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ぼくが海辺に住むのは、自分の弱さを癒してくれるから



 ぼくは海が好きで、海辺の田舎町に移住してしまいました。
 ぼくが海が好きなのは、海にいると楽で、癒されるからです。

 ぼくは、幼い頃から、社会的なものとの接し方が、独特だったような気がします。すごく人見知りだし、グループやクラスのような集団にいると、集団にできる限り貢献しようとして自分が我慢するようなところがあったと思います。なので集団の中にいると、自分で勝手に頑張って、自分で勝手に疲れてしまうようなタイプでした。というか今もそうです。
 人にはそれぞれ長所と短所があると思いますが、ぼくの性格は、周囲の人に気を遣うという点で長所として表れますが、周囲に気を遣いすぎて自分が疲れてしまうという点で短所となります。
 それはたぶん中学生の頃から自覚していて、自分でも直そうと努力してきましたが、性分というか性格というものは、そんなに簡単に直らないものですね。
 なので、人のいない、対人関係を結ばなくてもいい、海という自然のある場所はすごく居心地がいいんです。日頃の対人関係で疲れた心が、海辺にいると癒される実感があります。
 ぼくが海辺に移住しないで、自然の少ない都市部に住んでいたら、今ほど精神的に健康でいられたか怪しいなと思います。
 それほど海という自然が近くにあるというのは、ぼくにとって大切なことなのです。

 もし、ぼくと同じようなタイプの方がいて、ぼくと似たような境遇だとしたら、できる範囲で自然と接する時間を増やすことをオススメします。

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Tシャツ・短パン・ビーサンで過ごせる町が好きです



 先日大学時代の友人に会うために、久しぶりに自由が丘に行きました。Tシャツ・短パン・ビーサンで…
 ぼくは春から秋までは、毎日この服装で過ごしているので…
 そうしたら、街を歩いていたらぼくの服装が浮くこと浮くこと…
 いやはや、ぼくはこういう街には住みたくないなと思いました。
 地元の海辺の田舎町だと、どこに行くにもTシャツ・短パン・ビーサンで違和感ないし、周りの大人も子供もそんな格好です。なんとも気楽でラフな暮らしが営めますからねー。余談ですが、ぼくの子供が小学生だった頃、父兄参観で学校に行くと、お父さんはみんなTシャツ・短パンでした。
 靴って、革靴はもちろんスニーカーだって、足を締め付けるからうっとうしいと、ぼくなんかは感じてしまうんですよね。長ズボンも足にまとわりついて、うっとうしいと思います。
 楽な方がよくないですか?
 とか、いいつつぼくの大学生時代はバブルの頃で、大学生でも結構高い服を着て、ディスコ(まだクラブとは呼んでいませんでした)に行ったりしてたので、たぶんぼくの中で価値観が変わったんだと思います。もっと楽に自然に伸び伸びと暮らせるのがいいなあ、と思うようになったんでしょう。時代の雰囲気も変わったかもしれません。
 というわけで、今日もTシャツ・短パン・ビーサンでスーパーに行く予定です。







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「心のゆとり」とか「穏やかな暮らし」に憧れます



 「心のゆとり」とか「穏やかな暮らし」という言葉に魅力を感じてしまいます。
 そんなふうに感じてしまうのは、ぼくがもともと怠惰な性格であることもありますし、変化に対応するのが苦手な性格という自覚がありますし、社会的に不適合な性格だということもあります。
 もうひとつ大きな理由は、会社勤めのせいではないかという推測です。
 組織で働いた方ならおわかりいただけるかもしれませんが、会社で働くということは、キツ目のノルマとか、日々増えていくタスクとか、絶えず迫り来る締切りとか、突然起きるアクシデントとか、手強い相手との交渉とかの連続なわけです。そんなことに対応して給料をもらうのが会社勤めの大部分だと思っているんですが、そんな暮らしを何十年も続けていると、そうした日々起きることに対応するのにウンザリしてしまうのです。というか、ぼくの場合はそんな感じです。ちなみにぼくは50代のオジサンです。年齢的にも疲れてきているのかもしれません。
 そういう前提があるオジサンのぼくの場合、少なくとも休日くらいは「心のゆとり」とか「穏やかな暮らし」といった環境に身を置きたくなるでしょう、そりゃ、なんて思うわけです。
 「心のゆとり」とか「穏やかな暮らし」という言葉に憧れるぼくがした選択が、海辺の田舎町に住むということです。
 平日は東京とかいうところにある会社というところで働いて、片道2時間弱かけて、海辺の我が家に帰ってきます。家に帰ると暗くなっているわけですが、潮騒が聞こえたり、潮の香りがしたりします。それがなんとも心に浸みるんですね。ちょっとだけ心にゆとりができる瞬間です。
 休日は朝5時くらいに起きて、家の近くの砂浜を散歩します。そして家に帰ってから朝食をとって、デッキで、海を眺めながらコーヒーを飲みます。穏やかな暮らしをしていると実感できる瞬間です。
 家のある海辺の田舎町での暮らしは、ほとんどストレスフリーでして、「心のゆとり」とか「穏やかな暮らし」を実感しながら暮らせます。そこから東京の会社に行くと別世界です。







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のんびりマイペースに過ごせる休日は、宝物



 休日は海辺の田舎町にある自宅で、海辺を散歩したり、ウォータースポーツをしたり、デッキで海を眺めながらコーヒーを飲んだりして、のんびり過ごしています。
 というのも、ぼくがしたいことは、のんびり暮らすことだからです。最近このブログでもやたらのんびりしたいというテーマで記事を投稿しています。
 今一番欲しいものは何かと訊かれたら、時間や締切りに追われず、過大なタスクに追われず、自分のペースでゆったりと暮らしたいと答えます。
 そういう点では、何の用事もない休日は、ぼくにとっては宝物のような日です。
 今回は自分がなぜそこまでのんびり暮らしたいと思うのか考えてみることにします。
 ぼくはせっかちというか、焦るタイプの性格です。そして人からは真面目だといわれます。たまに責任感が強いね、なんていわれたりもします。
 たとえば待ち合わせの時間などは、たいてい10分くらい前には着いていたりするような人間です。
 そういうタイプのぼくが会社という組織で働くと、多くのタスクや締切りに追われて、絶えず焦ったり、締切りの心配をしていることになります。これって割と疲れます。
 こういう性格を、もう少しルーズでいい加減な方向に変えていけたらいいなと思って努力してみましたが、自分の性格というのはそう簡単に変わるものではありません。
 そんなわけでタスクや締切りに追われないような暮らしというのに憧れます。やることは全部自分のペースで決められる暮らし…ってそれって老後みたいですが、ちょっと憧れます。
 そしてのんびりマイペースに暮らしてみたいと思うのです。







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通勤の間に、まったく違う環境に身を置く不思議さ



 僕は海辺の田舎町に住んで、毎日長い時間をかけて東京の職場に働きに行っています(気分的には出稼ぎという感じです)。通勤時間が長いのには慣れてしまいました。それよりも日々、自然のそばに暮らすことで得られる癒しの方が勝っているので、もう何十年もこうした暮らしをしてきました。
 そして毎日通勤していて感じるんですが、それは東京と自分の家のある町との様々な違いです。
 まず感じるのは、自然の多さの違いです。東京にも大きな公園には森や林がありますが、それ以外のところは街路樹や小さな公園があるくらいです。
 ぼくの住んでいるところは、海と山があって、海はもちろん様々なウォータースポーツを楽しめますが、山もちょっとしたハイキングができるくらいの山です。これが東京から2時間弱の場所だろうかというくらい自然が豊かです。
 そして空が広いというのも自然の多さに含めてもいいのかなって思います。東京は高層の建築物が多いのでどうしても、空が狭く感じます。
 地元は高い建物なんて皆無なので、空は広く感じられます。
 総じていえるのは、地元に帰ってくると、山の緑と海の青さと空の青さを感じられて、気持ちが癒されます。
 それから町全体のスピード感が違います。東京は歩いている人のスピードも、車のスピードも、コンビニのレジの人も対応なども、おしなべて全体が速くて、ぼくなどはなんとなく追い立てられているような気がして落ち着きません。
 もちろん会社では仕事をするので、その時間内のスピード感も速く、そのときばかりはぼくでさえ「仕事モード」に入ってバタバタ仕事をします。そのせいもあってか、東京にいると日々がワサワサしている感じがします。
 地元では、みんな(ビーサンとかクロックスとかで)ゆっくりノンビリ歩いています。走っている人は、ジョギングしている人は別として、見かけません(ジョギングやサイクリングしている人は東京の数倍は見かけます)。それから車のスピードもゆっくりです。スーパーやコンビニでも店員さんの対応もノンビリしています。
 なので、地元ではすべてがノンビリゆったりしていて、ぼくはそちらの方が居心地がよく感じますし、ストレスを感じません。地元に居るときは基本的に仕事がないときですので、ストレスを感じないのは当たり前かもしれません。
 通勤の2時間弱で、ずいぶん違った環境になるわけで、そのギャップってすごいなあと、何十年も通勤していても感じます。

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海辺に住むことで、季節折々の海という自然のよさを感じます



 海辺に住んでいると、季節ごとに、「あー海っていいなー」と感じる時があります。
 ぼくが大好きな季節は、春から初夏にかけてでして、しかも早朝が気持ちいいんです。
 ぼくの家の裏は小高い丘のようになっていて、木々が茂っていて森になっています。春になるとウグイスをはじめとして、いろいろな鳥が鳴きます。そのさえずりを聞いていると癒されます。「あー春だな」って思います。
 春から初夏の早朝に海辺を散歩すると、まだ張りつめた空気が新しいような気がして、そんな新品の空気を胸いっぱいに吸うと、体が綺麗になるように感じます。根拠もなくぼくが勝手にそう感じているだけですが…
 春から初夏の空気は、湿度が低く爽やかで、暑くも寒くもなく、微かに夏の予感を含んでいます。そんな空気の質感が好きです。
 もうひとつ好きな季節がありまして、それは秋です。秋という時季は夏の喧噪が去り、海辺が静かに普段の様子に戻っている季節です。観光客が少なくなり、地元の人がいつものように暮らしています。砂浜を散歩していても人の気配が少なくて、静かで穏やかです。
 秋も気持ちのいい時間帯がありまして、それは早朝と夕方です。
 早朝は爽やかで、空気が綺麗な感じが好きです。夏のほてりが残っているというか、まだ完全に冷え切っていない、生暖かい朝の空気。それが潮風と混ざり合って気だるいよさがあります。
 夕方は、日中の暑さが少し残っていながらも、海風が吹いてきて涼しくなります。ふと冬の気配がする日もあります。秋の夕方に、砂浜に座って、ビールを飲みながら、夕陽が沈むのを眺めているのは、ちょっと恥ずかしい表現ですが、ロマンティックな時間です。空の色がオレンジ色から紫色に、そして墨色に変わっていく様子は、まさにマジックアワーという感じがします。
 こうして季節折々の海という自然のよさを楽しめるのは、やはり海辺に住んでいるからだと思います。観光でたまに海に遊びに行くだけでは、こうした微妙な自然の移り変わりのよさにまで気づくことができないような感じがします。

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海は癒しの場であるだけでなく、気持ちを整理する場所



 ぼくは日々の暮らしで嫌なことがあったり、行き詰まりを感じたり、心配事があると、海に出ます。海に出て、スキューバダイビングやシーカヤックなどをします。
 広々とした海に出て体を動かすと、気分がスッキリします。
 生きていれば、嫌なことや心配事から完全に逃れることはできません。でも、それらのことをあまり気にしないようにすることはできると思っています。
 広い海に独り浮かんでいると、自分がちっぽけな存在だと実感します。そして、そんな自分の悩み事や心配事もちっぽけなことに思えてきます。なぜ自分はそんなちっぽけなことを気にしていたんだろうと、バカバカしく思えてきます。
 海という自然は何万年も前からそこにあり、おそらく大きくは変わっていません。その海辺に住む人間達が代々変わっていって、自分もその一人に過ぎないんだよな、って思います。そして自分も、自然の長い時間の流れから見たら、一瞬存在しているだけなんだと考えたりします。
 そうやって考えてみると、余計に自分の悩み事なんてどうでもよく思えてきます。
 そんな考え方が正しいかどうかわかりませんが、ぼくは自分のモヤモヤした気持ちを海で解消してきたんです。
 海は、ぼくにとって癒しの場であるだけでなく、悩みや心配事などの気持ちを整理する場でもあるのです。







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潮の香りに癒される



 砂浜にいるときはもちろんですが、家にいるときも、海のそばのスーパーやお店にいるときも、ふと潮の香りがするときがあります。それがぼくは大好きです。海のそばに住んでよかったなあと思います。
 たぶん海から陸に吹く風ーオンショアの風ーに乗って、潮の匂いが運ばれてくるのでしょう。
 潮の香りは、ありきたりな言葉ですが、ぼくを癒してくれます。なぜかホッとするんです。ずいぶん幼い頃から嗅いでいたような懐かしい匂いです。その匂いを嗅ぐと、体の奥の方にこわばっていた力が抜けるような気がします。
 生活していると日々いろいろなことが起きます。それでも潮の香りは変わらずそこにあって、ぼくを癒してくれます。







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海遊びをすることは体にいいと、勝手に思っています



 ぼくは海が好きで、海辺の田舎町に住んでいます。海が好きで、ウォータースポーツをします。
 もともと海が好きなんですが、それに加えて、自分で勝手に「海に入ることは体にいい」と思い込んでいまして、そんな我流な理屈もあって海遊びをします。というか、家族に対して、海遊びをする口実のひとつとして「海で遊ぶのは健康のため」といっていたりします。
 その根拠はぼくの実体験だけです。
 たとえばぼくは花粉症なんですが、スキューバダイビングやスキンダイビングをすると症状が緩和されるような気がします。鼻の通りがよくなりますし、くしゃみも鼻水も出にくくなります。
 それから加齢のせいか、肌が痒いときがあるんですが、これもウォータースポーツで海に入ると緩和されます。
 あとは太陽の光を浴びたり、海に入ると、風邪をひきにくいような気がします。そういえば少なくともここ10年は風邪をひいていません。
 そんな感じで、ちょっとこじつけっぽいなと自分でも感じますが、それでも「海に入ることは体にいい」といいつつ、海遊びをします。
 ちょっと引いた目で見れば、自然の中にいることで、ストレスは緩和されるそうですし、癒し効果もあると、どこかで読んだ気がします。本当かどうか知りませんけど…ともあれ、海遊びもその範疇に入るのかなって思います。







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新鮮な地元の野菜や魚を食べる楽しみ



 ぼくが住んでいるあたりは、相模湾に面した漁師町です。ただ、近くに畑もたくさんあって、農業も盛んです。
 そんなわけで地元で獲れたての旬の食材が手に入るのが日々の楽しみのひとつになっています。
 たとえば海の幸ですと、漁協の直売所で新鮮な季節の魚ーたとえば、アジ・イワシ・サバ・ボラ・タイ・ホウボウ・カサゴ・イサキなどーがスーパーより安い値段で手に入りますし、ワカメやヒジキやテングサもお得な値段で買えます。といいますか、春先はワカメやヒジキは自分で海に採りに行くので、その時期はただです。
 山の幸では、農協の直売所、といっても、それはいわゆる道の駅のような店で季節の野菜などーたとえば、タケノコ・大根・キャベツ・白菜・レタス・ニンジン・ジャガイモ・サツマイモ・シソ・ネギ・シイタケなどなどーが、やはりスーパーよりも安く買えます。
 それに加え、卵や牛乳や肉なども作っている農家があって、新鮮な食材が食べられます。
 我が家では土日の休日に、食材の買い出しに行くことが多いんですが、漁協の直売所に寄って海の幸を入手して、次に道の駅に寄って野菜や漬物を買って、その後足りない物をスーパーかドラッグストアに買いに行くというのが、定番の買い物スタイルになっています。
 家族が好きな魚や野菜で、新鮮な物が手に入ると、みんなのテンションがかなり上がります。食べるのが好きな家なんです。
 たとえば魚ですと、カサゴとかホウボウといった白身で味の深い魚が好きなんですが、それのいい型のが手に入ると、みんな大喜びです。野菜だと、タケノコが好きなので、新鮮な柔らかいタケノコが手に入ると、タケノコご飯や煮物にして食べます。
 旬のおいしい食材をおいしく料理して食べるのって、小さいけれど幸せなことですし、体にもいいような気がします。







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