海の贈りものを受けとる場所
「海辺で毎日をていねいに大切に暮らしたいな」と思い続けてきました。
海辺の暮らしの中で気づいたこと
海のすばらしさ・楽しさ
ウォータースポーツの楽しさ
などなどをご紹介できたらいいな。
海にいる時間は、ホッとできる時間…
ぼくにとって海にいるときは、日々の暮らしの中で唯一ホッとできる時間です。
日々の暮らしといえば、仕事では、もちろんいろいろあって、家のことでも、細かいことがいろいろあります。将来のことを考えれば、不安なこともありますし、ふとしたときに過去の嫌なことを思い出したりもします。おそらく生きるということは、そうした雑事をこなしながら、日々の暮らしに喜び、悲しみながら過ごすということなのでしょう。
海でウォータースポーツをしているときは、それらのよしなし事から解放されて、自分の時間というか、ちょっと大げさですけど、自分の人生を生きている感覚があります。
どうしてそんな風に感じるのか考えたんですが、一つは、ウォータースポーツをするということは、自分が望んで、選んで、やっていることだからなのでしょう。
もう一つは、海という自然に接すること自体が好きで、好きな場にいるから充実感があるのでしょう。
もう一つは、大学生の頃からサーフィンやスキューバダイビングなどのウォータースポーツをやり続けていて、ウォータースポーツは、楽しかった青春を思い出させるということもあります。
もう一つは、海という自然と接しているときは、実は自分と向き合っていて、自分のことを内省しているからという面もあります。
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ビーチにいるだけで幸せな日ーあるいはお金で買えないものについてー
海辺に住んでいると、年に何日かすごく気持ちいい日を経験することがあります。
本当はもっとあると思うんですが、仕事などの用事がない日に遭遇するいい日っつうのは、だいたい一桁台のような気がします。というわけでそういう日は貴重です。
サーフィンの場合などは、すごくいい波にあたる日はもっと貴重だと思うんです。だから本気のサーファーは、好きな時に休みが取れるような仕事を選んだりして、ポイントに近いところに住んでますよね。
その気持ちすごくわかります。
すごくいい波の日に次にいつ巡り会うかわかりませんから…
いい波の日の価値というのは、職業選択の重要なポイントっつうことですね。
で、サーファーは波中心で海を見ますが、海好きにとっては、普通に気持ちいい日も貴重です。
普通に気持ちいい日ってなんなのか? そんな漠然とした企画が通ると思ってるのか? データの裏付けをつけて、今週中に再提案しろ! とかって会社だといわれそうですけど、それは総合的に気持ちいいわけで、暑すぎず寒すぎず、風もほどよく、海も穏やか、空気は乾いていて爽やかなどなどの自然条件を兼ね備えた日のことなのです。
そんな日というのは海好きな人はわかっていて、ビーチに出てくるのです。そんな日は家の用事も後回しにして、海に出てくるのです。で、だいたい同じような顔ぶれが出てきているのです。
うちの辺りだとご近所さんはだいたい顔がわかっているわけですが、さらに海で会う人というのは、もっと限られていて、もう定番なんですね。んで、ビーチであいさつしたり、持ってきた弁当を交換したりして、ミニパーティーみたいになったりするわけです。
そういう日って、お金には換算できないけど、すごく大切です。

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疲れたときは、一人で海でボーッとしています
なんとなく疲れていたり、やる気が出ないときってありませんか?
ぼくはたまにそういうときがあります。たいてい忙しい日々が続いたり、環境が大きく変化したときです。
そんなときは、家の近くの海に行って、ぼんやり海を眺めます。そこはほとんど人が来ない海なので、一人で静かに海を眺めていられます。
2時間とか3時間とかボーッと海を眺めています。
もちろんひたすらボーッとできるわけではなくて、いろいろ考えごとをしてしまいます。本当は無心に海を眺めていられればいいのでしょうが、なかなかそうはいきません…
目の前の圧倒的に大きな海と広い空を眺めながら、波の音を聞いて、潮風に吹かれて、太陽の光を浴びていると、いくらか気持ちが盛り上がってきて、少し元気になれます。
人工物から受けるストレスを海で解消しています
自然はたいていそうですが、時として、とても美しい風景を見せてくれます。
海にいると美しい自然の風景に出会うことがあります。
美しいカーブを描くうねり、様々な物を巻き込んでしまいそうな輪を描く大波、魚のうろこのように太陽の光を受けてキラキラと輝くさざ波、威圧感を持って海の中にそびえ立つ岩礁、海上に突然鮮やかに現れる虹、力強い入道雲、微妙な色に空を染める夕暮れなど、数え上げたらキリがありません。
自然は時として人間の生活を瞬間的に壊してしまうこともありますが、それを補ってあまりあるほど、その美しさで人の心を癒やします。
ぼくは休日には、シーカヤックで海に出て、一日中パドリングしていることがあります。いえいえ時には浜でキャンプしながら2、3日パドリングすることもあります。
そんな海での時間の中で、先ほど書いたような海の美しい風景に出会います。運がいいときには何度も、これまで見たことがないような美しい風景に…
一日中海の上にいると、たまに漁船とすれ違うくらいで、自分一人と海と空と遠くの陸地が見えるだけという状況がままあります。海と波と岩礁と遠くの陸地と空と太陽と雲と風…
そんな風に自然に囲まれた日々を送っていると、ココロの奥の方のストレスの塊がほどけて柔らかくなるような感覚があります。町での暮らしの中でココロに溜まった澱のようなものが、すっかり流れ出ていくような感覚ともいえます。よくある言葉を使うのなら、癒されている、のだと思います。その癒しは、他人と接しないということと、自然に囲まれていることからきているんだと推測します。
シーカヤックでの旅を終えて、町の暮らしに戻ると、他者との距離の近さに違和感があります。特に電車の中とかエレベーターの中での距離感は、すごく抵抗があります。精神的圧迫があります。わかりやすくいうと「いやだな」という感じです。
もうひとつ違和感があることに、直線や円などの幾何学的な造形に囲まれることで、頭がクラクラします。
ぼくの個人的なケースだと思いますが、他者との異様に近い距離や幾何学的な造形ー人工的な環境ーに囲まれて過ごすことは、ぼくにとってはストレスなようです。
町での暮らしが続くとそれが当たり前になって、自覚はなく、ストレスだと感じませんが、それは間違いなくココロに少しずつ溜まっていくような気がしています。
ぼくの場合少しずつ溜まったストレスは、ある程度のところで、ドッと来る疲れになるのが経験的にわかっているので、溜まる前に海でストレス解消するようにしています。
海で遊ぶと体調がいい気がします
ぼくは小さい頃から、中耳炎になったり、すぐに扁桃腺が腫れたりして、耳鼻咽喉系が弱い子供でした。今思えば、当時は花粉症という病名はありませんでしたが、すでに花粉症だったと思います。
そんなわけで、ずいぶん耳鼻科には通い、煩わしい思いもしました。
そんなぼくですが、大人になってウォータースポーツをやるようになり、さらに海辺に住むようになって、耳鼻咽喉系の病が軽くなったような気がします。花粉症は相変わらず症状が出るんですが、それ以外は滅多に出なくなりました。
これが海の効果なのか、大人になったからなのか、あるいはまったく違う原因によるものなのかはわかりませんが、楽になったのは確かです。
ただ、うちの近所に都会から引っ越してくる方の中には、お子さんがアトピーだとかアレルギーだとかで悩まれていて、空気のキレイなところで子育てしたほうがよいと思ったという方もいらっしゃるので、海辺の効果というのはあるのかもしれません。
ちなみにぼくは花粉症がひどくなる2月から5月くらいまでは、休みの日はスキューバダイビングかスノーケリングをするようにしています。そうすると海水で鼻の通りがよくなって、花粉症の症状が軽くなります。
これも海辺で暮らす効用の1つかもしれません。
窓から海を眺める時間の幸せ
普段、隙があれば海に出て遊ぼうとして、妻に呆れられています。
よほど海が荒れていない限り、海に出て、スキューバダイビング・シーカヤック・サーフィン・セイリングなどをします。
海が荒れていて出られないときも、雨が降っていなければ、海辺を散歩したり、ジョギングしたり、サイクリングしたりします(ちょっとの雨なら外に出ます)。
屋外にいるのが好きなので、どうしてもそんな日々になります。
海が荒れていて、大雨の時にはさすがに家にいますが、音楽を聴きつつ、コーヒーなどを飲みつつ、窓から海を眺めています。
結構な時間眺めていられまして、1時間は短い方で、2時間くらいボーッと海を眺めていられます。普段家からゆっくり海を眺めることはそんなにないので、それはそれでホッとできる時間です。
窓には雨が叩きつけていて、その向こうには霞んだ鈍色の海が見えます。海はうさぎが跳ねていて、波の方向で風向きがわかります。
あぁ、もし自分がこの海を航海しなければならないとしたらかなりしんどいなあ、でも大型の定期船や連絡船などは動いているだろうから、そういう人達はたいへんだよな、なんて考えたりしながら、海を眺めています。
海は凪だと本当に楽しいんだけど、一旦荒れると本当に怖いよなぁ、なんて思いながら、海を眺めています。
海は凪だと本当に楽しいんだけど、一旦荒れると本当に怖いよなぁ、なんて思いながら、海を眺めています。
今日もこうして健康で、おいしくコーヒーが飲めて、海が眺めていられて幸せだなあと思うのです。
気持ちが乱れた時は海に行く
このブログには、ぼくが海が好きだとか、海に行こうとか、そういうことしか書いていないんですが、今回もそんなお話しです。
ぼくはスキューバダイビングやシーカヤックたサーフィンといったウォータースポーツがやりたいから海が好きだということもありますが、単に海にいると癒されるから海が好きというのもあります。
イライラしたり、落ち込んだり、寂しくなったり…気持ちが乱れてしまうときって、きっと誰でもあるんじゃないでしょうか?(ない人もいるんでしょうね…)
ぼくの場合、家庭や仕事の状況で、イライラしたり、焦ったり、不安になったり、落ち込んだりすることが時々あります。しばしばというほどでもありませんし、ごくたまにというほどでもありません。
メンタルが強いか弱いかで分類すれば、弱い方になると思います。
ぼくはそんなときに海に行きます。
というか、海辺に住んでいて、たいてい海で遊んでいるのですが、気持ちが乱れたときは意識的に海に行くようにしています。
ぼくの場合は、人のいない静かな入江に行きます。
手ぶらでチャリで行くときもありますし、シーカヤックで行くときもあります。チェアとテーブルとバーナーとコッヘルを持って、コーヒーを飲んだり、軽い食事をすることもあります。テントを持って行くこともあります。
ポイントとしては、一人で行く、何か用事を作らない(スキューバダイビングのために行くとか、夕方から用事があるからそれまでに帰らなきゃとか…)、計画を決めないということでしょうか。
気が向いたら泊まることもあるかもしれないし、すぐに帰ってくるかもしれない。そんな感じです。
その自由感とか、解放感がいいんだと思います。
人が来ない入江に座って、ボーッと海を眺めたり、波を見たり、雲の流れを追ったり、潮騒に耳を傾けたり、潮風を感じたり、太陽の光を浴びたり…そんなことをしながら何時間も過ごします。
そんな時間を過ごすと、ココロの奥の固まりがほぐれていくような感じがします。イライラや、焦りなどが和らぐ気がします。のんびりとできます。
肩や腰が凝っているときにマッサージに行ったときのような、ほぐれ感があります。
気持ちを解きほぐすために、定期的に海に行って、自然の中に身を置き、のんびりします。ときどき面倒くさいなーと思うときもありますが、やっぱり海に行くと気分が楽になります。海に出てよかったなあと思えます。
僕の気持ちの中がどうなっているのか、よくわかりません。
癒しの場としての海
ぼくは海でウォータースポーツをして遊びますが、一番安らげるのは、人のいない海でのんびりしている時間です。その時間が作りたいがために、海のそばに引っ越しました。
なぜそうなのかはよくわかりません。
開けている空間・青い海と空・打ち寄せる波・潮風…そういう要素が心地いいんだと思います。そういう空間に身を置くことで「今、自分は自由だな」「今、自分は安らげているな」「今、自分は幸せだな」って実感できます。
たぶん多くの方が気分転換のための趣味などをお持ちでしょうが、ぼくの場合それが海で遊ぶとか、海で過ごすということです。
もうかれこれ30年以上もそんなことを続けていて、でも飽きないので、本当に好きなんでしょう。
海を眺めながら、ボーッとしたり考えごとをしたりするわけですが、これまでの人生とか、これからどう生きていこうか、なんてことも考えたりします。
気持ちがゆったり落ち着いているせいか、わりと中長期的なことを考えたりできます。
ぼくはだいぶオジサンですが、将来への心配とか不安とか日々起きるイヤなことや腹立たしいことなどはたくさんあって、それはなくならないことがやっとわかってきました。それらを感じているのは、ぼくの脳なので、ぼくが生きている以上なくならないんじゃないかと思います。
一方で、日々楽しく過ごしたいわけですが、その楽しい方向に気持ちを切り替えるきっかけが、海なのです。そうやって気持ちを切り替えると、中長期的で大きなことに思考が向かうのかもしれません。
逆の書き方をすると、海という気分切り替え装置がなければ、ぼくは、ストレスでずいぶん悩んでいたんじゃないかなあと思うのです。
人それぞれ、気分転換の方法やストレス解消法をお持ちだと思いますが、もし、そういうのがないとか、海が好きという方は、ぼくのようなタイプがいるということも、多少は参考になるかもしれません。
海を眺めながら、心配や不安について思うこと…
海にいることが好きで、休みの日に特に用がなければ、海で遊んでいます。
広く青い海、流れる雲、吹き抜ける潮風、まぶしい太陽、潮の香りに包まれながら過ごす時間がとても好きなんです。
海を眺めながら、昔のことや将来のことを考えます。
アラフィフのオジサンとしては、これまでなんとかやってきたじゃないかという自信というか実績に対する思いと、一方で、これから先、体力も落ちるし、健康も心配だし、老後も含めて大丈夫かなあという心配とか不安のことを考えます。
先のことは考えたってわからないし、どうしようもないんだよなあーなんて思ったりします。まあ、これまでもやってこれたし、なんとかなるさ、などとも考えます。
ぼくの家の近くの海からは、海岸線がずっと見渡せて、江の島や富士山が見えます。海岸線には家やマンションが建て込んでいて、結構な町が続いているのが見えます。夜になるとそれらが街明かりとなって、海沿いをなぞるように続くのです。
そうした家々を眺めながら、それぞれの家に人がいて、暮らしがあって、喜びや悲しみや希望や悩みがあるんだろうなあ、などと思ったりします。
そして、それらの人々は生まれては死んでいくわけで、それはもう自然なことで、過去に生きた人もいろいろな喜びや悲しみや希望や悩みの中で、人生を過ごしたんだろうなと想像したりするんです。
たぶん人というのは、というかぼくは、どんな環境にいても、悩んだり心配したりするんだろうなあと思うのです。
そんなことを考えながら、砂浜に座って海を何時間も眺めていたりします。でも、この海も富士山も江の島も潮風も波も、何千年何百年とほぼ変わらず、今のような形であり続けているんだよなと思うと、人のはかなさや、自分のちっぽけさを改めて認識してしまいます。

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海辺で、のんびり、マイペースに過ごす時間の大切さ
海辺でのんびり一日を過ごすのが好きです。
自分が心地よく感じることとか、求めている環境というのは、「のんびり」と「マイペース」がキーワードなのかな?と最近思うようになりました。
休みの日などはのんびり過ごしたいなーと思うのです。
のんびり過ごしたいというと、一日中テレビを見ながらゴロゴロしているようなイメージがあるかもしれません。ぼくが望んでいるのはそういうんじゃなくて、スキューバダイビングをしたり、ガーデニングをしたり、海辺を散歩したり、読書をしたりしながら、予定を詰め込みすぎず自分のペースで一日を過ごしたいということです。
親しい友人と一緒に過ごしたいときもありますし、家族と一緒に何かをすることもありますし、自分独りでいることもあります。ただ完全に自分のペースで過ごせるのって、やはり独りの時なので、単独行動が多いかもしれません。
なので、正反対の状態というのは、誰かから与えられた目標に対して、急かされたり、達成のプレッシャーを受けたりすることです。会社勤めでは必ずこうした場面があると思いますが、ぼくは会社勤めに向いていないのかもしれません。あるいは会社勤めを長年続けるうちにそういう環境がイヤになっちゃったのかもしれません。あるいはみんなそうなのかもしれません。
のんびり・マイペースといっても、自分が一番ホッとできる環境がありまして、それは海辺で、人が少ないところです。というかぼくしかいない海辺がとても好きです。読書も海辺の人が来ないビーチで、タープとチェアとテーブルをセットして、ゆっくり読書するのが好きです。
いつからそんな風になったんだろうと思うんですが、大学生として上京して一人暮らしを始めた頃からときどきそんな感じで休みの日を過ごしていました。その頃はなんとなく人付き合いに疲れると、小田急線に乗って、鵠沼海岸あたりに行って一日ボーッとするという感じでした。小田急線を使うのはJRよりも乗車賃が安いから…
でも今思えば、それが出発点ではあるけれど、自分のやりたいことはそれであって、今も基本的には変わっていないのです。
ぼくは他者と一緒に何かをすると気疲れするということがあります。
幼稚園にも行きたくなかったし、小学生の時も新しいクラスに馴染むのに時間がかかりました。たぶんその集団のルールがどういうもので、自分がそれに反しないか見極めて、自分を抑えていたんじゃないかって思います。
一例では、みんなでお遊戯をするから、あなたもみんなと同じようにしなさいって急かされたり、強制されたりする場面です。本当はそんなことしたくないけど、しないと変な人だし、みんなにも迷惑をかけるからやらなきゃ、みたいな状況です。
その頃から集団で何かをすることと、個人の自由というか個人のその人らしさをどこまで損なわずにいられるのかということについて、考えるようになりました。というかぼくの生きる上のでのテーマといっていいと思います。まあ、多くの人がそれを難なくやって社会に適応しているんでしょうが、ぼくにとっては、どこまで自分を抑制しなければならないかがわりと大切なことだったのです。
そうしたことを悶々とした気持ちを抱えながらアラフィフになりました。平日は集団の中での自分らしさをバランスをなんとかとりながら過ごし、休日は海辺で、自分らしい時間を過ごすことにできる限り時間をとる、というのはもう何十年も変わっていません。
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