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シーカヤックに乗ることは自分に向き合うこと



 暇な時間ができると家の前の海にシーカヤックで漕ぎ出します。
 ぼくがシーカヤックが好きな理由のひとつが、肉体的にも精神的にも自分に向き合えるということがあります。
 それはどういうことかというと、仲間と漕ごうと自分独りで漕ごうと、シーカヤックは自分の力のみで進んでいくものだからです。自分がどれくらい疲れているか、あとどれくらい漕げるかを決めるのは、誰でもなく自分だけです。ぼくがシーカヤックで肉体的に自分に向き合うというのは、こういう意味合いで使っています。
 精神的に向き合うというのは、いくつものパターンがあります。
 先ほどの体力の限界を見極めるというのも含まれます。
 それから、無事に航海するための計画を考えるーたとえばこの海況ならどのように漕ぐと安全か、死なずに帰るためにはどうすればいいかを考えるーことも含まれます。
 また、海の上では基本的に独りで、シーカヤックを漕ぐときは、他にやることがないので、自分の過去や将来について考えるのですが、それも含まれます。
 肉体・精神、両方を使って自分に向き合うときもあります。それは海況が荒れてギリギリの状態に追い詰められたときです。波があっという間に高くなってきて、ああこれはヤバイなというときに、どうしようか、どこにエスケープしようか、どうやって陸に上がろうか、体力的にはかなりキツいぞ、というときに自分の持っている力や頭脳を総動員して対処するそのときが、一番自分に向き合っていると思います。
 もちろんぼくも死にたくはないし、恐怖感はあるのですが、こういう状況で意味がないのはパニックになることです。それを自覚しながらパニックと恐怖と冷静さの狭間でギリギリのバランスをとることも自分の精神的限界に向き合っていると思います。
 こんなプロセスを経て、無事生きて陸に戻れたとき、あぁ自分は自分に負けないで、そして自然に負けないで何かを乗り越えられたなと思います。
 これがぼくが考えるシーカヤックの醍醐味です。











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好きな島の目安・人口が少ない・信号がない・コンビニがない・離島…



 島を旅するのが好きで、どんな島に旅しようか決めるときにけっこう気にするのが、人口です。日本の場合、人口によってだいたいそこに何があるかわかります。それは島でも島じゃなくてもそうですが…
 具体的には、経験的に人口が1000人台の島だとコンビニはありません。ちゃんとしたスーパーマーケットもありません。たいてい何でも売っている商店があるだけです。人口が10000~30000人くらいだとパチンコ屋とかカラオケボックスがあったりします。地元の人向けのスナックみたいなのも現れ始めます(1000人台の島だと民宿や旅館の食堂が島の男達の飲み場所も兼ねていたりします)。50000人を超えると、マックスバリューはありますが、イオンはありません。ドラッグストアもあります。
 横道にそれますが島や村の中心地を探すのは簡単で、役場・警察署・消防署・郵便局・JAがあるところです。いい方を変えると数百人の島でも村でも、それが中心地であれば、郵便局は日本全国どこにでもあります。そういう点では郵便局ってすごいですね。で、町の中心地にはたいてい食堂や雑貨店があります。
 なので、島で宿を探す時のひとつの目安は、港や空港からの距離と、島の中心地がどこかということです。
 さらに横道にそれますが一見してもわからないことですが、NTTと携帯電話と電力会社の施設は島の中心地から少し離れたところにあります。それが何の関係があるかというと、NTTと電力会社の施設があるということは、その従業員が定住・駐在・出張しているということなので、そのあたりにも宿や食堂や雑貨店がある可能性が高いということです。
 いよいよ本題ですが、ぼくが好きな離島は人口100人台のところです。なので、郵便局と雑貨屋はあります。それ以外はありません。信号もありません。いえ、正確にいうと宿はあります。JAもあります。警察も消防もあります。漁協もあります。自販機もあります。
 信号がないというのは、ぼくが行きたい島の目安として大切なものです。これは車が少ないということで、「信号なんかなくってもみんな安全に走るさ」ということなのです。もっとちゃんというと本当は1000人台の島でも信号が必要ないところはたくさんあるのです。ただ、子供達の教育上「高校で那覇に行ったら困らないようにしないとさあ」という理由で、信号を設置しているのです。
 コミュニティを維持するためのルールが少ないとか、ルールのための設備が少ないということは、より効率的で自由で住みやすい可能性が増えることなので、ぼくはそういうところが好きなのです。逆にルールやマナーでがんじがらめの場所というのは苦手です。
 なぜ人口が少ない島が好きなのかという前に、なぜ島が好きなのかというのは、そこが外部のコミュニティと物理的に隔絶されているからです。ぼくはそこにかすかに、桃源郷とかシャングリ・ラのような人が辿り着くのが難しい楽園の雰囲気を感じとります。
 外部と離れているのとひっついているのでは、気持ち的にだいぶ違うと思う理由は、韓国人と日本人の国境というものへの感覚が違うんじゃないかと推測されるのと、理屈としては同じです。
 物理的に外部と離れていると、外から入ってきた人はすぐにわかります。それがコミュニティ全体の安心感に繋がっていると思います。反面、外部に対しての警戒心が強いとか、排他的であるともいえるかもしれません。ぼくはそういう感覚を肯定的に受け止めています。
 
 では次に人口。なぜ人口が少ない島が好きかというと、ぼくの勝手な仮説というか実感として、人は稀少なものをありがたがる傾向があって、それは人であってもダイヤモンドであっても、同じではないかと考えているからです。ちょっといい方に角が立つので、別ないい方をすると、人は、人口密度が高いか低いかで他者に対する認識を変えるんじゃないかとぼくは考えているのです。
 たとえば渋谷のセンター街とか通勤時間帯の埼京線とかでは、人は他者を「うっとおしいなあ」と感じる(そう感じている人が多いんじゃないかなあとぼくが思っているだけかも…)のに、峠道を一日歩いて、その日初めて向こうから来た人に対しては「あぁ人だ。どうも、どうも!どちらから来たんですか?」と振る舞ったりするんじゃないでしょうか。
 島でも同じことが起きていて、宿や店などでもすぐに顔を覚えてもらえて、だんだん馴染んでくるといろいろ声をかけてもらえます。
 実際にぼくが人口の少ない離島を旅するときは、できる限り1週間以上滞在するようにしています。たとえばですが、10日間の休みがとれたとして、宮古島と池間島に5日ずついるということはせずに、池間島に10日間いるようにするということです。
 島を旅すると最初の2、3日は、島の人がぼくのことを「あぁ旅行者だな」と認識するのが伝わってきます。
 5日目くらいで、「あぁ、あんたは●●さんとこに泊まってる人だね。どこから来たんだい?」ということになります。島の人はぼくのことを個人として認識したことがわかります。そしてどこどこに泊まっている東京から来た人(実際は神奈川といってもわかってもらえないので、横浜とか東京とかいうことが多いです)と認識されたわけです。
 5日目以降は、島の人と突っ込んだことをいろいろ話すようになります。お互いの職業とか家族とか、そういうことを話します。そうすると島の人が「こいつは悪いヤツではなさそうだ」と認識するのがわかります。このあたりから、島の人がいろいろ話してくれて、優しくしてくれるようになります。優しくって別に膝枕して頭を撫でてくれるわけじゃなくて、お茶でも飲んでけとか、黒糖をやるからもってけとか、レンタカーのガソリン代はいらないとか、立ち寄り温泉の値段を安くしてくれるとか、まあそんなことです。
 島の人に受け入れられる感じとか、そこまでの島の人のぼくに対する気持ちが変わっていく様子が、ぼくにとってはおもしろいんです。そんなわけで、ぼくは島を旅するのが好きです。
 島に行くたびいつもすごいなと思うのは、近くに陸や島がない、孤島のようなところだと、昔の人はよくこんな島に移り住んで暮らしたな、と人間のたくましさに感心します。
 歴史の本を読むと、かなり以前、紀元前からずーっと、中国・台湾・沖縄・フィリピン・インドネシアあたりの島々、もっとミクロネシアとかポリネシアもそうですけど、人が行き来していたようです。まあそりゃそうです。人が移り住んだんでしょう。でも、実際エンジンも帆船もない頃に丸木舟かなんかで、何千キロも航海したというのはすごいことですよね。
 それから日本の歴史という点から見ても、日本が西洋に目を向ける前は、主に中国に目がいっていたわけで、その頃の日本人にとってみれば、中国からフィリピンあたりというのは今よりもずっと近い感覚だったのかなあ、なんて思ったりします。
 とりとめもなくそんなことを考えるのも島旅の楽しさです。
 島好き、離島好きな人は一定数いるみたいで、それぞれがそれぞれの魅力を感じて島を訪れているんだと思います。それだけ魅力のある場所だということはいえるかもしれません。











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人はなぜ海に漕ぎ出したんだろう? 補陀落渡海・浄土・桃源郷・リスク



 離島を旅するたびに感じるのは、昔の人は、今のような動力がない船で、どうやってこんな絶海の孤島に辿り着いたんだろうか?ということです。それはテクニックももちろん、なぜそんなリスクを冒したのかということに興味があります。もちろん生きるために魚を獲らなければいけなくて、より遠くに漕ぎ出さなければならなかったということはあるでしょう。あるいはたまたま漂流して辿り着いたということもあるでしょう。
 海洋史によると、ずいぶん昔から、ポリネシア、ミクロネシア、フィリピン、台湾、中国、琉球列島、日本と人間が行き来していたといわれています。
 さて、ここで話が変わるのですが、海が好きなので、海辺の寺社仏閣にときどき行きます。そんなに信仰心があるわけではありません。
 そんな流れでいつ頃からか補陀落渡海(ふだらくとかい)のことを知りました。
 補陀落渡海のことはウィキペディアから引用すると次のとおりです。
概要
この行為の基本的な形態は、南方に臨む海岸から行者が渡海船に乗り込み、そのまま沖に出るというものである。その後、伴走船が沖まで曳航し、綱を切って見送る。場合によってはさらに108の石を身体に巻き付けて、行者の生還を防止する。ただし江戸時代には、既に死んでいる人物の遺体(補陀洛山寺の住職の事例が知られている)を渡海船に乗せて水葬で葬るという形に変化する。
最も有名なものは紀伊(和歌山県)の那智勝浦における補陀落渡海で、『熊野年代記』によると、868年から1722年の間に20回実施されたという[1]。この他、足摺岬、室戸岬、那珂湊などでも補陀落渡海が行われたとの記録がある。
熊野那智での渡海の場合は、原則として補陀洛山寺の住職が渡海行の主体であったが、例外として『吾妻鏡』天福元年(1233年)5月27日の条に、下河辺六郎行秀という元武士が補陀洛山で「智定房」と号し渡海に臨んだと記されている。
補陀落渡海についてはルイス・フロイスも著作中で触れている。
渡海船
補陀落渡海に使う渡海船についての史料は少ないが、那智参詣曼荼羅には補陀落渡海が描かれており、補陀洛山寺には復元された渡海船が置かれている。これによると、一般的な貨客のための渡海船とは異なり、和船の上に入母屋造りの箱が置かれ、その四方に四つの鳥居が建てられている。鳥居の代わりに門を模したものを付加する場合もあり、この場合は門のそれぞれに「発心門」「修行門」「菩提門」「涅槃門」との名称がある。
箱の中には三十日分の食物や水とともに行者が乗り込むが、この箱は船室とは異なり、行者が中へ入ると入り口は板などで塞がれ、箱が壊れない限りそこから出ることは無い。図には帆が描かれているが、一般には艪、櫂なども含めて航行のための道具は備えていない。これは、生還することなく遺骸となっても戻ってこないことが浄土へ至った証との思想に基いている。沖合まで伴走船が曳航した後、人々が海流に流されて漂流していく船を見送る。
思想的および地理的背景
仏教では西方の阿弥陀浄土と同様、南方にも浄土があるとされ、補陀落(補陀洛、普陀落、普陀洛とも書く)と呼ばれた。その原語は、チベット・ラサのポタラ宮の名の由来に共通する、古代サンスクリット語の「ポータラカ」である。補陀落は華厳経によれば、観自在菩薩(観音菩薩)の浄土である。
浄土信仰が民間でも盛んとなった平安後期から、民衆を浄土へ先導するためとして渡海が多く行われるようになった。渡海は概ね黒潮が洗う本州の南岸地域で行われた。特に南紀・熊野一帯は、それより以前から密教の聖地、さらに遡って記紀の神話も伝わる重層的な信仰の場である。『日本書紀』神代巻上で「少彦名命、行きて熊野の御碕に至りて、遂に常世郷に適(いでま)しぬ」という他界との繋がりがみえる。黒潮は地球規模でも強い海流の1つであり、この流れに漂流するとかなりの確率でそのまま日本列島の東側の太平洋に流されていき、戻ってくることがない。 ごくまれに南下する親潮により南への循環流に乗り、再び日本の沿岸へ漂着することがある。
琉球における影響
『琉球国由来記巻十』の「琉球国諸寺旧記序」によれば、咸淳年間(1265年~1274年)に禅鑑なる禅師が小那覇港に流れ着いた。禅鑑は補陀落僧であるとだけ言って詳しいことは分からなかったが、時の英祖王は禅鑑の徳を重んじ浦添城の西に補陀落山極楽寺を建立した。「琉球国諸寺旧記序」は、これが琉球における仏教のはじめとしている。また琉球に漂着した日秀上人は、現地で熊野信仰及び真言宗の布教活動を行ったり、金武町に金武観音寺を建立した。
 以上が引用部分です。
 補陀落渡海のことを知って、ぼくが最初に連想したのは、即身成仏のことです。修行僧が死を前提とてして厳しい修行をする事例は多くあります。次に連想したのは、この海の向こうのどこか遠くに浄土があるんだという思いです。こういう発想の枠組み自体は、桃源郷とかシャングリ・ラとか古今東西いろいろな話が多く見られます。
 また、海や山といった自然が信仰や修行の場や対象になることもよく見られることです。
 さてさて、ここからはぼくのつまらない考えなんですが、ぼくは、海にいるときに、この太平洋の先に本当にアメリカがあるんだろうか?と考えたりします。もちろん地図にはそう書いてありますし、googleマップで調べればそう出てきます。
 いやでも本当だろうかと…
 実際ぼくはそれをやっていないし、自分の目で見たわけじゃない…
 それはそういわれているだけで、実は別な世界が広がっているんじゃないか?
 あるいは、途中で別の次元の世界に入り込んでしまうんではないか?
 はたまた何かの拍子に、まだ人間が踏み込んだことのない未知の場所に着いてしまうんじゃないか?
 そしてそこは桃源郷のように、みんなが幸福に暮らしている理想の世界があるんじゃないか?
 21世紀に生きるぼくでさえ、海の向こうの行ったことのない土地についてこんな考えを巡らせるんです。ましてや世界全体の知識や情報が不完全だった昔ならなおさらだったんではないでしょうか?
 そして、飢饉や人口増加や政治的に追放されるなど、今の土地で生きるのが厳しい時に、もしかしたら人は、桃源郷、いやそこまで素晴らしくなくても、今よりもマシなまだ見ぬ土地目指して危険な航海に出たかもしれない。それは十分あり得るんではないかと思ったりするのです。










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田舎に住む人から都会の人を見ると、こんな風に見えているかもしれません…



 うちは海辺の田舎にあります。
 こんなところですが観光客の人が来ます。
 観光客…主に都会…ていうか東京…から来た人はなんとなくわかります。歩いている人でも車で走っている人でも…
 それはたとえば着る物がちゃんとしているとか、セカセカしているとか、前に前に行こうとする感じとか、前の車との車間が狭いとか、入りたがっている車を入れないとか、そんなちょっとしたことでなんとなくわかります。
 ぼくは離島を旅するのが好きで、三宅島なんてよく行くんです。三宅島にある雑貨屋(スーパーという佇まいではないけど、なんでも扱ってる店)なんて、島に2軒(だったはず)しかなくて、店の人もヒマなときは奥に引っ込んだり、店の裏で作業をしてたりします。島の店なんてそんなもんです。
 あるとき見かけた光景なんですが、店の人がレジにいなくて、そこにいかにも観光客というオジサンが買う商品を持ってレジ前で待っていたわけです。たぶん5分くらいだったと思うんですけど、店の人がレジに戻ってきたらそのオジサンが「何やってんだ。客を待たせるとは何事だ。そんないい加減な対応は東京ではありえないぞ。」って怒っていました。
 いやはや、東京に住んでいる人がみんなそうだとはいいませんけど、「都会に住んでいるとこういう風になるのかな? けっこう深く病んでるなあ。」と思ったものです。ぼくはそうやって時間に追われるのから逃げたくて島に旅に来てるんですけど、その島でそんな光景を見るなんてイヤだなーと思いました。
 三宅島なんてまだちゃんとしている方で、沖縄の離島とかに行くと、店のオバアが近所のオバアと縁側で話込んでいて店に全然出てこないということはけっこうあります。そうすると客は欲しい商品をとって、その代金をレジらしきテーブルに置いていくわけです。別にそれでいいじゃん。
 ここまで極端じゃなくても、高速道路を走っていて、都会のナンバーの車がすごく急いで走っていたり、前との車間が短かったりする様子を見たことがある人は多いんじゃないでしょうか? それともそれはぼくがそういう目で見ているからでしょうか?
 ぼくの、もしかしたら偏った見方かもしれませんけど、人が過密に住むところでは、「他の人より先に」とか「他の人に負けなように」とか「自分が損しないように」といった気持ちが、心の芯の奥まで染みこんでいるんじゃないんでしょうか?
 ぼくが以前東京に住んでいて、住むのがイヤになって海辺の田舎町に引っ越したのは、そのあたりが理由な気がします。周囲がそうなので暮らしづらいのと、自分もだんだんそうなってしまいそうでそれがイヤだったのと両方の気持ちがあったように思います。それは具体的には、通勤電車のラッシュとか、道を車で走っているとすごく狭い車間のところに割り込んでくるとか、近所のスーパーで買い物するだけなのにレジに長い列ができている(当然ながらときどき横入りする人がいてイザコザが起きる)とか、カフェで席を取るために置いておいた本が数分の間に盗られてなくなっていたりとか、ATMでキャッシュカードの磁気がおかしくなっていて、スムーズにお金が下ろせず、後ろの人に文句いわれたりとか…すごく細かいけれど決して気持ちがいいとはいえない出来事が積もり積もってイヤになったのだと思います。
 日本のいろいろな地方を旅していて、県庁所在地くらいの規模の都市でも住んでいる人は結構のんびり暮らしていたりします。ゆったりした町と少し足をのばせば豊かな自然があって、実質的な暮らしやすさは東京よりもいいように見えました。何かに追われるように急いでいたり、他人を追い抜こうとしたりするのは、東京と関西の都市部の人くらいじゃないかなあとぼくには思えます。仮に、日本の大多数の生活者が、東京とか関西の都市部の人とは違った感覚で日々暮らしているとするならば、さっきのオジサンはもしろ少数派だといえるかもしれません。オジサン自体は東京が中心で、そのやり方がスタンダードだと思っているんでしょうが…












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ウェットスーツの洗い方~手抜き編~



 たとえばダイバーだと、オープンウォーターの講習の時に、ウェットスーツの手入れの仕方を教わります。後はクラブチームに入っているセイラーなども、先輩などから教わります。
 なのでたいていの人が知っているんですが、たまに一匹狼的にウォータースポーツをやってきた人の中には、ウェットスーツの手入れの仕方を知らない人がいたりしますので、今回は一応その話を書いてみます。
 ちゃんと教わるウェットスーツの手入れって、海に入った後に毎回ちゃんとやりましょうと書いてあります。それも一応書いておきますが、その後にぼくの我流の簡易版についても書いてみたいと思います。
 清く正しいウェットスーツの手入れ
①海から上がったら真水で洗って汚れと潮を流す。
②風呂桶など真水を張った大きな器にウェットスーツを浸けておく。できれば一晩くらい浸けて塩抜きをする。
③大きな器の水をきれいな水に取り替えて、ウェットスーツ用のシャンプーを入れてもみ洗いをする。
④表裏をひっくり返しながら、よくすすぐ。
⑤裏表をひっくり返しながら陰干しする。
 さらにちゃんとした正しい人は、ウェットスーツ用の柔軟剤とかで洗ったりもします。
 ウェットスーツ専用シャンプーというのは買うときは高い気がしますが、一度買えば結構長くもちますので、試しに使ってみるといいと思います。
 さて、ここからぼく的な正しくないウェットスーツの手入れです。
 先述の①~⑤ってぼくは2・3ヶ月に一度くらいしかしません。友人のダイバーに臭いといわれるまではしません。すみません。ご迷惑をおかけしてます。
 いつもは次のような感じです。
①海から上がったらウェットスーツの表裏をシャワーとかの流水でよく流す。
②石けんとか洗濯洗剤をつけて、表裏をひっくり返しながらもみ洗い。
③表裏をひっくり返しながら、よくすすぐ。
④裏返しにして陰干しでよく乾かす。
 まあ、こんな感じです。たぶんウェットスーツの性能を最大限に引き出す洗い方ではないと思いますので、新品とか高いウェットスーツを買った方はちゃんと洗った方がいいと思います。
 やっぱり、ウェットスーツに染みこんだ潮は、やはり真水にある程度の時間浸けておかないと抜けないので、それはやっぱり定期的にやった方がいいとは思います。
 ただ、毎日とか毎週海に出るような人は、さすがにその都度塩抜きなんかめんどくさくてやってらんないので、ある程度の時期をみてやるのかなーという感じです。
 ドライスーツの洗い方はさらにまたいろいろあってめんどくさいので、その気になったら書きたいと思います。










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次に買うフィンは何にしようかな?



 スキューバーダイビングの話ですよ、スキューバーダイビング。
 スキューバーダイビングって、器材に影響を大きく受けるウォータースポーツだとよくいわれます。
 ぼく自身は気に入った器材を長く使うタイプなので、多くの種類を持っていたり、使っているわけではありません。よく考えたら重器材・軽器材すべて1種類のものを10年以上は使っています。つまり、フィンを3種類持っていて使い分けているということではないんですね。
 で、ぼくの今のフィンは10年以上使っています。そろそろ次をどうしようか迷っているんですね。どうしましょう?
 ぼくのフィンの変遷はとざっくりした感想はというと…

TUSA LIBERATOR
(初心者だったのでショップの人に勧められて買いました。軽さ・大きさ・使いやすさといった点でバランスのとれたフィンだったと思います。)

↓

CRESSI Master Frog
(ぼくは長年水泳をやっていて脚力には自身があったので、それが活かせる製品を探しました。推進力はすごいフィンでした。ただ長すぎてボートダイブでは取り回しに苦労しました。)

↓

GULL SUPER MEWXX
(ゴムフィンを使ってみたいと思い定番のミューを選びました。普通のミューを選ばなかったのは、やっぱり岩場でブーツを履いてないと不安なのと付けたり外したりに少し手間がかかるのでスルーしました。やはりいいフィンだと思いますが、重いことは重いので、次はどうしようかな…という感じです。)
…という具合です。
 ぼくの場合、だいたい10年くらいは使うワケですが、プラフィンで10年使うとだいぶヘタってきます。その点ミューはしっかりしていて、もう少し使えそう。
 でも、ぼくもだいぶオジサンで、次の10年どの程度ダイビングするかはわかりません。たぶんこれまでよりはペースが落ちるんじゃないかと思うんです。なのでプラフィンでもいいかなとも思ったりして…
 離島に行くことも多いので、次はゴムフィンよりも軽いプラフィンにしようかと思っています。
 うーん。候補として上がるのは…
mares X-STREAM 21000円
mares AVANTI QUATTRO + 18000円
Cressi-sub Frog Plus Fin 19000円
AQUALUNG Apeks RK3 13000円
SPRO SEAWING NOVA 20000円
 でも、絶対これが欲しいというのがない…のでジェットフィンでもいいかな(プラじゃないけど)…















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スキューバーダイビングとシーカヤックの共通するリペアセットについてまとめてみました



→スキューバーダイビングに便利なツールキット

 上の写真はゴミではなく、一応ぼくがスキューバーダイビングの時に持って行くリペアグッズです。いつもまとめてこの袋ごと入れているので、こんなヤレた感じになっています。

 というわけで、当たり前といえば当たり前なんですが、スキューバーダイビングに行くときとシーカヤックに乗るときに、リペアセットを持っていきます。リペアセットって、まあ軽い器材の故障とか壊れたときに対応できるような道具類のことです。ぼくが勝手にそう呼んでいるだけで、共通した用語があるわけではないようです。他の人も持っていたりして、リペアキットとかメンテグッズとかまあ、それぞれ勝手に呼んでいるようです。
 スキューバーダイビングとシーカヤックでは、それぞれ入っているものが違うんですが、ジップロックみたいな袋に入れてあって、サッと取り出して入れられるようにしてあります。
 いやー海遊びばっかりしてると、こういうところが効率的になっちゃって…
 ちなみにファーストエイドグッズはまた別の袋にセットされていて、これはスキューバーダイビングでもシーカヤックでも外遊びの時は、同じものを必ず持って行きます。
 両方に共通しているものがいくつかありまして、それは次のとおりです。
①S字カラビナ
②ロープ(ヨット用のロープを3mmを5m)
③ダクトテープ
④ペンチというかプライヤとハサミとナイフとドライバのついたマルチツールっていうかLeatherman(レザーマン) Juice CS4
⑤ワイヤ(太さ1mmくらい)
⑥ビニール袋っていうかゴミ袋のでかいヤツ
 まあだいたいこれくらいあればたいていなんとかなります。
 どれも重宝しますが、③のダクトテープは水に濡れてもすぐには剥がれないので、とりあえず穴をふさぐとか、とりあえず何かを固定するのに便利です。
 それから④のマルチツールはスイス・アーミーナイフもいいんですが、ペンチがついている方が便利なので、そういうのを選びました。
 ②のロープは太すぎず細すぎずいろいろな用途に使えるセイリング用のロープ3mmを用意しています。3mmでもときどき太いかなと感じることもあるので、もう少し細いものを持って行ってもいいかもしれません。そのあたりは少しずつ調整しながら最小限で有用なものにするようにしています。
 ①のS字カラビナはリペアグッズではありませんが、BCやPFDやシーカヤックのデッキロープに何かをぶら下げたいときに使うので、予備をひとつは持っているようにしています。それに車で移動するときは、車内にものをぶら下げるのにも使えます。
 ⑤ワイヤは何かを括りつけるとか縛るとか接続するときに使います。以前SプロのBCのAIR2の調子が悪くなったことがありました。AIR2は強く引っ張るとBC内のエアが排気されるようになっています。それはエアダクト内にワイヤが通っていて、引っ張ると肩の排気バルブを開けるような構造になっているんですが、オーバーホールに出したときに、そのワイヤが絡んで戻ってきたようです。そんなわけで、BCにエアを入れても絶えず排気されるようになってしまいました。ぼくはそれをダイビングポイントに着いて、タンクにつないで初めて気がついたんです。なのでその場でAIR2を分解して、手持ちのワイヤをつないで、肩の排気バルブを引かないように調整しました。
 ⑥ビニール袋は水っぽいところに行くときは何かと重宝するものです。濡れものを入れるのにも使えますし、水漏れを応急的にカバーするのにも使えます。急な大雨のときにはカッパにもなります。
 もちろんこれはスキューバーダイビングとシーカヤックに共通するリペアセットなのでそれ以外にも持って行きます。そこんとこよろしく。

→スキューバーダイビングに便利なツールキット

 以前こんなことも書きましたので、もしよろしければこらんあそばせ、オホホ…

 では、ごきげんよう。



















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海辺の仲間との距離感



 ウォータースポーツをします。
 サーフィン、スキューバーダイビング、シーカヤック、セイリング…
 よく独りで、ときどき仲間と…
 で、ぼくはだいぶオジサンなので周りの海遊び仲間もオジサンが多いのです。たいていサーフィン歴30年とかスキューバーダイビング歴40年とかそういう人ばかりです。
 そういう人と一緒に遊んでいて楽しいのは、その距離感。
 よくスキューバーダイビングに行く友達は、なんとなく頃合いのいい時期に連絡が来ます。ダイバーはわかると思いますが、伊豆あたりで潜るとするとコンディションがよくて魚が多く見られる時期ってだいたい決まっています。だからそういう時期にふとメールが来て、「来週末に行こうかー」ってなって、「アレが見たいから伊豆ならこのポイントで、このショップで、じゃあ予約しとく」という具合ですぐ決まっちゃいます。
 ダイビング当日も現地集合。
 基本無愛想。会話は必要最低限。
 話すとしても、今ちょっと右足が腫れてるから、あんまり長距離は泳げないかも、みたいなこれからのダイブに必要な事実だけ。
 水中でも自己責任が前提だし、お互いに相手の技術と力を知ってるから、付かず離れず。でもトラブルがないかは目の端で見ている感じ。
 相手がサインを出しているその先を見れば、珍しい魚がいて、いいたいことはすぐわかる。
 相手が一心にあるところを見ているとだいたい何がいるかわかる。
 相手の目配せで何をいおうとしているのかわかる。
 ダイビング後も宿に向かって、温泉に入って、酒を飲みながら飯を食う。話はするけど、別にはしゃぐでもなく愚痴るでもない。
 翌朝、別れるときも、じゃあまた、って素っ気ない。
 ぼくは、こんな海仲間との付き合いが好きです。その距離感が好きです。
 相手に頼らず、頼られず、それぞれが物事をよく知っていて判断力がある、そんな関係って、とても気持ちがいいものです。無駄な説明をしなくていいし、簡単な説明でも深い理解を共有できるのです。
 双方が独立していて、双方が互いに敬意を持っている関係、そんな関係が好きです。
 海仲間にはそういう人がわりといて、ぼくが海遊びを続ける理由のひとつも、そんな仲間がいるからかもしれません。












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なんとかなるさ…



 ぼくはウォータースポーツをします。で、あまりスポーツをしない同年代のオジサンから質問されることがあるんですが、それは「危なくないですか?」というものです。それが質問回数最多です。
 で、まあその質問のニュアンスというか言外にある意味が「あなたは社会人として、また妻子がいる身として、そんな危ないことをして、それで何かあった場合に残された家族や仕事に対する責任をどのように考えているのか」というイヤミというか批判です。
 まあ、社会の普通の常識人としてまっとうな指摘ですが、こうした保守的なヤツがいるから日本ってカタくて、イノベーティブなモノが生まれないんだよなーとも思います。

 ぼくは大学生の頃からウォータースポーツをしてきました。もうずっと…かれこれ30年くらいになるんですね(あぁ歳をとちゃいましたね)。こうなってくるとウォータースポーツというのは、趣味と表現するには軽くて、ぼくの生き方を語るうえで重要なパーツであり、ライフワークって仕事ではないですけど、まあそれくらいの意味を持つようになってきました。
 もちろん危ないですが、ウォータースポーツがない暮らしなんて、ぼくらしくないです。ぼくからウォータースポーツを取ったら、ぼくではなくなってしまいます。と、まあそんな感じなのです。
 そして危ないですが、そしてこれは山登りをする人や冒険をする人もよくいっていることですが、危ない遊びというのは無事に生きて還ってきて、初めて成功といえるのです。
 だから危なさに対してはけっこう準備しています。しかし、危ない遊びをしない普通の人からすれば、なぜそんなことをするのか?と尋ねられるのですが、それは楽しいからです。
 そして、危ないと思われることでも、やってみるとそれほど危なくないことが多いのです。まあ、なんとかなるんです。
 危ないからちゃんと生きて還ってこれるように準備をして海に出るわけですが、まあそれほど危なくないことが多くて、まあなんとかなるさ、ということです。もちろん万全ということはなくて、準備した以上の危険なことが起きることはあると思います。
 でも、それって(準備した以上の危険に直面することは)ぼくからすればちょっと近所のコンビニに買い物に行って、途中で、スマホ見ながら運転している自転車に轢かれて運悪く死んでしまうよりは、ずっとマシなことだと思うんですが、その感覚ってわかってもらえるでしょうか?
 危ない海に出てもなんとかなることが多いけど、何気ない日常に潜んでいる危険はどうしようもできない…
 そう、今回いいたいことは、生きていく上で、ぼくは「まあ、なんとかなるさ」と思って生きていますが、一方でいつ何が起きるかわからない、「ぼくにはコントロールできない」とも思っています。その2面性です。生きる上でのリスクの2面性。その2面性に対するスタンスのとり方って人によって結構差があるんじゃないでしょうか? もちろん良し悪しではなく…











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自然に接するのが好きな人とそれほどでもない人



 海辺で潮風に吹かれながら、太陽を浴びて、ウォータースポーツをしたり、ビールを飲んだり、庭の手入れをしたり、ビールを飲んだりしていると、心の芯からリラックスできるワタクシです。
 ぼくは自然の豊かなところにいるとリラックスできる実感が常にあります。それってぼくだけかなあ?と思っているんですが、相方に訊くと彼女もそうだといいます。ぼくは海辺の田舎町に住んでいるので、周囲の友人もそういう価値観の人が多いんです。
 でも、会社の人、特に若い女性なんかに訊くと「それムリ」とか「虫とか嫌じゃないですかあ」とか「たまに遊びに行くなら…」とかいう答えが多いんですよね。
 とすると、自然が好きな人と町が好きな人がいるんでしょうか?
 それとも年齢とか経験によってだんだん自然が好きになっていくんでしょうか?
 あるいはライフスタイルによって、好みの場所が違うんでしょうか?
 そもそも、なぜぼくはそういうことが気になるんでしょう? 思えば、ぼくと相方は結婚してしばらく東京の町中に住んでいました。で、なんとくなく暮らしにくいという感覚がありました。というかイライラしてました。で、子供を授かって、絶対東京で子育てはムリだねということで、海辺の田舎に引っ越したのです。今でも、あのまま東京に住んでいたらどうなっていたんだろうと思います。
 ぼくはそれぐらい都会の暮らしにストレスを感じるタイプです。海風があたるところ、木々に囲まれたところにいると、ホッとします。
 古今東西、自然の中の暮らしを愛した人は大勢いて、ぼくは自分の価値観が似ているから、そういう情報ばっかり選んで目にしますけど、そうじゃない人ももちろん大勢いて、そういう人達は、都会の暮らしにストレスを感じていないんだなあと思うのです。

 それってなかなかの価値観の違いですね。いや、いろいろみんな価値観は違いますけど、ここにもあったか…という感じです。













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