海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
なんだか「ゾワゾワ」するんです。ウォータースポーツしているとき…
宮田珠己さんの本を読んでいると、ときどき「身体の中から、うりゃうりゃした気持ちがこみ上げる」という表現があります。特にジェットコースターに乗りまくったことを書いた本(『ジェットコースターにもほどがある』)にはよくその表現がでますので、たぶんあの気持ちかなーという推測はできます。
ぼくも宮田さんと同じかわかりませんが、「うりゃうりゃ」した気持ちがこみ上げるシーンがいくつかあって、ひとつはサーフィンで(ぼくとしては)ワリと大きな波に乗れたときです。
もうひとつはシーカヤックで(ぼくとしては)ワリと荒れた海を無事に航海できたときです。
ぼくの「うりゃうりゃ」は腹の底の方からこみ上げるワクワク感というかソワソワ感でして、どちらかというと「ゾワゾワ」といった方が自分としてはしっくり来るような感覚で、ジェットコースターに乗ったときにも感じます。それからプールの飛び込み台から飛び込むときにも感じます。
そしてこの「ゾワゾワ」は、海でちょっとピンチな時に感じるようなのです。いわゆる武者震いのようなものなのでしょうか?
すごく大きな波が来て、「うまく乗れるかな、ヤラれちゃうかな?」という恐怖感と「やってやるぜ!」というやる気が併存しています。そしてその恐怖感を乗り越えてうまく波に乗れると、自分がヒーローにでもなったかのような高揚感があります。
シーカヤックで荒れた海を漕ぎきったときも、「ああすごいうねりだな。沈するかもな。結構キツいな。なんでこんな日に海に出ちゃったかな」という恐怖と「大丈夫。オレならやれるぜ」というやる気が併存していて、そのときは五感が冴え、頭がフル回転している感覚があります。
あとは大海原にひとりポツンと浮かんでいて、自分なんて木の葉のようなもんだな、このまま誰にも知られずこの世からいなくなってしまうかもしれない。でも、世の中や自然は何も変わらず日々動いていくんだろうなと考えると、寂しいような、でもやっぱり生きたいなという気持ちが身体の芯から湧き上がってきます。
あとは大海原にひとりポツンと浮かんでいて、自分なんて木の葉のようなもんだな、このまま誰にも知られずこの世からいなくなってしまうかもしれない。でも、世の中や自然は何も変わらず日々動いていくんだろうなと考えると、寂しいような、でもやっぱり生きたいなという気持ちが身体の芯から湧き上がってきます。
ぼくはどうもそういう場面でやっとやる気が出てくるようでして、そういうのってぼくだけなのかなあと周囲の人に訊いてみたりするんですが、みんな???みたいな反応なんですね。うーむ。まあ別に自分だけでもいいんだけど…
こういう自分は、もしかして日常に満足していて、生存に関わるような状態じゃないのかもしれないなあと思います。もし日々生きるのに精一杯だったり、常に生死の境を意識する生活なら、わざわざサーフィンでそういう気持ちを体験しようなんて思わないかもしれません。
PR
この記事にコメントする
カテゴリー
最新記事
(04/19)
(04/13)
(04/12)
(04/06)
(04/05)
(03/30)
(03/29)
(12/29)
(12/28)
(12/22)
(12/21)
(12/15)
(12/14)
(12/01)
(11/30)
(11/24)
(11/23)
(11/17)
(11/16)
(11/10)
(11/09)
(11/04)
(11/03)
(11/02)
(10/27)
最古記事
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/01)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/02)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
(07/03)
アーカイブ
ブログ内検索
PR
カレンダー
最新コメント
[10/31 TOM]
[06/10 TOM]
[06/10 TOM]
[11/09 porn]
[07/09 和]
PR
google