海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
自然に接するのが好きな人とそれほどでもない人
海辺で潮風に吹かれながら、太陽を浴びて、ウォータースポーツをしたり、ビールを飲んだり、庭の手入れをしたり、ビールを飲んだりしていると、心の芯からリラックスできるワタクシです。
ぼくは自然の豊かなところにいるとリラックスできる実感が常にあります。それってぼくだけかなあ?と思っているんですが、相方に訊くと彼女もそうだといいます。ぼくは海辺の田舎町に住んでいるので、周囲の友人もそういう価値観の人が多いんです。
でも、会社の人、特に若い女性なんかに訊くと「それムリ」とか「虫とか嫌じゃないですかあ」とか「たまに遊びに行くなら…」とかいう答えが多いんですよね。
とすると、自然が好きな人と町が好きな人がいるんでしょうか?
それとも年齢とか経験によってだんだん自然が好きになっていくんでしょうか?
あるいはライフスタイルによって、好みの場所が違うんでしょうか?
そもそも、なぜぼくはそういうことが気になるんでしょう? 思えば、ぼくと相方は結婚してしばらく東京の町中に住んでいました。で、なんとくなく暮らしにくいという感覚がありました。というかイライラしてました。で、子供を授かって、絶対東京で子育てはムリだねということで、海辺の田舎に引っ越したのです。今でも、あのまま東京に住んでいたらどうなっていたんだろうと思います。
ぼくはそれぐらい都会の暮らしにストレスを感じるタイプです。海風があたるところ、木々に囲まれたところにいると、ホッとします。
古今東西、自然の中の暮らしを愛した人は大勢いて、ぼくは自分の価値観が似ているから、そういう情報ばっかり選んで目にしますけど、そうじゃない人ももちろん大勢いて、そういう人達は、都会の暮らしにストレスを感じていないんだなあと思うのです。
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一意専心、無責任道に精進してまいります
常日頃「ボクはだらしない人間です」「いい加減な人です」「テキトーな人です」「無責任な人です」「道楽者です」といい続けています。
思い出せば、小学生の高学年くらいから大学に入る頃までは、人並みにはちゃんとしようと努力していたのでした。大学でいろいろな友達と遊ぶうちに、ぼくよりも優秀で、しっかりしていて、マジメな人はこんなに大勢いるんだから、まあ自分はそこまでしなくてもいいんじゃないか、と気づいたのでした。それからは自分が選択できるんであれば、できるだけ役割とか責任みたいなことを背負わないでいこうと暮らしてきました。
さらに思い出せば、大学の頃にサーフィンを始め、スキューバーダイビングを始め、ぼくの交友関係はウォータースポーツやアウトドアスポーツ関連に広がっていくわけですが、そうした仲間はみんな自由に見えました。もちろん彼らはいわないだけでそれぞれいろいろあったんでしょうが、少なくとも、ぼくからはぼくより自由に見えたのです。
ぼくにとって大学時代というのは、生き方とか集団でのポジションの取り方の転機だったんだなあと思います。
もちろんぼくもまったく責任を果たさないわけではなくて、約束の時間を守ったり、冠婚葬祭には参列したり、税金を納めたり、運転免許証の更新をしたり、カードの支払いはちゃんとしたり、一応家族がいたりして、役所の住民票には世帯主(それを見るたび違和感を感じます。いえいえそんな世帯主なんてオソレ多い。そんなそんな、まあまあ…)なんて書いてあったりします。
これはフツーで当たり前だという見方もありますが、いやいや、ぼくの友人には約束の時間どおりに来たことがないヤツは大勢いますし、世界や日本の津々浦々を転々として、住所がほぼ不定なヤツもいますし、付き合っている女性がいて子供もいるけれども籍は入っていないというヤツもいます。冠婚葬祭は面倒くさいからと肉親のにも出席しないヤツもいます。
いや、彼らを褒める気はないんですが、人間ってけっこう自由になれるっていうことをいいたいんです。
そんな彼らに共通しているのは「他人にどう思われるかを気にしない」ということです。これができれば人はかなり自由になれるんだなって、ぼくは大学時代に気づいたのでした。それは遅いともいえるし早いともいえるでしょう。
ただぼくの未熟なのは、それに気づいたのに、徹底して実行できず、まあまあフツーの社会人であろうとしたことです。思えばそのあたりがぼくのミスでした。もう少しで「夢を追いかける自由人」になれたのに…あぁ一度の人生を取り返しのつかないことをしてしまいました。
ただぼくの未熟なのは、それに気づいたのに、徹底して実行できず、まあまあフツーの社会人であろうとしたことです。思えばそのあたりがぼくのミスでした。もう少しで「夢を追いかける自由人」になれたのに…あぁ一度の人生を取り返しのつかないことをしてしまいました。
ただ何事もやってできないことはありません。ぼくも今からでも日々の稽古で「他人にどう思われるかを気にしない」ことを徹底して「夢を追いかける自由人なオジサン」になれるよう一意専心、無責任道に精進してまいります、と思うのです。

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もう少し自由に大らかに暮らしたい
幼い頃学校で「人間は独りでは生きられない社会的動物です」と教わったのです。
まあ、それはそうですね。
みんなで集まって暮らすために法律ができルールができマナーがあるんだと、ぼくは思っています。だから、おそらく、そうした法律とかルールとかマナーって、社会の多くの人がよい・大切・公平・快適であると考える基準でできているはずだとも思っています。ということは多数派ではない人にとってはよくなかったり、大切でなかったり、公平でなかったり、快適でなかったりすることがあるということです。
もし仮に、価値観や生活のあらゆる面で標準的で多数派な人がいたとしたら、そうした人は暮らしやすいでしょう。
ぼくはわりと少数派な生き方をしてきたと思っているので、いろいろルールとかマナーがあってツライなと感じることがあります。もうオジサンなのでだいぶ慣れてしまいましたけど…
いえ、ほら、ちゃんと法律やルールは守りますけど、マナーみたいなレベルまでくると、今でもけっこう息苦しさを感じます。
細かいんですけど、たとえば、それはスーパーなんかに行って駐車場で白線に沿ってちゃんと車を停めるとか、道を歩いているときに右側(左側?)通行するだとか、家や車や自転車に鍵をかけるとか、ホームで電車を待つときは線に沿って並べとか、ズボンの下にパンツを履くとか、大人の男がちょっとしたレストランに行くのに、ビーサン・短パン・Tシャツでは行ってはいけないとか、朝からビールを飲んではいけないとか、寝るときは家でベッドや布団で寝なければならないとか、盆暮れにはお中元やお歳暮を贈るとか、年賀状を12月何日までに投函せよとか、ホテルのビュッフェ形式の食事で皿に自分の好きな物を取り分けるのに順番に並ばなければいけないとか、好きな肉ばかりたくさん取っちゃダメだとか…えーっとオレってだいじょうぶかな…
ねえそんな細かいこと誰が決めたの? 別になくたって誰も死なないし、誰にも迷惑かけないでしょう。いやそれぐらいはいいことにしようよ。などと思うことがときどきあります。
細かいマナーにうるさい人を見ると、そういうこといってる時間があったら、世界の紛争地帯に行って平和貢献活動でもしてこいと、筋の通らない憤りを感じたりもします。あんた平和でハイコンテクストな文化の日本で暮らしてるからそういうこというんだよ!とも思ったりします。
要するにもう少し自由に大らかにできないかなーというのがぼくの思いです。
でもそれってあんまりやると少数派や弱者にしわ寄せがいきますし、難しいところです。自由さと大勢の人の快適さとは裏表ですから…
そんなに自由に暮らしたいんだったら人がいない辺境に住めばいいわけですが、たぶんそれってぼくにはムリです。
ぼくが現実的にあり得ると考えているのは、あまり人が多くない田舎に住んで、個人の自由と社会的ルールのバランスをとるということぐらいです。
それのひとつとして海辺の田舎町に住んでるわけです。海は陸よりはルールがユルいですから…
みんなが知っている歌で、みんなそれぞれ個性があって、一人ひとりが世界でひとつだけの花なんだから尊重し合いましょう、みたいな内容のがありますけど、それならルールやマナーを緩和してもらわないと、少数派は生きづらいんですけどーとも思ったりします。

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海辺の田舎町の友達たち
海辺に引っ越して、かれこれ30年近くになりました。
その間に近所の海遊びをする人達と知り合いもできましたし、もともとウォータースポーツで知り合った人達とも付き合いが続いています。
そんなわけで、周囲もぼくもだいぶ歳をとってきたんで、しばらく海で見かけないと、スマホに「大丈夫か?」と連絡が来たりします。近所のスーパーで会っても相手が日焼けしてないと「体調、大丈夫?」と心配し合うような感じです。高齢化社会のウォータースポーツマン同士に付き合い方はこんな感じになっていくのかもしれません。
海辺の町に住んで、ウォータースポーツをする人というのは、それなりに自分の考えやライフスタイルを持っている人が多くて、そういう人達との人間関係というのがぼくはわりと好きです。
自我がハッキリしているのと、付き合い方の距離感と、力の抜け具合が、自分と合うみたいです。
わかりやすくするために、逆に苦手な人を挙げてみます。
都会のタワマンなんかに住んでいて、有名な企業に勤めて、ベンツを乗っているような人というのは、経験的にぼくは話が合いません。そりゃあたりまえですね。ぼくは海辺の小屋みたいなところに住んで、会社でイヤイヤ働いて、軽トラってサイコーって考えている人間ですから…
いや、それだけでなくて、もっと深いところの価値観が一致していないというか、生き方が好きじゃないという感じがします。例に挙げたような人って、幸せの価値観が他者目線なんじゃないかって感じます。自分がいいか悪いかじゃなくて、他者が自分の生き方を評価してくれるかどうかを大切にしているということです。たぶんそういうところがぼくは合わないんだと思います。
少し考えればわかりますけど、他者の評価で自分の幸不幸を判断するのって無理があります。いい歳して、そういうことを考えていないのか、考えているけどそこから抜けられないのかわかりません。前者なら思慮が浅すぎますし(強いいい方ですが、それ以外に言葉が浮かびません。敢えて別な言葉にするとバカでしょうか。)、後者なら弱すぎでしょう。
そうじゃない人の割合が比較的高い海辺の田舎町の暮らしは、つまらない人と付き合わなくてよくて、なかなか快適なのです。
やっぱり夏が好き…
夏になると暑かったり、ぼくの住んでいる海辺の町は観光客で混雑したり、虫が出たり、アレやコレやあるわけですけど、ぼくは夏が好きで、夏の海が好きです。シーカヤッカーの友人は夏の間は海に出ないという人もいますが、ぼくは時間があれば海に出ます。
夏の好きなところを挙げてみましょう。
・夏の匂い
夏の匂いが好きです。海の潮の匂いが濃くなるのでしょうか? あるいは森の草いきれが強くなるんでしょうか? 夏特有の匂いってあります。あれが好きです。特に夏の朝の匂いが好きです。
・夏の波
暑いといってもビーチで日影を作っておけば実はそんなに暑くありません。海は風が吹きますから…
そして風が吹くと波も立ちます。特に我が家のあたりは、午後はたいていオンショアの風が吹くので、それに伴って午後から夕方の夏の波は少し高めになります。
火照った身体を鎮めるように、夕方サーフィンして、家に戻ってシャワーを浴びて、ビールを飲むのは、なかなかシアワセです。
・暑さ
人が死んでしまうほどの猛暑ですが、ぼくは暑いのはわりと平気です。寒いのはすごく苦手ですけど…
なので、引っ越すとしたら、今は関東地方に住んでいますが、今のところよりも温暖なところがいいです。
暑いと頭がボッーとして難しいことを考えられなくなるのがいいですね。Tシャツ・短パン・ビーサンで身軽に過ごして、暑い暑いといいながら汗をかいて、汗をかいたらシャワーで流して…
そういう新陳代謝の速い感じが好きです。
・夏祭り
ぼくの住んでいるあたりでは、お盆と9月頃に夏祭りがあります。盆踊りもあります。
大人になっても夏祭りっていいですね。
提灯の灯りってちょっと幻想的な感じがして好きです。
・窓を開け放しておける
閉じた空間が苦手です。閉所恐怖症かもしれません。でも、怖いワケではないんです。窓が開いていて、空気が動いていて、ほこりとかカビとかがたまらなそうな感じが好きなのかなあ。
・台風
台風で被害に遭われた方には申し訳なくて、不謹慎かもしれませんが、子供の頃から台風が近づいてくるとなんとなくソワソワ(実はワクワク)してしまいます。わざわざサーフィンしたり、波を見に行ったりします。
お盆の時期の海は混雑するんですけど、地元の人しか知らないちょっとした入江に行けば、ほとんど人はいません。そんな入江で日がな一日ボーッとしているのは、間違いなく夏の楽しみです。

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海辺の町に住むことの良さのひとつは、だらしない格好で出歩けること…ぼくの場合
ぼくは家にいるときは、短パン・Tシャツ・ビーサンです。
買い物もそんな感じです。近所の人はだいたい顔見知りですし、まあ田舎の漁師町なので、気取っているわけでも、華やかな感じでもありません。
ぼくは昔から短パン・Tシャツ・ビーサンが好きで、できる限りその格好でいるようにしてます。さすがに冬は暖かい格好をしますけど、でも下は短パンだったりします。裸足だし…
そういう点では、ぼくのような格好をしているオジサンは結構見かけますから、今の土地に引っ越してきてよかったなと思います。さすがに東京の街中だとこうはいかないでしょう。
若い頃、最初にぼくのこの短パン・Tシャツ・ビーサン的生態を知った相方は、唖然としていました。
「なぜ?」「寒くない?」といわれても、ぼくとしては「ズボンが足にまとわりつくのうっとおしくない?」って疑問形で返すわけですが、「えっ…ぜんぜん…」と若干引き気味の答え。だいぶすれ違ってますね。思えば、よくこれまで離婚もせず、もったものです。夫婦というか共同生活というのは、こうした価値観の違いを理解しながら進んでいくんでしょう。
ちなみにその後、我が家の息子も大きくなり、ぼくと同じことをいっていたと相方はため息交じりにぼくに教えてくれました。長ズボンはうっとおしいと…遺伝でしょうか、生活習慣でしょうか?
最近ミニマムに暮らすとか断捨離とか余計な物を持たない暮らし方という言葉を目にしますが、年中、短パン・Tシャツ・ビーサンで暮らすぼくもミニマムなライフスタイルといってもいいんじゃないでしょうか? ミニマリストと呼んでくださっても苦しゅうない、です。
それからこれは以前からサラリーマンのみなさんと共に闘いたいと強く思っているんですが、ビジネスで履く革靴というかビジネスシューズ、あれ、みんなでやめにしませんか?
不自然でしょ。無理があるでしょ。せめてスニーカーでしょ。
できるならビーサンか、百歩譲って(誰に?)クロックスみたいなサンダルでokにしませんか?
湿気の多い夏とか梅雨時とかの日本で革靴ってどう考えても無理してませんか?
お得意様に営業に行くときもビーサンでokにしましょう。もちろん受ける側もビーサン。
来年の春闘はぜひメインの要求項目にしていただきたいと思うのです。
えーっとなんだっけ、だから家では、人類としてギリギリレベルのだらしない格好をしています。
夏なんか、できればスッポンポンでいたいわけですけど、そうするとスーパーとかに買い物に行くときに何かはかなきゃいけないわけで、それがもう我慢できなくなる自分が怖くて、一応かろうじてユルユルの短パンをはいています。最近は短パンのゴムの締め付けがうっとおしいんで、タイパンツというブカっとしたヤツを穿いてます。短パンの下は下着は穿いてません。イヤ~ン、ノーパンなの…
で、夏になると一応観光客の方が来るわけです。で、海に近いスーパーなんかだと、観光客の人もいるわけ。タイパンツにTシャツ・ビーサンなオジサンは、なんとなく浮いちゃうわけですね。あれ、なんとかなんないかな? 地元の人ばかりだと全然違和感ないんだけどな。

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ちょっとしたゆとりで暮らしやすくなるのかな?
海辺の田舎町のユルーい暮らしが性に合ってます。
ぼくのウォータースポーツ友達はわりといい加減なヤツが多いです。いや、ちゃんとしてるんですけど、あれ?ちゃんとしてたかな?、いや、そんなにメチャクチャじゃないだけで、フツーですよ。なにがいいたいかというとそんなに堅くない人が多いっていうことです。
海辺に住んでいる人がみんなそうではないですが…
わかりやすくするために例をあげてみます。
ぼくの相方の実家は東京の区内にあります。年に何回か泊まりに行くんですが、ある日の早朝、家のピンポンが鳴って、近所のオジサンが、義理のお母さんにすごい剣幕で文句をいいに来たことがありました。内容はゴミを出す時間が早かったということなのです。いや、一瞬何か事件が起きたのかと思って緊張しましたよ。
たとえばですけど、ぼくの住んでいるところにこういうオジサンはいません。同じことがうちの町内で起きたら、あるとき家の前でたまたまあったときに「あっ、そうそう。ちょっと気をつけてね」みたいな感じでいわれるだけでしょう。
こういうヘンな堅さ・マジメさ・神経質さって、人が大勢暮らしているところだから起きるのか、たまたまあのオジサンがヘンだったのかわかりませんけど、何だか余裕がない感じは確かです。
そう、余裕とかゆとりとかアソビとか、そんな言葉がしっくりきます。
海辺の田舎町にはそんな余裕とかゆとりとかアソビがあって、そんなユルさが暮らしやすいんじゃないかなあって思います。
一口にゆとりっていっても別にたいしたことがないようですけど、町内の人みんなが少しずつゆとりがあって、そのゆとりで、他人や町のことに少しずつ気配りできるとそれはだいぶ暮らしやすさに差が出てくるんではないでしょうか?
東京の暮らしにくさって、ギスギスした感じとか、他者に無関心な感じとか、常に他人を追い抜こうとしている感じとか、他人に負けまいとしている感じから来ているんじゃないでしょうか。
ぼくは小さな島を旅するのが好きですが、そのよさって、島の人のノンビリした暮らしに接することだったりするんですけど、ぼくの東京嫌いはそこからも来てるかもしれません。いやー早めに海辺の田舎に引っ越してよかったなあと思います。
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変えられない状況で楽しく過ごすぼくの方法
ずっとウォータースポーツをしてきました。
サーフィンにしろ、スキューバーダイビングにしろ、セイリングにしろ、海のコンディションが整わないと遊べません。
一方でベストなコンディションでなくても、うまくやると楽しく遊べます。
もともとぼくのウォータースポーツ遍歴は、お手軽体験コースみたいなのでサーフィンをやり、その後スキューバーダイビングでCカードをとり、その後自分のボードを買って本格的にサーフィンをするようになり、次にセイリングとシーカヤックをやるようになりました。
それはスキューバーダイビングができないような波があるときはサーフィンをすればいいし、風が強い海がバシャバシャのときはセイリングをすれば楽しめる…みたいな感じで、その時その時の海のコンディションで楽しめるウォータースポーツをやってきたんです。で、だんだん嗜むウォータースポーツが増えてきたんです。
そのベースにあるのは、とりあえず海の状況が変えられないから、その時に楽しめることをやればいいや、という考えです。
さて、ここから話は人生訓っぽくなるんですが、ぼくは仕事で会社で働いて、その時々でなんとなく楽しくやればいいやって考えてるんですけど、そういう考えは、ウォータースポーツの経験から来ているような気がします。
ご存知のように組織で働くと自分の思うようにならないことばかりです。もちろん頑張れば、ある程度自分の思いを反映することもできますが、それはごくごく一部のことです。他人の考えは変えられないし、組織の方針はトップダウンだし、上司も部下も自分の思うとおりになんてなりません。
それでいちいち悩んでいてもしょうがないわけで、そんなこと考えるより、その日一日を楽しく過ごした方がいいや、っていうのがぼくの基本方針です。
短期的にはその状況を楽しみながら、ジワジワと自分のやりたいことをやっていく感じ…それはセイリングで風上に上っていくのに似ています。
あるいは向かい潮のときは無理せず岩の陰にじっとして、潮が止まったり、追い潮になったときにサッと移動するスキューバーダイビングの状況にも似ています。
"I can't change the direction of the wind, but I can adjust my sails to always reach my destination."という諺がありますが、まさにそんな感じの心持ちをぼくはウォータースポーツで身につけたように気がします。
それが正しいのかどうかなんてわかりませんが、無理せず楽しくジワジワと自分の行きたい方向に行くという面では、なかなかいい方法だと自分では思っています。
通販で田舎暮らしはずいぶん便利になりました
海辺の田舎町に住んでるんですが、ってそのことは何度も書いていますけど、ぼくとしてはもっと田舎に住みたいと思っています。そのときに医者と郵便局とホームセンターは、車でせめて1時間以内の場所にないと困るよなと思っていました。
そのことをふと口にしたとき、相方の「えっ」という声質が今でも忘れられません。おそらくその「えっ」は「5分とか15分じゃなくて1時間以内かよ!」の「えっ」だと想像するのです。夫婦生活というのは、何十年一緒に居てもなかなか分かり尽くすことのできない深い部分があるものですね。
そのことは置いといて、医者と郵便局の必要性は多くの方にわかっていただけるんじゃないかと思いますが、ホームセンターには引っかかる方もいるかもしれません。ホームセンターってそんなに必要なの?と…
ぼくの中には、田舎暮らし→DIY→ホームセンターという理屈がありまして、今住んでいるところでもDIYとホームセンターなしでは、生活が困ることが多いんです。というのも、ぼくは自分でできることはたいてい自分でやってしまいます。たぶん家も、基礎のコンクリート打ちだけ専門業者にやってもらえば、後は自分でできるんかないかと、根拠のない自信を持っています。あえて根拠があるとしたら、人間ができることなら、たぶん自分でもできるはず…という信念です。
ぼくのような種類の人間にとってホームセンターはないと困るんです。
ただ最近はAmazonとか楽天などの通販がすごく便利で、たいていのものはネットで手に入ります。北海道と沖縄と島嶼部は送料が高くて大変そうですが、少なくとも郵便局の人かクロネコヤマトさんか佐川急便さんが配達に来てくれる所に住んでいれば、暮らしはなんとかなりそうです。
しかも最近さらに重宝しているのがMonotaRO(モノタロウ)で、ホームセンターで手に入るDIY用品はもちろん、ホームセンターに置いていないようなプロ仕様の物まで通販で手に入るようになりました。今ではぼくはMonotaROを結構利用していますし、一生あなたに付いていきますので、MonotaROさん、きび団子ください。
しかししかし、MonotaROを利用しているぼくとして、それでもホームセンターは近くにあって欲しいんです。というのも、DIY関連の物というのは現物を見ないとなんとも判断がつかないことがあるのです。ボルトの大きさとか長さとか材質とか、まあ細かいこというとキリがないのですが、そういうことです。webページに書いてあっても、やっぱりに見ないとわかんないよなあということが多々あります。
そんなわけで今より田舎に引っ越しても、ホームセンターがどのくらいの距離にあるかは、気にすると思います。間をとって車で30分以内のところにあるといいなあ…

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ありがたい海の幸をいただく
ときどき特定のものがすごく食べたくなりませんか?
ぼくの場合は、刺身が食べたくなります。別ないい方をすると生魚。こうやって書くと、なんか残酷な感じ…
海で遊び、スキューバーダイビングなどで、魚が元気に泳いでいるのを見ると、なんだか刺身が食べたくなるんです。それってすごく悪趣味な気がするんですが…でも、なんだかそうなんです。
たぶんずっと以前からスキューバーダイビングに行ったら、立ち寄り湯→海鮮居酒屋→宿に戻って宴会というパターンをずっとやっていて、そこでおいしい刺身を堪能したからかもしれません。条件反射的に刺身が食べたくなるのかなあ。
もうひとつこれもちょっと悪趣味ですが、自分が疲れている時とか元気がない時に、刺身をいただくことで元気をいただくという面があります。ぼくの場合それはかなりの場合、疲れてくると刺身が食べたくなります。特にイカ。特にコウイカとかアオリイカとか…
本当にイカ一族はじめ魚類一族には申し訳ない思いでいっぱいです。
いやー本当に…もし宇宙人がいて、その宇宙人の食事のメニューのひとつに人間の刺身とかがあって、ぼくがその刺身として食べられたらすごくいやですから…そういう死に方だけはしたくないです。それと同じことをぼくは魚にやっているわけで…でも、生きるということは所詮自分以外の者を損ないながら自分だけは生き延びるということなんだろうと思います。
話が逸れましたけど、ぼくの近所に海鮮丼とか刺身定食を1300円くらいで食べられる定食屋があるんですが、そこに行くのも好きです。できるだけ地魚を盛ってくれるし、いろいろな種類の魚を盛り込んでくれる(だいたい10種類くらい)ので飽きないし新たな発見があります。この店で始めて食べた刺身というのも結構あります。1300円という値段は、その内容からすればとてもお得な気がします。
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