海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
住む場所の違いにおける人と人との関係性について
ぼくはこれまで海のある南の島やリゾートを中心に旅してきました。理由は簡単で、ぼくは海が好きで、世の中のできるだけ多くの海を見てみたいと思うからです。
それに加えて海好きが昂じて、相模湾沿岸の海辺の田舎町に住んで、そこから東京の会社に通っています。海辺の田舎町ですから、近所づきあいも密ですし、海遊び仲間も多いんです。
一方で、家族を持つまでは東京のわりと街中で一人暮らしをしていました。
で、そういう経験を踏まえて、島旅から帰ってきたときや、自分の住んでいる町から東京に来るといつも感じることがあります。それは東京って人口密度が高くて匿名性も高い街だなということです。そのことによる人付き合いの仕方が独特だよなって思います。
東京って、道ですれ違う人と挨拶しないじゃないですか?
というか、挨拶する人がいたら「どこかで会った知り合いかな?」「何かの勧誘かな?」とか身構えちゃいますよね。
でも、これが人口が数百人の島だったら、道で会った人と挨拶しないなんてあり得ないことです。みんな道で会ったら、挨拶して世間話の一つや二つするものです。場合によっては近くの家に上がり込んでお茶なんか飲んだりします。
同じ日本人で、この差は何なんだろうということに、ぼくは長年興味を持ってきました。
別の例ですと、以前ぼくは東京の10階建てくらいのマンションに住んでいたことがあるんです。1フロアの住戸は10世帯くらいの規模のマンションです。で、ぼくは妻と住んでいたんですが、ぼくも妻も隣の部屋の住人どころか同じフロアの10戸の部屋の住人の誰とも知り合いじゃなかったんです。たまに廊下であったりすると挨拶するくらいはしてましたけど、部屋と住人の顔は一致していない程度の知識しかなかったんです。
今考えれば、これもすごく不思議な関係性だなと思うんです。
ぼくが今住んでいる海辺の田舎町では、町内のどこそこの誰がどんな人で、どんな家族がいるのかというのは把握しています。最近病気で調子が悪いとか、旦那さんが定年退職になったから毎日家にいるんだとか、どこそこの息子さんは頭がよくて東大に合格したらしいとか、そういうことも知っています。
もちろん道で会ったら挨拶しますし、ちょっとした雑談もします。
こんな経験をしてきて、ますますぼくは人と人との関係性について不思議に思うようになったんです。同じぼくという人間で、他者との関わり方が、住む場所によってこんなに違うのは何なんだろうって思うんです。
キーワードは人口密度と匿名性なのかなって思ったりします。
渋谷のような人口密度の高いところって、人は他者を見てみない振りというか、いないものとして処理しているような気がします。でも島のような人口密度の低いところでは、他者への関心を持たないわけにはいかないメンタリティになるんじゃないかと推測します。
もうひとつの推測は、人は多過ぎるものや有り余っているものについては関心を持たないけれど、少ないものや希少性の高いものには関心を持つのではないか、というものです。
もうひとつの匿名性は、匿名のまま暮らせるところだと人は匿名であることを優先させて暮らすのではないかと思うのです。匿名であることは、ある面でとても気楽だからです。
でも匿名であることがなりたたない場所で暮らすと、人は許容できる範囲で自己開示をするし、他者への関心を持つようになるのではないかと推測します。
どちらが暮らしやすいかというのは、人それぞれの感じ方によって違うと思います。ぼくはわりと人付き合いが好きなので、田舎のようなコミュニティでの人との距離感が好きですし、安心できます。
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歳を重ねても、ナチュラルで、ウォータースポーツを楽しむ女性が素敵です
ぼくの住んでいるあたりは、ぼく(50代半ばです)と同年代か少し下の女性でも、結構、日焼けして、薄いメイクで、露出の多い服を着て、スーパーなどで買い物をしていたりします。
ぼくはそういうざっくりと、ラフに、飾り立てずに暮らしている女性が好みです。自然体でいいなと感じます。
そういう人はたいてSUPとかサーフィンとかスキューバダイビングをしていて、好きなことをやってるのって素敵だなと思います。もちろんぼくとウォータースポーツの話ができて、話題が合うのもいいですね。
男の側から一方的に好みだとか好きじゃないというのは、勝手なものですが、しがないオジサンのブログなのでお許しいただきたいと思います。
きっと50代くらいになると、肌のシミとか、美白とか、老けて見えないようにいろいろ苦労されていると思うんですが、それでも自分の好きなことをやっているのは、すごいなあと思います。生き方として素敵だなと思います。

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ぼくにとって、生きることと海の関係について
ぼくは海が好きで、毎週末ウォータースポーツをするのが楽しみです。といいますか、極端ですが、ウォータースポーツを楽しむために生きている感じです。
もちろん家族も大切ですし、仕事もやりがいはありますが、やはり一番の生きがいはウォータースポーツをやることです。
ぼくは大学生の頃から、サーフィンとスキューバダイビングを始めました。それ以来、海のある生活にどっぷり浸かって暮らしてきました。そしていつの日からか、海がない生活なんて考えられなくなってしまったんです。
海辺の海が見える家に引っ越し、休み毎にウォータースポーツをしています。休みの日の朝、起きて、まずやることは家の窓から海を見て、波の様子と風の状態をチェックすることです。そしてその日やるウォータースポーツを決めます。海が大荒れで、どんなウォータースポーツもできないときは、海辺を散歩する計画を立てます。
しばらく海にで出ないと、なんとなく調子が悪いというか、欲求不満気味というか、イライラするというかソワソワするというか、まあそんな感じになってしまいます。
ぼくにとっては、海に出ることが健康上も精神衛生上も大切なことなんです。
家族もそんなぼくの状況を知っていて、ぼくの海遊びについては何もいいません。もちろん家族の用事があれば、それを優先しますが…
友人はほとんどが海遊び仲間ですし、ウォータースポーツ関連の道具以外に、とくに物欲もありません。
ウォータースポーツを始めた大学生の頃から30年以上経ちます。ぼくの人生はウォータースポーツと共にあったといっても過言ではない状態です。でも、ぼくはそんな自分の30年間をとても充実した時間だったなと思いますし、これから何歳まで生きるかわかりませんが、身体が動く限り、ウォータースポーツをしたり、海に関わって生きていきたいと思います。

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ウォータースポーツをした後のビールがおいしいから、ウォータースポーツをする?
ぼくはスキューバダイビングやシーカヤックをやっています。地元の海でやることもありますし、遠方の海でやることもあります。
当たり前のことですが、それらのウォータースポーツが楽しいからこそやるんです。でも一方で、ウォータースポーツをした後にシャワーを浴びてさっぱりしてから飲むビールがすごく楽しみなんです。
ちょっといいすぎかもしれませんが、そのビールを飲みたさにウォータースポーツをやっているんじゃないかと、自分でもわからなくなることがあります。
それほど海で身体を動かして、汗をたくさんかいて、喉がからからになったところで、グイグイと流し込むビールというのはおいしいものです。
もし将来ぼくが痛風にでもなって、ビールが飲めなくなったら、そのショックはかなりのものでしょう。寂しくて泣いちゃうかも…

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ぼくにとって、生きることと海の関係
これは何度もこのブログに書いているんですが、このことを書くとぼくの気持ちが落ち着くので、また書きます。
ぼくは海が好きです。そのために海辺に移住したくらいです。海を見ているのも好きですし、海に入ってウォータースポーツをするのも好きです。海と距離の近い暮らしを30年以上続けてきました。
なぜぼくがそこまで海が好きかというと、癒されるからです。
ぼくの家からは海が見えるんですが、ふとした暮らしの瞬間に海が見えるとしばらく海を眺めています。
海を見ていると、気持ちが穏やかに大らかになります。日々のいろいろな悩みや問題が、どうでもいいことのように思えてきます。多くの方々がご承知のことだと思いますが、生きるということは、日々起きる、大小様々な雑用や問題や悩みを、乗り越えるか、逃げるか、無視することで成り立っているようにぼくには思えます。その問題や悩みが多少なりとも軽減されるならば、日々の暮らしはずっと楽しいものになります。
海での時間がなければ、ぼくは体調を崩していたんじゃないかと思います。
そんなわけで、海を眺めること、海に入ることは、ぼくが日々暮らしていくうえで、とても大切な行為なんです。
◆今は絶版になってしまいましたが、海辺の暮らしのよさを綴ったムックです。
『ようこそ、海辺の田舎暮らしへ: 12のテーブルと60のおもてなし料理』
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そんなに急いでカリカリしなくてもいいんじゃない?
海辺の田舎町で暮らしています。
夏以外の季節は、観光客も少なくて、ノンビリした雰囲気が町中を覆っています。
妻と一緒にスーパーへ行っても、顔なじみの店員さんと雑談したり、道で会った知り合いと雑談したり、シーカヤックで海に出ると知り合いにたいてい会うので、その都度雑談したりと、まあ雑談ばかりしているわけですが、みんなそれだけノンビリと暮らしているということなのかなーと思ったりします。
そんなノンビリゆったりした田舎町ですが、先日スーパーでちょっとした出来事を目撃しました。何かちょっと地元民とは思えないバリッとした、たぶんブランド物の服やバッグを身につけた男女がレジの人にレジ打ちが遅いと文句をいっているんです。
いやーびっっくりしました。長年スーパーで買い物してますが、レジ打ちのスピードにクレームをいう人は初めて見ました。レジの打ち間違いで文句をいっているわけではないんです。
もしかして都会の人なのかなと勝手に想像しました。服装も立ち居振る舞いも地元っぽくないし…(地元の人はもっとラフでユルい服装をしてます。特にスーパーに買い物に行くときには)
見ていて、あまり気持ちのいい感じはしませんでした。
この感覚って何だろうって思いました。
地元の人が地元のペースで普通に楽しく暮らしているのに、他所から来たかもしれない人が、そのペースを乱して怒りをぶつけている…何か違うんじゃないかと…
いや、そもそもたかがスーパーのレジで、そんなに急いでカリカリしなくてもいいんじゃないかと…
海と共に暮らすことで癒されてきました
ぼくは海が好きで、それが昂じて、海辺に移住してしまいました。海と共に暮らす日々がかれこれ30年くらい経とうとしています。
なぜぼくが海が好きかというと、いろいろとありますが、簡単にいえば、癒されるからです。海を眺め、海に入ってウォータースポーツをすることで、ぼくはとても癒されます。
よく癒されるっていう言葉を使いますけど、ぼくの場合の癒されるって具体的にどういうことなんだろうと、いろいろ考えてみたんですが、次のことが思い浮かびました。
気持ちが穏やかになる、気分がよくなる、気持ちが楽になる、嫌なことを忘れられる、悩み事がちっぽけなことに思えてくる、考え方がおおらかに伸びやかになる。
というようなことです。
そんな感じで、ぼくは自分が癒されるために、30年も海に行っていることになります。海がなければ、ぼくは、今のようなぼくではなかったでしょう。もっと嫌なヤツになっているか、精神的におかしくなっているか、引きこもっているか…たぶん普通の社会人としての暮らしをしていなかったんじゃないかと思うんです。
それくらいぼくは海に助けられてきました。
海と共に暮らしたこれまでの日々は幸せだったなあと思いますし、これからも海と共に暮らしていくでしょう。できればこれまでよりも、もっと親密に海と暮らしたいと思っています。
→シーカヤックの雑誌です。興味がある方は読んでみてはいかがでしょうか?
Kayak(カヤック) Vol.81

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海を眺めながらボーッとしています
ぼくは怠け者でして、海を眺めながらボーッとしているのが好きです。一日中は無理としても、半日は波を見たり、空を見たり、海を見たりしながら、ボーッとしていられます。そしてそういうゆったりした時間が好きです。
締切りに追われたり、急かされたり、一日にやることがビッチリ詰まっていたりする状況は、とても苦手です。
いつからそうなったのかわかりません。若い頃はもっとアクティブで、じっとしているのが苦手というか、時間を無駄にして何か悪いことをしているような気持ちだったのですが、正確なところは忘れてしまいました。
なので馬鹿か阿呆のように、海を前にしてボーッとしています。
ただボーッとしているわけではなくて、いろいろ考えたりはします。自分の来し方行く末のこと、家族のこと、仕事のこと、趣味のこと、ただただ頭に浮かんでは消えることを考えています。
最近よく考えるのは、ぼくは50代なんですが、これからどうやって生きていこうかなということです。これまでぼくはそれなりにやりがいを持って仕事に打ち込んできましたし、家族を養うために、気持ちが張っていたんです。ただ、子供達が成長して、自立すると、自分の中で、家族のためにという気持ちの張りがなくなってしまって、なんだか調子が狂っているんです。
ぼくにはウォータースポーツの趣味があって、何もやることがなくて困るというわけではないんですが、だからといってウォータースポーツに対して大きな目標や願いがあるわけでもありません。
なので、なんとなく気が抜けたような感じが、このところ続いています。
いつかこういう気持ちから脱出できるときが来るとは思うんですが、今はただ海を眺めながらボーッとしているだけです。
レストランだった頃のビーチバムの思い出
ぼくが好きだったレストランのひとつにビーチバムという店がありました。「ありました」というのは、もうレストランとしては営業していないんです。マリンスポーツクラブとスキューバダイビングショップとしては営業しています。
ビーチバムは神奈川県の西岸の三戸浜というところにあります。三戸浜の民家が建て込んだ細い道を何度か曲がって、やっと辿り着ける、ちょっと隠れ家的な店です。以前は1階がレストラン、2階が宿泊施設になっていました。レストランの前には海が広がっていて、そこに大きなデッキが張ってあります。ぼくはこのデッキで食事をするのが好きでした。
三戸浜は西に向かって開けていますので、午後の遅い時間から夕方にかけては、夕陽がきれいなんです。暮れゆく空と夕陽を映す海を眺めながら食事をするのは、なんとも幸せな時間でした。
ただやはり知る人ぞ知る店という感じで、そんなにいつも混雑しているわけではなかったので、経営的には苦しかったんでしょうね。
子供が小さい頃、毎日のように海で遊んだのが懐かしいです
ぼくには息子達がいますが、無事に成長して、今はたまに言葉を交わすくらいです。
小さい頃、幼稚園に通う前、そして幼稚園や小学校に通うようになっても、休日や長い休みには、毎日のように海で遊んだのを思い出します。
息子達が好きだった遊びは、砂浜で山を作ったり、ダムを作ったりすることや、磯で岩場を上り下りすることでした。あとはよく家族で海辺の道を散歩したのを覚えています。
小学生になったくらいには、シーカヤックに乗せたり、スノーケリングをしたり、ボディボードをしたりしました。
そのおかげかわかりませんが、息子達は、まあまあ運動神経がよく、乗り物酔いもしない体質になりました。
ざっくりまとめると我が家は、海という自然との触れあいを大切にしながら子供達の幼少期を育てたということになります。
そのような育成方針が悪い面として出たなと思うのは、子供達が都会や人混みや満員電車がとても嫌いだということです。そういうところはぼくも同じで、やはりそういう価値観も似てくるんだなあと感慨にふけったりします。一方で、そんなことでちゃんと会社勤めができるんだろうかと心配しますが、まあ慣れていくのでしょう。

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◆海辺の暮らしの本をピックアップしてみました。ぼくにとってはバイブルのような本です。
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