、自分ではよくわかっていないんです。
たぶん海に出ることが、心配や不安以上に、喜びやメリットが多いからなのかなと考えたり、あるいは心のどこかで、死ぬときは死ぬし、まあ、いろいろあるだろうけど、なんとかなるよな、なんて思っている自分がいます。そんな気持ちを抱えながら、今日もBCを背負い、レギュレーターを加え、海の中に沈んでいくのです。
たぶん海に出ることが、心配や不安以上に、喜びやメリットが多いからなのかなと考えたり、あるいは心のどこかで、死ぬときは死ぬし、まあ、いろいろあるだろうけど、なんとかなるよな、なんて思っている自分がいます。そんな気持ちを抱えながら、今日もBCを背負い、レギュレーターを加え、海の中に沈んでいくのです。
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