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海に癒されるぼくの心理



 ぼくは海が好きで、海で遊んだり、海を眺めたりするだけで癒されます。
 なぜ海に癒されるんだろうと考える時があります。
 ぼくは独りでボーッと海を眺めている時間が好きなんですが、そんな時に、特に海に癒されていると感じます。何かに悩んでいたり、辛いことがあると、独りで海に行きます。
 そうして広い海や潮風や波の音や陽射しに包まれている感じが好きです。そうすると悩みや辛さが薄らいでいきます。
 おそらくぼくは海に逃避に行っているのでしょう。現実から離れて、海というぼくの中での安全な場所に避難しに行っている感覚があります。そして逃避している時間で自分を癒しているんだと思います。
 いい歳したオジサンがなんだか情けないですが、オジサンだって、悩んだり傷つくこともあります。というかぼくが精神的に幼いのかもしれません。
 オジサンが逃避するのはどうかということで考えてみると、たとえばパチンコや競馬にハマる人、毎晩スナックや居酒屋に寄る人、愛人を作る人などなど、ぼく以外のオジサンにも何かしら趣味というか逃げ場所があるんじゃないでしょうか?
 それがぼくの場合、海だったりウォータースポーツだったりするわけで、逃避の仕方という意味でいえば、わりと健全といえなくもないと、自分を無理やり肯定してみたりします。








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自然の中で遊ぶことが好きな人の中にいると、楽でいられます



 ぼくは、自分の性格とか特性とかが、いびつで独特で、そのため社会というか、ちゃんとした組織に馴染みにくいタイプの人間じゃないかな、と自分で思ってきました。
 その点、海遊びをする人は、わりと大らかで優しい人が多いと思っていまして、ぼくのような人間でも受け入れてくれて、それが心地よくて、海遊びを続けているようなところがあります。
 ましてや海という自然の中に入る時に問題になるのは、自分が自然の中での遊びを楽しんで、生きて帰ってくるという点だけで、ぼくがどんな性格であろうと問題にはなりません。それはたとえば協調性があるとか、誰とでもうまく付き合えるとか、周囲への気遣いができるとか、自分の考えをわかりやすく論理的に伝える力があるとか、交渉力があるとか、そういう能力は、海遊びではそれほど大切ではありません。
 アウトドアスポーツをする人で、ぼくが出会う人というのは一風変わった人が多い気がするんですが、それは先ほどのような理由の故に、そういう人が集まってくるからかもしれません。
 ぼくは会社勤めをしているんですが、しかも自分でも信じられないことに何十年も勤めているんですが、日々なんとかやっているという状況です。やりがいがあるとか、仕事が好きで好きで堪らないとか、会社の方が居心地がいいとか、タフな交渉やいさかい事や計略や謀略が三度の飯よりも好き、ということはまったくありません。
 やはり一番居心地がいいのは、海という自然の中にいるときなのです。
 自然は自然で怖い面もありますが、それは人間社会で生きる時の怖さとは別なものです。ぼくにとって、気象や海況や地形を見極めて安全に海で遊ぶことは、それほど難しいことではなく、むしろ得意というか、楽しいことです。
 それに比べたら、人間社会で生きることは、魑魅魍魎が跳梁跋扈しているように感じられ、遊園地のお化け屋敷に百回入るよりも怖いことです。
 自然の中で遊ぶことに魅力や安らぎを感じる人は、人それぞれなのでしょうが、どこかで人間が作った人工的社会規範よりも、自然を好むところがあるんじゃないかなぁ、と勝手に想像します。そうした人々が集まる場にいることで、ぼくのような人間でも受け入れてもらえて、わりと緩く付き合ってもらえているような気がします。
 そういった面も、海という自然の中で遊ぶ魅力のひとつだと、最近思います。







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あー、海っていいなあ



 大学生の頃から海遊びを始めて、30年以上経ちます。そのたびに感じることは「あー、海っていいなあ」ということです。30年間ずっとその思いを感じ続けてきました。
 ぼくがやる海遊びは、スキューバダイビング・シーカヤック・サーフィン・セイリングですが、どの海遊びもそれぞれに違う楽しさがあります。
 なぜ自分がこれほどまでに海に惹かれるのか分かりませんが、海にいると嬉しいし、楽しいし、癒されます。
 だからこそ毎週のように(平日は仕事をしているので毎日というわけにはいかない)、海に出るのでしょう。
 海遊びの準備をするのも楽しみですし、うみあそびももちろんたのしいし、海遊びから帰ってきた後、道具を手入れして片付けるのも好きです。
 太陽の光、体をなでる潮風、しょっぱくてベトベトする海水、目の前に広がる大海原、果てしなく打ち寄せる波…それらすべてがぼくを惹きつけます。海にいる時の自由さは、ぼくのココロを解放してくれます。
 海での解放感がなければ、そして海遊びの趣味がなければ、その趣味を通して付き合い続けてきた友人がいなければ、ぼくの人生は、ずいぶんつまらないものになっていたでしょう。
 やっぱり海っていいですね。

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なぜ海に癒されるのでしょう?



 ぼくは海が好きで、暇があると海に出ています。そんな生活を30年以上続けています。その理由は海にいると癒されるからです。
 で、いつも考えていて、よくわからないのは、なぜ海にいると癒されるか、ということなんです。
 思い当たることはいくつかあるんですが、なにせぼくは研究者じゃないので、科学的な根拠がないんです。ぼくの実感とか、ぼくの周囲の人の意見として、海にいると癒されるというのは、かなり事実に近いと推測されるんですが、はっきり断言できません。
 それでもぼくが海にいると癒されるのは実感としてあることなので、今回は、ぼくが海で癒されるポイントをまとめてみたいと思います。
 ぼくが海にいて癒されるポイントは、まずその広さです。都会暮らしの人や周囲を山々で囲まれた地で暮らしている人が、海に来ると、まずおっしゃるのが「うわー、広いね」ということです。確かに海は水平線までずっと続いていますし、空も遮るものなく広がっています。あの広々とした感覚で解放感を感じる人は多いんじゃないでしょうか?
 次に癒されるポイントは、波です。波の音を聞いていたり、波を見ていたり、波に揺られたりすると、ぼくは癒されます。ぼくは酔わないので、波の揺れは心地いいんです。
 それから、波というのは日によってもちろん違いますし、同じ日でも違います。そんな波がやってきて、崩れて、引いていく様子を見ていると癒されます。
 波といっても、さざ波や大きな波やうねりなどいろいろな種類があります。ぼくが特に好きなのは、大き目のうねりがやってきて、砂浜近くで盛り上がって、やがて崩れていくところです。うねりが描く曲線を見ていると飽きませんし、癒されます。
 次に癒されるポイントは、潮風です。潮風は、町を吹いているような普通の風とは質が違うような気がします。湿度があって、潮の匂いがして、やはり潮風独特の風です。あの風に吹かれていると癒されます。
 次の癒されるポイントは、太陽の光を浴びることです。太陽の光を浴びること自体気持ちいいんですが、海という開けた場所で太陽の光を浴びていると独特の解放感があって、癒されます。
 次に癒されるポイントは、人口密度の低さです。
 ぼくは人混みが苦手なので、人がいない広々としたところにいると癒されます。
 次に癒されるポイントは、好きなウォータースポーツが楽しめるところです。ぼくは、スキューバダイビング、シーカヤック、サーフィンをしますが、これらを楽しめるのは癒しとなります。
 次に癒されるポイントは、砂浜を歩くことです。素足で砂浜を歩くと気持ちよくて癒されます。
 ぼくが海で癒されるポイントをあげてみたんですが、一つひとつに分解して良さを考えてみるとなんだか違う気がしてきました。総合的に海だから気持ちよくて癒されているような気がします。
 しかも一つひとつのポイントを、なぜ気持ちいいのか、なぜ癒されるのか、科学的に解明するのは結構たいへんそうです。
 でも、ぼくが癒されているので、それでいいよな、と納得して、この駄文は終わるのでした。

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より自由になれる海という場所



 海にいるときは、陸上で生活しているときよりも自由だと、ぼくは感じています。その自由さが嬉しくて、ぼくは海が好きです。
 もちろん海にもルールはあって、特に船に乗るときは航行するためのルールがありますし、それよりなによりあの不可解な漁業権というルールも存在しています。今から30年以上前でしょうか、外国人のシーカヤッカーが日本沿岸を一周しようとしたときに、海上保安庁に航海をやめるように圧力をかけられたのは、シーカヤッカーには有名な話しです。
 それでもぼくは海の方が陸よりも自由だと感じます。それは法律とかルールも少ないですし、それよりもマナーなようなものが少ないから、そう感じるんだと思うのです。
 マナーって、人がある程度集まって過ごさなければならないときに必要になるものだと、ぼくは思うんです。電車の中で大声で歌ってはいけないマナーは、同乗者の迷惑になるからでしょう。渋谷のスクランブル交差点で花火を打ち上げてはいけないのも、周囲の人に迷惑になるからです(法律にも違反しているかもしれません)。
 海というのは、広いし、道路もないし、電車もバスも通っていないし、もともとそんなに混み合っていません。だから周囲の人への気遣いとしてのマナーは少なくて済みます。ぼくが海って自由だなと感じるのは、広くて人が少ないところにその理由があると思うんです。
 完全な自由なんてこの世ありません。それでも自由にはグラデーションがあるように思いますし、より自由に過ごせる選択肢があるならば、ぼくはできる限り、そっちを選択します。
 海で遊ぶのもその選択の結果です。
 ぼくがこれまで海で自由だなと感じた例をひとつあげてみたいと思います。
 沖縄のある離島に旅行に行ったときでした。人口が3000人くらいの小さな島です。民宿で1週間ほど過ごしたんですが、部屋に鍵はかけないでいいし(宿泊者の誰も鍵なんてかけない)、レンタカーを借りたんですが、車もロックはしません(車はロックせずキーをつけておかないと、邪魔なときに動かせないから、逆に注意される)。
 島では人が来ない海岸に車で行って、スノーケリングをしていました。海に入るときにはウェットスーツを着るんですが、海から上がるとウェットスーツは脱ぎます。その下は普通海パンなんですが、どうせ誰も来ないんで、海パンも脱いでフル○ンでいました。足下は裸足です。
 そんな時間の過ごし方を1週間も続けて、自宅へ帰ってくると、パンツや靴下や靴やズボンやシャツを着るのがうっとうしくてたまりません。会社に行くときは、さらにスーツとネクタイをつけなければいけないわけです。
 そのときにあの旅行中は、自分はかなり自由だったんだなと感じました。自由のグラデーションでもかなり濃度の高い自由を体験したんです。
 普通の社会生活を送っていると、無自覚にうちに大小さまざまなルールやマナーに縛られているんだと思います。ぼくのように海遊びでそこから離れる機会があるような人は、そのルールやマナーの多さに気づくのでしょうが、そういう機会のない人は、気づかないまま過ごしているんじゃないかなと思います。
 やっかいなのは、特にぼくのようなタイプの人にとっては、細かなルールやマナーがあることで、自分が消耗してしまうことです。他人に迷惑をかけたくはないのでルールやマナーは守るんですが、その分、自分のやりたいことを我慢して消耗してしまうんです。
 ですから、ぼくのようなタイプはルールやマナーの比較的少ない場所ーぼくの場合、海ですがーに行くのが自分を守ることになるのです。
 もしぼくと似たタイプの人ー他人に迷惑をかけたくないから、ルールやマナーをキチンと守ろうとする人ーは自分を解放してより自由になれる「場」を持っているといいと思います。








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海でノンビリ、ボーッとしています



 ぼくは休日はできる限りノンビリするようにしています。
 とはいえ、家事や雑用など、いろいろやることはあるんですが、できるだけノンビリする時間を作るようにしています。
 その理由は、ぼくがノンビリするのが好きなだけです。けど、敢えて理屈をつけるなら、現代人は絶えず何かしらやっていて、情報や刺激にも曝されていて、刺激が過多なので、脳を休めた方がいいと思うからです。
 ノンビリしたいときは、海にアウトドア用のチェアだけ持っていって、砂浜でボーッとします。何時間もボーッと海を眺めています。うたた寝することもあります。でも、スマホを見たり、本を読んだりはしません。
 自然の中で何時間も何もせず、ノンビリしていると頭の中がスッキリします。
 やっぱり自然に囲まれているということも大切な気がします。太陽の光があり、潮風が肌を撫で、潮の香りが鼻を刺激し、波の音が耳に届きます。そんな環境だと、より頭がスッキリするようです。







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海を眺めながらボーッとしています



 ボーッとするのが好きです。
 テレビも見ず、音楽も聴かず、本も読まず、スマホも持たず、デッキに出て、海を眺めながらボーッとするのが好きです。本当にボーッとしているんです。さすがにそんなに長くボーッとし続けることはできないんですが、1時間くらいならボーッとしていられます。海を眺めているから、ボーッとできるのかもしれません。さすがに何もしないで、ボーッとし続けるのは無理な気がします。
 デッキでボーッとしているぼくを見て、妻は忙しそうに家事をしながら冷たい視線を送ってくるんですが、このボーッとする時間というのは、ぼくにとってとても大切なものなのです。
 日々の暮らしの中で、何もしないでボーッとする時間って、意識的にその時間をとらないと、できないんです。
 ちょっとした掃除とか、棚の整理とか、スマホをいじるとか、テレビを見るとか、何かしらやってしまいます。
 だからこそデッキという、ぼくの大好きな場所で、「よし、思いっきりボーッとするぞ」と気合いを入れて、一生懸命ボーッとしています。誰に迷惑をかけるでもなく、路地裏の子猫のようにおとなしくボーッとしているんだから、妻にはそっと温かく見守って欲しいところです。
 それはともかく、ボーッとする時間を少しでもとると、気分がスッキリします。やはり感覚器官とか頭を使わない時間って大切なんじゃないのかな?それとも歳のせいで疲れやすくなっているのかな?と思ったりします。
 今日も小一時間、海を眺めながらボーッとしました。頭はスッキリしました。海にはディンギーがたくさん出ていて、インターハイかインカレのレースでもやっているんでしょうか…このまま平和な日常が続くといいなあと思います。







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波の音を聞きながら…



 ぼくは海辺に住んでいます。近くのビーチまで徒歩3分。家からは少し海が見えます。
 海からの風には潮の匂いがしますし、海水浴場がオープンする時季になると、ライフセーバーの人のアナウンスが聞こえてきます。そのくらいの近さです。
 掃除をしているとき、庭いじりをしているとき、お茶を飲んでいるときなど、日常の何気ないひとときに、海の気配が感じられるのは、ぼくにとっては嬉しいことです。それだけでなんとなく癒されている感覚があります。
 特に好きなのは、波の高い日の潮騒。そんな日はいつもより大きく波の音が聞こえてきます。規則的に、通奏低音のように…
 不思議なもので、波の音を聞いていると、なんとなく気持ちが落ち着きます。
 家のリビングのソファに座って、開け放った窓から(うちは冬以外は、窓を開け放つことが多いんです)、波の音が聞こえてきて、うたた寝をする時間というのは、とても気持ちがいいんです。
 あと、夜眠るときに、波の音を聞きながら、眠りに落ちるのも気持ちがいいものです。
 日々、海の気配を感じながら心穏やかに暮らしていけるのは、ぼくにとってはとても幸せなことなのです。







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やっぱりデジタルとアナログは違いますね










 ブログを書いたり、人の書いたブログを読んだりして、最近感じるようになったことがありまして…
 別にたいしたことじゃないんですけど、海のことをwebで見るのと海で実際に過ごすことの差は、やっぱり、当然ながら、すごく隔たっているんだなあということを痛感するワケです。

 うちの場合、PCのある部屋の窓からは海が見えるんです。んで、PCの画面で海の景色やテキストを長い時間読むと疲れるわけで、気分転換に窓越しの海を見ると、なぜか癒されます。
 たまたまうちの場合、それが少しの視線移動でできるんですね。
 それで気がついたのは、いったんデジタル変換された情報を画面を通して見るとの、自然の風景をガラス越しに見るのとでは、経験として全然異質なことなんですね。

 似たようなことは別な状況でも起きます。ぼくはテレビはほとんど見なくて、見るとするとDVDでダイビングやサーフィンのコンテンツを見るんです。で、ぼくがテレビを見ている時というのは海に出たくても出られない時なんですが、それは風邪で体調が悪いみたいな、まあそういう時です。
 DVDで海の映像を見ていると、無性に海に出たくなりまして、風邪ひいてても、ビーチに散歩に行っちゃったりするわけですね(良い子はマネしないでね。テレビを見るときはフラッシュにご注意ください)。そうするとすごく気分がスッキリするというか、充実するというか、気力がみなぎるというか、なんというか「ああやっぱり散歩してよかったなあ」「ぼくらはみんな生きているんだなあ」「人類皆兄弟」って思います。

 何がいいたいかよくわかんないですけど、そういう感じなんで、よろしく。



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オヤジ達の海辺の呑み食い野営旅



 海遊び仲間と、シーカヤックやスノーケリングや釣りをして、そのままビーチで野営をするということをかれこれ20年くらいやっています。
 1泊のときもありますし、数泊することもあるんですが、一日中海辺にいて、海に入っては出て、海辺で食べ、海辺で寝泊まりするというのは、とても楽しいんです。
 そして、町に出たりせず、他人と接しないでいるのって、結構ストレスが減るんだなって実感できます。
 ビーチという空間で、気心の知れた男友達と、バカ話をしながら酒を酌み交わすというのも、想像できると思いますが楽しい時間です。こういう自由で楽しい時間を過ごすと、社会復帰できなくなりそうなくらい楽しいんですよ。
 ただ、関東圏のビーチというのはたいていキャンプ禁止でして、シーカヤックで人が来ない小さなビーチや入江をしぶとく見つけるということをやっていました。
 最近はキャンプブームらしくて、たぶんキャンプをする人のマナーが悪いからだと思うんですが、隠れたビーチなどもキャンプ禁止になったりして、場所を探すのもたいへんです。
 だからといって経営されている有料の海辺のキャンプ場をわざわざ借りて、決められた区画で、決められたルールに従って、正しくキャンプをするというのは、ちょっと興ざめなんです。こっちはルールから自由になりたいから海に遊びに来てるんですから…
 というわけで、地図を眺めながら、どっかキャンプできるところないかなーと探している時間が最近多くてモヤモヤしているのでした。

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