海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
海でノンビリすることの効用
ぼくは海でノンビリ過ごすのが好きです。
人混みとか、狭い空間で人が大勢いるところとか、慌ただしく何かしなければならないとか、人に合わせて急いで何かをやるとか、すごく多くのやらなければいけないことが山積みというのが、昔から苦手でした。たぶんもともと怠け者なのでしょう。そういえば動物のナマケモノって可愛いなって思ってますしね。
一応、社会人なので、仕事の時はそれなりにやっていますが、本当は無理してます。
その反動というか、その無理を癒すかのように、休日はボーッとノンビリ過ごしています(典型的なオヤジの休日の過ごし方ですね)。
休日は、朝起きて、デッキで海を眺めながらコーヒーを飲んで、なんとなく気が向いたらビーチを散歩して、防波堤で日向ぼっこして…みたいな一日が大好きです。
でも、そうやって丸々ノンビリできる休日ってそんなになくて、買い物にいくとか、家の修繕をするとか、庭の草取りをするとか、車のメンテをするとか、町内会の寄り合いがあるとか、親戚のところへいかなきゃいけないとか、知り合いに飲みに誘われるとか、なんだかんだいって用事が入ることが多いですね。まぁ、そんなもんかなと思って暮らしていますが、それだけに丸々一日、海でノンビリできる日は貴重です! なのでそういう日は力一杯、全力でノンビリしてます。
海でノンビリしていると、ぼくの本性である怠け者の性格が出てきて、思う存分怠けて、日頃のガス抜きになっているのが自分でもわかります。
あと、やっぱり普段の平日というのは、刺激が多すぎるんだと思います。仕事でも通勤でもそうですが、音や風景ややらなければならないことなど、ぼくにとっては刺激が多いんでしょう。麻痺しちゃって感じなくなっているんですが、でも多すぎる刺激に曝されて少しずつ弱っているんだと思うのです。なので、休日の海辺の田舎町(自分の家です)でダラダラしていると、刺激の量がちょうどよくて、それで心地いいんだと思います。あと、平日で受けた刺激によるダメージを回復している感じもします。
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目の前の海は、世界につながっている
日々、海を眺めて、海で遊んでいます。
海を眺めているといろいろ考えるんですが、そのひとつに目の前の海は、世界につながっているんだなあ、ということがあります。
目の前の海へ漕ぎ出せば、沖縄にも小笠原諸島にもハワイにもカリフォルニアにも行けるんだ、と考えると何だかワクワクしてきます。
そしてそこには、ぼくと同じように海を眺めている人がたぶんいて、ぼくと似たような日々の生活を営んでいるんだなあ、なんて考えます。そこには喜びや悲しみや希望や不安があり、生の誕生があり、病があり、死があるのでしょう。
たぶん貧富による暮らし向きの差はあるでしょうが、生きて、子どもが生まれて、病にかかり、死んでいくというのは、世界中の人がだいたい同じだと思うんです。
そういうことを考えていると、今の自分の悩みがちっぽけに思えてきます。
ぼくが海が好きなのは、海という自然に癒されるからというのが第一の理由ですが、こんな風に考えが少し大きくなって、視点が変わるというのも、もうひとつの理由です。
遠くに島を眺めながら…
ぼくは島旅というか離島旅が好きなんですが、同じくらいに島を眺めるのも好きです。
ぼくの家からは伊豆大島が見えて、日常のふとしたときに、大島を眺めていたりします。洗濯物を取り込むときとか、部屋を片付けたりしているときに、ふと窓の外を眺めると、大島が見えるのです。
そして島を眺めていると、そこに暮らす人々の暮らしぶりを想像したり、以前行ったときのことを思い出したりします。
島は海を挟んであんなに離れているのに、そこには人が暮らしていて、たぶん自分と同じように悲喜こもごもの暮らしを過ごしているんだと思うと、不思議な気がするし、なんだか心強くなれるような気がします。それと共に、人間ってみんな同じなんだろうな、生まれて、暮らして、楽しいことや辛いことがあって、そして死んでいくんだよな、なんて人生を引いた目で見て、感傷にふけったりします。
島という物理的に離れている場所を見ることで、そこに暮らす人々を客観的に見られるし、それと重ね合わせるようにして自分の人生も客観的に見られる気がするのです。
そんなことを考えていると、気がつけば島を眺め続けて、何分とか、何十分とか経っていたりします。いささか異常な気がしないでもないですが、そんな時間がぼくは好きです。

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海の気持ちよさ…
海が好きで、時間が空けば、シーカヤックやスキューバダイビングやサーフィンをしています。そんなに時間がとれなくてもビーチを散歩したりします。
海の良さは、多くの人が経験的に理解されていることでしょう。海が近くにない人でも、海に遊びに行く時ってワクワクされてますもんね(ワクワクしない人もいるでしょうけど…)。海が見えると「わぁー海だー」っていいますもんね(いわない人もいるでしょうけど…)。それはきっと海特有の魅力があるからではないでしょうか?
ぼくも海が好きで好きで、好きが昂じて海辺に移住するほどまでになってしまいました。
ただでさえ屋内よりも屋外が好きなんですが、海辺の風の気持ちよさというのは格別です。少し湿っていて、潮の香りがして、なんだか小学生の頃の夏休みの匂いみたいです。潮風に吹かれていると、嫌なことまで風に流されていくような気がします(って、ちょっと大袈裟かな? 答えは風に吹かれている、マイフレンド)。
そして太陽。
スキー場の太陽も雪からの照り返しでいつもより明るく見えますが、海で見る太陽も、海に光が反射して、街で見る太陽よりも明るく感じます。広い海と青い空、遮る物がないところに輝く太陽。ぼくは暑いのが好きなので、太陽にジリジリ照らされるのが大好きです。
そして海の青。
都会で暮らす人はこんなに大きな面積の青を目にすることがあるでしょうか?
シーカヤックで空と海しか見えないところを何時間も漕いでいると、頭がボーッとしてきて、自分が空を飛んでいるんじゃないかと錯覚する時があります。
海を眺めていると気持ちが大らかになって、気分がスッキリします。
海と空の青は、人の心に何か特別な効果を与えるのかもしれません。
海で過ごす時間で、ココロの凝りをほぐしています
休日はなんだかんだいって、できる限り海にいるようにしています。
それは海にいると安らぐから…いい歳したオジサンがこんなこというと気持ち悪いですけど…
単なる現実逃避なのかもしれないけれど、休日に海にいることで、ぼくという人間らしさが、かろうじて保たれている実感があります。
平日は、一応ぼくはぼくなんですけど、それは会社という組織の一員としてのぼくで、ぶっちゃけ、給料をもらうために我慢して働いている面があります。もちろん仕事の面白さや、やりがいはありますが、それは10の仕事のうちの1か0.5くらいでしょう。
平日はほとんど時間、会社の一員としての自分で過ごしています。家に帰ってきて風呂に入って、テレビを観て、ビール飲んでいるときくらいが、本来の自分です。時間にしてみたら1~2時間くらいです。
給料のために我慢して働いている、無理している自分を、休日の海にいる時間で、本来の自分に少し戻しているんです(完全には戻らないんです。ここポイント!)。
突然話が飛びますか、ぼくは肩こりがひどくて、月に2回ほどマッサージに行ってほぐしてもらいます。カチコチの肩の凝りは、マッサージで少しほぐれますが、凝りが完全になくなるわけでなはく、少し残っていて、そしてしばらくするとまた凝りがひどくなります。それをまたマッサージでほぐしてもらって、かろうじて通常の生活が営めるようにしています。
ぼくの週末の海の時間も、肩こりにおけるマッサージと相似した役割を果たしているんじゃないかな。海の方はココロの凝りをほぐしているということですね。
世の中にぼくのように生きている人がどれだけいらっしゃるかわかりません。ぼくだけではないことは推測できます。きっと他にもぼくと同じような人がいて、その人達も頑張っているんだから、ぼくも頑張ろうと思います。
中には嬉々として仕事に打ち込んでいらっしゃる、幸せな方もいらっしゃることでしょう。それはそれでとてもいいことだと思いますので、益々のご活躍を祈念しております。

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海で「適当にやろうスイッチ」をいれる
あぁ、やっぱり海はいいですね。ぼくは海にいると、気持ちが大らかになって、気分がスッキリします。
話が変わりますが、仕事をして、人並みの生活をするだけでも、いろいろやらなければならないことってありますよね。ぼくは性格的に、そういうやらなければいけないことを、「ちゃんとやらなきゃ」って思ってしまうところがあって、時として自分を追い込んでしまうことがあります。なので日頃から「適当にやろう」と自分に言い聞かせています。
そういう風に「適当にやろう」と考えを少し緩めるのにも、海って効果的です。海にいると、基本的に自由な部分が多いし、人が少ないし、海自体が広くて大きいので、細かいことをきちんとやらなければいけない状況というのが少ないのです。
なので、ぼくは海に行くと気持ちが楽になるんでしょう。なんだか「適当にやろうスイッチ」がONになる感じです。
できれば漁師さんとか、海に携わる仕事に就くと理想的なんでしょうが、実際はうまくはいかないですね。やはり会社のようなところに勤めて、平日は仕事をして、休日に海で気分転換をするというのが、現実的な生き方なのでしょう。
海で癒されるって、どういうことだろう
ぼく自身、日々、海で癒されているし、ぼくだけでなく多くの人が、海で癒されたり、そこまでいかなくても気分転換できることは実感されていると思います。だからこそ海辺のリゾートに観光客は集まるのでしょう。
この海で癒されるというのはどういうことなのか、今日は頑張って細かく追究してみたいわけですが、アバウト大王のぼくにそんな芸当ができるか、早くも不安です。
さっきから癒されるという言葉を使っていますが、もう少し具体的な言葉にしてみたら海の効果がわかるかもしれません。
たとえば海にいると、気持ちいい、気分が晴れやかになる、気持ちが大らかになる、気持ちが明るくなる、ノビノビできる、気分が爽快になるということがいえると思うんです。
気持ちいいとか、気分が爽快とか、気分が晴れやかとか、気持ちが明るくなるというのは、おそらく空間的に広がっていて、空も海も遮るものなく広がっていることから来ているんじゃないかというのがぼくの推測です。
ノビノビできる、気持ちが大らかになるというのは、おそらく町に較べて人口密度が低かったり、海には町ほどルールが多くないことから来る自由さとか制約の少なさがあるからじゃないかなって思ったりします。
次に人が海に遊びに来て、どんなことをするかということから、海の効果を探ってみたいと思うんです。
海に来る人を見ていると、伸びをする、深呼吸する、砂浜を散歩する、砂浜を走る、日光浴をする、海に入る、波と戯れる、海で泳ぐ、大声を出す、BBQをする、釣りをする、ビーチバレーをする、マリンスポーツをするなどということがあると思います。
ノビノビしたり、開放的になったり、自然を満喫したり、運動したりして、町ではできないことを存分にやって、解き放たれている感じがします。あと、海という自然に接して楽しく過ごしているということもありそうです。
こうして書き出してみると、当たり前のことが出てきたような気がします。ぼくはもちろんですが、自然が好きな人は一定数いると思います。そうした人は、間違いなく自然の中で過ごすことが好きで、自然に何かしら惹かれているんだろうということはいえるでしょう。

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海辺の町の匂いが好きです
海辺の町の匂いが好きです。
なんというんでしょうか。ぼくにとっては子供の頃初めて海に行ったときの匂いです。
潮の匂い。
魚を干した匂い。
海藻の匂い。
松などの木々の匂い。
苔の匂い。
なんだかいろんな匂いが入り混じった匂いです。
海辺に住んでいて、いつも嗅いでいるはずなのに、潮風が強いときに、ふと、その匂いがします。
その匂いを嗅ぐと、子供の頃に初めて海に行ったときのウキウキした胸の高まりを思い出します。懐かしいような甘酸っぱいような気持ちになります。
都会に住んで海に遊びに行っても楽しいとは思うんですが、海辺に住んで毎日そこに暮らしているから、こんな思いを味わえるのでしょう。

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海を眺めながら考えること
休日は、海を眺めてボーッとしていることが多いんです。
家からも海が見えますから、家で海を眺めながらボーッとしていることもありますし、ビーチや防波堤に座ってボーッとしていることもあります。
特に疲れているときは、海をボーッと眺めています。
ボーッとしながら、いろいろなことを考えます。
最近よく考えるのは、昔、といってもすごく昔、古代くらいの頃、動力機関がないのに、人はよく海を渡ったなあということです。
ぼくは海の冒険本とか、漂流本とか、古代、人がどのように移動していたかなどという本を読むのが好きなんですが、そういう本の内容を思い出しつつ、海を眺めているわけです。
かなり昔にポリネシアやミクロネシアを、人は海上を行き来していたという話しを読んだことがあります。丸木舟と櫂と簡易なセイルで、何千キロもの距離を航海するなんてすごいと思うんです。当然難破したり遭難したりするんでしょうが、それでもまた漕ぎ出す…そうさせていた動機ってなんだったんだろう…なんてことも考えたりします。
もう一つよく考えることがありまして、それは鎌倉時代とか戦国時代のことです。ぼくの家のそばの海からは鎌倉や遠く小田原なども見えるのですが、その時代は武士や町人がこのあたりを徒歩や馬で行き来していたんだなあと想像したりするんです。その時代にも多くの人々が住んでいて、それぞれに喜び悲しんだりしながら生きて、そして死んでいったんだろうなあと想像します。
そうしたことを考えていると、目下の自分の置かれている状況が、各時代の人より恵まれていて、でも人生の喜びや悲しみはあまり変わっていないんじゃないか…と思えます。そう考えることで、ぼくは気持ち的に少しラクになるんです。「まあ、日々いろいろあるけど、なんとかなるよ。昔の人もそうしてたんだから。」と…
自然の魅力の不思議さ
ぼくは海辺に住んでいます。何度も書いてますけど…
ご近所さんでシーカヤック仲間のHさんが、仕事の都合で大阪に単身赴任しなければならなくなって、1年くらい経ちます。
先日、自宅に帰ってきていたHさんとビーチで会いました。久しぶりに会ったのでいろいろ積もる話を話し込んでしまいました。
Hさんの話しで印象的だったのは、都会で暮らすのはストレスフルでつらい、日々海が近くにある町で暮らせるのは素晴らしいことだ、それに毎週末のように海で遊べることでストレスも解消できる、そんな生活の良さを、都会で暮らさなければならなくなって改めて実感した、というようなことでした。
たぶんぼくは、海がそばにある暮らしが当たり前になっていて、その素晴らしさに鈍感になってしまっているんでしょう。Hさんの話しを聞いて、そう感じました。
海が好きで、長年ウォータースポーツをしている人は、海がある生活が好きなんだと思います。海に出ないと寂しくて、落ち着かなくて、なんだかんだいって海に戻ってくるんです。そんな例をたくさん見てきました。
それほど海という自然は魅力的で、ある種の人達にとってかけがえのない存在なのでしょう。
台風や嵐の時には、あれほど怖く、人の暮らしをメチャクチャにしてしまう海。それなのに一部の人はそんな海が好きで、海に癒されているのです。人にとっての自然の魅力というのは不思議なものです。

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