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近くに海がある暮らし



 海辺で暮らす喜びはいろいろあります。
 だいたいが、なんてことないちょっとしたことです。
 それはたとえば…
 朝起きて、窓から見える海の色が、いつもより青くてキラキラ輝いていたとき。
 早朝に霧がかかって、少しひんやりして、海までの道が幻想的に見えるとき。
 ベランダに布団を干しているときに、気持ちいい潮風が吹いてきたとき。
 散歩の途中に家の庭にハイビスカスが咲き乱れているとき。
 砂浜の松並木をふと見上げるとき。
 スーパーの行き帰りに海が見えるとき。
 近所の漁港直売の店で、珍しい魚を安く買ったとき。
 ビーチでみんなが楽しそうに過ごしているのを見るとき。
 ちょっと今日は潜ろうかなって思い立って、スキューバーダイビングができるとき。
 スキューバーダイビングですごく透明度がよくて、珍しい魚が見られたとき。
 前の日飲み過ぎて、土曜日の朝遅く目が覚めても、そこからウォータースポーツができるとき。
 無人の野菜直売所に季節の野菜が並んでいるとき。
 休日に海を眺めながらコーヒーを飲むとき。
 海を眺めながら温泉に入るとき。
 シャワーを浴びた後、海を眺めながら、潮風に吹かれながら、ビールを飲むとき。
 春先に家族でワカメやヒジキを採るとき。
 冬に、不意にあたたかくて、風もなくて、ビーチにいるとほっこりするとき。
 海辺を散歩しているときに、晴れていて、温度も、湿度も、潮風もちょうどいいとき。
 夜、窓から見える海に、月の光が道のようにきらめいているとき。
 波の音を聞きながら眠りに就くとき。









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ぼくにとっての海辺の暮らしの意義…



 ぼくは3人兄弟の長男で、弟と妹がいる中で育ちました。父親は自分にも家族にも厳しい人で、かつ負けず嫌いな人でした。また、少々古くさい価値観~男らしさとか男は家族を守るべし~を持つ人でした。
 ぼくと弟は、なんでもかんでも競争に勝つことが求められる環境の中で育ちました。たとえば小学校の頃は、勉強やスポーツや習い事で一番じゃなければダメという感じでしたし、中学でも高校でも大学でもそうあることが求められました。
 さらに長男ですから、弟や妹の手本であるべきで、また年下の者を守りサポートすべきであるといわれて育ったのです。
 そんなワケで、ぼくは大学に入るまで、なんだかわからない息苦しい毎日を送っていたのです。
 その状態を息苦しいと感じるということは、ぼくの心のどこかに社会的競争とか望ましい人間として振る舞うという考えに、どこかしら抵抗感なりわだかまりに類する考えがあったのでしょう。そしてそうした価値観から離れたいという欲求があったのだと思います。その頃は自覚していませんでしたが…
 一方で、大学時代に独り暮らしすることになったことを好機と、サーフィンとスキューバーダイビングを始めました。ぼくにとって、海は社会的ルールとか社会的規範とか社会階層とか競争とか見栄とか、そういうものから自由になれる場だったんです。完全な自由ではないかもしれないけれど、当時のぼくにとってはかなり自由な状態でした。
 自由であることの喜びとサーフィンとスキューバーダイビングのおもしろさから、ぼくは海にはまっていったのです。
 一応仕事につき、一応社会人になり、一応結婚し、一応子どもも授かりました。一応いわゆる普通の社会人のように暮らしてきたのです。合格点とはいえないものの、一応父親の逆鱗に触れない程度に常識的な人として振る舞うようにしてきました。
 その一方で、ぼくは海遊びを続け、海辺に住むようになります。
 社会通念上の普通の生活を義務的に営むエネルギーを補うように、自然の中の海辺の暮らしにハマっていったのでした。
 おそらくそうしないとぼくの精神的なバランスはとれなかったんじゃないかと思うのです。
 その父は他界しましたが、ぼくの中に、いわゆる普通の社会人として生きること、常識的な暮らしをしなければならないという意識はあり続けています。
 海辺で暮らし、ウォータースポーツを楽しんでいますが、それは自分の中の普通の社会人として生きなければならないという義務感を相殺する意味を持ち続けています。









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風の音に耳をすませば…



 海にいると自然の現象に注意を払うようになります。
 それはおそらく危険を察知して、自分の身を守るためにそうなるのでしょう。
 これから天気が崩れるか、雨が降るか、風が強まるか、波が高まるんじゃないか、周囲に大きな船が近づいていないか、それらは海の上にいるととても大切なことだからです。

 ただ自然の様子に敏感になることは、いいこともあります。

 海を吹き渡る風の音や匂いに気づけたり、遠くの水面の動きで風の強さを察知できたりといった些細なことです。でも、それが喜びなのです。

 大きな低気圧が近づいているときの、雲の色や湿気は独特なんです。そういうときって空気自体が重くなったように感じます。
 船の揺れ方や波の音で水深がわかったりもします。
 人の感覚というのは、なかなかすごいものだなと思います。

 夕暮れに日が傾いて、海面に陽の光がきらめいているときに、サッと風が吹き抜けていく様子などは、身震いするほど美しいものです。感覚に意識を向けているから、きっとそうした美しさにも気づけるのでしょう。

 どんどん変わっていく自然の瞬間瞬間に意識を向けると、普段何気なくやり過ごしていることがたくさんあることに思い至ります。

 一方で、そんな瞬間の自然に意識を向けることに何の価値があるのかといわれてしまうと、まあ、ただシアワセを感じられるということなんですが…

 自然の様子に意識を向けるというのは、別の効用もあります。
 それは、その時その時に他のことを考えないということ。
 忙しいとついつい次のこと次のことを考えがちだったりしませんか?

 ぼくの場合、そんなペースで過ごす一日は、終わってみるとなんだかぐったりして、忙しかったけど何をやったのかハッキリしなかったりします。何かに追われて過ごしたような感覚があります。

 自然の様子に意識を向ける時間を、そうですね30分もとると、時間を自分でグリップしているような感覚があって、気持ちが満たされます。ぼくはそういう時間があるとシアワセを感じられます。

 自然の様子に意識を向けるというのは、また別の効用もあります。
 それは心が癒されるということ…
 よく自然に接することで癒されるとか、リフレッシュできるということを耳にします。科学的根拠がどうかは知りませんが、みなさん、当たり前のように、レジャーで自然の豊かなところに行ったりします。
 きっと自然に接することで、人の心が癒されるということを、実感している人も多いのでしょう。
 ぼくは、もちろん癒されます。自然に接することで安らかで、穏やかな気持ちになります。

 そういった自然の様子を感じながら暮らしていけるのって、やっぱりシアワセなんだろうなと思います。









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自由をつかみ取らないのは、自分の意思でしょうか?



 自由でありたいと思っているような気がしているんですが、本当にそうなんでしょうか?
 って、ぼくは誰に尋ねてるんでしょうか?
 いや、ぼくの場合、実はけっこう疑わしいんじゃないかと思います。
 ぼくは海が好きです。若い頃からずっと海遊びをしながら自由に生きたいと思ってきました。
 でも、実際は違います。
 結婚したり、子どもを設けたり、ローンで家を買ったり、仕事で頑張ったり、町内会の役割を引き受けたり…
 嫌だ嫌だといいながら、実は人に頼られると嬉しくて、つい良い格好してしまいます。
 本当に自由になりたいのなら、何も持たずに海遊びに徹すればいいのに…ぼくはそうしません。思っていることとやっていることが違うから、気持ちがモヤモヤするんでしょう。
 やっぱり最低限世の中の常識の範囲内に収まっていたいというところがあるんだと思います。
 世の中の常識からはみ出すのが怖い臆病者なんでしょう。
 夢を夢のまま遠ざけていたのは、自分自身なんじゃないでしょうか?
 本当に自由になろうとしたら、今日からでも、今からでもできるはず…









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夏の夜の空の色の美しさ



 ぼくは海辺に住んでいて、春夏秋冬、自然の近くで暮らす喜びを感じています。
 どの季節もそれぞれに良さがあるんですが、今回は夏の夕暮れについて書いてみたいと思います。
 ぼくの夏の休日は朝から海遊びです。
 スキューバーダイビングだったり、シーカヤックだったりすることが多いんですが、いずれにしても、家の前の海に出ていきます。
 終日海遊びをして疲れた後、海遊び道具を片付けて、シャワーを浴びます。
 さっぱりしたところで、音楽をかけて、デッキに出て、ビール。
 音楽はBossa NovaとかJazzとかAORとかが多いです。
 そのころには陽は傾きかけて、夕方特有のオンショアの風が吹いてきます。
 弱くなった陽射しと緩い海風で少し涼しくなって快適。
 ビールの後は冷えたワイン。
 そんなこんなをしているうちに陽が沈みはじめ、空の色が刻々と変わっていきます。オレンジだったり、紫だったり、濃いブルーだったり、灰色だったり…そのときの天気によっても違います。
 潮の香りが漂ってきて、森の木々の匂いと、夜の匂いが混ざっています。
 色も匂いも混ざり合って、グラデーションのようになるのが特徴。その混ざり合いの変化を楽しむのです。
 やがて真っ暗な夜になっていきます。
 いつまでも平和で元気に、こんな夏の夜が楽しめるといいなあと思います。








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自然の様子に少し意識を向ける時間を大切にしたいな



 古今東西、自然に寄り添って暮らすことを選ぶ人達がいました。
 ぼくも都会はダメで、周囲が自然で囲まれたところで暮らすのが好きです。
 いえいえ、都会だって、多くの家に庭があり、街路樹があり、公園があります。東京の自然が豊かな公園で癒されている人もいるんじゃないでしょうか?
 自然に近いところで暮らすって、人にとってどんな意味があるんでしょうか?
 なぜ自然は人に癒やしを与えてくれるんでしょう?
 そしてその癒やしとはどのようなものなんでしょう?
 ぼくの場合、それは些細なことです。
 たとえば朝、鳥の声で目を覚まし、窓の向こうに木々の緑が見えると、なんだか柔らかい気持ちになります。
 庭の手入れをしているときに、潮の香りがして、波音が聞こえてくると、なんとなく微笑んでしまいます。
 木漏れ日の中、緑の道を散歩しているときに、深呼吸すると、ふんわりした気持ちになります。
 理由はわからないんですが、気持ちが変わるのは間違いありません。
 落ち着いたり、和んだり、満たされたり、ホッとしたり、余計な力が抜けたり、ペースがゆっくりになったり…そんな気持ちになります。
 一つひとつは些細なことですが、それが一日に何度かある生活としばらくない生活では、心の状態はだいぶ違ってくるんじゃないでしょうか?
 特に、ツラいことがあったとき、自分の心が弱っているときなどは、ちょっと心を満たしてくれる瞬間があるだけで、気持ちが楽になります。
 自然に寄り添う暮らしを続け、日々、自然の様子に意識を向ける時間を大切にしたいなって思います。








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うれしいときも悲しいときも海と共に…



 ぼくは、妻があきれるほど、暇があれば海に出ています。
 やることはそのときの海況によって違うんですが、スキューバーダイビング、シーカヤック、サーフィン、セイリングが多いのです。
 よほど海が荒れていない限り、雨でも寒くても海に出ます。
 それはそれだけの効用があるからで、身体を動かすと気持ちがスッキリしますし、海にいるといろいろなことを考えるし、一方でいろいろなことを忘れられるからです。
 何十年も生きていれば、そのときどきで、うれしいこと・楽しいこと・悲しいこと・腹立たしいことなどがあります。
 それらの感情が、海に出ている間にサッパリ流れていくのです。
 こうした日々の感情は、後から振り返ってみればどれも取るに足りないことです。どちらかというとその瞬間の感情に振りまわされて、自分が自分らしくないことをしがちで、瞬間的にはマイナスなことの方が多いような気がします。もちろん自己嫌悪に陥ることも多々あります。
 海に出ると、不思議なんですが、そういう瞬間的な感情がどうでもよくなるんです、ぼくの場合…
 ぼくがこだわったり怒ったり悲しんでいたりすることは、コップの中の嵐でもなくコップの中のさざ波のように思えてくるんです。
 そしてそれは経験的に正しいことが多かった。そんな感情は一時的なさざ波でしかなかったのです。
 一時的にやり過ごしてしまえばなんてことないことです。
 もし感情に捕らわれて、自暴自棄になったり他人に当たり散らしたりしたら、事態はもっと悪くなっていたでしょう。

 想像するに多くの人が、様々な感情を抱きながら生き死んでいったのでしょう。でも、それは現実としては何も残っていないし、世の中はたぶん何も変わっていないのです。
 ならばそんな感情に捕らわれず、淡々と日々過ごしていけばいいのです。
 このように海で遊ぶことは、ぼくの感情的なブレを抑制してくれるスタビライザーのような役割を果たしています。
 これからも身体の動く限り海に出ていくのだろうと思います。
 そのときどきの感情を海に流すために…








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波の背に夕陽が当たる美しさ



 海辺で夕陽を見るの好きですか?っていきなり訊いてますけど…
 ぼくは好きです。
 まぁ簡単な言葉でいうとキラキラしてきれいだから好きなんですよね。
「あぁなんだ、そんなのよく知ってる。みんな知ってるよ。夕陽ときれいだよね」と思った方もいるでしょう。ただ、もう少しいわせて欲しいわけです。
 それはたとえばシーカヤックをしているとき。
 海岸沿いに今日の目標地点を目指しパドリングしていると、日が傾いてきて、波立つ水面に当たって、万華鏡のようなんです。そんな光の乱反射の中を進んでいく気持ちよさ。
 シーカヤックは水面と目線がとても近いんです。
 その美しさがハンパじゃないことをぼくはいいたい。
 あるいはスキューバーダイビングをしているとき。
 潜っていて、そろそろ浮上だという頃。水面に頭を出すと、そこは夕陽にきらめく水面です。まばゆいばかりの光の中に自分がいます。海という大きな自然、そして世界に満ちる光。
 一瞬自分が違う世界に行ってしまって、元の世界には戻れないのかと思うくらいです。
 ビーチでノンビリしているとき。
 ひとしきり海遊びをした後、ビーチで身体を休める時間があると思います。身体は疲れと日焼けでぐったりしています。
 ビーチから海を見ると、打ち寄せる波の向こうの水面に夕陽が当たっています。日によっては夕陽の道ができていることもあったりします。
 疲れが癒えるまで、いつまでもその光を見ていたいと思いますが、それが束の間の時間であることもよくわかっています。
 やがてあたりは闇になるでしょう。
 海辺でキャンプしているとき
 シーカヤックでひとしきり漕いできて、今日の目的地に着きます。今日はここで一夜を過ごすのです。そんな風に海辺でキャンプするのが好きです。
 テントを張って、焚き火をおこし、夕飯の準備をします。チェアを出して、ビールを飲みます。岩場の向こうの海には夕陽が沈もうとしています。
 波の背にあたる光がきらめいています。そして近くには焚き火の日が揺らめいています。
 酒はビールからウイスキーに代わり、身体を酔いが包みます。
 日は岬の向こうに沈んだようです。空には、わずかに太陽の光が残って、一面、紫から青のグラデーションになっています。
 何十年も海遊びをしてきて、とても美しい夕陽に何度か出逢ってきました。
 こういう美しい瞬間を体験できることも自然と接する遊びの醍醐味のひとつ。そういう瞬間に遭遇する感動はやっている人にしか味わえないし、スマホの画面からは伝わらないものです。








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ビーチで夕陽を眺めながらビールが飲める、そんな日々が続けばいいな…



 ニュースを見れば悲しい事件が起き、海外を取り巻く情勢は変化し、政治は先行きが見通せません。
 会社に行けば、いつでも課題は山積し、ややっこしくもつれた問題が持ち上がっています。出世はしたいし、ライバルは憎らしい。
 家族の健康に気遣い、老後の家計の不安を考えたりします。

 って、こんなふうにぼくは時間があると必ず心配ごとを考えるんです。
 いくら状況がよくなっても100%ってことはありませんから、なにかしら考えてしまいます。
 今だって、すごく困ったり、不幸なわけではないのに…

 そんなときぼくは海に行きます。これまでの習慣でそうしてしまいます。っていうか毎日海には散歩に行くんですが…
 そのたびに思い出すのです。
「そうだ。ぼくは、仲間と海で遊んで、一日の終わりにビールを飲めればそれでいいんだった」ということを…

 大学生の頃はとても貧乏で、日々食べるのもたいへんでした。バイトをして一週間なんとか食べていけることを考えていました。働くようになってからは、とりあえず生きていく上で最低限食べていけるようになりました。そして晩酌でビールが飲めるようになったんです。

 そのとき、これでいいよな、と思ったんです。特に贅沢をするわけでなく、豪邸に住むわけでもなく、会社で出世するでもなくて…

 健康で、仲間と楽しく海遊びができて、その後シャワーを浴びて、ビーチで夕陽を眺めながらビールが飲めれば、それで十分なんだよな、って…







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夏の海辺の朝の匂いが好きです



 海の匂いっていわれてイメージ湧きますか?
 潮の香りを思い浮かべる人がいるかもしれません。

 では、夏の海辺の朝の匂いってどうですか?
 ぼくは、その匂いがとても好きです。

 あれは何の匂いなんだろう?
 いろいろ入り混じった匂いです。

 潮の匂い、磯の匂い、森の匂い、朝の空気の匂い、霧の匂い…

 何が混ざるとあんな匂いになるのかわかりませんが、ワクワクして、清々しくて、懐かしくて、気持ちいい匂いです。
 夏休みの匂いに近い気がします。

 ぼくはそんな朝が好きで、5時頃にはビーチを散歩しています。

 まだ新品の空気の中を歩いていると、幸せな気持ちになれて、それだけで、海辺に住んでよかったなと思えるのです。

 今日も一日、平和で穏やかだといいですね。









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