海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
沼津の内浦湾の朝市がよかったことに関する若干の見解
海辺に住んでいる楽しみのひとつに朝市があります。
朝市は観光地の振興策の定番となっていまして、たいていどこでもやっています。海辺では漁協か農協かあるいは双方が協力してやっていることが多いわけでして、新鮮な魚や野菜が手頃な値段で手に入るので観光客には嬉しい催しですね。
もちろん地元の人にも嬉しいワケですが、最近はやたら混んでいてそれがちょっと難点です。
そんな朝市状況ですが、ぼくの場合、地元の朝市に行くのはもちろん、車で30分ほど離れた漁協の朝市に行ったり、旅先のに行ったりして、朝市を満喫しておりますのよ、です。
んで、最近気がついちゃったんだけどよー、有名な朝市はシステマチックになっていて、施設も大袈裟で、なおかつ駐車場に駐めるのに並んだりするし、値段もわりと高かったりして、よくない!ということです。最悪の場合には、朝市といいつつ地元の物がほとんどなくて、スーパーで買い物するのとほとんど変わらないという、商業主義に堕した朝市さえある始末。
一方で、マイナーでこじんまりとやっている朝市はよい!ということです。
何がいいのか?
そう、朝市というのは、なんちゅうか、地元の人がその手で獲ったものを直接買うことが魅力のひとつだと思うんですが、こぢんまりとした朝市にはそれがあるのがいいと思うのです。
それから、買い物を通して、その土地の人と会話するのも楽しいワケで、こぢんまり朝市にはそれがある、しかもわりと濃厚にある、というところがよろしいわけです。
そんで、使い古したテントや漁協の軒先で飾らず質素にやっているのもいとおかし、という感じです。
そのようなぼくが最近いいな!イケてるな!と思ったのが、沼津の内浦漁協がやっている朝市です。出展数は10程度でこじんまり、駐車場もすんなり駐められ、店のおばちゃんといろいろ話しながら買い物ができるというのがよろしいわけです。
さあみなさんもレッツジョインアス、エンジョイアサイチライフ…あれ?オレやっちゃった…

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朝市は観光地の振興策の定番となっていまして、たいていどこでもやっています。海辺では漁協か農協かあるいは双方が協力してやっていることが多いわけでして、新鮮な魚や野菜が手頃な値段で手に入るので観光客には嬉しい催しですね。
もちろん地元の人にも嬉しいワケですが、最近はやたら混んでいてそれがちょっと難点です。
そんな朝市状況ですが、ぼくの場合、地元の朝市に行くのはもちろん、車で30分ほど離れた漁協の朝市に行ったり、旅先のに行ったりして、朝市を満喫しておりますのよ、です。
んで、最近気がついちゃったんだけどよー、有名な朝市はシステマチックになっていて、施設も大袈裟で、なおかつ駐車場に駐めるのに並んだりするし、値段もわりと高かったりして、よくない!ということです。最悪の場合には、朝市といいつつ地元の物がほとんどなくて、スーパーで買い物するのとほとんど変わらないという、商業主義に堕した朝市さえある始末。
一方で、マイナーでこじんまりとやっている朝市はよい!ということです。
何がいいのか?
そう、朝市というのは、なんちゅうか、地元の人がその手で獲ったものを直接買うことが魅力のひとつだと思うんですが、こぢんまりとした朝市にはそれがあるのがいいと思うのです。
それから、買い物を通して、その土地の人と会話するのも楽しいワケで、こぢんまり朝市にはそれがある、しかもわりと濃厚にある、というところがよろしいわけです。
そんで、使い古したテントや漁協の軒先で飾らず質素にやっているのもいとおかし、という感じです。
そのようなぼくが最近いいな!イケてるな!と思ったのが、沼津の内浦漁協がやっている朝市です。出展数は10程度でこじんまり、駐車場もすんなり駐められ、店のおばちゃんといろいろ話しながら買い物ができるというのがよろしいわけです。
さあみなさんもレッツジョインアス、エンジョイアサイチライフ…あれ?オレやっちゃった…
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JMRA・DAN・BANなど海関係の諸団体の現在について知らなかったことなど
ぼくはスキューバーダイビングをやりまして、やっぱり危ないスポーツなのでDANという団体に入っています。そのことは以前書きました。
「ダイバーはDANに入ろう」
で、しばらくボーッとして庭に来る鳥とお話などしていたら、この業界?も変化があったみたいで、DANだけでなくBANというのも設立されてました。BANなんて制汗剤みたいですけど、ボートに乗る人を対象に24時間・365日の曳航無料サービスをはじめ、航海の安全をサポートしているそうです。
さらにさらにDANとBANが連携しているだけでなく、JMRAという団体も連携しているようなのです。
JMRAというのは、「一般財団法人日本海洋レジャー安全・振興協会」のことでして、以下のことをやるところらしいっす。
(1) 海上での事故に対する安全・救助対策の推進及びそれらに関わる調査研究の実施
(2) プレジャーボート等舟艇の利用振興対策や利用者の保護対策及びそれらに関わる調査研究の実施
(3) 海洋レジャーの振興に関わる施策の推進及びそれらに関わる調査研究の実施
(4) 小型船舶操縦士の資格についての国家試験、操縦免許証の更新講習等の実施
で、このJMRAの関係団体として以下の団体が挙げられています。
海洋レジャー関係団体
国土交通省
海上保安庁
海上保安庁 海洋情報部
海上保安大学校
(公財)日本海事広報協会
(公社)日本海難防止協会
(公社)日本海洋少年団連盟
(公財)日本セーリング連盟
(一財)日本気象協会
日本小型船舶検査機構
(一社)日本マリン事業協会
(公社)日本水難救済会
(一財)日本水路協会
JEIS(一財)日本船舶職員養成協会
(一社)日本マリーナ・ビーチ協会
(公財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団
(公財)マリンスポーツ財団
(公社)関東小型船安全協会
(公社)中部小型船安全協会
(社)関西小型船安全協会
(公社)瀬戸内海小型船安全協会
(公社)九州北部小型船安全協会
(一財)尾道海技学院
(一社)広島海技学院
(一財)関門海技協会
北信越ボートライセンス協議会
中部小型船免許振興会
近畿小型船舶免許協議会
(公財)日本海事科学振興財団
(社)レジャースポーツダイビング産業協会
(一社)全日本釣り団体協議会
(公財)日本釣振興会
(公社)全国漁港漁場協会
(財)社会スポーツセンター
以前から思っていたのですが、戦前の日本海軍と漁協が主要な源流になっている海関係諸団体の中で、サーフィンとスキューバーダイビングというのは少し異質なんじゃないかということです。
というのもスキューバーダイビングのCカード(トレーニングを受けたことを表す認定証)は、PADIとかNAUIとかBSACといった団体ががっちりシェアを握ってます。これらの団体は基本的に海外の海軍の潜水技術をレクリエーショナルダイビングに応用して、教育手法を明確化したものでして、日本の伝統的な団体とは根っこのところで相容れないんじゃないか?と推測するわけです。そしてサーフィンは、いわずもがなですが、カウンターカルチャーや反体制の流れから来ているスポーツです。
セイリングはというとこれは海軍の流れの中にあるものですし、ウインドも日本ではセイリングの亜種として位置づけられていますから、保守系のスポーツといっていいと思います。セイリング協会の様子など見ていると、はっきり体育会系縦社会で、しかも保守系の顔ぶれが上層部にいます。
で、先ほどの関係団体にはサーフィン以外は入っているわけで、これはわりと大きな変化だなあと思います。
以前は海関係の団体が乱立して、それぞれがほとんど連携することなく海で活動していたわけで、そりゃトラブルも起きるわなという状況でした。
地域ごとに連携があったりなかったりで、遊びに行く地域ごとに漁協や海上保安庁との関係が違っていました。
それを官庁が連携を促したのかなあと推測するわけです。
結果として全国的に連携の体制ができてきたというわけで、これは大雑把にいうと、たぶん、おそらく、いいことだと思います。
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佐島沖ってなんとなく通りづらいと思うのですが…
ぼくは三浦半島西岸に住んでいますって、だいぶアバウトな位置表示ですが、まあまあそれはアレなので、そういうことです。
で、シーカヤックとかセイリングとかゴムボを出すときに、なんとなく通りづらいところがあります。
ぼくの家のあたりだと佐島です。
佐島自体はいいところだと思うんですが、何が通りづらい原因なのか、第三者による調査委員会を組織し、その原因究明に取り組みましたとさ。
まず、ひとつは定置網が多いことです。これは漁師さんの生業ですのでいいんですが、定置網の面積が広くて迂回するとすごく遠回りなんです。仕方ないけど、ショートカットできたらいいなあと思う、初夏は夕暮れ、いとおかし、という感じです。
それから佐島の先っちょの天神島というのは自然保護エリアになっていまして、カヤック・サーフィンなど上陸禁止なのですね。それはそれでとても大切なことで大賛成なんですが、この天神島の天神島臨海自然教育園の管理者が、いささかバランスを欠いた環境保全偏執潔癖症的な感じで一時期横須賀西海岸あたりで局所的に問題になりました。
ぼくも一度長井までパドリングして戻ってくるときに、急に天候が悪化してやむなく笠島に上陸せざるを得なかったのですが、係員にスピーカーで即刻退去を求められました。あの荒れた海に出たら危ないけど、環境と人命だと、こいつら環境なわけね、と呆れてしまいました。あの退去指示って、もし事故になったら法的に問題になると思うんだけど…
そういうわけであまり天神島のあたりって通りたくないのですね。
急に思い出したので、天神島臨海自然教育園の管理者について書いてしまうぞ。
うちの子供が小さい頃なので7、8年くらい前でしょうか。磯の生き物観察に最適なのでよく天神島を訪れていました。あるとき別の家族連れで、小さなお嬢さんがクラゲに刺されたご家族を目にしました。足を刺されてかなり腫れ上がっていました。そのお母さんは例の管理者に、クラゲ刺されの対処法を訊こうとしましたが、管理者は「そんなの知らん。ここは病院じゃない」という対応です。それで、その管理者どもは遊泳者の注意(天神島は遊泳も禁止みたいです)とかばかりやっている始末。
で、見かねたぼくは、そのお母さんに、どんなクラゲに刺されたかによって対応が異なること、ただし、患部に海水をかけ刺胞を洗い流すと悪化しないこと、かなり腫れているので病院に行った方がいいこと、カツオノエボシでなければ酢や虫刺されの薬が効くけれど確証がなければやめておいた方がいいことを伝えました。
海辺の自然教育園の人ならクラゲに刺されたときの対処法くらい知っているだろうと連想したお母さんを、ぼくはそれほど非常識なことではないと思うんですが…確かに病院じゃないことくらい見ればわかります。
環境偏執的他のことなんにもできない偏屈管理者よ去れ、といいたい。
えーっと、興奮しちゃったのでカフェオレでも飲みつつ気を落ち着けて、話を元に戻したいと思います。
佐島は漕ぎにくいという話でした。
セイリングの練習をしているのが多いのもその理由ですね。
佐島から出てきた船、笠島から出てきた船、芦名から出てきた船、秋谷から出てきた船などなどが、だいたい佐島沖の北寄りに集まるんです。なぜかってそりゃ、あれですよ、佐島と笠島が防波堤になって北側が穏やかで、そのわりに風があるからです。で、練習中のOPなんかがブイの間を行ったり来たりしてるんですが、初心者でうまくコントロールできないのもいて危なっかしいんですね。
あの辺りを通過するのにとても神経をすり減らすわけです。
さらに漁船が多いんです。
これもしょーがないんですけど、大小さまざまな漁船が、東西南北四方八方から緩急織り交ぜて進んでいるので、どうしたらいいか、どの進路を取っていいかわからなくなることがあるんです。
ぼくにとっては相模湾の海上混雑なんて慣れたもんですが、それにしても佐島沖というのは有数の混雑スポットで、気が抜けません。
もひとつオマケは地形ですね。
佐島の北側は入江、南側は林にかけて大きな入江です。林は陸上自衛隊の基地でして上陸できません。そうすると佐島を抜けると次は長井の手前まで行かんといかんのはたいへん遺憾なのですね。けっこうな距離があります。佐島の手前の上陸できるところ、たとえば笠島マリーナから長井の手前までたぶん3km以上。まあ、たいしたことないといえばたいしたことない距離です。でも荒れていて、上陸できないとなると心細い距離でもあります。佐島を通過するときは、明確に「今日は佐島を過ぎて、○○まで行って、何時頃に帰ってくる」と計画を立てて、一応決心みたいなことをしないと行きづらい地形です。海が荒れたときの往復6kmはやっぱりツライですから。
そんなこんなで佐島方面へ行く時は、いかに佐島沖を素早く通り過ぎるか、そして佐島を越える明確な決意を持つ必要があるのです。そういうなんとなく行きたくないとか通りづらい場所というのは、海にもありますというお話です。
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なんか慌ただしいなと思ったら、海に出てペースを落とすようにしています
もう立派な、押しも押されもせぬオジサンとなったワタクシとしまして、よく感じるのが、「最近疲れ気味だな」「最近飲み過ぎてるな」「最近忙しいな」ということです。自分で自分の状態がわかるようになってきたのは、若い頃になかったオジサンならではのメリットだといえるでしょう。ぼくも成長したものです。思えば遠くへ来たもんだ。
若い頃はただただ日々突っ走っていて、自分の心身の状態に意識が向いていませんでした。無理が利いたともいえるでしょうし、前しか向いていなかったともいえるでしょう。
そういう「最近○○」系のバージョンのひとつに「最近慌ただしいな」というのがあります。
「慌ただしい」というのはイマイチ正確な表現ではないかもしれません。
なんていうかな、「ワサワサ」というか「バタバタ」という感じです。うーん、ちょっと違うかな? やることが一杯あって、それをこなすことに追われて、今、現在に意識が向いていない状態というんでしょうか。あるいは地に足がついていないというんでしょうか。
まあ、年に何回かはそんな心理状態になります、ぼくの場合。
そんなときぼくは海に出ます。海に出られないときは、海辺に行きます。
ぼくにとって海に出るというのは、サーフィンとかシーカヤックとかスキューバーダイビングで海水に浸かることを意味し、海に行くというのは、海水に浸からず、ビーチなどで海のそばにいることを意味します。
そんな心理状態にならなくても毎週のように海に出ているんで、わざわざ海に出るというのもナンですが、そういう心理状態の時は、そのことを意識して海に出ます。
そうすると、チェンジ・オブ・ペース的な現象が起きまして、「ワサワサ」したココロが穏やかな普段のペースに戻ります。
海に出て、波のリズムを感じて、潮風に吹かれ、雲の流れを眺め、遠くの水平線を見ると、自分の「ワサワサ」した心理状態がはっきり認識できて、肩の力が抜けて、呼吸がゆっくり深くなり、穏やかな気持ちになります。
同じような効果があるのが座禅と瞑想ですが、海に出た方がより深くココロのペースを切り替えることができます。
おそらく人それぞれ、そういう気持ちを切り替える、気分転換的な、「何か」があるんだろうなと想像します。
ぼくの場合それが海でして、そのことにわりと早い時期に気づけてラッキーだったなと思います。
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突然の積乱雲にドキドキ
さてさて夏ですよ、夏!
海の家や海水浴場ができて、海遊びをする人にとってはビーチの使い勝手が悪くなる季節ですが、やっぱり強い陽射しの下で遊ぶのも楽しいものです。
で、そんな夏にサーファーやシーカヤッカーやセイラーが「ドキッ」っとする光景があります。
それは積乱雲。
「べつにー、何それ」
「ドキッとしない!」
「お前だけだろ!」
おおっ、そんな意見がでるとは思いませんでした。センセイは悲しいです。君たちは腐ったミカンじゃないんです。
「積乱雲を見たら、海から上がれ」というのが古く出雲地方に伝わる教訓(ウソです)でして、積乱雲→雷→落雷→海のうえにいると落ちやすい→オレにも落ちるかも→他のヤツに落ちねーかな、という論理で組み立てられた根拠のある言い伝えです。
というわけで、海遊びする人は、夏の間、これまでどおり風や波に気をつけながらも、空模様、特に積乱雲に気をつけているものなのです。
冗談じゃないので、ちゃんと書きますが、サーファーの落雷による事故というのは、例年何件か起きています。今年は大丈夫かなーって安心していると、やっぱり起きる。つまり他人事ではないと考えた方がいいということですね。
海でよーく見ていると、風が強まって空模様がアヤシくなるとまず漁船が港に引き上げます。それからヨットやディンギーも引き上げます。シーカヤックも引き上げます。ダイバーも引き上げます。で、たいてい最後まで残っているのがサーファーというケースを見ることが多いんです。
これは理由がありまして、風が上がってそれにつれて波のサイズもアップするので、サーファーとしてはもう少し粘りたい気持ちが働くのです。それ以外のウォータースポーツは波が上がったら無理して海にいても楽しくはないわけですから。
もうひとつ事故る遠因として夏休みに遠くからサーフィンに来ていて、いい波があるという状況で、それを目の前にして上がるというのは、キレイなオネーサンがベッドで手招きしているのに毅然と断ることぐらい、難しいと思うわけです。たとえが偏っているかもしれませんが、サーファーにとっていい波というのはそれくらい、あるいはそれ以上に魅力的であるということが、わたしはいいたい。
そうして事故が起きると…
これをワタクシとしましては海の事故の遠因その1「せっかくの罠」と呼んでおります。
みなさん注意して楽しく海遊びしましょう。
ところで、気象予報士の森 朗さんはウインドサーファーであり、森さんの書かれた気象の本は海遊びをする人にとって参考になるのでおすすめです。TBSの天気予報にも出ていますね。なんかこの部分ミーハーな宣伝みたいになっちゃいましたけど…
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海辺の店も入れ替わりがあります
我が家のあたりも、そしてちょくちょく行く葉山や鎌倉なども、それから伊豆などもいえると思うんですが、海辺の観光地には店がたくさんあります。 で、たいへんだなーと思うのは、そういう店がけっこう入れ替わるということです。
20年近く観察していると、ずーっと続いている店の方が少ないんです。
残っているのは、定番の店とか老舗とか本当に美味しくて値段もリーズナブルな店とかです。
たまに通るところだと、「あれ? あの店、替わっちゃったんだ」ということがあります。まあ、どんな町でもあることでしょう。
客商売ってやっぱりたいへんなのかなーと思ったりします。
中には、好きでちょくちょく行っていた店が閉めていたりして、軽いショックを受けます。
観光客向けのコジャレた高い店が閉まるぶんには実害は少ないんですが、地元の人が利用する、たとえば美味しくて安い定食屋とか仕出し屋とか飲み屋なんかが閉まちゃうと実害があります。海辺の田舎にはそういう店って意外に少ないような気がしますから、影響があるんですよね。
というわけで、好きな店にはこまめに行くようにしているんですが、果たして自分が行くくらいで効果があるのかはわかりません。
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潮風に吹かれながらの、ハンモックの気持ち良さ
「ハンモックが好きな人?」
「ハーイ!」
とすぐに返事ができる人と、よくわかんない、どっちでもいいという人とは大きな違いがあります。
ぼくはできるかぎり前者とお友達になる人生を歩みたいと心掛けています。
似たような質問で、「薪ストーブが好きか?」「離島が好きか?」というのがあって、この返事でその人の価値観の概要がつかめます。
ハンモックというのはなかなか奥が深いようで、ぼくはその道の初心者ですが、なにやら専門店があったり、ベストシーズンがあったり、好きな場所があったりするようです。
ぼくがハンモックの良さを知ったのは、20年くらい前に友人からもらったハンモックを庭の木に吊ったときからです。ハンモックに寝っ転がって本など読んでいるとついウトウトしてしまいました。
不思議なもので体重が適度に分散されるからか、揺れるからか、普通にベッドで寝るよりも寝心地がいいんです。
さすがにハンモックで寝るために高原に出かけたりはしませんが、軽井沢あたりの別荘で初夏にハンモックで寝る時間は、おそらく値千金でしょう。
で、ハンモックのキツいところは、吊るための木とか何かがないといけないわけで、普通の人がおいそれと手に入れて日常的に楽しむわけにはいかないんですよね。
ただ、それも対策されていて、自立式のハンモックとか、チェアハンモックとかがあるんですね。
ぼくの海遊びの友人の家は、設計の時に梁をむき出しにするように工夫されていて、そこにブランコとかチェアハンモックとか吊れるようになっているんです。これはいいです。ぼくももし家を建てるのならマネしたいです。
そこまでできない人が圧倒的に多いでしょうから、そういう場合は自立式ハンモックがオススメです。
ぼくも使っています。
折り畳むとテントと同じくらいのスペースですし、広げて置いておいても6畳間の広さがあれば十分です。
休日に海遊びをした後、風呂に浸かって、AORを聴きつつ、デッキにおいたハンモックに揺られながらビールを飲むなんていうのは、「ザ・極上癒やしの時 2014夏 出会い 富良野にて」という感じで、とにかく気持ちがいいんです。
もうちょっと詳しく書くと、夏の土曜日、6時くらいに起きて、波の具合がいいので、サーフィンをして、2時頃戻ってきます。風呂に入ってさっぱりしたものの身体は程よく疲れています。暑いのでシーリングファンを回していると、フトすると窓から心地いい風が吹いてくると… で、ステレオのスイッチを入れるとBertie Higginsが流れてきます。冷蔵庫からコロナビールを取り出して、デッキに出て、ハンモックに寝っ転がって、コロナビールをゴクリ。海風が吹いてきて、木々の擦れる音がする。この気持ちよさ!
よけいなお世話かもしれませんが、一度お試しいただきたい。
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「よかったら乗ってく?」な町の雰囲気が失われる時…
ニュースを見ていると、連れ去り殺人や死体遺棄などいろいろ物騒で悲しい事件が立て続けに起きていて、被害者の方のご冥福をお祈りしたいと思います。
ぼくの住んでいる町は、最寄の駅までバスか車で30分くらいかかります。
まあそのくらい離れていないと穏やかでノンビリした雰囲気にはならない法則というのが海辺の観光地にはあります。
で、そんな土地ですから、町まで買い物か何かの用で出かけて、荷物をいっぱい抱えて、駅について、次のバスが1時間後、みたいな状況の時は、「あーぁ」となるわけです。それが大雨とか身体の芯まで凍えそうな日などは、なおさらです。タクシー使っちゃおうかなーと思ったりして…
で、そんな土地ですから、駅のロータリーで呆然と立ち尽くしていると、知り合いの車が来ることが多くて「よお、これから帰るの? よかったら乗ってく?」となって「おお、助かる、ありがと、ありがと」となることもよくあります。
これは自分が車に乗っているときも当然起きることでして、自分の子供の友達とか、近所の子供とか、知り合いの子供が駅で待っていたり、帰り道をトボトボ歩いていたりすると、やはり「よかったら乗ってく?」と声をかけてしまうのですが、そういうときにやっぱりやめといた方がいいかなと思う自分がいるのです。
それは昨今の物騒な事件で、当然子供には気をつけるようにいわれてるでしょうし、うちも子供には気をつけるようにいっています。なので声をかけられた子供も一瞬ためらう感じがわかるのです。
無理に乗せるのも嫌ですが、だからといって、夜などに帰り道を歩いていくとそれはそれで危ないでしょう。そういういろいろな思いが頭の中で渦巻くのです。
そしてこれは相方の友達とか近所の奥さんという女性の場合も同じように、若干躊躇するんですね。
ぼくの家のあたりは、昔は、玄関に鍵をかけないことが多い雰囲気でした。車も窓を開けっ放しにして鍵をかけない人が多かったと思います。でも、最近は鍵をかけるという話を耳にします。
「車に乗ってく?」と声をかけることも、以前は乗せる方も乗る方も、今ほど躊躇しなかったと思います。
町の雰囲気が変わってしまったといってもいいと思います。別にぼくの住んでいる町で何か事件が起きたわけではないんですが…
なぜ、こんな風になってしまったんでしょう。ぼくはこうした状況をどう考え、どう捉え、どのように課題を設定し、どのように取り組めばいいんでしょうか?
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無駄があるから車は楽しい 『BE-PAL 2014年 05月号 「今こそ、人生に4WDを!」』
『BE-PAL 2014年 05月号 「今こそ、人生に4WDを!」』 (小学館)
アウトドアってなぜだか恥ずかしい言葉だと感じてしまいます。ちなみに山ガールっていう言葉も「何それ?」って思いました。古い話ですが、ぼくが若い頃「アンノン族」という言葉がありまして、それに近い恥ずかしさを感じてしまいます。
さて、そのアウトドア雑誌の定番&老舗のBE-PAL(ビーパル)を毎号目を通しているんですが、今回は海遊びをする人に参考になりそうな記事がありましたのでご紹介します。
2014年 05月号『今こそ、人生に4WDを!』です。
海遊びをする人は、サーフィン、ウインド、スキューバーダイビング、シーカヤックとそれぞれの海遊びごとに車のチョイスが違っています。それぞれの遊びに適した車があるわけですね。
しかも海遊びにおいて4WDである必要があるのかという、そもそもの話もあるわけです。
海遊びの種類によるでしょうが、スキューバーダイビングでは、ほぼ4WDの機能は要りません。それよりも荷室が広いとか高速道路を快適に走れる機能の方が重宝します。サーフィンは微妙ですが、砂浜への車の進入が禁止されていることが多いので(やれやれ、焚き火禁止とかキャンプ禁止とかBBQ禁止とか、本当に日本はどうかしてるよ)、たぶん4WDの機能は要らないでしょう。
ただ雨天や急坂などでは4WDは安定した走りができますので、あってもいいかな?とは思います。
で、4WD要不要論は一旦置いておいて、このBE-PALの特集の重要なメッセージは、外遊びをするうえでの4WD車の持つ雰囲気とか遊び心はやっぱり重要だよね、ということです。
そうなのです。
車のCMで、燃費と安全性ばかりが訴えられますが、車の楽しさというのは、走りであったり、スタイリングであったり、4WDであったりという無駄かもしれない付加的な価値なんだと思うんです。
無駄がない、道具としての機能だけの車はやはり楽しくないし、欲しいとも思わないとぼくは思います。
それからこの本で参考になるのは、もうひとつありまして、4WDを所有する有名人や読者などが愛車を紹介するのですが、その荷室などの工夫です。
海遊びをする方にとっては、当たり前のことでしょうが、荷室をいかに効率的に使って、多くの荷物を整理整頓して積むかというのは、外遊びをスムーズに楽しむためにも大切なことです。
そんなヒントがそこかしこにあって、ぼくはとても楽しく読みました。
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『誤解されやすいけれども実は本質的な、「目標をもたない」という生き方』を読んで感じたこと
ブログというのかな? webサイトで堀正岳さんが運営している「Lifehacking.jp」の記事で 『誤解されやすいけれども実は本質的な、「目標をもたない」という生き方』というのがありまして、興味があったので思わず読んでしましました。本来はこの手のなんちゃらハックとか仕事術みたいなの好きではないんですが…
誤解が生じるといけないので以下記事を引用させていただきます。
目標がないということ
あるいはこの、「目標をもたない」という表現自体に多少問題があるのかもしれません。しかし Leo が何度かブログで書いている内容は次のようなことを指しています。
「ここまで達成できたら幸せ」という目標は、必ずしも「今」を幸せにしてくれないことがあり、途中経過がつらいという傾向もある。
未来をこのようにしたい、という願望によって現在が束縛されてしまううえに、実際に達成できたとしても次の目標へと息を切らしながら突き進むことになりかねない
目標にとらわれるあまり、予想外のできごとや脱線がもたらす豊かな未来に対して盲目になってしまうことがあり得る
つまり未来の自分をこうしたいと願うあまりに、現在の自分が人質にされてしまうことを避けようという試みです。では具体的にどうすればいいのでしょう?
ブレイクダウンよりはボトムアップ
実際のところは、「本を書く」「旅行にでかける」など、計画性をもって達成にむけて試みなければいけないことは多々あります。そうしたことを否定しているわけではないというのが、この話題の誤解しやすいところです。
それは「本を10冊書くぞ」「年収を◯◯にするぞ」というハードル的な目標を立てて一喜一憂するよりは、むしろ「本を出し続ける生活を維持するには?」「年収が増えるようにするために毎日できることは?」という質問を立ててみて、楽しくそれを維持する方法を探すという具合に、主客を転倒させた考え方なのです。
随分前に拙著「情報ダイエット仕事術」で、大目標を立てて中目標・小目標へと分解(ブレイクダウン)した時に、必ずしも行動可能なアクションに落とし込めないという問題について書きました。
しかし毎日やっていることが中目標を満たす方向性をもっているというボトムアップ式なら、それは明確なハードルを設けずとも、ゆるやかな航路でそれを達成することができますし、途中の進路変更も楽なのです。
毎日やっていることを充実させれば、未来はいずれやってくるだろうというわけです。
実は Lift のようなサービスと親和性が高い
この考え方は昨日紹介したLiftのようなサービスと矛盾するのでしょうか?
いいえ。それどころか、Liftのような「毎日習慣にチェックイン」するという考え方こそが、ボトムアップ式の目標達成そのものだったりするのです。
「体重を ◯ kg減らそう」が不必要なハードルをもし生み出すなら、「毎日 ◯ 分運動してみる」という行動に置き換えて、あとはそれを少しずつ増やすなり、運動をハードにするなどして調整してゆくわけです。
こうしてみると「目標をもたない」という生き方は「目標がない」生き方ではないというのがお分かりいただけると思います。
引用はここまでです。
まあ書いてある主旨はわかります。わかりますが、「目標ということにこんなにいろいろ考えてはってたいへんやねえ」と関西のオカン的な感想を持ってしまいました。
おそらく日本のある場所にはこういうことを日々一生懸命考えている人が大勢いるのでしょう。
ぼくからいわせれば、こんなことを考えること自体が時間の無駄です。
ぼくにとっては海に出て、その時間を噛みしめるように楽しむことがなによりも大切で、そこには目標も何もありません。海に出て、おいしいビールが飲めて、そんな毎日が続けばうれしいというだけのことです。
まったく推測ですが、たとえば地方に行くと、おとっつぁんが農作業を夕方に切り上げて、ひとっ風呂浴びて、テレビを見ながらビールを飲んで、おかっつぁんは農協の事務みたいなパートをやって、その後マックスバリューで買い物して、夕飯作って、みたいな生活が、たぶんおそらく、多くの家庭
で行われているんじゃないかなーと思うわけです。そこにあるのは、平凡で、オシャレじゃなくて、先端じゃなくて、情報感度もへったくれもない、目標もない生活ではないでしょうか。ただ、平和で、健康で、食べていける、ことがとてもありがたいことなんだと思います。
そうやって暮らしている人もいるよねーということが、ぼくがこれまでいろいろな海辺へ行って土地の人の暮らしぶりを見てきた実感です。
そしてぼく自身そういう暮らしが大好きです。
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