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概念とかマクロなことで、自分の暮らしを考えない



 休みごとに海に出ています。
 海で遊ぶことしか考えていないといっても過言ではありません。
 一方、テレビを見ているとにはいろいろなことが起きています。北朝鮮がどうとか、アメリカの大統領がどうとか、高齢化対策がどうとか、日本経済を再生させなければとか…なんて情報が流れています。
 まあそうかもしれません。
 時代の移り変わりは速いもので、その時々のムードというのは2、3年単位で変わっているような気がします。ぼくが大学生になった1990年前半はバブルの絶頂期でした。街もメディアも周囲も世の中全体が異様に浮かれていました。ハイテンションでした。
 それからしばらくしてバブルがはじけて一気に沈滞したムードになりました。
 そして失われた10年とか20年といわれるように、日本経済は構造的に抱えている問題を解決できずにいました。
 そしてリーマンショックでさらに深い沈み込みがありました。
 最近では国境問題にからんで世の中が右傾化しているという見方もあります。
 ざっくりいうとぼくは社会に出てから、右肩下がりの中で暮らしてきたのです。
 世の中の動きにアンテナを張るのは大切だと思いますし、職業上それが不可欠な方もいると思います。
 たまたまぼくは、そんな世の中の動きを、わりと冷静に眺めていられる状況でした。そんなわけで、2、3年という、ぼくとしては短い単位で価値観やライフスタイルを変えていく必要はなかったですし、それが結果的に良かったと思います。
 世の中の動きはもちろん大事ですが、ぼくらの目の前にあるのは日々の暮らしで、毎日何を食べ、何を飲み、何をするかということで構成されています。ぼく的には、そのひとつひとつを大切にしていきたいのです。
 海で遊び、ビールを飲み、よく寝る。
 それだけです。
 一方でぼくが考えてしまうのは、20年とか50年先に世の中がどうなっていて、そのために自分は今、何ができるのかということです。 ぼくはたまたまこの世に生を受けました。それは間違いなく連綿と続いてきた生命の営みの結果です。ぼくの先祖の誰か1人でもいなければ、ぼくという人間は今ここに存在していないわけですから…
 なので、その生命の営みの連続性を次にバトンタッチしていくというのが、第一に重要なことだろうと考えています。
 そして、その生命が生きる場としての社会というかコミュニティというか、そんな大げさなことではなく、自分が暮らす、小規模の人々の集団が、楽しいものであったらいいなあとは思います。
 もっと自分の目に見える小さなコミュニティの範囲で考えて、それが集積したのが、市だったり県だったりという風にならないものでしょうか?日本というのは単位としては大きすぎると思いますし、肥大化硬直化した行政組織は無駄も多いような気がします。
 ぼくの信念として、組織や集団は個人を犠牲にすることが多くて、助けてくれません。所詮自分独りで生き延びていかなくてはならないのです。ならば自分が過ごしやすいコミュニティを作った方がいいではないか、というのがぼくの思いです。
 海辺で、その日その日を食べていけるものがあって、自分の気の合う人が近くにいて暮らす…あまりに都合がよすぎるかもしれませんが、それがぼくにとっての理想の暮らしです。








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