海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
初夏の霧の朝が好き
以前にも書いたんですが、すごく書きたいのでまた書きます。
ぼくは海辺に住んでるんですけど、朝の霧が好きです。
海辺では主に初夏の朝に霧が出ます。特に海に山が迫っている地形だと出やすいような気がします。特に初夏というのは霧が出やすくて、それはたぶん朝と昼の気温差が大きいからだと思います。しかも朝の気温が海水温より低いと霧が出るんではないかと、ぼくが勝手に考えています。正確な知識ではありません。ご存知の方は教えてください。
霧の朝が好きなの理由を考えてみたので以下にまとめます。
・なんだかとても幻想的
霧ってさあ(って突然タメ口)幻想的ですよね。
・だいたい初夏なので爽やか
初夏の朝って基本的に1年のうちでも爽やかで気持ちいい季節です。早起きして散歩したくなりませんか?
・海が夏っぽくなる
人間側の思い入れかもしれませんが、冬の間の海って、荒々しくて寒そうで人を遠ざける雰囲気がありますけど、初夏の海はこれから訪れる夏に向けて人を受け入れる気配が漂っている気がします。
・朝だから空気が凜としている
これもぼくの勝手な思いかもしれませんが、朝の空気は、まだ人の活動によって汚されていないまっさらな感じがします。それは海辺でもそうで、爽やかでキリリと引き締まった感じがとても気持ちいいです。
そんなわけで、大好物である初夏の朝の霧をぼくが放っておくわけがなく、そんな日は朝からビーチを散歩したりジョギングしたりするのでした。なんだか体中がキレイになるような気がします。

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概念とかマクロなことで、自分の暮らしを考えない
休みごとに海に出ています。
海で遊ぶことしか考えていないといっても過言ではありません。
一方、テレビを見ているとにはいろいろなことが起きています。北朝鮮がどうとか、アメリカの大統領がどうとか、高齢化対策がどうとか、日本経済を再生させなければとか…なんて情報が流れています。
まあそうかもしれません。
時代の移り変わりは速いもので、その時々のムードというのは2、3年単位で変わっているような気がします。ぼくが大学生になった1990年前半はバブルの絶頂期でした。街もメディアも周囲も世の中全体が異様に浮かれていました。ハイテンションでした。
それからしばらくしてバブルがはじけて一気に沈滞したムードになりました。
そして失われた10年とか20年といわれるように、日本経済は構造的に抱えている問題を解決できずにいました。
そしてリーマンショックでさらに深い沈み込みがありました。
最近では国境問題にからんで世の中が右傾化しているという見方もあります。
ざっくりいうとぼくは社会に出てから、右肩下がりの中で暮らしてきたのです。
世の中の動きにアンテナを張るのは大切だと思いますし、職業上それが不可欠な方もいると思います。
たまたまぼくは、そんな世の中の動きを、わりと冷静に眺めていられる状況でした。そんなわけで、2、3年という、ぼくとしては短い単位で価値観やライフスタイルを変えていく必要はなかったですし、それが結果的に良かったと思います。
世の中の動きはもちろん大事ですが、ぼくらの目の前にあるのは日々の暮らしで、毎日何を食べ、何を飲み、何をするかということで構成されています。ぼく的には、そのひとつひとつを大切にしていきたいのです。
海で遊び、ビールを飲み、よく寝る。
それだけです。
一方でぼくが考えてしまうのは、20年とか50年先に世の中がどうなっていて、そのために自分は今、何ができるのかということです。 ぼくはたまたまこの世に生を受けました。それは間違いなく連綿と続いてきた生命の営みの結果です。ぼくの先祖の誰か1人でもいなければ、ぼくという人間は今ここに存在していないわけですから…
なので、その生命の営みの連続性を次にバトンタッチしていくというのが、第一に重要なことだろうと考えています。
そして、その生命が生きる場としての社会というかコミュニティというか、そんな大げさなことではなく、自分が暮らす、小規模の人々の集団が、楽しいものであったらいいなあとは思います。
もっと自分の目に見える小さなコミュニティの範囲で考えて、それが集積したのが、市だったり県だったりという風にならないものでしょうか?日本というのは単位としては大きすぎると思いますし、肥大化硬直化した行政組織は無駄も多いような気がします。
ぼくの信念として、組織や集団は個人を犠牲にすることが多くて、助けてくれません。所詮自分独りで生き延びていかなくてはならないのです。ならば自分が過ごしやすいコミュニティを作った方がいいではないか、というのがぼくの思いです。
海辺で、その日その日を食べていけるものがあって、自分の気の合う人が近くにいて暮らす…あまりに都合がよすぎるかもしれませんが、それがぼくにとっての理想の暮らしです。

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海が怖いってわかっているのになぜ海に出るのか?
小さい頃から海が好きでしたが、サーフィンを始めたのが大学生の頃でした。
その頃は今みたいにどっぷり海にハマるなんて思いもしなかったんです。その後スキューバーダイビング、セイリング、シーカヤック…
それからかれこれ30年が経とうとしています。30年…
その間、何度もというか何十回も海で危うく死にそうになりました。
やっぱり怖いです。
でも、自分でも不思議ですし、相方も不思議そうにしてますが、海に行くのをやめようとか、ウォータースポーツをやめようとは思いません。今でも、できる日は必ずウォータースポーツをします。
「よっぽど好きなのね」と相方はいいます。
そうですね。よっぽど好きなんでしょう。我ながらなぜなんでしょうか?
海は怖いですが、それ以上に海は優しいとぼくは感じます。
海という自然は人間の社会ほど怖くはありません。一応ぼくも社会人として働いていて、日々いろいろなことが起きつつ、今までやってきましたが、人や人の作る組織は時に怖いと感じます。海にはそれがありません。
海にいると安らげる、癒されるというのも、海が好きな理由です。
自然と接することで癒されるという面が、あるタイプの人には備わっていると思うのです。潮風、海水、波、太陽の光、そのすべてが好きです。人類は地球で生きていますが、太古の人もぼくと同じように、潮風、海水、波、太陽の光を感じていたのです。そういうことを考えると、人は自然と接しながら生きてきた期間の方が長いんじゃないかなって思います。
海にいると自分に向き合えるというのも理由としてはあります。
海に出れば、それが一人であろうと仲間とであろうと、生きて帰ってくるのはそれぞれの責任です。そして、生きて帰ってくるのが善です。すごくわかりやすいわけです。
そして、生きて帰ってくるために、自然の状況と自分の力と過去の経験をもとに絶えず判断するわけですが、その判断はすべて自分にはね返ってくるのです。このシビアさがとても好きです。誰の責任でもなく自分の責任で自分の命をコントロールしている実感が好きなのです。逆にいうと、人間社会では100%自分の命をコントロールできていない不安感がぼくにはあります。
自分の判断が甘ければ、自分が辛いだけ。安全側に振りすぎれば、自分を臆病なヤツだと自分が思うだけ。
海で身体を動かすとスッキリするというのも理由のひとつです。
スポーツをして身体を動かすと気分がスッキリするものですが、海で身体を動かすとそのスッキリ度はさらに増すような気がしています。なので、海が荒れたりして何日も海に出られないと、なんだか悶々としてしまいます。「あー早く海に出てぇー」と感じます。
しがらみやルールから逃れられるのも、海に出る理由です。
海にもルールはありますけど、陸の社会ほど細かいルールはありません。道もありませんし、信号もありません。海に出ることで、いったん社会から離れられる気がするのも海に出る理由です。もしかしたらぼくは社会的な何かから逃避したいのかもしれません。
これらが海に出る理由ですが、それが命をかけてまでやることなのかっていわれると困ってしまうんですが、自分がそう行動しているので、きっとそうなのでしょう。
理想のウッドデッキとは
ウッドデッキっていいですよね。
ぼくは家の中よりも屋外にいることが好きなので(冬でも…)、ウッドデッキってあるとすごく嬉しいんです。
うちにもありますけど狭いとかいろいろ不満があります。
で、ぼくが次に家を建てるとしたら、理想のウッドデッキはこんな風だというのをまとめてみたいと思います。
・海に張り出している
なにせ海好きですから、ウッドデッキで海を見ながらビールを飲みたいわけです。なので海に向かって張り出してるウッドデッキがいいなあと思います。
・遮るものがない
隣家が迫っているとか、電線が横切っているとか、そういうものがないのが理想です。しかもデッキの向こうは海というロケーションがいいと思います。
・プライバシーが保てる
あんまり建て込んでいたり、デッキのそばをやたら知らない人が行き来するようだと落ち着かないので、周囲に何もないようなところがいいですね。
・リビングと続きになっている
リビングと面一で、窓を開ければ、スムーズに行き来できるのがいいですね。リビングからの景色もいいですし、広く感じますし、内と外が曖昧なのもいいです。
・南西に向いている
家を建てるとき、居住空間が、南向きとか東向きになるように間取りをとることが多いと思います。それは日当たりのよさを考えれば当たり前ですもんね。確かに冬でも、日当たりがいいと家はわりと温かく保てます。屋外も日当たりがいいと、そんなに寒くありません。なのでデッキが南に張り出しているのがいいのは当たり前なんです。
ただぼくの希望は、南も西も見渡せること。西が見えるのは、夕陽がみたいからです。海に夕陽が沈んでいく様子を見ながら一日を終わりたいんです。
・ある程度広い
ある程度というのがどの程度なのかは微妙ですが、ぼくの感覚として8畳もあればいいんじゃないかと思います。あまり広すぎるのも間延びしてしまうという例を見たことがあります。というのは、ぼくの知り合いの家なんですが、リビングからの続きでウッドデッキが張ってあるんですが、それがざっくり20畳くらいはあると思うんです。
何かのお店とかならいいと思うんですが、家族4人の個人宅です。ウッドデッキで3on3は余裕でできます。
知人を招いてのバーベキューパーティとかも当然できます。
そういうイベントの時はいいんですが、普段はガランとしていて、ちょっと殺風景な感じなのです。住まいというのは広ければいいというものじゃなくて、落ち着くサイズ感ってあるんだなあと思いました。
・蚊がこない
ぼくの家のウッドデッキで不満があると最初に書きましたが、そのひとつが蚊がやたら来ることです。ぼくの家は周囲が森になっていて、ウッドデッキはその森に張り出すように張ってあります。その森からヤブ蚊が発生するんです。その数や蚊のタフさはおそらく、普通の方は想像できないと思います。田舎暮らし30年の経験からヘビ・ムカデ・ゲジゲジ・ゴキブリ・タヌキ・リスなどたいていの虫や動物は気にしないぼくであっても、ちょっとたじろぐほどなのです。
というわけで夏場はほとんど使えません。蚊取り線香を使ったり、蚊がこない防虫剤をつけたりしてもぜんぜん効き目がないほどです。11月から5月までが使える期間。つまり1年の半分の期間は使えない残念さ。デッキでビールを飲むのが大好きなのに…ビールはやっぱり夏がおいしいのに…
・ウォータースポーツの器材置き場が併設されている
ウォータースポーツをする方ならわかると思いますが、海に出た後は器材を必ず使いますよね。それはたとえばウェットスーツだったり、リーシュコードだったり、PFDだったりします。で、海に入ったら、必ず水洗いして、陰干しします。ぼくはこの干すのがウッドデッキなんです。ちなみにメンテもウッドデッキでやってしまいます。潮風を浴びながら、スキューバーダイビングの器材のメンテをしつつビールを飲むなんて、ぼくにとってはとても幸せな時間なんです。
・メンテがしやすい
ウッドデッキって傷むものです。なので、定期的なメンテはやって当然です。ペンキ塗りがしやすいとか、傷んだ材を交換できる構造であるとか、そういうのって大切です。
まあ、そんなこんなで、ぼくは家にいるときは、ウッドデッキにいることが多いし、天候が悪いとき以外は、ビールはウッドデッキで飲むので、それだけ快適であることは大切です。

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月の光の道は幻想的だったりして…
海辺に住んでいます。
夜に出かけたり散歩に出たりすると、何かのタイミングで、月が出ていて、満月で、しかも大きくて、それが海の上にあることがあります。
月の光の道
月が海の上に大きくあると、海に月の光が映って、光の道のようになります。
ちゃんと計算すれば、どのくらいの時期にどのくらいの頻度でそうなるかはわかると思いますが、めんどくさいので、そんなことはしなくて、「あぁ今日はきれいな月だなー」って思います。
観光地でそういうのをウリにするところもあるようですね。
特に海が凪いでいて、鏡のように穏やかな日に、満月の月が海の上にあると、光の道がクリアにできます。
そんな日はビールを持って、近くの防波堤に行きます。防波堤の冷たいコンクリートの感触をお尻に感じながら、光の道を眺めています。
大きく息を吸って吐いて…身体の奥の方の力が抜けてほぐれていくような気がします。
30分もすると自分がどこにいるのかわからない不思議な感覚になります。
大きく息を吸って吐いて…身体の奥の方の力が抜けてほぐれていくような気がします。
30分もすると自分がどこにいるのかわからない不思議な感覚になります。
こんなちょっとした時間も海辺の暮らしの楽しみのひとつです。
ぼくが惹かれる海のパターン
ぼくは海好きで世界や日本のいろいろな海に行ってみたいと思っていますし、機会があれば行くようにしてます。
もちろん世界や日本は広く、たぶん死ぬまでに行きたい海の半分も行けないと思います。
いろいろな海を旅していて、自分が好きだなーという土地というか環境があるのに気がつきました。
それはだいたい鄙びた漁村です。少なくとも茅ヶ崎とか辻堂のような街ではありません。あと開発された熱海のようなところでもありません。鄙びた漁村で、しかも集落から離れた人気のない海が好きです。
そしてだいたい道が狭くて、こんな道を入っていいんだろうか、私道じゃないかなくらいの細い道を通って行くのです。国道に面しているとか、観光客がガンガン通るような場所は好きじゃありません。
道のどん詰まりに、そんなに広くない入江か砂浜があって、その両端は磯になっているところが好きです。だだっ広い砂浜ってあまり好きじゃありません。道のどん詰まりって、知ってる人しか来ない安心感がありますよね。
海としては、入江の穏やかな場所といい感じで波が立つ場所があるところが好きです。って、そんなところってあまりありませんけど…だからガンガン波が来るサーフスポットみたいなところは好きじゃありません。なんというかな、変化というか、メリハリというか、和の細やかさというか、そういうのがある海が好きです。
しかもできれば海の背後は、山なところが好きです。内陸まで平野が続いているところって好きじゃありません。
あえてゆっくり歩いてみる
休日は海を眺め、海で遊び、今日もいいなあーなんていいながら、ビールを飲んで寝るような日々を送っています。
朝起きて、コーヒーを丁寧に淹れて、味わって飲み、それから海の様子をチェックして、今日やるウォータースポーツを決めます。ウォータースポーツができなければ、砂浜を散歩したり、砂浜でひなたぼっこします。
平日は、仕事で電車に乗って街に行くんですけど、人々がせかせかしているのに驚きます。特に休み明けの月曜日は、そのギャップを強く感じます。
ぼくは道もゆっくり歩きますし、街並みや行き交う人の様子や街路樹や家々の庭の草木なども眺めながら歩いているので、たぶん速く歩いている人の邪魔になっていることでしょう。
ぼくも実はせっかちでして、もちろん歩くのも速いほうでした。若い頃は特にせっかちだったと思います。結論を急いで損をしたことも多々あります。
でも、ある時期から努めてゆっくり気長に行動するようにしました。
理由はいろいろあるんですが、急ぐといい結果がでないことが多いことに気づいたのが一番大きな理由です。これは年齢的にも公私共に責任を負うことが多くなってきて、急がず慌てず物事をキチンと先々のことも見通して考えることが重要になってきたせいもあるでしょう。もちろんそれまでせっかちで、拙速でよくない面があったからその反省ということもあります。
あとはゆっくり、のんびり、マイペースに過ごすことでストレスが減ることも理由のひとつです。何かに追われて急ぐことは、気持ちがあせってストレスが溜まりますもんね。
あとは急ぐと見逃してしまうことがあることも理由です。たとえば道を目的地に向かって急いで歩いていると、その途中の店や家や木々や鳥などを見過ごしてしまうことがあります。目的に向かって邁進してしまうと、その過程がただの通過点になってしまうわけで、これはよくある結果よりもプロセスが大切だということと同じことをいっています。特に人生においては、目的は何かの結果を出すことよりもそのプロセスをが、時間の多くを占めているので、プロセスを楽しむことが人生を楽しむことと、ほとんどイコールだったりします。
実際、ゆっくり歩くと気持ちもゆったりしてなんとなく楽しくなります。
「人がやっていることと同じことをしたがる人と同じことをするな」
スキューバーダイビングやシーカヤックやサーフィンを毎週のようにやっています。
ぼくはマイペースかつワガママなので、どちらかというと独りでやる方が好きです。
もちろん気心の知れた仲間と一緒にウォータースポーツをやるのも好きですが、たいていぼくの方が経験があるので、事故がないように心配したり、旅などがスムーズにいくように気を遣ったりするので、自分が気疲れします。それでもみんなと一緒に遊ぶのは楽しいので、なんともいえません。
一方、独りでウォータースポーツをやるのは、自由に行きたいところへ行けるし、多少危ないことをしても、自分の判断と体力の限界に挑戦する面があるので、それもすごく楽しいのです。もともと幼い頃からそういう面が自分にはありました。
たまに、必ず誰かと一緒にウォータースポーツをしたがる人がいて、そいういう人の気持ちって、ぼくにはよくわかりません。寂しいのか、不安なのか、みんなと楽しむのが好きなのか、まあその人が楽しいならそれでいいんですけど、ぼくとしては、あまりベッタリされるとうっとうしいんです。
経験的に、寂しがり屋で依存心の強い人には要注意という法則があるので、自分からはあまり近づかないようにしています。
また、少し違った話ですが、ぼくは、誰もいないポイントを探してサーフィンをするのが好きですが、そいういうところで乗っていると、必ず別のサーファーが後から入ってきます。これもうっとうしいなあと思います。たぶん後から来るサーファーの気持ちとしては、行列ができている店に並ぶのと心理的には同じだと思いますが、サーファーなら自分で判断して、自分でポイント探せよと思うんです。そういうサーファーって、同じサーファーでもぼくとはかなりメンタリティが違うのでしょう。
だいたいにおいて、人がやっていることと同じことをする人とは親しくならない方が無難なので、適当に距離をとるのがぼくの信条です。まとめると「人がやっていることと同じことをしたがる人と同じことをするな」ということになります。
逆に共感するのは、山登りでもロングトレイルでも、本来のコースではないところを地図を頼りにかき分けていくような人です。そういうメンタリティで、ぼくは海遊びをしたいなあと思っています。
地球上で人が入っていない自然は、ほぼなくなりつつあるといわれていますが、それでも探せば、人が通ったことのない山、人が通ったことのない海、人が訪れたことがない入江はあるはずで、もしかしたらそこに得もいわれね楽園のような場所があるかもしれない…なんて考えるとワクワクしてきませんか?

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海辺の小屋とかツリーハウスに憧れます…
一時期ツリーハウスが話題というかブームというかちょっと流行になっていたことがありました。
っていう書き出しで、「?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、アウトドアとかナチュラルとか田舎暮らしとか、そういうのに興味がある人の間では…ということです。
いいですよね。
男の子なら一度は憧れたことがあるんじゃないでしょうか?
ツリーハウスの延長線上で、小屋もいいですよね。
海辺の小屋、小さなボートハウス、なんて憧れます。
水道も電気もトイレもなくて、2、3日分の水と食料と酒(これ大事!)を持ち込んで、週末を過ごす。
そういうのが好きな人は好きですよね。
これを併せて海辺のツリーハウスなんていいなあ、なんて空想しています。ちょっと高い木の上から海が眺められて夕陽を浴びながらビール飲むなんてどうでしょう?
ぼくは、シーカヤックにキャンプ道具を積んで、誰も来ない入江に行って、キャンプをするのが好きですが、そういうのって独りか、親友二人の少人数で行きます。
女の人とか連れて行きたくないですね。うちの相方なんかは、なかなか信じてくれなくて、ぼくが良からぬことをしてるんじゃないかって疑ってたことありますけど、独りで焚き火をしながら海辺で酒を飲んで一晩を過ごす楽しさって、理解できないみたいでした。
わざわざ嬉々として不便なところに行って、不便な思いをするのか、家なら暖かいし、柔らかいベッドもあるし、冷蔵庫もあるし、テレビもあるし…
そういうことじゃないんだよね。
最小限の道具で、簡素な食事をして、焚き火を見つめながら酒を飲む…
潮騒と月の明かり…
友達と行っても、ときどきボソボソと話すだけ…
いろいろな考えが頭をよぎる…
テントでウイスキーをすすりつつ、本を読みながら、潮騒をBGMに眠りにつく…
朝起きたら海と太陽がある、その素晴らしさ…
その場に女の人がいてベチャクチャしゃべられるとちょっと興ざめですね。
ぼくは防水バッグばか
ぼくは防水バッグとか防水ケースの類を20個くらい持っています。いやもうちょっとあったかも…
でも、まあこれはウォータースポーツをやる人、特にシーカヤックをやる人としては別に多い方ではないと思います。
それでも相方に置き場所がないとか無駄使いだなどとブツブツいわれています。世の中は断捨離の時代なんだから、余計な物は捨てるべき…などともいわれています。
防水バッグやケースというのは、用途によって大きさや形が違いますし、何泊かのシーカヤック旅に出るとどうしても10個くらいは使うものです。友達と一緒に行けば、その人の分の予備くらいは持っていきますし…
なによりも防水バッグというのは消耗品なわけです。何年か使っていると穴が開いたりするので、予備が必要なのは火を見るよりも明らかです。先日も国会中継を見ていたら、国会議員の誰かがそういってたような気がしないでもありません。あれは夢だったんでしょうか?
なので、20個くらいの防水バッグというのは、ぼくのようなウォータースポーツを趣味とする人にとっては、まあ普通、いや少ないんじゃないか、本当は50個とか100個とかあるのが普通なんじゃないかと思うのです。ぼくは生まれつき慎ましい、合理的で、余分な物など買ったり持ったりしないヒトなのをついつい忘れそうになってしまいます。
こうやって必要不可欠でよく使う物は、余計な物といわないと思いますし、断捨離の対象外、断捨離非対象特区といっていいでしょう。なんだったら国会で断捨離不適用特例法というのを作って、世の断捨離の流れにくさびを打ち込むべきではないでしょうか?
防水バッグも用途が決まっています。下着を入れるバッグ、中間着と上着を入れるバッグ、食料を入れるバッグ、保冷する必要があるものを入れるバッグ、バーナーなどを入れるバッグ、工具を入れるバッグ、ファーストエイド用品を入れるバッグ、テントを入れるバッグ、寝袋を入れるバッグ、電池やライトを入れるバッグ、スマホはスマホ用防水ケースに入れてさらに防水バッグに入れるのは、その精密機器さと重要さからいって当たり前でしょう。あとは、シーカヤックのデッキにつける用のタオルや行動食などを入れるバッグ。ね、ほら10個くらいは絶対必要です。なんたって海の上を小舟で移動して、砂浜で寝泊まりするんだから防水する必要があるんだもん。ってなぜかアイドルの小娘っぽい語尾になってしまいました。
特に強くいいたいのは、濡れては困る物だけを防水バッグに入れている点で、濡れてもいい物は防水バッグなんかに入れたりしません。このあたりもぼくが合理的なヒトであることを物語っているといえましょう。無駄遣いなんかしたりしないんだもん。
最近はTHE NORTH FACEのバックパック型の防水バッグ(あれも一応防水バッグですよね)が大ヒットしてからは、各社からいろいろなデザインの防水バッグが発売されています。それからスマホやタブレット用の防水ケースの登場で、それまで防水バッグに縁のなかった普通の方々も防水バッグを買うようになってきました。というわけで、防水バッグのマーケットは、今熱いのです。以前は実用一辺倒の防水バッグ界にいろいろなデザインや素材の防水バッグが発売されていて、油断するとamazonでポチッとしてしまいそうになります。
特にぼくが気に入っているのはトートバッグ型の防水バッグで、これが便利なんです。たとえば冬のスキューバーダイビングでは、ドライスーツで潜りますけど、下着はヒートなんちゃらとフリースだったりします。そういうかさばるウェア類は、これまでプラスチックケースとか、大きめのダッフルバッグとか、あるいは大きめの防水バッグ2つくらいに分けて入れてました。
それが大きいサイズのトートバッグ型防水バッグだと、ひとつにガサッと入れられるんです。しかも袋の口が大きいので出し入れがしやすい。しかもトートなので、肩から掛けたり、手提げとして持てるなど持ち運びもラクときて、なかなか使い勝手がいいんです。
こんな感じで、日々進化している防水バッグですけど、ウォータースポーツに縁がなくて防水バッグを使ったことがない方は、ぜひ一度使ってみると便利なのに気づいていただけるのではないかと思います。そして防水バッグを使っている方は、どんどんいい製品が出ているので、新しいものも試してみてはいかがかなあ、なんて思ったりする今日この頃です。

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